「はっ?」
忍田の説明を受けてなお、ライは彼の語る真実を受け入れきれずに言葉に詰まる。
目の前に立つ女性はライがよく知る瑠花とは違う同姓同名の別人。そう言われても簡単に甘受するというのは難しいだろう。そもそもライはトリガーの力で全く別の誰かが瑠花の姿に化けているのではないかと想定していたのだからなおさらだ。
「瑠花と同じ? えっ? しかも忍田さんの親戚なら余計に——だってこんなに見た目も声も似て——」
「ああ。予想通り混乱したか。まあ君が困惑するのも無理もない話だ」
「……まさか忍田さんの隠し子?」
「断じて違う! すまない、一から説明するからよく聞いてくれ」
挙句の果てには的外れの意見まで飛び出した。
やはりこうなっては一から説明するしかないだろう。
忍田は改まって彼女と、そしてボーダーの中枢にも関わる真相について話しはじめた。
————
忍田の語るところによるとこういう事だった。
そのうちの一国がアリステラという王国。
アリステラは今から5年ほど前の戦争で滅亡した国だ。だがその際に星そのものを作るという強大なトリガー・
そしてその際にこの地へ亡命した王女こそが、今ライの目の前にいる忍田瑠花と名乗る女性なのだと。
「……つまり、彼女はこちらの世界へ亡命した
「その通りだ」
理解が早くて助かると、忍田がライの意見を肯定する。
にわかには信じがたい事だ。もしもこの説明をしたのが忍田以外の者だったならば鵜呑みにはしなかっただろう。
とはいえ確かにそう言われてみると、先ほどの彼女の尊大な振る舞いにも納得が出来た。
「驚きました。正直、一目見ただけでは別人だとはわかりませんでしたよ」
隊長として同じ時間を過ごしているライが言うだけあって王女は非常に瑠花と姿が似ている。
今一度だけ王女を一瞥するが、やはりどこを見ても瓜二つ。
——いや。よくみると王女の方が少し体の発育が良いか。
ライは発育の良いある一点を見つけてようやく二人の違いを見極めたが、それでも注意して見なければ気づけなかっただろう。
「君がそう思うのも無理はない。むしろそれくらい似ているからこそ、我々ボーダーは彼女がこちらの世界で名乗る名前を決定したんだ」
「……それでは彼女の偽名は、
「ええ。私の弟は当時まだ赤ん坊でしたから、いくらでも誤魔化しようがありました。ですが私はすでに顔が知られていました。成長途中だったとはいえ顔つきから見破られる可能性も考えられます。ゆえに、私とよく似ているという忍田の姪の名前は名乗るにうってつけだったのです」
忍田に代わって瑠花王女がライの疑問に答えた。
ようは隠れ蓑と言ったところだろうか。
強大な母トリガーを持つ王家の生き残り。そんな人物が存在すると敵に知られれば狙われてもおかしくない話だ。
その点瓜二つな人物が実在するとなればそれを利用しようとしてもおかしな事ではない。
「王女の事を瑠花は知っているのですか?」
「いいや。彼女は知らない。ボーダーに入隊すると言う話も我々の想定外の事だった。だからこそ彼女が組織に加わってからは余計に気を配ろうと考えていたのだが」
「そこでライ。あなたが接触したという話で話は少し複雑なものになりました」
名指しでライを呼び、瑠花王女は小さく息を吐いた。
「そうでなくてもあなたは
『特に鬼怒田や根付からね』と瑠花が補足する。
そう言われてようやくライは合点がいった。自分の立場、そして何よりも共に部隊を組もうとしていた女性が実はボーダーの中枢にも関与しかねない思惑に絡んでいる。上層部が目をつけるのも当然の話だ。
「なるほど。——しかし解せません。どうしてそのような話を僕に打ち明けたのですか? 別にその疑いが晴れたわけではないでしょう。それなのに情報の出所を増やすのは危険では?」
同時に新たな疑問もわき上がった。
これまで秘密にしてきた重要な案件をどうして今になってライに公表したのかだ。
そもそも瑠花王女が単独で作戦室に訪問した事自体が異例の事態だ。
スパイの容疑がある人物への対応とは思えない。
「その疑いが晴れたからだよ」
だが忍田は彼の意見を真っ向から否定した。
「何故です?」
「先の騒動における君の働きと会議における発言が決定的となった。そもそも君が核心に触れるために近づいたならば事を荒立てる意味は全くない。A級に昇格した今となってはなおさらだ。それにも拘わらず君は鳩原隊員の暴走を止め、そして瑠花に処罰が及ばないようにと自ら盾になった。むしろ信頼に値する存在になったと言っても良い。その点は城戸司令とて認めている」
「————」
穏やかな表情でそう続ける。
彼の話を聞いてライは複雑な表情を浮かべた。
たしかに忍田が語るような思惑は微塵もない。あの時はただ目の前の事に精一杯で余計な事を考える暇がなかった。その結果として近しい人物にまで影響が出ないようにと振舞っただけの事。当然の事をしただけなのにこのような評価をされてはこそばゆい。
「だからこそ君に彼女の話を打ち明け、そしてもしよければこれからの事を託そうと思った」
「どういう意味です?」
「そのままの意味ですよ。——ライ。これからは私の懐刀として私を守ってはくれませんか?」
瑠花王女が本題に触れる。今回の来訪、それはライに助力を要請する事だった。
「彼女の存在はボーダー内でも知る人物は限られている。そのため重要人物ではあるのだが、彼女を守る存在もまた限られているという現状だ」
「その点、普段からボーダー本部に滞在するというあなたの存在は味方にできれば心強いというもの」
「……正気ですか? 僕は先に降格を受けたばかりの身。しかもあなたとは今日会ったばかりだ。そう簡単に僕を信用できると仰るのですか?」
忍田も瑠花王女もライの事を信用して守護の役目を託そうとしている。
だがライ自身はそう考えられなかった。
ボーダー設立にも関与した亡国の王女、それを守る隊員となれば相応の力と信頼が求められる。一方でライはB級へ降格したばかりだ。とてもではないが身分不相応だと指摘した。
「だからこそあなたとお話をしたのです。あなたの性格と考えを少しでも理解できればと。そしてやはり忍田達の話は嘘ではなかったと確信しました。簡単に目の前の物事を判断しないという思慮の深さも信用に値します」
「なるほど。しかし、僕はまだ部隊の隊長でもあるのです。そう簡単にその任を受けるわけには——」
「わかっています。ですが私が今回あなたに声をかけた理由の一つは、あなたがオペレーターである彼女を庇った目的が『大切な存在だからこそ遠ざけておきたい』と考えたからです」
「ッ」
鋭い指摘にライが息を飲む。表情にこそ出さないが、彼の眉がわずかに動いた瞬間を瑠花王女は見逃さなかった。
「ゆえに、もしもあなたが自由の身になったらで構いません。一つの案として考えてはもらえませんか?」
そう言って瑠花王女はにっこりと笑う。
落ち着きを払い、気高い雰囲気を醸し出す彼女からは確かに王女としての風格が感じられた。
誘いを受けたライは瞼を閉じ、じっくり考えて。
「——王女殿下」
「えっ?」
瑠花王女のすぐそばまで移動すると、その場で跪き頭を垂れた。
「知らぬ事とはいえ、この度の数々の非礼を何卒お許しください」
臣下の礼を取って先に行った己の無礼を心から謝罪する。
「王女殿下の身に余るお言葉、恐縮至極に存じます。ご期待に応えたいという思いはあれど、私は未だに一部隊を率いる身でありおいそれと承知する事はできません。願わくは今しばらく選択の時間をいただきたく存じます」
あくまでもライにとって最も大切なものは別にあった。だからこそこの場で了承する事は出来ず、まずは最も近い者と話す時間をいただきたいと願い出る。
「……ライ。あなた本当に一般人? こちらの世界でこれ程礼を尽くす人は初めて見ました」
「私はただのライですよ」
驚きと疑問を含んだ称賛の声が上がるが、ライはそれをサラリとかわした。
『ただのライ』という言葉は決して嘘ではない。少なくともこの世界で彼は何者でもないのだから。
あくまでも白を切るライに瑠花は小さく息を吐く。
「そうですか。でも別にそこまで極端に構えなくても構いません。確かに敬う気持ちは持ってほしいと思いますが、私は国を追われた者。もう王女ではないのですから」
「何を仰いますか。遠く離れた土地、孤独の中でも矜持を持ち続け、凛とした姿勢を貫くあなたにこそ王女としての資格がある。私はそう考えました」
少し自虐的な発言をもらした瑠花王女に、ライはうつむく顔をあげてそう答えた。
おそらくは亡国の王女という彼女の立場が彼の心を動かしたのだろう。
彼の瑠花王女を気遣う真っ直ぐな言葉が耳に届くと、瑠花王女は恥ずかし気に片手で口元を隠すとライを直視しきれずに視線を横へとそらした。
「なんというか、本当に忍田の言っていた通りですね」
「はっ? ……忍田さん?」
「いや、私は別に。普段の君の姿勢や迅から報告を受けたイメージをそのまま話しただけだが」
とりあえず今度時間がある時に迅さんを問い詰めよう。
ライが気持ちを新たにする中、瑠花王女は一つ咳ばらいをして空気を変えると改めて話を戻した。
「とにかくあなたの気持ちはわかりました。私とてこの場ですぐに返事をもらえるとは思っていませんでしたから。——もしもあなたの気持ちが固まったら、教えてください。待っています」
今一度期待を含んだ笑みがライへと向けられる。
その彼女の意図を理解して、ライも姿勢を正した。
「
————
(亡国の王女、か)
瑠花王女と忍田が去った後、ライは作戦室で一人物思いにふけっていた。
考えているのは当然新たに加わった情報・瑠花王女の事。
ただでさえ実の妹のように大切に考えていた瑠花と瓜二つの女性。しかも王族を彷彿させる尊大な振る舞いに気高い雰囲気、そして本当に王族の生き残りであるという彼女の存在は、ライの中で大きな存在へとなっていた。
(……複雑だ)
振る舞いや立場が瑠花以上に実の妹と酷似している。別にライが瑠花を気遣う理由はそれだけではないので特に気にする必要はないのだが、姿まで瓜二つであるという現状がライの心境を余計に複雑なものにしていた。
どちらにせよ今後は彼女たちに対する接し方には気をつけないとな。
そんな事を考えながらライは携帯端末をいじりながら時間をつぶしていく。
待ち人が来ないだろうか、期待と不安を持ちながら待機をしていると。
「ライ先輩!」
作戦室の扉が開かれた。
学校からまっすぐ来たのだろう。鞄を手にした瑠花がライの下へとやって来た。
「瑠花! ——だよね?」
「えっ? はい。私ですけど?」
「……うん。よかった、瑠花だ」
口頭で本人確認を済ませ、念には念をと彼女をじっくりと見つめ、彼がよく知るオペレーター本人だと確信しライは安堵の息をつく。その動作に瑠花が心配そうな視線を送るのだが、ライが気づく事はなかった。
「本部からの辞令は見ました。あれはもう決定事項なんですか?」
「——その通りだ」
「……大丈夫ですか? 私も大方の事情は把握しているつもりです。ライ先輩がこんな形で処分を受けるなんて」
「大丈夫だ。組織を守るという上層部の意思も理解しているつもりだ。そのうえで後悔はしていない」
普段の明るい表情はなく、悔し気に顔をゆがませる瑠花をなだめる様にライは彼女の頭に手を置く。
事実ライは今回の自分の処遇について不満を持ってはいなかった。
後悔する事があるとしたら、それは隊員である彼女を巻き込んでしまったというただ一点のみ。
「——僕たちが部隊を結成した12月から数えて5か月ほど、約半年か」
「えっ? ええ、そうですね」
突如話題が変わった事に疑問を覚えながら、瑠花が頷く。
ライは彼女と共に戦ったこの5か月間の事を振り返りながら言葉を振り絞った。
「瑠花。短い間だったが、ここまで未熟な隊長について来てくれた事を感謝している」
「……えっ? ライ先輩? 何を、言っているんですか?」
だってその言い方ではまるで――
瑠花が信じられないと表情を崩す中、ライは話を続ける。
「君まで汚名を被る必要はない。上層部との会議で君の名は上がらなかった。おそらく隊長である僕が無理やり命令したと判断してくれたんだろう」
こうしてライは嘘をついた。
瑠花の名前も上がっていた、それを彼が取り消したというのに。
これ以上彼女を巻き込む事がないようにとライは嘘の仮面をかぶる。
「——まさか、部隊を解散するなんて言うつもりですか?」
聡い彼女は先を読んで問いただした。ライは穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりと頷く。
「今ここで部隊を去れば、君は『隊長の暴走についていけなくなったオペレーター』ですむ。だがこのまま僕と一緒にいれば君まで隊務違反で降格した部隊の一員となってしまう」
『隊長としての責任を取る』
先に加古とも話した言葉の通りだった。ライはこの処罰を自分一人で引き受けるつもりでいる。
「前シーズンのランク戦で君はA級まで昇進した部隊をサポートしたという実績を得た。幸いにも今は5月。次のランク戦へ向けて新生部隊も多い。引く手数多だろう。確か弓場隊の王子も新しく部隊を作りたいとか言っていたかな? まあとにかく新生部隊も現れ、有能なオペレーターが求められる時期だ」
たとえここで瑠花が部隊から去ったとしても、彼女を求める存在が多いシーズンだ。
一時と言えどA級に上がった彼女ならきっとこの先も大丈夫だと信じてライは語る。
「もちろん移籍に関しては僕も十分サポートする。別に今生の別れというわけじゃないんだ。だからこの一時の感情に惑わされず、君にとって何が最善なのか。よく考えてくれ」
たとえ同じ部隊でなくなっても交流は続くのだ。
瑠花が自分の為になる道が何なのか、この部隊に残る事が全てではないという言葉で締めくくって話を終える。
「待ってください。そんな簡単に解散だなんて!」
「——僕は、大切な人を傷つける存在を許す事は出来ない」
ましてそれが、自分自身であるというのならば。
瑠花は必死に訴えるが、ライは表情一つ変えずにそう断じた。
「隊員を傷つけるような存在が隊長でいる資格はない。僕は隊長の器ではなかった」
ライは突如席を立つと机の引き出しから一枚の紙を取り出して瑠花の前に置く。
それは部隊解散に関わる書類。すでに隊長であるライの名前が書かれており、後は瑠花の名前を書くだけで手続きが終わる段取りとなっていた。
「これは君に預けておく。——君を巻き込んでしまって、すまなかった」
深々と頭を下げる。言い訳一つせず、ライはすべての責任を背負う事を決めた。
「……この紙は、私が預かるという事で良いんですね?」
「ああ」
「わかりました」
頭を下げながら彼女の言葉を肯定するライ。
するとその直後、彼の頭上から紙を引き裂く音が鳴りだした。
『まさか』とライがすぐに頭をあげる。すると瑠花が手渡された書類を文字が読めなくなるほど細かく引き裂いていた。
「なっ——!」
「はい。これが私の答えです」
開いた口が塞がらない状態のライに、瑠花がまっすぐな己の意志を示す。
「酷いです、ライ先輩。私の意見も聞かないまま話を進めるなんて」
「——瑠花。君は何もわかっていない。この先、周囲の人間からどのように言われるかさえ予想がつかない。加えて問題の内容から他言は全て禁じられる。何一つ弁明する事さえできないんだぞ!」
自身の行動を糾弾する瑠花に、ライは必死に訴えた。
緘口令が敷かれた今、紅月隊はたとえどのように言われようとも反論は出来ない。
降格処分を受けた部隊がここから先どのような立場になるかは不明なのだ。
「頼む。リスクを背負うのは僕一人で十分だ」
そんな先行き不明な道を共にすることはないと、ライは必死に説得を試みるが瑠花の気持ちが変わる事はなかった。
「もう、最初にかわした約束の事は忘れてしまいましたか?」
そう言われてライの脳裏をよぎったのは二人が初めて出会った時に交わした言葉だ。
『互いの力が必要になり、目指すものが同じだったならば力を貸してほしい』。
お互いの力は今も必要としている。目指すものが変わったわけではない。
ならばここで道を分かつ必要なんてないだろうと彼女は言った。
「私は一緒にいたいです。たとえそれが他の人にとっての悪い事だとしても、私にとっての正しい事ならば、私も悔いはありません」
——あなたがそう言ったように。
瑠花もこの先の事を察して、それでも話を続ける。
「だってライ先輩は守りました。誰かを助けた人を一人にするなんて私にはできません」
これこそが自分の正義なのだと。部隊を組む相手は他にいないと瑠花は己の気持ちを示すのだった。
「——瑠花。本当に良いのか?」
「はい」
「前回のようにすぐにA級に上がれる保証はない。それでも構わないと?」
「それでもまたライ先輩と共に進み続けるだけです」
「……そうか。ならば——ありがとう」
ライは覚悟を決めた彼女の気持ちをそれ以上無視する事は出来ず。今一度頭を下げ、自分についてきてくれるという道を選んだ瑠花に最大限の感謝を告げるのだった。