REGAIN COLORS   作:星月

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 ライが瑠花と話を交え、二人が決意を新たにしてから数十分後の事。彼はすぐに一人の隊員と連絡を取ると、ボーダー本部のある一室を訪れていた。

 

「——ライ。まさかこんなにも早くあなたの方から会いに来るとは思いませんでした」

 

 訪れた相手は先ほど対談したばかりの瑠花王女である。

 普段はボーダー本部内に住んでいるとはいえ彼女の素性から来客は限られている。今もライは忍田の案内を経て彼と共に部屋にやって来たのだ。

 

「申し訳ございません。しかし僕もあなたも中々会う事ができる時間は限られているでしょう。ですから答えが出たならば早いうちに返答しておきたい。そう考えましたので」

 

 秘匿性が求められる案件でもあるからこそ。

返答をいつまでも先延ばしにすることは良しとせず、また意志が固まった内に道を示しておくべきだとライは考えたのだ。

 

「そうですか。答えは出ましたか」

「はい。——申し訳ございません。この度のお誘いはお断りさせていただきます」

 

 答えを問う瑠花王女へ向け、ライは深々と頭を下げる。

 その彼の反応を見て瑠花王女は小さく息を吐いた。

 突然の誘い、彼女自身も簡単に了承されるとは思っていなかったのかもしれない。

 

「力を必要とし、求めてくれた事は嬉しく思います。しかし僕にとってはやはり瑠花(彼女)こそが僕の部隊のオペレーターであるのです。共に戦う彼女の信頼に応えたい」

 

 『一緒にいたい』と語ってくれた女の子の思いを無碍にはできないとライは迷いなく言い切った。二人の絆が窺える様相に瑠花王女は幾分か複雑な感情を覚える。

 

「——残念です。あなたが傍にいてくれれば心強いと思ったのですが」

「申し訳ございません」

「いや、紅月君がそのように深く考える必要はない。突然の事で君を悩ませてしまったな」

 

 釈明を続けるライを気遣う忍田。

 彼も今回の誘いは急である事をよく理解していたため特に気にしているそぶりは見られなかった。

 その気遣いはとても嬉しく思う。

 だが同時にライはそれだけでは気が済まなかったのか、さらに話を続けた。

 

「はい。そしてこの度は、お二人に答えを出すと同時に一つお願いがあって参りました」

「お願い?」

「何かあったのか?」

 

 何事だろうかと瑠花王女と忍田が目を合わせるが両者とも心当たりがないのか首をかしげる。一体なんの事なのかと二人は次の言葉を促した。

 

「お願いがあります。僕に、記憶封印措置をかけてくれませんか?」

「えっ?」

「——なに?」

 

 それは二人が考え付くはずもなかった事。

 ライは自らに記憶封印措置を施すことを望んだのだ。彼の言葉の意図がすぐには飲み込めず、二人は目を丸くする。

 

「僕は王女の願いには答えられません。そのため先に申し上げたように、情報の出所が増えただけの結果となりました。ボーダーの中でも限られた者しか知らない情報であるならば、ただの一隊員に過ぎない僕が知るべきことではない事です」

 

 瑠花王女の情報の特異性、および重要性を知っているからこそ。

 情報を守るためにライは自らの記憶を消し去ることを提案した。

 自分の記憶が操作されるという嫌悪すべき事態であるにも関わらず、ライの表情に迷いはない。

 

「ならば、王女の身に危害が及ぶ可能性を少しでも減らすために。ボーダーにとって致命になりかねないこの秘密が僕から漏れないように」

 

 お願いしますと今一度頭を下げ、はっきりと言い切った。

 

「それは、しかし……!」

 

 忍田の表情がゆがむ。

 そもそも彼は瑠花王女とライを引き合わせる事にはあまり賛同的ではなかった。

 ただでさえ特殊的な経歴の彼が今回の事件の一件から立場が悪くなったためだ。そんな相手にこれ以上の重荷を背負わせたくはない。ゆえにここで瑠花王女の事を忘れ、責任を減らすというのは悪くない話だが、だからと言って記憶封印措置を施すというのは気が引けた。

 

「……その必要はありません」

 

 すると、忍田が迷っている間に瑠花王女が代わって答えを示す。

 

「今のあなたの言葉こそが、記憶封印措置よりもはるかに信頼できる意志の表れだと判断しました。違いますか、忍田?」

 

 措置など施す必要もなかった。

 それだけ信頼できる人物だと聞いたからこの話を持ち掛けたのだと、確認する意を込めて瑠花王女が忍田にじっと視線を送る。

 その意図を理解し、忍田は小さく笑った。

 

「——ああ、その通りだな。私も同感だ」

「ライ。私も無理強いをするつもりはありません。しかしやはりこの本部内でも信頼できる味方は一人でも多く欲しい。どうでしょうか? ならば防衛任務外であなたの時間がある時で構いません。この先、忍田のように私を守ってはもらえませんか?」

 

 常に傍で構えている必要はない。

 だからどうか余裕のある時は守ってほしいのだと助力を願った。

 通学のないライにとっては悪い話ではない。王女からの願いという事もあって、ライもこの誘いを一蹴する事は出来なかった。

 

「それが、王女殿下の願いとあらば。微力ながら尽力させていただきます」

 

 再びライは臣下の礼を取って協力を約束する。

 瑠花が大切な存在であることは変わりないが、同時に亡国の王女という彼女の存在もそう簡単に割り切る事はできなかった。

 

「ありがとうございます。——ですが、先ほども言いましたがそこまで畏まらなくても構いません。呼び方にしても他の人がいる時などは不自然になりかねませんし」

「そうですか。ではどうしましょうか?」

「玉狛支部にも関係者がいるが、彼は瑠花嬢と呼んでいたな。それに倣うとするか?」

「——では、瑠花お嬢様と呼びましょうか?」

「まあ及第点ですね」

 

 本音はもっと砕けた調子でも良さそうなニュアンスが含まれていたが、そこはライとオペレーターである彼女との関係性も考慮したのだろう。

 これでひとまずライから瑠花王女への接し方は一つ改善されたが、当然ながらもう一つ気になる事はあった。

 

「ならば僕の呼び方も何か変えてはもらえませんか? なんというか、あなたの顔で呼び捨てにされるのが少し複雑な気持ちになると言いますか……」

「ああ、なるほど」

 

 ライが心底申し訳なさそうに語りだす。

 よく似た少女が『ライ先輩』と呼ぶ中、『ライ』と呼び捨てにする現状に色々思うところがあった。

 親戚でもある忍田もわかると何度も頷く。

 

「そうですか? まあ私だけお願いするというのも悪いですから構いませんが。——しかしどうしましょう。忍田達とは昔からの付き合いで通じるでしょうが、あなたは経歴の都合上そうはいきませんからね」

「ええ」

「私までライ先輩と呼んでは余計に気にするでしょう?」

「勘弁してください」

「そうでしょうね」

 

 ならばどうしたものかと瑠花王女は指を顎先においてじっと考え始めた。

 何かちょうどいい呼び名はないだろうか。ライのパートナーと被らず、それでいて自分が呼んでもおかしくないような呼び方。

 

「——ああ。そうだ」

 

色々と考え始め、そしてある会話を思い返すと瑠花王女は非常に良い笑みを浮かべて両の手を合わせる。

 満足のいく答えだったのか、瑠花王女は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべたままライの近くへと歩み寄り。

 

「それなら、こう呼びましょうか? 我が愛しの——お兄様(・・・)

 

 組んだ両手の甲に頬を乗せ、上目遣いにライを見上げて訊ねた。

 

「……お戯れがすぎます!」

 

 墓穴を掘ってしまったか。

 思わずライは右手で顔を隠しつつ、叫びをあげた。

 立場はおろか呼び方まで実の妹を彷彿させる彼女に、ライの心が激しく揺らぐ。

 非常に効果抜群な一言だった。

 

 

————

 

 

 

(……正直、少し疲れたな)

 

 結局ライが折れる形で話は終わりを迎えた。

 この後の予定としては今度瑠花王女が外出する機会もあり、その時に時間が合えば護衛として行動を共にしてほしいと頼まれ、ライは了承する。話はひとまずそこで終わり、その場は解散となった。

 少し足取りが重い。

 ただでさえ妹のように大切に思っていたオペレーターと顔が瓜二つな上に、さらに振舞い方や接し方が実の妹と似てくるとなれば複雑にもなるというもの。

 とにかく今後、瑠花と接するときには対応を間違えないようにしなければなと意識を切り替え、作戦室へと引き上げていった。

 

「おー。お疲れ紅月君」

「大丈夫か? どこか気疲れしているように見えるが」

「……大丈夫です」

 

 まさか人間関係で悩んでいるとは言えず、声をかけてくれた迅と風間に軽く言葉を交わすにとどまるライ。

 

「ならば良いが。ああ、入るなら伝えておく。また一人、来客だ」

「えっ? また?」

 

 風間の伝言に一体誰だろうと首をかしげる。

 中学・高校生組が帰ってくるには少し早い時間帯だ。

 ならばある程度時間の都合がきく大学生以上の人物か。まさかイコさんあたりが来たのだろうかと予想を立てつつ、ライは作戦室の扉を開ける。

 

「ただいま。戻ったよ瑠花」

「あっ、ライ先輩! お疲れ様です。ライ先輩と話がしたいとお客さんが来ています」

「うん。聞いてるよ。誰かな?」

 

 いつもの調子で駆け寄る瑠花に安堵を覚えつつ、作戦室の中をのぞき込んだ。

 

「——えっ?」

 

 そしてソファに腰かける隊員の顔を見て思わず目を見開く。

 スーツを身にまとい、茶髪をセンター分けした顔立ちの良い男性。

 交流はないが、三輪や加古を通じて幾度か話を聞き、A級のランク戦の映像を目にした事でその実力はよく知る実力者だ。

 

「二宮さん?」

 

 最強の射手(シューター)、二宮の姿がそこにあった。

 

「ああ。直接会うのは初めてだな。二宮隊の二宮だ。まあ突っ立ってないで座れよ、紅月」

「——はい。わかりました。失礼します」

 

 客人とは思えぬ高圧的な振る舞いに、『あれ? ここ紅月隊の作戦室だよね?』と疑問を抱きつつライは促されるまま対面の席にこしかける。

 こうしてライは射手(シューター)の王と初めての出会いを迎えたのだった。




ライ「王女との話が終わったと思ったら今度は王が来てた……」

そう語る本人も元王。外交問題かな?
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