ライと瑠花が並んで席に着いたことを確認し、二宮が話し始めた。
「まずはうちの隊員が世話になり、迷惑をかけた事について礼と謝罪をさせてもらう。鳩原の暴走を止めてくれた事、心から感謝する。そしてその為にお前たちの部隊までが降格となってしまった事を謝罪させてもらう。——すまなかった」
そう言うと二宮は立ち上がり、大きく頭を下げる。鳩原の独断行動を見抜けなかった事への後悔、代わって阻止してくれた二人への感謝の思いが込められていた。
一方で突然の来訪者である二宮に頭を下げられたライは思わず息を飲む。
ライはかつて加古から二宮の性格について話を聞いていた。実は二人はかつてチームを組んだ事があり、同級生であり、しかも同じポジションで隊長も務める事から交流も多いという。彼女いわく『尊大な上に無愛想』、『言葉も態度も偉そう』、『東さんと師匠以外に頭を下げたところを見た事も聞いた事もない』などなど。様々な話を耳にしたがどれもプライドが高く自尊心が高い人物の評であった。
だからこそ目の前で自分に頭を下げている二宮の行動は驚くには十分すぎるものだ。もしもこの場に加古がいたのならば一連の行動を動画に収めていたかもしれない。
「いえ、頭をあげてください二宮さん。今回の紅月隊の降格は全て僕自身が起こした行動の結果です。誰かに命令されたわけではなく、強要されたわけでもない。あなたがそこまで気にすることではありません。そのお言葉だけで十分です」
とはいえいつまでも呆けているわけにはいかない。
一連の事件について長引かせることはライにとっても本意ではなかった。
そもそも二宮は鳩原の事件について一切関与していない。だからこそそれ以上の言葉は不要だと二宮に頭を上げるように促す。するとライから許しを得た事でようやく二宮も頭をあげた。
「そのように言ってもらえるとこちらとしては助かる。いずれにせよ今回の事件はうちの
「……鳩原の様子は、如何ですか?」
鳩原は処罰により前代未聞のC級降格を受け、トリガーの使用も禁止されている。
そうでなくても密航が失敗した直後とあって心境は複雑だろう。
果たして大丈夫だろうか、ライは不安を覚えて二宮に彼女の様子を聞いた。鳩原の話を振られた二宮はゆっくりと首を横に振る。
「正直な話、あいつがこの先立ち直れるのかどうかは俺にはわからん。少なくとも今はただ無気力な状態だ。抜け殻と言っても良い。こちらからの問いかけには素直に応じるが、ただ反応を示しているだけのようにも見える。何度も謝罪し、時折作り笑いを顔に張り付けて、ただ自分を責めているようだった」
無理もない話か、とライは一人口ごもった。
そうでなくても遠征取り消しも鳩原の存在が一因とされている。その上に今回の二宮隊B級降格が重なった。内向的な性格である彼女が気にしないわけがない。
「——ボーダーには残ったものの、鳩原が二宮隊に復帰する事はないかもしれない」
二宮も彼女の様子を悟ったのだろう。わずかに目を細め、かつてのチームメイトと再び手を組む可能性は限りなく低いだろうと断じた。
「二宮さんとしても隊員たちに示しをつけるため、ですか?」
「それも一つではある。少なくとも俺の方からは『戻って来い』と声をかけるつもりはない。席は残しておくが、あいつが自力でB級に戻り、そして自分から復帰を願い、犬飼たち全員がそれを了承する事が条件だ。だが、元のような関係に戻るのは難しいだろうな」
全てを捨てる覚悟で密航を実行した鳩原。
彼女の違反の責任をとる形で降格となった二宮達。
この両者の関係が元通りになる事は確かに言葉で語る以上に険しい道のりだ。
形だけ元に戻ったとしても必ずどこかで溝が埋まれ、深まっていくことは容易に想像できる。二宮もそれをわかっているからこそこのように語っているのだろう。
「仮に元に戻れるとしたら、それは全てのケリがついてからだろう」
だからといってすべてを諦めるというわけでもなく。
二宮はこの時すでにその先へと目を向けていた。
「二宮隊は再び
改めて二宮はA級へと復帰し、そしてかつて目前で資格を失った遠征に参加し、目的を達成すると宣言する。そうする事で二宮隊は元の、本来の在り方を取り戻せるだろうと信じていた。
「鳩原のためにも、ですね」
「それはあくまでも目的の一つにすぎん。だが、確かに俺達は元々遠征を目指していた。ならばそれを達成しなければならないだろうな」
「……ええ。そうですね」
不器用に小さく笑みをこぼした二宮を見て、ライと瑠花は顔を合わせて笑みを浮かべる。
少なくとも二宮本人は気を使う必要はまったくないようだ。それどころか彼は誰よりも早く意識を切り替え、次の目標を目指していた。伊達に長年ボーダーで戦っているわけではない。
「——そして今回の密航事件についてだが、実は俺達二宮隊が事件の調査を請け負う事となった」
「えっ? 二宮隊がですか?」
「ああ。今回の事件は出来るだけ関係者は少ない方が良い。風間隊はいざという時に動けるため本部に備えておきたい。ならば直接事件そのものには関与していないうちが担当しても問題はないと上層部が判断したのだろう」
なるほど、と頷いた。
確かに二宮隊は鳩原を除けば事件の事は知らされていなかったし遠征に選ばれるだけの信頼を勝ち取っている。隠密な作戦を引き受ける事が多い風間隊をできるだけ調査の任につけさせたくないという思惑も理解できた。
ならば上層部からの命令なのか二宮の方から打診したのかは不明だが、彼らが命令を受けるのは不思議な話ではない。隊員の責任をとるという意味もあった。
「そこでだ。紅月、お前も調査に協力してくれないか?」
「僕がですか?」
「ああ。上層部にもすでに許可は取っている。鳩原から情報を受け取ってはいるが、お前も事件の関係者だ。しかも誰よりもいち早くあいつの行動に勘付いていた。お前がいれば何か進展があるかもしれない。どうだ?」
ここで二宮は彼が紅月隊の作戦室を訪れたもう一つの目的について打ち明ける。
ライは同じく事件を知る者であり、誰よりも早く異変に気付く勘の良さを持ち合わせていた。また何か見落とすことがないようにと二宮は彼に協力を求める。
「わかりました。僕で良ければ同行しましょう。よろしくお願いします、二宮さん」
彼にとっても少しでも早く事件が落ち着きを取り戻すというのならば願ってもない事だ。ライは二つ返事で申し出に応じるのだった。
「そうか。助かる。ならばこの後犬飼達と合流次第向かうとするぞ。——だが、行く前に準備をしてからか」
「準備ですか?」
「ああ。お前だけ違う格好というわけにもいかないだろうからな」
「……うん?」
どういう意味だと首をかしげるライ。そんな彼に二宮は「すぐに終わる」とつぶやくにとどまった。
————
「……なんというか、ちょっと違和感を覚えるな」
自らの格好を見てライは複雑な表情を浮かべていた。
ライはトリオン体のままだがその姿は普段と異なっている。紅月隊の隊服ではなく、二宮隊の隊服であるスーツ姿へと換装を変えていた。複数人で行動を共にするならば服装は統一した方がよいだろうという二宮の意向である。
とはいえ敵として見ていた隊員と同じ格好に着替えるとなるとやはり自然と違和感は浮かび上がった。
「えー。滅茶苦茶似合ってるよ、紅月君。ねえ?」
「はい。より引き締まった印象を受けます」
一方でいつの間にか合流を果たしていた犬飼と瑠花は上機嫌に笑って彼の姿をほめたたえる。
容姿が整ったライがスーツに身を包み、凛とした姿勢をとると確かに絵になった。場所が違えばさらにその環境にあった人物像となっていただろう。
「本当にすごいですね、トリオン体って。設定しておけばこういう感じに服装を簡単に変更できるんですね」
「そうだよー。設定を残しておけば他の部隊の隊服にもすぐ変えられるからね。色々試してみようか?」
「犬飼、瑠花を変な遊びに惑わすのはやめてくれないかな?」
「冗談だってー」
素直に関心している瑠花をおかしな方向へ導こうといている犬飼には低い声を当て、無理やりその口を黙らせた。ライはおかしなことを覚えさせないようにと配慮しての事だったが、しかし瑠花は彼の姿を見て目を輝かせている。
「あの、ライ先輩」
「ん? なんだい?」
「記念に写真を撮ってもいいですか?」
「……何の記念?」
どういう事だと全く意味はわからなかったが、まあいいかとライは許可を出した。
「ありがとうございます」と言って瑠花は何枚か写真を撮ると満足げに頷く。
「この写真、加古さんたちにも送っていいですか?」
「——だ、ダメっ! とにかく加古さんだけはダメ!」
「どうしたの紅月君。加古さんと何かあった?」
「まああるにはあったけど、とにかく加古さんに送る事だけはダメ!」
さすがに先ほど部隊へ勧誘されたばかりの相手に、他の部隊の隊服に着替えた写真となるとあらぬ誤解が生まれる事は容易に想像できた。しかも相手が加古の元チームメイトの部隊となればなおの事だ。ライはさすがに瑠花でもそれだけはダメだと厳しく諭すのだった。
「……そうですか。わかりました」
さすがに隊長の命令に背く気はないのか瑠花は渋々応じる。
しかしこの後、加古隊の隊員である黒江を通じて加古もこの写真を目にするのだがそれはまた別の話。
「ただ確かにライ先輩が仰るように、制服姿も見た事なかったので珍しいですよね」
「あーそうだねー。私服か隊服しか見かけないもん」
「そうかな? まあバイトの時はそっちの服に着替えるから確かにこういう格好は珍しいかも」
現在ライは学校にも通っていないので制服を持っていない。普段はトリオン体でいる事が多く、私服を着るときも珍しいのでスーツ姿というのは非常に目新しいものだった。
今まで見た事がなかった新たな発見に瑠花は嬉々として言葉を続ける。
「そうですよ。それにボーダーの隊服ってジャージのようなものが多いですから。なんだかコスプレみたいです」
瞬間、その場に衝撃が走った。
「……瑠花、その言葉は二宮さんの前では言わないでね」
「えっ? 何でですか?」
「ほら、うちの隊長って結構そういうのうるさいからさ」
「はあ。まあお二人がそう言うならば、わかりました」
きょとんと首をかしげる瑠花に二人は小さな声でつぶやく。
二宮隊の隊服は隊長である二宮が決めたものだった。しかもその理由は隊服のコスプレ感を嫌ったものなのだ。それがジャージスタイルが主であるボーダーの中ではかえって浮いてしまい、結果的にコスプレ感が出てしまった状態であり、二宮は真剣に考えているのである。
ライと犬飼は辻を呼ぶため、そして連絡を取るために席を外していた二宮がこの場にいない事を確認し、安堵の息を漏らした。
————
その後、ライの準備が整うと二宮は辻と共に合流し、二宮・犬飼・辻・ライの四人である場所へと向かった。
行先は今回の事件の首謀者とされる雨取麟児の実家だ。何か地図などの手がかりが残っているかもしれないと判断しての事である。
原因がトリガーのものとはっきりしているものの、彼の捜索願が出ていた事もあって警察と共に雨取家を訪問した。
いつの間にか振り出した雨が徐々に強まる中、犬飼が前に出てインターホンを鳴らす。
「雨取家の人間との交渉は俺達が担当する。紅月、お前は何か発見次第教えてくれ」
「わかりました」
傘の下、二宮とライが短く会話を交わした。
確かに家族との話し合いとなればボーダー在籍歴も長い二宮隊が担当した方が良いだろう。ライはすぐに頷きを返す。
ほどなくして家の中から雨取麟児の父母であろう二人の人物が顔を出した。
「こんばんは。突然大人数で押しかけてすみませんね。ボーダー隊員の犬飼と申します。雨取さんのおうちで間違いないでしょうか?」
慣れた調子で犬飼が挨拶し、確認を済ませる。
二人は案の定というべきか、向こうから早くも麟児の行方について問いただしてきた。無事なのか、見つかったのかと心配するそぶりは演技には見えず心から息子の安否を心配しているように見える。
「——以上、トリガーを使った形跡が発見されており——また、遺体が発見されていない事から、私達ボーダーはおそらく連れ去られてしまったのではないかと捜査をしています」
相手を気遣いつつ穏便に済ませるべく、所々真相をぼかしながら話を進めていく犬飼。
その様子をライ達はじっくりと見守りつつ——近くから注がれる視線に気づき、ライはそちらの方角へと目を向けた。
「……二宮さん」
「ああ。誰かいるな。中学生、あるいは高校生くらいの年齢か」
ライだけでなく二宮もその視線を察している。
二人の視線の先にはまだ顔つきが幼く、学生くらいの体つきで制服を身にまとった男の姿があった。相手も傘をさしているため詳しく顔をうかがう事は出来ない。だが野次馬にしては特に写真を撮ったりネットに書き込む様子もなくただじっとこちらを見守っており様子がおかしかった。
「雨取家の関係者か……?」
「少なくとも家族ではありません。先ほど警察の方に伺いましたが雨取家は4人家族。兄弟構成は兄と妹となっていました」
「ならば雨取麟児かその妹と親しい者の可能性が考えられるな」
雨取家の人間ではないが赤の他人でもなさそうだ。男の様子から二人はある程度その正体について推測していく。
「……二宮さん。少しこの場を預けてもよろしいですか?」
「行くのか? 今は雨取家の調査が最優先だ。あいつが何か知っているとは限らない。それに下手にこの事件に興味を持つ者を増やしてもどうかと思うが」
二宮は確実性がない以上は調査対象を増やすべきではないだろうと見知らぬ男へ関与する事に対して否定的な意見を呈した。確かにボーダーの不祥事に関わる事の調査範囲を広げる事はあまり得策ではない。それはライも承知していた。
「しかし今は雨取麟児という男の情報さえ不足しています。雨取家に関する情報は少しでもほしい。首謀者に関与している可能性があるならば行くべきだと思います」
だがボーダー側の情報が不足しているというのもまた事実なのだ。
雨取麟児の交友関係も不明のまま。
ならばここは積極的にしかけるべきではないかとライは二宮に申し出た。
「……良いだろう。だがこちらから詳しい情報は流すな。関係ないとわかったら素早く引き上げてこい」
「紅月、了解」
彼の考えも一理あると判断したのか、しばし考えこんだ結果二宮は許可を与える。
許しをもらったライは早速立ち尽くしている男子生徒の元へと足を運んだ。
相手は茫然としていたのだろう。ライが目の前に迫ってようやくその接近に気づく。
「……あっ、あの。僕は!」
「はじめまして。僕はボーダーに所属する紅月ライというものです。現在、行方不明者の捜索にあたっているのですが、このあたりで何か不審な人物を見たとかおかしな出来事があったとかそういう覚えはありませんか?」
突然の出来事に男子生徒——顔をのぞき込むと、黒髪のショートカットにアンダーリムの眼鏡を付けた、まだ幼さが残る顔つきの少年が冷や汗を浮かべて狼狽えると、ライが先んじて身元を明かし、説明を始めた。
行方不明者の捜索とは上手く言ったものだと自分でも思う。
警察も行動を共にしている今、雨取家の人間とこうして真剣な問答を交わしている現状を関係者が目撃したならば必ずやぼろを出すだろう。
「行方不明者? ——ボーダーが調査しているという事は、まさか麟児さんですか!?」
案の定、目の前の少年からは決定的なキーワードが飛び出した。
『麟児さん』と対象を親し気に呼んだ上に、ライがボーダーであるという事にまで食いつく。この男は何かを知っていると考えて間違いなかった。ライの瞳がわずかに細まる。
「どうやらあなたは何か情報を知っているようですね。詳しくお話を聞きたいのですが、ご協力願えますか?」
「……はい。わかりました」
「ありがとうございます。それでは先にあなたの名前から伺ってもよろしいですか? 場合によっては今日以降もお話を聞くことになるかもしれませんので」
少なくとも目の前の人物はボーダーに敵意はないのか素直に頷く。
ライに名前を尋ねられても彼は一切抵抗するそぶりを見せることなく——
「——三雲。三雲修です」
後にボーダーという組織で広く知られる事となる自身の名前を打ち明けた。