「やはり、特にこれといった証拠は見つからなかったな」
雨取家の捜索を終え、現場を含め目途を付けた一通りの場所を調べた後、二宮隊とライはボーダー本部へ帰還し、二宮隊の作戦室に集まっていた。
コーヒーを口に含むと二宮が淡々とつぶやく。
もともと今回のような大掛かりな作戦を立てた首謀者が証拠を残しておくとは思わなかったが、少しでも何か新たな切欠が欲しかった彼らにとっては残念な結果だった。
「当然ですけど家族も一切知らない様子でしたからね」
「妹さんもいましたが、衝撃のあまり茫然としているようでした。仲がよさそうなだけに、密航するとは思えなかったのでしょうね」
犬飼や辻も彼の意見に同調して頷く。
雨取家の家族は麟児の他に3人いるが、誰もが信じられないと口を揃えており、事件とはまったく無関係な様子だった。
年が近い妹も同様の反応である。感情を抑えるのに必死な様子の女の子は見ていて痛ましいものがあった。
「しかしだからこそわかる事もあります。痕跡を一切残さず、鳩原が不在となっても密航を決行した。最初から彼らは目的を達成しない限りはこちらの世界に帰らない覚悟を決めていたのではないでしょうか」
とはいえ何もわからないからこそ推測もできるとライが意見を述べる。
経験豊富な協力者を失っても密航を決行した麟児たち。相応な決意を固めていなければ出来ないだろう。彼らは無謀でも興味本位でもなく、各々の強い覚悟をもとにこの行動に移ったのだと。
「確かにな。そうでなければボーダーの情報網を上回ることなどできなかっただろう。——それで紅月。お前が話した男はどうだった?」
「ええ。ビンゴでしたよ」
ふと雨取家の前で立ち尽くしていた男の姿を思い返し、二宮が話題をその謎の男に変える。
やはり彼も何かしら関係があるのではと疑いを持っていたのだろう。
視線を向けられたライはその疑問に答えようと小さく首を縦に振るのだった。
「少年の名前は三雲修。まだ中学生でした。雨取麟児に家庭教師として勉学を教わっていたようです。彼の妹とも親しいとの事。今回の密航についても、雨取麟児から話を聞いていたとの事でした」
「何だと?」
「話を聞いていたって、何それ? じゃあボーダーにはわざと黙っていたってこと?」
「確かにその通りなんですが、少し事情が違うよ。——彼は雨取麟児たちと行動を共にする予定でしたが、嘘の決行日時を教えられたそうです。先ほどの話と重なりますが、おそらくは雨取麟児がこちらの世界に残る妹を気遣い、彼に妹の事を頼んだのではないかと」
大小の差はあるが、二宮達3人は三雲に関する話を聞いて驚きを隠せない。
まだ麟児たち3人と鳩原の他にも密航を企んでいた者がいた。しかも首謀者のすぐ近くの存在だ。今回の調査では見過ごしてしまいかねなかっただけにこの報告は非常に大きなものである。
「……情報の信憑性はどうだ? その男が嘘を語っている可能性はないのか?」
「ないと考えていいでしょう。こちらが行方不明者の捜索と説明しただけで麟児の名前を挙げ、ボーダーである我々の存在に反応を示していました。加えて、ボーダーに協力者がいるという事まで知っていました」
「なるほど。それならば確かにその三雲君という中学生が言っている事は信じてもよさそうですね」
「おそらくは」
辻の言葉にライも同意を示した。
何も知らない第三者としてはあまりにも情報に通じすぎている。加えてライは相手の様子からも彼の話している事が真実であろうと感じ取っていた。
「あえて協力者をこちらに残し、情報を探らせるにしては彼があまりにも若い。おそらく本当に彼は雨取麟児たちと行動を共にする予定だったのでしょう」
『少なくとも彼の中では』と付け加え、ライは話を区切る。
三雲はまだ中学生だ。一人ボーダーの人間に近づき彼らと情報戦を挑むとは考えにくかった。ライは三雲という少年が真に麟児の密航についていけなかった事を悔やみ、そして彼の身を案じているのだろうと結論付ける。
「なるほど。それでそいつから何か計画について深い事は聞けたのか? 情報の出どころなどは?」
「……それがですね。実は少し厄介な事になりましたよ」
「うん? どういう事? あの後何かあったの?」
二宮の問いにライが珍しく言いよどんだ。物事の決断が速い彼らしくない態度に犬飼はその真意を聞き返す。
「ええ。実はその三雲という少年、情報の開示に関してはこちらに条件を提示してきました」
苦笑いを浮かべて、ライは三雲修と交わした契約について詳細に話し始めていった。
————
「——確かに僕は麟児さんから
「なるほど。もしもそれが本当ならば話が早い。こちらの調査もはかどるというもの。よければその地点について詳しく教えてもらえないでしょうか?」
「はい。ただ、それは構いませんが……」
「どうしました?」
三雲はライとの話し合いにおいては麟児が密航を企んでいた事、そのためにボーダーの人間と取引を行っていた事、決行の日時や場所などを数日前から自分に打ち明けていた事などはしっかり聞き取りに応じていた。
しかしより詳細な情報を求められると、そこで三雲は口ごもり、申し訳なさそうに視線を逸らす。どうしたのだろうかとライは先を促すと、
「……麟児さんの調査について、ボーダーはどこまで把握しているんですか? 僕も知る限りは話します。だからボーダーが調べている情報も教えてください」
三雲は情報の開示ではなくあくまでも対等な立場で麟児に関する情報の共有を願い出た。
迷いながらもはっきりと自分の意思を示した彼の瞳には『自分が麟児を連れ戻しに行く』という決意が感じ取れる。
それはライもよく理解できた。しかし感情と理屈はまったく別の問題だ。眉をピクリと動かすにとどまり、ライは淡々とボーダー隊員としての答えを示す。
「残念ながらそれは出来ません。今調査している問題はボーダー内部でも非常に限られた者だけが知る問題です。調査している者でさえ、この事件を知りボーダー本部から力を認められたものだけと制限されているのが現状だ。その願いには応えられない」
「ならば、僕がそのボーダー本部から力を認められれば麟児さんたちの情報を教えてもらえますか?」
「——どういう意味です?」
さすがに聞き逃すわけにはいかず、ライは三雲の語る言葉の真意を問いただした。
彼は雨取麟児を知る者ではあるがボーダーとは無関係の一般人だ。とても条件を満たせるわけがない。
「今回の一件で自分の無力さを感じました。麟児さんまでいなくなってしまった今、何もせずにはいられないんです。——僕は、ボーダーへの入隊を望みます。ですから僕がいずれボーダーに入ってあなたが言う力を手にしたならば僕も捜索に協力させてください」
雨取麟児に対する思いが、そしてこれはライは知らぬことではあるが彼の妹に対する思いが三雲にある決意を固めさせた。
自分がボーダー隊員となり、麟児の居場所を探し出し、そして彼が消息を絶つ前に頼まれた妹を守るために、力を手にするためにボーダー隊員になるのだと。
「……その意気込みは買いましょう。しかしボーダー本部から認められるという事は簡単なことではない。親しい人がいなくなって気持ちが逸るのはわかりますが冷静になってもらいたい。ボーダーも今彼らの捜索に尽力している最中です。彼らの行方が分かり次第お知らせします。それで納得できませんか? あなたの情報とてあくまでも確認のために行っている事です。ボーダー本部に任せていただければ、後はこちらで捜索は進めていきます」
若いながらに一つの目的のために力を求める。その気持ちはライも痛いほどよく理解できた。
だがだからと言ってそう簡単に民間人を事件に巻き込む必要はない。
ライはそう簡単に決断を急がないようにと優しい口調で三雲を諭した。
「——いいえ。納得できません」
それでも三雲は一歩も退く姿勢を見せない。あくまでも自分から気持ちを折る事はしないという意志を示すのだった。
「そもそも、ボーダーの捜索は完全ではないんじゃないですか?」
「いきなりどうしました? そのような事は——」
「そもそも麟児さんたちの密航が成功できたことが根拠です。麟児さんは最初から
ライの言葉を遮って推測交じりに三雲は語る。
事実、彼の言葉は的を射ていた。ボーダーは基本的に門が現れてから待機あるいは巡回している隊員が防衛に向かう。もともと門が出現する正確な場所がわかっていれば先回りしていた防衛隊員たちによって麟児たちの密航は叶わなかっただろう。
「つまりこの捜索は確認ではなく手探りで情報を集めているのではないですか? それならば僕が麟児さんから得た情報はボーダーにとっても十分利になるはずです。麟児さんたちの捜索はもちろん、今後の防衛任務のためにも」
だからこちらの要求にも答えてほしいと、三雲はあくまでも情報提供ではなく同じ立場での協力を願った。
自分の考えに自信を持っているのか、三雲は意見を言い終えると一息吐いてライをじっと見つめて答えを待つ。
「——なるほど。面白いな、君は。その場の状況と説明に流されず、己の確固たる意志を持ち合わせ決意を貫き通す。中学生とは思えないな。そういう人間は嫌いじゃない」
するとライは軽く笑みを浮かべ、砕けた口調で話し始めた。
三雲に興味を抱いたのだろう。先ほどまでの固い雰囲気は崩れ、面白いものをみつけたように目を輝かせた。
「僕がこの場で約束する。君がボーダーに入隊し、もしもその力を認められたならばわかっている情報を提示しよう」
「本当ですか!」
「——ただし、条件がある」
とはいえ無条件のままこの場で誓う事は出来ない。現状を考慮したうえでライは三雲に要求を突きつけるのだった。
「さすがに期限を設けないわけにはいかない。——半年だ。ボーダーには強さによってA級、B級、C級というランク付けがされている。君がボーダーに入隊し、半年以内にB級に上がってもらう。それができなければその時点でこちらからの情報の提示はしない」
「……半年」
「君にとってはその期間が短いのか長いのか判断が難しいだろうが、半年あれば力のある隊員ならばB級になれている頃合いだと考えてもらえれば良い。まして、上層部に認められる人間となればなおさらね。だからこそこの条件を付けさせてもらった。こちらにも捜索の都合があるからね」
ボーダーとしても情報はあって困るものではない。それは早ければ早いほど役に立つというもの。だからこそライは三雲がもし本当にボーダーの力になりうるならば目標に向かって邁進するように、なりえないならばそこまでだと厳しい決断を下すため、明確な基準を設けるのだった。
「わかりました。では入隊から半年以内にそのB級に上がり、そして力を認められればいいんですね?」
「当然ながらB級に昇格というのは最低条件だ。そこで満足してもらっては困るよ」
「——はい!」
言われるまでもないと言わんばかりに三雲は力強く返答する。
こうしてライと三雲、二人の少年は契約を交わし、別れるのだった。
————
「……勝手に約束を取り付けたのか」
「申し訳ありません。しかし彼の知りうる情報は役に立つと思いました。それにあくまでも上層部に認められればの話です。そう簡単にはいきませんよ」
「確かにな」
仕方ないかと二宮が息を吐く。
事実、二宮でさえ相手がここまで決意を示していたのならば条件を付けてならば約束したのかもしれない。ならばそれが少し早かっただけの事だ。
「上層部に認められればって、紅月君もまた曖昧な表現をしたものだね。つまり遠征に選ばれるってことでしょ? まず無理だよ」
「だけど彼が本当に雨取麟児を連れ戻したいならば、それは避けられない道だろう? ならば仕方ないさ」
「まあ確かにねー」
それもそっかと犬飼も軽い調子で頷いた。
三雲の望みは雨取麟児を発見し、連れ戻す事。それまでの間彼の妹を守る事だ。
ならばライの提示した条件はなしえなければならない。むしろ早めに基準を設けられた事で目標へ向けて励めるだろう。
「道は示しました。後は彼次第です。——いずれにせよ、それまで僕たちは出来る限りの事をしておきましょう」
捜索にせよ、訓練にせよ。まだまだやるべきことは多くあった。
だから三雲修という少年の存在の有無にかかわらず、やるべきことをやり遂げようとライは気持ちを新たにする。
——そしてこの先、三雲がボーダー組織に大きな影響を及ぼす事になるのだが、この時はまだ知る由もなかった。
「そうだな。とにかく今日の捜索はここまでとする。紅月は先に上がってくれ」
「了解しました。それではまた次の捜索の予定が立てば宜しくお願いします」
「ああ。——それと、最後にもう一つだけ頼みがある」
「何ですか?」
「お前の時間が空いている時で構わない。もしもお前が良ければ——」
最後に二宮は別れ際にライへとある願いを頼み込んだ。
一体何だろうと首をかしげる彼に二宮はゆっくりと口を開く。
「……わかりました。僕でよろしければ」
「ああ。頼むぞ」
滅多に他人には依頼をしない射撃の王からの誘いにライはしっかり耳を傾け、そして大きく頷くのだった。
という事で二宮・三雲編はひと段落。
最後の二宮の頼みに関する描写が描かれるのは少し先に。
次回から時系列を進めていきます。