鳩原未来の紅月隊加入。
かつてはA級隊員の一員であり一度は遠征選抜試験にも合格するほどの実力者だ。力量のみを考慮するならばフリーの身になった今は『自分の部隊へ』と求める声も多数だろうが、処分により前代未聞の訓練生落ちとなった彼女を部隊に召集するという行為は並大抵の人物ではまず考えもしないだろう。
そうでなくてもかつて彼女が所属していた二宮隊への配慮もある。それは彼女が引き起こした事件に関与し、事情を知るライにとってはなおさらのことだった。
だからこそ、ライが彼女を自分の部隊へと招き入れられたのは、その当事者たちの思惑が絡んでいる。
「お前の時間が空いている時で構わない。もしもお前が良ければ——鳩原と話をしてやってほしい。そしてお前たちさえよければ、あいつをお前たちの部隊に加えてやってほしい」
話を少しさかのぼり、鳩原が密航未遂を犯した日の夜。
二宮は自室へ引き上げようとするライへある頼みごとをしていた。
それこそがライに鳩原と会話を交え、そして彼女を彼らの部隊へと勧誘してもらう事である。
「鳩原を? 話をする分には構いませんが、彼女を
「確かにそうだ。だがその可能性が限りなく低い上に、そもそもそうなる前にあいつが駄目になる可能性も捨てきれない」
淡々と事もなげに二宮が語った。
仮にも長く精鋭部隊として共に戦ってきたチームメイトの今後に関わる大事な話題でありながら、彼の中では完全に割り切っているように感じられる。ひょっとしたら一隊長として冷静に隊員の行く末を案じているだけかもしれない。
「遠征部隊合格の取り消しに加えて密航の失敗。今の鳩原は挫折の連続に他者へ申し訳なさが重なって心が不安定だ。いつ爆発してもおかしくない爆弾と言っても良いが。同時に、放っておけばもう二度と自力では立ち直れないような状態でもあると俺は考える」
ただでさえ自分を卑下しがちな彼女が今回の一件でより自分を責めるようになってしまった。
殻に閉じこもっている今、下手に刺激すればその感情がどうなるかわからなくなる半面、このままでは何もできないまま時が過ぎてしまい、そして彼女はもう元の立場には戻れなくなってしまう。そんな予感が二宮にはあった。
「そして、おそらくだが俺達ではあいつを立ち直らせることは難しいだろう」
そんな彼女を復活させる役目は自分たちではないという事も。
鳩原は二宮達チームメイトを置き去りに一人密航を企てた。塞ぎがちな彼女が自分からもう一度仲間に、と声をかけるとは考えにくい。また先にも話したように二宮も隊長としてけじめをつけるために動くわけにはいかなかった。
だからこそわかっていても解決は難しい。他者の手を借りようにも今回の事情を知る者は限られているため、第三者に頼むという行為は簡単ではなかった。
「だが紅月。お前ならばあいつを立ち直らせる事もできるのではないかと、俺は考えた」
「僕がですか」
「ああ。他でもない、関係者であるお前ならば」
ただ一人、目の前の男を除けば。
静かに二宮が頷く。
鳩原にとってライは密航を阻止された人物であると同時に、自分のせいで降格させてしまった関係ない部隊の隊員だ。少なくとも聞く耳は持つだろう。
「狙撃手としての腕は俺が保証する。紅月隊の特性を考えてもあいつは役に立つだろう。戦力としては申し分ないはずだ。だからお前たちさえよければ、という条件で考えてはもらえないか?」
もしも鳩原が加われば、並外れた狙撃の技術を持つ彼女は戦闘員一人というライを十二分にサポートすると予想できる。経験も豊富なため戦力としては十分なものだ。あとはライと瑠花の二人が彼女を認めるかどうか。二宮は鳩原の行く末を彼に託した。
「……わかりました。僕でよろしければ」
「ああ。頼むぞ」
「瑠花とも相談してみますが、おそらくは彼女も応じてくれるでしょう。僕としても彼女の力を評価していますし、部隊の強みが増すことに異存はありません。問題は、鳩原がそれに応じてくれるかどうかですが」
「お前が話して駄目ならば諦めもつく。そう気負うな。失敗してもお前の責任ではない」
「いえ。やるならばとことん全力を尽くします。僕にも彼女を止めた責任がありますから」
「——そうか。では後はお前に任せるぞ」
強い意志を持って誓うライを見て、二宮は小さく息を吐く。
これ以上隊長として二宮にできることはなかった。
後はこの男が鳩原を上手く説得し、立ち直らせられるかどうか。良い報告を聞けるようにと、二宮は期待を籠めてライにすべてを託す。
「はい。進展があれば報告します。ただ、その。二宮さんは良いんですか?」
「何がだ?」
「鳩原が僕の部隊に加わることですよ」
一方、ライはある事が気になって二宮に再度問いかけた。
鳩原が元いた部隊ではなく紅月隊に加入。二宮はそれが気にならないのかと聞くと、二宮は鼻で笑う。
「問題ない。お前たちとB級ランク戦で戦う事を気にしているのならば、それは無用な心配だ。一人減ったところで崩れるほどやわな部隊ではない」
「ああいえ、そういう意味ではなく——」
二宮隊が弱くなるという危惧ならば不要だと二宮は語るが、ライが心配していたのはそうではなかった。言いにくい事なのか、彼にしては珍しく言いよどみながらも言葉を絞り出し——
「二宮さんって、鳩原と付き合っているんですよね?」
発せられた言葉を耳にした二宮の表情は固まり、後ろで話を聞いていた犬飼や辻は思わず噴き出した。
「……何を言っている?」
「ですから、二宮さんと鳩原って」
「聞こえなかったわけではない。紅月、お前は何を根拠にそう思った?」
「え? 違うんですか? 二宮さんと仲が良い人に聞いたんですが」
「誰にだ?」
「加古さんです」
「加古の野郎、ぬるい説明しやがって……」
かつて二宮と同じ部隊に所属していた、同じ年齢、同じA級の隊長。確かに普通の人間が考えれば仲が良い二人だろう。その加古が話す内容ならば信じるのも当然だ。
だが二宮は加古の名前が出た途端に機嫌を損ね、声の調子も幾分か苛立ちを含みはじめた。
「はっきりと言っておくが、それは事実ではない。俺はあくまでも鳩原ほどの才能が消えるのは戦力として惜しいと考えたからだ。他意はない。わかったか?」
「……あっ。はい。わかりました」
「本当にか?」
「ええ。もちろん。鳩原ほどの腕利きがこのまま姿を消すのは勿体ないというのは僕も同意見ですから。——では二宮さん。何かあればまた伺います」
「了解した」
明らかに様子が変わった二宮の説明を受け、ライはそれ以上は深く聞く事はせず、彼に話を合わせその場を去る。
背を返したライに二宮も鳩原を託し、二人は別れた。
————
ちなみに、加古が二宮と鳩原の関係についてライへと話した時の事。
『ちなみに紅月君、もしも二宮君に鳩原ちゃんの事を聞いたらその場は適当に相槌を打つ程度にしてね。彼って結構見栄とかを気にするタイプだから、彼女と付き合っている事を隠そうと必死になると思うの。まず認める事はしないはずだから、あまり深くは聞かないようにしてあげてね』
全て加古の読み通りであった。
————
「鳩原についてか。実力についてはお前もよく知っているだろう。パーソナリティに関しては温厚でお人よし。ひたすら内面を隠すために振舞う優しい性格。自分を卑下する一方、現状を打破すべく考えをやめない真面目な努力家。——と言ったところか」
時が少し進んで、ライが玉狛支部を訪れた日の事。
ライは鳩原の兄弟子であるレイジから彼女について話を聞いていた。
人間性を問われたレイジは共に訓練や任務に励んだ日の事、人伝いに聞いた話を思い返しながら淡々と続ける。
「やはりレイジさんの目からみてもそうですか。僕が抱いている人物像と一致していますし、狙撃手仲間の隊員も似たような事を言っていました」
「そうだろうな。あまり自分から積極的に動くタイプではないが、その腕と性格から交流は意外と広い。狙撃以外にも何か部隊の助けができないかと色々試行錯誤していたな」
「そうなんですか?」
「ああ。たとえばスパイダーを取り入れたワイヤー戦術。実践投入までは至らなかったが鉛弾を使った鉛弾狙撃を練習したと聞いている」
「鉛弾って、確か三輪が使っている——」
「そうだね。秀次は銃手トリガーで使っているけど、鳩原ちゃんは狙撃手トリガーへの応用を考えたってわけだ」
迅の補足にライはなるほどとうなずいた。彼はA級ランク戦の情報を知らないため鳩原の戦闘は狙撃による支援以外は詳しく知らなかったが、他にも味方を助ける術を持ち、その為に努力しようとする姿勢は非常に好ましい。たとえ自分で得点できなくても部隊のためにと動ける人材は貴重なものだ。
「それに気配りもできる人間だ。あいつが二宮隊に加わった際、当初はチームメイト間で中々コミュニケーションが取れなかったようだが、鳩原が上手く仲介に入って今の形まで作り上げたとも聞いている」
「えっ? それは初耳ですね。どちらかと言うと犬飼がその役目のような気もしますが」
「まあ隊長も結構硬い性格だから、彼もあまりはっきりと言えない場面があったんじゃない?」
「確かに二宮さんも最初から上手く部下との付き合い方ができるような人間ではなさそうですが……」
初対面で『座れよ、紅月』と語り掛けられたときの事を思い出しながらライがつぶやく。
真相は不明だが、同年代である自分以外に年下であり鳩原と同性の瑠花もいる都合上、そのように上手く隊員と交流できる人間性もライにとっては加点ポイントとなった。
余談だが、オペレーターの氷見が男性と話す際に緊張する癖が抜けない際、鳩原が烏丸ファンである彼女に『烏丸くん相手に比べたら、他の人は緊張しないでしょ』と発言したことはレイジも知らされていない。
「……ですが、よかったです。レイジさんもそのように仰るならば、何も問題はなさそうだ」
後は自分がどう話すか。
一通り話を聞いたライは安堵の息を漏らした。
少なくとも様々な味方が鳩原未来という人物像について、謙遜しがちで感情を抱きがちという欠点はある一方で、優しく真面目な人物だと評している。そんな隊員ならばもし味方になったとしても上手くやっていけると考えられた。
「お前がそこまで鳩原の事を聞くという事は、何かあいつにするつもりか? 今回の一件、お前も鳩原とはつながりが深いからそうだろうとは考えていたが」
「……何のことですか? 生憎と僕の降格は僕自身の失態で」
「ああ、紅月君。レイジさんは大丈夫だよ」
「——はっ?」
今回のこの問答の真意を問われたライはわざと嘘を貫こうとするが、そこに迅が横から割って入る。大丈夫という言葉の意味が分からずライが首をかしげると、迅はさらに話を続けた。
「レイジさんは今回の一件について上から話を聞いているんだ。関係者以外では東さん、そして東さんの弟子であるレイジさんの二人が君たちの事件の事を知っている」
「そうだったんですか?」
「ああ。そう簡単に話をしない姿勢はよかったが、そのように身構える必要はない。——もしも鳩原と接触するならばよろしく頼む。どうかあいつを勇気づけてやってくれ」
迅に続きレイジも首を縦に振り、彼の話を肯定する。
そして兄弟子という立場からレイジもライに鳩原を助けてやってくれと依頼した。彼も妹弟子が今回のような事件を引き起こしてしまった事に何かしら複雑な思いを抱いていたに違いない。
「……はい。最善を尽くします」
その信頼に応えようと、ライも頷くのだった。
————
そしてさらに時は流れ、平日の夕方。
「……ごめんね。入るよ、紅月君」
高校の授業を終え、真っ直ぐボーダー本部へ向かった鳩原が紅月隊の作戦室を訪れた。
「ああ。よく来てくれた鳩原。そちらも忙しいと思うが、こうして時間をとってくれた事に感謝する」
「いや、そんな。あたしは別に予定なんてなかったし大丈夫だよ」
ライから『話したい事がある』と呼び出された鳩原。促されるまま彼女はソファに腰かけ、ライも反対側に座る。別の部隊の作戦室、しかも相手が相手とあって鳩原の動作は少しぎこちなかった。
「こちらどうぞ、鳩原先輩」
「あ、ありがとね」
すると部屋の奥から瑠花が人数分のお茶とお茶請けを用意し、机の前に置く。
お盆を置き、彼女がライの横に並ぶように座り、関係者3人がようやくこの場に集った。
「さて、あまり話が長引いて遅くなってしまっては申し訳ない。こちらから先に本題に入っても良いかな?」
「……その前に、あたしの方からいくつか聞かせてもらえないかな?」
「何だい? 別に構わないよ」
短時間で用件を済ませようと口を開くライだが、話したい事があるのは鳩原も同じだった。ライから許可を得ると、鳩原は事件以後、ずっと抱えていた疑問を少しずつ吐き出していく。
「なんで、わかったの?」
『なにが』と聞き返す必要はなかった。
鳩原が問いただしているのはどうしてライが鳩原の密航を事前に察する事ができたのかどうかだ。
誰も、弟子である絵馬やクラスメイトである当真や今たちはもちろん、師匠であるあの東でさえ気づく事は出来なかったのに。
当然の質問にライは慎重に言葉を選びながら彼女に理解してもらえるようにとその悩みに答える。
「まずは訓練前後の君の様子がおかしかったからだ。どこかいつもと雰囲気が違った。加えてその後、当真と僕に語り掛けたあの言葉。あれが決定打になったね。以前、自分の都合で大切な人達に別れを告げた、ある人物によく似ていたから」
「……そっか。やっぱり、あの一言は余計だったかな」
そういうと鳩原は『仕方ないか』と失敗を悔やんで頬をかいた。自らの失態に対する無念さが窺える。
「じゃあ、なんで? なんで——止めたの? なんで、行かせてくれなかったの?」
だがまだ鳩原の疑念は尽きなかった。
先ほどよりもずっと低い声色で、鳩原は続ける。しり上がりに語気が強まり、瞳から光が消えた彼女の表情は鬼気迫るものとなった。
「鳩原、君は——」
「あたしには、あれしかなかったのに! もう、遠征に行く機会さえなくなって、近界に行く手段は他になかったのに! 弟を助けるには、あたしはああするしかなかったのに! やっと、助けられると思ったのに! あたし一人がいなくなったところで、何も変わらなかったのに……なんで!?」
ライの声を遮り、鳩原は嗚咽交じりに言葉を溢す。
鳩原の目的は近界民に拉致された弟を救出する事。その目的を果たすには遠征という手段を奪われた彼女には密航しかなかった。
鳩原の頬を一筋の雫が伝って地に落ちる。
肉親を思う気持ちはライも痛いほどわかった。彼も戦う目的は同じだったから。
「決まっているだろう。仲間が自分から死地に赴くとわかっていて止めないものがいるか?」
だからこそ、ライはあえて淡々と意見を述べていく。
「ならば聞くが、君は密航してどうするつもりだったんだ?」
「……どうするって、あたしは浚われた弟を……」
「相手の国に見当はついているのか? 場所がわかったとして、どうやって救出する? この星に帰ってくるまでのめどはついていたのか? ボーダーの中でも限られた人物しか遠征に行くことは出来ない。それだけ難しいという事はわかっているだろう」
弟を救出するという目的は非常に立派なものだ。
だが同時に非常に困難な事でもある。そもそも素性不明な星を探すだけでも大変な上に、内情を知らない星から拉致された人を救い、さらに無事に脱出するという事は計画を立てる事すら難易度が高い事だった。
「……全てを犠牲に、我が身さえ犠牲にしてでも守ろうとしたものなんて長続きしない。全てがうまくいく時間なんてごくわずかだ。僕はそう知っているから。だから、止めた」
ライはかつてあらゆるものを捨て、大切なものを守ろうとして、それでも叶わなかった過去を思い返し、静かに告げる。もうこれ以上同じ思いはしてほしくないと、本心を述べた。
「自分を過大評価するなよ、鳩原。たった4人で密航しても、君の弟を助け出す事は不可能だっただろう」
「ッ……!」
「そして、自分を過小評価するな。何も変わらない? 君を思ってどれだけの隊員が苦悩したと思っている。君自身が考えている以上に、君の影響は大きなものだよ」
「……うぅ」
密航の無謀さを諭し、そして彼女の周囲にいる大切なもの達の存在を改めて示す。
鳩原も密航に失敗してから様々な人と接した。二宮からは散々苦言を呈せられ、クラスメイトである当真達からは何度も声をかけられ、心配された上に東からも話す機会を設けられ、弟子である絵馬に至っては鳩原の件で暴走し、影浦隊までが処分を受けている。
そんな数々の出来事を思い返して、再び涙があふれだした。
自分の事を思ってくれた人たちがいるという事があまりにも申し訳なくて、そして嬉しい。
————
「大丈夫ですか、鳩原先輩?」
「……うん。ごめんね、みっともないよね」
「いえ。お気になさらず」
ようやく泣き止み、呼吸も整った鳩原。
声をかけてくれた瑠花に礼を言いつつ鳩原は姿勢を正す。
「さっきからあたしばっかり一方的な事しゃべっててごめん。——先に、これを言うべきだったね。二人とも、ごめんなさい」
先ほどは余裕がなかったため自分の事ばかりだった。
意識を切り替えた鳩原はその場で立ち上がり深々と頭を下げる。関係ない二人を巻き込んで降格させた事に対する謝罪だ。机に頭をぶつけかねないほどの勢いだった。
「頭をあげてくれ。女性にそのように頭を下げられては居心地が悪い」
「私もライ先輩とすでに何度も話して、仕方がない事だったと考えていますから。私たちは独断で考え、動いたんです。あまり気にしすぎないでください」
「いや、そうはいかないよ。……二宮さんも言っていたけど、たぶんすぐには戻れないんでしょう?」
「おそらくね」
二人は気にするなと声をかけてくれるものの、彼らがおかれている現状から鳩原は申し訳なさでいっぱいである。
処罰による降格である以上は次シーズンでの昇格、というわけにはいかなかった。
ライは少なくとも半年はまず上がれないだろうと覚悟している。
そんな事態になってしまった事に、鳩原は自分を許せないでいた。
「……本当に、ごめんなさい。謝ってすむ問題じゃないってわかってるけど」
「まあ仕方ないよ。二宮さんも言ったかもしれないけど、もう過ぎた事だ。それをいつまでも語ったところで意味はない」
「でも、あたしのせいで……何か、あたしにできる事があれば何でも言って。できることなんて限られてるだろうけど、少しでも罪滅ぼしができれば……」
何度も謝罪の言葉を述べる。そして少しでも彼らに返せるものはないかと鳩原は二人に問いかけた。真面目な性格であるためにこのまま何もしないというのは心情的に許せなかったのだろう。
「……君がそういうならば、最初に僕が言おうとしていた本題の話に入っても良いかな?」
「えっ? 本題?」
「ああ。今回君を呼んだのは君に頼みがあったからだ」
「あたしに? 紅月君が? あたしにできる事なんてあるのかわからないけど、何? できることなら何でもするけど」
「そうか。別に難しい話ではないよ」
鳩原が二人へ問いかけた事を好機に、ライは本題を切り出した。首をかしげる鳩原に、ライは単刀直入に告げる。
「——鳩原。紅月隊に加わらないか? 僕の部隊で君の腕を存分に振るってほしい」
鳩原に紅月隊への勧誘。あっさりと告げられたセリフに、鳩原はその意味をすぐに理解できず、呆けてしまった。
「……えっ? あたしが?」
「そうだ。君の実力は訓練でもよく知っている。奈良坂や当真、東さんをも凌駕する技術だと僕は評価した。もしも君が二宮隊への復帰に二の足を踏んでいるのならば、君を僕の部隊へ招き入れたい」
重ねてライは鳩原を紅月隊へと誘う。ボーダーの中でも指折りの実力者たちの名前を挙げ、そんな彼らをも凌ぐという言葉は最大限の賛辞だった。
彼女の複雑な心境を理解し、二宮隊の話題を挙げると、鳩原はやはりと言うべきか、緊張が強まる。
「でも、あたし処分を食らったんだよ? そんなあたしが一緒の部隊になったら紅月君たちまで……」
「そんなの僕も同じだよ。隊長が処分を受けたんだ。同じ身の隊員が一人増えたくらいで何も支障はない」
毒を食らわば皿までと言わんばかりにライはきっぱりと問題ないと断言した。
「それに、あたし今訓練生まで落ちちゃったんだよ? もう正隊員ですらないのに……」
「君ならば三週間あれば戻ってこれるさ」
当然だろうとライは迷いなく言い切る。
「え、っと。でも、二宮さんがなんて言うか……」
「これは二宮さんからも頼まれた事だ。許可は得ている」
「えっ。あの二宮さんが頼んだの?」
「うん。あの二宮さんが頼んだ」
二宮の名前を挙げてもライは動じなかった。嘘だろうと確認しても首を縦に振るのみ。
反応に困っている様子の鳩原は、肯定するのも否定するのも申し訳ないという様子だった。
ならば彼女の背中をもう一押ししようとライはさらに話を続ける。
「さすがに元居た部隊に戻る事は難しいだろう。だが目標もない状態で戦い続けられるほどの気丈な人間は少ない。どうだろうか、鳩原。僕の部隊に加わり、目的達成のために力を貸してくれないか」
「目的って?」
「近界遠征だ」
「——えっ」
こうしてライは自分の目的を、鳩原と同じ目的を語った。
「君とは少し理由が違うが、僕も近界遠征を目指している。そのためにはA級昇格は必須だが、昇格さえ二宮隊・影浦隊もいる中では難易度も格段に跳ね上がる。君の助けは非常に有効だろう」
「いや、何言ってるの、紅月君? わかってるの? あたし、その試験の合格を取り消されたんだよ?」
「知っているさ。だからどうした?」
鳩原は近界遠征試験を合格したものの取り消されている。そんな自分がいては紅月隊でさえ同じ目に会いかねなかった。そう諭してもライは考えを曲げない。
「忍田さんから話を聞いた。人型の敵と対峙する際、人を撃てない君の存在がどう影響するか予想できないと。——それが問題になるというならば、
かつてライが瑠花と部隊を結成する際に語った時と同じ言葉を鳩原に送った。
「紅月隊のエンブレムを知っているか? あれは、ある女性をモチーフにしたものだが」
《……ライ先輩》
《大丈夫だよ。ちゃんと名前は伏せるから》
エンブレムの話題になった途端、瑠花から内部通信が入る。やはりモデルとなっているため気恥ずかしいのだろう、頬がわずかに赤みを帯びているように見えた。ライは安心するように通信で返し、話に戻る。
「あれは守りたい者と、その者に代わってあらゆる状況で戦い抜くという意味を込めて作った。僕は誰が相手であれ、どのような状況下であれ戦い抜く。そう覚悟している。たとえ君の人を撃てないという事実が弱点になったとしても、僕が駆け付け、そして敵を討とう」
もう二度と失うまいと誓った彼の言葉には重みがあった。いつの間にか鳩原も聞き入ったのか、真剣な表情で彼の言葉に耳を傾けている。
「二宮隊で駄目だったからと諦めないでほしい。ならば、その二宮隊を倒してA級に昇格したらどうだ? 上層部とて少なくとも再考せざるをえないだろう」
かつての失敗も、それを超える実力を示したのならば結果も変わるかもしれない。だから諦めないでくれとライは訴え続けた。
「……それで、本当に変わるのかな?」
「まだ不安かい? ……そうだな。ならばこれも付け加えようか。もしもこの先、ボーダーが拉致被害者の救出など大掛かりな遠征を試みたならば、おそらく僕を遠征に組みこもうと考えるはずだ」
「えっ? なんで……あっ」
「ああ。君も僕の経歴は知っているだろう?ならば僕と組んでいる方がより可能性は高まるんじゃないかな?」
まだ結論を出せない鳩原に、ライはさらに奥の手を提示する。
ライの経歴。かつてA級隊員であった彼女ならば知っている、近界からの帰還者という情報。
すでに向こうの記憶はほとんどないと上層部は知っているものの、彼の記憶の埋め込みを治すすべを探すため、あるいはそこから何かしらの手がかりを得るためにと同行させる可能性は十分考えられた。そんな彼と同じ部隊にいれば、確かに共に遠征に参加できる可能性も捨てきれない。
「経歴? ライ先輩、どういう事ですか?」
「……ああ。ちょっとボーダー本部の上層部と入隊前からつながりがあってね。その事だよ」
事情を知らない瑠花は当然事情を把握できずに問い詰めるが、ライは真相を少しぼかしつつ返答した。このことも他言を禁じられていることだ。たとえ瑠花であろうともそう簡単に教えるわけにはいかない。
「どうだろうか、鳩原。君が先の行動を悔やんでいるのならば。失った信頼を取り戻すためにも、仲間の声に応えるためにも、紅月隊に加わってほしい。共に近界遠征を目指さないか」
彼女の願いに沿った、揃えられるだけの条件を提示し、環境も整えた。
後は鳩原の返答を待つだけ。最後に今一度ライが道を指し示す。
「それとも『何でもする』という君の言葉は嘘だったのかな?」
「ああ、いやそんな!」
さらにライは緊張をやわらげるべく、冗談半分で笑いながら彼女に問いかけた。
鳩原は必死に否定するとやがて彼の気遣いに気づき、つられるように笑って返事を決める。
「——わかった。あたしも紅月隊に加わるよ。あたしが紅月君の戦いをアシストする」
一度はボーダーも、仲間も、その関係や感情を手放そうとした。
しかし密航に失敗した今でも変わらず接し、力を求めてくれる人がいる。
ならば今度はその手放そうとした色を取り戻す戦いに行こうと鳩原はライの要請を快諾した。
「ああ。よろしく頼む」
「私からもよろしくお願いしますね、鳩原先輩」
ここに鳩原を加えた第二期紅月隊が誕生する。
————
そして紅月隊加入を決め、謹慎期間が解けた鳩原は変わらぬ技量を見せつけた。
ライの発言通り、最短となる三週間でB級へ返り咲くとそのままシーズン真っただ中である紅月隊へ加入。周囲を驚かせる。
「……紅月隊が一人増えたぁ? どういうこった? あいつ戦闘員は一人だろ?」
「そのまんまだって。一人増えてんの! しかもその相手が……」
「ユズルの師匠じゃねーか!」
「鳩原先輩! ……紅月隊、そっか。よかった……!」
その初参戦となったRound6。対戦相手である一角、影浦隊は各々驚きを呈しつつ、絵馬は師匠の復帰に歓喜し。
「えー。紅月君の隊に隊員追加かいな。おいおい、一人でも厄介なのにアカンやろ!」
「しかも鳩原先輩って。あの人の腕A級でも並外れですよ」
「ああ。アカンやろ。鳩原ちゃんって。……あいつ、ハーレムでも築く気か!? 許さん、叩き斬ったるわ!」
「そういえばついに男1、女2で唯一女性の方が多い部隊になったっすね!」
「絶対彼そないなつまらん事考えとらんやろ」
もう一つの部隊、生駒隊は明るい雰囲気を保ちつつも警戒心を強めていた。ただ一人、生駒だけは怒りを露わにし、嫉妬の炎に燃えていたが。
「じゃあ行こうか、鳩原。君の実力を見せつけてくれ」
「了解。できるだけの事をやるよ」
「サポートは任せてください。今回は北添先輩もいますので奇襲には気を付けて!」
そんな反応を知る由もない紅月隊は鳩原の初陣という事もあって士気は高い。
そしてこの初戦でいきなり鳩原の狙撃の腕が真価を発揮するのだった。
「よっしゃ! 鳩原先輩、発見! ——っと、おおっ!?」
開始直後、運よく潜伏する鳩原を発見した南沢だったが、鳩原のワイヤートラップを見抜けず転倒。体制を立て直し、追撃しようとしたところを絵馬の狙撃に遭い撃沈。
《ライ先輩、鳩原先輩! 北添先輩の炸裂弾が打ち上げられました!》
「了解。見えてるよ。大丈夫。——全部、撃ち落とす」
「——へっ!? 狙撃!?」
さらに北添が得意の適当炸裂弾で場を荒らそうとすると、宙を舞う銃弾をすべて撃ち抜くという荒業を見せつける。
「よっしゃあ! ようやく見えたなライ!」
「イコさん!?」
「ここでぶった斬ったるわ! 旋空、弧月——あれ?」
そしてライと影浦が斬りあう中、生駒が漁夫の利を得ようと二人まとめて旋空弧月を放つべく構えたところを鳩原が狙撃。生駒の弧月を打ち抜き、破壊する。武器を失った生駒はあえなく撃破された。
こうして的確なアシストを繰り返した結果、紅月隊が勝利を収める。
その後も快進撃は続き、紅月隊は最終的に4位以降と7点差以上を突き放してのB級3位でシーズンを終えるのだった。
あらすじの話も回収。実はライだけではなく、彼女の事も示していました。