REGAIN COLORS   作:星月

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同期

「迅さんが、僕に頼みですか?」

「うん。そう」

「……一体何ですか? 僕とていくらでも時間があるわけではありませんよ」

 

 聞き返すライに迅は好物であるぼんち揚げを口に含みながら頷く。

 相変わらずマイペースな迅だが、彼が普段からこういう立ち振る舞いをしている事はライもよく知っていた。だからこそ気分を害する事はせず、淡々と話を進めていく。

 

「おっ。門前払いはされないみたいでよかった。——三雲君は知ってるか? 今度ボーダーに入隊する予定の子なんだけど」

「……ええ。知っています」

「そっか。なら話は早い」

 

 迅が口にしたのは、先日二宮との会話の中でも上がった三雲の名前だった。

 相手が事件の概要を知っている迅という事でライは即座に頷く。おそらく迅にも雨取麟児関連の情報が伝わっているのだろう。ライの返答を聞いて迅が満足げに表情を緩めた。

 

「その三雲君なんだけど、できれば君に鍛えてやってほしい。何人か弟子を鍛えた経験があって、時間がある君ならば行けるだろ?」

「……僕に彼の師匠になれと?」

「そういう事」

 

 迅の頼みとはライに三雲の手解きをしてほしいという依頼。

 突拍子もない誘いにライが目を丸くする中、迅は平然とした口調で続けた。

 予想もしないこの依頼にライは疑念を抱く。

 そもそも迅ほどの実力者まだ無名の隊員にこれほど注目を注ぐ事が異例だった。何かしら彼の未来予知が働いたのかもしれない。ライがそう結論付けるのは当然の事であった。

 

「お断りします」

 

 しかし、そこまで考え至りながらもライはこの依頼をその場で拒絶する。

 

「おいおい。即答かよ。——理由を聞いても?」

「……理由ならいくつかあります」

 

 断られるとは思っていなかったのか、迅は拒絶の理由を問いかけた。ライは小さく息を吐き、冷静に迅の頼みを断った理由について語っていく。

 

「まずは僕の部隊にとって時期が悪い。迅さんも知っているでしょうが、僕の部隊には先日鳩原が加わったばかりです。ようやく彼女も落ち着いてきたころであるというのに、あの一件の関係者が彼女に近づくというのは避けたい」

「ふむ。まあ確かに一理ある。だけど別に訓練だけなら作戦室を使わなくても出来るとは思うけど」

 

 一つ目は鳩原の存在だ。三雲は雨取麟児をよく知る人物であり、彼の安否を心配していた。そんな彼が鳩原と接触すればお互いにどのような行動に動くか予想できない。リスクを避けたいライは少しでも二人の接点を減らすためにと気を配っていた。迅は二人が会わない場所ならば、と意見を呈するがライは首を横に振る。

 

「二つめは、すでにいる弟子の存在です。以前僕はユカリを弟子に取りました。次シーズンの半ばくらいから射手のトリガーも解禁しようか考えている最中です。そんな中で新たな弟子を取ってしまえば彼女への教えが半端になる可能性は高い。そんな事は出来ません」

「……ああー。そういえば弓場ちゃんとそんな事言っていたっけ」

「はい」

 

 二つ目の意見を述べると迅もさすがに納得の表情を浮かべた。

 いつの間にか名前で呼び合うようになった弟子との関係は良好だ。帯島の成長も著しく、部隊ランク戦でも立派な活躍を示した。万能手を目指す彼女にとっては重要となる射手トリガーの戦い方の指導を本格的に考えていた頃である。だからこそそんな時期に新たな弟子を取る事は控えたかった。

 

「そして三つめは……僕が、忍田さんから直々の命令を受けているためです」

「忍田さんの? 一体なんだい?」

 

 思わぬ名前が飛び出し、迅の眉がピクリと反応を示す。

 本部長である忍田から直々の命令。この言い方から察するにおそらく瑠花王女の護衛とはまた別の命令なのだろう。

 

(何か俺のいない間に本部で動きがあったのか?)

 

 まさか何か見逃していた未来予知があったのだろうか、迅はじっとライを見つめ彼の説明を待った。

 

「瑠花を彼女の第一志望校に合格させること。それが今の僕にとって最大の使命なんです」

「……あー。そっか。君そういう性格だったね」

 

 そして続けられた説明に肩透かしを食らう。

 瑠花は今中学三年生。その彼女が目前に控える高校受験で目指している高校へ入学するために支援し、勉学をサポートする事。それをライは忍田からも頼まれ、日々教育に励んでいた。

 ライにとっては大切な妹分の将来がかかった重要な時期だ。他に優先すべきものないと熱意に語るが、当の迅は予想外の内容に頭をかく。

 

「えっと。瑠花ちゃんの勉強が大切なのはわかるけど、それ他の人ではだめなの? 何なら俺が教えても良いけど」

「……迅さんもそんな冗談が言えるんですね。僕があなたに瑠花の事を任せるわけがないでしょう?」

「あれ? ひょっとして紅月君の中で俺の信頼って皆無?」

 

 迅の提案を鼻で笑うライ。真顔で意見を否定され、迅は思わず冷や汗を浮かべた。「そんな事ないですよ」とライは笑顔で首を振るが、その笑顔がかえって怖い。

 

「迅さんの事は信頼していますよ。事戦力に関してはあの太刀川さんにも匹敵するほどの腕だと見込んでいます」

「おや。意外と高評価だ」

 

 かの個人最強(太刀川)の名前を挙げ、比べる相手などそうそういないだろう。ライのたとえ話に迅は頬を緩ませる。

 

「同時に、こと私生活においてはあの太刀川さんにも匹敵するほどの人間性だと見込んでいます」

「うん。やっぱり低評価だ」

 

 しかし、単位を捨て、ボーダー本部の廊下できな粉を溢しまくってきな粉餅を禁止され、『DANGER』を『ダンガ—』と読み、熊谷の読み方を六回連続で間違い続けたなど様々な伝説を持つ男・太刀川と並べられ、迅は力なくうなだれる。迅が瑠花たちにセクハラをしたことはよほど彼の中で大きく影を落としている事が窺えた。

 

「そもそも、どうして迅さんがそこまで気にかけているんです? 何か事情があるんですか?」

「……まあね。ボーダーの今後の為、と言っておこうか」

「またそう言ってはぐらかすんですね」

 

 狙いを問いただしても曖昧な表現にとどめる迅にライは深くため息をつく。未来予知の内容が複雑なものであるのかもしれないが、それでももう少し何か意見はないのだろうかとライは思った。

 

「そこまで言うくらいなら見込みがあるという事ですよね? トリオン量が多いんですか? あるいは何か格闘技を学んでいて戦闘技術を持っているとか?」

「いや、どっちもないよ。俺もさっき資料を見たけどどれも低い数値だったね」

「……その資料、僕にも見せてもらってもよろしいですか?」

「もちろん。じゃ、端末に送るよ」

 

 一体三雲という男は何者なのか。

 ライも興味を抱いたのかその素質を問うが迅はからっきしだったと手を横に振る。

 疑念を深めたライが迅へ資料を要求すると、ほどなくしてライの端末に三雲の隊員情報が送られてきた。そしてそのデータを見てライは目を丸くする。

 

「……ひどいな。そもそも、よくボーダーに入れましたね。たしかトリオン量が低い隊員って戦闘員として入隊は出来ないと噂があったと思いますが違うんですか?」

「一応そういう風にはなっているけど。まあギリギリ許容範囲だったんじゃないかな」

 

 ライが驚いたのは三雲の持つトリオン量だった。

 間違いなくどの正規隊員よりもはるかに低い。訓練生の中でも見劣りするほどだ。入隊試験で戦闘員として弾かれてしまいかねないほどに。ライは迅に今一度トリオンについて迅に問いかけるが、迅は曖昧に受け答えするにとどまる。

 

(トリオン量以外の項目、基礎体力テストの内容も悪い。筆記試験の内容は悪くないようだが。加えて武器がレイガスト? 銃手や狙撃手はトリオン量から不可能と判定されたのだろうけど。……消去法でレイガストになったとしか思えない)

 

 さらにライは資料に目を通していくが、筆記試験以外は褒めるような点がないほど成績が悪かった。

 しかもボーダーが判定した、彼の適した武器がレイガストであるという点もライにとってはマイナスに映る。トリオン量が低いためにトリオン消費が激しい銃手や狙撃手が外れたという点は理解できた。しかし人気が高い弧月、軽量で扱いやすいスコーピオンではなく、担い手が少ないレイガストが選ばれた理由は前者二つを扱うほどの運動神経がなく、それを補う防御能力を求めてレイガストとなったのではないかと考えたのだ。 

 

(少なくともこのデータを見る限りでは、彼が上と勝負できるようになるには3年はかかる)

 

 ゆえにライは三雲に対して厳しい判定を下した。三雲が望む結果、遠征に選ばれるには最低でも3年はかかるだろうと。

 

(C級はトリガーが一つしか使えない。頭は良くても武器が一つでは個人ランク戦を勝ち抜くのも難しいだろう。訓練だけで昇格するのは時間がかかる。……やはり戦闘向きではない)

 

 ボーダーの仕様上、訓練生が使えるトリガーは一枠のみ。レイガストだけでは機転を活かそうにも限界があった。どうしても三雲が戦闘で活躍する姿が思い描けず、ライは気まずそうに頬をかく。

 

「……迅さん」

「おっ? なんだ?」

「少なくともこの資料を見る限りでは、三雲という隊員がボーダーで活躍するとは考えにくい。そう言ってもあなたは彼がボーダーの為になるとお考えですか?」

 

 今一度ライは迅に問いかけた。

 少なくともライは彼に希望的観測を抱けない中、迅は彼がボーダーの為になる逸材だと考えているのか。

 

「——ああ。必ず」

 

 その問いに迅は迷いなく言い切った。

 

「……なるほど。わかりました」

 

 真面目な表情で肯定する迅を見て、ライもただ事ではない様子を悟る。

 一応迅にも鳩原の件で借りがあった。瑠花の事件で差し引きゼロになったとはいえ、ライ本人が彼に何かをしたわけではない。ならば迅の願いを叶える事も決して悪い話ではなかった。

 

(僕から条件を提示したから手助けをするのもどうかと思うけど。でも、彼に戦う理由と覚悟があるのならば……)

 

 何よりも『大切な人の為に戦う事を選ぶ』人間はライにとって好ましい人物像である。かつて彼がある契約者によって機会を得られたように自分も何か戦える切欠を作ってあげたいという思いもあった。

 

「先に言った理由の為、僕が直接教える事は出来ません。しかし人伝いに訓練内容を指示し、その人に訓練をつけてもらう事は可能でしょう。相手も週に1,2回程度ならばそう負担でもないはずですし。それでどうですか?」

「おう。何もしないより遥かに良い。よろしく頼むよ」

 

 加えてここまで迅がここまで注目する男がどのような存在に成長するのかという興味が、本当ならばボーダーの為に活躍してほしいという期待がある。

 折衷案としてライが代案を提示すると、迅は喜んで頷いた。

 

 

————

 

 

 9月のボーダー入隊式当日。

 式も最初の訓練も終えて様々な新入隊員が新鮮な気持ちでトリオン体を満喫し、他愛ない会話に花を咲かせている中。迅も期待を寄せている隊員・三雲は一人ラウンジで考えにふけっていた。

 

(本当に大丈夫なのだろうか。果たして僕はボーダー隊員でやっていけるのか……?)

 

 頬に冷や汗を浮かべながら飲み物を口に含む。

 三雲は入隊早々にこの先ボーダー内で活躍を示せるのか自問自答を繰り返した。

 

(仮想戦闘訓練では結局時間切れで近界民を撃破できなかった。防衛任務がボーダー隊員の本業なのに。僕よりも年下の隊員で撃破した人だっていた中でだ。……どうやったらうまくいくんだろう)

 

 思い浮かぶのは入隊式直後に代々行われる戦闘訓練だ。

 人によっては一分を切るタイムをたたき出すなど戦闘員としての素質が試される試験で三雲は最後まで近界民の攻略は叶わなかった。

 戦闘慣れしていないと言ってもそれは他の新入隊員も条件はほとんど同じ。

 それにも関わらず自分はクリアできなかったという事実が彼の中で重くのしかかった。

 

(他の訓練でも成績が良かったとは言えない。このままではランク戦をしたところで勝てないだろう。しかし訓練だけではどうしても貰える得点は限られる。手詰まりだ)

 

 戦闘訓練以外の内容も芳しくない。C級は部隊ランク戦がないため個人ポイントを稼ぐ機会は個人ランク戦か訓練のみだ。だがそのどちらでも得点を挙げる見込みがないとなるとうなだれるのも仕方がない話である。

 

(こういう時、誰か頼りになる先輩でもいれば教えてもらえたのに。……麟児さん)

 

 打開策が思い浮かばず、三雲は失踪してしばらく経った先輩の顔を思い浮かべた。

 彼を探し出すためにもこんなところで諦めるわけにはいかない。

 何とかせねばと、三雲は両の頬をはたいた。

 

(とにかく今は出来る事をするんだ。しばらくは訓練に参加して、他の人の個人ランク戦を観戦する。それで何かしらコツをつかんでいかないと)

 

 まずは地道に一歩から始めようと目標を立てる。

 道のりはあまりにも長く、いつ上に上がれるかなどの目途さえ立たなかった。それでも最善を尽くそうと様々な考えをめぐらせていく。

 

「……ああ、ようやく見つけた」

「えっ?」

「こんにちは。君が、三雲君かな?」

「はっ。はい。僕が三雲ですが。あなたは?」

 

 すると考えに集中していた三雲へと声をかける人物が現れた。

 名前を呼ばれて視線を上げるとおでこを出した緑灰色の短髪が目に映る。本人の確認を済ませるとどこか眠そうな目をした男性が、安堵した表情で話を続けた。

 

「ああ、はじめましてだな。俺は村上鋼。君が良ければ、俺が君にレイガストの指導をしようと思う。どうだろうか?」

「……えっ?」

 

 そして告げられたのはこれ以上ないほどの望みである武器の指導役を引き受けるという言葉。あまりにも都合が良く信じがたい誘いに、三雲は開いた口が塞がらなかった。

 

「僕に指導? 願ってもない事ですがどうして?」

「なに。君が俺も使っているレイガストのトリガーを支給されたと聞いてね。レイガストは正規隊員の中でも担い手が少ない。おそらく俺を含めても片手で数えて足りるくらいだろう。だから独自で学ぶにも苦労すると思ったんだ」

 

 戸惑いを隠せない三雲を落ち着かせるように村上は淡々とした口調で説明を続ける。

 村上の言う通りレイガストのトリガーを使用する隊員は少なかった。B級以上の隊員ではA級の一条と木崎、B級の村上のわずか3人のみ。しかも木崎の場合はレイガストを特殊な方法で使用する事が多いため厳密には二人だけとも言える。

 

「……俺も昔は知人にトリガーの戦い方を学んで覚えていったからな。教えてくれる人のありがたみをよく知っている。だから、君の話を聞いてよければと思ったんだ。どうかな?」

 

 ゆえに強くなるためには独学で成長するしかないが、人から学ぶ事でより上達できるというもの。村上もかつて弧月の戦いを荒船から教わる事で上達した。その事を思い返して、村上は今一度三雲に提案を投げかける。

 

「——はい。僕としては願ってもない事です。どうか良ければご指導のほどよろしくお願いいたします!」

「そうか。ではよろしく」

「こちらこそ、村上先輩」

 

 強くなれる機会が訪れたならば逃す手はなかった。

 三雲は瞬時に答えを出し、右手を差し出す。

 村上もこの手に応じる事でここに新たな師弟関係が成立した。

 

 

————

 

 

 同時刻、鈴鳴支部。

 玉狛支部と同じく警戒区域の外苑に存在する支部の一角に、支部所属ではない本部の戦闘員が一人訪れていた。

 

「——今回は鋼の件、快く許諾していただきありがとうございました。おかげで随分と負担が軽くなりそうです。本当に助かりました」

 

 応接室のソファに腰かけて深々と頭を下げたのはライ。

 彼に対面する位置に座り、礼を言われた来馬と今は「何も問題はない」と柔らかい口調で語り掛ける。

 

「僕たちもそんなに忙しい時期ではなかったから大丈夫だよ。同期である紅月君からの頼みとなればこちらも応えたいと思う。勉強で太一がお世話になったりしたし。それに鋼にとっても人とのつながりが広がる事は悪い話じゃないからね」

「そうですね。鋼君は副作用の事もあって友達作りが難しい時期もあったようだから。以前荒船君の計画を聞いて鋼君も指導者に対する認識も変わったようだから丁度よかったかもしれないわ」

「……ならばよかった」

 

 村上は物事がたちまち上達する副作用の為に幼少期は仲間はずれにされる事も多かった。

 今はボーダー内でも親しい間柄の者も多いが、村上の方から新たに関係を構築しようとするのはより良い傾向である。加えて荒船の完璧万能手量産計画の話を聞いてからというもの、村上もその荒船の夢に応えられるようにと一掃励んでいた。腕を磨くと同時に、荒船から指導を受けた身として何かその一役を担えないかという思いも浮かんでいる。

 その中で今回のライから『レイガストを扱う訓練生の師匠を引き受けてくれないか』という提案は彼の中で心惹かれる話題であった。

 

「希少なレイガスト使いである鋼ならば話の展開もしやすいですからね。『餅は餅屋』と言いますし、レイガストの教えについては一任しようと思っています」

「僕としても鋼の師匠役に期待しているよ」

「長く関係が続いてほしいですね」

「……うん。僕もそう思う」

 

 やはり武器の扱いならばその担い手である本職に託すのが一番というもの。そのためライは同期である来馬や今が同じ部隊に所属し、レイガスト使いである村上に三雲の指導を託したのだ。

 初めて師匠役を担う村上の姿に、普段の彼を知る来馬や今も期待を持っているようだった。

 

(これで強くなる切欠は出来ただろう。後は彼次第だ)

 

 迅からの要望には十分応えられたと言える。

 果たして彼の予知通りに三雲がボーダーにとって良い成果をあげられるかどうかは三雲の努力次第。

 まだ訪れぬ未来にライも期待を寄せながら、来馬や今の心許せる同期と話に花を咲かせるのだった。

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