村上が三雲の師匠役を務めてから早くも10日程が経過した。
本来は村上が鈴鳴支部で任務に勤しんでいるという都合上、週に二回ほどの間隔で三雲の合同訓練の合間にレイガストの教えをする他、村上が直接戦闘相手として彼の腕を見るなど良き指導役を務めている。
「……なかなかどうして難しい。お前に頼まれたものの、彼が正規隊員に昇格するのはかなり時間がかかるかもしれない。どうも俺では荒船のようにはいかないな。期待に応えられなくてすまない」
だが村上の表情は暗かった。
三雲は元々のトリオン量が少ない上に特に運動神経が良いというわけでもない。そのため動きは散漫だった。加えてレイガストは非常に重量のある武器。三雲が簡単に使いこなすのは難しく、簡単に上達するという事はない。残念ながら前途多難という言葉が今の現状にピッタリだった。
ボーダー本部、紅月隊の作戦室。久々に友が隊長を務める部隊の作戦室を訪れた村上は、申し訳なさそうに依頼主であるライへ向けて語る。
「仕方がないよ。戦闘には向き不向きがある。鋼は特に上達速度も速かったしね。彼の場合は知識や経験を積めるだけでも大きいし、トリオン量の低さという弱点を少しでも補えるなら儲けものだ」
「そう言ってもらえると俺も助かる。人に教えるのはこれが初めてだからな。ゆっくりと鍛えていくとしよう」
「お願いね」
とはいえそれはすでに予想していたこと。
前もって迅から情報を仕入れていたライは仕方がない事だと村上を諭した。
レイガストの扱い方については村上に任せた一方、ライからは村上が時間を取れない間はひたすら模擬戦闘および訓練に励むようにとさせている。
理由としてはトリオン量の向上のためだ。トリオン機関は心肺器官や筋肉と同様に鍛えれば鍛えるほど向上する。三雲のトリオン量は訓練生の中でも見劣りするため運動神経の向上と並行してトリオン能力が少しでもマシになるようにと指示を出していたのである。
(攻撃手とは言えトリオンはあるに越した事はない。後々シールドや他のトリガーを使う事を想定するならば必須だし、そもそも他のポジションに転向するかもしれない。とにかく今は少しでも選択肢を増やしておかないとな)
地力で劣る以上、少しでも力をつけさせておくべき。
後々三雲が少しでもできる事が増える様にとライは急がず地盤を固める事を優先させていた。下手に個人ランク戦に挑戦させても力はそう簡単につかないし、そもそもポイントが減ってしまう恐れがある。ゆえに知識と基礎能力を伸ばすことを優先する指導計画を立てていた。
「とにかく俺は引き続きレイガストの立ち振る舞いや扱い、盾と剣の切り替えを中心に教えていこうと思う。もしも何か進展があれば報告しよう」
「ああ。そちらについては鋼の専門分野だからね。お任せするよ」
「任せてくれ。——今度はまた、ランク戦でもしながらとするか?」
「構わないよ。個人でも、部隊でも」
弟子への指導に関する話を終えると、二人は好戦的な笑みを浮かべて互いに視線をぶつけ合う。
部隊ランク戦はもちろん個人ランク戦でも頻繁にぶつかり合う二人。穏やかな声色だが両者の間では火花が散っていた。
「次戦う時はやり返させてもらう」
「僕も、僕たちも負けるつもりはない」
個人ポイントのランカーとして、チームのエースを担う者として。
『お前には負けられない』と同年代の二人は静かに闘志をたぎらせていた。
————
そしてライと村上の会話から約一時間後。
「——よしっ。今日はここまでとしようか」
「はっ。はいっ。ありがとうございました」
ボーダー本部の一角に用意された鈴鳴第一の作戦室では戦闘訓練を終えた村上と三雲の二人が部屋を後にしていた。
村上が三雲と条件を合わせ、お互いレイガスト一本のみを用いた戦闘訓練。
何度も指導を続けながら手合わせしたものの、三雲は結局一度も村上に攻撃を当てる事ができなかった。村上は終始三雲の動きを観察し、助言を続けながらも常に余裕を保ったまま三雲を手玉に取っている。その腕に三雲はただ感銘を受けていた。
(まだレイガストの重みに振り回されるような感じだ。剣モードとの切り替えも思うようにできていない。この辺りは慣れていくしかないか。今はとにかく、村上先輩の動きについていけるようにしないと!)
あまりにも目指す先は遠いが、目の前に生きたお手本がいるという事は非常に頼もしい。目標が近くにある事で追いつこうというやる気が出てくる上に参考になった。
聞けば村上は今No.4攻撃手と呼ばれるほどの腕利きであるという。
これほどの逸材が自分の為に時間を割いてくれているのだ。三雲はこの師匠との出会いに感謝でいっぱいだった。
「今日もご指導ありがとうございました。訓練でももっと動けるように頑張ります」
「ああ、その意気だ。合同訓練で得られるポイントが少ないとは思うが、塵も積もれば山となる。今はとにかくトリオン体での動き、レイガストの使い方に慣れてくれ」
「はい!」
三雲としては少しでも早くB級に上がりたいという思いは当然ある。
だが、合同訓練でも後れを取っている自分が師匠である村上と同じ立ち位置に立つのは時期尚早だと結論を下していた。その点は自分の力を明確に教えてくれたという事で村上が師匠となったもう一つの意義をなしていたのかもしれない。
「あとは——そうだな。俺もたまに本部に個人ランク戦をしに来るが、それを見るのも勉強になるかもしれない。同い年の紅月や荒船、影浦という隊員とよく戦う。対人戦闘でどういう風にレイガストを使うのか、どういう狙いで動くのかの参考になるだろう。良ければ今度見に来ると良い」
「紅月。紅月先輩ですか」
「ん? 知っているのか?」
「あっ、はい。一度だけ話した事があります」
さらに知識をつけるためにと、村上が友の名前を挙げながら提案すると、聞き覚えのある名前に三雲が反応を示した。
三雲にとっては彼がボーダーで強さを追い求める理由になった隊員だ。忘れるはずもない。
「村上先輩。その、紅月先輩ってどういう人なんですか?」
「気になるのか?」
「ええ。C級隊員たちの間でも様々な噂が流れている人なので」
ふとライの顔を思い返しながら三雲が村上に訊ねた。
入隊してからボーダー内では人伝いに様々な噂を耳にするが、正規隊員だけでなく訓練生の中でもライの名前は時折話題に上がる。
ただ、あまりにもその内容は様々だったため三雲はその人物像をつかみかねていた。
例えば良い噂の内容を挙げてみれば、
『実力なら戦闘員の中でもトップクラス』
『烏丸先輩や奈良坂先輩、嵐山さんたちと同じくらい女の子から人気がある』
『下手な大学生より頭が良い』
『食堂とかでも働いている姿を見かけるけど雰囲気が温かい』
『男女問わず人望が厚い』
『おr——んんっ! かの天才剣士・No.6攻撃手の生駒達人が一から育て上げ、世に送り出した万能の一番弟子や』
などなど。
実力や外見だけでなくその人間性などを評価する声も多い。
だがその一方で悪い噂も同じくらいの頻度で流れていた。
『学校に通ってないみたいでボーダーに入るまでの経歴やその間の人物関係が不明瞭で怪しい一面がある』
『どこかの紛争、戦争地域で兵士として戦っていた』
『上層部の前で隊員を殴って処分を受けた』
『徹底的な反近界民派の為、玉狛派の筆頭である迅隊員とは犬猿の仲』
『二宮隊長から彼女を寝取った』
『師匠の教えと信頼を裏切り、女の子を次から次へと手玉に取るジャグラーみたいな奴やな』
などなど。
先ほどの話とは打って変わって平和とは程遠い、好戦的かつ裏があるような人物像である。
あまりにも相反する内容であり、どう受け取って良いのか解釈に悩むものだった。
三雲にとってライとの対話は避けては通れない道。今のうちにどういう人間なのかだけは知っておきたい。年代が同じでよく戦うならば村上も知っているだろうと恐る恐る尋ねた。
「——良いやつだよ。一時は良くない話も流れたが、少なくともあいつを知っている人間ならば皆一様にそう答えるはずだ」
弟子の問いに、村上はこれ以上ないほど簡潔に答える。
友に対する揺らぎない信頼が籠ったその一言は、三雲の中のライという人物像に答えを示すには十分すぎるものだった。
「それに腕も確かだ。B級の中でもトップクラスであると言って間違いない」
「……村上先輩から見てもですか」
No.4攻撃手の彼が断言するのだからその実力は相当なものなのだろう。当時の彼は知らぬ事とはいえ、三雲は約束した相手がボーダー内でも力のあるものだと知って、彼の頬に冷や汗が浮かぶ。
「ああ。気になるならばそれこそ個人ランク戦を——いや、そういえばもうすぐあれがあったか」
「え?」
「丁度いい機会だ。お前もボーダートップクラスの腕前を見ておくといい」
そう言って村上は軽快に笑った。
一体どういう意味なのか。三雲が村上の発言の意味を知るのは、この一週間後のことである。
————
太陽の光が降り注ぐ昼の市街地。
雲一つなき晴天の下、二人の剣士が斬り結んでいた。
「——行くぞ、これで終わりだ」
最初に踏み込んだのは攻撃手最強——否、ボーダー隊員最強と名高い太刀川だ。
太刀川の一挙一動を観察し、動き出すタイミングを図る相手の意識を切り裂くような鋭い踏み込み。アスファルトがえぐれてしまいそうな程の力強い勢いで地面を蹴る。
上段から振り下ろされる弧月。
20メートルはあるだろう距離を一歩で詰め、強烈な一撃が敵に襲い掛かった。
「このままでは終われません!」
最強に相対するのは銀髪の少年——ライだ。
急接近する弧月の強襲をこちらも弧月ではじき返す。
衝撃がライの体に走る中、太刀川が二撃目、薙ぎ払いを繰り出した。休む間もない連撃をライは弧月で受け流すと、反撃に転じようと太刀川の喉元めがけて弧月を突き出す。
「おっと」
その一撃を太刀川は軽く上体を動かしてかわした。
涼しい顔で敵の反撃をしのぎ、さらにもう一度ライへと斬りかかる。
一度でも対応を間違えればシールドでも防ぐことは不可能であろう必殺の刃。
一撃、二撃、三撃と弧月同士が衝突し、火花が散った。
縦横無尽に振るわれる渾身の連撃を、ライは持ち前の反射神経で凌ぎ切る。
「——ッ。ああ!」
そしてただひたすら防戦に徹するというわけでもなかった。
太刀川の剣先が自身に迫る中、その攻撃を剣で滑らせるように受け流すと剣の柄元を蹴り上げ、弾き飛ばす。
攻撃を止められた太刀川は今度はライの足元を狙って弧月を横に薙ぐも、ライはすぐさま弧月を合わせて衝撃を殺すと後ろに飛び、弧月を中段に構える。
「倒す!」
「来い、紅月!」
勢いよく飛び出したライの突撃を、太刀川は真っ向から迎え撃った。
衝突する弧月、鳴り響く金属音。
激しい鍔迫り合いが繰り広げられる中、ライは膂力で太刀川の体を徐々に後方へと押していく。
「……まじか」
「おおっ!」
そしてついにライの弧月が太刀川の剣を押し退けた。
勢いに負けてバランスを失った太刀川の体が後方に飛ぶ。
追撃を警戒してすぐに太刀川が視線をあげると、その先で下段の構えを取るライの姿が目に映った。
「旋空——」
距離が開いた、ただの攻撃手ならば攻撃手段がない状況下。
だが旋空使いならば必殺の間合いであるこの状況を、その一人であるライが逃すはずもない。
太刀川と同じ師匠からも受け継いだ、彼の必殺の刃が太刀川に狙いを定めた。
「させねえよ」
「ッ!?」
そしてそれは太刀川も同じこと。
まさに一瞬の出来事だった。太刀川は一瞬でライとの距離を詰め、彼に肉薄する。
トリオン体の身体能力の向上だけでは説明がつかない急加速は、グラスホッパーによるものだ。加速装置であるこの足場を踏んだ太刀川が、勝負を決めようと賭けに出た無防備なライへと襲い掛かる。
(マズい!)
シールドを張っても太刀川の斬撃を受けきるのは難しいだろう。
避けようにも旋空を放とうとした今では遅すぎる。旋空を打つのは間に合わない。
防御も、回避も、攻撃もままならない状況。悩む時間もない中。
「なめるな!」
「うおっ!?」
突撃に対し、ライも前に出た。ライは太刀川を飛び越える様に、その場から飛び上がる。
衝突の瞬間、互いに弧月を相手に向け、上空で交錯する二人。
飛び上がる際にライは体を捻っていたのか激突後、ライは空中で一回転。
対する太刀川はすかさず急停止し、向き直る。ライを睨みつけ、必殺の構えを取った。
『旋空、弧月!』
そしてライは回転の勢いそのままに弧月を振るい、応じる様に太刀川も弧月を切り上げる。
旋空によって瞬間的に拡張した刃がお互いを仕留めるべく襲い掛かった。
そして——両者共に体が横一文字に両断される。
「……やはり、目標はまだ遠い」
「相打ちか。惜しかったな」
『戦闘隊活動限界。
最後の攻防の結果は互角。
互いの必殺技が相手の体を切り裂き、致命傷を負わせていた。
二人のトリオン体にたちまち亀裂が走り、揃って市街地を後にする。
こうしてこの日のライと太刀川の戦いは終わりを迎えた。
「10本勝負試合終了! 1dayトーナメント準決勝第一試合を制したのは、やはりこの人! 太刀川隊員! 前評判通り順当に決勝へと駒を進めました!」
試合終了の時を見届けた解説の武富の声が観客席に響く。
彼女の実況が正式にこの試合の終了を、太刀川の勝利を知らせた。
5-3-2
太刀川 〇〇×△〇 〇×〇×△
紅月 ××〇△× ×〇×〇△
ボーダー職員の企画によって時折開催されるイベントの一つ、1対1の1dayトーナメント。
風間や二宮など不参加の隊員も多いとは言え、腕を磨こうと向上心にあふれる者や好戦的な隊員、イベント好きの実力者たちが集うこの大会。
ライはこの日、緑川・辻・村上という強敵との戦いを制するものの最後は最強の壁によって阻まれ準決勝で姿を消すのだった。