REGAIN COLORS   作:星月

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新技

 数多くの猛者たちとの激戦を繰り広げ、準決勝で敗退。

 名だたる隊員を抑えて高順位を獲得したのだ。誇ってよい戦果と言えるだろう。

 だが、ブースより姿を現したライの表情はすぐれなかった。

 

「3勝か。どうも4勝の壁が厚いな」

 

 太刀川とはこれまでも何度か個人ランク戦を行った事がある。

 あらゆる単位を捨てて個人ランク戦に熱狂している太刀川は本部の滞在期間が長いライとはしばしばしのぎを削っていた。

 しかし何度挑んでもライが太刀川を相手に勝ち越した経験はない。

 最高でも10本勝負で3勝を奪うのがやっとの事だった。むしろ今回は相打ちがあったとはいえ太刀川の白星を5つに抑えられたのは最上の結果と言えるだろう。

 

「よう。残念だったな、紅月」

「太刀川さん。決勝進出おめでとうございます。お手合わせありがとうございました」

 

 すると同じく戦いを終えた太刀川がライへと声をかけた。

 ライが当たり障りのない挨拶をすると、太刀川はにやりと大きな笑みを浮かべる。

 

「おう。後は任せておけ。お前の分も優勝を取ってくるさ。遠征前の最後の祭りだ。きちんと勝っておかないとな」

「——はい」

 

 その笑顔がライにはまぶしく見えた。

 これこそが彼がこの戦いに対する思いが強かった理由である。

 まもなく太刀川隊を含むA級の上位3チームが近界遠征に出発し、こちらの世界を後にすることとなっていた。

 ボーダー隊員の中でも有数の実力者たちが一気に旅立つ。だからこそそれまでにこちらの防衛の事は心配ないようにと安心させたかった。

 

(仕方がない。それに何も防衛任務は僕だけの力ではないのだから。次の部隊ランク戦で、さらに上に行ってやろう)

 

 とはいえ負けてしまった以上は仕方がない。

 むしろ街の防衛に関してはチームでの強さがよりものを言うのだ。

 ライの意識が次の戦いへと向けられた。個人ではなく、部隊での戦いに。

 

「決勝でこけたりしないでくださいよ。太刀川さんが優勝してこそ意味があるんですから」

「おう」

 

 だからこそ今はただこの戦いの勝者に心からのエールを送る。

 頂点に立つ男はその期待に真っ向から応えた。

 慢心ではなく、確固たる自信から抱く心の余裕である。決勝を控える中でもボーダー最強はいつも通り平然に構えていた。

 

「——なんや。ライ、自分負けてもうたんか。折角決勝で師弟対決が実現するかもと思うとったのに」

「あー。やっぱりそっちもかよ」

「ん? 生駒に米屋か」

 

 すると二人の会話に生駒と米屋が割って入る。彼らは太刀川とライとは逆側のブロックの準決勝に進んだ隊員だった。

 同じ時間に始まった準決勝。そろそろ決着がついてもおかしくない時間帯である。

 

「お疲れ様です。……という事は、そちらの準決勝の結果は」

「もちろん俺や」

 

 いつも通りの様子の生駒に、どこか悔しさがにじみ出ている米屋。

 勝敗を察するには十分なものだった。ライの予想通り、生駒が自らを指さして決勝へと進んだ勝者を告げる。

 

「俺も4本取ったんだけどなー。最後はまた綺麗に生駒旋空決められて終わっちまった」

「ランカーとして負けられんわ。こういうイベントは注目度もそれなりやからな。……しかも決勝で師弟対決となればそら盛り上がるはずやったのに。自分何負けとんねん!」

「今回ばかりは返す言葉もありません」

 

 口をとがらせる米屋。さらに生駒も少し語気を強めてライに不満をぶつけた。

 実はライは準決勝が始まる前に生駒から『決勝で待っとるで』と宣言をされており、戦う事を約束していたのである。

 だがライの敗戦によりそれは叶わなかった。相手が太刀川とはいえ、彼もさすがに自分の敗北によって苦情が出たとなれば無視はできないのだろう。珍しく素直に生駒へ謝罪する。

 

「ま、終わっちまったもんは仕方ねえ。それより3位決定戦だ。よろしく頼むぜ、ライ」

「あれ? ひょっとして陽介知らないのか?」

「あ? 何がだ?」

 

 殊勝なライとは対照的に、いち早く切り替えた米屋は次の戦いを心待ちにしていた。

 心底わくわくしている様子の米屋に、話しかけられたライは違和感を抱き首をかしげる。彼のセリフに米屋が聞き返すと、ライは彼を諭すように話を続けた。

 

「このトーナメント、3位決定戦はないよ」

「えっ!? ねえの!?」

「うん。だから僕たちは自動的に3位で終わりだ。後は決勝戦を残すのみとなる」

 

 ライの説明に米屋は声を荒げる。彼の言う通り元々3位決定戦は予定されていなかった。要項に書いてあったのだが、どうやら米屋は目を通していなかったらしい。

 ライは淡々と語っているが、それを聞いて米屋は天を見上げる。

 

「マジかよ。お前との対戦も面白そうだと思ってたのに」

「いや、君とは普通に個人戦もするじゃないか」

「それはそれだっての。イコさんじゃねえけど、やっぱりこういう特別な戦いでこそみたいなものがあるだろ?」

 

 米屋も戦い好きな性格だ。生駒とは理由こそ異なれど、戦いたいという思いはあった。

 得意げに語る米屋からは心底楽しみにしていたであろう様子がうかがえる。

 

「まあ仕方がないさ。後は決勝を見届けよう」

「せやな。——まあ良く見ておけや、ライ」

 

 ライは米屋の肩を叩き、優しく声をかけた。

 一方で決勝進出を決めたもう一人の勝者である生駒は力強い声でこの先の戦いを見届けるように告げる。

 

「弟子の敵討ちというのも、まあええやろ。俺が最強を超える瞬間、目に焼き付けさせたるわ」

「……誰に言っているんですか、イコさん?」

 

 何故かライや米屋とは別の、明後日の方向に視線を向けながら。

 弟子を倒したボーダー最強を今こそ倒してやろうと心に誓った。

 そしてこの10分後、前評判通り太刀川が無難に優勝を決め1dayトーナメントは幕を下ろす事となる。

 

 

————

 

 

「……すごい」

 

 トーナメントが終わった直後。

 観客席ですべての試合を見届けた三雲は感嘆の声を漏らした。

 

(正直に言えば、次元が違う)

 

 ボーダーの中でもトップクラスの実力者たちが力を示した熱戦の数々は素人目からも胸が躍るものがある。三雲も戦いの連続の中で彼らの力、技量に驚かされてばかりだった。

 

「どうだった、三雲」

「あっ。村上先輩。お疲れ様です!」

 

 立ち尽くす三雲にこのトーナメントの観戦を進めた村上が歩み寄る。

 戦いを終えたばかりの師匠に三雲は短く労いの言葉をかけた。

 

「ああ。——まさか俺が直接ライと戦えるとは思っていなかった。良い姿は見せられなかったな」

「そんな事はありません。むしろとても勉強になりました」

「そうか? それならよかった」

 

 村上は謙遜するが、三雲の言う通り彼とライの戦いはどちらが勝ってもおかしくない激戦だ。最終的に6勝4敗でライが勝利したとはいえ、最後まで勝敗の行方は読めなかった。

 自分の訓練とは違い、師匠が見せた本気の戦いは三雲にとってよい刺激となる。

 

「はい。たとえ今正規隊員に上がれたとしても、通用する世界ではないと改めてわかりましたので。とてもよい経験でした」

「……焦りや不安もあるだろうが、今はまだ基本を叩きこんでいこう。まだ始まったばかりなんだからな」

「ええ。改めてよろしくお願いします!」

 

 自分の立ち位置を再確認したうえで、今は無理でもいつか追いつこうという気持ちになれた。

 師匠の気遣いに応えられるようにと三雲は声を張り上げる。

 こうしてトーナメント出場者のみならず、様々な隊員の心に変化を生んで、また一日は過ぎていくのだった。

 そして舞台は再び次の部隊ランク戦へと進んでいく。

 ボーダーの精鋭中の精鋭であるA級の三部隊が不在の中行われたランク戦。主力であるB級隊員たちの腕が試されるこの戦いで、紅月隊は再び話題の中心となるのだった。

 

 

————

 

 ランク戦ROUND3、昼の部。1位二宮隊、3位紅月隊、5位弓場隊、6位香取隊の4つ巴の戦い。

 王子隊と入れ替わる形で上位に戻って来た香取隊が選択したステージは市街地A。

 基本的なマップであり特徴がない点が特徴であるこのステージ選択は、敵対する3部隊が皆特徴がバラバラであるため、下手な小細工をせず、今の実力を知るためにこのステージを選んだといったところであろうか。

 いずれにせよ隊員たちの地力と底力が試される戦い。

 

「辻先輩発見。落とすわ」

「あっ。香取……さん、来る……」

『嘘! 辻ちゃんすぐ行くから逃げて!』

 

 まず先手を取ったのは香取隊だった。

 各隊員が合流を狙って動き出す中、先手を取るべく隊長である香取が移動中の辻を強襲する。

 極度に女性が苦手である辻は案の定、犬飼・二宮と合流する事さえできず、何もすることができぬまま緊急脱出を余儀なくされた。

 

「犬飼先輩発見しました。——ん。新たに一つトリオン反応が消えてますね。香取隊の誰かかな? この様子だと狙撃手以外に最初から消えてたのは紅月先輩かもしれないです」

 

 さらに辻の救出に向かっていた犬飼の姿を外岡が捉える。

 同時に外岡はマップからトリオン反応が一つ消えた、すなわち何者かがバッグワームを起動した事を確認した。辻と香取の戦いが終わった直後に使ったとなると二宮隊あるいは香取隊のどちらかの隊員が使った可能性が高い。真正面から当たる傾向がある二宮が使うとは考えにくく、隊の方針から三浦あるいは若村のどちらかが使ったという考える方が妥当だろう。

 これでバッグワームを使用しているのは外岡の他は3名となった。一人は鳩原、もう一人は若村あるいは三浦と想定すると残る隊員は紅月だろうと結論付ける。香取隊両名がバッグワームを使う展開は少なく、かく乱のために一人はマップ上に姿をさらす事が多いためだ。

 

『ん。ありがとな、外岡(トノ)。じゃあ犬飼には弓場さんと帯島で挟み撃ちにしよう。紅月の位置はわからないが、外岡の位置がわかってないならうちには仕掛けにくいはずだ。香取隊の二人が動く前に取ってくれ。二宮さんと香取ちゃんの方は、俺が向かおう』

『よォし、気張れよ神田ァ! 前にですぎんじゃねェーぞ!』

『了解ッス! 任せてくださいッス!』

 

 この情報をもとに、弓場隊は部隊を二つに分けた。

 マップの東側、犬飼の下には近くにいる弓場・帯島の両名を向かわせ、反対の西側で香取と周囲にいる二宮には指揮を執る神田自らが赴く。いまだに姿が明らかになっていない外岡の存在がライと同様に他の部隊にとっては脅威になるだろう。香取隊の動きを探りつつ、神田が敵エースたちの集う戦場を抑えている間に得点を狙う動きであった。

 早速会敵した弓場は得意の早撃ちで犬飼に襲い掛かる。

 威力に特化した銃撃は容赦なく犬飼のシールドを撃ち抜いた。

 

「やっぱり一人で撃ち合いは厳しいか。……でも、それなら」

 

 一対一では弓場に分がある。犬飼は曲がり角を曲がりつつ、建物の壁を破壊して足場を崩し弓場の足をわずかに遅らせた。

 逃げに徹した——というわけでもなく。

 

「見えてるよ、帯島ちゃん」

「ッ!」

 

 その一瞬の間に挟み撃ちを狙っていた帯島へと銃口を向ける。

 攻撃手である帯島では手も足も出ない距離だ。一方的に削られてしまいかねない展開に帯島が息を飲んだ。そんな彼女の心境とはお構いなしに、犬飼のアサルトライフルが火を吹く。

 

「——追尾弾(ハウンド)!」

「おっ!?」

 

 ——ただそれは、相手がただの攻撃手ならという話。

 今の帯島は違う。弧月の機能をオフにすると犬飼の銃弾をシールドで受けきり、帯島は新たにサブトリガーに組み込んだ追尾弾を起動。横に射撃を放つと、犬飼の進路方向から無数の射撃が襲撃する。

 

『射撃トリガー単体ではその威力の点から得点を狙うのは難しい。だからこそ特にチーム戦で大事なのは如何に相手の動きを読み、その選択肢を潰すかだ。特に追尾弾は敵を追うという都合上、どこに向かって撃つかという目的でも狙いが変わる。相手の防御を分散するべく多角的に放ったり、逃げ道をふさぐべく相手の進む方角へ撃ったりと様々だ。難しいかもしれないが、ただ撃つのではなく常に考えて立ち回るんだ。それが、必ずやチームに追い風をもたらす』

 

 帯島の師匠から教わった知恵が活きた動きだ。

 犬飼の動きを読み、その自由を奪っていく。

 

(こっちに防御をはらせるだけでなく、弓場さんから逃げる俺を阻害する攻撃か。ずいぶん練習してたみたいだね)

 

 受ける側である犬飼も攻撃の狙いに気づき、珍しく彼の頬に冷や汗が浮かんだ。

 

「ビックリしたよ。誰かに教わっていたのかな?」

「……はいッス!」

「参ったな」

 

 犬飼の呼びかけに帯島は素直に答える。年相応の純粋な思いが今は脅威に映った。

 

「よくやったァ帯島ァ! このまま畳むぞ!」

「怖いよ、弓場さん」

 

 帯島に足を止められた為に悠々と弓場が犬飼に追いつき、再び早撃ちが猛威を振るう。やはりシールドでは防ぎきれず、犬飼の右腕が吹き飛ばされた。

 

(まずいな。二宮さんは香取ちゃんたちと相対しているから来れそうにない。任務通りこの場を抑えるには、とにかくこの二人を射程範囲に抑えつつ、他の部隊と鉢合わせるか)

 

 これ以上まともに戦っても事態が好転しないという事は火を見るよりも明らかである。

 ここは銃手の射程を活かして遠巻きに戦いつつ他の敵と戦わせるのがベストか。

 判断するや否や、犬飼は大きく後上方に飛びつつ、突撃銃を再展開する。

 

「逃げんのかァ犬飼ィ!」

「それが任務なので」

 

 弓場の煽りをサラリと受け流す犬飼。

 狙うは敵の足元。二人を同時に足止めするべく突撃銃を弓場から帯島へとめがけて薙射した。

 

「ッ!?」

 

 だが。

 犬飼が突撃銃を薙ぎ払おうとしたその瞬間、彼の手に強い衝撃が走る。突撃銃が何者かの狙撃によって撃ち抜かれたのだ。

 

「まさか」

「ごめんね犬飼。紅月君が君がいると邪魔だって言うから」

「……普通、不利な元味方の方を狙う?」

 

 狙撃の主は鳩原。

 700メートルは離れているであろう屋上から放たれた一撃は狙い通り犬飼を無力化した。

 得点を狙うならまだしも、武器を破壊するならば敵が多い方を狙っても良いはずなのに。

 それだけライが犬飼を強く警戒していたという意識の表れなのだが犬飼が知る由もない。

 

「もらったぜェ、犬飼ィ」

「あーあ。今日は良い所なかったなー」

 

 そして武器を失った犬飼は急接近する弓場によって蜂の巣と化した。

 辻、犬飼とトップを走る二宮隊の二名が早々に脱落するという急展開は観客席を驚かせる。

 

『よくやった、鳩原。すぐに南東に向かってくれ。おそらく香取隊が迫っている』

「了解。……あ、本当だ。少なくとも一人は来てるね」

『——おそらくもう一人もバッグワームで近くにいるはずだ。警戒してくれ』

 

 その間も戦況は止まらなかった。

 ライはすぐに狙撃を敢行した鳩原へ後退の指示を飛ばす。彼の予想通り姿は見えないが鳩原に迫るトリオン体の反応が発見された。ここまで姿を見ていないためおそらく香取隊の誰かだろう。ならば連動してもう一人も動いているはず。

 

「犬飼先輩が落ちた! 鳩原先輩の位置が分かったのはでけえ。紅月先輩の動きは不明だが、少なくとも今なら弓場隊や二宮さんの乱入はないはずだ。このまま鳩原先輩を追うぞ!」

『わかったよ!』

 

 その読み通り鳩原の元にはバッグワームを起動中の若村と新たにカメレオンを起動した三浦が急接近していた。

 狙撃手を発見した以上、放置するという手はない。他の敵が現れないうちにと速足で市街地を駆け抜け、鳩原との距離を詰めていった。

 

「見つけた!」

「あっ!」

 

 そしてほどなくして若村が鳩原を視界に捉える。

 中距離戦ではいくら技量に長けた鳩原といえど不利であるという事は明白だった。

 

「ここで仕留める!」

 

 今こそ二点目を取る。若村は地面を強く蹴り、さらに加速した。

 

「えッ!? うおっ!?」

 

 そして速度を速めた直後、何かが足に絡まり若村はその場で転倒してしまう。

 受け身さえ取れずに地面に横たわる若村。何事かと目を凝らせば、足元に——否、あちこちの壁に張り巡らされたスパイダーの数々を目撃する。

 

「スパイダーの、陣?」

「エスクード」

「ッ! ろっくん!」

 

 まるで陣形のように組まれたスパイダー。

 その光景に若村が目を奪われている最中、消えていたトリオン体が一つマップ上に姿を見せた。

 三浦の叫びが木霊する戦況下で、北から人影が空を切って彼らに迫る。

 

「ここで終わりだ、香取隊」

 

 エスクードジャンプを利用したライが空から駆け付けた。

 

「紅月先輩!」

「来るよ、ろっくん!」

 

 すぐに若村は立ち上がってアサルトライフルを上空へと向け、三浦もカメレオンを解除。弧月を構えてライを見据える。

 

「悪いが君たちでは止められない」

 

 敵軍が万全の構えで待ち構える中、ライは空中で変化弾を起動、分割した状態で自分の周りへと展開した。

 迎撃する若村のアステロイドの射撃が放たれた直後、ライは空中に張られた一本のワイヤーをつかんでその場で回転。勢いをつけて方向転換すると、さらにその先のワイヤーを蹴ってもう一度切り返す。さらに壁とワイヤーを器用に使いこなして俊敏に動き回った。

 

(……なんだ、これ。速すぎる! グラスホッパーを使う葉子並か!? 捉えられねえ!)

 

 徐々に敵が近づいてくるというのに、本来なら空中では身動きが取れないはずの相手に一撃を与える事さえ出来ない。自軍のエースを彷彿させるほどの身のこなしは若村を驚愕させるには十分なものだった。

 

「もらった」

 

 そして目で追いかけるのがやっとであった若村のすぐ近くにライが着地する。彼の鋭い瞳が若村を射抜いた。

 

「……くっそぉお!」

 

 負けじと若村もサブのシールドを前方に起動し、盾の隙間からアステロイドを今一度ライへと向け撃ち放つ。弾丸が発射されると時を同じくして——態勢を低くしたライが急接近。若村の視界から消えたと思った瞬間、若村は足元から崩れ落ちた。

 

「えっ……?」

 

 地面にたたきつけられる寸前になってようやく若村は自分が足払いを受けたのだという事実に気づく。

そして次の手を打とうと動く事さえできぬまま、ライの放った変化弾が上空より降り注いだ。若村は最後まで敵の動きを見切る事が出来ず、緊急脱出を余儀なくされる。

 

「ろっくん!」

 

 味方の脱出を目にした三浦が敵を討とうと弧月でライに斬りかかった。

 だがライはバックステップでその斬撃をかわすと、二撃目が繰り出される前に空中へ飛び上がる。先ほどと同様にワイヤーにつかまると再び縦横無尽に空中を駆け巡って三浦を翻弄する。

しかもただ相手を惑わすだけではなかった。今度は動きながら変化弾を打ち出し、中距離から三浦へと仕掛けていく。

 

(マズい。この距離じゃ手も足も出ない!)

 

 攻撃手では届かない距離から高速移動しながらの自由自在な射撃。射撃トリガーの威力が低いから何とか防ぎきれているものの、このままではただ追い詰められるだけであるのは明白だった。

 そんな彼の予想通り、シールドで何とかしのいでいる三浦の元へとライが詰め寄ると彼を横から蹴り飛ばす。

 バランスを失った三浦に容赦なく降り注ぐ変化弾。必死にシールドを広げて防御を試みるも、突如射撃の軌道が一点に集まり盾を突き破った。一点集中攻撃が三浦のトリオン体を撃ち抜いていく。

 

(高速移動からの格闘技で翻弄し、変幻自在の変化弾で敵を仕留める。強い……!)

 

 素早い身のこなしに近接戦闘、予想不可能の射撃。その脅威は留まる事を知らなかった。三浦も攻略の糸口をつかめぬまま、戦場を脱出する。

 これによって紅月隊の二点目が記録され、あっという間にこの試合のトップに躍り出た。

 

「さすが。助かったよ、紅月君」

「問題ないよ。このワイヤー戦術も使えるな。戦況が良ければ多対1でも通用するとわかったのは収穫だ」

 

 速攻で二得点を挙げたライを鳩原が通信越しに讃える。

 しかしこれも新たに取り入れた鳩原のワイヤー陣があってこそ。従来ならば体格の小さい者ほど俊敏性が高く小回りが利くため、今回のような高速戦闘には向いている。そこをライは持ち前の反射神経と運動神経を発揮してワイヤーや壁を使いこなし、立ち回っていた。

 機動力で追い詰め、変化弾で相手を仕留める。今のライは射撃の師匠である那須の戦いを独自の形で再現していた。

 

「とはいえ、休む暇はないな」

『ライ先輩! 北西より来ます! ——弓場隊です!』

「……ああ。やっぱりか」

 

 とはいえ新たに手にした戦術を顧みる時間はない。瑠花からの通信がライと鳩原の気を引き締めさせた。

 

「落ちたのは香取隊か? なら先にいるのは紅月か。ずいぶんと勝負が早ぇじゃねぇか。さっきの援護はありがたかったが、勝負は別だ。いくぜぇ、帯島ァ!」

「ッス!」

 

 犬飼を仕留めた直後、香取隊を後ろから追うように南下していた弓場隊が紅月隊へと目標を変えそのまま急接近する。

 弓場隊と帯島、新たに二人の戦力が紅月隊へ牙をむいた。

 

「どうする、紅月君?」

「少し下がってワイヤー陣の中で迎え撃つよ。鳩原は狙撃ポジションに移ってくれ。——弓場さんが相手なら好都合だ。二宮さんたちが反対側で戦っている今が好機。もう一つ新技を試すとしよう。瑠花、周囲の詳しいマップ情報と張られているワイヤーの位置情報を送ってくれ」

『わかりました!』

 

 新たな敵を前に鳩原から意見を求められると、ライは平然とした様子でそう語る。弓場ほどの実力者が迫っているという中でもいつもの調子を崩さなかった。

 ライは左手にトリオンキューブを生成すると、弓場達が迫る方角へと視線を向ける。瑠花へと指示を飛ばした紅月隊のエースは仕掛けてくる相手を悠々と待ち構えるのだった。

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