REGAIN COLORS   作:星月

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目覚め

 ボーダー本部技術開発室。

 

「お前達、一体あれは何だ?」

「はっ?」

「俺達?」

 

 開発室長である鬼怒田は呼び出した二人、三輪と米屋が来るや単刀直入に問いかけた。

 ボーダー本部所属開発室長 鬼怒田本吉

 要領を得ない質問に二人が揃って聞き返す。

 

「『あれは何だ』って、鬼怒田さん何の事?」

「俺達は出撃から戻った後、報告書を書いていただけですが」

「そうそう」

 

 三輪の説明に米屋も何度も頷いた。

 二人は周囲の警戒を他の防衛任務中の隊員に引き継ぎ、保護した男を医務室に預けた後、出撃の報告書をまとめているところを鬼怒田に呼ばれてここにいる。どれも普通の流れであり、何かを指摘されるものではなかった。

 故に何か責められる理由はないと断言したのだが。

 

「お前たちが保護した男の話だ」

 

 鬼怒田が続けた言葉で二人の間に緊張が走る。顔つきが戦闘時の厳しいものに変わった。

 

「何かあったんだな?」

「あの男は今どこに?」

「まだ意識が戻っとらん。今は医務室で月見君がついてくれている」

「えっ。嘘だろ。まだ起きてねえの? そんな重症だったか?」

 

 三輪の質問に対する答えに米屋は毒気を抜かれる。

 二人が本部に帰還してからすでに30分は経っていた。さすがにもう話を聞けている頃だろうと思っていたのだが、まだ目が覚めず三輪隊のオペレーターである月見が傍で待機しているという。

 

「言っとくけど俺達手荒い真似とかはしてないぜ?」

「はい。発見しすぐにこちらに運びましたが特に外傷などは何も」

「そんなことはわかっとる! 問題は外傷ではなく、中身(・・)の方だ」

「中身ですか?」

「どういう意味だ?」

 

 米屋達の言葉を遮り、鬼怒田が声を荒げた。ただ事ではない様子に二人も改まって何か重大な事がわかったのだろうと息を飲む。そもそもただの怪我ならば鬼怒田が出てくるはずがなかった。彼が関与する技術的な方面で何かがあったことは間違いない。

 

「あの男、すでに記憶封印処置がなされている(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「何っ!?」

「どういうこと!?」

 

 驚愕の真実を告げられ、歴戦の猛者である二人でさえ戸惑いを隠せなかった。

 記憶封印処置は高度な技術を要する。誰しもが出来るものではなく、ボーダー内でもできる者は限られているものだ。それがボーダーに運び込まれる前にすでに終わっていた等受け入れがたい話だった。

 

「正確に言うと我々のものとは少し違うがな。記憶の封印というよりはどちらかというと植え込みをされた形跡があった。詳しく調べなければわからない、我々の知らぬ技術でな」

「知らない技術ってことは……」

近界民(ネイバー)絡みか!」

 

 鬼怒田が調べた結果によると、男の記憶に意図的に改ざんされた形跡がみられたという。

 加えてこの世界では見られない技術となれば行き当たる結論は一つ。

 三輪の拳が自然と強く握りしめられた。憎き敵の存在がここにまで現れたとなれば怒りを隠しきる事はできない。

 

「しかもそれだけではなかった」

「まだあんのかよ。で?」

「施されていたのは記憶だけではない」

「……嘘だろ。まさか体も? それとも神経とかいじられてんの?」

「どっちもだ」

「はあっ!?」

 

 次々と明らかになる事実に、冗談半分で話していた米屋は開いた口が塞がらなかった。

 

「見た限りでは改造されていない部分を探す方が難しい。トリオン量も平均より多い所を見ると、そちらもいじられている可能性も捨てきれん」

「多いってどのくらい?」

「数値上では加古隊長に匹敵するほどの数値を叩き出しておる」

「おいおい。ガチでボーダー内でも上位じゃねえか」

 

 話を聞けば聞くほど信じられない事だらけである。気づけば冷や汗が米屋の頬を伝った。

 加古隊長とはA級に所属する一流の射手(シューター)だ。そのトリオン量はボーダー内でも彼女に敵う相手など両手で数えて足りる程だろう。それ程の実力者と同等の存在がいるとなれば衝撃を抱くのも当然だ。

 

「では、あいつは近界民(ネイバー)の刺客という事だったんですか?」

 

 最後まで分析結果を聞き、三輪は暗い顔つきで鬼怒田へ問う。トリガーに手を伸ばしかねない様子は彼の心境を表している様だった。

 

「……おそらく違う」

 

 だが鬼怒田は彼の言葉を否定した。

 

「違うって、なんで言い切れんの?」

「先ほども言ったようにあの男の体は改造されていたが、さすがに骨格までは変えられておらん。検査したところ日本人あるいは日本人とどこかのハーフという可能性が高いとわかった」

「へー。どっちとも取れる顔と思ったけどそこまでわかんのか」

「まだ断定は出来んがな」

「という事は、少なくとも出身はこっちの世界であると?」

「現段階ではそう考えた方がよい、といった段階だ」

 

 人は人種によって骨格の基本的な形が決まっている。さすがにどれだけの改造を施そうとそこまで変える事は出来なかったのだろう。鬼怒田は彼の身体的特徴からこちらの世界、それも日本に関係する人間であるという所まですでに分析を終えていたのだ。

 

「つまり日本人関係者が向こうの世界で人体改造された、って可能性が高いんだよな?」

「うむ。しかもこれだけ戦力になりえるであろう者が他に近界民(ネイバー)が出現していない門の近くにおったという事は——もはや用済みとして処理された可能性がある」

「用済みって……」

「データが取れればそれでいいという科学者がいないわけではない。強すぎる戦力は操り切れなければ害になりうるからな。今回もその考えは捨てきれん」

「ッ!」

 

 耐えきれず、三輪が近くの柱を殴りつけた。

 ——そんな事があって良いのか。

 非人道的な行為が知らない所で繰り広げられている。これ程の扱いとなれば自ら進んで渡航したわけではないのだろう。そもそもそんな事をしていたのならばボーダーに記録が残っているはずだ。

 ならば考えられるのはかつての大規模侵攻、あるいはその前後で連れ去られたという事だ。あの時に三門市は多くの死者・行方不明者を出した。拉致された事は十分考えられる。

 かつて三輪自身も大切な人を奪われた、あの戦いで。

 

「……とにかく彼の目が覚め次第事情聴取を行い、緊急の会議を開く事になるだろう。お前達には改めて話を聞くことになるはずだ。月見君にも伝えておいてくれ」

「了解っす」

 

 三輪の心境を察したのだろう。鬼怒田はそこで話を打ち切り、指示を出すと二人を解放した。

 短く返答し、米屋は三輪を連れ添って部屋を後にする。

 

「とりあえず俺達も様子を見に行ってみるか」

「……そうだな」

「よしっ。蓮さんに通信入れとくぜ」

 

 空気を変えようと米屋が提案すると三輪はすぐに頷いた。

 似たような環境、いやそれ以上に酷い事を味わった相手となれば気にしない方が無理だろう。

 米屋は今少年の様子を見ているであろうオペレーターへ内部通信をつなげた。

 

『陽介くん?』

「蓮さん、俺と秀次で今からそっちの様子を見に行こうと思ったんですけど、何か変わりありましたか?」

 

 落ち着いた声が耳に直接響く。特に悪い異変がなかったような声色で一安心だ。

 

『あら。タイミングが良いのか悪いのかわからないわね』

「えっ?」

『この子、多分そろそろ目が覚めるわよ』

「本当ですか!?」

 

 するとようやく明るい知らせが届いた。

 『すぐに行きます』と一言告げて通信を終える。医務室へ急ぎ足で向かっていった。

 

 

————

 

 

「んっ。ッ。……ここ、は……?」

 

 気づくとそこは部屋の中だった。消毒液のツンとした臭いが鼻につく。

 しばらく眠っていたからだろうか、身体の重みを感じながら、ある事に気が付いた。

 自分の中から何か大きなものが抜け落ちている。

 

(ギアスの力が消滅している——)

 

 使おうとしても彼が持つ力・ギアスを使う感覚が全く呼び起こせなかった。

 きっともう二度と使う事はできないだろう。少年は世界に向けて願い(ギアス)をかけた。今までの使用とはくらべものにならない対象の多さに力が尽き果ててしまったと想像できる。

 長年身に宿っていたものだからもはや体の一部のようなもの。それくらいはすぐにわかる。

 もう二度とあの力を使う事はない。その事実に安堵と寂しさがまじりあった複雑な心境が浮かび上がった。

 

「目が覚めたかしら?」

 

 思考にふけっていたところに横から声がかかり、視線をそちらに向ける。ぼやけた視界がはっきりしてくると、ベッドのそばに黒髪の女性が椅子に腰かけていた。 

 

「大丈夫? 気分が悪かったり、痛い所はない?」

「は、はい」

 

 大人びた、落ち着いた雰囲気をした女性の声掛けに少年はゆっくりと答える。

 とても危険な人物には見えないが見知らぬ相手が突然横に出現したのだ。多少の警戒感を捨てきれなかった。

 

「それは良かった。ここは界境防衛組織・ボーダー本部。私は三輪隊のオペレーター月見蓮よ」

「ボーダー……?」

 

 戸惑う少年に月見は優しく説明と自己紹介をする。

 A級三輪隊オペレーター 月見蓮

 すると彼女の説明に首を傾げた彼の様子を見て、月見は目を細めた。

 きょとんとした様子で同じ単語を繰り返す様はボーダーの存在そのものを知らないと言っているような反応だ。あらかじめ鬼怒田から何かしら記憶や知識に障害があるかもしれないと話を聞いていたがその通りかもしれないと月見は判断した。

 

「ええ。あなたは警戒区域で倒れているところをうちの隊員に発見されたの。覚えていない?」

「いいえ」

 

 続けざまの質問に少年は首を横に振る。意識はハッキリしているようだ。

 

「ですが、ありがとうございます。助けていただいて」

 

 そしてすぐに上体を上げて深々と頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます」

 

 改めてもう一度礼を告げる。流れるような動き・言葉は特に違和感はなかった。

 

「いいのよ。私たちの仕事なのだから。貴方にはいくつか話を聞きたいのだけれど。——まずは貴方の名前を窺ってもよろしいかしら?」

「名前、ですか」

「ええ」

 

 促され、少年は思い悩む。

 名前なら憶えている。だが苗字(ファミリーネーム)となると何と答えればよいのか判断がつかなかった。

 

(この人は月見さんと言った。つまり日本人だ)

 

 彼女の話と名前から相手が日本人であること。同時にここが自分の知る日本ではないという事は想像できた。

 そもそも二度と覚める事のない眠りについていた自分がこうして起きているのだから普通の考えは通じないだろう。

 そこまで想定して少年は何と名乗るのか考えて。

 

「——ライ」

 

 彼の脳裏には多くの時間を共にし、背中を預け合った女性の姿が過ぎっていた。

 

「紅月ライです」

 

 ここが真の日本であるというのならば、名乗るならばこの名前がふさわしいだろうと思い、少年——ライは自分の名前を告げた。

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