ライは一人道路の真ん中でうずくまり、アスファルトがかけた地面をのぞき込む。これは二宮の『アステロイド』が撃ち込まれた跡だ。
トリオン兵撃退後、今度こそ『かげうら』で食事を済ませたライは皆と別れ彼らが対処した場所とは別の襲撃場所へと向かっていた。
『かげうら』近くの十字路に出現した、警戒区域外に現れたゲートはその日3件目。
その前に起きた一件目は本部基地から玉狛支部の中間地点に出現し、レイジと迅が対処していた。
そして二件目は今ライが訪れている、ボーダーでは二宮達が通う大学近くの交差点。こちらは二宮が偶々近くにいた為彼が応戦し、すでにトリオン兵は撃破・回収されまもなく道路の封鎖も終了しようとしている。
「……ふむ」
顔をしかめ、深く考え込む。
眉間にしわが寄る表情からは3件も続いた警戒区域外に現れた門——ボーダー本部でイレギュラー門と呼ばれるものについて何か共通点がないか、発生した場所の特徴はないか探っている様子が窺えた。
『どうでしょうか、ライ先輩。少なくとも回収したトリオン兵からは通常のトリオン兵と大きな差異は見られないとの報告がありましたが』
「……そうだな」
作戦室からオペレーターである瑠花からの通信がつながる。
彼女には本部で調査、分析した結果が分かり次第報告するようにと伝えているが、やはりそう簡単に良い結果は返って来なかった。
何か新たな発見はあるか、そう問われたライはゆっくりと立ち上がり、何度か周囲を見渡してから答えを告げる。
「わかった事は——共通点はない。としか言えないな」
『そうですか……』
「うん。そもそもケースが少なすぎる。3件だけではデータとして不十分だろう。もちろんそこから答えを導き出せれば一番だが、さすがに原因究明は難しいな」
しかしライの口から出た結論も事態解決に導けるものではなかった。
彼の言う通り本日で未知の事件が3件も起こったとはいえ、情報収集し解決するには少ない数値である。
門の発生した位置に特にこれといった共通点は見当たらず、発生した時刻もバラバラであった。現状では『門が警戒区域外に現れた』という以外に地形的、時間的共通点は見つからない。
「あえて共通点をあげるならば、突然の出来事でありながら犠牲者が出ていないという事くらいだな」
『えっ? それは、ボーダーの方々が迅速に対処したからでは?』
「もちろんその通りだ。だが、門が現れたのは警戒区域の外。防衛任務に就いている隊員も近くにはいなかった。一件目はまあ迅さんがいるから別として、二宮さんも僕たちも近くにいたから対応できただけだ。果たして、僕たちが近くにいたのは偶然なのかどうか」
『つまり、ボーダー隊員の近くにイレギュラーな門が発生したと?』
ひょっとしたらね、とライは自分と同じ推測に辿り着いた瑠花に同調した。
未来予知が見える迅は事前に現場に辿り着いても不思議ではなかった。しかし二件目と三件目は別だ。二宮は大学からの帰り道の最中だったという話であるし、ライも警戒するよう忠告されていたとは言え元々『かげうら』に行く予定だったのだ。決してわかっていて向かったわけではない。
「だがそうだとしてもやはり断言するには早すぎる。本当に僕たちが近くにいたのは偶然という可能性だってある。最近はボーダーの隊員数も増えているから隊員の居場所は特に関係なかったかもしれないから」
『やはり答えは出ず、と言う事ですか』
「ああ。引き続き警戒するしかないな。——よし。一度僕も本部に戻るよ。瑠花、それまでは休んでいてくれ」
『わかりました。何か報告があったらすぐに連絡します』
「ああ。よろしく頼む」
いずれにせよ現場の状況、最近の増加したボーダーの隊員数などと言った問題から決めつける事は出来なかった。
少なくとも今日明日はこのイレギュラーな門についての対応が求められるだろう。
ライは瑠花に休憩に入るよう伝えると、自分も隊員専用の本部直通通路を使い本部へと帰還するのだった。
————
(一件目の対応者は迅さんとレイジさん。そして二件目は二宮さん。三件目は僕の他にカゲ、鋼、ゾエさん、荒船、水上の六人。——正規隊員であるという共通点以外は人数もバラバラで絞りようがないな。正規隊員なら誰でもよかったという事か? だが一体何のために……)
本部の廊下を歩く最中、ライは一人物思いにふけっていた。
考えている事は当然今日起きたイレギュラー門についてである。
一つの仮説として地形ではなく人員を狙っていたのではないかという憶測に基づき考えてみたが、それでも相手の狙いまで読み取ることは出来なかった。
出来うる限り早急に対処したい事案であるために敵の狙いも予想を立てておきたい。
そう強く思うものの、残念ながら答えに辿り着くことは出来なかった。
そして深く考えているライの下に、一人の隊員が歩み寄っていく。
「紅月。少し良いか?」
「うん? ——ああ、三輪か! 久しぶりだね。今日は防衛任務だったんだっけ?」
声をかけたのは三輪だった。
ライにとってはボーダーの中で最も古い付き合いであるが、最近は中々話ができていなかった隊員である。相手の顔を見て人懐っこい笑みを浮かべるライに、三輪も小さく息を吐いた。
「そうだな。実はその防衛任務で気になった事がある。お前にも少し話を聞きたいんだが、大丈夫か?」
「構わないよ。イレギュラー門について、だよね?」
「いや、それとは別件だ」
「えっ?」
話題はボーダーにとって悩みの種であろうイレギュラー門だと結論づけてライは聞き返すが、三輪は静かに首を横に振る。
それ以外に今何か優先すべきことでもあったのだろうかとライが首をかしげると、三輪は表情を険しくして話を切り出した。
「あくまでこれは確認だ。……紅月。今日の夕方、お前はどこを何をしていた? それを証明できる相手はいるか?」
「夕方?」
まるでライのアリバイを問うような三輪の話の切り出しにライもつられて表情が硬くなる。三輪の考えが読めなかった。夕方となればイレギュラー門が発生した時間に近いが、それとは別件だという。
真意が読めない中、それでも事実を告げるべきだろうとライは淡々と三輪の質問に答える事とした。
「僕なら今日はお昼ご飯を本部で済ませた後は駅前近くのショッピングモールで買い物をしていたよ。一緒にいた沢村さんがそれを証明してくれるはずだ。戻ってきた後はしばらく作戦室で時間を潰したあと、本部直通通路を使って『かげうら』でカゲ、鋼、ゾエさん、荒船、水上達同級生と共に食事をしていた。そして食事の最中に忍田本部長から連絡があり、イレギュラー門の対応を行った。『かげうら』に戻った後はイレギュラー門について個人的に調べたい事があったから現場に向かって、そして今戻って来たところだ。それは瑠花が報告もしているし現場の写真もあるから証明はできると思う。——今日の午後の行動については以上だ」
補足もいらないよう、問われた時間の前後の行動も踏まえてライは三輪に説明する。
本部内の行動なら監視カメラもあるし証明は容易だ。本部外でも様々な人物が証人になっており特に疑わしい点は存在しない。
「……そうか。よかった。すまないな、突然」
「よかった? 何かあったのか?」
三輪もそれを理解して肩の荷を下ろした。
彼の反応に疑問を抱いたライは三輪の不安する内容を知るべくもう一度聞き返す。
安心したのか三輪もあっさりとライの行動を探っていた理由を話し始めた。
「実は今日ボーダー本部基地周囲で、ボーダーに登録されていないトリガー反応の痕跡が見られたトリオン兵を回収した。俺や陽介が駆け付けた時にはすでに撃破した者はその場を去っていて、俺は上層部の命令で破壊した者の調査をしていたんだ」
「基地の近くで? という事は警戒区域内か。なるほど、確かにそれなら警戒区域内だからイレギュラー門とは別件というわけだね」
「ああ。だからこそ俺達も警戒している。また新たな問題が浮上したとなれば、対処しなければならないからな」
ボーダー隊員が持つトリガーとは別のトリガーによって破壊されたトリオン兵の発見。
確かに三輪が調査するのも無理がない話である。ボーダー隊員以外のトリガーとなれば、それは
(あるいは、また僕が何か行動に移したのではないかと疑われたのかな?)
上層部の命令だと言っていたし、とライは心の中でつぶやく。
確認という言葉がその表れである一方、三輪だけはライの事を信じて聞いてきたのだろうことは予測できた。
とはいえ短期間に例外が続けば自分が疑われてもおかしくはないとも思う。いくら上層部からも信頼を得られようと、最も内部で疑わしい存在が誰かと考えれば、突如としてこの地に現れた自分の名前が挙がるのは無理もないことなのだから。
三輪に気づかれない様に平然を貫きつつもライは一抹の寂しさを感じ取っていた。
「今は何人かの隊員から話を聞いている。当時、時間的余裕があった者やボーダー基地で待機していた者にな。何かしらの目撃情報があればと思ったが。——今のところ有益な報告はない」
「了解したよ。僕もタイミングが悪かったな。おそらく移動中か食事中のどちらかだ。基地で待機していたならば、僕もすぐ調査に向かえたのに」
「——お前が気負う必要はない。私生活を拘束する権利など誰にもないんだから」
『そう言ってもらえると助かるよ』とライは小さく笑う。
三輪も昔と変わらず接してくれる。処罰後はあまり話を交える機会がなく、奈良坂からふさぎ込んでいるという話を聞いていたからこそ、ライは三輪のいつも通りの気遣いを感じ取り安心した。
「……ただ、イレギュラー門もそうだけどそっちの方も重要だね。そのトリオン兵に何か特徴とかはあったのかい?」
同時にそんな彼の負担を少しでも減らせるようにと、ライも何か協力できればとトリオン兵の詳細について聞きだした。特に情報公開を禁じられている内容ではないならば問題ないだろうと三輪も当時の様子を思い返しつつ、口を開く。
「ああ。トリオン兵そのものは普通のバムスターだった。ただ、バムスターの形が分からなくなるほどバラバラに吹き飛んでいて、おそらくA級以上の実力はあるだろうと推測している」
「バラバラに? つまり、切り刻まれていたという事か?」
「いいや。回収班によると打撃痕が二つしか見つからず、高出力の一撃をぶつけられた事によって破壊されたようだ」
「では打撃の衝撃でバラバラに? それは本当か?」
話を聞いたライはとても信じられず、三輪に聞き返した。
だが三輪の答えは変わらず『もちろんだ』と返すとライは深刻な表情でしばし考え込む。
「……三輪」
「ん? どうした?」
重々しく名前を呼ぶライ。彼の変化を感じ取り三輪も身構えて彼の言葉を待った。
「君も気を付けた方が良い。そのトリオン兵を撃破した相手は、僕たちだけでは対処できないかもしれない」
「何?」
深刻な顔つきで告げられた言葉に三輪も息を飲む。
ただの推測で終わればいい、だがもしも自分の考えが正しかったとしたら。
ライは嫌な予感が止まらなかった。
————
(二度の打撃で大型のバムスターを跡形もなく破壊。——従来のトリガーの出力ではありえない話だ。同じ戦法を取るレイジさんのスラスターでさえ、殴り飛ばす事は出来ても跡形もなく吹き飛ばす事なんて出来ないはず)
未知の相手が放った攻撃。
ライはその桁外れな威力を理解し、見えない敵の脅威を感じ取っていた。
(だとするならば、相手は従来のトリガーとは比べ物にならない特殊なトリガーの持ち主だという可能性が高い。おそらくは迅さんや天羽と同じ——)
普通の敵ではない。
おそらくボーダー隊員では『強すぎて勝負にならない』というあの二人と全く同じトリガー。
(——
高いトリオン能力を持つ者が自らの全トリオンを注ぎ込み、命と引き換えに作り上げるという黒トリガー。
それが今、ボーダーの関与しないところで身近に迫っていた。
(こちらに利するならばいい。だがもしもボーダー隊員と刃を交えるような事になるならば、その時は)
まだトリオン兵を排除していただけでボーダーに被害は出ていない。
ゆえに今は姿も力も明らかになっていない強敵よりも、実際に被害が続出しているイレギュラー門の対応に当たるべきだろう。
——しかしだからと言って油断は出来ない。
いざという時に備え、ライは一人覚悟を決めるのだった。
————
「……またイレギュラー門が出た? やはりか」
翌日。
午前の食堂のバイトを終えたライは割烹着から着替え、食堂で昼飯を食べている所で調査任務をしていた米屋と出会い、共に食事をとりつつ彼から今日も現れたというイレギュラー門について話を聞いていた。
「ああ。しかも三件もだとよ。それぞれ加古さん、犬飼先輩、二宮さんが対応して犠牲者は0だけど上層部は対応に追われているらしいぜ。特にメディアからの指摘が連続して根付さんたちが天手古舞いしてるとか」
「今日も二宮さんが遭遇したのか……」
必死に対応する根付に大変だなと共感しつつ、ライは二宮の下に現れたトリオン兵に同情した。果たして敵に好かれているのか嫌われているのか。いずれにせよ射手の王が相手となればおそらく手も足も出ないまま撃破されただろうことは予想できる。
「もう昨日今日だけで6件だぜ? さすがにヤバイよな」
「僕も同感だ。しかも午後に限った話ではないともわかったし。いつどこに襲撃が来るかわからないという事だから」
「おかげでしばらくは休む間もなさそうだ」
『本当に参っちゃうぜ』と米屋がわざとらしくため息をついた。
そう考えるのも無理はない。今まではボーダー基地周囲に誘導できるというシステムがあったからこそ犠牲も人員の疲労も最小限に抑える事が出来た。
だがその前提が崩れればボーダーも対応がいつかは間に合わなくなり、市民が三門市を去っていく事になるだろう。
今はまだ犠牲者が出ていないから最悪の未来にはなっていないものの、いつそうなってもおかしくない事態であった。
「そうだね。狙いが絞れればいいのだけど。今日も発生場所はバラバラなんだろう?」
「ああ。時間も全然違うみてえだぜ」
「……法則性はなしか。後は近くにいた隊員くらいだろうけど、二宮さん以外は皆昨日とは違う隊員だし」
何か突破口はないだろうか。
昨日の出来事も思い返しつつ、ライは今一度思考をめぐらせた。
場所、時間はやはり共通点はない。
対応した隊員も二宮を除いて皆異なる面子であった。ポジションも異なっており特に気になる点はないようにも思える。
(何人もいた僕たちを除けば、近くにいたのは迅さん、レイジさん、二宮さん、加古さん、犬飼、もう一度二宮さん。ボーダーの中でも有数の実力者たちで年齢も上の人たちだ。他に何か気になる事は――)
年齢、階級、経歴、所属、能力などなど。あらゆる観点から隊員たちに共通する点はないだろうか。ライは情報を次々と整理、分析していき——
「……トリオン量か?」
一つの項目。ボーダー隊員に求められる才能であるトリオン量という結論に辿り着いた。
「はっ? いきなりなんだよ?」
「昨日と今日、対応した隊員について少し考えてね。それで気になったんだけど——」
ひょっとしたら、と前置きを置いてライは米屋に自分の仮説を打ち明けはじめる。
この事件の突破口となるかもしれない一つの可能性について彼が論じようとした、その瞬間。
『緊急警報、緊急警報。門が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください』
——市街地から甲高い警報が鳴り響いた。