「一体何でしょうか? 他でもない城戸指令からの頼みとなれば、可能な限りお応えしたいと思いますが」
当たり障りのない返答をするライ。
下手な答えが出来ないと同時に司令の願いを無碍に出来ないという考えから警戒が前面に出る言葉だったが、そんな彼に城戸は「そう気負う必要はない」と一言溢す。
「あくまでもこれは私個人の頼みであり、君が受けようと受けまいと君や君たちの部隊に対する評価が変わることはないと前もって言っておきたい。ただ、いずれの答えにせよ今回の話は他言無用である事をここで約束してほしい」
「もちろんです。下手に話が明るみになって謎が解明される前に相手が逃げるような事があってはなりませんから」
「うむ」
意見が揃い、城戸は軽く頷いた。
城戸のライに対する評価は決して悪いものではない。むしろB級隊員という枠組みの中では上位に位置するだろう。
彼の入隊直後は確かに不明な点が多く、当時は何かあればA級隊員たちに適切な処理を許可するほどに警戒をしていた。しかし例の一件以降、城戸も彼の本質を理解してからはライの実力や性格、立場も相まって彼を高く買っているのだ。
「このイレギュラー門および謎のトリガー使いの問題が明らかになるまでで構わない。それまでの間、紅月隊は一時的に私の直属の部隊に加わり、三輪隊と共に本ケースの調査に協力してはもらえないか?」
「……つまり、城戸指令直属の隊員になれと?」
「その通りだ」
城戸の説明を受けライの目がわずかに細まる。
ボーダーの指揮系統は命令の重複を避けるため、直属の上官のみが部下の隊員に命令する事ができるようになっていた。現在本部に所属しているライの指揮権は本部長である忍田が握っており、忍田の命令によって任務に勤しむ事となっている。
「今回の件はあくまでも従来の防衛任務のシフトとは異なり、別任務として調査に臨んでもらう事となる。しかし今の忍田君の指揮下のまま私が君にその命令を下す事は出来ない。あくまでも本部所属である隊員が行うのは基本的な任務のみであるためだ」
本部の隊員は本来警戒区域のパトロールをはじめとした防衛任務が主であり、特別な仕事を請け負う事はなかった。
今回のような特別な調査、本部の隊員が関与しない極秘の任務は城戸司令直属の隊員が行う事となっている。かつてライの調査を風間が行っていたように。
「よって一時的に指揮権を私にゆだねてもらいたい。手続きはこちらで済ませよう。防衛任務ではないため従来の報酬は出せないが、特別手当を用意する事を約束する。万が一の場合でも君が特に手を下す必要はない。悪い話ではないと思うが、どうかね?」
今は風間をはじめとした城戸指令直属の隊員たちの多くは遠征の為不在だ。より優秀な戦力は必要となる。
だからこそ君に頼むと城戸は条件を提示した。
ライにとっても決して悪い話ではない。むしろ事件の早期解決を望む彼は自らが引き続き調査に関わることを正式に許された事で自由に動く事が可能だ。
反面、忍田司令の指揮下から城戸司令の指揮下に映るという事で何も変化が生じないというわけではなかった。ライもそれを理解したからこそ、唇に手を当てしばし考え込む。
「急な話で申し訳ないが、できる事ならばこの場で答えを出してもらいたい。あまり長期化させる問題ではなく、この話が外に出るのは避けたいからだ。どうかね?」
突然の誘いに悩むのは仕方ないと共感したうえで城戸はそう付け加えた。
事情は把握している分、余計に判断に迷う。
さらに10秒ほど様々な可能性を考慮し、自分がどうすべきか悩み抜いて。
「……わかりました。城戸司令の要請に応じましょう」
「ライ!」
「そうか。感謝する、紅月隊長」
「しかし」
ライは城戸の要請を受ける答えを出した。
共闘できる答えにほっと胸をなでおろす三輪。城戸も簡潔に感謝の意を示す。
だが、ただ応じるわけではなかった。
そこでライは一度言葉を区切り、話を続ける。
「僕もこの件は可能な限りすぐ解決すべきだと考えています。城戸司令の指揮下に加わる事に異存はありません。ですがいくつか条件があります」
「……何かね?」
ただで引き受けるわけにはいかない、飲んでほしい話があるとライは言った。
仕方がない事だと理解すると同時に、一体何を要求するつもりかと疑念を抱きつつ城戸は話の先を促す。
「一つはあくまでも事件解決のために城戸司令の指揮下に入るだけであり、決して城戸司令の派閥に入るわけではないという事。もう一つは紅月隊としてではなく僕が単独で城戸司令の配下に加わり、鳩原隊員や忍田隊員は従来通りの任務に励んでもらうという事。そして城戸司令の命令に従う範囲における行動に処罰を課さない事。以上の条件を飲んでいただけるならば微力ながら力になりましょう」
許可を得たライは三つの条件を提示した。並べられた彼の意見に城戸は「なるほど」と嘆息する。
(派閥争いに協力するつもりはない。現時点でこれは別に問題ではない。彼が単独で臨むというのも他の隊員を巻き込みたくはないという事だろうが、こちらにとっても情報漏洩を避けられるという点で好都合だ。三つ目の条件もこれ以上の問題事を避けたいという事だろう。あくまでも善意の協力者という立場で臨むという意志の表れか)
現在ボーダーは三つの派閥に勢力が別れていた。
近界民の徹底的排除を謳う城戸派、市街地防衛を第一とする忍田派、近界民との友好的な関係を目指す玉狛派だ。ライは街の平和を願う一方で遠征を目指している、城戸派と忍田派の中間にいるような存在。どちらか片方に肩入れする事は避けたいのだろう。
また、本来の役割とは異なる任務にチームメイトを巻き込みたくない、下手な処罰によって立場を悪くしたくないという思いから第二・第三の条件を提示した。
ライの立場にたってみれば当然の考えであり、同時に城戸にとっても決して悪くない条件である。
「……良いだろう。その条件を全て飲む事を約束する」
「了解しました。ではよろしくお願いいたします」
ゆえに城戸は即座に了承の答えを出した。ライも彼の返答に満足し、改まって協力を約束する。
「任務には明日から臨んでもらう。詳細は追って連絡しよう。——話は以上だ。今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
あくまでも報告に来てくれた彼をこれ以上縛るわけにはいかなかった。
軽く手を振って退出の許可を出すと、ライは一礼して部屋を後にする。
彼が退室し、再び部屋が静寂に満たされると城戸が再び口を開いた。
「……三輪隊長。確か君は紅月隊長とは親しかったな」
「はい? 確かに自分の部隊があいつを最初に発見したという事もあってそれなりに交流する機会はあると思いますが」
突然の話の切り出しに三輪は素直に応じる。
三輪隊は確かにライとは接点が多かった。トリガーの基本的な扱いを教え、生駒を紹介した三輪。普段から個人ランク戦を繰り広げる事が多い米屋。狙撃を教え、那須を紹介した奈良坂。兄弟子である古寺。オペレーターである月見も発見直後のライを世話した他、日常でも接する機会はあると聞く。下手なB級隊員よりも親しいと言える間柄だろう。
「よく振り返ってみれば、あまり紅月君の私生活について直接人から話を聞いた事はないと思ったので君に少し聞いてみたい。彼は、従来からああいう人間なのか?」
「……と、言いますと?」
「話を聞いて何も感じなかったか? 彼が調査した件もそうだったが、その場の話や情報に流されず、大局を見て考え結論を下した。私との一対一での話でも一切臆することなく自分やチームメイトの事を案じて条件を提示し約束させている。私はとても未成年とは思えない存在だと思った」
真意を読み取れなかった三輪に城戸が説明を続けた。
ライの報告や今の城戸との協議は城戸の観点から振り返っても立派なものと感じられる。お互いの意見をまとめつつ不利が出ないようにと交渉を進める姿はとても17歳とは思えなかった。
(大切な存在を遠ざけようという彼の意思は、やはり相変わらずのようだ)
かつて彼が鳩原や瑠花を助けようとした時と同じように。ライの変わらぬ方針が今一度強く感じられた今、城戸は三輪へと視線を向けた。
「確かにあいつを頼りにしている隊員は多く、他人への影響力が大きいと思います」
おそらくは自分も、と心の中で付け加えて三輪はさらに続ける。
「あいつも自覚しているからこそ期待や責任に応えるべく振舞っているのではないでしょうか。そしてそうする事ができる隊員だと、自分は考えます」
「——なるほど。参考になった。君も遅くまですまなかったな」
「いえ。これも任務ですから」
三輪もここまで評価している人物ならば見る目は間違っていないだろう。
そう判断して城戸は三輪にも下がるように言ってその場は解散となった。
こうして波乱の一日は終わりを迎え、翌日を迎える。ここから騒動解決へ向けた長い闘いが始まろうとしていた。
————
そして次の日の早朝。公式な手続きを終えた事を確認したライは城戸の命令に従い、三輪隊の作戦室を訪れていた。
「おはよう。早いわね、紅月君」
「月見さん、おはようございます。本日はよろしくお願いします」
「ええ。城戸指令や三輪君から話は聞いているわ。よろしくね」
月見が上品な笑みを浮かべて出迎える。朝早い時間帯だが凛とした姿勢を崩さない月見にライもつられて背筋を伸ばした。
「よーっす。よく来たなライ」
「歓迎するぞ」
「陽介、三輪。ありがとう。しばらくお世話になるよ」
さらに月見につられて米屋と三輪の二人もライの登場に気づき、部屋の奥から姿を見せる。頼れる友人の姿にライも笑みを深くした。
ちなみに本日の午前は奈良坂・古寺の狙撃手組二人が不在であるため戦闘員はこの3人で調査を進める事となる。
「頼りにしてるぜ。なにせ今回は戦闘より調査がメインになりそうだからな。お前がいれば心強い」
「陽介はこういう仕事は苦手だからな」
「仕方ねーじゃん。戦闘員なんだし」
「だからといって調査も手を抜かないようにね。しっかりサポートはするし、戦闘になったときは頼らせてもらうよ」
「任せておけって」
調査が主な仕事となりそうなためか、米屋が一人悪態をついた。
彼は勉学面ではあまり優秀とはいいがたいためか、こういう事が苦手であろう事は予想できる。理解を示しつつ三輪とライが奮闘を促すと、米屋は意識を切り替えて不敵な笑みを浮かべた。
「なにせ人型近界民が出るかもしれねえんだろ? 今から楽しみだ」
事件の先に待ち構えている可能性がある敵を見据えて。
三雲が近界民のトリガー使いと繋がっている可能性が高いという報告から、この騒動の裏側には人型の近界民が潜んでいる可能性が高いというのが城戸司令の見立てであった。
この知らせを受け、元来戦闘好きな米屋は士気が高い。たとえ実際に人型近界民と敵対するような事があろうと気落ちするような事はないだろう。近界民を全て敵とみなしている三輪も同様だ。
「……その点だが、紅月。お前は大丈夫か?」
「ん? 大丈夫って何が?」
「陽介も言うように今回は人型近界民と接触する可能性が高い。今までのトリオン兵と異なり人間が相手となる。だから、少し気になってな」
だが、ライはどうだろうか。三輪は彼を気遣い、心配げに声をかけた。
今までのトリオン兵とは、ランク戦での対人戦とは勝手が違う。実戦の場で人と敵対する事になるかもしれないのだ。加えてライの経歴を考えれば余計に意味合いが特殊性を増す。
「もしも気がかりならば俺から城戸司令に進言して——」
「その心配は必要ないよ、三輪」
やはりこの任務の変更を促そうかと、続けようとした三輪を遮ってライが言った。
「ありがとう。だけど大丈夫だ。たとえ敵が人であろうとも——僕の親しい存在に害を成すというのならば。相手を攻める事になんの躊躇いもない」
冷たい視線が突き刺さる。普段の温和で接しやすい空気からかけ離れた、まるで人が変わったかのような彼の雰囲気に当てられ、三輪は思わず頬を冷や汗が伝う感覚を覚えた。
「そうか。愚問だったな」
「じゃあその時は誰が倒せるか競争だな。悪いけど一番槍はもらうぜ」
「いや競争より協力しようよ。三輪隊の強みは連携なんだから」
「別に構わないけれど、競争でもいいからきちんと仕事はしてね、陽介くん」
「わかってますって」
皆がやる気になっているならば何も問題はない。特に先行しがちな陽介をなだめつつ、こうして4人は意識を一つにした。
「それじゃあ確認するわ。三輪くんと陽介くんは三雲くんを尾行、調査。紅月くんは三門第三中学校の調査、終わり次第三輪くんたちと合流。いいわね?」
「ああ」
「了解っす」
「紅月、了解」
最後に月見から今日の方針について確認し、早速三輪・米屋・ライの三人は行動に移る。
三輪と米屋の二人は事件と関連性の高い三雲の自宅へと向かい、ライは関係者の多くが所属する三門市立第三中学校へと再び足を向けるのだった。
————
「——はい。こちらになります」
「ご協力感謝します。拝見します」
三輪達と別れ、現場についたライは職員室を訪れ、教員から学生名簿を借りていた。
先の騒動において事件の調査で聞きたい事があり、その生徒の名前を知りたいという名目で借りた学生名簿。次から次へと怪しい人物はいないか、三雲の関係者らしき人物はいないかと探っていく。
(——ん?)
ふと、二年生のあるクラスの生徒の名前を発見してライの目が止まった。
(雨取千佳。この子、見た事がある。——そうか、雨取麟児の妹か)
それはかつて彼が調査していた事件で一度目にしていた女の子、雨取千佳。
ライは半年前、雨取家で彼女の姿を確認している。見間違うはずもなかった。
(しかもこの子と三雲は親しかったと聞く。もし何かあった場合、三雲が彼女を庇う可能性は非常に高い。まさかこの子が……?)
ライの瞳が疑惑の色に染まる。
かつての事件の関係者であり三雲と親しい女子生徒。接点を考えれば何かしら関与していてもおかしくない話だった。
「……すみません。一度生徒から話を聞いて来ようと思います。また何か進展があればご協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ。それはもちろん」
「ありがとうございます。それでは」
念のため、ライは彼女の同級生の顔を記憶に入れると断りを入れて職員室を後にする。
ライが向かったのは中学校の校門の前だった。
登校時間が近くなり、続々と中学生が登校してくる。
その中学生たちの顔を確認しつつ、ライは目標の相手を待っていた。
(いきなり直接本人に聞いても効果は薄い。クラスメイト、できれば同性の子に話を聞きたいところだ)
探しているのは雨取千佳本人ではなく、彼女のクラスメイト、特に女子生徒だった。
クラスメイトで同性ならば特に親しいはず。そう考えてライは記憶に残っている顔の学生がやってこないかとその時を待つ。
ほどなくして機会は訪れた。前髪がはねた明るい短髪の女の子。特徴的な猫目の少女を発見してライはゆっくりと近づいていく。
「おはよう。少し時間をもらっても良いかな?」
「……へっ? あたし? どちら様っすか?」
「失礼。僕はボーダー隊員の紅月と言う。実は先日、この中学校で発生した近界民の被害状況などを調査していてね。当時対処に当たっていた隊員の関係者もいるという事で色々な人から話を聞いているんだ。少し協力してもらえないかな?」
突然の声掛けに驚きを隠せない相手を怖がらせないようにと、柔らかい声色で説明するライ。
あくまでも調べているのは有り体な被害状況。こういえば特に疑われる事はないだろうと話をすると、案の定女の子は納得したのか「あーなるほど」と手をついて頷く。
「それならいいっすよ。といっても話せることなんてあるかわからないっすけど、あたしでいいんですか?」
「勿論。それじゃあ当時のクラスの様子から——」
快く許可をくれた彼女に感謝しつつ、早速話を進めていった。
近界民発生当時の様子から避難経路、生徒の集合具合、被害の状況、事件後の様子などなど。一通りの話を聞いたライは満足げに頷く。
「ふむ。ありがとう。とても参考になったよ。——それじゃあ君のクラスは皆無事に難を逃れられたんだね?」
「ええ。避難室に逃げた時と終わった後に先生が確認してたんでそれは間違いないっす」
「そうか。突然の出来事だったが何もなくてよかった。こちらの対応が遅れて申し訳ない」
「いえいえ! そんな頭を下げなくても!」
確認を済ませ、ライは深々と頭を下げた。
ボーダー隊員として未然に防げなかったことへの謝罪。ライからすれば当然の事だが、突然初対面の相手に頭を下げられ気まずくなった女の子から促されてようやく頭をあげる。
(さすがに襲撃の前後で避難室にいたのならばトリオン兵を撃破するのは不可能だ。となると彼女の線は外れ。誰かほかの人物が関与しているという可能性が高い。また別の人物を当たるとするか)
これで三雲が雨取を庇っているという線は消えた。
他にこれと言った名前が見つからなかったためまた一から調べなおしという事になる。
仕方がないかと息を溢しつつ、気持ちを切り替えた。
「ご協力、ありがとう。おかげで当時の様子がよくわかった。時間を取らせて悪かったね。それじゃあ授業頑張ってくれ」
「あっ、ちょっといいっすか?」
「ん? なんだい?」
これ以上時間を取らせるのは悪いとライが教室へ向かう事を進めるが、女の子からまだ
用があるのかライへと声をかける。
まだ何か話すことはあるのだろうか。変わらず柔らかい表情を浮かべて続きを促した。
「えっと、この件とは関係ない事なんですけど、いいっすか?」
「もちろん」
「それじゃあ……」
一つ間を置き、少女は息を整えると意を決して話題を投じる。
「実はあたし、今度ボーダーに入隊するんですよ」
「……君が? なるほど、一月に入隊式があるからその時にかな?」
「そうっす! でも正直あたしボーダーに知り合いとかいないし、今度入隊前の訓練とかもあるらしいんですけど良くわかってなくて……」
不安げにそう口にする少女。
先ほどまでは活発に話をしてくれた彼女らしからぬ姿ではあるが、無理もない話だとライも共感した。
なにせ今まで戦闘とは無縁だった少女だ。そんな女の子がいきなり知っている人もいない環境下で戦闘訓練となれば不安も大きいだろう。
「なので折角といったら申し訳ないんですけど。もし訓練とかでわからない事とかあったら相談に乗ってくれないですか? えっと——紅月先輩でしたっけ? 紅月先輩も隊員なんですよね?」
「うん。一応一部隊の隊長を任されている」
「隊長!? すごいじゃないっすか!」
隊長と知るや、目を輝かせてライを見る少女。名前の響きが相当大きかったように見える。
「どうっすかね? 仕事とか忙しいかもしれないんですけど、何かの縁と言う事で……」
そう言って少女は申し訳なさそうに今一度お願いした。
この頼みにどうしたものかとライは一考する。
決して時期的に厳しいというわけではなかった。黒江に続き、帯島も射手トリガーを解禁して以降成長が著しく、今では実戦での戦闘訓練を繰り返すくらいで細かい指導はすでに終わっている。残るは瑠花の勉学指導だが彼女は真面目で成績も優秀だ。最後の追い込みの時期ではあるものの、丸一日付き合うというわけでもないためそれほど時間の制約が苦しくはない。
この事件も一通りの終わりを迎えればライを縛るものは殆どなくなると言っても良い状態だった。
(ならば協力してくれた子の頼みを断る理由はない、か)
ライとしては勇気を振り絞って頼んだ少女の願いとあって、できる事ならばかなえたい。
折角の出会いだ。無碍に断るのは野暮だろうとライは決断を下した。
「——わかった。良いよ。僕が教えられることならば指導しよう」
「本当っすか!? ありがっとうございます!」
「どういたしまして。改めて、僕は紅月ライだ。君の名前は?」
了承するとたちまち少女の顔から不安が消え笑みにあふれる。
年相応の元気な姿を見てライも気を良くしつつ、再会に備えて彼女の名前を尋ねた。
「夏目です。夏目出穂と言います。よろしくお願いします!」
こうして猫目の少女——夏目出穂はライと邂逅を果たす。やがてボーダー本部で二人が再会するのは、そう遠くない未来の事であった。