REGAIN COLORS   作:星月

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進展

 雨取千佳のクラスメイト——夏目と約束を交わすとライは手を振って彼女と別れた。

 いつかはまた接点が生まれるかもしれないが、少なくとも今はその時ではない。

 とにかくまた一から関係者を探り出そうとライは再び職員室へと足を向けた。

 

「中学三年生ならば上級生がいない以上、世話になった先輩を庇ってという可能性はない。となると後輩である雨取千佳が違った今、考えられる有力な候補はクラスメイトの誰かといったあたりか」

「——ぼんち揚食う?」

「ッ!? ……迅さん?」

 

 おおよその見当をつけながら歩くライの背後から、音もなく現れた人影が唐突に声をかける。

 驚きつつも振り返ると、玉狛支部に所属している迅の姿が目に映った。

 

「ははは。紅月君がビックリするところを見るのは珍しい」

「……あなたならばどうせお得意のサイドエフェクトでこちらの反応などわかっていたでしょう。何の用ですか?」

 

 のほほんと笑う迅。そんな彼を見てライはわざとらしく大きなため息を吐いて、簡潔に用件を問う。

 

「ん。今日の午後から下手すれば数日にわたる大仕事があるからさ、それに備えるために本部に戻っていてほしいって伝えに来たんだよ。ほら、これがその命令書」

「はっ? 大仕事?」

 

 そう言って迅は一枚の紙をライへと手渡した。

 城戸司令から命令を受けたばかりである中、新たに下された命令書。疑問に抱きつつもライは受け取った文書に目を通す。確かに正式な手続きを踏んだ命令書であり、何か迅が細工をした形跡は見られなかった。

 

「……迅さん」

「何だい?」

「大仕事とは、一体どのような内容ですか?」

「さあ? 俺も渡すように言われただけで、詳しい内容とかはまだ」

「そういう意味ではありません」

 

 『知らされてはいない』と続けようとした迅の言葉を遮って、ライはさらに問いを投げる。

 

「あなたに何が見えているのか。僕が聞いているのはその一点ですよ」

 

 上からの命令内容ではなく、未来視の力を持つ彼が知っている事とは何なのか。ライが知りたかったのはそこだった。

 ライが三輪達と共に正体不明のトリガー使いの調査を始めたタイミングでの新たな命令。大仕事となれば当然ながらその間この任務は中断を余儀なくされるだろう。

 だからこそライは迅へと鋭い視線を向けた。

 彼がライに指導を頼んだ三雲修。その人物の調査の妨害ともとれるタイミングで仕掛けてきた迅の行動に、ライは疑念を抱いたのだ。

 

「うーん。そうだな……」

 

 向けられた視線から迅も相手の思惑を理解したのだろう。頬をかきつつ、迅は重々しく口を開いた。

 

「知っていると思うけど俺の力だって万能じゃない。だからすべてが見えているわけではないんだ」

「ええ。存じています。それを知ったうえであなたが見えているこの後の事を知りたい。断片的な情報でも構いませんよ」

「じゃあ結論から言おう。今ボーダーを騒がせているイレギュラー門。その謎が今日判明する。その対処が今回の任務だ」

「……何?」

 

 まさか、と反論を試みようとしたライだが、迅の能力は彼が痛いほどよく知っている。彼がこのようなボーダー絡みの大事で虚言を吐くような人物ではないという事も。

 これまで原因不明だったイレギュラー門の対処となれば確かに大事だろう。どこに発生するかさえ不明だった門を抑えようとするならば人員を割くという事も理解できた。

 残る疑問があるとすれば、

 

「一体どうやって? 鬼怒田室長でさえ究明はできなかったはずです。どのような手段で、一体誰が謎を解くんですか?」

 

 その問題解決がどのように行われていくのかだ。ボーダーが誇る開発部でさえ頭を悩ませている問題。とてもそう簡単に解決できるとは思えなかった。

 

「さてね。さっきも言ったように俺も全部が見えているわけじゃないから。だから俺もちょっと今から色々と人を当たってくる予定だ。いやー、エリートはやることが多くて大変だ」

「……そうですか」

 

 のんきに、場を和ますように笑い飛ばす迅からは言葉の本気度を測ることは難しい。いつもと変わらぬ調子で接する彼に、ライは息を溢した。

 

「わかりました。正式な命令書もある以上、今はあなたの言葉で納得するとします」

「おお。頼むよ。大仕事だから備えも必要だ。君にはまた別の面でも仕事してもらいたいし」

「言われずとも」

 

 隊員としての戦力以外にも役目はある。迅の望む事を理解し、ライは小さくうなずいた。

 

「よかった。それじゃあ俺はもう一仕事してくるよ」

「……迅さん。最後にもう一つだけ聞いてもよろしいですか?」

「何だい?」

 

 任務に関する話は終了している。

しかしまだ迅に聞いておきたい事が残っていたライは背中を向けた迅を呼び止めて問いを重ねた。

 

「あなたがかつて僕に指導するようにと頼んでいた三雲修。彼の事を覚えていますか?」

「——ああ。覚えているよ」

 

 調査を行っている三雲の名前をあげると、迅は少し間をおいて肯定の意を示す。

 否定されれば困っていたところだったが覚えているならば話は早い。

 

「あなたは以前、彼の存在が『ボーダーの今後のため』だと僕に話しました。その未来は変わっていませんか?」

 

 あの時の言葉に嘘偽りはないのか、今もなお三雲修という存在がボーダー組織にとって有益な人物である未来が見えているのか。

 ——もしもこの答えが望ましいものではないのならば。

 ライはわずかに視線を細め、迅を問いただす。

 

「変わっていない。断言するよ。今後も変わることはないと俺は見ている」

 

 逃げることは許さないと訴える視線に、迅も真っ向から答えた。

 

「——了解です。では僕はここで引きあげます。後は頼みますよ」

「おお。ありがとう」

 

 真剣な表情で、彼が望んだ答えが返って来たならばこれ以上ライが首を突っ込む必要はない。

 何よりも最善の未来がすでに見えている迅からこれ以上時間を奪う事が躊躇われた。

 後の事を迅に一任し、ライは職員室の教員に一言声をかけるとボーダー本部へと戻っていく。

 来る未来に備えるために。

 

 

————

 

 

「んー。どうやらライの方も駄目だったみたいだな。向こうにも迅さんが行ったとなると、迅さんも本格的に動いてんのか?」

「……くそっ。迅め!」

 

 携帯端末で連絡を取り合いながらボーダー本部内の廊下を進む米屋。

 彼の話を聞いて三輪は隠すそぶりも見せずに悪態をついた。

 彼ら二人は三雲の動向を探っていたのだが、ライと会う前に彼らの下に出向いていた迅が同様に命令書を渡して撤退させていたのである。

 その足で迅はライの元へと向かい、そしてさらに別の場所へと足を運んだのだが、彼らが知る由もなかった。

 

「ここぞという場面で出てくるとは。——忌々しい。だが、これで迅が何らかの形で関与しているという事は明白になった。今後はあいつの存在を考慮した上で、全員で動くぞ」

「だな。さすがにタイミングが良すぎだ。迅さんが絡んでるとなると面倒だけど、ライもいるし大丈夫だろ」

 

 いずれにせよ三輪や米屋たちが任務に当たろうとした直後での介入となれば、彼が何らかの形で調べようとしていた三雲修の件についても何かしら知っている可能性が高い。

 それを念頭においてさえいれば、ライという助力もあるためさほど心配はいらないだろう。今後はより警戒心を強めて臨まねばと三輪はこの任務が終わった後の仕事へと意識を向けた。

 

「とりあえずライと合流して、向こうの話を聞きつつ意見のすり合わせだな。ひょっとしたらこの大仕事の合間にも何か切欠が生まれるかもしんねーし」

「……ああ。さすがにこの短時間では紅月もさほど情報を掴めてはいないだろうが」

 

 三輪と米屋が城戸司令に報告に上がっている間にライもボーダー本部へと帰還している。今は作戦室に籠っているという彼と一度合流し、今後の事を相談しようと二人は紅月隊の作戦室へと向かっていた。

 ほどなくして目的地にたどり着く。

 すでにライには二人で向かう事は報告済みだ。軽くノックをし、二人そろって部屋の中へと入室した。

 

「紅月、入るぞ」

「おつかれー。——ん? あれ? ライ、どこだ?」

 

 軽い挨拶を部屋の主へと向けた三輪と米屋。

 だが、彼らを出迎えると予測していたライの姿は見えない。

 話し合いをする旨は伝えてあったために不在であるとは思えないのだがと米屋が首を傾げると。

 

「あっ。二人とも来たのか? ちょっと待っていてくれ!」

「紅月?」

 

 部屋の奥からライの声が響く。何か作業中であったのだろうか、よく耳を澄ませると水の流れる音などの生活音が耳を打った。

 その音が止むや、ようやくライが部屋の奥から姿を見せる。

 

「お待たせ。ごめんね、ちょっと準備をしていたものだから」

 

 いつも見慣れた隊服ではなく、割烹着と三角巾に身を包んだ状態で。

 

「……一体何をしていたんだ?」

「あー。ひょっとして昼食作ってたりしてたか?」

 

 当然の疑問を投げる二人。

 任務直後とは思えないような恰好は、たまに食堂で彼を見かけるときの姿ではあるが、今はその時ではない。ひょっとして昼食に備えて何か料理でもしていたのかとつぶやくと、ライは「それもあるけど」と説明を始めた。

 

「迅さんから今回の仕事が日をまたぐ可能性もある任務と聞いていたからね。それに備えてすぐに食べれるような携帯食を作っておこうと思って準備していたんだよ。先に食堂の人たちにも話して時間が出来た時にって頼んでおいたけど、僕の方でもやれるだけのことはやっておこうと思ってね」

「ああ、そういう」

 

 続けられた言葉でようやく納得し、三輪も頷く。

 トリオン体と言えどその活動は無尽蔵にできるわけではなく、そのエネルギーの源は使用者のトリオン量によるものだ。そしてトリオンは肉体と同様に栄養や休息によって回復される。

 しかし日をまたぐ任務となればどこかで休養を挟む必要が出る一方で、栄養補給も難しくなる可能性は高かった。ゆえにその事態に備えてライは前もって仕事仲間にも連絡し、仕事の合間に準備するよう依頼しつつ、自身もいつでも食べれるような食事を作っていたのだという。

 

(……そういえばこいつはこういった事もできるんだったか)

 

 たまに忘れがちだが、ライという男はこういったことにも融通が利くのだったと三輪は小さく息を溢した。

 戦闘以外にもこういった細かい点にも気を配り、事を進めていく。改めて目の前の少年の能力の高さに感心するのだった。

 

「ついでに二人の分も作るから昼食を食べながら話をするかい? そんなに時間はかからないと思うけど」

「いや、さすがにそれはいい。そこまで世話になるつもりはない」

「でも陽介はそのつもりのようだけど?」

「ライ―。飯まだー?」

「くつろぐな!」

 

 いつの間にか席に座り、子供みたいにバンバンと机を両手で叩き、昼食を催促する米屋。

 他部隊の作戦室にも関わらずまるで自室のようにふるまう同僚に三輪は声を荒げた。

 

「僕は別に構わないよ。それに——あまり他の場所で話すような内容でもないだろう?」

「……なるほどな。わかった、お前の言葉に甘えるとしよう」

 

 人当たりが良さそうで、それでいてどこか含みを持つ笑みを浮かべると、三輪もライの意図を理解し、渋々と頷く。

 三輪も米屋の隣の席に座り、ライが料理を終えるまでしばし時間を潰すのだった。

 

 

————

 

 

「……嘘だろ。お前、なんでこの短時間でまた新たな交友関係作ってんの?」

 

 おにぎりを口に含みながら、呆れたような口調でつぶやいたのは米屋だ。

 昼食をとりながらお互いの成果を報告する3人。

 だが三輪と米屋に至っては尾行を始めようとしたと同時に迅に呼び止められてしまったのでほとんどはライからの報告であった。

 その中で彼がまたボーダー内での交流の輪を広げたと話を聞き、米屋は言葉を失う。

 しかも女の子。『これはイコさんもキレるわ』と米屋はこの場にはいないナンバー6攻撃手に心の中で同調した。

 

「彼女の件は別に本題ではないよ。僕だって知っていて声をかけたわけじゃないし。——いずれにせよ、こちらも大きな進展は生まれなかった。強いて言うならば、謎のトリガー使いの存在や三雲修の周囲で起きた事件でも迅さんの見ている未来に変化はなかった、あっても本筋に影響が出るようなものではないと分かった事か」

「ん? どういう事だ? 何故そこまで言い切れる?」

「別に迅さんからそこまで聞いたわけじゃねえんだろ?」

 

 迅からライへ『三雲修という存在がボーダーの為になる』と話をされたことは聞いている。

 しかしそれは今回の事件と直接関与するものではないはずだ。

 それにも関わらずどうしてそこまで断言できるのかと二人が聞き返すと、ライは『少し前の事だけど』と言葉を区切り、再び話を続ける。

 

「以前にも迅さんから三雲修という人物について話を聞いていたんだ。そしてその時にも同じような評価を下していた。今回の事件で何らかの形で彼に変化が生じ、ボーダーに敵対するような存在になったならば話は変わってくるだろう?」

 

 迅の未来視の中で三雲修はボーダーに益する存在と称されたのは今回で二度目であった。

 もしもイレギュラー門や謎のトリガー使いの出来事に三雲が暗躍しているようならばその評価も変わることは間違いない。

 しかしそうではなかった。つまり今でも『三雲が修がボーダーに利する存在である』という未来は変わっていない、あるいは変化が生じていても誤差の範囲であるという事になる。

 

「迅が嘘をついているという可能性は?」

「さすがにそこまでする理由はないだろう。迅さんが嘘をついてまで彼を庇う理由がない」

 

 迅を毛嫌いしている三輪は彼の供述が偽りであるという可能性も考慮するが、ライはそうは思えなかった。

 古参の実力者であり、今までもそのサイドエフェクトでボーダーの力になっていたというのが迅悠一だ。ここにきて今更ボーダーを裏切るような真似をするとは考えにくい。

 

「——とはいえ、だからと言って僕も調査をやめるつもりはないから安心してほしい」

 

 ならば迅が黙認している以上はこれ以上の三雲への調査を中断するのか。

 答えは否だった。

 ライはおにぎりを食べ終えると水を飲み干し、一息ついてから話を再開する。

 

「確かに彼がボーダーの力になるという結果は確かだろう。だが、それまでの過程は不透明だ。まだ話の全貌が見えてない中、警戒をしておくに越したことはない」

 

 未だにライの中で真相は見えていないのだから。

 たとえ良い未来につながるのだとしても、もしもその過程で彼に近しい存在や仲間たちに影響が及ぶ可能性とて考えられた。

 

「複数抱えている問題の一つが解決されるならそちらに力を尽くそう。そしてイレギュラー門の問題が解決次第、再び三雲修の調査に戻る。それでいいかい?」

「……異存はない」

「おう。とりあえず目の前の任務に集中って事だな」

 

 とにかく今はボーダーを最も悩ませているイレギュラー門の排除。

 それに全力を尽くし、そしてもう一度城戸指令の任務に勤しもうと方針を確かめ合う。

 こうして彼らは再び防衛任務へと戻っていき——

 

 ほどなくして迅の主導の下、イレギュラー門の元凶である小型近界民の一斉駆除作戦が全部隊へと告げられたのだった。

 

 

————

 

 

「——これでもう30匹目、かな?」

「それくらいになるか。僕たちの隊だけでこれほどとは。かなりの量の近界民潜伏を許していたと見える。おそらく千はくだらないだろうな」

『そのようです。どうやら『数千はいると考えてくれ』と忍田本部長が』

「ええーっ。さすがに多すぎじゃない?」

 

 人の顔の大きさくらいの小型近界民・ラッドを見下ろしつつ、ライと瑠花の言葉を耳にした鳩原が苦言を呈する。

 作戦が始まってから2時間が経過しようとしている中、紅月隊だけでもすでに30体を超える撃破・回収数を記録していた。

 今は活動を停止しているラッドは他の近界民の中に格納される形で侵入。従来は地中に隠れ、人影がいなくなったころに活動を始め、周囲の人々からトリオンを吸収して門を開くのだという。そのためここまで発見も遅れてしまったわけだが。

 

「これは本当に大掛かりな仕事になりそうだ」

 

 さすがのライもため息をついてしまった。

 元々は迅が発見してきた一体のラッドの解析、部隊の集結、一般市民への伝達などの仕事があったために任務が始まったのは日が傾きかけたころだった。

 そのため気づけば夕方を迎えようとしている中、まだレーダーには無数の標的が映し出されている。あまりにも膨大過ぎる量であるためC級隊員まで駆り出されているというこの駆除作戦。確かに迅の言葉通り、日をまたぐ任務となるだろう。

 

「仕方がない。——瑠花」

『はい? どうしました?』

「やはりどう計算しても今夜中に終わるような話ではなさそうだ。こちらでもレーダーで敵の捜索は出来る。瑠花は時間を縫って休憩に入ってほしい。冷蔵庫の中に夜ご飯の準備とかはしてあるから、よかったら食べていてくれ」

「……『帰りが遅くなる』って家族に連絡を入れるみたいなセリフだね」

 

 ライと瑠花のやり取りを見て鳩原はそうつぶやいた。確かにまだ中学生である彼女に無理をさせるべきではないが、色々と捉えようがありそうな発言である。もしもこれが二宮だったならば絶対に出てこないような内容であった。

 

『大丈夫ですよ。——少し、嬉しいですし』

「ん? 何が?」

 

 指示を受けた瑠花はそう言って言葉を濁す。真意が読めない発言にライが聞き返すと、瑠花は少し間をおいて話を続けた。

 

『その、ライ先輩がしばらくは防衛任務も独自で動くと話を聞いて、ちょっと不安な気持ちがあったので』

「————」

 

 寂し気な声色が脳に響く。瑠花の話を聞いたライは言葉を失い、その場で立ち尽くした。

 

『今回のイレギュラー門の事もあって、ひょっとしたら何か危ない事件に関わっているのではと心配したんです。でも、またこうして何時ものように話ができて嬉しいんです』

 

 心配する気持ちは当然だろう。

 ボーダーの技術でも解明できない事件が発生し、犠牲者も出てしまっている現状だ。そんな中で隊長であるライが独断で動くため部隊から離れるという話が浮かべば気が気でない。

 城戸司令から厳しく口止めされているために深く説明ができなかったとはいえ、そんな事は弁明にはならなかった。瑠花をこのような気持ちにさせてしまった事をライは心から悔やむ。

 『僕もだ』という言葉を飲み込み、ライは口を開いた。

 

「——大丈夫だ。おそらくだけどそっちの件も長くはならないよ。とにかく、無理はしないでくれ」

『はい。わかりました』

 

 念を押して忠告すると瑠花も素直に応じる。彼女の答えに満足し、ライは一度通信を切るのだった。

 

「……鳩原」

「ん? どうしたの?」

「ああは言ったものの、僕が動いている件もいつ収束するかは不明だ。僕も様子を見に作戦室へ顔を出すつもりだけど、それまでは君も瑠花の面倒を見ていてほしい」

「紅月君……」

「頼む」

 

 そう言ってライは頭を下げる。瑠花の心情を知ってしまった今、これ以上不安を抱え込ませないようにと考えての配慮であった。

 

「うん。わかったよ。そんなに畏まらなくても、あたしだって紅月隊の一人なんだから。言われるまでもないよ」

「ありがとう。改めて君がいてくれてよかった」

「……あたしが言える立場じゃないけど、面倒な事に関わってそうだしね。でも、もしできることがあったら言ってね。その時はあたしだけでも力になるよ」

「そうか」

 

 隊長の頼みに、鳩原は快く応じる。

 隊員としての心構えもあるし、彼女は一度二人に大きな貸しを作ってしまった身だ。

 いざという時は一人でもライの力になると約束すると、ライは緊張を解き、柔らかい笑みを浮かべるのだった。

 

(いざという時は鳩原だけでも、か。確かにもしも黒トリガー使いと戦うようになればそれもやむなしだな。——いずれにせよ彼女を巻き込んでたまるか)

 

 ライは謎のトリガー使いが黒トリガー使いであると見当をつけている。

 並の実力者ではたとえ集団で挑もうとも対等に相対する事も難しいと言われている強大なトリガー。それが黒トリガーだ。

 ゆえにライは迅の未来予知の保証があってもなお未だ姿が見えないトリガー使いへの警戒を解くことはできない。

 強大すぎる力がもしも望まぬ形で振るわれれば、どのような結末を生み出すのか。

 それを痛いほど知っているから。

 

 

————

 

 

 ラッドの一斉駆除作戦は昼夜を徹して行われた。

 日付も変わり、夜明けを迎えた頃、ようやく作戦は終わりを迎える。

 

『ラッドの反応の消失を確認した。これでラッドは全て駆除された』

「オッケー。——よし、作戦完了だ。皆、長時間よくやってくれた! ゆっくり英気を養ってくれ! お疲れさん!」

 

 三門市一面を見渡せる建物の屋上で、ユーマの相棒であるレプリカの分析を受けた迅が全隊員へと告げた。

 各隊員がようやく長丁場を乗り越えたという事で体を伸ばしたり、栄養補給を行ったり、仲間同士で喜びを分かち合ったりとノビノビしている様子が確認できる。

 

「これでイレギュラー門は……」

「ああ。もう開く事はない。明日からはいつも通りの日々に戻れる」

「そうですか」

 

 迅の説明を受け、傍らで控えていた三雲も安心したのか一息溢した。

 

「まさかこんなに短時間で終わらせるとは予想外だ。やはり数の力はすごいな」

 

 この事件を解決に導いた空閑も感慨深そうに頷く。

 ラッドという原因を見つけたのは彼だった。かつて三雲と共に遭遇したバムスターと戦闘した跡地からラッドを発見・撃破し迅と三雲に伝えたのである。

 

「おいおい。一番の功労者が何を言っているんだ。おまえがボーダー隊員だったら戦功授与できるくらいの大手柄なんだぞ?」

「ほう。それはそれは」

 

 そんな空閑の頭を撫でつつ、迅が彼のボーダーにもたらした影響の大きさを諭した。

 甚大な被害をもたらしたイレギュラー門の解決は城戸司令も望んでいた事。これを成し遂げた彼の手柄は確かに計り知れない。

 

「ならその手柄をオサムにやってよ。いつか返してもらうからさ」

「……はっ?」

 

 その手柄を三雲に渡してほしいと空閑は彼を指さして語った。

 『一体何を』と三雲は言葉に詰まるも、迅は名案だと言わんばかりに空閑の意見に同調する。

 

「たしかにそれがよさそうだ。メガネくんの手柄となればクビどころかB級昇格となるだろう。これだけの戦果を挙げたとなれば上層部だって文句はないはずだ」

「いや、何を言っているんですか! だって今回この近界民を見つけたのは空閑であって僕は何も!」

「まあまあ。その遊真と会えたのだってメガネくんとのつながりがあったからだし、十分な橋渡し役になったと言えるんじゃない?」

「そんな無茶苦茶な……」 

「いいからもらっておけばいいじゃん。オサムが貰ってくれないと手柄が誰にもわたることなく消えちゃうんだぞ」

 

 三雲一人だけが納得できない中、迅と空閑が次々と手柄をもらうようにと背中を押した。

 確かに三雲にとってB級の昇格は今一番の望みと言っても過言ではない。

 だが、何もしていないのにこのような形で他人の手柄を受け取って良いのかと良心が訴えた。

 

「B級、つまり正規隊員になればトリガーも使い放題だ。学校の時みたいに基地の外で使っても誰にも文句は言われない。トリガーだって訓練用ではなく正規のものが使える。折角機会が転がり込んできたんだ。強くなれる時に強くなっておかないと、いざって時後悔するぞ?」

「でも……」

「それに——」

 

 迅が何度言葉を重ねても中々首を縦に振らない三雲。

 とはいえ彼も絶対に受け取るつもりはないという様子ではないのか、迷っている様子である。

 あと一押しすれば話が進むと考えた迅はここぞとばかりに話の核心へと突っ込むのだった。

 

「メガネくんはある子を助けるためにボーダーに入ったんじゃなかったのかい?」

「……それは!」

「ふむ?」

「なら、今のうちに助けられる力を身に着けておくべきじゃないのかな」

 

 最後の一押しを受け、三雲の表情が一段と強張る。

 空閑は彼の人間関係を知らぬため首を傾げる中、迅は三雲の顔つきから確信に至った。

 

「……わかりました。そうしてもらえますか? 迅さん、よろしくお願いします」

 

 三雲の中で譲れない点があったのだろう。ようやく三雲はこの機会をB級昇格の手柄とする事を決断する。

 待ち望んだ答えを耳にし、迅は大きな笑みを浮かべるのだった。

 

「任せてくれ。いやーよかった。予想以上に三雲君の周りに人が近づこうとしているから、ここで話が纏まって助かった」

「……それって紅月先輩の事ですか?」

「コウヅキ? ああ、学校で迅さんが話しかけてた人か」

「そうそう」

 

 昨日の出来事を思い出し、三雲は先輩隊員の名前を挙げる。

 迅とライが出会った時に三雲も空閑と一緒に建物の陰で様子をうかがっていたのだ。

 彼らが所属する学校に立ち入り、何かをしていた様子は確認できたが、まさかそれが自分も関わる事だったとは。

 

「三輪隊が調べるのは見えていたけど、紅月君まで関与するかどうかは五分五分だったからなー。一度引き受けたとなれば彼の性格上、これからも調査しそうだし、どうしたものか」

「調査って、ひょっとして空閑の事を!?」

「多分ね。まあでもそう意識しないで良いよ。むしろ下手に隠そうとしたりするとかえって不審に思われるだろうから、いつも通り暮らしてほしい。メガネくんとユーマがよく一緒にいる事だってすぐわかるだろう」

 

 『だからそう気負わないでくれ』と最後に言い残して迅はその場を後にする。

 行先はボーダー本部。

 内容はもちろん任務完了の報告、そしてこの功労者である三雲修の名前を告げ、彼の処分の撤回と戦功授与を求める事だ。

 

(問題はユーマの事を知った時に彼がどうなるかだな)

 

 戦功をあげたとなれば必ず論功行賞で名前は公開される。そして三雲の名前が出ればライは三雲が何らかの情報源を近くに持っている事を確信するだろう。その情報源が謎のトリガー使いと同一人物であるという結論を下すかもしれない。彼の考えの結果はわからないが、どのような答えにせよライとユーマの距離は著しく接近する事は火を見るより明らかだった。

 

(最善の未来にはメガネくんもユーマも、それに紅月君の存在も必要だ。ここで関係がこじれてはマズい)

 

 三輪隊と同時に調査を始めた事から、迅はライが城戸司令の指示の下動いていると考え、その対処に思考を働かせる。

 立場は違えど3人ともこれからの戦いに必要な存在だ。どうにか上手い決着点を見出せばならない。

 

「……ま、うまく立ち回るとするか」

 

 ならばそれは自分の役目だ。

 暗躍を趣味とする迅は、うっすらと笑みを浮かべて足早にその場を去っていった。

 そして彼の思惑通り、数時間後に三雲修のB級昇格が正式に認められることとなる。

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