土曜日の昼下がり。
今は近界民警戒区域の近隣地域となって人口が減少した事により、閉鎖された弓手街駅の近くにそびえる建物の屋上に迅悠一の姿があった。
彼の視線はまさにその弓手街駅構内へと入っていった人物たちに向けられている。
一体彼らがどのような経過をたどるのか。それを静かに観察していると突如懐にしまい込んでいた携帯端末から着信音が鳴り響く。
「もしもし。こちら実力派エリート。一体どうしたんだメガネくん?」
すぐに電話主を確認し、電話をかけた相手——三雲に用件を尋ねると、電話からは三雲のひどく動揺し強張った声色が届いた。
『迅さんですか! 大変なんです! A級の部隊が今空閑と戦って——』
「ああ。知っているよ。今三輪隊とユーマが戦っているのが俺の位置からも見えてるから」
『えっ!? 見えている!? 近くにいるんですか!』
「うん。ちょうどバトり始めたばかりだろ?」
『なっ。それなら早く助けに——!』
迅が動向を見ている事を知ると、すぐに助力を要請する三雲。
彼は正規隊員に昇格したとは言えまだまだその力は弱い。とても三輪隊と渡り合えるはずもないと自分でもわかっている上に空閑からも『手を出すな』と言われている中、迅に助けを求めるしかなかった。
だからこそこうして焦りを浮かべているのだが、迅は動こうとしない。
「大丈夫だよ。——それに、そもそも俺が動く事は出来ないみたいだからね」
『えっ!?』
自分が動く必要はなく。また、前提として動く事は出来ないのだと迅は説明した。
電話越しに話している三雲は理解できるはずもないが、そう語った迅は視線を後ろに向け、ゆっくりと近づいてくる人影のほうへと向き直った。
「——動かないでください。迅さん」
「悪いけど一旦切るよ、メガネくん」
「やはり、あなたが一枚噛んでいましたか」
先日も迅が接触した銀髪の少年、ライが鞘に納めている弧月に手をかけたまま、迅に制止を呼びかける。
迅は言われるがまま通話を切ると両手を挙げて無抵抗の意を示すのだった。
————
時は少しさかのぼる。
ラッド掃討作戦の直後の事。
イレギュラー門騒動の収束。そして三雲修の正規隊員への昇格。
この一連の流れにより三輪隊やライが調査に当たっていた問題の一つが解決された一方で、彼らが抱いていた疑惑がさらに深まる事となった。
「……どう思う?」
「まあ明らかにおかしいよな。情報源も迅さんなんだろ?」
「俺も同感だ」
「同じく。話が出来過ぎている気がしますね」
三輪隊の作戦室。
隊長である三輪の問いに米屋、そして今日から調査に合流している奈良坂と古寺が揃って頷く。
「かつて近界民が襲撃した現場からラッドを発見、回収したと報告になっているけど。回収班が発見できず、開発局が解析できなかった問題を一人で解決したとなればね。あらかじめ原因を知っていたか、どこからか情報を入手した可能性が高いだろう」
「その情報源が現在調査中のトリガー使いであると紅月君も見ているのね?」
「ええ」
彼らだけではない。
共に調査に当たっているライも月見に話を振られて『おそらくは』と肯定した。
ボーダーの技術力は非常に高い。ここで働いている職員たちの腕前も相当なものだ。
そんな彼らが全く足取りを掴めなかった新たな近界民を単独で発見したという報告に、皆疑いの目を向けている。
「ただ、その場合は迅さんもその人物と接触している可能性は高いでしょう。最低でも三雲から何らかの話を聞いていると考えた方が良いと思います」
「だろうなー。じゃなきゃ率先して俺らの調べを邪魔しないだろうし、そもそもサイドエフェクトがある」
「その場合、俺達が調べようとした場合は迅さんが再び介入してくるだろうな」
「……迅さんと戦うのは正直考えたくないですね」
古寺が実際に迅と戦う光景を目に浮かべて冷や汗を浮かべると、皆表情を曇らせた。
ここにいる隊員たちは迅がボーダーの上層部にも一目置かれる実力者である事は当然知っている。
かつてはあの太刀川ともトップを争ったという歴戦の猛者。それが迅だ。
だからこそそんな相手と相対するかもしれないという可能性は彼らの思考を鈍らせる。
「しかし迅さんもそう波風を立てたくはないはずだ。イレギュラー門の問題が解決したとはいえ、騒動が収まったばかりだし太刀川さんたちが不在。そんな中で隊員同士の正面衝突は避けようと思うだろう」
とはいえ迅がそう簡単に刃を向けるのかとなると話は違うと語ったのはライだった。
ここ数日間、ボーダーは防衛任務だけでなく被害が出た市民への対応などもあって忙しい日々を送っている。遠征に出たトップチームも帰ってない現状では迅もあまり事を大きくはしたくないはずだと。
「——どうだろう。一つ提案だ。三輪と陽介、二人は引き続き三雲を調査。奈良坂と古寺は戦闘に備えて二人を遠距離から支援。僕はその周囲を警戒して迅さんが来ないかを警戒する。もしも迅さんが予想通り近くにいて介入を試みようとした場合は、僕が迅さんを抑えよう」
ならばこそとライは今後の方針を提示した。
最も動向が読めない迅を自らが抑え、その間に三輪隊の面々で調査を続行。場合によってはその制圧に当たると。
「紅月。迅にお前ひとりを当てるというのか?」
「おいおい。さすがにそれは悪手じゃね? せめて奈良坂か古寺のどっちかはつけた方がいいだろ」
「先ほども言ったように迅さんは手を出すことに消極的なはずだ。仮に三輪たちが戦闘になったとしてもこっちも戦う必要性がでるとは限らないしね」
「——確かにいつどこから現れるかわからない援軍を警戒するよりは、紅月君に任せた方が良いかもしれないわね。私たちが固まる事で従来のフォーメーションを展開できるわ」
「はい。戦力の分散や月見さんの負担を減らすためにもこれが一番良いかと」
三輪や米屋は当然反論するも、ライの補足に月見の賛同も相まって流れが変わる。
確かに迅という不覚的要素を確実に抑えられるなら元々の三輪隊の形を維持できるという事からライの意見は最も確実な手と言えた。
「……万が一、迅さんと本格的な戦闘となった場合は?」
だが最悪のパターンを考えて奈良坂がライに問う。
もしも迅が積極的に手を出す事をためらわず、彼と戦うような事になったならば。
起こりうる可能性を指摘されたライは、うっすらと笑みを浮かべて。
「それならそれで構わない。もちろん僕が押し切られ、敗北する可能性もあるしそうなれば三輪隊の方も厳しくなると思うけど。——それは次につながる敗北となる」
迷いなくそう言い切った。
————
そして時間軸は今に戻る。
ライと迅。両者共にまだ武器を手にしていないものの、緊迫した空気が張り詰めていた。
「——紅月君がこっちに来る可能性も見えていたんだけどな。俺の言葉は信用できなかったかい?」
警戒を続けるライに迅が呼びかける。
先日も二人が話した際に迅は改めて自身のサイドエフェクトの話を持ち出して三雲と彼が抱えている秘密の有益性を説いていた。
近界民への警戒が強い三輪が率いる三輪隊は仕方がない。だがライならば説得も不可能ではないと思っていたのだが。
「今の流れを見たら仕方がない事でしょう。調査を続けていた三雲が、一度はトリガー使用者の候補に挙がっていた者と行動を共にして。しかもその彼女が未知のトリガーを使用した上に……あんなトリオン量を持っていると判明すれば」
先ほど目にした膨大なトリオンキューブを思い返し、ライは苦笑を浮かべる。
ライもここまでの三雲の、そして彼と行動を共にしていた雨取、空閑の動向を目にしていた。
何かしら秘密の相談があったのだろう。無人となった弓手街駅に入るや、どこからか出てきた近界民と思わしき黒い機体を使い、雨取がトリオンキューブを起動。この時点でやはり三雲が正体不明のトリガー使いと接点があるのは明白となった。
しかも驚くべきはここで明らかになった雨取のトリオン量だ。
トリオンキューブは常に使用者のトリオン量に比例して最高の大きさで形成されるのだが、その大きさが桁違であった。
(結果的に彼女がトリガー所有者ではなかったようだが、あれが一番の驚きだったな。遠目とはいえ僕の4倍はありそうな大きさだった)
人一人飲み込んでしまいかねないほどの大きさのキュービックはライですら目にしたことがないほど。ライはおろかあの最強の射手・二宮すらも容易に上回るだろう。
とにかくこうして三雲が何者かを庇っている事が明白となり、さらに空閑本人の自供と実際のトリガー起動により、雨取ではなく傍で控えていた空閑が調査の目標であるトリガー使いであると判明。
三輪隊は三輪・米屋の二人を前衛に立てて空閑を捕えるべく戦闘が始まった。
空閑が複数のA級隊員相手に傷を負い、これをピンチと見た三雲が迅に助力を求めたのだが、彼もライによって足止めを食らってしまい、そして今に至る。
「それに、あえて言わせてもらうならば、やはりあなたの言葉を過信し、鵜呑みにするのは危険だと判断したので」
「危険、ね。なんでかな?」
己のサイドエフェクトの事を知ってそれでも未来を託してはもらえなかった。その事実を残念に思いつつ、迅はライにその理由を問う。
「理由は三つ。一つは未来が見えるといえどもそれはあなたの主観が入った未来である事。最善の未来だとしても、それが個人の意思が入ったものならばそれは最善とは言い切れない」
「……なるほど」
「あなたの力を疑っているわけではないし、信じたいとは思いますがそれは僕の私情だ。今後の展開に影響しかねない決断に私情が入ってはならない」
最善の未来。それは、人の味方によってさまざまな捉え方があるというのがライの意見だった。
ライも決して迅の事を信じていないわけではないものの、その感情だけで何も知らない、しかも黒トリガーの所有者だと予想している相手を信じる事は出来ないと。
「よくわかった。俺の視点からだけで判断するのは不満だったか」
「不満ではないです。ただ不安が消えなかった。それが二つ目の理由です。あなたのサイドエフェクトにも見落としがある。最善の結果だけを見て最悪の過程を見落としてしまっては本末転倒だ。戦いはかけ事ではないのですから」
「これは手厳しい」
さらにライはかつての迅とのやり取りから得られた彼のサイドエフェクトの効果を思い返しながら続ける。
これはおそらくは自身もその迅の未来視の裏をついたという実績があるからこその意見だった。
ライは犠牲が出る事を嫌い、リスクを避ける傾向がある。
だからこそ今回も三輪達の調査への協力を惜しまなかったのだから。
「そして三つ目の理由。これはあなたの力と言うよりはあなた自身の事ですね」
「と、いうと?」
「あなたは瑠花に手を出した。ただそれだけです」
「……私情を挟んでるじゃん」
著しく低くなった声のトーンで語られた言葉に、迅は頬をひくつかせた。
ちょっと待ってほしい。決断に私情が入ってはならないとは何だったのか。
「違いますよ。僕にとって彼女は例えるならば何人たりとも傷つける事はならない宝物のようなもの。その宝物にあなたは土足で近づき傷物とした。そのような人物、警戒してしかるべきでしょう。これを私情と言いますか?」
「たとえ話とわかっているけど女の子の話で傷物としたって表現はやめてくれない?」
つまり『一度犯罪を犯した人間を疑うのは当然の道理であり私情ではない』という事だろう。わかっていたはずだったが、改めてライの瑠花を庇護しようとする思いの強さにたじろぐ迅だった。
「まあそんな点ですね。——あなたが関わると状況が荒れそうでしたし」
「まあ、確かに秀次もいるからそう考えるのは仕方がないか」
「それだけではありませんよ」
「ん?」
『状況が荒れる』とライは語る。
迅はその言葉を自身を毛嫌いしている三輪がいるためだと受け取ったのだが、他にも理由はあるのだと話を続けた。
「僕はあなたを
三輪のようにただ迅という存在を疎んじているというわけではない。
ライは迅という戦力を規格外の存在と捉え、評価していた。そのような存在は出来ることなら戦いに関与させる事無く処理しておきたい。
「そこまで評価してもらえるとは光栄だね」
「だからこそあなたは盤面の外にいてもらいたかった。このまま手を出さないでください。あなたがトリガーを起動しようとしたならば、僕はあなたに刀を向けなければならなくなる。僕もこのような状況下で大事にはしたくないので」
「……君ならばよく知っているだろう。『模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる』。また隊務規定違反で瑠花ちゃんを傷つけるつもりか?」
抵抗するならばトリガーを使う事もためらわないという姿勢のライに、迅が彼の大切な者の名前を挙げて忠告した。
仮にも一度処分を受けた彼が知らないわけもない。
しかし、迅の話を聞いてもライの表情に変化は生まれなかった。
「問題ありません。今回の任務に参加するにあたり、城戸司令とは『調査協力における行動に処罰は課さない』と確かに約束しました」
「——へ?」
「正式な調査をトリガーを使ってまで妨害したとなれば正当防衛と受け取ってもらえるでしょう。迅さんにはそのまま処分が下されるでしょうが。まあそうなればたとえ僕が敗れたとしても、迅さんには最低でもトリガー没収くらいの処分は下されるでしょうね」
まさかの城戸司令との間で設けられた衝撃の契約を耳にし、迅は言葉を失う。
(そういう事か。『盤面の外』って、俺を本当にこの件から除くつもりか)
そこまで見越してこの任務に当たっていたのか。
読み切れなかった事実は迅を驚愕させるには十分だった。
ただ、もちろんライとて最初からこの未来を見越していたわけではない。処分を課さないという約束を交わしたのは万が一の際に自分の立場が危うくなるリスクを避けるためだった。
だが、迅というボーダー隊員が相手になるという場面になって話が変わる。
迅の言う通り隊員同士での私闘は禁じられている。ゆえにこの規則が迅というジョーカーを封じ込める有効な一手になると考えたのだ。
事実ライの話を聞いた事で迅は一切の手出しができなくなる。
ここで万が一トリガーを使おうものならばライの想定通りに事が進むのは明白だった。
「このまま大人しくしていてください。迅さん。もうまもなく決着はつく」
弓手街駅の方角へと視線を向け、ライがそう口にする。
戦いは徐々に三輪隊が優勢となっていた。
奈良坂・古寺の援護狙撃を前に空閑は逃げ場所を失い、徐々に米屋の鋭い槍裁きを前に削られる。さらに三輪の鉛弾を半身に食らってしまい、機動力を大きく損ない、その場で膝をついてしまっていた。
三雲は空閑を援護する事に二の足を踏んでおり、迅も抑えている。
誰の目から見ても勝敗は明らかだった。
「……紅月君、君は俺が盤面の外にいて欲しかった、と言ったね」
しかし。
空閑や三雲の身を案じているはずの迅から余裕の表情が崩れることはない。
むしろ笑みを深くして変わらぬ調子でライへと尋ねた。
「ええ。それがどうしましたか?」
「実はね。俺も同じ気持ちだったんだよ」
「……どういう意味ですか?」
「俺も君には、できれば盤面の外にいて欲しかったんだ」
「はっ?」
小さく疑問の声をあげるライ。
迅の言い分を読み切れなかった彼に、迅は重ねて続ける。
「さっき言ったろ? 紅月君がこっちに来るのも見えてたって。君が俺に協力しない場合は、こっちにきて、そして
「——まさか!」
「どうやら君は俺の事を評価してくれているみたいだったからね。——はい、未来確定」
「三輪! 陽介!」
本当に動きを止められていたのは迅の方ではなく、ライの方だった。戦う事無く、自分が直接介入する事もなく。迅はここにいるだけでライの意識を向けられたのだから。
ようやく迅の真意を理解し、ライは急いで前線で戦う同僚二人へ通信をつなげるが、わずかに遅かった。
地上から空中へ黒い弾丸が無数に打ち上げられる。
弓手街駅構内で起こっていた戦い。その盤面はたった一手でひっくり返された。
————
「……ッ!」
体に打ち込まれた鉛弾——正確に言えばその重しを付与する性能をコピーされた銃弾をいくつも撃ち込まれ、その重みにより地面にたたきつけられた三輪。
腕一本動かす事さえままならず、三輪は悔しさのあまり歯を食いしばった。
途中までは上手く行っていた。戦闘は完全に三輪隊が終始優位に立っていた。
三輪と米屋、二人の連携で追い詰め、空閑が逃げようとしても奈良坂と古寺の狙撃手が逃げ道を封じ、さらに三輪が得意の鉛弾で動きを制限する。
三輪隊の得意パターンがはまり、あとはとどめを刺すだけだったというのに。
(俺の鉛弾をコピーした——違う。この威力は、攻撃をコピーした上で何倍もの威力で打ち返してきたんだ! つまり『他者の攻撃を学習するトリガー』! ありえん。そんな反則じみたトリガーが存在するのか……!?)
その三輪の得意技が転じて空閑の逆転の一手と化した。
自身の鉛弾とまったく同じ性能。だがはるかに上回る威力の攻撃。
三輪は空閑のトリガーの真の性能を思い知り、予想をはるかに超えた敵の強さに冷や汗が頬を伝う。
「——さて。改めて話し合いしたいんだけど、良い?」
「……ッ!」
地面に這いつくばる三輪を見下ろして、空閑が告げた。
憎き近界民のこの態度に三輪のいらだちは増すばかりだが、手も動かす事さえ出来ない現状では何も出来ない。
三輪は睨み返すのが精一杯だった。
《——そのまま動くな、三輪。陽介》
「ッ!?」
「ん?」
その三輪を救うように、ライからの通信が二人の下へと届く。
空閑も背後から何かが急接近する気配を感じ取ったのか振り返った。
するとエスクードジャンプで空を割くように、ライが弾丸のごとくスピードで彼らの下へと跳んでくる。
彼の右腕は今度こそ弧月が握りしめられており、狙いを定めるや空中で抜刀した。
「旋空、弧月」
瞬時の間に三度振るわれた弧月は旋空によって刃が拡張され、空閑に、そしてその近くの三輪・米屋へと向かって行く。
「うおっ!?」
切り裂かんとする刃を空閑はサイドステップを踏んでかわし。
「くっ!」
「おおっ! さすが」
三輪と米屋の体に打ち込まれた鉛弾のおよそ半数ほどが切り落とされた。
「無事か、二人とも!」
「……ああ。問題ない」
「つっても、まだ動くのはキッツイけどな」
三輪と米屋の間に着地し、すぐに二人の安否を確認するライ。
どちらも特に大きなダメージは負っていないものの、やはりまだ鉛弾の影響が大きいのか立ち上がる事はできずにいた。
(二人とも鉛弾を撃ち込まれている。三輪のトリガーを反射した——にしては弾数が多すぎるし、そもそも鉛弾にはそんな芸当ができるトリガーではない。しかも三輪達は半数を切り落してもなお身動きがとれないほど重さが増している……? という事は)
その光景にライは空閑のトリガーの性質を分析し、そして三輪と同じ結論へと至る。
《敵のトリガーは相手のトリガーを模倣し、それを上回る威力で放出する能力。といったところか?》
《核心はないが、俺もそう考える》
《マジ反則だろ。ライに切り落してもらったけど。これ、まだ動けねえぞ》
《……そうか》
ライの推論に二人とも声をそろえて肯定した。
できれば外れて欲しかった答えが正しかったと知り、ライは小さく息を溢す。
(——捕縛は失敗だな。戦いを続けても意味がない。いや、それどころか不利になるだけだ)
これ以上の戦闘は無意味だと判断するとライは弧月を鞘に納め、そしてトリガーを解除した。
「おっ? コウヅキ先輩は戦いに来たんじゃないの?」
「三雲から聞いたのか? いや、おそらくは迅さんか。ならば自己紹介は不要かな。——これ以上の戦闘は益がないと判断した。少し話をしたい。応じてもらえるならば今日はもう僕も三輪隊も君を攻撃する事はないと約束しよう」
「おい、紅月!?」
「どうだろうか?」
生身の体に戻った相手に気を許したのか、空閑の方から話しかける。
相手の様子に話しあう余地があると判断したのか、ライは三輪の叫びに一瞥するにとどまり、交渉を始めた。
「——ふむ。嘘はついてないな」
じっとライを見つめる空閑。
やがてその言葉を真実だと判断すると、空閑は年相応ににんまりと笑う。
「いいよ。俺もそのつもりだったし。俺は空閑遊真。コウヅキ先輩、でいいんだよね?」
「……ああ。紅月隊隊長、紅月ライだ。話し合いに応じてくれてありがとう」
警戒心を悟られぬように、ライも自己紹介に応じて柔らかな表情を浮かべるのだった。