REGAIN COLORS   作:星月

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三雲修

 三雲が初めての烏丸との訓練に臨むにあたって、新たな師匠に頼んだ事はとても簡潔なものだった。

 

「特訓なんですが、いくつか試してみたいトリガーがあるんです。何度かトリガーを入れ替えつつ指導してもらってもよろしいでしょうか?」

 

 そんな事かと烏丸は肩の力を抜く。わざわざ訓練前に弟子自ら志願するのだから何かもっと大きな試みを考えているという想定もしていたので拍子抜けした。

 迅の話によると三雲はB級に上がったばかりだという。すなわちまだ訓練用トリガーから従来のトリガーになったばかり——あらゆるトリガーの使用解禁を許されたばかりという事だ。

 

「別に構わないが、ただ闇雲に試してもあまり意味はないぞ。どんなトリガーなのか試すならば良い。しかし人には向き不向きがあるからな。それを理解したうえでやろうというならば、お前のやりたいようにやってくれ」

「はい。ありがとうございます!」

 

 師匠の許可を得て三雲が満面の笑みを浮かべる。

 訓練生時代に一つしか使えなかったトリガーの制限が解除され、色々な武器を使えるようになったとなれば新しいものに挑戦したくなる気持ちも理解できた。

 ゆえに最初は彼の自由意思を尊重し、暴走しそうならばそこで止めれば良いだろう。

 そう考えて烏丸は簡単に許可を出したのだった。

 

 

————

 

 

『玉狛支部に転属か。良いんじゃないか? 親しい人がいるならば近くで手を貸すのが一番だろう。俺はきっと良い転機になると思うぞ』

『ありがとうございます。——村上先輩』

 

 昨日の夜の出来事。

 三雲が電話をかけていた相手は彼がレイガストの使い方を学んでいた村上であった。自身も似たような覚えがあるためか、夜遅くであるものの村上の声色は非常に優しい。

 内容はもちろん本部から玉狛支部へ所属が移った事を知らせる事の報告。そして環境が変わった事による対応法について尋ねる事だった。

 

『それで、玉狛支部に移った事でこれからどうしていくべきかと思いまして。本部に行く機会が減ったとなれば当然個人ランク戦への参加や観戦は難しくなりますし、一人で練習していくには限界があると思ってしまって』

『……確かにな。転属したばかりで本部につきっきりになるのはイメージも悪いだろう。しばらくは支部の環境になれることから始めるべきだ』

『はい』

 

 村上の意見に三雲も肯定の意を示す。彼の悩みとは新たな環境で強くなるためにはどうするべきかという事だった。

 玉狛支部をはじめとした本部とは系統が異なる支部では当然の事ならがランク戦は行われない。個人ランク戦や部隊ランク戦を行う、あるいは観戦するためにはボーダー本部を訪れる必要があった。部隊ランク戦の観戦だけならば解説・実況も行われるためその限りではないのだが、個人戦は違う。

 三雲もこれまで何度か個人戦を見学し、先輩隊員たちの戦いを見て、感じて技術を学ぶ事もあったためにこの変化は一番大きいものとも言えた。

 

『俺としては、玉狛内でも新たな師匠を見つけることが一番だと思う。お前くらいの年齢の場合は同級生も少ないしな』

『えっ? 新たな師匠を?』

『ああ。玉狛支部は強い隊員が集まっているから都合が良いだろう』

 

 迷う彼に村上は玉狛支部に移った事で生じたメリットを生かすべきだろうとアドバイスを送る。

 彼や宇佐美が語るように玉狛支部は精鋭揃いだ。

 支部長の林藤が歴戦の猛者である上に完璧万能手の木崎、エース攻撃手の小南、実力派万能手の烏丸、経験豊富な宇佐美、そして暗躍する達人者の迅。

 最強の部隊とも噂される玉狛支部はボーダーの中でも精鋭中の精鋭が集っていた。だからこそそこで直接教えを受けるのが一番だろう。村上はもっともな指摘を送るが、三雲は二つ返事で頷く事はできなかった。

 

『ですが僕はすでに村上先輩から教えを受けています。それなのに他の人から指導されて良いんでしょうか?』

 

 教えを乞う相手が何人もいれば、結局どの教えも中途半端にしか身にできないのではないか。一人の人に集中してついていくのが人間関係を構築していくうえでも良いのではないかというのが三雲の意見だった

 ゆえに三雲は自身の悩みをそのまま打ち明けたのだが、村上はこともなげに彼の苦悩を一刀両断する。

 

『気にする必要はない。俺の知り合いも『は? 新たな師匠? おい、今度はどこの女の子や! 俺とは遊びだったんやな! ——ん? 男? ほーん。ならええんちゃう? 色んな人の下で学ぶ事で得られる事も多いやろ』って言われていたからな』

『そ、そうなんですか……?』

 

 声の調子まで変えて当事者になりきる師匠の話に三雲の頬がひくついた。

 『それはただ師匠の人が興味を失っただけでは?』と思ったものの話が逸れてしまいそうなので口には出さない。しかしそこまで言わせるとはその村上の知り合いという人物はよほど異性関係が緩いのだろうか。できれば近寄らないようにしよう、三雲は硬く決意する。

 

『だから深く悩む必要はない。すべてを学ぶ必要はないんだ。俺の友がよく言っている事だが、『一つでも新たに吸収し、活かせる事があるならば挑戦してみるべき。まずはやってみてからだ』。きっとお前も新たな挑戦で得られるものがあると思う』

『——はい!』

 

 最後に村上は挑戦し続ける友の言葉を借りて三雲の背中を後押しした。

 師匠からの強い勧めは彼にとっては大きな心の拠り所となる。

 こうして三雲も新たな師匠から指導を受けるにあたり、大きな進歩を遂げようとしていた。

 

 

————

 

 

 玉狛支部トレーニングルーム、001号室。

 訓練用にトリガーで作られた空間は背景や障害物も何もない殺風景な部屋だ。ここで三雲と烏丸はまずは三雲がどれだけの実力を持っているのかを図るべく本気で戦闘を行っていた。

 三雲の要望通り、彼がトリガーを変更してから行われた一戦は、やはり烏丸優位の中で戦闘が繰り広げられていく。

 

「くっ!」

「どうした。守ってばかりでは勝てないぞ?」

 

 上段から振り下ろされた弧月をレイガストで受けるのが精一杯の三雲を煽るように烏丸が語りかけた。

 続けざまに振り上げた刀を、三雲は必死に食らいつきレイガストの盾を軌道上においてしのぐ。盾に罅がはいるが、まだ割られてはいない。とはいえトリオン量で劣る三雲では確かに烏丸の言う通りこのまま削られておしまいだろう。

 ただ受けに回っていてはジリ貧だ。あの日、学校で近界民に押し切られた時のように。

 

「わかって、います!」 

 

 それくらいは三雲自身も理解している。レイガストの特徴、自身の力量は他の師匠に嫌と言うほど指摘されてきた事だった。

 

「スラスター、オン!」

 

 だが今は彼にも他の武器がある。

 レイガストにのみ使用できるオプショントリガー・スラスター。今ならば三雲も使用できるこの武器を使い、レイガストを盾のまま大降りに振るった。加速が重なった衝撃はすさまじく、実力で優る烏丸を勢いよく弾き飛ばす。

 

「おっ」

炸裂弾(メテオラ)!」

 

 相手が後方に吹き飛ばされた瞬間、新たにサブトリガーへ入れ替えた炸裂弾(メテオラ)を起動。瞬時にトリオンキューブを生成すると、分割した弾が烏丸の頭や手足と幅広く襲い掛かかった。

 

(狙いを定めさせない手か。悪くない)

 

 シールドを広く展開せざるを得ない攻撃だ。射手がよく使うテクニックに烏丸も素直に称賛する。

 弾は烏丸が起動したシールドや地面に激突し、爆風が部屋中に立ち込めた。

 瞬く間に視野を奪う煙が広がる中、三雲が爆風を突っ切りレイガストを前面に構えて突撃する。

 

「ちっ」

 

 これを烏丸は弧月で受け止めた。

 追撃の一手を封じたが、ここで三雲は攻め手を緩めない。鍔迫り合いになるやスラスターを再び起動。盾を横に薙ぎ、烏丸を吹き飛ばした。

 体勢が崩される烏丸だが何とか両足で踏ん張り最低限に抑えて追撃に備える。

 するとレイガストを盾から剣モードへと切り替える三雲の姿が目に映った。

 トドメの斬撃を警戒して烏丸が身構えする。

 そんな彼に、真横から爆撃が容赦なく襲い掛かった。

 

「……なにっ?」

「取っ、た」

 

 烏丸のトリオン体にヒビが伝わる。

 瞬く間に彼の体が崩壊し、この一戦は終了した。

 特別な事ではない。腕のある射手ならばよく使われる技術・置き弾だ。それを三雲は最初の炸裂弾の際に全てを発射せず一部だけはそのまま残しておき、烏丸の意識が完全に逸れたタイミングで死角から解き放った。

 訓練生時代に何度も目にし、知識を学びながらも使う事が許されなかった技である。

 それがようやく自分のものとなり、三雲の力となっていた。

 

 

————

 

 

「……正直に言って驚いたな。一本取られるとは思っていなかったぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 十本勝負を終え、部屋を出た烏丸は三雲と共に水分補給を取りつつ声をかけた。

 三雲が烏丸を相手に取れた勝利はあの一本のみ。あの戦い以降は烏丸も三雲の実力を図るという意識ではなく、本気で相手するという意識で臨み、9本の勝利をつかみ取った。

 それ以後は三雲が一度も勝てなかったとはいえ、本気を引き出したのだから出来過ぎの成果と言えるだろう。烏丸の言葉に過剰な賛辞は含まれてなく、心からの本音だった。三雲もそれを感じ取ったためか彼の返答は明るいものである。

 

「たしか、村上先輩にレイガストを学んだと言っていたな?」

「ええ。体をなじませる事を優先に、レイガストの使い方や戦い方を。特に僕の場合はトリオンが限られているので、将来正規のトリガーを使えるようになった時に自由に動けるように指導してもらいました」

「なるほどな」

 

 三雲の説明で烏丸は合点がいったのか軽く息を吐いた。

 確かに村上の指導ならばここまで動きが慣れているのも納得できるし、B級になって本領を発揮できたというのもうなずける。

 理由としては村上の話通りトリオン量とトリガーの制限だ。

 生まれつきトリオン量が少ない三雲は同じ武器を使うにしても出力が少なく、身体能力でも劣る彼は武器本来の性能を引き出せない。さらにスラスターなどのオプショントリガーも使えないため敵の意表を突いたり反撃の機会をうかがう事は難しかった。

 

(自由な身になった事でようやく村上先輩の教えが活きてきたという事か)

 

 しかしB級に昇格し、その問題が解決した事で話は一変する。

 スラスターを使えば相手の態勢を崩したり意表を突くこともできるし、メテオラなどの他のトリガーを使う事で多角的な攻撃が可能となった事で相手の裏をかくこともできるようになった。

 特に村上の動きをスラスターによって模倣できるようになったことは非常に大きい。現に烏丸の動きを封じる事につながっていた。

 

「……射手トリガーについても村上先輩から学んでいたのか? 鈴鳴支部には射手はいなかったと思うが」

 

 気になる点があるとするならば、三雲が射手トリガーにも着手していたと感じられた点である。

 村上の本職は攻撃手だ。中距離戦も人に教えるとは思えないが、彼のチームメイトの中にも射手はいなかった。そのため村上やその周囲の人間が三雲に教えたとは考えにくい。

 

「あ、いえそれはその——」

 

 答えにくかったのか、三雲は後頭部をかきながら言葉を濁した。

 烏丸に『答えたくないならば答えなくても良い』と諭され、ようやく先の言葉を紡ぐ。

 

「そちらに関しては独学というか、直接習った師匠はいません。ただ——」

「ただ?」

「——村上先輩から『よく見ておくと良い』と言われて、紅月先輩のランク戦のログを見て独自に研究はしていました。さすがにあんなに上手くは動けませんけど、スラスターなども使って上手く工夫すればと見様見真似にやってみたんです」

 

 烏丸の目が見開かれた。

 ——紅月。

 烏丸がまだ太刀川隊に在籍した時、何度も最強と呼ばれた隊長と斬り結ぶ姿を目撃したが、その相手が彼だ。しかも出水とも射手対決をするなど攻撃手以外にも様々な面を持っていたともいわれる多芸に秀でた先輩隊員である。

 

「そういう事か」

「えっ?」

「お前が良く動けていた理由が分かっただけだ」

 

 首を傾げる弟子にそう言って烏丸は話を終えた。

 トリオン体の動きは村上の指導の下、感覚が身についていたおかげで向上したのだろう。さらにもう一人、実際のお手本を目にした事で自分が戦い、トリガーを操るイメージが出来ていた。

 三雲は簡単に言っていたが、決して楽な事ではない。

 

(村上先輩や紅月先輩の思惑は知らないが、こいつは里見先輩と同じ強さを身に着けようとしているのかもしれない)

 

 彼の言葉通りならば、三雲は現銃手最強と似た道を辿ろうとしているのだから。

 ライの戦法(スタイル)を村上の技術(テクニック)で模倣する。

 自分の力のなさを良く理解したうえで、最大限の工夫をしていた。ライは相手の裏をかくために様々な戦法を身に着け、ものにしていたがそれを追うように三雲も上達している。

 もちろんまだまだ粗削りな面はあるし見本と比べれば戦いの幅が狭く鋭さで劣る。何よりも迫力に欠けていた。トリオン量の問題もあって本家と比べれば見劣りするだろう。

 しかし可能性は見いだせた。基礎が磨き上げられているならば伸びる余地は十分ある。

 烏丸は始まる前とは比べ物にならないほどの期待を三雲に寄せるのだった。

 そんな彼らの下に空閑や小南が姿を現し、さらなる衝撃を与えるのはこの数分後の事である。

 

 

————

 

 

『城戸司令。遠征部隊より通信が入っております』

「ああ。続けてくれ」

『はい。『遠征部隊は無事にメノエイデスを出立。およそ68時間後に本部基地に到着予定』とのことです』

「そうか。ご苦労」

 

 その頃、ボーダー本部会議室。

 予定通りの報告を耳にすると城戸は労をねぎらい、通信を切った。

 部屋の中には今城戸が一人だ。

書類に目を通していた最中の報告に、城戸は誰に言うともなくつぶやいた。

 

「あと三日か……」

 

 遠征部隊であるボーダーのトップ部隊が帰還するまで、作戦が開始するまであと三日。彼らが帰り次第作戦を練り、実行に移す事となる。

 近界民との衝突は避けられないだろう。黒トリガーとの争いとなれば激戦は必至だが、トップ部隊に三輪隊も加われば勝機は十分すぎるほどだ。

 作戦会議の内容次第だが、開戦の時はそう遠くない。城戸は短い言葉の中に様々な感情を籠め、再びペンを動かすのだった。

 

「——失礼します」

「……ああ。面会予約はもらっている。入り給え」

 

 そんな中、三度扉がノックされ入室の許可を求める声が扉越しに響く。

 落ち着いた声の主を理解し、城戸は静かに入室を促したのだった。

 ほどなくして一人の隊員が城戸と面会し、ある内容を進言する。

 

 

 まだ、結果(未来)は決まっていなかった




「イコさん。最近新入隊員の間で僕が女遊びをしていると噂が出ているそうなんですが、心当たりありますか?」
「はっ? 自分、師匠の事を疑っとるのか? あるわけないやろ」←元凶
「……そうですか」
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