REGAIN COLORS   作:星月

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事情説明

「ライ君。紅月ライ君ね?」

「はい。苗字が『紅』に『月』で紅月。名前のライはカタカナです」

「珍しい名前ね。ひょっとして……」

「ええ。ハーフです」

「なるほど。そうだったのね」

 

 銀髪碧眼というライの容姿を見て、月見は納得したようにうなずいた。どこか日本人とも欧米人とも取れる顔立ちもハーフという事なら納得だ。

 

「ではお父さんかお母さんのどちらかがアメリカやイギリス方面の出身でもう片方が日本人という事かしら?」

「——はい。母が日本人です」

 

 表情一つ変えず、笑顔のままライは受け答えを続けた。

 だが内心彼の心境は穏やかではない。今の質問一つで重要な事実が明らかになったのだから。

 

(ここは、未来とか過去とかそういう次元じゃない。別の世界なのか)

 

 何故ならかつてライがいた世界にはイギリスという国もアメリカという国も存在しない。地域の名前として存在はしているが、国家としての存在はなかった。

 ならば考えられることは一つ。

 ここは自分が知る世界とは異なる世界であるという事だ。

 

(ルルーシュ。これも、君のギアスの影響かな?)

 

 思い当たる事がないわけではない。

 それは彼の友、ルルーシュという少年が世界にかけた願いだ。あれはライの耳にも届いていた。

 『時間の流れを止めるな』、『明日が欲しい』。そう彼は願った。人々にも変わりゆく明日を与えようと。

 しかしライは眠りにつく際もう起きないように、皆を傷つけないようにと考え、世界に存在するべきではないと思い至った。そんな彼が明日を望み続けるならば、別の世界に行くしかない。そう無意識集合体が結論を出したのかもしれない。

 ありえない、と答えを出すのは簡単だがギアスという概念が存在する以上は否定しきれない。むしろそう考えて受け入れた方が理解もできた。

 

(もしも本当にその通りならば、僕もそれを望むよ)

 

 ならばとライもかつての親友の願いを受け入れることにした。

 これ以上大切な人を傷つけない新しい世界での生活というならば、その親友の想いを無碍にしたくはなかったから。

 

「どうかした?」

「いえ。なんでもありません」

 

 突然小さな笑みを浮かべたライを不審に思ったのだろう。月見の問いかけにライはすぐに首を振った。

 

「なら話を続けるわね。先ほども言ったようにあなたは警戒区域、ボーダー隊員以外は立ち入り禁止とされている所で発見されたの。あなたが気を失う前後の事を覚えているなら何か覚えている事を話してほしいわ」

 

 相手の様子が問題ないと考え、月見は話を続ける。

 話題は勿論三輪隊が彼を発見した時の話だ。(ゲート)が発生したものの近界民(ネイバー)が現れなかった事は今まで一度もなかった。そこに一人だけ民間人がいたとなれば気になるのも無理はない。

 何でもいいから話してほしい、そう尋ねたのだが。

 

「——すみません。何も覚えていないんです」

「何も?」

「はい。正直な話、気が付いたらこのベッドで目を覚ました状態でして」

 

 当然のことながらライから期待される答えが返ってくる事がない。

 そもそも月見が想定している事とライの経歴が全く異なるのだから当然だ。ライもあまり深く語って怪しまれる事を恐れ、具体的な話を打ち明ける事は出来なかった。

 

「そう。それなら最後に覚えている事を、何でもいいから教えてくれないかしら」

 

 これ以上近界民(ネイバー)の話を尋ねても意味はない。ならば最低限話の流れだけはつかんでおこうと月見は話を続ける。

 

「入りまーす」

「失礼します」

 

 呼応してライが応えようとした瞬間、医務室の扉が開かれた。

 二人の男性、米屋と三輪が並んで部屋の中へ入り、月見の傍まで歩み寄る。

 

「あら。三輪くん、陽介くん。来たのね。——紹介するわ。私の隊の隊員で、あなたを発見した人たちよ」

「三輪だ」

「米屋陽介、よろしく」

 

 月見に促された三輪が短く名乗り、米屋が気さくに右手を伸ばした。

 

「そうでしたか。紅月ライと言います。助けていただいたようで、本当にありがとうございました」

「いいって。俺達の仕事だからさ」

 

 ライも自己紹介に応じ、右手で握手を交わす。丁寧な受け答えに米屋が笑顔で語り掛けた。

 

《蓮さん、どんな感じでした?》

《本当に記憶が曖昧みたいね。(ゲート)発生前後の事は何も覚えてないみたい。しかもボーダーの事も知らない様子なの》 

《あー。やっぱり》

《やっぱり?》

《いや、こっちの話です。とりあえず鬼怒田さんから話を聞いてきたんでこっから話代わりますね》

《わかったわ》

 

 同時に、米屋はライに聞かれない様内部通信で月見と情報を共有する。彼が何も覚えていない、知らないという事を聞き予想は当たってしまったのかと心の中で嘆いた。

 ならばここから先は自分たちが受け答えをした方が良いだろうと米屋は月見と交代し、新たに椅子を持ってきて三輪と共にベッドの隣に腰かけた。

 

「さて。じゃあどっから話そうか」

「単刀直入に問う。お前は向こうの世界の事を覚えているか?」

「おいおい、秀次!?」

 

 どう話を切り出そうか悩む米屋をよそに、三輪が話の本題に切り込んでいく。早すぎるだろうと米屋は声を荒げるが、三輪は見向きもしない。ライをじっと見つめて返事を待った。

 

「……向こうの世界、というのは?」

 

 下手な答えは出来ないだろうとライは慎重に言葉を選ぶ。

 

「説明が足りなかったな。こちらの調査で、お前がこの地球とは異なる星、近界(ネイバーフッド)と呼ばれる星から来たのではないかという可能性が高いと言われている。地球で拉致されて他の星まで連れ去られ——そして人体実験を施されたのではないかと」

「ッ」

 

 三輪は鬼怒田から伝えられた事を隠すことなく話した。これには米屋が思わず頭を抱える。このような事はいきなり話す事ではないだろうと。真偽がどうであれいきなり聞いても混乱するリスクが高いのだから。

 

(——そういう事か) 

 

 だが、三輪の話を聞いてもライは動揺しなかった。むしろ彼の話を聞いてようやくこの世界そしてボーダーという組織を理解し、情報の整理を行う。

 

(界境とは文字通り世界の境。星と星を隔てた防衛組織というわけだ)

 

 先ほど月見はボーダーを『界境防衛組織』と語っていた。

 三輪が『他の星』という発言から、少なくともこの世界では地球とは別の惑星が存在し、何らかの形で人の行き来があるという事になる。そして自分がその方法で拉致されたという疑いをもたれている。検査により自分の人体実験の形跡も確認され、現在はその方針で口頭確認を行っていると。

 

(この様子なら話を合わせた方がよさそうだ)

 

 偶然ながら真実と些細な違いはない。異なるのは世界か星かという事だけだ。ライは自分の世界を別の星に例えれば話は通じるはず。

 本当の事を話しても自分でさえ理屈を完全に把握しているわけではない事を言葉にしても通用しないだろう。

 

「全て、とはいかないのですが。朧気にでよければ、覚えている事があります」

 

 ならば自身にあった出来事をこちらの世界に当てはめて話そうと決断し、ライはゆっくりと口を開いた。

 

「何っ!?」

「マジか!」

 

 予想外の返答だったのだろう。ライの答えに三輪と米屋が身を乗り出すほどの反応を示した。

 

「覚えていると言っても本当に断片的なものです。薄暗い研究所のような施設で何度か起きたような記憶が」

「……」

 

 続けられた説明に三輪は絶句し、米屋も表情を暗くする。

 

(信じられねえが、ガチなやつじゃねーか)

 

 鬼怒田の説明と同じだ。本人の証言、そして検査結果が重なった。目の前の少年が近界民(ネイバー)に拉致されたものだと考えるのが妥当だ。

 これはやはり緊急会議を開くべきだろう。米屋は珍しく考え込むように両腕を組む。一度聞き込みはここまでにして少し休んでもらった方が良いのかもしれない。そんな考えもよぎったのだが。

 一方、同じように聞き込みをしていた三輪は彼の話を聞いた直後から表情が固まっていた。両腕が震え、じっと話し相手であるライを見つめている。

 

「おい、秀次?」

 

 様子がおかしい事を悟り、米屋が三輪に声をかけた。

 するとその直後、突然三輪がライの胸ぐらをつかみ、身体を持ち上げる。

 

「うっ!」

「三輪くん?」

「秀次!」

 

 突然の暴挙にライの表情が苦痛にゆがんだ。月見が、遅れて米屋も止めるように名前を呼ぶが三輪は振り返る事すらなくライに言葉をぶつける。

 

「何か、覚えていないのか。お前を攫ったやつらに」

「ちょっ、っと!」

「何でもいい! 相手の顔でなくても何か名前、国、星。何か一つでも知っているのなら教えろ!」

 

 そこには先ほどまでの余裕はなかった。顔には憎悪が浮かびあがり、目の前の相手に対する配慮など一切存在しない。何でもいいから唯々話せと命じる。

 

「お前を攫った奴らは、二年前にこちらの世界を攻め、多くの住民を殺しまわった奴らだ!」

 

 三輪はライが話す敵が、かつて三門市を襲撃し多くの人々を——三輪の大切な肉親を殺害した相手だと考えたから。

 大切な人の仇に通じる情報源を前に、冷静さを保ち続けることは出来なかった。さらに拳に力を篭めて——

 

「秀次、ストップだ」

 

 その手は米屋に制せられた。同僚の説得でようやく思考がクリアになり、三輪は両手を解放して頭を下げる。

 

「ッ。……すまない」

「ケホッケホッ! い、いいえ。大丈夫です」

「悪いな。いつもはこんな奴じゃねえんだ。許してやってくれ」

「ごめんなさいね」

「は、はい」

 

 息を整え、ライは今一度三輪を見た。自分と同じあるいは少し若いくらいに見える少年。それでも一部隊を率いる隊長を務めている。立派だが、若さゆえに感情に流される時もあるのだろう。特に今のような怒りや憎しみに対しては。

 

(この人も、おそらくその二年前の攻撃で大切な人を失ってしまったんだろうな)

 

 具体的な話はなかった。だが今のやり取りだけで三輪も同じような経験があったという事は容易に想像できる。だからライも余計な詮索は避ける事とした。

 

「とりあえず話を戻そうか。まあ詳しい話は覚えてないようだし、これ以上俺らの方から向こうの話はしないでおくぜ」

「わかりました」

「ああ。ただ俺ら以外からも話を聞かれる時があるかもしれない。その時は面倒かもしれないけどよろしく頼む」

「もちろんです。何か協力できる事があるならば」

「ありがとな。あとは……そうだな。とりあえず連絡先教えてもらえるか? 家族の名前とか憶えていたらこっちで確認取るぜ」

 

 改めて米屋はライとこれからの方針について話を再開する。といっても彼の記憶も曖昧という事もあったので今後も様々な話を聞くかもしれないという承諾を取るにとどまった。

 加えて拉致されたという事情もあるので、誰か身内の者に連絡が取れないかと尋ねる。

 

「それは、無理です」

「えっ?」

 

 そして自分の質問が軽率であったと米屋は後悔した。

 

「家族はいません。母と妹がいましたが——僕の目の前で、殺されてしまった所を目にしました」

「————」

「その後から記憶が曖昧なんですけど。それだけは、覚えています」

 

 思わず米屋は頭を抱える。こんなにも平然と踏み込んでいい話ではなかった。彼だけではない。三輪や月見も申し訳なさそうに眉を寄せた。

 

(俺は馬鹿かよ。秀次みたいに大規模侵攻の被害者と考えればそれくらい想像できただろうに)

 

 甘かったではすまされない。今から二年前に起きた近界(ネイバーフッド)からの大規模侵攻で、この世界は1000人を優に超す死亡者を出した。自然災害による犠牲者よりもはるかに大きい数字だ。人命だけではない。戦火により戸籍なども失われた為正確な犠牲者の確認も難しい程の被害を受けた。

 そんな中で拉致被害者が出たとなれば、その家族とて巻き込まれた可能性は高い。少し考えればわかるはずなのに。

 もっと慎重に調べてから聞くべきだったと米屋は自分の判断を責めた。

 

「すまん。本当にすまん。配慮が足りなかった。この通り」

「いえいえ。気にしないでください」

 

 何度も頭を下げる米屋。ライがかえって申し訳なさそうに受け答えする事で何とか状況の悪化は防がれる。

 

(僕のは正直自業自得だからな。こんなにも謝られてはかえって申し訳ない)

 

 ライの実情は彼の想像とは異なるのだから。

 もう一度「大丈夫です」と声をかけてこの話は一先ずの終わりを迎えた。

 

「長く話し込んでしまったわね。そろそろ切り上げるとしましょう」

「そっすね。じゃあ疲れているだろうし、もう少しここで休んでいてくれ。これから上の人たちと会議があるから、それで何か決まったらすぐに連絡する」

「先ほどは悪かった。もし何かあれば誰でも隊員を呼んでくれ。部屋を出れば誰かしらいるはずだ」

「はい」

「ただ、この建物からは出ないで欲しい。まだお前の救助についてはボーダー全体に伝わっているわけではない」

「会議が決まるまで、ってことですね」

「……そういう事だ。理解が早くて助かる」

 

 『了解しました』とライが頷いたのを確認して三人は医務室を後にする。

 作戦室に戻る最中、歩きながら三人はライという人物について語り始めた。

 

「どう思いました?」

「私には真面目そうな子に見えたわね。それに優しい性格」

「少なくとも、近界民(ネイバー)のスパイという可能性はなさそうだ」

 

 最初は警戒心もあったが、彼の気配りや雰囲気から害を及ぼすような存在ではないという印象を皆抱いている。

 

「そうね。日本人というのも間違いないと確認できたし、このまま拉致被害者と考えて大丈夫だと思うわ」

「確認できたってなんでっすか?」

「発音よ」

 

 米屋の繰り返しの質問に月見は唇を指さして解説する。

 

「簡単に言うとネイティブかどうかって事ね。発音は自然と習得するか後天的に習得するかでどうしてもわかってしまうもの。よく聞けば聞き分けは可能なのよ」

「さっすが」

 

 口笛を鳴らし、月見を讃えた。そこまで考えて問答はしていない。やはり経験の差はすごいと改めてオペレーターの能力を評価した。

 

「どちらにせよ俺達は知りえた事を報告するだけだ。決定は上層部が行う事だ」

 

 だが最後の決断を下すのは彼らではない。三輪は静かにそう告げて作戦室へと戻っていった。

 

 

————

 

 

 ボーダー本部の会議室。今ここに上層部と呼ばれる権力者が集結していた。

 

「いやはや参りましたよ。まさか突然拉致被害者が帰還するなんて。救出に成功という事ならば大々的に報道できるのに」

 

 真っ先に口を開いたのは根付。ライの出現を複雑な思いで述べている。

 メディア対策室長 根付栄蔵

 多くの報道陣に対応する立場にある為、何か広告塔になれるならばという思いはあるのだが。

 

「ですが今回は外部に漏らすわけにはいかないでしょうね。メディアに出すとなれば一から説明しなければならなくなる。しかも一人出たとなれば他の人々も、となるのが当然の発想です。そうなると現段階ではリスクが大きすぎるでしょう」

 

 根付の心中を察して同調したのは唐沢だ。

 外務・営業部長 唐沢克己

 客観的に見て彼の存在を公にするのはデメリットを生じさせかねない。少なくとも今存在を外部に晒すべきではないと忠告した。

 

「当然だ。加えて報告した通りあの男は良い話題ばかりではない。もしそちらまでメディアがかぎつけたら大問題に発展しかねんぞ」

「その通りですねえ」

 

 検査した鬼怒田も反対意見を呈する。なにせライの話題は人権問題にまでつながりかねない。ボーダーが行ったわけではないものの、同様の技術を持っている以上、マスコミがいちゃもんをつけて騒ぎ立てる可能性も捨てきれないのだ。少しでも秘密性を保持する為にも報道させるべきではないとの意見は根付も同意であった。

 

「加えて彼は家族も失っているのだろう? ならば我々が考えている以上に心的なダメージを抱えていると考えるべきだ。しかも三輪隊長達と年齢もそう変わらないと聞く。易々と彼が傷ついてしまいかねない場面に放り出すわけにはいくまい!」

 

 一方、本部長である忍田は人道的観点から強い口調でそう断じる。

 本部長・防衛部隊指揮官 忍田真史

 本人が負った傷だけではなく家族を失った事、年齢も考慮しての意見。平和を第一とする彼らしい言葉だった。

 

「私も同意見ですね。特に隊員を急激に増やしたい場面でもない。わざわざ報道陣に話題の種を与えなくてもよいでしょう」

 

 忍田の同期である林藤もこの流れに追従する。

 玉狛支部・支部長 林藤匠

 今は事を急ぐ時ではない。世間を騒がせても特にメリットもないという意見は最もだった。

 

「それらの点も含め、まずは報告を聞いてから決断するべきだろう。事は急ぐべきではない。まだ彼が本当に近界民(ネイバー)の者たちと無関係というわけではないからな」

 

 其々の意見を聞き、最高権力者たる城戸がゆっくりと口を開く。

 本部司令・最高司令官 城戸正宗

 重々しい言葉の端々には説得力と有無を言わさぬ重みが感じられた。

 まだライという存在がボーダー組織に害を及ぼさないという確信はない。報告を待つべきだと集結した面々を諭した。

 

「失礼します」

「入りたまえ」

 

 直後、扉がノックされる。城戸の許可を得て三輪と米屋の二人が揃って入室した。

 

「——さて、話を聞こうか」

 

 城戸の鋭い視線が二人に向けられる。

 ライのこれから先、彼の命運が決まろうとしていた。

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