『門発生、門発生』
近界民の襲来の元である門の発生を告げる警報がボーダー本部基地中に鳴り響く。
だが、その音を耳にしても防衛隊員は任務に就いている者も非番の者も含め、誰一人現場に駆け付けようとはしなかった。
それもそのはず。
この門はボーダー本部内に発生し、ボーダー隊員の帰還を告げるものなのだから。
『遠征艇が着艇します。付近の隊員は注意してください』
「ようやく来ましたな。待ちくたびれましたぞ」
やがて門からゆっくりと巨大な遠征艇が現れ、専用格納庫へと降り立った。
地を揺らし、重厚な音が空間中に響き渡る。
待ちに待った
ただ一人、トップである城戸を除いて。
彼だけはいつもの毅然とした態度を崩すことなく、戻っていた遠征艇をじっと見つめるのだった。
『……来たか』
同じころ。
ボーダー本部の作戦室の一角で、そして警戒区域内のあるビルの屋上で、ライと迅が全く同じ言葉をつぶやく。
「太刀川さんたちが戻って来たという事は」
「ここから忙しくなりそうだ」
二人ともこれから起こるであろう戦いを見据えていた。
もちろん、まだその戦いが発生すると確定していたわけではない。太刀川や風間と言った帰還したばかりのメンバーの動向次第だろう。
とはいえ両者共に間違いなく争いは起こり、その時は決して遠くはないのだろうと悟っていた。
————
「長旅ご苦労だった。皆無事の帰還を果たせて何よりだ、ボーダー最精鋭部隊よ」
ボーダー本部会議室。
風間から遠征の成果である新たなトリガーを受け取り、城戸は部隊を代表して集まった3名、太刀川・風間・当真の三名にねぎらいの声をかけた。(冬島隊隊長である冬島は訳あって出れなかったために当真が代理で出席)
「——さて。お前たちには帰還早々で申し訳ないが、新たな任務を言い渡す。現在玉狛支部にある黒トリガーの確保だ」
「黒トリガー……!」
「玉狛? どういう事です、城戸司令? 迅が何かやらかしたんですか?」
さらに城戸は悩みの種であった黒トリガーの騒動をいち早く解決すべく、すぐに三人に命令を下す。
突然の指令だが、三人とも特に嫌な顔は浮かべていなかった。
しかし黒トリガー、しかも玉狛というキーワードに風間は衝撃を覚え、太刀川は真意を理解できずに問いを返す。
「三輪隊、説明を」
「はい。では私から」
城戸が先に召集していた三輪と奈良坂へ視線を向けると、奈良坂が立ち上がり話を引き継いだ。
「事の発端は12月14日の午前。追跡調査により近界民を発見し、交戦にて黒トリガーの発動を確認しました。その能力を我々や紅月隊長は『相手の攻撃を学習し、自分のものにする』と分析しています」
「……こちらのトリガーを!」
「ん? 奈良坂、今お前紅月隊長って言ったか? あいつも戦闘に参加していたのか?」
「いえ。当時の彼は迅隊員の警戒に当たっており、その後例の『紅月旋空』にて三輪・米屋両名の救出にあたったものの、そこで矛を収めています」
「ふーん……」
顎に手を当てながら、太刀川は思索にふける。
何か気になった事があるのだろうか黙り込んだ。彼の考えは読めないが、何か考えが思いつけばまた口を開くだろう。奈良坂は説明を再開する。
「その後、玉狛支部の迅隊員が介入。彼が近界民と面識があったために停戦となりましたが、その近界民は玉狛支部を訪れると、迅隊員の手引きでそのまま玉狛支部へ入隊した模様。そして現在に至ります」
「はあ!? ボーダーに入隊した!? そんなのありか!」
「玉狛ならばありえない話ではない。すでに前例があるからな」
奈良坂の言葉に当真が『信じられない』と言葉を荒げた。
とはいえ玉狛に所属する技術者は近界民であり、過去に同じことがあった以上は不思議な話ではない。当真を諭す風間の声は非常に冷静なものだった。
「それよりも問題なのは、その近界民が黒トリガー持ちであるという事だ。その近界民と迅の風刃。二つの黒トリガーが玉狛にあるとなれば、ボーダー内のパワーバランスは崩壊する」
「その通りだ」
問題なのはこれにより玉狛に二つの黒トリガーが存在するという事。
黒トリガーは容易に戦況をひっくり返す事が出来る強力な武器だ。それが二つとなれば、ボーダー内の均衡が釣り合わなくなる。
それだけは何とかしなければならなかった。
風間の言葉に城戸がゆっくりと頷く。
「それを見過ごすわけにはいかない。お前たちは三輪隊と共に何としても黒トリガーを確保してもらう」
顔に走る傷跡を指でなぞり、最終的な命令を下した。
「マジかー。これ玉狛の連中も黙ってないだろうし、内部抗争になるんじゃねーの?」
この後に起こりうる戦いを察し、当真が呑気な声で悪態をつく。
「……当真」
「ヘイヘイ。仕事とあればちゃんとやるよ。——ただ、『三輪隊と共に』って紅月は? あいつは任務に参加しねえの?」
風間に鋭い視線を向けられた当真はわざとらしく大きなため息を溢し、そして同年代の少年を思い返してそう口にした。
先の報告でライの名前が上がったのだから何らかの任務についていたはずだ。それにも関わらず黒トリガー回収の命令には名前が挙がっていないとはどういう事なのか。
「彼はお前たちが戻ってくるまでのつなぎだ。三輪隊のみでは制限があると考えたが、お前たちがいるならば問題はないと任務から外れてもらった。——まさか彼抜きでは黒トリガーを相手取るには力不足という事はあるまい?」
「もちろんです。城戸司令」
城戸司令の説明に風間は静かにうなずいた。
確かに三輪隊だけならば協力を要請するのも理解できるが、今は違う。遠征部隊に選ばれるという事は、そういう事なのだから。
「……黒トリガーの行動パターンとかはわかってるのか? まさか正面から殴り込むわけにはいかないだろ?」
しばらく静観を決め込んでいた太刀川が両手を頭の後ろに回して口を開く。
「はい。黒トリガーは朝7時頃に玉狛支部に到着。夜9時から11時の間に玉狛から自宅へと戻るようです。現在はうちの米屋・古寺の二人が監視しています」
「なるほど。——じゃあ、作戦決行は今夜としましょう」
疑問に奈良坂が答えると、太刀川はあっさりとそう言った。
「……ハッ!?」
「今夜!?」
あまりにも早急すぎる決断に周囲がどよめく。遠征部隊は先ほどこちらの世界に帰ってきたばかりであり、加えて黒トリガーが相手という中、まともな判断とは思えなかった。風間や当真は声には出していないものの太刀川の表情をじっとのぞき込み、鬼怒田や根付といった面々は難色を示す。
さらに彼らだけでなく三輪も同じ考えであった。ここまで口を挟まなかった彼もさすがに太刀川の判断の甘さを指摘しようと沈黙を破った。
「太刀川さん。いくらあんたでも相手を舐めない方が良い」
「舐める? なんでだ、三輪? 相手のトリガーは『学習する』のが能力なんだろ? なら今頃もさらに『学習』して強くなってる可能性がある。なら敵に『学習』の機会は与えるべきじゃない。だから紅月も下手な戦闘は避けたんじゃないのか?」
「……!」
『これ以上の戦闘は益がないと判断した』
ふとライの発言が脳裏によみがえる。
今思い返せば、あの時の三輪は冷静さを欠いていた。もしも自分がまだ動ける状態だったならば間違いなくライと共に黒トリガーに挑んでいたことだろう。
それが敵の強さになるとも考えずに。
「な? なら早めに終わらせようぜ。ずっと見張りしてる米屋や古寺に悪いしな」
三輪が納得したとみるや、太刀川はそう言って話を締めくくる。
「なるほど。なら俺も賛成で」
「確かに早期の解決が望ましいな」
さらに当真や風間までも賛成の意志を示したとなれば、これ以上反対の意見が出てくる事はなかった。
「——では、よろしいですか? 城戸司令?」
隊員たちの賛同は得た。最後に太刀川は城戸へ振り返り、最終的な承認を求める。
「良いだろう。指揮官はお前だ、太刀川」
「了解」
「ただし、くれぐれも注意してほしい。迅隊員が迎撃の準備をしているという噂も上がっているのでな」
問題はなかった。
城戸は太刀川の方針を容認し、最後に一つ注意を促す。考えられる限りの最大の脅威の可能性に、室内が再びざわめいた。
この場に迅の実力を把握していないものはいない。当然の反応だろう。
「……へえ」
——ただ一人、太刀川だけは城戸の言葉に満面の笑みを浮かべると、
「そいつは、俄然楽しみになってきた」
宿敵との戦いに胸を躍らせるのだった。
太刀川慶、迅悠一。かつて攻撃手最強を争った関係の二人。迅がS級隊員となった事で二人の戦いはしばらくの間行われなくなったのだが、それが思わぬ形で再現されようとしている。
戦闘狂とも呼ばれる太刀川がこの知らせに喜ばないわけがなかった。
「じゃあ夜まで作戦を立てるか」
「まずが襲撃地点の選定が先だろうな」
「なるほど。じゃあそのあたりは三輪隊から移動ルートを聞いて絞るとしようか」
「了解です」
こうして作戦会議は終了する。
後はじっくり作戦を立案し、夜まで備えるだけだ。
各隊員は部屋を退出すると太刀川や風間を中心に作戦計画を立て始める。
「問題はその黒トリガー使いの能力がどれくらい応用が利くかだな。ふむ。——なあ三輪」
「なんですか?」
太刀川は報告の資料に目を通し、そしてある項目を目にして三輪の名前を呼んだ。
「お前の鉛弾が滅茶苦茶威力あがって返されたって報告になっているけど?」
「……ええ。威力だけでなく連射性能が低い鉛弾の弾数までかなり増えていました」
「弾数が増えたってどれくらいだった?」
「外れた分も考慮すれば、20はくだらないかと」
「マジか」
三輪の発言に太刀川は目を丸くする。嫌な予感がしたのだろうか、珍しく冷や汗を浮かべると頬をかきながら恐る恐るつぶやいた。
「まさか、紅月の紅月旋空まで真似されて、同じくらい量が増えるって事はないよな?」
この太刀川の一言により、空気が凍り付いた。
「……えっ?」
「まさかそんなことが」
「どうなんだ? 黒トリガーとなると限界が予想もつかねえけど……」
風刃ほどの射程距離はないとしても、三輪の鉛弾並にあの必殺技を返されればさすがのトップチームといえどもただではすまない。
太刀川の脳裏には20人に増えたライが同時に旋空の連撃を解き放つ光景が浮かんでいた。カオスである。一体どれだけの悪事を働いたらそのような攻撃を受ける場面になるというのか。
「やっぱり早めに解決しないとやばそうだ」
答えは出ないが最悪の可能性を捨てきれなかった。
太刀川の言葉に皆が揃って頷く。むしろ事前に気づけて良かったと言えるだろう。もしも想定もせずに対峙し、そして本当に繰り出されれば苦戦は必至だったのだから。
————
「お、おおお!?」
「ちょっと! なによこの数値!? 壊れてるんじゃないの!? 黒トリガーレベルじゃん!」
同時刻、玉狛支部。
本部で襲撃の計画を立てられているとは想像もしていないため、穏やかな休憩時間を過ごしていた。
そんな中、雨取のトリオン量の測定結果が出るとその桁外れの数値に宇佐美や小南が目を丸くする。
「千佳ちゃんすごいよ! こんなの見た事ない!」
「一体この体のどこにこんなトリオンが……!?」
「えへへ……」
宇佐美が雨取の頭を撫で、小南が両の頬を引っ張った。
木崎の『トリオン量が切れるまで狙撃訓練に励め』という指示の中、彼の想像に反し、予想を超える時間がたってもなおトリオンが切れず、訓練を続けていた雨取。そのトリオン量は黒トリガーを除けばボーダー隊員の中でも最高の数値を誇っていた。
「雨取のトリオン能力はA級隊員をも凌ぐ。能力や性格も狙撃手向きと言えるだろう。このまま訓練を積めば、十分エースになれる素質がある」
「おおー! レイジさんのお墨付き!」
さらにトリオン量だけではないと木崎が補足する。
ひたすらに訓練を続けるだけの忍耐力、そして集中力は狙撃の機会を待つ狙撃手にとって求められる力だ。これからも訓練を続ける事で技術が身になれば正規隊員の中でも見劣りしないだろう。木崎はそう信じていた。
「となると、三人の中では千佳ちゃんが一番将来有望かな?」
「むっ。うちの遊真だって強いよ!」
宇佐美が雨取の明るい未来を思い描くと、小南が負けじと空閑をつかみ上げて反論する。
実力を認めあい、名前で呼び合うようになった二人の関係はとても良好なものだった。
「今でもB級上位と戦えるくらいの腕があるし、トリガーに慣れればすぐA級レベルになるんだから!」
「うむ。こなみ先輩よりも強くなります」
「いや、それはないから。勝つのはあたしだから。調子に乗るな」
目を輝かせて調子のよい発言をする弟子を軽く小突く小南。
慣れないトリガーの中、空閑は小南から10本勝負をして2~3本は安定して取れるようになるなど力を示していた。
「そっか。じゃあ遊真くんには先にトリガーの説明をしておこうか。本当はB級に上がってからなんだけど、その方が勝手がよさそうだし」
「よろしくお願いします」
負けず嫌いの小南が認めるならば昇格もそう遠い話ではない。宇佐美は早くも彼が様々なトリガーを使い込なす姿を想定し、計画を立てていくのだった。
「で? そっちはどうなのよ、とりまる。そのメガネは使い物になるの? 言っとくけど、
「うっ」
そして雨取、空閑と続けば当然次の矛先は三雲へと向けられる。
小南の鋭い視線が三雲を射抜いた。
容赦のない発言に三雲の頬を冷や汗が伝う。
「少なくとも、次の部隊ランク戦までに形にはなると思いますよ。基礎や知識が固まっている分、そっちの二人よりも戦闘以外にも時間をさけそうなので」
「あら、そうなの?」
「ええ」
「烏丸先輩……!」
しかし、烏丸が弟子を助ける様に三雲を支持する意見を述べた。師の助け舟に三雲の表情が和らぐ。
「しかも、さっき小南先輩を『超かわいい』って言うくらいの余裕はありましたから」
「!?」
その直後、烏丸が目を輝かせてありもしない発言を呈した事で再び空気は一変した。
「えっ……!? そうなの!?」
「うむ。確かに言っていたような気がする」
「ホント!? もー。ちょっとあんた本当にやめなさいよ、そういうの!」
しまいには空閑までもがこの冗談に乗っかったために小南の疑惑は薄れていく。
本当にそう言っていたのかと信じたのだろう。小南はすっかりと三雲に気を許し、ぎこちない笑みを浮かべるのだった。
「すいません嘘です」
「……はっ!?」
「だから嘘です。こいつそんな事一言も言っていません」
「なっ。……騙したな! このメガネ!」
「いえ、騙したのは僕じゃないです!」
あっさりと烏丸が真実を暴露すると、小南の怒りはなぜか三雲へと解き放たれる。後ろから羽交い締めにし、何度も頭部をぽかぽかと殴りつけた。突然の豹変に三雲はただ必死に呼びかけるしかできない。この拘束はしばらく続くのだった。
「まさか本当に信じるとは。さっきは紅月先輩の件で嘘とわかったんだから、こっちもすぐ嘘だってわかると思ったんですけど」
「違うもん! ライさんは本当に『魅力的だ』って言ってくれたもん!」
かつての経験から今度もすぐに見抜かれるとは予想外だったのか、烏丸がそうつぶやくも小南は必死に反論する。
(……紅月先輩、本当に言ったのか)
彼女の言葉に三雲は目標とする相手を思い返し、彼の人物像に疑問を深めるのだった。
こうしてのどかな休憩時間を過ごし、3組は各々午後の訓練に励んでいく。
彼らの知らないところでまもなく大きな戦いが繰り広げられるとは、誰も考えてもいなかった。
————
その日の夜。
無人の住宅街をいくつもの影が疾走していく。
三輪を先頭に太刀川や風間と言った面々が続き、襲撃ポイントを目指していた。
当然のように奇襲を気づかれない為に全員がバッグワームを展開している。黒いマントをなびかせ、廃棄された建物の間を駆け抜けていった。
集まっているのは皆精鋭中の精鋭だ。ただ並んでいるだけでも迫力がある。
特に戦闘を行く三輪の表情は強張っており、一段と凄みを増していた。
「おいおい三輪。張り切るのも良いがもっとゆっくり走ろうぜ。今からその調子じゃ疲れちゃうぞ」
「……」
その三輪に茶々を入れる様に太刀川が言う。
舌打ちをするまでには至らなかったが、それでも『やはりこの人は苦手だ』と三輪は内心考えるのだった。
だが確かにまだ見張りだった米屋や古寺が合流するまで時間がある。
少しは足を緩めても良いだろうかと、そう考えて、
「止まれ!」
太刀川が前方に見覚えのある人物を捉え、叫んだ。
その声に呼応して三輪を含む全員がその場で足を止める。
道の先には城戸が危惧していた通り、迅悠一が行く手を阻むように道路の中央で仁王立ちしていた。
「迅……!」
「なるほど。やっぱりお前が出迎えるか」
「なんだ。わかってたの、太刀川さん。久しぶり。——で? 精鋭部隊の方々が勢ぞろいでどちらまで?」
三輪が憎らし気にその名を呼び、眼前の相手を睨みつける。
太刀川もいつでも応戦できるように警戒し身構える中、迅は緊迫した戦況とは不釣り合いな飄々とした態度で答えるのだった。
一方その頃ライは——
「ん? ライ、それは——ティーポットに、お菓子か? 自分、そんなん持ってどこ行くん?」
「こんばんはイコさん。先ほど知り合いの女の子から『身内が体調を崩したので何か回復しそうなものを用意してほしい』と連絡を受けたので届けに向かっているところです」
「ぶん殴ってもええ?」
「駄目に決まっているでしょう」
生駒につかまっていた。