REGAIN COLORS   作:星月

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傑物

 城戸との会合を経て無事に鳩原の参戦を認められたライは、すぐさま鳩原を紅月隊の作戦室に呼び、彼女と一対一で話し始めた。瑠花王女などの情報は避けつつ、玉狛派と城戸派が争う事になり、ライが城戸派に協力する形で参戦する事。鳩原も協力して欲しいという事などを簡潔に説明する。

 もちろん強制の命令というわけではなく、嫌ならば断ってくれても構わない。そう前置きをしてライは鳩原の意思を訪ねた。

 

「そうなんだ。わかった。いつも通りやるね」

 

 すると鳩原は詳細を知らぬまま呆気なく首を縦に振る。

 疑問を口にする事もなく、不満を唱える事もなく。あまりにもあっさりと頷くために説得のための理由をいくつも用意していたライは苦笑してしまった。

 

「……良いのかい? 君からすれば色々と不思議に思う事や疑問もあると思うんだが」

「良いよ。だってきっとあたしが知らない方が良い事とかあるから詳しい話は省いたんだよね? なら聞かない方が良いと思う。紅月君の立場が悪くなったら困るし」

 

 それに、と一拍置いて鳩原は続ける。

 

「紅月君が決めた事ならばきっとあたし達の事を考えてのことだろうから。少しでもあたしにできることがあるならば、手伝いたいんだ」

 

 「だから一緒に戦うよ」鳩原は率直に自分の意思を隊長に告げる。頬に力を籠めて笑みを作って、信頼を形にした。

 

「——ああ。よろしく頼む」

 

 ならば隊員の信頼には応えなければならない。それこそが隊長としての責務だろう。

 ライは彼女の思いに応えるためにそう返答するのだった。

 

 

————

 

 

「……あっちゃー。マジか」

 

 異なる場所での戦い。嵐山隊の全滅を視て迅の笑顔が引き攣る。

 この戦いが始まる前、迅にはライの参戦に関して大きく三つの未来が視えていた。

 一つは、そもそもライがこの黒トリガー争奪戦に参戦しない未来。彼は現状維持を望み、傍観者である事に徹する。この場合は彼だけでなく冬島や鳩原の参戦もなくなる事で木虎が当真を撃退し、嵐山が囮となる事で佐鳥が三輪・出水の両名を負傷させ、ここで戦いが終わるはずだった。

 二つ目は、ライが個人で合同部隊に加勢する未来。迅の要望に応じたものの、あくまでも一戦闘員として戦う事に専念するため、やはり冬島や鳩原は参戦しない。そのため木虎が当真を落とす点は共通だが、嵐山は撃退され、佐鳥は逃げ切るものの三輪・出水の両名は無傷で彼と合流し、戦闘を続行する事となる。

 そして三つ目が、最も可能性が低いと思われていた、現実と化しているこの未来()だ。ライが鳩原・冬島という強力な助っ人を引き連れて参戦するという迅にとっては最も厳しい未来である。嵐山隊が殲滅され、合同部隊は殆どダメージを負っていない。考えうる限りでは最も条件が厳しいものであった。

 

「紅月君、俺の想像以上にやる気になってないか?」

 

 そもそもこの参戦の切欠が迅の発案によるものだ。迅はライが自分の事を警戒しているという事を先の衝突もあってよく知っている。だからこそ彼の話には乗ってもそこまで身を投じる事はないと第二の未来が可能性が高く、最後の道は非現実的だと思っていた。

 

「なんだろ。何か城戸さんたちに吹っ掛けられたかな」

 

 まさかその理由がライにとっては最も大切と言っても過言ではない妹分からの頼みに変わったからだとは、迅も想像できないだろう。

 

「——なるほど。紅月の作戦参加もお前の読み通り。いや、むしろお前の掌の上であったという事か」

「この野郎。俺達と戦いながら、違うところを見ていたのかよ」

「いやいや。そんな余裕はなかったよ。さすが攻撃手トップランカー達だ。予想通りの実力だった」

 

 そう一人つぶやく迅の足元でうずくまる二人の人影が、恨めし気に迅を睨みつけた。

 風間と太刀川、攻撃手のトップ2である。彼らは狙撃手の援護の元、複数人で迅との戦いに臨んだのだが、勝利を得る事は叶わなかった。

 すでに菊地原と歌川は離脱し、風間と太刀川もいつ緊急脱出してもおかしくないほど全身に傷を負っている。対して迅は風間のスコーピオンで片足に軽い傷跡を受けた程度でほとんど無傷という状態だった。

 多対一という迅にとっては圧倒的に不利な戦況であったにも関わらず、ボーダーの実力者たちを圧倒してみせた迅。風間たちが不満を呈するのも当然の事だろう。迅の評価も嫌味のように聞こえてしまう。

 

「ここまでか。残念だ」

 

 もはや脱出は避けられないだろう。風間はこの後の展開を察して歯を食いしばった。

 

「後は紅月や三輪、出水達次第か。——せいぜい気をつけろよ、迅」

「ん?」

 

 太刀川も後輩たちに後を託しうっすらと笑みを浮かべる。そして最後にかつてのライバルへ向けて忠告を残そうと視線を上げるのだった。

 

「紅月は、一対一で戦えば俺が七対三くらいのペースで勝つだろう」

「だろうね」

 

 たとえ話を振ると迅は即座に頷く。

 事実、ライは優秀な駒ではあるが最強かと問われればそうではない。単騎で戦うならば彼よりも勝る相手はボーダーの中だけでも何人かの名前が挙がる事だろう。

 

「だが、もしも同じ条件下で部隊を率いて戦うという事になれば、その勝敗は逆転する」

「……太刀川さんがそこまで他人を評価するとは珍しい。何かあったのかな?」

 

 太刀川は日常生活では不真面目な面が目立つが、事戦闘に関しては冷静かつ俯瞰的に物事を考えられるタイプだ。決して誰かを過大評価したりはしない。そんな彼がここまで他人を称賛するとは滅多にない事だ。

 

「昨年度の年度末。チーム戦の1dayトーナメント」

「はっ?」

「お前は支部にいたから知らないだろうがな。臨時チームを組んで勝敗を競ったイベントがあった。年齢が近い隊員同士でチームを組むって話でな、俺は二宮と加古の二人と組んで挑んだ」

「……最強じゃん」

「ああ。実際俺達は優勝候補だと思われていた」

 

 ボーダー職員が企画担当するイベント・1dayトーナメント。昨年の冬の出来事を思い返して太刀川が語る。

 攻撃手最強・太刀川、射手最強・二宮、感覚派射手・加古。A級一位を経験したことがある実力者が揃った部隊であり、能力・経験・実績とどれをとっても隙がないチームで、迅も3人が集う姿を思い浮かべて『大人気ない』と顔をひきつらせた。

 

「だが俺達は、決勝で紅月が率いる一八歳組に敗れた」

「————」

「カゲ、紅月、鋼、当真。向こうも相当な面子だったが、それでも俺達が優勢だと思われていた。だが、結局最後に勝ったのはあいつらだ」

 

 太刀川の説明に迅は言葉を失う。彼の言う通り太刀川達を破った人員も戦力としては過剰と言えるものだ。攻撃手四位の村上に狙撃手最強の当真。さらにB級トップ3の部隊の隊長である影浦とライが集結している。並大抵の相手では太刀打ちできないだろう。

 だが、単騎性能でみればやはり個人ポイントなどあらゆる面から見て太刀川達の方が圧倒的に上だ。

 これまでの戦績から見ても同様である。話の中心であるライを振り返っても、個人戦では太刀川に勝ち越せた事はないという話だし、部隊ランク戦でも二宮と一対一の状況では勝てていないという記録を見た。加古も定期的にライを作戦室に呼び出しては彼をしばらく身動きが出来ないほど徹底的に叩きのめしているという噂を耳にした事がある。

 他の隊員たちもランク戦の勝敗を振り返れば似たような状況だろう。一対一では勝率が低いと思われた戦闘員を集め、その中で勝利を手にした。

 ——信じられない。

 迅が驚愕に目を見開く中、太刀川は話を続ける。

 

「あいつは個としても十分強いが、軍を率いる事でさらに凄みを増すだろう。そして今、あいつは十分すぎる戦力を得ている。一手間違えれば、詰むぞ?」

 

 出水、三輪、奈良坂、古寺、当真、冬島、鳩原、ライ。自分自身も含めれば戦闘員だけでも八名という数、質共に申し分ない戦況と言えた。

 たとえ黒トリガーを扱う迅と言えど、気を抜けば負けかねない。

 自分を圧倒した相手に、ボーダー最強は煽る様に笑って言った。

 

「……忠告ありがとう。だけど、そうはさせないさ」

 

 太刀川の言葉を聞き終えると、迅は風刃を四度大きく振るった。

 緑色に輝く刃が太刀川と風間共々空間を引き裂く。もはやトリオンが残っていなかった二人は呆気なく切り捨てられ、本部へと緊急脱出した。

 これで風間隊と太刀川、こちら側の前衛部隊は全て撤退。狙撃手組は太刀川達が撃破された事で警戒しているのか撃ってこない。三輪達との合流を待っているのだろうか。

 

「さて。もうひと踏ん張りだ」

 

 いずれにせよ、まだ迅の戦いは終わっていない。

 最強を撃破したものの、ある意味それ以上に厄介な存在がこちらに向かって来ようとしているのだから。

 

 

————

 

 

「——おおっ。頼もしい援軍ってやつだ」

「紅月!」

 

 ライ、鳩原、冬島の加勢に出水と三輪が揃って歓喜の声をあげた。

 二人の出迎えにライも笑顔で応じる。

 

「お疲れ様。これでこちらの戦闘は片が付いたね」

「……レーダーの反応はなし。うん。大丈夫だよ、紅月君」

 

 念には念を入れて鳩原がレーダーの精度を上げて確認するが近くに敵の反応はなかった。黒トリガーにはバッグワームがついていないため、すぐに敵が仕掛けてくる事はないだろう。動きがあれば警戒している奈良坂や古寺が知らせてくれる。

 ようやく一息つけたと、当真は自慢げに笑い始めた。

 

「へっへっ。おかげで時枝(とっきー)に木虎と大戦果だ。隊長まで来れるとはビックリだぜ」

「まあ、俺も休めるなら休んでおきたかったんだけどな」

 

 隊員の言葉に冬島が苦々しく呟く。事情を知っているライはただ乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

「本当ならばもう少し早く着きたかったんだけど。冬島さんの回復を待っていたのと、ちょっと予想外のトラブルに巻き込まれてね。遅くなった」

「十分ナイスタイミングだったと思いますけどね。なんかありました?」

「本部で何か動きがあったのか?」

 

 申し訳なさそうに言葉を濁すライ。

 戦闘中だった出水や三輪は一対彼の周囲で何があったのか想像もできず、単刀直入に問いを重ねる。

 

「いや、動きがあったというか……」

 

 言いにくい事だけどと前置きをしてライは時間を遡って順番に語り始めた。

 

 

――――

 

 

 ボーダー本部、冬島隊作戦室。

 

「……おお。確かに少し楽になったかも」

「そうですか。心配でしたが、無事に効いてよかったです」

 

 太刀川をはじめ、A級合同部隊が迅と遭遇したころの事。

 作戦室では部屋の主である冬島がティーカップに注がれたハーブティーの香りを楽しむと、ゆっくり一口飲み干した。

 目をつぶり、身体を楽にしているとあれほど自分を苦しめていた酔いが少しずつ引いてきたような感覚を覚える。

 眉間の皺が少しずつ浅くなった事を確認し、給仕をしたライは満足げに目を細めた。

 

「乗り物酔いには薬以外にもこういった食べ物や飲み物で症状が和らぐ事がありますからね。チョコレートは血糖値をあげる事で脳が活性化するし、ハーブティーはすっきりとした香りと清涼感のある味わいがリラックス作用がある。ちょうど部屋に茶葉やチョコが残っていたので良かったです」

「ありがとな、紅月。いや、本当にありがとう」

 

 冬島は重ね重ねライに礼を述べる。

 ライが冬島隊の作戦室に運んでいたのはチョコレートとハーブティーの茶葉とその一式だった。冬島は遠征艇の長旅ですっかり乗り物酔いでダウンしてしまい、戦闘にも参加できずに先ほどまで横になっていたのだが、それを見かねたチームメイトがライに回復できるようなものを用意して欲しいと要請したのである。

 

「おかげで助かったな。風間さんたちもいるから大丈夫だと思うけれど、何があるかわからないし。うちの部隊は隊長も出れずに負けましたなんて話になったらムカつくからね」

「えー……」

 

 その要請の主である少女は横髪をかきあげてうっすらと笑みを浮かべる。隊長から何かを訴える視線が刺したが、無視に徹していた。

 真木理佐。冬島隊のオペレーターであり、トラッパ―とスナイパーという異色の部隊を的確に支援する女子高生である。黒のショートカットに切れるようなツリ目が特徴的。中性的な話し方と年上であろうと物怖じしない性格はとても一六歳とは思えない雰囲気を醸し出していた。

 

「なら何よりだ。僕としても冬島さんの存在は大きいし、理佐からの頼みとなれば断れないしね。君も元気そうで何よりだ」

「ええ。あなたも健在のようで何より」

「もちろん。皆がいない間は大変だったけど、その分充実していたよ。後でチェスでもしながら語ろうか?」

「じゃあ、まずは仕事を片付けなきゃね」

 

 その真木をライは名前で呼び、親し気に再会を喜び合う。二人はチェスという共通の趣味を持ち、時間がある時にはよく互いの作戦室でチェスを指していた。どちらも落ち着きがあり、冷静な思考を持つ事からも話が合う事は多く、ボーダー隊員の中でも交流は盛んと言える関係である。

 

「えっ。ちょっ、自分、あの真木ちゃんの事も名前で呼んどるの? しかも距離感近ない? ヤバない? ヤバイよな? んっ、あーホンマや。このハーブティー嗅いでるとなんか俺もすっごいス―ってリラックスしてきた気がするわ」

「イコさんは話すのか飲むのかどちらかにしてください。危ないですよ」

 

 そんな二人の会話によからぬ想像を浮かべたのか、なぜかライの隣でハーブティーを味わっていた生駒がここぞとばかりにツッコんだ。ティーカップを片手でつまみながら激しく弟子を揺する姿は正直に言って危なっかしい。ライは苦言を呈するのだが、生駒が調子を変える事はなかった。

 

「別にヤバくなんてないですって。彼女はたまたま共通の趣味があって一緒に時間を過ごすことがあるからそういう機会があっただけで、名前で呼ぶ相手なんてそういないですし」

「へー。自分でもそうなん?」

「そうですよ。この前も那須さんを一度下の名前で読んだら『そういう関係はまだ早いと思います』って断られちゃったくらいですから」

「……うん? うん?」

 

 一瞬納得しかけた生駒だったが、実際に那須がそう語る場面を想像して首をかしげる。

 ひょっとしてまた弟子を切り捨てる口実ができたのでは? そう疑問が浮かんだのだが、現場を見ていないためこの考えは審議待ちと判定された。

 

「ちなみに、なんで落ち着きとは正反対に位置するようにも見える生駒が一緒に来ているんだ?」

「僕もわかりません。何故かついてきました」

 

 『呼んだのは紅月だけだったはずなのに』冬島が当然の疑問を抱くものの、当事者であるライも師匠がついてきた理由が思い至らなかったために首を傾げるしかなかった。

 

「だって、こいつがまた女の子に呼ばれたとか言ったんやもん! そら師匠として弟子が道を踏み外さんように見守るのは当然やろ?」

「いや、『もん』って……」

「届けに行くだけだと言ったんですけどね」

 

 まるで子供のようだ。

 駄々をこねる生駒に、冬島やライは呆れるばかりである。

 

「まあ、俺も相手が真木ちゃんだと知ってれば多分ついていかなかったんやけどな……」

 

 しかし生駒としても真木に対して苦手意識があるのだろうか、聞こえないような声量でぼそっとつぶやいた。どうやら彼女のクールな一面が生駒にとっては恐ろしく映っているようだった。

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