こうしてライの助けもあって何とか冬島はほどなくして動けるくらいに回復した。
これでようやく太刀川達の後を追う事が出来る。ライ達は本格的に出撃の準備に取り掛かるべく、まずは任務の部外者である生駒を生駒隊の作戦室へ帰そうと声をかけた。
「イヤや」
「えっ」
「えっ」
だが、ここで予想外のハプニングが生じる。
ライが『これから冬島さんや理佐たちと用事があるのでイコさんは先に帰ってください』と話した所、生駒は不貞腐れてその場に座り込んでしまったのである。
「あの、イコさん。『イヤや』じゃなくてですね」
「まーたそうやって俺の事仲間外れにするんやろ? 知っとるで。自分最近こそこそ動き回っとるって話やん? また夜遊びでもする気か? そうはさせんで。今日という今日は絶対に動かんぞ。俺も仲間にいれてや」
「夜遊びではないですよ」
「じゃあ用事ってなんや?」
「……
「やっぱり
「困ったな。何て言えば良いんだろう?」
引き受けた任務の秘匿性もあって、上手く説明する事さえ難しかった。
半端な説得では生駒が全く引き下がる姿勢を見せず、ライは上手い手が見つからず前髪をかきあげた。
「まあまあ。生駒、お前はたしかこの後防衛任務のシフトが入っていただろう? そっちの仕事に専念してくれよ」
「水上とかおるからええんですわ。一回くらいならサボっても『まあイコさんやししゃーないか』ってなるんで」
「隊員にそう思われるのは隊長としてどうなんだ?」
しまいには冬島が仕事の話を出しても生駒は動揺する素振りすらみせない。
同じ部隊を率いる身としてあまりにも考えたくないシチュエーションをあっさり受け入れる生駒の姿勢は、冬島には理解しがたいものだった。
その後もライや冬島は何とか説得を試みるものの、生駒は断固とした決意でその場から立ち上がろうとすらしない。
「はぁ」
すると、彼らの説得を見かねたのか、真木が大きなため息を一つ吐き、ゆっくりとした足取りで三人の元へと歩み寄った。
「生駒さん」
「なんや、真木ちゃ……ん?」
真木が普段と変わらぬ声色で生駒を呼ぶ。
座り込んでいた生駒は見上げる形で真木へと視線を移し、その声に返事をしたのだが。
目と目があった瞬間、生駒は気づいた。彼女の冷たく鋭い視線が、自分を射抜いているという事実に。
嫌な予感がする。本能が生駒にそう告げた瞬間。
「働け」
ドスの効いた声が響いた。そんな気がした。生駒は全身の血の気が引いた感覚を覚えた。
短い一言は声のトーンが一段と下がったように聞こえて。底冷えするような声が耳を打った。
「…………はい。いや、あの。ごめんなさい」
生駒が涙交じりに頭を下げる。
弟子や年上の説得にも応じない生駒だったが、女子高生のたった一言であっけなく陥落したのだった。
ゆっくり立ち上がると真木に視線を合わせたまま少しずつ後ろずさり、そしてそのまま作戦室を後にする。
「なんでやああああああ! 弟子はあんなに距離感近いのに、なんで俺ばっかりこんな目に会うんやあああああああ!!!!」
作戦室の扉が閉まった後、廊下からは生駒の慟哭が聞こえたような気がした。
――――
「——と、そんな訳で遅くなっちゃってね」
「どういう訳で?」
最後までライの話を聞いた出水だったが、結局生駒の行動理由がよくわからず首を傾げた。ライも同じ意見であったためにそれ以上語る事はしなかった。
「まあ、とりあえずそれはいいだろう」
話題を変えようと三輪が大きく咳払いをする。
「残るは迅一人だ。しかし、単独とはいえ黒トリガーである奴は侮れない。太刀川さんたちもダメージが大きいという話だ。並大抵の事ではないだろう。紅月、何か策は」
あるか、と続けようとして。三輪の背後から出現した二筋の光が本部めがけて空高く弧を描いて、そして消えていった。
「あれは!?」
「……太刀川さんと風間さんがやられたな」
「まさか!」
ライのつぶやきに三輪が言葉を荒げる。
ありえない。
太刀川と風間はボーダー本部に数多く在籍する攻撃手たちを抑えてトップに君臨する二人だ。さらに歌川と菊地原、奈良坂と古寺のサポートもあったのだ。まず負けるような事はないはずだ。それなのに敗れたというのか。
「出水」
「ハイハイ」
三輪が動揺を露わにする中、ライは淡々と戦況を変えるべく出水に指示を飛ばす。
「国近に、太刀川さんたちの戦闘記録を僕たちに送るように伝えてくれ。少しでも黒トリガーの情報が欲しい」
「了解。柚宇さん」
『はいはーい。聞こえているよ。早速戦闘記録を皆に送るねー』
出水が名前を呼ぶと、戦場に似つかないのほほんとした声が響く。
国近が慣れた手つきでキーボードを操作すると、ほどなくしてライをはじめとした隊員たちに太刀川達が目にした戦闘の映像がライ達の脳裏に映し出された。
迅が手にする剣からは11本の緑色に光る帯が放たれていた。彼が軽く剣を振るうと、瞬く間に光は壁を伝って菊地原の首を撥ね、歌川の体を切り裂いた。
さらに斬撃を時間差で発現する事で遅れて現れた風間と太刀川を両断し、戦闘不能に追い込んでいる。
「厄介だな。トラップにも使えるとなると、迅さんのサイドエフェクトと合わさって最悪の組み合わせだ」
一通りの記録に目を通し、ライは短く舌を打った。
敵の強さを皆も同様に評価したのか他の仲間たちも同様に苦言を呈する。
「てか反則じゃん。剣のくせに遠隔攻撃もできるってなんだよ」
と出水が苦笑いを浮かべる。
「しかもこれ、紅月の旋空弧月よりもさらに範囲が広いんじゃねーか?」
当真はいつもの調子でつぶやいた。
「少なくとも風間さんはそう分析しているね」
鳩原は隊長の事をよく知っているために冷や汗を浮かべている。
「狙撃手の攻撃も完全に視えているしなー」
冬島は作戦を練りつつ、どうしたものかと考えを巡らした。
「……無防備な姿をさらせばすぐ撃破されるというわけか」
三輪は苛立ちを覚えたがここで感情を露わにすることはせず、冷静に分析した。
皆脅威を抱いた一方、打開策が中々思い浮かばない。さすがは黒トリガー、情報が明らかになっても簡単に対抗策は思い浮かばなかった。
「どうだ? 紅月、何か案はあるか? あるならばお前に託そうと思う」
「そうだね。というか、僕で良いのかい? 三輪だけでなくここには冬島さんもいる。年齢的にもランク的にも指揮を執るのは僕ではないと思うけれど」
とにかく方針を固めなければなにも始まらない。三輪はライに指揮権を譲渡し、後を託そうと考えたがこの場にはA級二位でこの中では最年長でもある冬島がいた。そのため冬島が作戦の指揮を執るべきだろうとライは冬島に視線を移すのだが。
「俺もまだ本調子ではない。また体調を崩せば迷惑をかけるからな。できる事ならば自分の仕事に専念させてくれ」
冬島は体調の悪化を考慮して辞退した。ライは先ほどの彼の不調を知っていた為このように言われてしまっては強く否定できない。
「俺は指揮とかしねえし」
「頼みます」
「迅を相手に、冷静に戦うためにはお前が適任だろう」
当真や出水、三輪が期待を籠めてライに託すのだった。
仕方がないか。
ここにいる隊員たちは皆A級という合同部隊であるため抵抗があったのだが、こう期待されては仕方ない。
「——わかった。ならばここからは僕が指揮を執る。各自、僕の指示の元動いてくれ!」
『了解!』
ライは一つ息を吐くと、決意を固めるのだった。
答える隊員たちの声は力強い。さすがは歴戦の猛者たち。迅と風刃、黒トリガーの驚異的な力を目にしても、恐怖心にかられるものは一人もいなかった。
「——来るか」
大通りのど真ん中で迅は一人、その時を待ち構えていた。
すでにリロードを終えた風刃には上限である11本の光が帯となって纏っている。
一本で視界に入る敵を容易に真っ二つにできる切れ味だ。たとえ相手が8人いようとも問題ない数である。
「君と戦うのは半年ぶりくらいかな?」
『うん。俺も試験官としてやるべき事は終わったし、一息つけるな。君との戦い、中々面白かったよ』
『次はこのような試験という形ではなく、
「さすがにあの日はここまでは視れなかったな。懐かしい」
迅は一度だけライと戦った日の事を思い返した。
かつて、まだ紅月隊の戦闘員が一人だけだったころ、迅がライの力を試すべく立ちはだかった昇格試験の日の事である。
あの時はまだお互いの事を、お互いの力をよく知っていなかった。
迅はライの事を忍田なども一目置いている訳ありの実力者というイメージを持っていた。
ライは迅の事を未来を予知するセクハラ常習犯というイメージをもっていた。
その後さまざまな人物との交流や事件を経て、お互いに相手の事を知り、その力を認めている。
「あの時とは、だいぶ状況が違うけれど」
違う事があるとするならば、対峙する状況だろう。
受験者と試験官としてではなく敵同士として。ライはより多くの実力者を率い、迅は黒トリガーを手にして。
目的も当然試験の合否を巡ってではなくではなく、お互いの守る者の為の戦いとなる。
先にライも語っていたように手を抜くことは出来ない。ここで全力で敵と相対しなければ意味がない。
だからこそ。
「来なよ紅月君。あの時と同じように、この実力派エリートが迎え撃とう」
向かってくる敵を返り討ちにしようと風刃を握る拳に力を込めた。
かつて行われた昇格試験でライを苦しめた迅が、黒トリガー争奪戦第二ラウンドの始まりの時を静かに待ち受ける。
ライははじめにずっと迅の監視を続けていた二人、奈良坂と古寺へと通信をつなぐ。
「奈良坂、古寺。迅さんの様子は?」
『動きはない。だが風刃のリロードは完全に終了したようだ』
『こちらからは光の帯が11本確認できます。何かあればすぐ報告します』
「よし。二人は牽制と風刃の監視に努めてくれ。相手は迅さんだ。僕と三輪、出水が仕掛けるまでは撃つな」
支部側への突破を許したくないという事情もあってか、迅から仕掛けてこないという状態はライにとっては追い風だ。
まず条件は一つクリアされた。
続いてライはもう一人の狙撃手・鳩原へと指示を飛ばす。
「鳩原! ポジションにはついたか?」
『こちら鳩原。もうすぐ着くよ。こちらも問題なし』
「わかった。確認だが、例のトリガーは持ってきているな?」
『うん。言われた通りセットはしてきた。だけど、正直自信はないよ?』
「君の腕ならば十分だ。僕は信じよう。タイミングはこちらで指示する。合わせてくれ」
『鳩原、了解』
彼女からは少し気弱な声が帰って来たが、彼女が謙遜しがちであるという事は隊長であるライがよく知っていた。一言応援の言葉を残すと、続いてもう一人の狙撃手・当真へ。
「当真」
『ほいほい』
「君は独自の判断で動いて良い。迅さんを仕留めるタイミングがあれば即座に撃ってくれ。最悪僕たちを巻き込んでも構わない」
『言ったな? よしっ、任せておけ』
「ああ。任せたぞ」
狙撃手最強である当真には余計な指示は不要だ。彼には単独で行動する許可を与え、簡潔な指示に留める。
「出水!」
『聞こえてますよ』
「この戦いでは君が落とされるかどうかで大きく戦況が変わるだろう。とにかく動き続け、絶対に迅さんの視界に入るな。不満があるかもしれないが、先に指示したように戦ってくれ」
『了解』
迅との戦いで重要な戦力となると考える出水にはより慎重に徹するようにと言い聞かせた。
「冬島さん」
『おう』
「今回は下手に攻撃系のトラップを仕掛けると迅さんに利用されかねない。合図がない限りはワープの設置に専念してください。また、出水と三輪・僕の3名が狙われれば優先的に逃がしてください。タイミングや位置は理佐に任せます」
『了解だ』
特殊な立ち位置であるトラッパ―・冬島にはこの戦いでは徹底的にサポートに徹するべく役割を限定させた。特に近~中距離戦の要となる3人の動きに警戒するよう伝え、指示を終える。
「理佐」
『ええ』
「冬島さんに伝えた通り、スイッチボックスの設定は君と冬島さんに任せる。そして、今回のプレイヤーは君だ。盤面の調整は任せるよ。上手く動かしてくれ」
『責任重大だね。じゃあ、間違っても
「もちろんだ。よろしく頼むよ」
さらにライは冬島隊の作戦室で支援役を担う真木にスイッチボックスの設定および細かい作戦の調整を託した。
盤上を広く見て、駒を動かす。王を取られず、相手を詰ませる。
チェスに見立てたたとえに、二人とも揃って「フッ」と笑みをこぼすとどちらからともなく通信を終えるのだった。
「三輪」
「……ああ」
そして、最後に共に最前線で戦う三輪には直接語りかける。
「太刀川さんや風間さんたちがいない今、近距離戦は僕と君の二人が担う事になる。責任は重大だ」
「わかっている」
「風刃は近距離戦ではただのブレードとなる事は太刀川さんが証明してくれた。僕たちが抑えられればそれだけこちらが有利になれる。——陽介がいないのは残念だが、僕が彼の代役を務めよう。上手く合わせてくれ」
「問題ない。お前の戦いはよく理解しているつもりだ」
「それは頼もしい」
ライと三輪。彼ら二人が対迅における近接戦闘員となる。彼らの戦いの結果で戦闘の行方が変わりかねない。三輪もその役割の大きさを理解しているため、普段から迅に抱いている苛立ちだけではなく、任務を成し遂げようとする責任感が。そして何よりもようやく目の前の友人と共に重要な局面で戦えるという喜びが沸き上がり、彼の気持ちをより強固なものとしていた。
心強い友人の言葉に、ライも笑みを深くする。
「一番槍は僕が行く。——行こうか。迅さんに教えてやろう。戦略と戦術の違いを!」
「ああ。行くぞ!」
すでに太刀川も風間もいない。たった一人の敵によって最精鋭隊員たちが蹴散らされた。
だが、相手がそんな黒トリガーであろうと恐れるに足らず。
最強を退けた
「動ける戦闘員の中で、後々の展開にも生きるだろうという事で、僕が選ばれた。で、的確にサポートできる人材が欲しくて僕が鳩原に同行を頼んだ。そしたら、騒ぎを聞きつけたイコさんが行きたがって。イコさんがどうしても行くって聞かないもんだから理佐が仕方なく説得……って感じだな」
「ピクニックかよ」