前からは盾を無効化する三輪の鉛弾が。
後ろからは盾を破壊するライの旋空弧月が。
防御困難である二人の得意技が迅に容赦なく襲い掛かる。
仕掛けるタイミングもコースも完璧の連携だ。どちらかを躱そうとしてももう片方を食らってしまうだろう。しかも両者とも被弾してしまえばここで勝負が決まりかねない決め技だ。
ライも迅の撃破を確信した中で、
「——
迅がうっすらと笑った。
己の敗北を悟ったからではなく、事前に予知してきた未来で考えうる限り最も良い未来を歩み切れた事への達成感に満ちた声をあげて。
すると迅は空の左手を宙に掲げると、風刃でその腕を肘から切り落し、勢いそのままに振り切った。
「なっ!?」
「なんだと!?」
攻撃を仕掛けたライと三輪が驚愕に目を見開く。
宙を舞った左腕が三輪の鉛弾を代わりに防ぐ盾となり。
先ほどと同様のカウンターとなる斬撃がライを襲った。
「チイッ!」
瞬く間に飛来する攻撃をライは咄嗟に弧月で受け止める。しかし斬撃の衝撃はすさまじく、完全には受けきれずにライの顔に大きな傷が走った。
「……ッ!」
「紅月!」
「痛み分けだね」
トリオンが漏れる傷を抑えるライに、迅が飄々と告げる。
迅の肩にも旋空弧月によるトリオンの漏出が視られた。
どうやら迅は反撃と同時に回避行動に出たものの、彼でもあの密な連携攻撃を完全に避ける事は出来なかったようである。
「——さて。これだけ戦えば十分だろう」
傷跡をじっと眺めた迅は誰に言うともなく呟いた。
すると右手に握りしめていた風刃を鞘にしまい、右手を掲げてライ達に提案を持ちかける。
「ここで手打ちにしないか? そちらがうちの後輩である遊真から手を引いてくれるというのならば、こちらはこの風刃を本部へ差し出そう」
それは休戦の持ちかけだった。
空閑遊真の入隊を合同部隊に、本部に認めさせるためならば迅は合同部隊をも蹴散らした風刃を引き換えとして譲り渡すと。
桁外れの提案に誰もが耳を疑った。
————
「手打ちにする、だと……? ふざけるな!」
真っ先に迅の誘いに反応したのは三輪だった。
そのような話を受け入れられるはずもないと露骨に怒りを露わにする。
元から彼が迅を毛嫌いしている事に加えまだ戦いの最中、しかも上手く対応されたとは言え迅の片腕を落とす事に成功した事も相まって反発心が強まっているのだろう。
「俺達は城戸司令から直々に近界民の黒トリガーを奪取するように命を受けているんだ! 今更お前の口車に乗って任務を放棄するとでも思っているのか!」
「おおっと。まあ秀次ならそう言うと思ったよ」
取り付く島もない後輩の態度に迅も思わずたじろいだ。
視えていたとは言えここまで明確に敵意を示されると居心地が悪い。
どうしたものかな、と迅は視線をライへと移す。
「君はどうだい? 紅月君」
「……あなたが話を持ち出したのならば、もう視えているのでしょう?」
声をかけられたライは呆れた表情を浮かべてため息を吐いた。言葉の通り、迅はすでにどのような返答をするのか読んだ上でライに話を振ったのだろう。
そもそもライが城戸司令側として参戦するように頼った理由として、この役目も期待していたのだろうから。
「奈良坂、鳩原。攻撃を中止してくれ。冬島さんは二人と合流を」
《……了解した》
《鳩原、了解》
《あいよ》
通信をつなぎ、遠距離から支援をしていた3人へと指示を飛ばす。三者三様の反応だったが誰も強い反発を示すものはなく、淡々と指揮官の指示に従い動き出した。
「紅月! お前、本気か! 迅の話を飲むと!?」
「落ち着いてくれ、三輪」
まだ三輪は納得していない。
それにも関わらず勝手に方針を決めたライに三輪は声を荒げるが、ライは落ち着いた口調で彼を諭した。
「そもそも城戸司令の命令は『玉狛支部にある黒トリガーを確保する事』なんだろう? 別に空閑遊真を指定しているわけじゃない。城戸司令が本当に恐れているのは各勢力のパワーバランスの崩壊だ。ここで風刃が本部の元に置かれるならば、空閑遊真が玉狛支部に加わろうとも問題はない。たとえ彼が反旗を翻しても制圧できるだろう」
迅の提案は確かに城戸司令の意思に沿ったものだ。
玉狛派に迅と遊真、二人の黒トリガーが並び立つのを警戒したというのが今回の襲撃の一番の理由である。
だからこそそのうちの片方が本部にわたるというのならば結果に大差はないだろうとライは言う。
「……しかし!」
「そもそもこの戦力では空閑遊真から黒トリガーを奪うなど到底不可能だ。それにこれ以上続けて迅さんを撃破できるかも不明瞭だしね。ならば確実にここで黒トリガーを抑える事が一番司令の期待に応える事になると僕は考える」
さらに戦局の話をあげてライは重ねて説明する。
さきの風刃の攻撃もあってライは緊急脱出寸前の状態だ。そうなれば合同部隊の残る戦力は三輪・奈良坂・鳩原・冬島の4名のみ。迅も負傷しているとは言え確実に勝てる見込みはなかった。
そのためここから空閑遊真を襲撃して黒トリガーを奪取する事は戦力的に余計に難しい。ゆえにここは話に乗るべきだという彼の考えは的を射ていた。
「それにね」
『この争いを一刻も早く収めてください』
「僕個人としてもこの件に関しては長引かせたくない。早期の解決を望んでいる」
しかもライは瑠花王女と交わした約束がある。
彼女の願いを叶えるという点に関しても断る理由はなく、この誘いはまさに打って付けだった。
「さっすが紅月君。話が早くて助かるよ。説得力がある君がいてくれてよかった」
「……ここまで視えていたのならば、あなたは大したものですよ」
迅の発言にライはモール構内での密談を思い出し、ため息をこぼす。
あの時は三輪の名前を出すことはなかったが彼の説得も踏まえてライをこの場に招集したというのか。
一体どこまでが真意なのか、底が知れない迅の存在はやはりライには脅威に映る。
「紅月! お前は本当にそれでいいのか! 近界民がのうのうとこの地にのさばる事を許して!」
すると話が決着を迎えようとする空気を引き裂いて三輪の怒声が響き渡った。
その瞳には憤怒が湧き出ている。
三輪は自分の事はもちろん、家族を近界民によって失ったというライの境遇に親近感を覚えていた。
「お前は、家族の仇が憎くはないのか!」
だからこそ『どうしてお前は簡単に迅の話を受け入れられるのか』と訴える。
三輪には理解できなかった。近界民は全て憎き敵。全て葬らなければ気が済まないと思っているからこそ。
「……三輪。あくまでもこれは僕の考えとして聞いてほしい」
彼の気持ちはよくわかる。
本当の事情は異なるが、家族を失ったという事実は同じだ。
そのうえでライは静かな声で慎重に言葉を選んで答えを返す。
「そもそも僕は母上や妹の事で近界民を恨んでなんかいないよ。もしも、もしも恨んでいるような存在があるとするならば。それは——守りたいと願いながら二人を守れなかった、僕自身だ」
「————」
彼の思いを知り、三輪は言葉を失った。
話を聞いた事はなかったが同じだと思っていた。
あるいは自分以上に心の内に憎悪を抱いているのではないかという考えを抱いた事もあった。
だが違った。家族の喪失で自責の念に駆られていたというライの答えは、三輪にひどく重くのしかかった。
「すまない。三輪、ここで退いても構わないか?」
「……好きにしろ。指揮官はお前なのだから」
「わかった。ありがとう」
覇気を失った三輪はそれ以上反論する事はなく、ライの声に投げやりに答えて踵を返した。
「では迅さん。先に城戸司令達に話を通させてもらいますが、それで構いませんね?」
「ああもちろん。まあ、大丈夫だよ」
『おれの副作用がそう言ってる』
いつもの常套句を口にして、迅は軽い調子で笑うのだった。
————
結局その後、城戸司令をはじめとした城戸派の幹部が皆迅の要望を快諾した事で戦いは終わりを迎えた。
三輪隊、冬島隊の面々が迅を伴って会議室へと向かい、ライは鳩原と別れて瑠花王女の元へ報告に向かう。
「お疲れ様でした」
戦いを終えたばかりのライに、王女は惜しみない賛辞の声をかけた。
すでに時刻は深夜を迎えている。
本来は高校生である年代の彼女は眠気に負けてしまってもおかしくはないのだが、そんな事は微塵も感じさせない凛とした姿勢でライを出迎えた。
「はい。夜分遅くに失礼いたします。本来ならば明日出直すべきなのでしょうが、真っ先に報告すべきだと思い、参りました」
「ええ、大丈夫です。——私の元にも城戸から話は通っています。しっかり活躍してくれたそうですね」
「ありがとうございます」
合同部隊に加勢し、敵の援軍を撃破し、個人最強である者達が敗れた相手と渡り合い、そして相手から休戦を持ち掛けさせるまでに追い込んだ。瑠花王女も決してライの実力を疑っていたわけではないが、期待以上の働きをしてくれたと言える。
「特にあなたが迅からの休戦の誘いに応じ、反対する合同部隊の隊長を説得してくれたという点も大きなものです。おかげで私のスタンスを示せましたし、後々の反発を防ぐことにも繋がるでしょう。忍田もおそらくは気持ちを汲んでくれるはずです」
さらにライが真っ先に戦闘の中止の方針を示した事もプラスであった。
瑠花王女は城戸に貸しを作りつつ、この争いの早期解決を目的として参入を決めた。彼女の代役として戦いに臨んだライの姿勢はしっかり彼女の考えを反映したと言える。
「その点に関しては、忍田さんには少し申し訳ないですがね。何せ忍田さん直属の部隊である嵐山隊の半数を僕が撃ち落としてしまったのですから」
「致し方ありません。そもそも忍田が私に話を通さずに決めたのですからお相子です」
「ハハッ。どうかお二人の諍いは避けてくださいよ。忍田さんの困った顔が目に浮かびます」
年相応の反応も垣間見える瑠花王女を目にし、ライは忍田の先を案じて進言した。
難しい年ごろの少女である彼女との関係に苦心する時代もあったという忍田だ。今回の一件の謝罪も合わせて今度話を持ち掛けようとライは決意する。
「——おそらく近々迅さんが風刃を本部に差し出した旨が発表されるでしょう。それでようやくこの一件は収束を迎えると思います。そうなればまた時期を見て玉狛支部を訪問する事もできるでしょう。もう少しの辛抱を」
「そうですね。あの子にも影響が出ないうちに決着がついて本当によかった」
さらに彼女が最も心配したであろう弟・陽太郎との再会についても忘れずに付け加える。
勢力争いに決着がつけば、瑠花王女の訪問を縛る心配もない。黒トリガー不在の時に護衛を着ければ万全だろう。
幼い弟の顔を思い出し、瑠花王女が柔らかな笑みを浮かべた。
「今から楽しみです。——そうだ。発表と言えば、私からもあなたに言っておきたい事があります」
「何でしょうか?」
両手を合わせ、嬉し気に頬を緩める瑠花王女。
一体何事だろうか。
まったく想像がつかなかったライは静かに彼女の言葉を待った。
「実はあなたが来る直前に迅から私の方へ通信がありました」
「迅さんから? ——あの男、今度は通信越しに何かやましい事を!? あのような男の虚言に耳を貸してはなりません。早くペッしてください!」
「通信なんですが?」
迅への信頼ゼロである。
自分がいない時にオペレーターの少女を彼が何度かセクハラしていたという事実が想像以上に重く響いているようだった。
今度彼が不在の場面で迅と一対一になる場面は気を付けよう。瑠花王女は決意する。
「まあ、あなたにとっても悪い話ではありません。おそらく迅としても何かしらあなたに報いたいと思ったのでしょう。迅の方から城戸たちへ、あなたがより自分の力を示せるように進言する事があるとそう語っていました」
ライを宥めると、瑠花王女は改めて迅から伝えられた事を耳打ちした。
————
「……そうか。そういう事か、迅」
会議室。
椅子にずっしりと深く構えた城戸が固い表情のまま迅へ鋭い視線を向けた。
視線が合った迅は動じることなくその場に立ち尽くす。
会議はすでに終わりを迎えていた。迅の要請通り、風刃を本部に預ける代わりにボーダー本部は空閑遊真のボーダー入隊を認め、これ以上の襲撃はしないと取り決めた。
黒トリガーの扱いは慎重に扱わなければならない議題だが、ただでさえ混乱が続いた現状だ。長引かせるわけにもいかず、城戸はその場でこの提案に頷く事となった。
これでようやく黒トリガー争奪戦は終わり、会議はお開きになる、はずだったのだが。
続けて迅が城戸へと告げた言葉によって会議室にいる面々の表情が強張った。
「お前は最初からこの戦いだけではなく、その先の戦いまで視越していたというわけだな?」
核心を抱いて問いを投げる。あるいは城戸も迅とライの間に何らかの話があった事にまで勘付いたのかもしれない。
「本気かね、迅君!?」
「確かにあやつは一度はA級に昇格した。今回の戦果もある。しかし、仮にもB級の一隊員にそのような特別扱いは……」
根付は声を荒げ、鬼怒田は不安要素を述べて反対の意思を示した。
二人の反応も無理もない話だ。迅が口にしたのはボーダーの中でもごく一部の者にのみ与えられた特権のようなもの。それをB級隊員に与えるなど考えられなかった。
「私は面白いとは思いますけどね。指揮能力があり、単騎での活躍もできる彼だ。一つの手として考えても十分なものかと」
対して一考の価値ありと口を開いたのは唐沢だ。部隊ランク戦も何度か目にし、ライの戦力を評価している唐沢は賛成の意を示す。
「……私も賛成だ」
続いて忍田も賛同した。迅の台詞でこの一連の出来事の裏を理解した忍田は素早く彼の支持に回る。
「別におかしなことではないでしょう? かつては単独でA級に昇格し、今日の戦いでは太刀川さんや風間さんでも有効打を与えられなかったおれを追い込んだ。しかもあなた方が『黒トリガーには対抗できない』と評価を下した鳩原隊員を起用して。即興で様々な部隊の戦いに対応できるという彼の強みも防衛任務で特に適している」
なおも頷かない城戸達へ向けて、迅は改めてライの評価する点を挙げて説得を試みた。
事実、迅はライの戦力を高く評価している。人には考え付かない方法で、実行しようと思わない戦い方を披露する彼の存在は大きなものだ。
しかも迅と二度戦った中で彼は二度も最高の未来を勝ち取った。こんな芸当ができる戦力は早々いない。
これから先も最高の未来を進むために。
「紅月隊長を、単独で一部隊として動かせるように権限を与える事を今一度進言します」
小南、迅、木崎、忍田。現在ボーダーで四人にしか与えられていない、防衛任務において単独で一部隊として動かせることができる権利。
それをライにも与えるようにと迅は城戸に奨めるのだった。