REGAIN COLORS   作:星月

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岐路

「わしは断固として反対だ!」

 

 再び迅から告げられた言葉に、鬼怒田が真っ先に反対の意見を呈した。

 怒声と共に握りしめた右手をテーブルに叩きつけ、重々しい音が会議室内に響き渡る。

 

「『一人一部隊扱いと見做す』。これは現状ではボーダー本部創設前より戦い、力を認められた4人にのみ与えられた特権なのだぞ! それを紅月に対して認めるなど!」

 

 鬼怒田の語る様に現在のボーダー隊員でこの権利を与えられているのはわずか4人だけ。個人最強の太刀川や迅と並ぶS級隊員である天羽でさえも該当しない特別な枠組だ。精鋭と呼ばれるA級隊員の中でも一握りの隊員、そしてノーマルトリガー最強と呼ばれる忍田のみが該当する立ち位置である。力があれば誰にでも与えても良いというものではない。

 

「力に関しては先ほども申し上げた通りですよ。あなた方とて彼の戦いぶりについては聞き及んでいるはずだ」

「……まあ、確かに制度として古株にしか認めないと定めているわけではないからねえ。そういう意味では彼の実力を反映して新たに一人付け加えても良いのかもしれない。別にこちらとしては何かを負担するという話でもない。私も特段強く否定する事はないと思いますが」

 

 迅の言葉を引き継ぎ、根付もボーダーのメリットデメリットの点から考慮して意見を述べた。

 先ほどは思わぬ提案に驚愕した根付であったが、冷静に考えればボーダー幹部としてみれば悪い話ではない。

 単独で動かせることができる隊員が増えるとなればそれだけ戦術の幅も広がるというものだ。

 一方でA級などのランクとは全く異なる枠組であるためにライへ何か個人的な報酬が付与されるという事でもなかった。ならば選択肢を増やすというこの話は特段問題があるというわけではないのだが。

 

「だからこそだ!」

 

 それが問題なのだと鬼怒田が声を張り上げる。

 

「実利のない権利だけを与えてどうする! 責任を背負わせるならばそれに見合った報酬を与えるのが筋であろう! しかも紅月だぞ! わかっているのか!? あの事件で我々が降格させておいて、未だに戻る機会さえ与えられていないというのに!」

 

 鬼怒田の怒号の勢いはすさまじく、誰も口を挟む事は出来なかった。

 鬼怒田が反対しているのは何もライの力を認めていないからではない。

 そう。この権利はA級のように何か個人に特段報酬が与えられるわけではない。ただ命令権を持つ者がその隊員を自由に動かせるようになるだけであるため名誉ではあるものの益はない。

 そもそも他の二部隊と異なり、ライの降格に関しては理不尽な面があった。ボーダーの規則や情報の漏洩の為に犠牲となったという点だ。にも関わらず、ボーダー隊員を守るために動き、ボーダーの名を守るために処罰を受ける事となり、まだB級である事を余儀なくされているライに与えるなど、ただ彼の負担が増すばかりだ。

 実際のところ、二宮隊・紅月隊・影浦隊の元A級に所属していた3部隊はB級降格後は昇格試験を受ける事さえできていない。実力不足による降格ではないため、処罰として3部隊にはその受験権利を剥奪されているのだ。

 このような状況下で『上にとって必要だから』という理由でライにこちらの方針だけを通すのはあまりにも不条理だろうと鬼怒田は訴えた。

 

「むう」

「それについては私も同意ですね。さすがに虫がよすぎる話ではあると思います。彼のみならず、隊員たちの上層部に対する不満が溜まりかねない」

「私も同じ考えだ」

 

 勢いに押されて根付が黙り込む中、唐沢と忍田が賛同の声をあげる。

 発言者である鬼怒田に続き3名の意見が揃う事となった。

 まだこの話については残る城戸と根付の意見が出ていないが、この場に集う者の過半数の者の見解が一致した事になる。

 

「ええ。なので、もう一つおれの方から進言させてください」

「迅君?」

 

 この流れを逃すわけもなく、迅が一歩前に出て、城戸に真っ直ぐ視線を送って口を開いた。

 

「もう良いでしょう。あれから約半年。紅月君の部隊もですが、二宮隊も影浦隊もB級の部隊を圧倒し、全てのシーズンで3位以内を独占した。その期間大きな問題はなく、むしろあなた方へ貢献していた。当事者であった鳩原隊員も模範的な行動を示して、当時のあなた方が問題としていた戦力に関する予想をも覆した。彼らの道を阻む理由はないはずだ。むしろこれ以上彼らをB級に留めさせていては他の正規隊員たちの不平不満も増すばかりです」

「——なるほど。そちらが本当にお前が我々から引きずり出したかったものか」

「力のある彼らには相応の活躍する舞台が与えられて然るべきでしょう?」

 

 迅の台詞に城戸が肩をすくめる。

 風刃と対抗する手段として城戸達に借りを作らせたのも視ていたというのならば、ここまでの流れが全て彼の思惑通りという事だ。

 ライを一個人で動かす価値がある事を城戸達に示し、賛同者を集めて。そこで発生する問題点を解決する策を同時に提示する事ですべての不満を解決する。

 

「二宮隊・紅月隊・影浦隊の3部隊を再びA級へ昇格していただきたい」

 

 これでようやく彼に報いることができる。

 迅は柔らかな笑みを浮かべてそう発言したのだった。

 

 

————

 

 

「少し意外でしたよ、開発室長」

「むっ? 何がだ唐沢くん?」

 

 会議がようやく終わり解散となった後、会議室を出たところで唐沢が鬼怒田へ声をかけた。要領を得ない問いに鬼怒田が首を傾げると唐沢が一つ間をおいて話を続けた。

 

「あなたが紅月君の事を案じ、支持した事ですよ。降格の際の会議ではどちらかと言うと中立寄りの立場であったような覚えがあるのですが、何かありましたか?」

 

 忍田や林藤ならまだ理解できる。ライは忍田から技を学んだというし、迅や瑠花王女関連の話題で林藤とはよく縁があった。

 しかしライと鬼怒田の繋がりについてはよくわからない。

 鬼怒田は物事の決断においては情に流されずにどっしりと構える人物であった。根の良い人物ではあるのだが、率先してライを庇おうとするとは信じられなかった。

 

「——ふん。大したことではない。わしとてランク戦などでやつの戦いぶりは目にしている。常人では考え付かないようなトリオン体の使い方、トリガーの駆使は開発部でも評価が高い。だからこそそんな奴が評価に反した不当な立場に居続けるのは納得できなかっただけだ」

「なるほど」

 

 確かにライの戦いは従来の人間では考え付かない戦法も多い。

参考にする人物も多いのは開発部でも同様という事だろう。唐沢は納得の表情を浮かべた。

 

「まして、奴が妹を失ったという事情もあればな」

 

 加えてライの妹を失っているという過去も鬼怒田の心境に少なからず波を与えたのかもしれない。

鬼怒田には実家に送り返した愛娘がいる。そんな彼女と同年代くらいの妹を失ったというライの事を無意識に気にかけていたのだろう。

 

「それに——」

 

 さらに付け加えていうならば、

 

「わしは紅月の体の現状を、誰よりもよく知っている」

 

 開発部室長として検査した彼の体の事が心に引っかかったから。

 鬼怒田は自分の表情が苦虫を噛み潰したように歪んでいるのを自覚しながら、重々しく呟いた。

 

 

————

 

 

「本当にお前の行動は理解できないな。簡単に風刃を引き渡しやがって。俺のリベンジをどうしてくれるんだ?」

「そんな事言われてもおれからはもうできる事はないよ」

「……風刃を使って俺達を撃破する事で風刃の価値を高め、そのお前に紅月を対抗させる事であいつの価値も釣り上げたかったのか?」

「さっすが風間さん。話が早い」

「ふん。ムカつくやつだ」

 

 一方その頃、同じく会議室を離れた迅は廊下で太刀川と風間、先に戦った二人につかまり質問責めにあっていた。

 すでにボーダー本部から風刃が本部の手に渡ったという事が彼らにも伝わった事で迅の思惑を二人とも理解し、口をとがらせている。

 撃破された上にこの戦いが彼の思惑の上だと判明したのだ。無理もないだろう。

 

「正直な話、負けるのは当然ダメだけど勝ちすぎてもちょっと展開的に良くなかった。そういう点で紅月君がそっちについて上手く立ち回ってくれたのは大助かりだったよ」

「あいつが引き際を見定める事も計算の内か」

 

 風間の口からため息がこぼれる。戦いにおいて引き分けに持ち込むというのは勝つよりもよっぽど難しい事だ。非常に綿密な戦況のコントロールが要求される。

 それにも関わらず、この男は精鋭中の精鋭たちを相手取り、しっかりと成果をあげつつも達成した。もはや呆れすら抱いてしまう。

 

「で? そこまでお前が立ち回ったんだから相当の目的があるんだろうな? 近界民と紅月は、そんなにこの先の戦いで役に立つのか?」

 

 迅が黒トリガーを差し出してまで動いたのだからそれに匹敵するだけの価値があるはず。

 太刀川は迅を逃がさぬようにじっと見つめて核心に切り込んだ。

 三輪隊を単独で撃破した近界民、何度も戦った事があるライの事は認めている。だが、迅が風刃を、師の形見を手放してまで優先する価値とは一体どのようなものなのか。

 

「——うちの遊真ならそういうのを期待してってわけじゃないよ。あいつにはボーダーで楽しんでもらいたくってね」

 

 この質問に迅は表情を変えずに淡々と答える。

 彼の言葉に偽りはなく、迅は本当に遊真にこの世界で、ボーダーで楽しい時間を送ってもらいたいと願い、遊真の入隊を認めさせたのだから。

 

「紅月君については——まあこれでボーダーが助かる未来が生じたわけだけど」

「だけど?」

 

 一方で、ライの話題となると迅は言葉に詰まり、表情を歪める。

 太刀川が相槌を打つ中、迅は後頭部をかきながら言葉を絞り出して、

 

「まだ安心できない未来が視えちゃったんだよね」

 

 そう答えたのだった。

 新たに浮上した未来。

 それは決して楽な道のりではなかった。

 

 

————

 

 

 その頃、話題に上がっているライは瑠花王女の元を離れ、冬島隊の作戦室を訪れていた。

 

「改めて今日は助かったよ。鳩原の分もかねて礼を言わせてもらう」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべ、ライが真木に対して礼を述べる。告げられた真木は小さく手を振って問題ない事をアピールしながら感謝の言葉を受け取った。

 

「別に。大したことじゃないよ。今回は他のオペレーターもいたから思ったより処理は少なかったしね」

「そう言ってもらえると助かる。瑠花にはこの時間にまで負担を強いるわけにはいかなかったからね。君が二つ返事で応じてくれたのは幸いだった」

「あら? 私には負担をかけても良いって意味?」

「現に君は期待に応えてくれただろう?」

「フッ。そういう事にしておこうか」

 

 お互いがお互いの力量や性格を把握しているからだろう。

 二人の間に遠慮はなく、必要のないものだった。

 黒トリガー争奪戦において、ライは『紅月隊』と名乗って参戦していたが、これは正確ではない。紅月隊のオペレーターである瑠花は不在であり、戦闘員であるライと鳩原のみが参戦し、真木の支援の元に戦っていたのだ。

 ライが語る様にこの夜遅くに受験も控えている中学生を駆り出したくはなかったというのも理由だが、おそらくは他にも理由があるのだろう。そこまで察したものの真木は深くは尋ねずにライの言葉をそのまま解釈する事とした。

 

「まあそこまであなたが気にしなくて良いよ。うちの当真も最後はあっさり退場していたからね。下手すれば途中からすることがなくなっていたわけだし」

「痛い所をつくねー真木ちゃん」

「実際俺も万全の状態ではなかったからな。——うっ!」

 

 オペレーターの辛辣な言葉に当真が目ざとく反応する。

 本来の冬島隊は敵を討つのは当真一人であるため、こう強く指摘されては否定もしにくい。

 しかも冬島の体調も完全に復調していたわけではないのでなおさらであった。冬島も真木の言葉に同調し、再び気分が悪くなったのか突如両手で口元を抑え始めた。

 

「大丈夫ですか、冬島さん?」

「ああ。すまん。トリオン体から戻ってちょっと気が抜けたと思ったのかもな」

「酔い止めの薬を持ってきましたが、飲みますか?」

「助かる。——ふう」

 

 冬島はライから飲み薬を手渡されるとすぐにコップに水を注ぎ、一緒に飲み込んだ。

 一息つくと薬を飲んだという安心感からか早速顔の緊張がゆるんだように見える。

 

「まったく。危うく今日の任務に参戦すら出来かねなかったんだから困ったものだよ」

「そこは本当にすまない……」

「まあまあ。こうして無事に終わったわけですから」

「そうだぜ真木ちゃん。あんまり責めてやるなって。むしろ戻って来たばかりなんだからちょっとはゆっくりと気を休めてだな」

 

 再び真木の手厳しい、容赦ない指摘が冬島に襲い掛かった。

 冬島の弱っている姿を見かねてライと当真はたまらず助け舟を出して彼を守ろうとしたのだが。

 

「ゆっくりする暇があるの、当真? さっき今先輩から公欠中に出されたという課題が山ほどあるって言ってなかった?」

「————」

 

 彼女の矛先が自分に向けられると、当真も黙り込んだ。

 

「……おい、紅月」

「何だい?」

「お前の力を見込んで頼みがある」

「彼に自分の課題をやらせるならやめときなよ、当真」

「俺まだ何も言ってねえじゃん」

 

 咄嗟に目の前の人材に助けを求めようとしたのだが、真木に先手をくじかれてしまう。相変わらず容赦がない。

 

「いつもの事だしわかるよ。当真達が考え付きそうな安易な考えくらいはね」

「……こえー」

 

 年上に対する発言とは思えない真木の態度に、当真は頬をひくつかせた。

 

「紅月、お前よく真木ちゃんとあんな自然体で気軽に話せるよな」

「えっ? そこまで?」

「ああ。実は俺も同じ考えだ」

 

 先の会話を思い出し、当真と冬島が小さな声でライに耳打ちする。

 

「だって年上であろうとお構いなくキッツイ指摘するし喝を入れるから恐れられているんだぜ?」

「たしか若村とかは見下されてる気がするとか話してたな」

「んー。僕はそうは思いませんけど」

 

 真木は16歳とは思えない落ち着いた物腰から、手厳しい意見が飛び出すことが多い。

 だからこそ彼女を恐れる隊員も多く、そんな真木と変わらずに接するライに二人は驚きを抱いて話したのだが、当のライは思い当たる節がないのだろうかいつもの調子で答えた。

 

「そもそもこちらが真面目にしている分には理佐は非常に理知的で頼りになる人だし、発言は非常に的を射た言葉ですから。むしろ彼女は穏やかな性格で、理不尽に怒ったりなんてしませんよ?」

『それはお前が真木ちゃんに怒られるような事をしていないからだろ』

「そんな威張って言われましても……」

 

 ライの口からは想定に反した評価が飛び出す。

 しかしこの人物像は相手がライのような真面目な人物であるからこそ。そんなのは自分たちには当てはまらないだろうと二人が声を揃えて反発した。

 

「んっ?」

 

 彼らの意見に『仕方がない』と続けようとして。

 ライはポケットの中の携帯端末に通知が来た事に気づいた。

 すぐに視線を端末へと移し、内容に目を通す。

 その知らせを見て、ライの目が見開かれた。

 

「どうしたの?」

「ごめん。招集がかかった。僕はここで失礼するよ」

 

 真木の問いかけに短く答えてライは素早く自分の持ち物を整理し始めた。

 

「招集? なんだ、さっきの任務についてか?」

「ええ。おそらくは。——城戸司令からの招集ですので」

 

 呼び出し主の名前を挙げれば冬島もそれ以上尋ねる事はしない。

 ライは一礼すると冬島隊の作戦室を後にし、会議室へと急ぐのだった。

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