「度々呼び立ててしまってすまない。しかもこのような真夜中だ。抵抗はあったのだが、今回の決定に関しては君たちの意思確認後、できるだけ早期にもう一度会議を開き、最終決定を下す必要があったのでね。招集に応じてくれた事、感謝する」
会議室に一人入ってきたライに城戸は静かな声で謝罪と感謝の言葉を述べた。
部屋の中には城戸とライの二人のみ。他の上層部の面々はすでに部屋を後にしている。城戸の語る通り、あくまでもこれは先の会議で決めた事をライに告げ、その後改めて会議を開き、決断を下すという事だろう。鬼怒田や根付、唐沢といった城戸派の面々も不在なのは、彼の率直な意見を聞きたかったという意志の表れかもしれない。
「いえ。構いません。私も任務の直後で体がすっかり覚醒していましたから。やるべきことがないわけではありませんが、城戸司令の命より優先するものなどありませんよ」
「うむ。君のそう言った殊勝な姿勢はありがたい。しかしこのような時間帯でもまだ仕事があったという事かね? 忍田君も語っていたが、どうやら多忙な生活を送っているという君の話は本当だったようだ」
ライの気遣いに表情筋をわずかに緩めつつ、城戸は思った事をそのままライに問い返した。
忍田から防衛任務以外にも様々な仕事を積極的に取り組んでいるとは聞いていたが、まさかこのような深夜の時間帯にまで及んでいるとは想像もしていなかった。
「ああ、いえ。今回はちょっと違います。太刀川隊長や当真隊員たちから遠征中にたまっていたレポートや宿題提出の手伝いを頼まれていまして」
しかし続けられた説明に肩透かしを食らう。精鋭中の精鋭たちの予想外の一場面を耳にして、城戸は言葉を失った。
「……なるほど。よくわかった。後で忍田君を通じて彼らには少し灸をすえるとしよう」
「えっ? いえ、構いませんよ。いつもの事ですし」
「そうか。いつもの事なのか」
ライは淡々と答えるものの、即座の返答がかえって彼らの印象を悪くする。高校生・大学生としてこのような状況は決して芳しくはなかった。
やはり後で忍田君に一報を入れておくべきか。
そんな事を考えつつ、話が本筋から逸れてしまった事に気づいて城戸は小さく咳払いを入れた。
「そちらの点は君の負担が減る様にこちらも留意しよう。——さて、夜も遅いし本題に入ろうか。改めて今回の任務、ご苦労であった。君の働きは他のA級隊員や敵対していた迅隊員も高い評価を下している。精鋭部隊に勝るとも劣らない活躍であったと」
「過分な評価、ありがとうございます」
惜しみない賛辞を受け、ライは小さく会釈した。落ち着いた対応に小さく頷き、城戸は一つ間をおいて話を続ける。
「ついては今後の防衛任務のためにも、君の働きを見込んで権限を与えるべきであるという声もあがった。そちらについて君の意思を確認したく、君をこの場に召集する事となった」
「権限、ですか?」
「ああ。君も聞いた事はあるだろう。忍田君を筆頭に木崎隊員・小南隊員・迅隊員に認めている、単騎で一部隊と見做し、防衛任務に当たらせるというものだ。それを君にも、と今回の戦いを見て推す者が現れてね」
思いもしない提案にライの眉がピクリと反応した。
彼の動きを知ってか知らずか、城戸はさらに説明する。
「とはいえこの権限は与えられるだけでは特に報酬が増えるという事はない。もちろん近界民を単独撃破する機会が増える事によって従来の出来高払いが増える事はあるが、固定給が生じるという事ではない。あくまでも部隊運用に当たってより指揮の手札を増やしたいというこちらの思惑によるものだ。——どうかね? この話、受けてもらえるだろうか?」
会議で鬼怒田が不安視していた事をありのままライへと伝えた。
この提案は決してライにメリットがあるわけではない。そのため後で『聞いていない』と不都合が生じないように、公平性を保つためにありのままを伝える事を城戸は選んだ。
ボーダーの為という意味合いが強い、かつての彼に対する決断と似通った提案に、ライは。
「わかりました。それが人々を、仲間を守る事につながるというのならば、喜んで引き受けましょう」
二つ返事で快諾した。
「——良いのかね?」
「はい。私でよければ微力ながら全力で任務に当たりたいと思います」
「そうか」
繰り返し問われても意志に迷いはない。
ライが戦うのはあくまでも人を守るためであり利益は二の次であった。だからこそ自分に益がない事であろうとも、それで後々の戦局につながるならばとはっきりと意思表示する。
「わかった。ではその方針で進めさせてもらう。——そして、その上でもう一つ君に、君たちに話すべきことがある」
「もう一つ? まだ何か?」
招集の目的が終わったものと思っていたライは続けざまに放たれた言葉に目を細めた。
城戸の口から話すのだから重要な案件なのだろうが、正直予想がつかない。しかも『君たちに』とわざわざ強調するように語った事が気にかかった。
「ああ。他にも進言があってね。仮にも特権を与える隊員が、A級隊員たちと互角の実力を示した紅月隊が、そしてその君たちと同等の戦いをランク戦で演じている二宮隊・影浦隊がいつまでもB級であり続けるこの現状はいかがなものかと」
——まさか。
言葉にはしなかったものの、ライは先の展開を予想して表情を崩した。
「そこで来たる戦いに備えるためにも君たち3部隊を今一度A級に戻すべきではないかと提言がなされた」
そしてやはりライが想像した通りに城戸は語った。
降格から約半年間。元A級としてのプライドを守るためにも、3部隊はB級3位以内の座を独占し続けた。
だがそれでも彼らが昇格試験を受験する事を認められる事はなかった。
あるいは部隊を解散しない限りはもう二度と声を掛けられないという思いも脳裏をかすめていたからこそ、この発言は非常に大きな衝撃を与えたのだった。
「……では」
「しかし」
ライが恐る恐る質問をしようとしたその矢先、城戸に先手をくじかれる。
あまり好ましくない、話題を転じようとする話し方にライの目が細まった。
「現状を鑑みて、君たち3部隊を昇格させる事は不可能であるという判断に至った。すでに前シーズンの昇格試験を受ける日程は終了しており、予算の算出や部隊運用、スカウトの派遣調整などは決定している。このような状況下で3部隊もの隊員たちが一斉に枠組を変えるのは、かえって任務および業務に支障が出るだろう」
「——なるほど」
『あるいは』という希望を打ち砕く解説に、しかしライは冷静に頷く。
彼も部隊運用や組織運営については理解を示していた。
A級とB級の隔たりは大きい。特に緊急時においてはこの二つを分けて指揮する事もあるだろう。そうなると戦闘員とオペレーターを合わせて約10人というこの変更は大きく影響を及ぼす事となる。
有事に備えて本部で待機する隊員、前線へと駆り出される隊員など役割分担するにあたってもこの意味合いは大きい。
わかるからこそ強く言い返す事はできなかった。
「そこでだ」
とはいえだから何もしないというわけでもない。どこか気落ちした雰囲気のライに、城戸はこの空気を変える一手を打ち出した。
「その代わり、君たち3部隊にはA級昇格試験を受験する資格を回復させ、次シーズンでB級2位以内に入れたならば昇格試験を受ける事を可能とし。そしてA級に戻れたならば時期に関わらずすぐに遠征選抜試験を受ける事を認めよう。もちろん、鳩原隊員の認定取消に関してはなかった事としてだ」
すぐに昇格させる事はできない。
だが他の部隊と同様に昇格試験の受験資格を回復させ、そして彼らの目的であった近界遠征のための試験も即座に参加できる事とする。さらに一度は合格を取り消されたという鳩原の選考に関しても見直すという。
即座には不可能だが、それでも一度は断たれた道が再び可能性を帯びる事となった。ライ達にとって最善ではないもののその次には良いと言えるほどの好条件である。
「——ありがたい。こちらとしては僕はもちろん二宮隊長たちにとっても文句はない決定でしょう」
現実的に可能な手段としては最適解だ。ライも特に反対はなく、この城戸の言葉を素直に喜んだ。
「そうか。この決定については後日、正式な辞令として公表する。次シーズンからは改めて君たちはB級2位以内を目指してもらう。他の部隊と同様にだ」
「もちろんです。そこまで認めて下されば十分です。今までと何も変わりませんから」
「ならば何よりだ。——話は以上だ。異論がなければさがりたまえ」
「わかりました。それでは、失礼します」
資格さえ取り戻し、平等な機会を得られたのならばそれ以上望む事はない。後はただ自分たちで取り返すのみ。
それだけの自信と実績は持っていた。
互いにこれ以上語る事はなく、ライの承諾を持って深夜の会談はこれで終わりを迎える。
ライは深く一礼して会議室を後にする。浮かれる様子はないが、それでも雰囲気は非常に和らいだ接しやすいものだった。
「どうやら、上手く事が運んだようだね」
その様子は話を聞かずとも話し合いの行く末を悟るには十分なものだった。
部屋の外でライの出現を待っていた隊員——迅は軽い調子でライに声をかける。
「ええ。おかげさまで、と言っておけばよいでしょうか?」
「いやいや。おれはボーダーの為に動いただけだよ。——ちょっと話がしたいんだけど、良いかな?」
「……まあ、答え合わせは早めにしておくに越したことはないですね」
彼の語り方、ここで待機していた事、今回の騒動の経緯などから城戸へ進言した者が誰なのか、ライもある程度察しはついていた。
ならば一連の出来事を確認しておくことは悪い話ではない。
迅の誘いにライは二つ返事で頷くのだった。
————
「風刃の受け渡し、空閑遊真の入隊認定、合同部隊の攻撃取消。そして3部隊への昇格試験受験資格の回復に、僕の単独行動の権利の認定。ここまでが、あなたの視ていた未来ですか」
ボーダー本部の中庭へと場所を移し、迅が購入したコーンポタージュを受け取って、ライが口火を切る。
振り返ってみるとこの短時間で非常に大きな変化が起きたものだ。
しかもあえて話題にはあげていないものの、さらに同盟国との関係なども裏では働いていたのだから影響はより重大なものである。
「いくつか視えていた中でも最高の、それでいて可能性がかなり低かった未来、ってところかな? 特に最後の二つは君の活躍なしではありえなかったからね」
「なるほど。あなたの中で僕の期待値は低かったと視えますね」
「いやいや。期待はしていたけどそれをはるかに超えてきたってだけだよ。そもそも鳩原ちゃんとか冬島さんたちまで借り出してくるとは想像が難しかったからさ」
すでに敵対関係は終わったからこそ二人は冗談交じりに話を展開していた。
現にこの未来を成し得た可能性は限りなく低いものだった。そもそもライが参加するかしないかの時点で分岐が始まっており、さらに他の参加者の有無によって未来は容易に変わりうる。下手すれば嵐山隊が三輪や出水達を迎撃して収束する事態もあり得たのである。
その上で合同部隊との共闘が上手く行くか、迅を翻弄できるかという問題だった。非常に険しい道のりであった事は、火を見るよりも明らかである。
「僕を単騎で動かせるようにしたというのは、今後何らかの重要な、大きな戦いがあると?」
「うん。結構そこが重要なポイントでね。色々とできる、自由に動き回れる人材が欲しかったんだ。きっと君ならば受けてもらえると思っていたよ」
さらにライは与えられた権限について切り込んだ。
迅にとってもこの決定が大きなものだったのだろう。コーンポタージュを飲みほし、息を整えると真剣な表情で話を続けた。
「話を聞けば意図を勘付くと思ったし。君は何かを守る事に関して機敏みたいだからね。今回の任務、瑠花ちゃんを外したのもそれが理由だろう? いざという時、また彼女も隊務規定違反をしたと言われないように彼女を遠ざけた」
忍田から今回の騒動に関与した隊員に対しては皆隊務規定違反の処罰は与えないと耳にしている。そしてそのオペレーターの中に瑠花の名前が入っていなかったことから、迅は改めてライが真木にも隠していた彼の本質を見抜いていた。
『大切な存在だからこそ遠ざける』
かつてのあの時のように彼女を騒動の中心から遠ざけたのだと。
「……仰っている言葉の意味がよくわかりませんね。そもそも瑠花は今まで隊務規定違反など犯していない。紅月隊の降格は僕個人への処罰によるものです。彼女は何も関係がない」
「ああ。ごめん、そういう事になっていたね」
「迅さん」
しかしライはあくまでも平然と彼の意見を否定する。強く釘を指すものの、迅はわざとらしく笑うためにライは視線を細めて彼を睨みつけた。
気分を害した事を理解して迅もさすがに引き下がり、空気を変えるべく咳払いを一つ入れる。
「悪かった。——とにかくこれで君たちは皆元に戻れる機会をつかんだわけだ。鳩原ちゃんもさほど負い目を感じずに済むだろう」
「そうですね。それに関しては僕としてもこの戦いに参加した甲斐があったというもの。お互いに目的を果たせて何よりです」
「ああ。おれとしても遊真を本部に認めてもらうってのが重要だったんだ。秀次の仲介もしてくれて本当に助かったよ」
「そこは少し難しい事になりそうですが……」
親しい友人の名前が出るとライの表情が暗くなった。
結局三輪とは完全にわかりあえる事無く別れており、米屋達チームメイトに任せる事になっている。
最後に見た三輪の表情は暗く、何を考えているか読めない状態であった。いずれタイミングを見てしっかり話すべきだろう。
しかしそれは時を置くべきだとも考えた。ライの打ち明けた彼の考えは三輪にとっては受け入れがたい事であり、衝撃を受けていた事はよくわかったから。
ゆえに今ここで気にするべきはむしろ——
「空閑遊真、か」
迅がここまで執着する空閑という存在だろう。ライは今一度新たにこの地に現れた近界民であり、騒動の元となった幼い少年の名前を反芻する。
「あなたがここまでした人物だ。しかもかつてあなたが僕に指導を依頼した三雲も共にいる。相当重要なポジションになるんでしょうね?」
「どうかなー。ま、俺としてはあいつにはボーダーで楽しんでもらいたいって一心だな」
「……そうですか」
再度問いかけても明確な答えは返ってこなかった。
迅は緩い口調でのらりくらりとかわすのみ。あるいはこれが本当に彼の本心であるかのように。
これ以上は聞いても無駄だろうと判断したライは大きくため息を吐いて、そして迅に誓った。
「今回の一件は、僕たちにとっても重要な局面となった。あなたがここまで信を置くというのならば。——約束しましょう。空閑、三雲、雨取。彼ら彼女らがボーダーに敵対しない限り、ボーダー本部の中では僕も陰ながら彼らを守り、支援していきます」
玉狛支部に所属し、あちこちで暗躍を続ける迅ではいざという時にボーダー本部内で彼らを守り続ける事は難しいだろう。特に近界民である空閑は何かの拍子で問題とされかねない。三輪のように反近界民派も多い。だからこそその時は自分が仲介に入るとライは約束するのだった。
「おお。それはありがたい。皆も心強いだろう」
「ただしあくまでも中立的な立場としてですよ。彼らの方に明らかな非があるとするならば話は別だ」
「それで十分だよ」
『ありがとう』と短く告げて迅は頭を下げる。
「君がこちらに協力的になってくれてよかった。——なら、ついでにもう一つお願いがあるんだけど良いかな?」
「何ですか?」
「うん。これは君自身の事ではないんだけどね」
ここまでライが迅に対して心を開いてくれた今ならば話をつけておくべきだろう。
そう判断した迅は喜び勇んでライに新たな望みを託す。
「来年の頭くらいかな? 時期が来ればまた話そうと思うけど。君の部隊のオペレーターである瑠花ちゃんを、しばらく
「殺すぞ迅悠一」
「判断が早すぎる」
返答までわずかコンマ1秒。ライの驚異的な反射神経により、迅に対する温和な態度は早くも崩れ去った。
「人の心はないのか? 恥を知れ外道」
「うん。君にこの話題をするならば説明を先にするべきだった。全部話すからちょっと待って欲しい。わかった。順を追って説明するから」
「二度とボーダー隊員を名乗るな。今すぐ僕の旋空弧月の射程から消えろ」
「一度選択肢を間違えただけでそこまで言う!?」
もはや排除すべき敵としか見ていないような冷たい目で迅を射抜く。
言葉の端々に殺意が籠められており、迅は慌てて弁明を開始するのだった。
瑠花王女「それは災難でしたね」
迅「彼、保護欲が強すぎるんだよ。今回の騒動に参戦する事を決めたのだって瑠花ちゃん(王女)の事だったでしょ? 君からも少し諫めておいてよ。君の言葉なら耳を貸すはずだからさ」
瑠花王女「んー。でも私からすればライがそこまで怒るのは私達をそれだけ大切に思っているって感じて嬉しいんですよね。……ねえ迅。あなた今度ライに会ったら『瑠花ちゃんたち、君がいないところだと君に見せられないような可愛い一面もあるんだね』って意味深な笑みを向けて言ってくれませんか?」
迅「瑠花ちゃんは新たな戦争を始めたいのかな!?」
サイドエフェクトは関係なしに迅はライが烈火のごとく怒る姿が視えたという。