教室内は熱狂に包まれている。それもそのはず地球から留学生がやってきたからだ。ゲートで繋がっているとは言え学生がおいそれと行けるものではないので、異世界な存在との邂逅に皆興奮気味である。唯一の例外はこの中で冷静さを保っている、というよりも大量に残ってるカリキュラムを片付けなければならないので意識を向ける余裕がないイーサンだけだ。一応彼が最初に出会った人物で、アカデミーの制度の一つである新入生のサポートを在校生が行うパートナーシップ制度でバディとなるのだが、今の状態ではバディもできようがない。
幸いなことにこれから授業が始まるので留学生当人である千景へクラスメイトからの熱烈的歓迎はなんとか抑えられた。チャイムがなって担任の先生が教室から出ていくのと同時に机の周囲が防音シールドが包まれて、擬似的な個人スペースが作られる。ランナーの適性があれば入学するアカデミーの特性上、カリキュラムを始める時期が個々人で違ってくるので座学に関しては高度な学習用AIとマンツーマンで行う方式となっていた。すごく発展した自習なのかなと思いつつ、千景は浮かんでくる立体映像に目を向けて最初に選んだ地理のカリキュラムを開始する。
『起動確認、はじめまして放上千景さん。私があなたのカリキュラムを担当します学習サポートインターフェイスのメイズです。以後よろしく~』
「イーサンくんからは聞いていたけど、すんごいハイテクだな……。外から音も聞こえないし個室にいるみたいだし、AIの合成音声も肉声とほぼ変わらないや」
『当然ですよー! なんてったってAI技術の最高峰ジンズ社製ですから! あ、宣伝になっちゃいましたね。早速授業始めますよ、千景さんは留学生ですから内容も特別仕様です!』
起動した学習用AIメイズはまるで生きてるかのように流暢に話して、驚く千景を雑談混じりながらに授業へ向かわせた。最初の授業に地理を選んだのはゲネシスを知るために手早い手段ということで生徒会長のクラリッサがアドバイスをくれたもので、カリキュラムそのものも彼女が組んでくれたものである。
『ゲネシス』とは空中大陸の名称とともに人類の生活圏がそこしかないことから世界そのものを指す言葉でもあり、大陸は各地を治める自治州(セクター)とそれをまとめるコーテックスという連合体から成り立ち、アカデミーもそのコーテックスによる傘下にあった。
『セクターはたくさんありますが、どれも異なった趣がありますよ。それで昔は争いが耐えなかったこともありますけど、今はオラクルがまとめてるので大丈夫です』
「56あるセクターはそれぞれが自治権を持ってて、軍隊はコーテックスがまとめてるんだね。コーテックスの中心地は空中都市で司法も別の場所に独立してある感じかな」
『大正解です! 飲み込みがはやいですよ、バートレットさんなんてすんごく……、あ、これは秘密ですよ?』
まるで友達と気安く話し合うように授業と思えぬ授業は進んでいく。メイズは全てのユニットで情報共有されているが、個体ごとに個性があるようで千景の担当は親しみやすいように感情制御がかなりフリーとなっているようだ。調子は変わらずにメイズは次の議題へと進んでいく。
ゲネシス大陸が浮遊しているのは大陸の大部分が特殊なオルガナイト結晶によって構成されてからで、巨大な地盤をまるごと上空3000メートルに浮かばせるだけじゃなく、核より漏れ出したオルゴンが大陸の周囲に満ちることでガレリアを近づけさせない守護領域を作り上げた。大気中に漂うオルゴンはゲネシスでのエネルギー源でもあり、既に機械の補助無しでオルゴンを取り込んで使用することができる人類は過半数を超えている。
「へぇー、こっちの世界の人達はすごいな。オルゴンを生み出すどころか操れもしない僕がランナーでいいのか?」
『いいのですよ! オルゴンの使用には個人差がありますし、取り込める人だってどこまで出来るかピンキリです。だから誰でもオルゴンにアクセスできるV.I.Mがあるんですから。それにSCSに適合してストライダー乗ってガレリア倒してるんで、千景さんは誰がなんと言おうと間違いなくランナーです!』
「そうかな……、ありがとう」
こうしてメイズと会話しつつ要点をノート―と言ってもホログラムで出来たキーボードで打ち込むテキストデータ―にまとめつつ、ゲネシスの地理情勢を千景は学んでいった。途中でも休憩を挟めるのだが、授業に集中していたからか気づいたらお昼に近い時間となっている。学生のペース配分を考えて無理のないように授業を進めるのもメイズの役目であるのにと酷く気落ちしていたので、AIを人間が慰めるという一風変わったやりとりが行われた。
ここで本日の座学は終了でお昼休憩を挟んで午後からはランナーとしての技量を高める実技授業が始まる。ここからのカリキュラムが一番特殊なところなのでじっくりと選定して、自身の能力にあった技能を伸ばしていくのが大事だ。ちなみに参考にとイーサンの実技カリキュラムを借りてきたのだが、そのほとんどが飛行訓練に費やされていて射撃訓練と格闘訓練がほんの少々ある程度となっている。これでは参考にならないとメイズも千景も意見が一致だ。
『まず、こんな頭おかしいカリキュラムは置いておきまして、千景さんの実習カリキュラムは当面のところ見学が主体ですね。いきなり人間が空中でチャンバラしたり、エネルギーの波動をぶつけ合うのに参加したいなら別ですが』
「すごくそそられるけど、命が惜しいから見学に専念しとくよ」
『それが懸命です。実技の内容や行われる場所はファインダーに入れておきますから、お昼楽しんでくださいね。大変だと思いますけど』
最後に何か不穏な一言を残してメイズとの通信が切れて、机のソケットに入れていたホロファインダーを制服の胸ポケットに差し込む。お昼休憩にしようと防音フィールドを切って立ち上がるが、ここで初めてクラスメイトの視線がなぜか自身へ集中していることに気づいた。実はみんな千景が立ち上がる機会を待っていたのだが、結局午前中のうちにそのタイミングが来なかったのでお昼になっている。その理由は至極単純、異世界からやってきた転校生にインタビューしたいからだ。
机から立ち上がった瞬間に周囲をクラスメイトに取り囲まれて、一瞬このまま血祭りに上げられるなのかと思えてたが、周りのみんなから負の感情は感じられない。それどころか好奇と期待と羨望の眼差しを向けてソワソワしているものだから、千景もどうすればいいのか判断が取れず、構える間もなく質問攻めが始まった。
「放上くんだよね。地球から来たっていうけど、どんなところから来たの? ゲネシスより広くてたくさんの国があるんだろ? 俺は特に日本ってとこに言ってみたいんだ。あのマンガやアニメーションを生み出したすんごい国なんだろ? ほら聞いたこと無い――」
「ねえねえ海ってどんなものなの? 本や資料映像なんかで見たことはあるけど、実物は見たことないんだ。地球は水の星っていうらしいからすんごいとこよね、どんな感じなのかしら? プールや湖なんか目じゃないけど、それがすんごく大きくなったもの――」
「えっと、えーっとね、僕はちょっと―」
「おいおいおいおい、お前ら! 人が必死こいて机に齧りついてるってのによぉ~、なにピーチクパーチクやってんだ、いい迷惑だぜこのやろう~~!!!」
取り囲まれてあたふたする千景と好奇心を走らせるクラスメイト、そのどちらもが怒号の主へと顔を向ける。それはゆらりと立ち上がって目を真っ赤に充血させたイーサンであり、彼も千景と同じく午前中ぶっ通しで座学をしていた。だがそれはこれまでのツケを清算するためであり、自業自得と言われる代物である。一応千景を助ける目的もあるが、それよりはこの鬱憤を晴らすのがメインとなっている理不尽ぐあいだ。
千景は首根っこを掴まれてそのまま宙へ放り出されると、教室の出口に着地して同時にお昼ごはんの入った弁当箱もキャッチする。振り向けばクラスメイトの前に立ちはだかったイーサンは腕を広げて変な構えをみせ、対するクラスメイト達の中から1人坊主頭の少年が前に出て荒ぶる鷹のポーズのように構えた。
「千景、ここはオレが食い止めるからお前は誰にも邪魔されずゆっくり昼メシを食べれる場所を探せ。こんなに騒がれちゃあ、ばーちゃんがせっかく作ってくれた弁当が台無しだ。さてストレス解消も兼ねてお前らをボコらせてもらうぜ!」
「まったくいつも美味しいとこどりかイーサン。その常日頃の行い、授業と同じくツケを払わせてやるぞ。くらえ、我が鳳凰旋風脚を―」
「なんだかよくわからないけど、それじゃまた!」
突如として始まった次元も程度も低いバトルに皆の気が向いてる隙に千景は教室を離れ、ゆっくり食事を取れる場所を探す。ちょうどホロファインダーが校内の地図を表示され、目的地が定まった。学園モノなら定番中の定番、屋上である。
「ごちそうさまでした」
弁当箱の中身をスッキリ綺麗に平らげて千景は箸を置いた。ここはドーム状になったアカデミーの屋上で人が過ごせるようにしっかりと床が敷かれてベンチなども整備されているが、人目を避けたい千景はそこから離れた塔屋らしき建物の影にいる。ここは見晴らしが悪く日当たりも悪いであんまり人気がないからちょうどよく、少し陰気くさい場所でもおばあちゃん手作りのお弁当の美味しさは微塵も変わらなかった。
ご飯も食べ終わったので午後の準備に向かう。溜まった座学が残ってるイーサンに代わってアズライトが案内役を務めてくれるようで講堂前に集合と約束してあるが、ここまでたどり着くのに結構時間を使ってしまってお弁当はゆっくりじっくり味わっていたからそろそろ移動したほうがよい。
特殊素材な弁当箱は少し力を入れれば小さくなっていき、ぺったんこになったそれを折りたたんでポケットに入れると屋上から駆け出した。講堂は校舎とは別の場所なので一旦外に出る必要があり、ドームの屋根をした学舎の周囲には講堂や武道場にアリーナといった訓練施設がいくつも並んでいる。玄関を出てた段階であと5分で午後からの授業が始まる感じになっており、千景は足早に進んでいたのだが……。
「うわぁッ!?」
「きゃッ!?」
曲がり角に差し掛かった時に建物の影から飛び出してきた誰かとぶつかってしまい、千景は思いっきり前のめりに倒れてしまった。しかし硬い地面にぶつかった感覚はなく、逆に柔らかくほんのりと温かな感触に包まれており、ずっとこうしていた錯覚に一瞬襲われる。
しかし、ハッと意識を戻してみれば千景はいま女の子を押し倒してその豊満な乳房に顔を突っ込んでいるという、男しては羨ましく社会的には非常にマズイ状態にあった。事態を把握した千景はまるで跳ね上がるように一瞬で立ち上がると、真っ赤になって赤くなる表情を気にする余裕もなく倒れている少女へ手を差し伸べる。
「ごごごごごめんなさいッ! 怪我とかないですか!! いや本当にごめんなさいッ!!」
「大丈夫、平気だよ――アッ! いっけない。急がないと! あなたも怪我ないよね、なら安心! ごめんね、それじゃあッ!!」
倒れていた少女も怪我はないようで千景の手をとって立ち上がるがどこかへ急いでいかないとおけないのか、急に立ち上がり手をひかれて思わず前のめりになってしまった。そのまままくし立てるように喋るとそのまま駆け出していき、ふわりと揺れる金色の三編みの残像を呆然と見送っていたが、ちょうど午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いたので千景も慌てて駆け出していく。
「ごめん、アズライトさん。遅れちゃって」
「構わないわ、時間はたっぷりあるもの。それより顔赤いけど、どこかにぶつけたの?」
「あ、いやなんでもないよ。ちょっと転んだだけだから!」
「そう。なら早速いくわよー!」
講堂の入り口前にて約束通りアズライトが待っていた。彼女は私服である深紅のコート姿でなくアカデミーの制服を着ており、ノースリーブなブラウスと黒いスカートに同じく黒のコルセットを腰に巻いてその上から黒地に赤のラインが入ったショートジャケットを羽織って赤色のネクタイを結んでいる。
近くまでやってきた千景の顔が赤くなっているのに気がついて尋ねるが、彼が何故か強めな口調でなんでもないと主張するのでそれ以上は何も言わずに早速ランナーたちの訓練所へそのまま案内してくれた。まずは基本的なところを見せたいということで近くのアリーナへ向かいながら、ランナーの戦闘能力について分類などを教えてくれる。
もともとオルゴンを取り込めばそのエネルギーを使って肉体強化や感覚強化にテクニックと呼ばれる魔法的な特殊能力を使用できるが、オルゴンそのものを生み出せるランナーは比でもないほど強力だ。例えるならアズライトは肉体強化が得意で逆に魔法的なテクニックが苦手で基礎的な念動しか使っていない。アカデミーに通う学生達は己が得意としている分野を磨き、ガレリアと戦える1人前のランナーを目指して勉学や鍛錬に励んでいた。
「みんなすごいなぁ。本当にオルゴン出せない僕が混じっても大丈夫なの?」
「問題ないわ、オルゴンを出せる有無よりもサイトロンを扱えるかどうかが重要だもの。オルゴンはサイトロンを補助して強化させる作用があるけど、代わりにはならないのよ」
「サイトロンってストライダーを動かす為に使う特殊な脳波だね。直感で動かせるのは本当に便利だったな」
「そういうこと、ランナーの感覚強化や認識能力の拡大なんかはオルゴンよりもサイトロンの方が作用してるみたいだし。あのイーサン・バートレットだってオルゴン出せない代わりにサイトロン特化タイプらしいわ」
そう言ってアズライトはイーサンに関する資料を取り出す。大抵のランナーはオルガナイトを生成できるのだが、自称してるように彼はオルガナイトの生成ができなくて生身での戦闘能力は劣っていた。その分サイトロンの適性がSランクという最高の評価を持っており、それがそのままストライダーの適性にも反映されている。千景もここまで極端ではないが、サイトロンを中心にした実技訓練が相応しいだろうとアズライトは結論づけた。
アズライトは千景を連れてきたには講堂からほど近い第3アリーナで、ここでは主に近接戦闘訓練が行われている。内部はコロッセウムの如く真円であり、周囲を30メートルほどの壁で取り囲まれて床には硬質なタイルが敷き詰められていた。そこでは剣や槍といった各々が得意とする得物をもった学生たちが1対1の模擬戦を繰り広げ、その上を5メートルから6メートルの大きさをしたロボットが空中を浮かびながら格闘戦を行っている。
「うわぁ、すご……。あのロボットもストライダーなの?」
「そうよ、私が乗ってるタイプと同じになるわ。バイク形態とパワードアーマー形態に変形する可変型ストライダー。確かあなたが乗ってるのは有翼型で良かったわよね?」
「うん、スターファイターは普通の航空機とかわらないよ。そっか、あういうのもあるのか」
「訓練機があるから乗ってみなさいよ。これもどっちが自分に合ってるか確かめるといいわ」
ストライダーにも2種類あることを知り、変形ロボットという浪漫ある単語に男の子としての部分をくすぐられずにはいられなかった。ランナーの基本能力にはジョウントと呼ばれる空間と空間を繋いで遠くの物品を手元に持ってくる技能があり、アズライトもジョウントを使って己の武器をその手に持ってくる。パーソナルカラーである真紅に染められた刃渡り80センチほどの剣であるが、よく見ると刀身の真ん中にスリット入っていて刃そのものも付いていないように見えた。
これでは切れないかと千景が尋ねるとアズライトをニヤリと笑みを見せて構えると、ブレードのラインに淡い緑色が巡っていく。そして外縁に光が満ちると同時にオルガナイトの刀身が形成されて、反りのある片刃の刀としての姿を見せた。オルゴンで形成されたブレードを持つ武器がランナーとしては基本のようであって、訓練してるみんなも緑色の刀身を振るっている。
「すごいなー。そんな風に武器を持ってきたり、刀身を作り出されるならいつでも対応可能だね」
「でも悪用しないようにジョウントを使った時やオルガナイトを生成した時はヴィムに記録されるのよ、ちゃんとアカデミーにも送られてね。さてと、まずは私がランナーの戦い方が見せるわ、えっと相手は誰が……あっ、ちょうどいいところに!」
「呼びましたかジュネットさん? おや、彼が噂の地球のランナーだね。私はニコル・ローゼンバーグ、よろしくです」
「放上千景です。はじめましてー」
「彼はアカデミーで一番剣の腕が立っているのよ。なんてったって『称号持ち』だもの」
アズライトが呼び寄せたのは貴公子然とした金髪の少年で端正なルックスながらどこかぼんやりとマイペースな印象を覚えた。レイピアのような細い緑の刀身の剣を持っているが、評判通りの強者らしいオーラは感じられない。それよりも熱を帯びた女子たちの視線を受けても微動だにしないところを見るに、そのマイペースぶりは本物だろうと千景は断言できた。
2人が言う称号持ちというのはアカデミーの生徒で成績が優秀な上位9人へ贈られる『ヴァルキュリー』の称号であり、それを持っている事がエリートの証でより優遇措置を受けられる立場になる。当のニコル少年は『オルトリンデ』の称号持っているが、その事を鼻にかけずにそれどころかあんまり出したがらないように見えた。
「そんなこといったらジュネットさんだって『ロスヴァイセ』の称号持ちじゃないですか。剣は好きで極めていたらそう呼ばれただけですから」
「謙遜を時として卑下にもなるわ、それじゃあ負け越しの私が弱いみたいじゃない? 千景にもランナーの戦い見せたいからリベンジマッチさせてもらうわよ!」
「そうですか、なら全力でお手合わせ頂きます!」
「ちょっと待ったあァァァーーーーーー!!!!!」
突如として頭上から鳴り響く待ったの声に3人が、いやアリーナにいた全員が顔を上げる。ちょうど壁の上に立っている何者かのシルエットが見えて、その人物は30メートルはあろうかという壁から飛び降りて真っ直ぐに落ちてくる。数秒も絶たずに床面に到達して着地点の周囲にある硬質なタイルを地面ごとぶち破って、大きな円状に土煙が巻き上がった。
そんな土煙が落ち着いたようやく姿を見せたのは、力強く地面を踏みしめ不敵な笑みを浮かべたイーサン・バートレットである。