黒鋼の天使は、自由の翼と共に   作:ドライ@厨房CQ

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CHAPTER 1
CHAPTER 1-1


「はぁ……、どうしよう……」

 

 ため息をつきながら砂浜をトボトボとした足取りで歩く少年がいる。彼は放上(ほうじょう)千景(ちかげ)、ここ御統(みすまる)市の統原(すばる)中学校に通う普通の15歳の少年なのだが、頭を悩ませる問題があった。中学3年生ということで卒業間際だから普通に高校へ進学するつもりなのだが、そんな中で自衛隊から思わぬ声が書けられていた。

 なぜ普通の中学生にそんなことが起きたかというと、その理由は一つ。10年前に突如として現れた巨大な雲の柱が“超空間通路”とそれを通じて現れた謎の敵性存在、それを追いかけて撃退した異世界人―ゲネシスが浸かっていた兵装コントロールシステム、それに地球上で唯一適合するのが千景だからである。

 ゲネシスにおいて謎の敵性存在―ガレリアと戦っている者が使う戦闘兵器は航空機などこちらに似通ったものだが、原理やシステムは完全に別物で特に操作系は思考制御で賄われていた。ただシステムを動かすにはサイトロンと呼ばれる特殊波動を発生させられる人間だけで、向こう側でもその数は限られているので適合者は“ランナー”と呼ばれある種の天才として扱われている。そして千景は現時点で地球人で唯一のランナーということだ。

 

「そんな大げさなの、本当にあるのか……?」

 

 異世界との交流は国連が全権を握っているが交流自体が殆どないので、千景のような一般人にとっては海の向こうぬ見える巨大な雲の柱でしかない。ある意味ではまだフィクションの存在というのが大多数の認識なのだが、御統市は日本の領海内に位置する超空間通路に一番近いということで、そちらに従事してる国連職員が多く訪れる、いわば異世界特需で経済が支えられているから他よりも異世界が身近にある街だ。

 空に手をかざしてみてもそこはなんの変哲もないただの手のひらで特別な力が宿っているとは思えない。千景は航空機は好きだし、自衛隊の方も実戦はなくシステム実証実験きへの協力といいことで、学生を続けたまま臨時の民間協力者として自由に動けるよう取り計らってくれている。それでも受けるか躊躇しているのは、空を飛ぶというのはたとえ非戦闘であってもどれほど危ないのか知っているからだ。

 

「そりゃ飛行機好きだし、自在に操れるのも魅力的だけどさ。遊びじゃないんだよね」

 

 結局脳内議論は堂々巡りで決着がつかず、ただため息を漏らしだけで視線を砂浜に落とす。そんな千景の頭上で空を切り裂くジェットの爆音が轟き、見上げれば沖合の上空に黒い影があった。まるで巨大なコウモリかエイのような扁平な身体に菱形の翼を広げ、先端から流線型の細長い頭部が伸びている。後ろから伸びる長い尻尾からまさに生物のようであるが、表面の無機質さや足が無くて代わりに伸びているエンジンノズルからむしろ機械的に思えた。

 まっすぐこちらを目指して飛んでくる黒い未確認飛行物体に対して、後方から追いかけてくるクリップトデルタ翼形の航空機である。灰色のロービジカラーとは不釣り合いなファイヤーパターンが翼に描かれていた。

 2機とも陸地に向かっているが後方にいた戦闘機が突如として爆発したかのようにエンジンノズルから爆炎を噴出させて、その推力に物を言わせて更に加速していく。あまりにも強すぎる加速度に機体が歪んで崩壊していくのも構わずに肉薄し、文字通り炎の翼と化した機体が漆黒の翼とぶつかり合い、激しい閃光が迸って直後に爆発音と衝撃波が周囲に広がっていった。

 

「うわああぁぁぁぁ!!?? い、一体なにが……」

 

 海岸まで届いた衝撃波の吹き飛ばされそうになったところを何とか踏ん張って海に目を向ければ、ここから数キロもしない上空でぶつかったらしく2機の残骸がバラバラと落ちる。とんでもない空中衝突事故を間近で目撃して唖然としている千景の視界に更に信じられないものが映った。

 重力に従って海に落ちていく残骸の中で明らかにそれを無視した挙動で浮かぶものがあり、射出されたコックピットの座席がパラシュートも無しで自力で飛びながらゆっくりと砂浜の方へ降下してくる。そして目の前に軟着陸するとそこに座っていた謎の人影が立ち上がり、大きく身体を伸ばすのだった。

 

「だぁーッ、なんとかギリギリで落とせたな。しっかし帰りの足がなくなっちまったぜ……。通信はっと、やっぱ圏外かー」

 

 姿を見せたのは千景とそう年齢は変わらない少年で、白いワイシャツにスラックスを纏いネクタイやベストを着込んで格好からはどう見てもパイロットとは思えない。左手に巻いたリング状の機械をいじりながらボサボサでツンツンに立っている赤髪をかいているが、視線を上げた彼と目が合った。

 人がいることに別段驚く様子はなくて、またしても腕輪の調子を確かめると片手を上げながら明るい調子で親しげに声をかけてくる。どうにも調子は軽そうな感じだが悪人には見えなかった。

 

「あー君は地元の人? こっちの言ってる言葉わかる? 別に怪しいもんじゃないけど、騒がしくてすまんな。……って、怪しむなって方が無理だよな」

「えっと、そ、そんなことは無いですよ。ただちょっと現実離れしてて理解が追いついていないと言いますか―」

「まー仕方ねえよな。とりあえずオレはイーサンって言うんだ。君らが言うとこの異世界人ってやつだ」

 

 イーサンと名乗った少年は指鉄砲を作って撃つ仕草をしながら自らを異世界人と称し、そんなおどけた言い回しにどこかおかしくて思わず吹き出すとしばし2人で笑い合う。ひとしきりに笑ったあとでイーサンは軽く状況について教えてくれた。

 あの炎が刻まれた翼が戦闘機こそがイーサンの乗機であるストライダーで、黒いエイみたいなガレリアが向こう側から防衛網を破ってここまできたという。それを追いかけてなんとか追いつけたところで残弾が尽きてしまい、最後の手段であるリミッター解除と突撃によりガレリアを撃破できた。

 

「そ、そんなことが……。というか突撃ってただぶつかっただけだよね!? 本当に大丈夫だったの!?」

「オーバーだなー。確かにアレだけの高等技術は超スーパーグレートに特別なオレだからこそ出来るものだからな!」

「だよねあんなことする人ほかにもいないよね……。ガレリアって危ない奴だけど、あなたもなかなか……」

「なんだいその目は? まぁガレリアは危なくなったのは最近だな。今までこんな新型出して事なかったぜ」

 

 向こうの世界の空中に住まうゲネシスと地表を完全に覆ったガレリアとの睨み合いが1000年以上も続いているが、その殆どは小康状態で小競り合いに終始して大規模攻勢も数えるほどしかない。しかし10年前に地球と超空間通路が繋がって以来、ガレリアは見たこと無いほどに活発となってゲートへの襲撃や新型の投入などを繰り返していた。

 だからガレリアは地球を狙っている。そんなは話を聞かされて背筋が薄ら寒くなるが、語った当人は目を細めて千景の顔から全身を凝視して、初めて躊躇という状態を見せながら訪ねてきた。

 

「なぁ、ちょっといいか? さっきから気になって仕方なかったんだが、君って女? それとも男?」

「え、あ、僕は男ですよ、こんな顔だから間違われ――!?」

「なるほど、確かに男だな」

 

 顔立ちが中性的だから学生服を着るようになってからは減ったが、小学生の時は幼馴染と並んでると姉妹と間違われることも多々あったので、イーサンのように疑問を浮かべる相手にも慣れている。

 だが、そう言った次の瞬間に股間を思いっきり鷲掴みにされて物理的に確かめられのは初めてで、その痛みとショックで固まってしまうもすぐにイーサンを睨んで講義した。

 

「い、いきなり何すんの!?」

「まぁまぁ確かめるにはこれが一番でよ。んー、どうやらお迎えが来たみてえだ」

 

 目尻を釣り上げて怒る千景を軽く受け流してイーサンは沖合に目を向けて、仕方なく怒気を込めた視線をそちらに向けると確かに海を割くように水上バイクみたいなのが近付いてくる。海面から数メートル上を飛んでるエアバイクも、ストライダーと呼ばれる異世界の航空兵器だ。外見はバイクみたいだがシートがある胴体部は航空機らしくキャノピーで覆われており、赤と黒に塗られた機体は砂浜まで着くとゆっくりと降下する。

 キャノピーが後ろへスライドしてシートが浮き上がると、そこに跨っていたのは長い銀髪を靡かせた少女であった。背丈は千景よりも高くスラッとしていて、身体に密着するレオタード状のスーツの為か豊満な少女身体の起伏が強調されている。間違いなく美少女であり、キリッとした赤い瞳は千景に目を向けてからイーサンへと注がれた。

 

「あーその機体はずっとついてきてくれてたよな。君みたいな可愛い子ちゃんが乗ってたなん――ぐぉッッ!!!???」

「アンタのせいでこっちはいい迷惑なのよ! さっさと大人しくしなさい」

 

 つかつかと近寄ってきた少女はまずイーサンの股間に向けて思いっきり膝を叩きつける。強烈な一撃をもろに受けて鈍い声を口から漏らしてそのまま倒れ込み、少女は悶絶したままのイーサンをロープで縛り上げていった。

 まるで理解が追いつかずにただ呆然と眺める千景に、手を動かしつつも少女が同情するように笑みを向ける。やはり顔立ちは整っている美少女なのだから、直視するのもなぜだか躊躇わられた。決して足元で容赦なく雁字搦めに縛られていくイーサンがいるからではない。

 

「ごめんなさいね、いきなりこんな変な奴に絡まれて。コイツはしっかり私が送り返すから安心してね」

「あ、あ、はい。でも彼はここを守ってくれたんです。確かにすごく変な人ですけど、そこまで縛られるほど悪い人じゃないんじゃ……」

「確かにそれは事実ね。でもコイツは許可なく通路通るわ、地球側の防衛機構にいらぬ手間をかけさせるわ、人口密集地の近くで危険飛行するわで余罪が色々とあるの。だから出頭してもらわないとね」

 

 イーサンの余罪をつらつらと述べる少女の姿から、やっぱり彼は異世界でもとびっきりにおかしい人で普通な人もちゃんといると確認できてどこか安堵した。足先から首の下までグルグル巻きになったイーサンを機体の後方に積みながら、銀髪の少女も不幸な形でファーストコンタクトになった少年へ謝意を述べる。

 

「こんな形のファーストコンタクトなんて少し申し訳ないわ。でもこれも何か縁だしまた会えるといいわね。それじゃあ、今回のことは友だちとかに喋っても大丈夫だから安心して」

「ありがとうございます。でもこんな事を話しても信じてくれなさそうなんで胸にしまっておきます」

 

 赤いストライダーが浮かび上がるとゆっくり海の方へ進んでいき、海岸から離れたところで一気に加速して小さく水平線の向こうへ消えていった。たった数分の出来事ながらすごく濃い体験をしたものだから、今は吐き出したため息はない混ぜになったいろんな感情が漏れ出したものである。

 さっきの人にはああ言ったが家族には一応話しておこうと決めて、千景はここへ来た時とは真逆な軽い足取りで帰路に着いた。

 

 

 

 

 

「報告はアズライト・ジュネット君より聞いている。それでイーサン・バートレット君、なにか申し開きはあるかね?」

「いえ、その通りですよ司令官殿」

 

 超空間ゲートの周囲に置かれた人工島郡、その一画にある防衛部隊の司令室にてイーサンは気怠げそうに査問を受けている。股間に思いっきり膝蹴りを食らった挙げ句雁字搦めにされたのだから気分は良くないわけで、査問役の司令はそんな彼の態度を気にすることなく淡々と進めていった。

 査問と言えど提出された報告書に目を通しつつイーサンからも確認をとるといった具合で、記載されたものとはかねがね相違ないからイーサンは肯定していく。一通りチェックを終えた司令は報告書を閉じると、フッと一息漏らしてからイーサンに今回の処分を告げた。

 

「ゲートの無断通過は本来重罪だ。しかし新型ガレリアの撃退にも成功してるので、そこを考慮して1週間の飛行停止処分とする。それから撃墜現場近辺でのガレリアの影響調査を命ずる」

「影響調査ですかい?」

「そうだ。地球にガレリアが到達した時点で完全殲滅が確認するまで監視活動が行われる決まりになってる。さっそく現地に出向いてほしい」

 

 無許可でのゲ―ト突破となるとそれなりに重い処分が下るのだが、新型ガレリア撃退の功もあってか軽い処分だけで許された。それよりも司令が重要視しているのはガレリアの完全殲滅であり、地球に侵入したガレリアは欠片も残さず全て消滅させるのが地球側との取り決めとなっている。

 既に先方へ周辺海域での封鎖とガレリアの捜索を依頼しており、イーサンにもそちらの始末が命じられて別段拒否する理由もないので頷いて受理した。処理は終わったとのことで、イーサンは力の入ってない敬礼をすると踵を返して司令室から出ていく。

 

「待ちなさい、そこの大馬鹿野郎」

「ゲッ、玉蹴り女じゃねーか。また玉を蹴りに来やがったのかー。それにバカとは何だ、飛行とつけろ飛行と」

「た、たまッ……!? 私はアズライト・ジュネットというちゃんとした名前があるの、覚えなさい! それにもう蹴るつもりはないかた股間ガードやめなさい。……ってバカ呼ばわりはいいの!?」

 

 司令室の扉を出てすぐのイーサンを呼び止めたのはここへ連行した当人である銀髪の少女―アズライトであり、彼女はレオタード状のパイロットスーツの上から真紅のコートを羽織っていた。そしてイーサンは先程の出来事からその顔を見た途端に股間をガードしていき、その行動や言動に少女よりツッコミが入る。

 ちなみにイーサンが大馬鹿野郎と呼ばれているのは無許可でのゲート進入に防衛機構を全て回避してガレリアを自爆まがいで撃退したという滅茶苦茶なところから、ここの者達が呼び始めたものであるが、イーサン自身はバカ呼ばわりに対してはいつも少し的はずれな反論を見せていた。

 

「うるさいやつだなー。オレに用があるんだろ?」

「えぇ、まともに付き合うと疲れそうだわ……。用ってわけじゃないけど、その様子だとガレリアの動向調査を依頼されたみたいね。だから地球で変なことして人に迷惑とかかけないでよね。私ら皆そんな風に見られちゃうんだから」

「アンタはオレのかーちゃんかよ? そこんとこは心配ご無用だぜ、オレは超スーパーグレートにすんごいだからよ!」

「あぁ、心配だ……。まぁとりあえず頑張って……」

 

 声をかけたのが間違いだったと言わんばかりに顔を曇らせて頭を抱えたアズライトはゲネシス行きのターミナルの方へフラフラと歩いていく。それを不思議そうに眺めていたイーサンも反対側にある御統市行きのターミナルへ向かっていった。

 

 

 

 

 

「そのパーツはそっちに運んでくれ! あ、それは壊れやすいから気をつけてな」

 

 とある格納庫内にて機械のパーツがいくつも運ばれて並べられていく。しっかりと整然された物からスクラップ当然のものまで色々あるが、規則性のある並び方で置かれていって、それは十字架か翼を伸ばした鳥のように見えた。その通りここでは航空機のレストアが進めれられていれうが、ただのレストアではない。

 作業員の中心に立って指示を出す老人こそがレストアの主導者となる博士で、簡単な三面図を引いた後はそのまま製作を開始する。本人曰く細かいところは全て頭の中に収まっていると語っているが、監督役である背広の男性は残骸だらけの格納庫も相まって不安を感じていた。

 

「博士、本当に大丈夫のですか? この計画にはかなりの予算が使われていますので……」

「なーに心配はご無用、これだけのパーツとスタッフがいるのだからのう! 最高に仕上げてみせますぞ、この仕様書以上にな!」

「あー仕様書から逸脱しないでください! なんか心配なんですけど―!?」

 

 綴じられた分厚い紙の束をバンバンと叩きながら博士は豪快に笑うも、背広の男は半分泣きそうになりながらも必死に止めていく。くしゃくしゃとなった仕様書の表紙には極秘の文字とともに『国産ストライダー製造計画』と書かれていた。


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