「フハハハ、今帰ったぞ!! ……って誰もいないの?」
勢いよくドアを開け放ちながらワールドが帰還する。ここは彼が率いる自称最悪の反動組織『ヴィジランズ』のアジトであるが、その実態はただの住居スペースで生活感がにじみ出る散らかり具合を呈していた。その中に置いてあるソファーへ勢いよく飛び込むとだらしなく身を投げだしており、ランナー達に混じってガレリアに侵食されたプラットフォームを右往左往して疲れ果てている。
そんな怠惰の極みとも言える有様なワールドの姿に呆れたような表情を浮かべながら1人の少女が部屋の中へ入ってきた。手慣れた動作でテーブルの上に散らかるゴミ類を片付けると、濃紺の口当てを下ろしながら手近な椅子に腰を下ろす。
「あなたは私がいないとまともに掃除できない生活無能力者なのですか? 一応は組織の長なのですからしっかりしてください」
「なんだいリッカ、いたのか?」
「今戻ったところです。首尾は上々かと」
呆れたように肩を落とす少女―リッカは口当てと同じ濃紺色なボディースーツに身を包んで暗い青色の長髪を左右に結んでおり、彼女は先日千景とイーサンとソレスシティのスラム街で遭遇したサイボーグ少女その人だった。数枚のチップをテーブルに置くとそれを滑らせてワールドの近くに出すと、立体映像が浮かんでいくつかの情報が流れていく。
ついさっきまでの怠惰な姿はどこへやら伸びた姿勢のまま鋭い眼光で情報を一通り読み続け、内容に満足するように頷いた。これからの行動指針がその脳内で構築されていくのと同時に不敵な笑みが浮かんできて、この時のワールドが一番生き生きしているものだと副官たる少女はいつも思っている。
「よし、これで奴らの次がわかるぞ。奴らへの潜入という危険な役目を完璧にこなしているな!」
「いえ、これが仕事ですから、ただ一つだけ聞いていいですか。なぜ彼らを巻き込んだのです?」
リッカが尋ねた彼らとは千景とイーサンの事で、ソレスシティでの遭遇も向こうの仕事である工作員として動いている中でワールドより接触するよう指示を受けたからだ。ランナーとしては目立つ存在であるがまだ学生に過ぎない彼らを引き込んだところで戦力としてはあまり期待できないところだが、ワールドはそれは違うと訂正する。
「別にあの子達を仲間にしようとしたわけじゃない。彼らと我らの目指す位置は同じ、つまり同志だ。若き同志に先達として助言をしてのさ。今回の遠征もそれだ」
「そうですか、それはご苦労さまです。で、本音は?」
「彼らはジョーカーさ! このまま巻き込んで色々かき回してもらいたい! その方が面白いだろう?」
ニカっと笑うワールドに対してリッカは大げさに頭を抱える仕草を見せた。これが世界最悪の反動組織ヴィジランズの最高幹部会議において必ず行われるものである。こんなのでよく今まで組織が回っていたのかと思いたくなるが、ワールドという男は容易く成し遂げてきていた。
「さて、指針は決まった。目に物見せてやるぞカウンシル!」
ゲネシスのネットワークはオルゴンによる量子ネットワークが主流だから膨大の情報をやり取りが可能で、もはやもう一つの世界と言えるほど成長している。誰にも開かれたオープンなものや鍵を知る者しか入れない閉じられたクローズまで雑多で細かなネットワークがテクスチャの如く重ね合わせられた世界の深淵、そんな奥底に潜むものがあった。
入るための鍵となるパスワードを入力すると生体認証が始まって紋章が浮かび上がるとログインが成功した事を示し、まるでオペラ劇場を俯瞰した配置図が現れる。こここそが『カウンシル』の会議場で座席に当たる部分にはログインしているメンバーが在籍している事を表し、そして舞台に位置する場所に鎮座する者こそ会議の進行役であり何よりカウンシルの首魁となる存在だ。
『列席の方々、如何でしたか今回の演目は?』
『まったくもって素晴らしいです! まさにマイスの直系たる『エージェント』様にしか出来ぬ御業でございます』
『あの不気味で不可解なガレリアをいとも容易く手懐けるとは、これで我らの宿願に近づきました』
開口一番にメンバー達が口々に首魁たるエージェントを讃える。それは先程行われたガレリアの制御実験であり、エージェントが作り出した特殊ガレリアが通常のガレリアを上書きしてその制御をこちらが好きなように操るというものだ。
実験は見ての通り成功し更に対象となった侵食済みプラットフォームで活動していたランナー達への攻撃も一定の成果を出しており、これを本格的に運用していけば世界最強の軍隊を手にしたのも同然と言える。エージェントが作り出したカウンシルに集いし匿名の幹部たちもその恩恵に与って成功した者たちで、コーテックスの上層に食い込む権力者達だ。
『しかし、これは通過地点に過ぎません。エージェントたるこの私が望むは新世界の創造。ガレリアの力はその尖兵であり、貴殿らは新世界を担っていく人材。その為に邁進しつづけるのです』
『全ては我らが大望の為!!』
「大望か……。フッ、滑稽だな」
「ええ、全くですわ。まぁ、この俗物共にはいい目眩ましで餌になりますわ」
称賛の大合唱が行われているカウンシルの秘密ネットワークを見ながら嘲笑を浮かべるのは、黄金仮面に被りながら豪奢な金髪を湛えた青年である。ダウン1着だけという軽装で天蓋付きのベッドで横になりながら、隣に並ぶ少女へアイスブルーの瞳を向けた。
その隣には1枚の布で出来たような純白なワンピースに身を包んだ銀髪の少女が白銀の仮面を手にしながら、愛おしそうに青年へ腕を回して身を委ねている。2人にはカウンシルの会議など眼中に無いが少女は時折仮面に向けて言葉を投げかけ、それに反応するようにネットワーク内の『エージェント』が発言を行っていた。
「そうだね、私の天使たるエル。新世界に住まうは僕と君だけ、アダムとイブが世界を作るんだ」
「嬉しいです、我が主フィムブル様……。本当はずっとこうしていたいのですが、まだまだやることがありますわ」
「ああ、続きは全てが終わってからだね。さぁ行きなさい愛しの従僕、君こそが世界を変えるマイスの化身だ」
「行ってきますわ主様、必ずや吉報をお届けいたします」
名残惜しそうにベッドから離れると銀髪の少女―エレノアの身体が浮かび上がる。頭上にある光輪(ハイロゥ)が輝きながら彼女を包み込むとその場から姿を消して、エージェントとして外へ出ていくのだ。仮面を外しておもむろに投げ捨てるとベッドの天蓋や壁が溶けるように消えて、緑や花々が生えた庭園とそれを囲う白い石畳へと姿を変えた。
いまフィムブルがいる場所は巨大な白亜の塔の最上部に位置するまさに空中庭園であり、その周囲は虹色に輝く空と星の瞬きが輝く海がどこまでも続いている。そんな異界の頂上より眼下を見下ろしながら青年はよく通る声で宣言した。
「さぁ。世界よ。再生の時が始まるよ」