「ぶっえくっしょーん!?」
「イーサン先輩、隙きあり! いっけーっ!」
「フッハッ! なんのこれしき!」
大きなくしゃみとともに頭を大きく仰け反らせるイーサンであったが、直後に一条の閃光がかすめて飛んできた。銀色の長銃を構えたルーテシアは片膝立ちでこちらに狙いを付けており、彼女の周囲には銃身と同じく銀色の筒が浮かんでいる。
体制が崩れた隙きを逃さず号令ととも銀筒が取り囲むように動きながら一斉にレーザーを撃ち出していき。しかし全方位から迫るそれをイーサンは身体をわずかに反らせる最小の動作で回避していった。お返しにと左手に握るムニンの速射で周りに浮かぶ銀筒を弾き飛ばし、右手のフギンをまっすぐルーテシアに向けて光弾を放つも急速に戻ってきた4本の筒が盾となって弾いていく。
「だいぶ上手くなってるぜルーちゃん! オービットガンの使い方もバッチリだな」
「うん、シスターが使ってたからかよく手に馴染むんだ。でもイーサン先輩、一発も当たってくれないじゃないですかー」
「ハハハッ、オレは目がいいからな。とりあえず別メニューといこうか」
本体から分離飛行するオービット兵装はオルゴンの念動で複数を動かさなければいけないので扱いづらいのだが、ルーテシアは適正があるのか使い始めた昨日の今日でほぼ完全に使いこなしていた。対峙するイーサンも決して手を抜かずに超感覚を駆使して全方位から迫るオービットの銃撃の全てを回避し続けて、2丁拳銃で弾き飛ばしたり反撃の一撃を彼女に向けて放っている。
それに対してかわいい後輩が頬を膨らませて抗議しているのだが、先輩の威厳もあるし何より訓練用の低出力と言えど当たれば痛いので回避に専念していた理由だ。しかしやり過ぎて彼女の機嫌を損ねても先輩として如何なものなので、指をパチリと鳴らすとあらかじめ準備していたターゲットポッドを一斉に呼び寄せる。
「わーすごい数、全部でいくつあるんだろう」
「オレも途中から数えるのやめちまったぜ。さーて的あて大会といこうか、まずはオレからだ!」
「先輩、避けてばかりじゃなくてちゃんと撃ってくださいよ?」
対戦中は殆ど撃ってなかったイーサンに対してルーテシアよりジト目混じりな視線を送られて、期待に沿うよう白黒の銃をホルスターから引き抜くと掌の中で一回転させながら構えた。円筒形の上部と無数の足が伸びる下部を持つ中型トレーニングポッドは回避と攻撃を行ってくる高等トレーニング用で、訓練場の上空を埋め尽くす数が相手では苦戦は免れそうにないがイーサンは不敵に口角を上げる。
ポッドの戦闘システムが起動して一斉にレーザーを発射しイーサンは右手を顔の近くまで引いて左手を突き出した構えを崩さぬしっかりとした足捌きで光のシャワーを通り抜けていき、傍から見ればレーザーをすり抜けているようで観戦しているルーテシアは実際ひどく感心していた。
「ほえー、イーサン先輩のスルースキル高すぎ……」
「フッ、これだけで驚かれちゃ困るぜ。お楽しみはこれからだ!」
回避に徹していたイーサンはポッドの群れのほぼ中心にまで移動しており、同時に2つの銃口より眩い光が瞬いてポッドが静かに墜落していく。中心に入り込まれて同士討ちを危惧したポッド達が攻撃の手を緩めなければいけなかったのに対して、踊るような足捌きとスナップを効かせた両腕の動作による360度への銃撃は全てが致命的な一撃となった。
ランナーが持つ五感強化と肉体強化を組み合わせれば発射されたブラスターのエネルギーボルトすら後出しで弾くことはアズライトのブレード捌きによって証明されているが、肉体強化が弱い代わり五感強化が極まった超感覚を持つイーサンは相手の位置や銃口の先から予測して当たらない場所や死角に潜り込んで相手の動きを読んで偏差射撃を撃ち込むスタイルをとっている。初動と同じ構えで残心を取りながら撃ち終えると周囲のポッドの大部分が落ちていくのだった。
「ま、オレにかかればざっとこんなもんよ――あれ? ルーちゃんどこだー」
残心の構えのままドヤ顔でギャラリーの方へ顔を向けるもそこにルーテシアの姿がなく、どこにいったのかと周りをキョロキョロと見渡す。訓練場の内部はほぼ真四角な広い空間であるが厚い間仕切りで分けれているのでいくつかもの小部屋と繋ぐ通路があるのだが、今いる小部屋と通路の出入口辺りに出ても彼女の姿はなかった。
一体どこに行ったものかと訓練場の中心を通り抜ける廊下を進んでいくが、道すがらいつもとは異なる違和感を覚える。その理由は傷を負っている学生が多く見受けられることで、ルーテシアはその中で手当を行っていた。
「はい、傷口は消毒して包帯巻いたからあとは安静にしててね。深くないから1週間もあれば治ると思うよ」
「あ、ありがとう……。ちくしょう、なんで暴発しちまったんだ……」
「暴発? 武器かエフェクトがおかしくなっちまったって感じか」
「あ、あぁ。ちゃんといつもと変わらない感じでエフェクトを出したのに、いきなり強く出てきてこの有様ってわけだ」
応急処置を行っている彼女の邪魔をしないようにジョウントで持ってこれるだけの応急処置を手渡し、治療を終えた学生から話を聞く。どうも風系統のエフェクトを出していたのだが突如として制御ができなくなって巨大な風刃を作ってしまい自らの腕を切ってしまったが、幸い傷は深くなくルーテシアの見立て通り完治まで時間は掛かりそうになかった。
問題なのは彼のような突然の暴発による負傷者がかなりいることである。応急処置をしている者も多くいて救護班も到着しており、なかなか物々しい雰囲気に包まれていた。こうした暴発による怪我は少なくはないが大抵はオルゴンやエフェクトの扱いに不慣れな新入生が起こすもので、しかし今回は経験のある学生ばかりが負傷する事態となっている。
「こりゃ、なにかあるな。ちょいと調べてみるけど、ルーちゃんはどうする?」
「救護の人も来たみたいだし、素人は邪魔しないようにしないとね。先輩についてくよ!」
「よっし、なら決まりだな!」
その場で手当てされたり医務室へ向かったりしていく怪我人を避けるように狭い裏道を選んで訓練場を離れて、イーサンは隣の区画へ繋がるスロープを進んでいった。この先も訓練施設となるのだが戦闘技術ではなく電子戦や医療面といったバックアップ技術を育成しており、電子戦練習場にある193番室へノックもせず扉を開け放つ。
「テミン、邪魔するぜ」
「イーサン氏よ、入るときはせめてノックをしてほしいのですよ。それに女の子を連れこむにはいささかムードに欠けますぞ、ここは」
「お、お邪魔しま~す……」
部屋の中でいくつもホロディスプレイを展開して作業をしていたのはイーサンのクラスメイトでミスターデータベースの異名で知られるテミン・ブレンソンであり、突然で無遠慮な訪問に眉をひそめつつも快く招いてくれた。後ろにいるルーテシアがいることに気づいて椅子を用意して軽食として置いてあるチョコバーを差し出し、イーサンがそれをかすめ取るように口へ放り込む。
なんとも自分勝手な振る舞いを見せるがテミンは気にせずチョコバーを食べ始め、傍若無人なイーサンもジョウントでティーポッドとティーカップを呼び出すと自作ティーバッグにお湯を注いでいき、部屋中に芳醇な香りが漂ってくると3人はくいっと紅茶を口にした。
「相変わらず良いお茶ですな。それでなんの用ですかな?」
「甘いチョコに合うブレンドさ。用事ってのは医務室の負傷者リストのピックアップと訓練場の監視カメラ映像を呼び出してほしい。今日の分だけでいい」
「それって勝手にプライバシーを覗くって奴っすよ。見つかったらヤバいですぞ」
「責任はオレが全部持つ。バレたらオレに脅されて仕方なくやったと言えばいいし、何よりお前さんの腕なら足跡一欠片すら残さずにやっていけるだろう?」
イーサンとテミンは互いにニヤリと笑うと早速データベースへのアクセスを開始していく。すかさずリストがピックアップされていき先程ルーテシアが応急処置をしていた学生の情報が浮かんでいき、今日の救護者リストがずらりと並んでいった。
同時に監視カメラ映像も映し出され早回しで再生していき、ちょうど暴発事故が撮れた場面をピックアップして今度は通常の速さで流していく。しかし何回見てもいきなりエフェクトが暴発したようにしか見えずルーテシアとテミンは頭を傾げるが、イーサンはなにかを見つけたようだ。
「相変わらず目がいいですな。して何を見つけましたかな?」
「さっきのとこ、スローで再生してみな。あの女が怪しいぜ」
言われた通りにスローでもう一度見てみるがやはり何も映っておらず、最大までゆっくりとしたスロー再生でようやくイーサンが指していたものが見えてくる。暴発の寸前に通路を通った何者かがほんの一瞬であるが腕を振り上げたように見えて、その直後に事故が起きていた。
この人物が犯人であるとイーサンは見ており、発動寸前のエフェクトに向けて外部より強いオルゴンを送ることで暴発を誘発させたのではないかと考えている。しかしいくらランナーと言えど外部から相手のエフェクトを暴走させるオルゴンを当てるにはかなりの力量が必要であり、あんな一瞬の内に出来るとは到底思えないということだ。
「流石に無理がありますぞ。これだけの事をするには相当の集中力が必要ですし、何より愉快犯でするには余りに難易度が高すぎる!」
「つまり『オペレーション・フォルトゥナに参加予定の学生ランナーに後遺症が残らないが作戦に参加するには無理な傷を与える』って理由があるんだろうな。他の動画にもバッチリ映ってるしな。えーと、これは女か、どっかで見たことあるような……」
「――フィオナ・ミード先輩?」
負傷者リストに載っていた学生とオペレーション・フォルトゥナに参加する学生がバッチリ一致していた点を見て、イーサンはその妨害の為に行ったのではないかと推理している。他のカメラ映像でも件の人物は必ず暴発の現場近くにいることが確認でき、これまで後ろ姿だけのもなんとか正面から写した一枚がなんとか見つかった。
制服姿に身を包んだ女子生徒のようでどこか思い当たる節があってイーサンが頭を捻っていると、ルーテシアがその人物の名前を発する。フィオナ・ミードは最優秀成績者9人に送られるヴァルキュリーの称号を持つ1人であり、確かにあの精密なオルゴン捌きを行える可能性がある人物と言えるだろう。
「とりあえず、彼女に話を聞いてみっか。ここまで来たら真相は知りたいからな。2人はどうする?」
「あたしもいく! フィオナ先輩って前に教えてくれたけど凄く良い人で、こんな事する人だと思えないもん!」
「僕はここに残って続きをしますよ。それとイーサン氏、今回の仕事に対する報酬は?」
「うちのばーちゃんのお手製弁当1週間分、そいつでどうだ」
交渉成立のようで2人は熱く握手をかわし、テミンの見送りでイーサンとルーテシアは渦中の人物であろうフィオナ・ミードの元へ向かうのだった。