黒鋼の天使は、自由の翼と共に   作:ドライ@厨房CQ

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CHAPTER 1-6

 千景の目の前には今、別世界を繋ぎとめる巨大な雲の柱が広がっていた。キノコの傘のように広がった部分の内側が超空間通路の入口であり、輸送機を操縦するイーサンはゲートの周囲に吹き荒れる強風を気にすることなく上昇して突入態勢に入っている。

 この先にはイーサン達の世界があって、そしてガレリア達が巣くう本拠もあるのだろう。窓から超空間通路を望む千景は期待と不安で胸を膨らませ、つい先ほどまでのやり取りがまるで悠久の彼方へいってしまっていた。

 

 

 

 

 

「おー千景、起きたか~。とりあえずお疲れさ。なんかお母さんがキャプテンを引っ張ってたけど、なんかあったのか?」

「そんな大したことだから気にしないで。それにみんなには色々迷惑かけちゃったし」

「何言ってんだ、初戦でここまでやれりゃあ上々だぜ! あの眠り姫にはみんな笑わせてもらったけどな、オレだって初戦闘の時には鼻血止まらなくて笑われまくったもんだ」

 

 ベッドより起き上がった千景が格納庫へ入るとスターファイターの周りを囲うようにレイジや整備スタッフが忙しなく動いており、先に飛び出していったしのぶに連れられた日向が色々と話し込んでいる。手持ち無沙汰にしていたイーサンが千景の姿を見つけると駆け寄ってきて、その無事を嬉しそうに確かめた。

 途中で気絶して心配かけたことを謝るも、帰ってきたときの爆睡っぷりには誰もが笑っていたので気にするなとイーサンは笑い飛ばして、自身の体験談も面白おかしく語っていく。なんでもイーサンが初戦闘したのは14歳の時で、試験飛行中にガレリアと遭遇した偶発的な戦闘という似た状況でガレリアを倒してみせた。しかし、初戦闘による負荷かテンション上げて興奮し過ぎた反動か、3日3晩鼻血が止まらなかったそうな。

 

「まったくひでぇよ、鼻血だって流し過ぎれば失血死する危険だというのに、みんなオレを見て爆笑してたんだぜ! 居眠りこいてたほうがどれくらい良かったか……」

「ご愁傷様だねイーサンくん……。でも反応が人それぞれってわかって少し安心したよ。それに14歳から飛んでるなんてすごいじゃない」

「うんにゃ、初めてガレリアとやりあったのが14だけで、初めて飛んだのは確か5歳の頃だ、うん」

「一体どれだけ規格外なのさ、もう尊敬の域に達するよ」

 

 10代ながら既に10年以上飛んでいると豪語するイーサンに対して千景は呆れ果てるが、彼のぶっ飛び具合が生まれつきで根っからの空バカっぷりには敬意を覚えるくらいだ。そんな常識外れだからこそ、夢の内容という荒唐無稽なものでもすんなりと伝えることができて、その話を聞くイーサンも千景の話を興味深そうに耳を傾ける。なぜならそれは人間とガレリアが初めてコンタクトをとったことだからだ。

 1000年ほど前にガレリアと人類が接触して以来、直接触れ合えば取り込まれて何か意思表示を示すことなど一度たりとも起きていない。つまり千景は史上初めてガレリアからのメッセージを受け取った人間ということだ。、普通に考えればガレリアからの精神攻撃と片付けられるのだが、イーサンは頭ごなしに否定せずとある映像を千景へ見せる。

 

「まっさか向こうのゲートまで見せてくるとはねぇー。千景、お前さんのビジョンに映ったのはこんなゲートで間違いないか?」

「うん、間違いなくこれだよ! ゲートとは渦巻きが逆なところが記憶に残ってるんだ。これもゲートなの?」

「そうだぜ、しかもガレリアが出てくる方のゲートだ。この1枚を撮影するために200人のランナーと100隻以上の戦艦、1万の人員が全滅したのさ」

 

 ゲネシスには2つのゲートがあり、1つが地球とゲネシスを繋げる最終防衛ラインとなっているゲートで、もう1つがガレリアの発生源ともくされるこのゲートだ。こちら側との違いは千景の言う通り渦の流れが逆になっていることで、1000年前のガレリア襲来時から残されていた貴重な記録にも示されている。ガレリアの元を断つべく出陣して未帰還となった討伐艦隊が最後に送ってきた映像が今映し出されているものだ。

 ゲートの事を聞いて千景は途方もなく遠いものな気がしてくる。大艦隊で向かっても生きて帰ってこれない場所へ来いと言われたのだから、すくんでしまうのは仕方ないものだ。イーサンもランナー達の最終目標となる場所へ誘うのは罠のようにも、こちらへの挑戦にも感じ取っている。いずれにしても調べてみる価値はあるものだとイーサンは判断して千景も同意した。

 

「結局謎のままってわけだけど、とりあえず調べるしかねえな。こっちも1000年連中と付き合ってるんだ、これ以上は願い下げさ。というかお前さんも最初からその腹積もりで、オレんとこに来たんだろう? もちろん乗るぜ!」

「ありがとう、すっごく心強いよ! でもなんでわかったのさ?」

「そんなん顔に書いてるからに決まってんだろ。……まーそいつは冗談で、なんか決断した男の顔!って感じがしてな。お前さん女顔だけど」

「もー女顔は余計だよ」

 

 余計な一言にツッコミを入れつつも一緒に調査活動に参加するのを即決してくれたイーサンをとても頼りになる存在である。動くとなるとゲネシスへ渡ることとなるが母からは了承を得ているので問題はなく、あとは向こうでの生活基盤など必要になるだろうが、その点は任せておけとイーサンは強く胸を張ってみせる。

 そこへさっきまで話し込んでいた日向としのぶも合流してきたので、途中で気絶した自分をここまで運んできてくれたのだから、日向へ改めて礼を述べた。彼がいなければあのまま海へ落ちていたと思うので無事に帰ってこれたので感謝を示す。彼も少し恥ずかしがりながらも素直に受け取って、今まで話し込んでいた理由を述べた。

 

「あ、日向さん! さっきはありがとうございました。いきなりぶっ倒れちゃって……」

「いや、元気なら問題ないだ。あんな激しい戦闘で体力に消耗したんだからしっかり休んでな。それと、これからについて色々あってな、端的に言うと明日出発することになった」

「はい、……って、ええええぇぇぇぇッ!!!???」

 

 あの夢の事を調べるため向こうの世界―ゲネシスへ行く方針を固めていたが、あまりに唐突な出立の報告に物凄く驚いてしまい、伝えた日向はばつが悪そうな顔を浮かべて少し離れたところにいるイーサンとしのぶは吹き出している。

 どうしてこんなにも急なのかというとガレリアを倒したことがゲート防衛部隊より本国の方へ報告が上がり、地球初のランナーの処遇を決めるなど色々とあるので出頭要請が出たのだ。もっともこれには強制力も期限も無いので都合がいい時に行けばいいのだが、ちょうど千景が向こうで飛びたいと考えているのを聞いて善は急げと決めたのである。

 

「やっぱり急すぎたか、伸ばした方がいいかい?」

「いえ、行くと決めたんですから、いつ行っても同じです。だから明日行きましょう!」

「じゃあ、準備もしておかないとね。そうだ、お世話になるもの、お土産も持ってかないと」

「あ、じゃあウメボシってやつお願いします。あんな酸っぱいのに美味い食い物があったなんて驚きですぜ!」

 

 千景の決意表明に日向はうんうんと頷いてしのぶは準備をしなきゃと意気込んでイーサンは厚かましくもお土産をねだっている、なんとも異色な組み合わせだが心強くもあると思える面々だ。既にスターファイターはレイジ達の手によって輸送機へ積み込む作業が進められており、一緒にゲネシスへ向かうようである。

 自衛隊の機材は本来簡単には動かせないが、スターファイターそのものはレイジが出したプライベートプランに自衛隊がデータと引き換えに場所と人員を提供しただけで、製造費用もレイジのポケットマネーだ。なのでスターファイターは表向き個人の所有物だから武器を使用しないなら、どう動かしても自衛隊は関知しらないことになる。

 

「それに向こうの世界での飛行試験もあるのだから、民間人のランナーに随伴していた自衛官が向こうで機材を受領して試験を行うって手筈で整えてある。これなら制約とか審査を無視してすぐに向こうへ持っていけるさ」

「キャプテン、そちらさんもなかなかイリガールだねぇ。じーちゃんも一枚噛んでたみてえだけど、あんなイリーガルな塊の真似はしないでくれよ?」

「規則破りの常習犯であるお前が言えるか? まぁいいや、人手が足りんのだ、イーサン手伝え」

 

 規則の裏を突いて準備を進めていた日向へイーサンは賞賛しつつもイリーガルな身近を引き合いに出して呆れるも、ルール破りなら一番だとレイジから突っ込まれて確かにと妙に納得しながら、スターファイターの積み込み作業をするよう引っ張られていった。

 千景も準備があるからとしのぶに引っ張られていき、格納庫の喧騒は去って静寂が戻ってくる。まだ書類仕事が残っているのと自身の準備もあるので日向も足早にその場を離れて、あとは作業を続ける重機の唸り声しか聞こえなかった。

 

「それじゃあ気を付けていってきなさい。イーサン君や日向さんに迷惑かけないようにね。それと里心ついちゃダメだから、しばらくは電話とか禁止よ!」

「うん、母さんも身体とか気を付けてね」

「ええ、しっかり待ってるわよ。だからちゃんと帰ってきなさい」

 

 夜が明けて時計が7時を指した頃、千景たちはついにゲネシスへ向かって飛び立つ。しっかりと正装に身を包んで、荷物をぎゅうぎゅうに詰まったバックパックを背負った。見送るしのぶは相変わらず底なしに明るい調子で喋っていたが、ふっとため息を漏らして寂しそうな表情を浮かべてから背中を押した。母の願いを受け止めて、千景はしっかりと頷いて滑走路へ身体を向ける。

 航空機の待機場所には胴体が横に広がった輸送機がアイドリング状態で待機しており、この中にスターファイターが格納庫されて出発を待っていた。タラップの前には自衛官の正装である日向が待っており、隣に立つレイジはなぜかサングラスをかけてノーネクタイにジャケット姿である。イーサンの姿は見えないが、彼は操縦担当だから輸送機のコックピットにて飛行準備中のようだ。

 

「では、行ってまいります! しのぶさん、千景君のことは自分がしっかり守ります。なのでご心配ないよう、と言っても心配ですよね……」

「いいえ、日向さんにイーサン君達がいるので微塵も心配ございません。レイジさん、ご迷惑かもしれませんが息子のことお願いします」

「なんのなんの、元々こちらは大所帯だから1人や2人増えてもそう変わりませんぞ。それに腕のいいランナーはいつでも大歓迎ですじゃ!」

「じゃあ、いってきます! 皆さんありがとうございました!」

 

 タラップに足をかけて日向に続いて千景が昇っていき、その様子をしのぶや格納庫の整備士たちに基地で働いてる皆が集まって手を振りながら見送る。3人乗り込み、タラップが上がればついにテイクオフとなる。操縦席のイーサンは立体映像として浮かぶ計器類に目を通しつつチェックリストを読み上げており、副操縦席に日向が座って後方の予備席に千景とレイジが腰掛けた。

 手を振って見送る皆へ操縦席からイーサンが手を振りながら、輸送機をタキシングさせて滑走路の発進位置へ移動していく。あとは飛び立つだけだがその前にイーサンがやり残したことをないかと確認をしてきた。

 

「さぁこっから先は後戻りはできねえ……わけじゃないが、結構離れるぜ。なにかやり残したことはねえかい?」

「いや、大丈夫。このまま行って頂戴!」

『こちら管制塔、滑走路は全てクリア、いつでもいける。我々も君たちの旅路が良きものであることを願っている』

「ありがとな! それじゃあテイクオフだぜ!!」

 

 管制塔からの激励に元気よく返礼するのと同時にジェットの爆音を轟かせて輸送機は滑走路を進んでいき、ふわりと浮かび上がるとそのままグングンと上昇して蒼穹の中へ飛び込んでいく。

 

 

 地上にて見送る者たちはその姿が空に呑まれて見えなくなるまで眺めており、しのぶも息子たちの健闘を祈っていた。その隣では基地の司令である一佐が号泣しながら見送っており、、副官がなんとも言えない表情でハンカチを差し出している。

 

「いやー良かった良かった。いいか、これから彼らをサポートするのが我々の努めだ! 諸君らの奮闘に期待する……うっ、うっ」

「司令、喋るか泣くかどっちかにしてください。ほら、ハンカチを……。あ、放上さん、すみません。うちの司令がお見苦しところを。息子さんもいきましたね、寂しくなりますな」

「そうね、でも大丈夫! こっちにはとっておきの秘密兵器があるから!」

「は、はぁ……?」

 

 家族と離れるのは辛いものだからと副官の二尉が気遣いを見せたが、しのぶはあっけらかんに笑って否定する。疑問に思う彼女を後目にレイジから受け取った“秘密兵器”が詰まったトランクを引きながらしのぶは滑走路をあとにするのだった。

 

 

 

 

 

「さーて、これから超空間通路へ突入するぜ。揺れるからしっかり掴まっときな!」

 

 イーサンのアナウンスとともに機内が大きく揺れ始め、雲の柱と傘の間にぽっかりと開た黒い隙間の中へ飛び込んでいく。前後左右もわからない真っ暗闇の中を進んでいくとまるで暗黒星雲が渦巻いているようなサイケデリックな色彩を放つ嵐が横倒しでどこまでも伸びており、、渦の目にあたる部分を輸送機が飛んでいるようだ。

 今まで見たこともない幻想的ながら不安を呼び起こす光景に千景も日向も言葉を失っているが、レイジは何事もなく本をパラパラとめくり操縦桿を握るイーサンに至っては鼻歌混じりである。慣れない光景に目が疲れてから千景は窓から視線を外して日向も眉間を揉んでいたので、イーサンは窓の遮光機能を入れて入ってくる景色を薄くした。

 

「ここの景色は慣れてないとキツイからな。もーちっとどうにかならんかったのかよ。確かに勝手に繋がってるのは仕方ねえけどよ、ガイドビーコン設置できるなら、遮光板とか貼れよなー」

「あ、さっきからピカピカ光ってるのがビーコンなんだね。これに沿って行けば迷わないわけか。迷ったら二度と出てこれそうにないもんね、ここは……」

「ま、そうだな。10分ありゃあ向こうにつくからそれまでの我慢だ。ヒーリングミュージックでも聞いてリラックスしようぜ」

 

 そう言って浮かび上がる計器類である立体映像の一つを指で弾くと音楽が流れ始めるが、それは予想していたものとは大きく異なる激しい音調のものである。かき鳴らされるギターサウンドに電子的なテクノが響き渡り、操縦しているイーサンはノリノリだ。ツッコミを入れる気力も出てこなくて、そこまで悪い曲でもないから耳を傾けて超空間通路を抜けるのを待つ。

 やがて渦のトンネルが狭くなっていき、遠くで輝いている光点が次第に大きくなってきた。この光点こそが超空間通路の出口のようで機体はまっすぐ飛び込んでいき、眩い閃光で視界がいっぱいに包まれる。その光が収まってようやく目を開ければ千景の視界によく見慣れた青い空と白い雲が広がっていた。しかし息をつく間もなく機体が大きく揺れて右へ45度に傾いていく。

 まるで洗濯機に入れられたかのように錐揉み状態となり、視界が何回転もしながらものすごい速度で落ちていくのを肌で感じていた。そんな中でも操縦桿を握るイーサンは実に楽しそうであり、スピン状態ながらも風を読んで瞬く間に機体の姿勢を正常へと戻す。

 

「いやー楽しかった。言い忘れたけど、出るときはかなり風が強いから逆らわずにこうして風に乗っていくのが一番なんだぜ。まーオレならここまで回らずに出来るがどんなもんか身をもって体験するのも大事っしょ?」

「うん、簡単に立て直しできるのはすごいよ……。でもね、もう少しで死んじゃうとこだったよ!? なんでそんなに楽しそうなのさ!?」

「まったく、寿命が縮むかと思ったわい……」

「すんません、俺はもう縮んでます……」

 

 イーサンの腕前ならあそこまでスピンせずに風に乗れたはずだが、錐揉み状態だとどんな状態になるか教える為にあそこまで回転したようだ。余計な気遣いだと死の恐怖を感じた千景は思いっきりツッコミを入れて、レイジは言葉と裏腹に平然としてパイロットだからこそ他人に操縦を委ねることに慣れていない日向は腰を抜かしてしまっていた。キャビンは酷い惨状であるが、イーサンは一向に気にすることなく目の前に広がる蒼穹へ飛び込んでいく。

 低気圧の塊である雲の柱から離れれば空は落ち着いた様を見せており、千景は絵に描いたような青空を窓から眺めていた。まだまだ高度のある空域を飛んでいるので陸地まではまだかかりそうだと思っていたが、大きな積乱雲が流れて視界が晴れたその時に驚きの声を上げる。

 雲海のその上に陸地が浮かんでいたのだ。島と呼ぶにはあまりにも巨大な大地の一部が雲を薙ぎ払って、その穂先の一部を突き出している。輸送機はそのまま大地のほうへ向かっていき、シートから乗り出して操縦席に顔を近づけた千景が尋ねる。

 

「い、イーサンくん、あ、あれが……?」

「あぁ、あの空に浮かぶ大地こそが“ゲネシス”さ!」

 

 高度にして3000メートルから9000メートルの間に浮かぶ巨大な空中大陸こそが、イーサンたちの住まうゲネシスだ。遠目からでもわかる巨大な山脈とその裾野に広がる森林や湖に川といった自然環境、平坦な大地が広がるエリアにいくつも高層建築物が乱立して銀色の照り返しを放っている。

 

「ガレリアに地上を追われた人類が築いた最後の楽園、それがゲネシスってわけじゃ」

「まーそんな大げさなものを置いといて。千景にキャプテン、ようこそオレたちの世界へ!」


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