PROJECT HEALINGOOD THOUSER〈完結済〉 作:TAMZET
ひょんな事から、ザイアスペックを手に入れた少女・花寺のどかは、その機能に魅せられてしまう。一方、再生能力を手に入れ新たな形態となったサウザーは、バルカンを相手にその力を試そうとする。
次回の話からオリキャラとオリジナル設定が出てきます。
埠頭にて展開されるヒーリングサウザーとバルカンアサルトウルフの死闘はさらに苛烈さを増し、最早、刃の目には止まらない程にその速度を増していた。
元来サウザーの膂力を支えていたのは、変身に使用する、アメイジングコーカサスプログライズキーである。それを回復特化仕様のローゼンリングプログライズキーに換装したことにより、サウザーの攻撃力は著しく低下していた……はずだった。
「ふむ、アサルトウルフの攻撃力は想定の150%か。この程度では、ヒーリングサウザーの敵ではありませんね」
「その割には、お前の攻撃は擦りもしないがな!」
驚異的なまでの剛力を失ってなお、膂力でバルカンを圧倒するサウザー。それに対しバルカンが取った戦法は、一撃を当ててからサウザーの射程範囲外に離脱するというものだった。
これは、中型の肉食獣が自分より身体の大きい敵を相手に、使用する猟法の一つである。本来なら、バルキリーのような速度特化型の戦士が得意とする戦法だ。
踏み込みの度、残像が浮かび上がる程に、バルカンの動きは俊敏だ。残像を纏った爪がサウザーの脇腹をかすめ、火花を散らす。サウザーは半身を引いて槍で反撃するが、既にバルカンの身体はそこにはない。
残影すら、目で追うのが関の山……アサルトウルフの攻撃を防御できはすれど、反撃できないのだ。追撃を狙う槍の穂先が、焦れるように小刻みに震えている。
(不破、戦い方を学んだじゃないか)
刃は心中で感嘆の意を表す。
マギアを相手にただ突っ込むだけしか能のなかったあの蛮勇が、今や、圧倒的なスペック差を持つサウザーを手こずらせている。
戦士というより、人間としての成長だ。奴はもう、追いつけない領域にいるのかも知れない。
その隣で共に歩む事ができなかった、その事実が彼女の心をチクリと刺したが、その痛みを押し殺し、刃は両雄の戦いに目を戻した。
戦局はバルカン優勢のまま、未だ動かない。
「新型のサウザーとやら、意外と大した事はないな」
挑発と共に、バルカンの身体は藍紫の残像を残し加速する。先程よりも速度の乗った突撃だ。対するサウザーはサウザンドジャッカーを構え、中段に槍を構える。
サウザーの『その』動きに、刃は目を見開く。それほどに、彼の取った返し手は妙手と言えた。
先の先。
技の止まりを抑えられないのなら、相手の攻撃を読み、攻撃の瞬間を抑えればいい。シンプルながら絶対的な対策だ。さらに、天津曰くサウザーの戦力はアサルトウルフの1000%である。
元々スペックで劣るアサルトウルフに、これを回避する術はない。
「ここだ」
金と群青の交錯……結果は、金の勝利!
彼の思い通りにバルカンは左拳を繰り出し、それに合わせて組ませたサウザーの槍と豪腕に絡め取られることとなった。バルカンは力ずくで拘束を振りほどこうとするが、黄金の左腕は一度捕らえた獲物を逃しはしない。
バルカンの首を掴み、サウザーはそのまま彼を持ち上げる。群青鋼の四肢による全力の抵抗も意に介さず、黄金の騎士の手は万力の如く戦士を締め上げる。
「アサルトウルフの出力が上がっている。君は強くなった……以前サウザーと戦った時より確実に。しかし!」
鳩尾へと打ち込まれたサウザンドジャッカーの一撃が、バルカンの体を彼方へと吹き飛ばす。
倒れ伏す深青の鉄軀を見下ろし、サウザーは両腕を天に広げた。瞬間、バルカンが今まで与えてきた傷はみるみるうちに修復され、元の傷一つない鎧が再生される。
「このヒーリングには遠く及びません」
「く……そっ!!」
対するバルカンは、立ち上がるのがやっとといった状態だ。サウザンドジャッカーの一撃が直撃した箇所からは、出血にも似た火花が散っている。倒れ伏す彼を見下ろし、騎士は勝ち誇ったように槍の穂先を向けてみせる。
「忘れてはいませんか?回復力とはすなわちチャンスの象徴。全ての傷を修復できるヒーリングサウザーは、無限の機会を掴みうる、勝利者の権化だ」
「何をふざけたことを……!!」
「現実を言っているだけですよ。元来持久戦に向かないアサルトウルフと、無限の戦闘継続時間を誇るヒーリングサウザー。私の方が1000%有利だ」
この時、刃の予想は、天津の言葉に同じであった。この状況に追い込まれてしまった以上、バルカンに勝ち目はない。
ここから逆転する術は、皆無と言っていいだろう。スペック差を埋めようとよく戦ったが、ここまでだ。
(終わりだ。ヒーリングサウザーはZAIAの技術力の結晶……誰にも止められない)
しかし、その確信は直後、過去の予想へと成り下がった。
バルカンはサウザンドジャッカーの穂先を手で掴むと、ショットライザーへと手を伸ばしたのだ。
その刹那、刃は確かに聞いた……彼の声を。
「どうかな?」
柄にもない、震え声……いや!
これは、恐怖に起因するものではない。
刃の思考が止まる。
(不破、お前、もしかして笑っているのか)
何故この状況で笑える。勝利が絶望的なこの状況で。お前が虚勢を張るような男ではない事は知っている。ならどうして。
(まさか……!?)
数秒遅れて、刃の思考が、追いついた。
思いついたんだな、逆転の秘策を。こんな状況でも諦めず、倒れず、立ち向かい、その牙を届かせる。本当にそうだとするなら……
「教えてやる。戦いは兵器のスペックだけで決まるほど易しくはないってな!」
バルカンはベルトに装着されていたショットライザーを引き抜き、スイッチを入れる。
銃口はサウザーのベルトへ……引き金に、指がかかる!
『アサルトチャージ!』
すごい奴だよ、お前は。
『マグネティックストームブラスト』
刃の心よりの称賛と共に……バルカンのショットライザーから放たれた電子の狼は、ベルトへと食らいつき、サウザーを大きく後退させた。
煙を上げ、火花を散らすが、それでもなお、サウザンドライバーは壊れない。
サウザーは倒れない!
騎士が天に両手を掲げる。間髪入れず、ベルトの修復が始まった。
しかし、その隙を狙うかのように、バルカンは敵の腰元へと滑り込む。
「何……ッ!?」
「回復中は動けないんだろ。さっきのマギアとの戦いの時もそうだ。回復しながら攻撃すればいいものを、お前はそうしなかった」
バルカンの鋼の爪が、サウザーのベルトを引き裂いてゆく。導線が千切れ、金具が悲鳴を上げても、悲鳴を上げても、彼の力が弱まる事はない。
治療を中止したサウザーは彼を引き剥がそうとするが、その体は動かない。
「回復中はお前の最大の弱点となるドライバーが無防備に晒される。一か八かの賭けだったがな。その隙、突かせてもらったぞ!」
「なるほど、君の覚悟、見させてもらいました……完敗ですよ、A.I.M.S.」
天津の敗北宣言に答えるかのように、サウザンドライバーは不破の手によって引き千切られた。
プログライズキーとゼツメライズキーは無事のようだが、サウザンドライバーそのものは無残にも鉄クズと化していた。
ザイアのテクノロジーを象徴する帝冠は今、A.I.M.S.の戦士の手によって破壊されたのである。
変身を解除した不破の全身には、数え切れないほどの傷が刻まれていた。顔面など、無数の青痣と流血で見るに耐えない。対する天津は無傷だ……誰が見ても、敗者は不破であり、勝者は天津だと答えるだろう。
だが、この戦いの一部始終を見届けた刃は、本当の勝者を知っていた。その事は、彼女にとって不思議と誇らしくもあった。
その感情を処理する先がどこにあるのか、分かり切っているはずのそれを、あえて探す。凍り付いていた心に去来する、わずかな安らぎ。それに心を預けながら、刃はかつての同僚の元へと歩み寄る。
しかし、至福の時は長くは続かなかった。
2人の足元のコンクリートが、突如として爆ぜたのである。
直後に空を裂く破裂音。
何者かによる銃撃があったということは、すぐに分かった。
「ドー!ビョー!」
3人を囲むように現れたのは、海から上がってきた赤面のマギア達。その姿は、かつて暗殺特化型ヒューマギアが指揮していたドードーマギアのヒナに酷似している。
数にしておよそ6体。それら全ての頭部には、ウネウネと蠢く黒い触角が生えており、彼等の異質さを際立たせていた。
敵は複数にして未知数。対してこちらのハンディは、怪我人1人と戦力外1人。
「これでは分が悪いか……!」
迫り来るドードーマギア達に刃は憎々しげにそう溢し、ショットライザーで銃撃する。
銃口の先はマギア達……ではなく、彼らの足元。着弾した箇所から小さな爆発がマギア達の一帯を中心に巻き起こり、土煙が彼らの視界を奪う。
「ここは、一旦退くぞ!」
煙に紛れて逃走する中で、刃は己の非力に唇を噛みしめるのだった。
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花寺のどかがザイアスペックを使い始めてから、1週間が経過しようとしていた。
ザイアスペックのおかげで運動を人並みにこなせるようになり、彼女の学園生活における障害はほぼ無くなった。それ自体は喜ばしい事である。しかし、彼女の活動はそれに止まらなかった。
学校が終わってからの彼女の日課は、朝起きてからのランキング、ラテのお世話、そして勉強。そこに不定期の人助けが加わる事で、彼女の日々の空き時間はほとんど無くなっていた。
その境遇を知り、過労を心配する生徒も少なくなかった。しかし、それらをよそに、彼女は元気に振る舞い続けた。
だがある日、事件は起きた。
ついに、のどかが倒れたのである。
花寺 のどかと沢泉 ちゆの2人が保健室の戸を叩いたのは、その日の3時間目が終わってすぐの事であった。
保健室に常設された3対のベッド。これら純白の小離宮達は、保健室の番人によって完全に管理されており、仮病や恋の病などを騙る不届き者が利用することは許されていない。
そのうちの一つに身を預け、のどかは目を閉じる。
まだ頭が少しくらくらする。
鼻腔をくすぐる、薬品の匂い。病院独特の、臭くて変な匂い。戻ってきたくなかった、あの匂いのする部屋。
逃げたい。
その思いは、反射的に彼女を連れてきた女生徒の手を握ってしまっていた。
彼女も、のどかの手を、もう一つの手で包むように撫ぜる。
「大丈夫。次の授業が始まるまでは、いっしょにいてあげるから」
「ちゆちゃん……ごめんね、体育の授業、邪魔しちゃって?」
「気にしないで。でも、驚いたわ。ランニングやってたら、急に倒れるんだから」
「ちょっと立ちくらみしちゃっただけだよ。先生も大袈裟なんだから……えへへ」
「……あのね、のどか。立ちくらみは『ちょっと』じゃないの。自分で気づけないおニブさんに、身体が、もう疲れたって伝えるメッセージなのよ」
柔らかな眼差しを向ける女生徒に、のどかは精一杯の笑みを作ってみせる。
それを見て安心でしてくれたのか、彼女も、のどかに笑みを返す。
少し傾いた身体の後ろで、シュシュで止められた薄青色のポニーが、春風に揺られて傾いている。
沢泉 ちゆ。
彼女はのどかのクラスメイトであり、共にプリキュアの秘密を共有した同志でもある。
共に同じ目的を抱く者同士という意味で、ちゆは彼女に「仲間」や「友達」というよりも、「歳の近いお姉さん」という認識をしていた。
ちゆちゃんといると、不思議とほんわかした気分になれる。彼女がいるだけで、この保健室の空気も臭くないし、狭くない。
「そういえば、これのどかのよね?転んだ時に外れてたの、取っておいたんだけど」
ポケットから出てきたのは、ザイアスペックだった。慌ててポケットを弄るが、中には無い……どうやら、本当に自分のものらしい。
やっぱり、この子はすごい。いろんなものを見てるし、それが多分、たくさんの人の助けになってる。
心の中で彼女への尊敬が強まると同時に、自分のおっちょこちょいさ加減が恥ずかしくなり、のどかは素早くそれを掴み取った。
「のどか、前よりもずっと体動かすの上手になったよね。もしかしてそれのおかげ?」
彼女の透き通った視線に射竦められ、のどかはこくりと頷く。
「そうなの!エーアイが助けてくれて、前よりずっと身体の動かし方が分かったんだ。ちゆちゃんの言ってたことも、今ならわかるんだよ」
「なるほどね、そういう事」
「そういう事?」
「一番大事な事が分かってないって事よ」
「えー!?待って、考えてみるから!」
彼女の言葉は、のどかの心をザクッと突き刺した。軽く乱れた息を整えながら、のどかは彼女の指摘の意味を考える。
ザイアスペックをつけてみようとも思ったが、「考えてみる」と言った手前、それに頼るのはなんだかズルな気がした。
大事な事……だいじな、こと……
彼女の瞳を覗き込み、腕を組み……
枕を引き寄せ、その上に鼻を載せ……
温かい息で枕を温めて……
そこまで考えても、結局、分からなかった。
ダメだ、降参だ。
落ち込むのどかを見て、ちゆは揶揄うようにクスクスと笑う。その様子が少し気に入らなくて、のどかは頬を膨らませながら彼女の方にズイと身を乗り出す。
「うー、何で?どこがダメだったの?」
「頑張ってるところよ」
「え……?それが、答え?」
「その通り。頑張りすぎはむしろ身体には毒なのよ。大事なのは、自分の身体がどれだけ動かせるかを知る事。そのメガネがどれだけ凄くても、のどかの身体には限界があるんだから。のどかなら、一番分かってると思ったんだけど」
ちゆちゃんの言葉は、まるで流しそうめんの麺のように、すんなりと頭の中に入ってきた。考えてみれば、当たり前の事なのだ。
身体を休めないで動くって事は、身体をいじめてる事と同じなんだ。休めない間、身体はずっと悲鳴を上げてるんだ。
(無理に身体を動かしたら、後でとっても苦しくなる。分かってたはずなのに)
自分が今息をしている体に、とても申し訳なくなる。心の中で密かにごめんなさいを済ませると、のどかはちゆの方に視線を戻した。
「うん。分かった!私、身体に気を付けて……」
「その調子!」
「もっと頑張ってみる!」
「あら……」
ちゆはコミカルに頭をコテンと倒した。
これは彼女なりの「それは違うよ」のメッセージだったのだが、それに構わず、のどかは勢いづいた口調で続ける。
「倒れちゃいそうになったら、頑張るのをやめればいいんだよね。大丈夫!ザイアスペックがあれば、多分その境目もすぐに分かるようになるから!」
「えーと、あのねのどか、それは……」
その瞬間、ちゆの言葉を遮るように授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
彼女は何か口惜しそうに口をもごもごさせていたが、急かすように流れ続けるチャイムの音に耐えられなかったのか、のどかに背を向け、保健室のドアへと歩き出した。
「もし何かあったら、ちゃんと休むのよ」
「はーい!」
「それじゃ、しっかりね」
ヒラヒラと手を振り、ちゆは保健室から去っていった。残ったのは、保健室の先生と、鼻をつく薬品の匂いだけ。
匂いから逃れようと、のどかは枕に顔を押し当てた。
この匂いのせいで、綺麗なはずの春の空気も、変なものに感じられてしまう。
やっぱり、ここは嫌いだ。
ちゆちゃんの言うことをよく聞いて、もう倒れないようにしよう。
「ちゆちゃん……ありがと……」
心のうちで決意を固め、目を閉じる。
そうすると、少し寒い春の風が肌を撫ぜてきて、のどかは布団を深くかぶり直し、身体を丸めるのだった。
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すこやか学園からの帰り道、並木道を過ぎ、住宅街に入った辺りで、生徒達はそれぞれの道へと足を運んでゆく。
ちゆの後ろをついてきている生徒も例外なく1人、1人と減り、気がついた時には、ちゆは住宅街の急勾配を、一人で歩いていた。
ここから少し歩けば、彼女の生家である旅館『沢泉』が見えてくる。
「もう、いいかな」
口の中でそう呟くと、ちゆはカバンをポンポンと二つ叩いて見せた。すると、中からペンギンのような見た目をした小動物が姿を表す。
彼はペギタン。見た目こそペンギンに似ているが、大きさはむしろウサギやモルモットに近い。
愛くるしい見た目をしているが、何を隠そう彼こそ、ちゆと契約を交わした、ヒーリングアニマルの一体なのである。
キューっとノビをし、ペギタンはちゆの横をふわふわと滞空し始めた。
「やっぱりバッグの中は窮屈ペエ。ボクもラビリンみたいに、お昼ご飯食べたりしたいペエ」
「あら、私はダメとは言ってないわよ。もしペギタンが大丈夫なら、今度一緒にお昼ご飯しましょう?」
「本当!?あ……でも、人に見つかったらご飯どころじゃないペエ」
「ふふ、その時は高性能なぬいぐるみで通せばいいじゃない」
ちゆは目を細めて笑ってみせたが、すぐに何かを思い出したように笑みを引っ込めた。
その変化を、ペギタンは見逃さなかった。
「どうしたペエ?」
「あの子、自分じゃ気がついてないね」
突然振られた話題に、ペギタンは少し焦り気味に答える。
「のどかの事ペエ?」
「そうそう。初めて会った頃と呼吸のリズムが違うのよ。無理してる証拠よ。無理な運動で、身体が悲鳴を上げてるの」
「それって…々運動のしすぎ、って事ペエ?」
「うーん、ちょっと違うかな。例えば、運動したての頃って、みんな筋肉痛になるじゃない?」
「筋肉、ツウ?」
ペギタンが首を傾げるのも無理はない。彼らは筋肉痛を知らないのだ。
彼らが暮らしてきたヒーリングアニマルの世界にも訓練というものはあった。だが、動物は皆、本能的に自分の限界を知っている。それを超えた不合理な運動をする者など、誰もいなかったのだ。
ちゆもそれを察したのか、指を一本ピンと立て、説明のポーズを取ってみせる。
「キンニクツウっていうのは、筋肉の炎症による痛みの事。簡単に言うと、自分の限界を知らずにトレーニングとかしちゃうから起きる、ペナルティみたいなモノなんだけど」
「なるほど……それを、のどかも感じてるって事なのペエ?」
「うん。私が見てる時でもああなんだから、あの子は多分日々の生活の中でも、今までしてこなかったような事をし続けてると思う。毎日、身体の限界を超えて筋トレしてるようものね……心配だわ」
「で、でも、のどかは元気そうペエ」
ペギタンの不安げな言動にかぶさるように、ちゆの声が少しだけ低くなる。
「うん、今はね。でも、いつかは越えようとした限界のツケを払わなきゃいけなくなる。そこをビョーゲンズに狙われなんかしたら……」
ペギタンはひえっ、とちゆのバッグの中に全身を隠した。妖精でも想像できる程に、それは恐ろしいことなのである。
なにより、現実に起こるかもしれないという、凶兆を含んでいたのだ。
「今日倒れたのだって、全然楽観視なんかできない。あの子はもしかしたら、プリキュアから遠ざけるべきなのかも……」
そこまで言葉を紡いだところで、ふと、ちゆは足を止めた。完全に脱力しきっていたペギタンは、足をバタつかせ、バッグの中から飛び出しかけた半身を入れ戻す。
ペギタンはちゆの顔を見上げ、息を呑んだ。その顔は、これまで見たことの無いほどに、険しいものだった。
「ちゆ……どうしたペエ?」
「ペギタン。ちょっと隠れられる?」
「ど、どうしてペエ?」
「いいから。で、私が合図したら、すぐに出てきて変身手伝ってほしいの」
「え、えー!?」
理解不能な状況に怯えながら、ペギタンはバッグの中に身を潜めた。それを確認したちゆは、右腿に力を込め……
「いち、にの……さん!!」
今来た道を脱兎の如く駆け戻り始めた。
走ることに特化したフォームは、彼女の身体を超高速で躍動させ、あっという間に目的地……彼女を陰から覗いていた人物の元へと誘った。
その人物は女性であった。緑と白を基調とした、近未来的な服装の女性。端正に整った顔立ちと、一寸の狂いもなく切りそろえられたショートボブの黒髪。美しいが、どこか人工物じみた不自然さを感じさせる人でもある。
彼女にとってもちゆの行動は予想外だったのか、彼女はサファイア色の目をパチクリさせている。その全身を瞬時に観察し、ちゆは女性の手を取った。
「わぁ!本物だぁ!」
「ほんも」
女性は何か言おうとしたようだが、ちゆはそれを許さない圧倒的な速さで畳み掛ける。
「あの、わたし、本物見るの初めてなんです!ヒューマギア!」
「そうですか。この地域のヒューマギア普及率は16%、スーパーマーケット等大型店舗への普及率は90%を超えています。決して珍しく無いとは思いますが」
女性の無感情な声に、ちゆは「しまった」と息を飲んだ。が、すぐに取り繕い、再び女性に羨望の視線を向ける。
「じ、実は、最近まで離島に住んでたんです!とにかく、名前、聞いてもいいですか?お仕事とかも!」
「イズと申します。飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電 或人様の秘書を務めさせていただいております」
「すごい!社長秘書なんですね……ん?」
瞬間、ちゆの動きが、少しの間止まった。俯き、首を傾げ、なにかを考えているようだ。イズと名乗った女性ヒューマギアは、そんなちゆを黙って見つめている。
しかし、それもほんの少しの間であった。すぐに質問のラッシュが再開される。
「あー、それって珍しくないですか?秘書のお仕事とかって、大変ですか?ストレス感じる時とかありませんか?社長からの、その、ハラスメントとかは……」
「それらは全て、違うと答える事ができますが……失礼しました、急用が入りましたので、これにて失礼させていただきます」
女性のヒューマギアは、ちゆの質問から逃げるように、クルリと彼女に背を向け、歩き出す。
ちゆは彼女を追おうとするが、女性の方はそれを片手で制した。
「油を売っていた事がバレてしまうと、社長に怒られてしまいますので。この件、お仲間にはどうかご内密に」
「は、はい」
呆気に取られるちゆを置いて、イズは人間離れした速度で去っていった。正中線を維持した立ち方のままでどうやったらあの速度が出るのか分からないほどに、速い歩みだ。
「あっ……行っちゃった」
ちゆの視界の中から女性が消えた頃、ちゆはバッグのお尻をポンポンと2回叩いた。カバンの中から、ペギタンが姿を現す。
「何だったペエ?」
不思議そうにちゆの顔を覗き込むペギタンに構わず、ちゆはゆっくりと歩き出した。
その手には、一枚のメモ用紙のようなものが握られている。どうやら、何か書かれているようだが、その内容を窺い知ることは出来ない。
「ねぇちゆ。何を話してたペエ?」
「ちょっと、大人の話をね」
そう答えるちゆの顔は、大人というよりも秘密基地を見つけた時の子供のそれだ。
「ふーん。飛電インテリジェンスから、社長秘書直々のお誘いとはね。出たとこ勝負だったけど、予想以上のものが手に入ったわ」
「なになにペエ?『私への直通回線です、以後の連絡はこちらへおかけください』……これ、どういう事ペエ?」
「うーん、例えるなら、秘密の招待状みたいなものね。ふふ……なんだか、探偵みたい。いえ、これはどちらかというと、怪盗の方かも」
クシャクシャのメモで紙飛行機を折りながら、ちゆは悪戯っ子のように笑ってみせる。
秘密の連絡先に、社長秘書のヒューマギア。普通なら関わりたくもないレベルの非日常、それを前に笑っていられるちゆに、ペギタンは少しだけ寒気を感じた。
「それに、お仲間、ね。カマかけてみたけど、本当に面白くなってきた気がする」
ふふっと、笑ってみせるちゆ。その笑みの裏側にあるものを、果たして本当に信用していいのだろうか。
そして、それとは別に、ペギタンにはどうしても言っておきたい事があった。意を決して、彼は口を開く。
「ちゆ……」
「なぁに?」
「演技、超下手だったペエ」
「え……」
乾いた風が、二人の間を吹き抜ける。春はまだ、始まったばかりだ。
第三話をお読みくださり、ありがとうございます。
ヒーリングサウザーはその弱点故にバルカンに敗れ、サウザンドライバーも破壊されてしまいました。一方、のどかさんはザイアスペックの使いすぎで疲労が溜まってきてしまいました。
次回は、ついに敵が動き出します。
この小説が面白いorつまらんと思った方は、評価かコメントをくださると、筆者の励みになります。よろしくお願いいたします。
※この小説は、pixivに投稿されているものの完全版になります。