PROJECT HEALINGOOD THOUSER〈完結済〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

のどかからザイアスペックを外すため、買い物作戦を展開するひなただが、作戦はことごとく失敗に終わってしまう。一方、天津を逮捕した不破は、彼の持つヒーリングサウザーの秘密に迫る。
そんな中、ついに敵の一団が動き出した。ビョーゲンズと手を組んだ滅亡迅雷.netの残党が、ZAIAとプリキュアへとその牙を向ける。

※オリキャラが出ます。オリジナル設定があります。


Episode5:【のどかのザイアスペック】

不破 諫が、刃唯阿の座る第二特別取調室の戸を開けたのは、騒ぎが収まってから数分後の事であった。

目は赤く充血し、唇は荒れている。精神の疲労がありありと表れているようだ。

もっとも、それを迎える刃の心中も、決して穏やかものではなかった。格好こそいつもの通りであるが、ボタンはあちこちで解れ、髪も所々で縮れているその有様は、まさに虜囚そのものだ。

弱音が吐けるものなら吐きたいし、逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したい。だが、眼前の男に弱みなど見せたくないと言う意地が、辛うじて彼女の瞳に辛うじて光を残していた。

先に口を開いたのは、刃だった。

 

「不破……声が大きすぎるぞ。これでは丸聞こえだ」

 

「ここの設備を防音にしないのが悪い」

 

「滅が、いなくなったらしいな」

 

「ここの警備がザルなのが悪い」

 

小学生のような言い訳に、刃の頬がわずかに緩む。不破もそれに気がついたのか、短く舌打ちをし、彼女の向かいへと腰を下ろした。

眉間にシワの寄り切ったその表情からは、やはり凄まじい疲労が見て取れる。無理もない、彼の敵はあの天津 垓……戦いの場から引き摺り下ろしたところで、一筋縄ではいかない相手だ。

その苛立ちの矛先が自分に向く事を、刃は一瞬危惧した。

しかし、その思考はすぐに改められる。自分は裁かれて然るべきなのだ。不破に対して、それだけの裏切りをしたのだから。

 

「話せることはすべて話した……煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

「そうか」

 

不破が右手を上げると、彼の背後のドアの蝶番が音を立てた。入ってきたのは、女性の隊員だ。お盆の上のカップからは、湯気が立ち上っている。

不破はコーヒーを刃に勧め、自分のものに口をつけた。ぎこちない動きで刃もそれに倣う。

かつて、食堂で同じ卓を囲んだ日々。あの時の暖かい思い出は、ZAIAに帰還してからも彼女の記憶の中で生き続けていた。命の危険と隣り合わせの毎日だったが、不思議と、人の温かみを感じられる日々でもあった。

気がつくと、コーヒーはカップの中程まで減っていた。それを悟られたくなくて、刃はわずかにカップを自分の元へと引き寄せた。

 

「まさか、お前を尋問する日が来るとはな」

 

不破の声は、刃の予想に反して丸みを帯びていた。敵意による口撃ではなく、まるで世間話でもするような丸さだ。

 

「いつか、こうなる日が来るんじゃないかとは思っていた」

 

「前に言っただろう、私が敵に回る事があれば、躊躇なく撃てと。今の私は、お前の味方にはなれない」

 

「なら、敵になるか?」

 

不破の目が、僅かに吊り上がる。相手の恐怖を察知し、肉の価値を値踏みする肉食獣の目。

この男の瞳がここまでの迫力を持っている事に、刃は改めて気付かされる。

胸騒ぎが、腹元を食い破って心臓へと登ってくる。息がうまくできない……恐怖を押し殺すため、刃はコーヒーを含み、喉へと流し込む。安物特有の苦味が喉を焼き、それを和らげてくれる。

不破の圧に対抗すべく、刃は言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも、ZAIAにはA.I.M.S.に敵対する意思は無い……はずだ」

 

「『はず』か」

 

「……正直なところ、私には社長のお考えが全く分からん。飛電とのお仕事5番勝負にしてもそうだ。だが、ヒーリングサウザーは過程に過ぎない、そうも言っていた」

 

刃の発言に、不破の眉がピクリと動く。逆鱗に触れてしまったか……取り繕おうとする刃だが、その暇もなく、不破の拳が卓上へと振り下ろされた。

怒りに満ちたその拳。

その原動力を刃は知っている。彼の故郷、現在はデイブレイクタウンと呼ばれるその都市は、12年前、事故による大爆発によって崩壊した。

しかし、それは政府によって捏造された嘘っぱちの過去。彼の地で行われたのは、敵性ヒューマギアによる一斉放棄と、人間の虐殺である。

その場に居合わせ、幸運にも一命を取り留めたのが不破だ。しかし、その過程で彼は全てを失った。その彼をここまで動かしてきたのは、一重にヒューマギアへの怒りなのだ。

 

「ヒューマギアを暴走させ、人を襲わせるのが過程だと!?ふざけるな!!」

 

激昂の矛先がZAIAに、自分に向けばどうなるか、想像はつく。狂信にも似た怒りは、やがて我々の全てを焼き尽くすだろう。

その炎を、刃は恐れていた。

 

「俺にはヒューマギアから市民を守る義務がある。答えろ、アイツは何をしようとしている!」

 

「知らない。私は何も」

 

刃の呼吸が荒くなる。心臓がひどく音を立てて鳴り始める。かつて幾度となく味わってきた錯乱、その最大級が、彼女を襲う。

不破は追撃の手を緩めない。狼の如く鋭い相貌で、真っ直ぐに彼女を睨み据える。

 

「お前が今提供した情報が、何千何万という命を救うかもしれない!!いや、俺が救ってみせる。答えろ……お前は何を知ってる!!」

 

「…………ヒーリングッド……サウザー」

 

刃の口をついて出た言葉を聞き逃さんと、不破は身を乗り出す。

肌を破って飛び出さんばかりに跳ね回る心臓をどうにか抑えながら、刃は言葉を紡ぐ。

 

「プロジェクト・ヒーリングッドサウザー、全ての傷を癒し、何度でも蘇る、究極の戦士を造る計画だ。詳しい内容は、聞かされていない」

 

「ヒーリングッド、サウザー、だと?俺と戦った例の臙脂色のサウザーの事か」

 

「違う。アレはまだ第一形態だ。天津の言うには、アレには次の形態が存在する」

 

「なるほどな。いい情報が聞けた」

 

不破は議事録を取っていた隊員に目配せすると、おもむろに立ち上がった。

天津の元へと行くと、容易に想像がつく。不破が尋問を行えば、計画について話した事も伝わる。そうなれば、全て終わりだ。

天津から口止めをされていたわけではなかった。だが、守り続けた秘密の暴露を通じ、心に去来したのは、意外にも安息と希望であった。

 

 

『これで楽になれる』

 

 

そんな思いが、彼女の心の中を満たしていた。

 

「なぁ、不破……私は」

 

「なんだ」

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

口をついて出ようとしていた言葉が何だったのかは、刃自身にも分からなかった。

 

それを振り返る間もなく、非日常が彼等を襲ったからだ。

 

刃の後ろの壁が、突如として爆裂したのだ。反射的に机の下に逃れた彼女は難を逃れたが、今まで座っていた椅子は見るも無残にへし折れていた。

裂け目から外を覗く不破から、舌打ちが漏れる。腰元のショットライザーに手が伸びたことから、刃にも敵の正体に予想はついた。

 

「マギア共が!!」

 

「しつこい連中だ……前回の襲撃と言い今回といい、どうやら狙いは私達ZAIAらしいな」

 

「あの数……6……10……いやもっとか。厄介だな。お前はここで、奴を守れ」

 

差し出される大きな手。

その手の内には、ショットライザーと、二つのプログライズキーがあった。

 

「いいのか?」

 

「お荷物が2人になるよりはマシだ!」

 

不破の手から受け取ったそれを、刃は腰元へと巻きつける。蒼身の銃は記憶の中のそれよりもずっと重たく、ずっと固かった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

夕刻。私達はベンチに座って休んでいた。

 

ショッピングモールは人もまばらで、昼間の喧騒はどこへやらといった様子だ。大型玩具量販店の袋を抱えた子供が、はしゃぎながら両親の背中を追いかけてゆく様子に、思わず微笑みが漏れる。

今日1日の買い物を通して、のどかについて色々なことがわかった。大雑把にまとめると、彼女は初心者だ。モノの選び方、探し方、その驚きよう……全てが、初心なのだ。

彼女にとって、今日の全ては不慣れであり、何でもないこのモールは、異国の地のように映った事であろう。

 

(それでも、選ぶモノがすごいのは、つけてるメガネのおかげなのかなぁ)

 

手提げ袋が作る山を見ながら、のどかは頬を緩ませ、上機嫌に脚をばたつかせている。右目についたザイアスペックの赤ガラスが、陽光をキラリと弾く。

夕陽が建物の影に隠れた頃、のどかは口を開いた。

 

「ひなたちゃん……今日はありがとうね」

 

その笑顔の眩しさに、一瞬視界が眩みかける。

眩しいだけじゃない、その奥に垣間見える淡い影が、いっそう私を惹きつけるのだ。

 

「のどかっち、かわいいね」

 

「ひなたちゃん?」

 

のどかはキョトンとした表情でこちらを見つめている。そりゃそうだ。いきなりこんなことを言われて、戸惑わない人間はいない。

何を言ってるんだ私は。相手は友達で、しかも女の子なのに。でも、可愛いのは間違いないわけで。

 

おっと、話を戻さねば。

 

「こっちこそ、ありがとう!のどかっちと買い物するの楽しくてさ!今日はいつも以上にめっちゃ頑張っちゃいましたから!」

 

「頑張ってた、よね。ひなたちゃん、やっぱり、すごい、なぁ」

 

「そりゃまぁ、アタシはこの道のプロだからね。でも、本当に今日は楽しかったよ」

 

「……うん。私も、楽しかった、から」

 

喋っている最中に3度、のどかのまぶたは落ちかけた。頭は左右にふらふらと揺れ、その度に桃色の前髪が彼女の目元に影を落とす。

会話もままならないという事は、余程疲れているのだろう。私の視線に気がついたのか、彼女はフルフルと頭を振り、調子を戻した。

 

「のどかっちは……お疲れムードかな」

 

「ごめんね。頑張り過ぎは、いけないって、気をつけてる、のに」

 

「頑張りすぎかぁ。アタシはのどかっちに助けられてるけどなぁ」

 

「うん。えへへ……」

 

途端、のどかの身体がぐらり揺れた。重心のコントロールを失った細い体は、私の胸へと吸い込まれる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

眠気が限界に来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。呼吸は不規則になり、横顔から微かに見える目はギュッと閉じられている。肩に食い込んでる指の力が、尋常じゃないくらいに強い。

 

(これ、めっちゃ苦しいんだ)

 

生まれてこの方、病院で何度も見てきた動物達のそれと、彼女の姿が重なる。

 

「ほんとに大丈夫!?」

 

「こりゃヤバイぜひなた!」

 

「大丈夫、いつもの、事だから……っ」

 

「でも!」

 

「本当に、大丈夫……ッ!!大丈夫、だから」

 

のどかの呼吸は次第に静かになり、乱れも収まっていった。食い込む手の力が弱まったことで、肩の辺りが解放される。

カバンの端から覗くラビリンは、顔に憂慮の表情さえあれ、驚いていなかった。つまり、これを見るのは初めてではないという事だ。

こんな事が、いつも続くようになるまで、この子は頑張り続けてたんだ。ラビリンが心配するわけだ。

 

(のどかっちにコレ渡したやつも、酷いことするもんだな。こんな事になること、予想できなかったわけでもないでしょ)

 

でも、1番の問題は、そこじゃない。のどかがいつも、こんなのに一人で耐えてたって事なんだ。

ザイアスペックなんて少しズルいとさえ思ってた。けど、この子はみんながいないところで、ずっと苦しんで、頑張って……

 

(それって、なんか悔しいよ)

 

やがてのどかは、ゆっくりと身体を起こした。その途中で2度、ふらつきかけた彼女を、私は支える事ができなかった。

夕日が影を作り、のどかの顔が見えなくなる。目を擦ると、たしかにのどかの顔はそこにあった。そのくらい、儚いのだ。

 

「いつも、こうだったりするの?」

 

「頑張りすぎちゃった時だけだよ。少し休めば、すぐに良くなるから。でも、ひなたちゃんのおかげで、今は少し楽だったかなぁ」

 

「アタシの?」

 

「ひなたちゃんといると、なんだか安心するんだよ。ちゆちゃんが前に立って守ってくれる感覚だとしたら、ひなたちゃんは背中を守ってくれる感じなんだ」

 

そう話すのどかの、上目遣いの視線は、あまりに弱々しくて、蝋燭の炎みたいに吹いたら消えてしまいそうで。ザイアスペック越しの瞳の中に輝く仄かな光の青さは、何だか少し怖くさえあった。

彼女の手に、手を重ねる。のどかの手、すべすべした、それでいて温かな、細い手だ。

ザイアスペックの奥の右目が、心細げに私に訴えかけてくる。その目のなんと儚い事か、その輝きのなんと美しい事か。

 

「ねぇ、もうちょっとだけ、こうしててもいい?」

 

私は返事をする事もできず、私は己の手の自由を彼女に委ねた。のどかの視線は、影に隠れたモールの一角を見ている。

手に込められる力が、キュッと強くなる。

 

「私、怖いの」

 

「何が?おばけ?」

 

のどかは、フルフルと首を振る。

夕陽のせいで、また彼女の表情が曖昧になる。

 

「私が、私でなくなっちゃうみたいで」

 

「どういう事?」

 

「この前、ちゆちゃんに言われたの。のどかは身体を使いすぎだって。でも、休んだら、前に戻っちゃう気がして……」

 

前って……たしかのどかはここにくる前に、病院にいたと言っていた。そのせいで、身体がうまく動かせないとも。

みんなと違う身体、みんなと違う人生、その中で生きてきた彼女の事を、私はどれだけ知っている?

これまで生きてくる中で、私自身いろいろな事をしてきた。家の手伝い、友達、学校……それら全てを経験しないまま、いきなり学校に放り込まれたら、どうする……?

もしかして、のどかはみんなと近づきたいんじゃないか。

ここに来て初めて、思い至る。

彼女をここまで追い詰め、駆り立てる動機。それはもしかすると私が今持ってる、当たり前の日常なのかもしれない。

沈黙を破り、のどかは続ける。

 

「ザイアスペックのおかげで、疲れても大丈夫なんだけど。時々、息が苦しくなって、ダメになっちゃいそうな時があって……でも、みんなに心配かけちゃうから、そんなの見られちゃダメって思ってて……でも」

 

のどかの声は、だんだんと弱くなり、聞こえなくなっていった。

時に鼻声が混じり、喉が鳴る……その度に、目の前の、彼女の体が小さくなる。

この子がこうなってしまった原因はわかった。その対処法も、思いつかない事はない。かけてあげたい言葉なんて、決まってる。

でも、私にその勇気はあるんだろうか。のどかを助ける覚悟が、私にはあるのか。

 

「ねぇ、ひなたちゃん。私、どうしたらいいのかなぁ?」

 

のどかは、苦しそうだ。

私は反射的に身体を引き……固く、拳を握りしめた。それこそ強く、罰になるくらいに。

 

(違うでしょ。ここで退いたら、平光 ひなたじゃないでしょ。のどかは私の何?赤の他人?知り合い?……違うじゃん。違うじゃん!!)

 

のどかは、めっちゃ大事な友達じゃん!!

 

爪が食い込み、少しだけ血の滲んだ手を、のどかの方へと伸ばす。狙いは右目、そこにつけられた、赤いメガネだ。

 

「よーし!!!じゃあ、こうしよう」

 

「あっ……」

 

短く声が上がる。無理もない。今まで彼女を律していたものが取り上げられたのだ。反射的に伸びてくる手を取り、私はズイと身を乗り出す。ここからは、私の領分だ。

 

「これ、アタシが借りる。のどかっちが辛くなくなるまで、ね。どうしても必要な時は、どこにでも届けに行くから。それでどうかな?」

 

「……ダメだよ。それが無いと、私……それに、ひなたちゃんも迷惑でしょ?」

 

そう言うと思った。今の言葉、本音は後半だ。前半は建前に過ぎない。

彼女にとって、他の人の事は自分の事より大事なんだ。今の時代、めっちゃ変わってて、とっても優しい子。撫で撫でしたくなっちゃうくらい、いい子。

 

(だから……)

 

「その代わり……」

 

(私も意地でも助けになってやるんだから)

 

「アタシが、のどかっちのザイアスペックになる。辛い時、苦しい時、のどかっちを助けるから。だから、もう一人で辛い思いしちゃダメだぞ!」

 

のどかは、呆けた顔のまま固まってしまった。少しだけ跡のついた右目が、パンダみたいで可愛いなぁなんて事を考えて、なんか変な事言っちゃったなぁって。

そして、自分の発言を思い返す。

あれ、これおかしいぞ。私がのどかのザイアスペックになるって、勢いで行っちゃったけど、それってつまりアレ……?

思考の整理がつかないが、とにかく、弁明せねば。

 

「な、なーんて、流石にダメだよねぇ。うん、今のはちょっとおかしいぞ」

 

「…………」

 

「だいたいこんな高いやつアタシが持ってても宝の……って、どしたの!?」

 

のどかは、泣いていた。

彼女自身も泣いているのか分からないような、あまり変わらない表情の中で、ただ確かに涙を流していた。

 

(なんで泣いてるの?やっぱり、取られるの嫌だったかな?それとも、何かの副作用?)

 

ぐるぐるする思考の中で、視界の中の彼女は、たしかに泣いている。

やがて、彼女の端正な顔立ちが崩れる、くしゃくしゃに折り紙を丸めるように……そこから、拍車がかかった。

とめどなく溢れる涙をどうしていいか分からないとばかりに、彼女は何度も何度も、袖で目を擦る。買ったばかりの服が、塩っぱいシミで染まってゆく。

 

「わかんない……わかんないの……ぐすっ……」

 

「か、返そうか?」

 

差し出した私の手に、彼女は首を大きく、それこそ何度も振って答えた。

 

「私、どうしてもみんなと同じになりたくて……みんなの声も聞こえなくなってて……帰れなくなってて……ひなたちゃんがいなかったら、私……」

 

何度も何度もつっかえながら、全てを語りきった彼女は私の胸の中へと飛び込んできた。

まるで元からそこにあったかのように、彼女の頭は、涙は、暖かさはすっぽりとおさまった。

手は、泣きじゃくる彼女の頭に伸びていた。妹がいたら、こういう気持ちになるんだろうなと、思った。

 

「よーしよし。泣きたくなったら泣いちゃえ。1人で頑張る事はないぞ〜」

 

「うん……えーん……えーん……ううぅ…………うん……………」

 

「心配しなくても、今ののどかっちが、アタシは一番好きだからね〜」

 

のどかは、ここ2週間分の辛さを吐き出すように、ひたすら泣き続けた。目の中の涙なんて全部なくなっちゃうんじゃないかってくらい、たくさん泣いていた。

ラビリンも目を潤ませてて、なんだかもらい泣きしちゃいそうな時が何度もあって、そんな時は、ニヤけてるニャトランの方に物を投げて耐えた。

やがて、泣き声が止んだ。

 

「おーい、のどかっち?どうした?」

 

ゆすっても、さすっても、返事がない。彼女の頭は、私の胸に埋まったまま。呼吸はしている。が、なんだか様子がおかしい。

そのままのどかは目を覚まさなかった。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

それからは、大変だった。眠ってしまったのどかっちを起こすために、私たちは散々手を尽くした。耳をほじくったり、お腹をくすぐったり、クラシックを聞かせてみたり。

けど、全部ダメだった。お医者さんが言うには、原因の分からないものらしい。なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 

『のどか、目を覚まして!』

 

「…………………」

 

『お前がいなくなったら、誰がラテ様を守るんだよ!』

 

「…………………」

 

どれだけ声をかけても、のどかっちのまぶたは、ピクリとも動かない。

落ち込む私達の前に、突然、彼は現れた。

彼は白馬の王子様みたいに白い服を着てて、私達の見守る中で、彼女に口づけをするのだった。

 

「はたしてのどかっちは、目を覚ますのだろうか。次回にご期待!はい、アルトじゃないとー!」

 

 

 

_____________________________

 

 

 

「紛らわしい朗読をやめるラビ!!」

 

「ニャハハ!!まぁ暇だからな!!それにしても、ひなたの朗読もなかなかのもんだな!才能あるぜ」

 

「ありがと!こう見えても、そういうのは得意ですから」

 

あの後、のどかは寝てしまった。とはいえ、それはさっきふざけていたように深刻なものではなく、単なる疲れから来るようなものだったみたいだ。今では寝言まで言っている。

ショッピングモールはもう完全に夕闇に沈み、お店にもシャッターが下りきっている。警備員さんに見つかりそうなのはちょっと怖いけど、こんな時間帯のモールを見るのは、少し面白くもある。

思い出されるのは、のどかの言葉。

 

『ひなたちゃんは、背中を守ってくれる感じなんだよね。ひなたちゃんが側にいてくれると、安心するんだ』

 

なんて温かな、信頼に満ち溢れた言葉だろう。けれど、今の私に、その純真な信頼に応える資格はないかもしれない。いや、私だけじゃない。きっとそんな資格は、どんな王子様でも持ってないんだ。

桃色の髪はサラサラで、程よく指に絡む。触れられる距離に、天使がいる。天使の髪は桃色、瞳も桃色、肌は真っ白。

こんな子を可愛いと思ってしまうのは、いけない事なんだろうか。

 

「って、何を考えてるんだ!」

 

考えが、口から出てしまった。慌てて口を抑えるが、もうラビリンにもニャトランも聞こえてしまったようで、二人ともポカンとしている。

かあっと、頬が熱くなる。

 

「なんだなんだ、何を悩んでたって?」

 

悪戯っ子のように詰め寄るニャトランを睨みつける。多分、今年最大級の睨みだ。彼は「おーこわ」と、バッグの中に退散していった。

 

「ひなた、どうしたラビ?」

 

「なんでもない!ちょっと、のどかの頭が重いなーなんて考えてただけ」

 

「頭は誰でも重いラビ」

 

「まぁ、確かにね」

 

「ともかく、作戦は成功ラビ。これでのどかも、ゆっくり休めるラビ」

 

それを聞いて、今日ここにきた目的を改めて思い出した。そうだ、のどかを助けにきたんだ。

色々あったが、最終的にのどかを忙殺の魔の手から助けることができた。しかも、膝枕までできてしまっている。

しかし、困った戦利品までゲットしてしまった。

 

「それで、そのザイアスペック、どうするんだよ」

 

「うーん、どうしようかなぁ。借り物なわけだし、下手に使うわけにもいかないよね」

 

さりげなく、ザイアスペックを握った右手で、右目を押さえてみる。なんだこれ、なかなかうまくいかない……あ、ハマった。

 

「って、言ってる側からつけてるラビ!」

 

ラビリンからの鋭いツッコミに、心臓が跳ねる。仕方がないのだ。女子中学生は、猫をも殺す好奇心で動いている生き物なのだ。

 

「ダメラビ!のどかの惨状を見て知ってるラビ!」

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけね!ニャトラン頼んだ!」

 

ニャトランがラビリンを押さえている間に、ザイアスペックのスイッチを入れる。

眼前に広がるのは、変な数式の羅列。そして、『ZAIASPEC MODEL : S』の文字。

それも一瞬の出来事であり、すぐに右目にはいつもの視界が戻ってきていた。何かをつけている感覚も無い。

これは、なんなんだろう。

そんな事を考えていた時だった。

背筋の毛が、全て一気に逆立ったのは。

 

「コレは、ヤバイね」

 

ラテの様子を見なくても、直感的にわかった。近くに何かやばい奴がいる。

ニャトランとラビリンも気がついたようだ。二人とも臨戦態勢をとっている。

 

「おい、ひなた。分かってるな」

 

「当然!」

 

そっとのどかの頭をベンチに寝かせ、立ち上がる。ニャトランは肩に……買い物袋は既に、ヒーリングルームバッグの中に入れた。

準備は整った。いつでも出発できる。

 

「ラビリンはのどかを守るラビ。いざとなったら、さっき買ったこのハリセンハンマーがあるラビ!」

 

「任せたよ、ラビリン」

 

そんなもの頼りにならないとは分かっていたけれど、ラビリンがいるなら、きっとのどかを起こしてくれるだろう。

敵の気配は、徐々に近づいている。早く迎え撃たないと、のどかを巻き込んでしまうかもしれない。

 

「ひなたちゃん……」

 

のどかの寝言が、私の後ろ髪を引く。

無防備にも開ききった口が、弛緩しきった身体が、私を引き留めようとする。

けれど、私はいかなければならない。

 

「大丈夫。アタシが守ってあげるよ、何があってもね」

 

そう言い残し、安物のブーツは地を蹴った。天使の敵を倒すために、天使の笑顔をもう一度見るために。

 

飛ぶように進む身体は、やがて狂気の源へとたどり着く。見なくても分かる、見ればもっと分かる、ヤバい奴ら。

場所はショッピングモールの地下駐車場。そこにいたのは、二人の青年だった。一人は長身の、白衣を纏った男、もう一人はボロのフード付きコートに身を包んだ男。

二人とも、凄まじい覇気を放っている。

 

「ねぇ、メツビョー君!この子すごいよ。僕たちが迎えに行こうとしてたの、わかってたみたい」

 

「ああ、期待できそうだな。コイツを狩ったら、次はキュアグレースだ」

 

「そうだね!じゃあ、ここはまず僕が!」

 

歩み来る男に、反射的に右足が下がりかける。だが、頭の中に浮かんだのどかの寝顔が、それを止めた。

 

(逃げちゃダメだ。しっかりしろよ白馬の王子様。のどかを守るって決めたんだからさ)

 

震える右足を、一歩前に踏み出す。

 

「なぁに勝てるつもりで話してるのかなぁ。何を隠そう、アタシはキュアスパークル!スーパー強い、プリキュアなんだから!」

 

「行こうぜひなた。俺たちでのどかを守るんだ」

 

肩の上のニャトランは、やる気満々だ。彼がパートナーでいてくれて、本当に良かったと思う。

いつもはふざけているけど、なんだかんだで、私の背中を押してくれる。

 

「もちの論!プリキュア・オペレーション!」

 

「エレメントレベル、上昇ニャ!」

 

「「キュアタッチ!!」」

 

ヒーリングステッキが金色の輝きを放つ。光は身体を包み込み、身に纏う衣装を『戦いの装衣』へと変えてゆく。

私……平光 ひなたが、キュアスパークルへと変わってゆく。

 

その瞬間、視界の中で、何かが揺れた。

 

 

『ZAIASPEC: Battle Assist System ……STAND BY』

 

 

「溶け合う二つの光……って、おいおい、なんだこれ?」

 

眩いばかりの虹色の光の中で、左腕だけ妙に重い……見ると、腕には、金色の鉤爪がついていた。

どう見たって金属製、何ならレーザーとか出そうなくらいに近未来の……明らかに違和感満載の武器だ。

こんなものは、前の変身では出てこなかったはずなのに。

 

「えーと、なんなんだろうね」

 

謎の2人の男、謎の鉤爪。浮かび上がるいくつもの謎を、ひなたはシャットアウトする。

今は、戦う時だ。使えるもんは、なんだって使ってやる。昂る戦意に応えるように、胸につけた星のペンダントが、眩いばかりに輝き出す。

 

「アタシはキュアスパークル、さあ、どこからでもかかってこい!」

 

「いくよ……僕は迅、仮面ライダーだ!」

 

「かめん、らいだーか……なんか、カッコ良いじゃん!」

 

かくして、戦いの火蓋が開いた。黄昏時、すこやか市の各地で、歯車は動き出す。




前回はあまり話の動かない回でしたが、今回はガッツリ話が動きましたね。のどかさんをザイアスペックの魔の手から救ったのはひなたさんでした。これにて一件落着かと思いきや、次はビョーゲンズと滅亡迅雷.netからの刺客が彼女達を襲います。
次回はフル戦闘パートなので、ご期待ください。

P.S.この小説は、pixivに投稿したものを編集したものになります。
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