PROJECT HEALINGOOD THOUSER〈完結済〉   作:TAMZET

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〜これまでのあらすじ〜
ビョーゲンズと手を組んだ滅亡迅雷.netは、アークを冒涜した天津 垓を倒すため、彼の協力者であるプリキュア達に刺客を送り込んだ。
花寺のどかを守るため、平光ひなたは先んじて仮面ライダー迅との交戦を開始する。


Episode6:【爆ぜる水流と堕ちた星】

今朝、ひなたと喧嘩した。

内容も覚えていないくらい、実に他愛ない喧嘩だった。

 

『もういい!ちゆちーなんかお買い物計画誘ってあげないし!』

 

『いいわよ。別に行きたいとも思ってなかったから』

 

売り言葉に買い言葉で、沢泉 ちゆはお買い物会から離脱することになった。

重ねて言うが、喧嘩そのものは本当に大したことではなかったのだ。事実、昼には謝罪のメッセージも飛んできた。

その頃には日々のロードワークを済ませており、宿題も終わっていた。

山の端にかかる春の夕陽を眺めていると、ふとのどかの顔が浮かんできた。

ちゆの頭の中で、疲れ顔ののどかが、たくさんの紙袋を抱えながら走り回る。

 

(ひなただけに任せておくのは、不安ね)

 

そう思って外に出た頃には、もう空には暗がりがかかっていた。思えば、少し軽率すぎたかもしれない。

 

「ここ、どこ?」

 

暗がりの中で、道に迷ってしまったのである。

見渡す限りのビル群、ガラス張りされた高層建築物の列、見覚えのない街並みが彼女を取り囲んでいた。

 

「こんなところ、近くにあったかしら?」

 

「ボクに聞かれても……ここの事は、ちゆの方が詳しいペエ」

 

「そうよね。でも、何だかワクワクするわね。このまま大きなトンネルでも出てきて、そこを潜ると大きな旅館がありました。なんてことがあったりして」

 

「何の話ペエ?」

 

「映画の話よ」

 

そんなこんなで話をしていると、前方に人だかりが見えてきた。

赤い服と仮面を身につけた人だかりが、とある建物に押し入ろうとしているらしい。

建物の近くの車両には、桜の代紋が刻まれている。警察関係のものだろうか。

彼らは手に棒のようなものを持ち、建物の前に築かれたバリケードを破ろうとしている。

 

(あれ、デモ……かしら?)

 

ちゆも、よくニュースで過激なデモの話は見聞きしている。だが、乱闘騒ぎにまで発展するものは海外の話だと思っていた。

ペギタンを抱え、足を早める。

 

「この町でデモなんて、初めてじゃないかしら」

 

「デモ?」

 

「自分の考えを、数で押し通そうとする人達の集まりよ。大体は健全な主張をしてるんだけど、アレはちょっとやりすぎね。ああ言うのには近づかない方がいいわ」

 

しかし、言葉とは裏腹に、ちゆの内側には好奇心が沸沸と湧き上がりつつあった。

この町は地方行政と住民の関係性も悪くないし、変な汚職事件も聞かない。ましてや警察に対するデモなんて前例があるのだろうか。

 

(少し覗いてみようかしら)

 

顔を前に向け、視線だけを向けながら、デモの後ろをゆっくりと通り過ぎる。こうすれば、見つかる事はないだろう。

 

デモ隊は先頭の髑髏面の人物に連なり、軍隊のように一糸乱れぬ動きで攻撃をしている。

動くたびにガシャガシャと音がするのは、隙間なく身につけている鎧のせいだろうか。

奇妙な集団だが、ちゆには、彼らの頭から生えている触覚に見覚えがあった。

 

(あの触手の色、メガビョーゲンに似てるわ)

 

もしあのデモ隊がメガビョーゲンの仲間なら、放っておく訳にはいかないだろう。

 

(さて、どうしようかしら)

 

思案していると、背後に気配があった。

慌てて振り返ると、そこには他のデモ隊とは違う、髑髏の面をつけた人物の姿があった。

いや、人物と言うには少しちがうかもしれない。その人型は全身をくまなく装甲で覆っていたのである。

 

「沢泉 ちゆ、キュアフォンテーヌだな」

 

声がくぐもっていてよく聞こえないが、どうやら男性らしい。

それよりも驚くべきは、彼がちゆの正体を言い当てた事である。プリキュアの正体は秘密のはず、それを知っているという事は、やはりビョーゲンズの一味なのだろう。

髑髏の面には驚かされたが、敵と分かれば怖くはない。

ちゆは毅然とした態度で男性に向き直った。

 

「初対面の相手には、まずは自分から名乗るべきじゃないかしら」

 

「……暗殺とでも呼べ。ともかく、これからお前を暗殺する」

 

「アンサツ……それが名前なの?マッドトリンとかホラーマンじゃなくて?」

 

「なんだそれは。ともかく、お前が俺の名前を気にする必要はない。今この場で始末するのだからな」

 

気がつくと、四方は子分たちに囲まれていた。子分達の手には、真っ赤な刀や銃が握られている。やられたら痛そうだ。

 

「なんか色々ツッコミ所はあるけど……大変な事になってきたわね」

 

敵の親玉っぽい怪物……アンサツはちゆの正面に立ち、構えを取る。周りの子分たちもやる気満々と言った様子だ。

これはまずい状況である。

これだけの数を相手できるかも問題なのだが、ここで戦えば警察官の人々を巻き込んでしまう。ビョーゲンズは人の手に余る敵……どうにか被害は出したくない。

少し考えた末に、妙案が浮かんだ。

うん、これしかないな。

 

「ペギタン、行くわよ!」

 

「うん!!」

 

ちゆはヒーリングステッキを天高く掲げ、水のエレメントボトルを装填する。

 

「プリキュア・オペレーション!」

 

「エレメントレベル、上昇ペエ!」

 

2人の心が重なり、ステッキの頂にはめ込まれた宝石が青く美しい輝きを放ち始める。

 

「「キュアタッチ!!」」

 

光は身体を包み込み、身に纏う衣装を『戦いの装衣』へと変えてゆく。

子分たちが眩しさに顔を覆う中、沢泉 ちゆはキュアフォンテーヌへと変身を遂げていた。

 

「交わる二つの流れ……キュアフォンテーヌ!」

 

ポーズを決めるフォンテーヌに、アンサツは「フン」と鼻を鳴らし、武器を構える。周囲の部下達も彼と同じ構えだ。その一糸乱れぬ統率は隊の練度の高さを表しているようだ。

 

「いいだろう、暗殺開始だ」

 

「ふふ、かっこいいわね」

 

言うや否や、フォンテーヌは飛んだ。高く高く、空へ。そのままビルの壁を蹴り、建物伝いに走ってゆく。

 

「……は?」

 

アンサツ達が見上げる中で、フォンテーヌの身体は彼等とはあさっての方向へ進み始めた。

 

「それじゃ、さようなら」

 

呆気にとられるアンサツ達を尻目に、水流を纏った青い身体は鳥のようにビル群のむこうへと飛翔していった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

モールでの戦闘は、幾度となく攻守を変えながら続けられていた。

 

戦闘開始直後、キュアスパークルは圧倒的不利に立たされていた。

原因は二つ、慣れない『爪』という武器と、迅の飛行能力の高さである。

変身した時、なぜか現れた黄金の鉤爪。これのせいで、右手が上手く使えないのだ。

さらに、迅の空中殺法は高速にして俊敏。狭い地下駐車場だというのに、スパークルの放つ光線はその身をかすめもしない。

 

迅の優位は揺るぎようのないものであった。

 

しかし、それは5分前までの話である。

彼女は今、爪を完全に使いこなしていた。理由は単純明快『爪の刃がたためるということを知った』からである。

 

「やっぱり、女の子はパンチっしょ!」

 

黄金の爪、改め、黄金の拳。

彼女の手をすっぽり覆い隠すくらいの大きさに留まったそれは、煌々と赤く光り、その内部に凄まじいエネルギーが内包されている事を暗に示している。

事実、攻撃力は飛躍的に増大していた。

 

プリキュアの力で強化された脚力で地を蹴り、迅へと蹴りを放つ。

躱す事のできるはずの攻撃を、迅はあえて左腕で受け止めた。

黄金の拳を前にしても、彼には絶対に勝てるだけの武器があったのだ。

 

迅の新たな武器『バイラススケイル』。ビョーゲンズから授かった硬質のウイルスを結晶化させ、己の身を守るというものである。

この極細微小のウイルスは、煙のように纏わり付き人体の機能を弱め、鋼鉄すらも腐食させる。そして、自分の周りにある限りは、鉄のハンマーでも砕けない、絶対の盾となる。

 

事実、脚撃により地面に叩きつけられた迅の損傷は軽微である。考えなしに突っ込んでくるスパークルを迎撃する事など、容易。

 

……なはずだった。

 

スパークルの攻撃は、ウイルスの硬化など意に解さぬように、繰り出され続けていた。

 

「とりゃっ!!」

 

上空からの落下加速を伴った、大上段からのかかと落とし。迅の二の腕にヒールの先端が直撃し、凄まじい火花を散らす。

 

「ううっ!?何だよこの子の一撃……すっごい重い!!」

 

後退した迅を、さらなる追撃が襲う。着地した彼女の、黄金拳による猛撃だ。

右、左、右、左と撃ち続けられるデンプシーロール。肉が鋼を打つ鈍い音が響く度、迅の腕の装甲が剥がれ落ち、体幹が崩れかける。

 

「まだまだ行くよっ!」

 

「その調子だぜ!」

 

デンプシーの速度を上げてゆくスパークル。

だが、迅もやられるばかりではない。

 

「まーけーる、かっ!!」

 

スパークルの右鍵拳をスウェーでいなすと、迅は素早く身を低く落とし、展開した右の翼刃で斬りつけた。

コンマ数秒の間に行われた一連の動作。

フライングファルコンのプログライズキーがもたらす身のこなしの軽さと、単純かつ圧倒的な攻撃力こそが、彼の最大の武器である。

 

しかし、その攻撃はひなたの衣服を軽く切り裂く程度に止まった。

迅の攻撃の中でも、最速を自負する攻撃であったはずの一撃……重ねて繰り出す舞の如き連撃も、全て紙一重で見切られる。

迅の挙動に、焦りが表れ始める。

 

「もう!何で当たらないし」

 

「さあ、何でだろ!!」

 

「それムカつく!!」

 

超速の連撃を躱す仕組みは……実のところ、スパークル本人にも分かっていなかった。

それもそのはず、スパークルの急激な動体視力の強化、それはザイアスペックのなせる技だからである。

 

のどかに渡されたザイアスペックにのみ搭載されている新機能……それは、戦闘補助システム。機能は主に二つ。

『敵の挙動から最適な行動を予測するそ機能』そして『使用者にとって最適な武器をその場で生成する機能』である。

 

この二つを、選択というプロセスを介さず、AIが独自に行うことで、高速戦闘が可能になるのだ。

言うなれば、『飛電或人並みの戦闘技術を誰でも手に入れられる』システムである。

本来これは、天津が対ゼロワン用の切り札として開発していたものである。しかし、現状ヒーリングステッキ以外の武器を持たないプリキュアの補助にあたり、このシステムは想定以上の力を発揮していた。

 

「もう、いい加減に当たってよ!」

 

乱雑に繰り出され続ける迅の舞。

その間に生まれた一瞬の隙間。

そこに、ひなたの拳がねじ込まれる。

鳩尾にヒットした打撃、ヒューマギアである彼にとって、その部位は急所ではない……だが、怯ませるには十分なダメージだ。

 

「今度は、アタシの番!」

 

直後、スパークルの猛攻が再開された。

左右のフックによる連続攻撃。

止んだかと思えば、今度は駐車場の柱を蹴ってのかかと落とし、崩れた体勢に、間髪入れずに下段払い。

迅の体幹は硬く、それでもわずかに揺れるだけにとどまった。だが、機動を制限された迅の戦闘力は、大幅に低下したと言える。

 

ザイアスペックの提示するコンマ数秒の最適解を、強化されたひなたの動体視力が選び抜く。

まさにベストマッチの組み合わせである。

度重なる攻撃により下がりつつある迅のガード。飛ばせない、撃たせない、この徹底した二つのマークは、確実に迅の機動力を削いでいた。

紙一重でガードが間に合っているものの、迅の中には明確な焦りが生まつつある。

 

(コイツ、まるであの時のゼロワンだ)

 

生み出された一瞬の躊躇い、そこにスパークルの左拳が直撃する。狙われたのは顎……迅の視界がわずかにぐらつく。

 

「うぅ……」

 

訪れた大技のチャンス、無駄にするわけにはいかない!

 

「ぶちかましてやるニャ!ひなた!」

 

「やっちゃうぞぉ!」

 

ひなたの身体が、大きくしなる。

大きく逸れた上体が、大技を予感させる。迅にとって致命的な一撃となる大技。

しかし、その仮面の奥で、迅は笑った。

 

「……なんちゃって!」

 

ふらつきはフェイント。

本命は、飛んでくる大技へのカウンター!

迅にとって、最大のチャンスである。

狙いは人体有数の弱点、頭部。背に隠し持っていたアタッシュガンの銃口を高速で突きつけ、間髪入れず眉間を銃撃する。

高速で放たれる銃弾、しかし、それは空を切る。理由は一つ、直前で彼女の上体が、彼の予想以上に後方へと逸れたからだ。

 

スパークルは迅のフェイントを読んでいたわけではない。むしろ逆、彼女にとってはこれが予定行動である。

 

【頭突き】

人体を構成するパーツの内、一番重さの比重が傾くのはどこか……答えは、頭。頭蓋骨の重さは、体重の10%程……この重さは、13ポンドのボウリングの球に匹敵する。

通常の人間が頭突きで与えうる重さは2トンを超えない。しかし、今のひなたはニャトランとのシンクロで強化された肉体。

敵の攻撃を寸前で見切ると同時に、足裏、ふくらはぎ、太腿、背、両背側、そして首周りの6箇所の筋肉をフルに活用。

プリキュアの力で強化されたそれらの筋肉を全開にして発動されるは、およその120tの鉄球を乗せた超鈍重の一撃!

 

「よいしょぉっ!!」

 

「ッッッ!!!?」

 

叩きつけられたスパークルの頭部は迅のマスクを割り、苦悶の表情を浮かべる素顔を露出させる。

その威力、測定不能!

まさに『禁じ手』である。

マスクを叩き割るほどの威力の頭突き……滅亡迅雷のアーマーで強化された彼と言えど、変身解除は必至である。

 

「行くよラビリン!エレメントチャージ!」

 

ふらつく迅に、スパークルはヒーリングステッキの先端を向け、狙いをつける。

 

『キュンッ!キュンッ!キュンッ!』

 

可愛らしい肉球の音と共に、ステッキの先端に取り付けられた宝石が輝きを増し、黄金色の電流が迸る。

 

「おいおい!コイツ、エレメントさんがいないぜ」

 

「多分大丈夫でしょ!やっちゃおう!」

 

「それもそうだニャ!行くぜキメ技!」

 

戸惑う2人の前で、迅は再びフライングファルコンのプログライズキーを構える。

 

「負けないよ。僕たちは、ヒューマギアの救世主になるんだから」

 

「プリキュア・ヒーリングフラッシュ!!」

 

ヒーリングステッキから放たれた雷は、さながらプラズマ熱線の如く迅の胸を貫き、心臓付近に拳大の穴を開けた。

穴から漏れ出る電流が彼の全身を駆け巡り、大きく震えさせる。

 

「僕たちは……アークの、イシノ、ママニ」

 

そう言い残したきり、迅はその場に崩れ落ち、動かなくなった。「お大事に」と言いかけたスパークルも、思わず口をつぐむ。

 

決してそんなはずはないのに、辺りには、命の終わった後の静寂があった。

 

「あれ、もしかしてアタシ、やっちゃった……」

 

「いや、アイツの体よく見てみろよ。あれ機械だぜ。大丈夫だ」

 

「うん。でも、なんだろう。メツビョーゲンを倒した時みたいに、スッキリしないんだ。アタシ達、本当にこれでよかったのかな」

 

戸惑う2人の前に、白衣を纏った長身の男が姿を現した。先ほどの戦闘で、メツビョーちゃんと呼ばれていた男である。

 

「あー、模造品だとやっぱこの程度か。少しはやると思ってたんだがなぁ」

 

男は動かなくなった迅の身体を踏み越え、ひなたの前へと進み出た。

 

「いいだろう。俺が相手してやる」

 

そう言って構えてみせる男。一見するとその構えは素人だ。しかし、相対するスパークルは旋律する。

その隙の無さ、纏う空気の凶悪さに。

相手は普通の人のはず、なのになんで、こんなに強そうで、こんなに怖いんだろう。

 

「気を付けろよ。コイツ、ただの人間じゃねぇ」

 

「うん、分かってる」

 

弱気はここまでだ。

普段の自分なら、もしかしたら逃げていたかもしれない。

けれど、今は違う。

アタシが倒れたら、のどかが危ない。

そう考えると、無限に力が湧いてくる。

コイツらを追い払ったら、のどかに何て言ってやろうかな。楽しみだな、あの子の喜ぶ顔見るの。

 

「さあ、いっちゃうよ!」

 

地を蹴り、ジェットの速度でスパークルは加速する。

左手にはザイアスペックが生み出した拳が既に展開されており、煌々と赤くエネルギーを燃やしている。

スパークルの凄まじい反射神経と、変身により強化された体力、そしてZAIAの最高峰のテクノロジーが生み出す威力の三本柱。

それらで構成された一撃が、男の生身へと遅いかかる。

 

「まずは一発、そこから始めるッ!」

 

しかし、直撃の直前、男は構えを解いた。スパークルの攻撃に背を向け、男は気怠げに伸びをしながら歩き出す。

 

「さっきの迅との戦い、凄かったぜ。正直、見縊ってたよ」

 

直撃まであと数cm……

 

「だが悪いな、時間切れだ」

 

瞬間、スパークルの視界の中で、青年の身体がぐらりと傾いた。

直後、身体の右側全てに、鈍い痛みが走る。

全身が痺れたようになり、自由が効かない。

 

「あれ?なに?どゆこと?」

 

「ひな……!どうし……だよ!」

 

ニャトランの声が、よく聞こえない。

たくさんのタイヤが、視界一杯に広がる。歩こうとしても、足がバタつくだけで全く前に進めない。

 

(なにが起きてるの?アタシ、もしかして倒れたの?)

 

自分の異変を認識できないひなたの元に、男の足音が近づいていた。

 

 

 

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子分たちから逃げるフォンテーヌ。

時間にして数分の逃避行だが、彼女は確実にアンサツ達との距離を引き離していた。

 

「ひなたとのどかには……連絡つかないわね。心配だわ」

 

「アイツらと戦わないペエ?」

 

ペギタンは腑に落ちない様子だ。無理もない、敵から逃げるなんて初めての体験だ。

フォンテーヌは指をピンと立て、説明を始めた。

 

「あのね、ああやって囲まれてると、4方向から攻撃されるでしょ。だったら、細い道とかに逃げちゃえば攻撃されないのよ」

 

得意げに話すフォンテーヌに、ペギタンはさらに首を角度を深める。

 

「細い道だとなんで攻撃されないペエ?」

 

「道が細ければ、大人数でも左右に回り込めないでしょ?だから、一対一に持ち込めるの。これを逃げながらやれば、人数差を気にせずに戦えるのよ」

 

ヒーリングステッキの中のペギタンが、感心したように喉を鳴らす。

江戸時代の頃から伝わる兵法……が何かの一つらしい。沢泉では、強盗が入ってきた時は、そうやって逃げろと教わっている。

後ろを振り返る……子分たちの足は遅いようで、だいぶ引き離せたようだ。このまま逃げてしまえるのならそうしたいが、いかんせんそうもいかない。

アイツらは集まって何かしようとしてた。

暗殺とか物騒な事言ってる奴らだし、このままにしておけない。

どこかで、迎え撃たないと。

 

「狙撃」

 

プリキュアも大変ね。そんな事を考えていると、ふと右足に痛みが走った。お料理中に包丁が刺さった感じ……その何倍も痛い。

 

「ッ!?」

 

振り返ると、先ほど通りすがった建物の影から子分の顔が覗いている。刀はそこから飛んできたらしい。

プリキュアの力で守られているため切れてはいないが、脹脛が赤く腫れてしまった。

 

(逃げた先に伏兵……策士ね)

 

幸い、後ろの追手はまだまだ追いついてくる様子はない。伏兵がいるなら、安全な場所を探して、いったん隠れよう。

伏兵が1人という事は考えにくい。

ここは、一旦安全な場所を探して体勢を立て直すべきだ。

しかし、フォンテーヌが行動を開始するより早く、アンサツは次の指令を出していた。

 

「近接で足を止めろ」

 

間髪入れずに、物陰から、三体の子分が躍りかかってきた。最初の二体は連撃で蹴り飛ばせたが、残りの一体の攻撃が背中に直撃してしまう。

 

「ッ!?」

 

熱い鉄を押しつけられたような痛みが背中に走る。

耐えられない痛みではないが、痛いものは痛い。

 

「危ないペエ!」

 

「まったく、しつこいんだから!」

 

ヒーリングステッキの水流で最後の一体を吹き飛ばすが、休む暇もなく、今度は四方八方から刀の雨が降り注ぐ。

 

「嘘でしょ!?」

 

辺りの建物の窓という窓から、大量の子分たちが顔を覗かせているのだ。その予想以上の数が彼女の判断を遅らせ、刀の雨の直撃を許してしまった。

身体のあちこちが絶え間なく痛みに曝される。

 

(このままじゃダメ……ッ!!)

 

ヒーリングステッキをかざし、水流の壁を作って防御。超速で流れる水流は、並みの投刃なら難なく防ぐ防壁となる。

刀はこれで防げるが、完全に足は止まってしまった。薄い水の膜の向こうから、大勢の子分たちが近づいてくる様子が見える。

先程投刃が当たった箇所が、焼けるように痛む。回復したいが、このバリアを解けばもっと多くの傷を負うことになるだろう。

八方塞がりの状況。俗に言う、大ピンチだ。

 

「何なのコイツら、私の動きが読まれてるみたい」

 

「ど、どうするペエ?」

 

「さっきから少しだけ、指令してるみたいな声が聞こえてるの。多分、敵の親玉の声だと思う。だったら、親玉を抑えれば……」

 

フォンテーヌの言葉を遮り、水流のバリアが切り裂かれた。

隙間から見える髑髏の顔……間違いない、敵の親玉だ。

返す刀でふるわれる刃を、両腕を交差させて防ぐ。

子分たちのものより数段激しい斬撃が、彼女の腕をジンと痺れさせる。

 

「俺を、どうするって」

 

「さあ、どうするんでしょうね」

 

親玉が、大上段に剣を振り上げる。

大振りの一撃を振り下ろすつもりだ。

だが、大技の隙間……胸のガードが上がる瞬間は、チャンスでもある。

 

(残念、隙あり!!)

 

フォンテーヌは、空いたその腹元に向けて、凝縮させた水流を叩きつける。

水流のカッター……この世で最も硬く鋭い刃になりうる『水』の一撃である。

 

「ッ!?」

 

親玉の身体は数m後退し、体制が崩れる。

訪れた勝機に、フォンテーヌの口元が緩む。

だが、一歩を踏み出す暇も与えず、周囲の建物群からの銃撃が開始される。不意を突かれる形となった彼女は、その凄まじい数の弾丸をまともに受けてしまった。

 

「ああっ!!」

 

「フォンテーヌ!!」

 

「くう……ぅ……ッ!!」

 

絶え間ない銃撃に曝され、全身が痺れるように痛む。身を隠す場所すらない。揺らぐ視界の中で、アンサツが笑っている。

 

【石打ち】

かつてヨーロッパで実在した処刑法の一つである。鎖で縛られた罪人に、石を投げ続けるのだ。一撃一撃の威力は低くとも、何百人という観衆が投げつける威力は、罪人を見るも無惨な有様へと変える。

暗殺の取った手法は、まさにそれである。一撃一撃は命中率も威力も低い銃撃であるが、それらを相手の退路を塞ぐように投げさせることで、十分なダメージを与えられるのだ。

 

「ッ!!」

 

辛うじて水流のバリアを再展開させるフォンテーヌ。しかし、その水量は先に展開したバリアより明らかに少ない。銃撃のいくつかはそれを切り抜け、彼女の肌を擦り、刻む。

白く美しい肌はあちこちが真っ赤に腫れ上がり、着弾箇所は日焼けした後のように痛々しく変色していた。

 

「もう、もうやめるペエ……逃げようペエ」

 

「はぁっ……はぁっ……ダメよペギタン。わたしが逃げたら、コイツらに迷惑かけられる人がいるんだから」

 

「ちゆ……」

 

やがて、銃撃の雨は止んだ。

バリアを解除したフォンテーヌが見たのは、自分を囲む子分たちの群れ。そして、それらを抜けた先、遥か奥に見えるアンサツの姿。

その数、ざっと60は超えるだろうか。最早、彼女1人でどうにかなる数ではない。

対して、フォンテーヌの身体はもうボロボロだ……気を抜くと、全身がヒリヒリと痛み出す。

痛くないところなんてない。震える足、膝をついてしまいたいくらいに、力が入らない。

 

ビョーゲンズと戦い始めて、初の大ピンチ。

負けたらどうなるかなんて、考えたこともなかった。ペギタンの言う通り、逃げた方がいいのかもしれない。

でも、なんでだろう、全然怖くないんだよね。負ける気がしないっていうか。

 

うん、まだまだ戦える。

 

「試してみようかしら、あの作戦」

 

フォンテーヌの提案に、ペギタンは首を傾げる。

 

「どうするつもりペエ?」

 

「前からずっと思ってた事があるのよ。足が速い人って、喧嘩とかしたらすっごい強い蹴りが出せるんじゃないかしらって」

 

「えと、何の話ペエ?」

 

「喧嘩の話」

 

フォンテーヌは腰を低く落とし、両手でアスファルトの地面を掴んだ。

右脚は胸につくように折り畳み、左足は膝裏の筋を意識して伸ばす。

クラウチングスタートの姿勢だ。

側から見れば隙だらけの姿勢に、子分たちは嬉々として飛びかかる。

そりゃそうだ。

アイツらは知らないわけだから。

 

このポーズはね、『攻めるため』のものなんだって。

 

フォンテーヌの口元が、仄かに歪む。

 

「レディ……ゴッ!!」

 

瞬間、凄まじい衝撃波が彼女を中心に発生し、子分たちを吹き飛ばした。

爆散する個体もいる中で、フォンテーヌの姿は彼らの展開する円の中心から消えた。

正確には消えたわけではない、瞬発力の高さゆえに、初動そのものが見えないのだ。

本来速く走るために改造され、受け継がれてきたフォーム。毎日の練習を経て洗練された沢泉 ちゆの『それ』が、プリキュアの身体強化でさらに強化される。

この超速の突進こそが、彼女の秘策であった。守りきれないほどたくさんの攻撃が飛んでくるなら、全て避けてしまえばいいのだ。

絶えず降ってくる刀と銃弾の雨も、躱す必要はない。それが地表に達する頃には、彼女の身体はそこにないからだ。

 

「お前たち、壁になれ」

 

瞬く間に詰められる、アンサツとの距離。

何体かの子分が立ちはだかるが、その全てが衝撃波に怯み、ソニックブームに吹き飛ばされる。

それ程の速さ、それ程の威力。

狙うは敵の親玉。加速の乗った神速の蒼身が、アンサツへと迫る。

ドードーは動かない。どっしりと構える訳でもなく、戦意もない、自然体で立ったままだ。

 

「受け止められるかしら?」

 

「受け止める気など最初から無い」

 

ドードーまでの距離、1mを切る……そこにきて、フォンテーヌは地を蹴り、髑髏の仮面へとその爪先を向けた。

 

【飛び蹴り】

超速の助走を伴った飛び蹴りこそ、彼女の秘策。

絶対の威力に裏打ちされた、必殺の一撃である。

 

「お大事に……!?」

 

しかし、フォンテーヌは見てしまった。わずか数十cmの距離に対空する、兵器の存在を。

 

「嘘……でしょ?」

 

目に映ったのは、己を囲む無数の円筒。さっきまで暗殺の肩についていたものである。

展開される瞬間が見えなかったが、あの形と後ろで尾ひれを引く炎は……

 

(もしかして、ミサイル?)

 

一歩でも踏み出せば爆散するミサイルの結界。当たればどうなるかは想像に難くない。

だが、今更この速度を殺すことなどできない。

 

「暗殺、完了だ」

 

暗殺が手を挙げると共に、ミサイルは密に群がるアリのようにフォンテーヌの身体へと吸い込まれ……爆裂した。

 

 

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動かない体、ままならない呼吸。

スパークルの疑問に答えるように、メツビョーゲンは語り出す。

 

「さっきお前が戦った迅の身体には、キングビョーゲン様特性の、無数のウイルスが付着してる。お前プリキュアなのに気がつかなかったのか」

 

「ウイルス……?」

 

スパークルは慌てて自分の身体を見回す。

男の言葉通り、腕や足には、よく見ないと気がつかないくらいの極小のナノビョーゲンが取り憑いていた。

 

「体内に侵入したウイルスは、体の免疫機能を阻害し、急速に衰えさせる。平衡器官、自律神経と順に麻痺していくぜ。人間の活動限界時間は、まぁ頑張って15分ってところだな。お前、よく頑張ってたよ」

 

男の声が、どんどん遠くなっていく。

大変だ。

何言ってるかは分からないけど、男の言葉が本当なら、こんなところで倒れている場合じゃない。

なんとかして、体勢を立て直さないと。

渾身の力を振り絞り、鉛のように重くなった身体を持ち上げる。呼吸が辛い、吐き気がする。でも、まだ体は動く!

足に力を入れ、駐車場の出口を……

 

「なんで起きれんだよ」

 

眼前の男の身体が、霞のように消えた。直後、お腹に鈍い痛みが走る。

 

「ッ!?」

 

大きく吹き飛んだ体は駐車場の柱の一つに叩きつけられた。

 

(受け身なんか、取れない……ッ!)

 

持ち上がってきた地面が肺を押し潰し、また呼吸ができなくなる。

視界がうまく効かない。

何をされたんだろう、私。

 

「うぅ……う……」

 

革靴特有の乾いた足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 

「これでキングビョーゲン様にいい報告ができる。さあ、次いくぞ〜」

 

足音が、遠く離れてゆく。

あいつ、油断して帰ろうとしてるんだ。

ひなたは、心中でほくそ笑む。

なら、反撃開始だ。アイツをのどかのところになんか行かせない。

 

(はやく、たたない、と……)

 

ひなたの思考が、一瞬、プツリと途切れた。

薄れゆく意識の中で、泣いているニャトランの姿が目に映る。

 

(何で泣いてるし。ここからでしょ?ほら待っててよ、今立つからさ)

 

力を込めようとするが、身体のどこにも力が入らない。

 

(おかしいな、どこも痛くないから、いけると思ったのに。そういえば、どれくらい前から息してなかったっけ。忘れ……)

 

ひなたが考えたられたのは、そこまでだった。




第6話をお読みくださり、ありがとうございます。
今回は全てが丸ごと戦闘シーンでしたね。最近はやっとグレースも武器を持ち始めましたが、これを書いていた頃はそう言った描写が無かったので、自分で戦い方を工夫しなければならなかった訳です。
今回は2人のプリキュアが敗れてしまいました。次回はついに、のどかさんにメツビョーゲンの手が迫ります。


P.S.この作品は、以前pixivに投稿したものを編集したものです。
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