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時は深夜、横須賀は突如サイレンに包まれた。執務室では男が電話に叫んでいた。
「こちら山本だ!何が起きている!」
“司令!緊急事態です!只今、国籍不明の艦隊を発見、こちらに向かってきています!”
「艦隊だ⁉一体どういう―」
『ッズボォオン!』
執務室が大きく揺れ、男は手をついた。
(砲撃―⁉)
落とした受話器から、震えるような声が続いた。
“敵艦は…敵艦は艦むs―”
直後、通信が切れた。
※
これは、時代の分水嶺に巻き込まれた者たちの物語である。
行先も無く、明けない夜の荒波に抗うことさえできず、ただ流されて行った難破船たち―彼等の為の鎮魂歌(レクイエム)である。辿り着く先は、朝焼けか、それとも水底か―彼等には勿論、ラプラスの魔女ですら何も知らない。
漂流を経て、彼等は何を見て、どこへ漂着するのか―それを一人の目撃者を通して見ていくことにしよう。彼の名前は浜岡櫂。元海軍中将、現タクシー運転手である。
“―十回目の終戦の日を翌日に控えた今日、武道館では政府主催の終戦記念式典が行われ、全国から元鎮守府関係者やその遺族など―”
「十回目、か…」
ラジオのから流れる正午のニュースを聴きながら、田舎の人気のない道を一直線に進んでいる。窓からは日差しが痛いほど刺さっていて、白手袋にはめた白銀の指輪がそれを反射している。景色も田畑ばかりで、さっさと市街地へと抜けたいと思っていた。舌打ちしてラジオを切り、アクセルを蹴飛ばした。加速が背中を押す。
「―おっと、こんな所にお客だ」
爆発した巨大な金髪ツインテールに、米空母のような迷彩柄の短パンの少女が手を挙げていた。大きなバックパックを背負っていようだが、そのツインテールのせいでをナップザックにも見える。いかにもこの風景に遭わない格好だ。日本の田園風景に憧れてやって来た外国人観光客―と言ったところだろうか。英語には少々自信があるので、乗せてあげることする。
「どうぞー」
少女はどこかおどけた様子で乗車した。
(無理に日本語で話そうとしt―)
「す、すみません、美舩村までお願いします」
「え⁉…あ、はい!日本語、お上手ですね」
「はわわ⁉…あ、ありがとうございます」
流暢な日本語に驚くも、聞いたことのない目的地に首を傾げる。
「申し訳ございませんが、美舩村、とは…」
少女は胸ポケットから湿った地図を取り出し、広げる。横須賀港とその近くの『美舩村』と書かれた箇所に、赤くバツ印が打ってあった。どうやらここから山一つ越えた海岸沿いに位置しており、村へと通じる道路は山道一本のみらしい。
「美舩村ですね、かしこまりました。」
笑顔で彼女を安心させると、アクセルを踏んだ。
「あの」
「ふぇ⁉」
「車内の温度は如何ですか?」
「へ、ああ、はい。あの、大丈夫です」
気が小さいのか、バックミラーにはピーナツのような口が見える。
「―それにしても、今日は特に暑いですなぁ」
「ええ。ニッポンの夏は蒸し暑いです。」
窓から見えるムシトリナデシコが、茹だるような暑さに頭を垂れている。
「そういえばお客さん、どちらからいらっしゃったんですか?」
「あ、はい、Langley, Virginiaです」
「ほう、ワイン巡りの名所ですね?」
「はい!昔は友人たちと、地元のワインを使ったバーを開いてました!」
少女の顔がやっとほころんだ。
「美舩村には観光で?」
「ええ…まあ、そんな感じです」
車は脇道へ入り、そのまま山道へと進む。
山は鬱蒼としていて、道は非常に荒れている。道の両側には鳳仙花の花が広々と咲き誇っているが、それはどこか侵入者を拒むかのようでもある。しばらくすると、突然に視界が開け、左手には村にしてはやけにアーバンな光景が遠方に広がった。
「あれが美舩村…ん?…これは―」
前方に大きな門がそびえたっている。両側もバリケードが延々と続いており、回り込めるような場所はない。
「A dead end?…」
「困りましたね…見る限りじゃあ村まではまだかなりありそうですし…」
「―少し見てきても、OKですか?」
「ええ、私も行きます」
車から降りて門の周辺を探してみる。門は頑丈にできており、柵の上には高圧電流が通っているであろう電線が伸びている。
(少しセキュリティが硬すぎないか?村人しか出入りができないのだろうか?)
「こっちにintercomがありますよー‼」
彼女の声に気付いて、浜岡が顔を上げる。
「よかった、押してみてくださーい!」
『ピンポーン…』
“はい…どちら様かしら”
面倒くさそうな返事が聞こえる。
「え、ええと、ガンビア・ベイです。観光で来ました。あの、門が閉まってて、入れないのですが…開けて戴いてもよろしいですか?」
“ガンビア……ああ、はい。今伺います。少々お待ちくださいね”
「ピッ」という音で通信が切れる。一方の浜岡は首を傾げていた。
「ガンビア…?」
「え、あ、あの…ああ、自己紹介がまだでしたね」
その名前になぜか聞き覚えがあった。それと同時に、妙な胸騒ぎを覚える。更に少女の着ている青と白と黒の迷彩服で確信する。
「I am CVE-73 Gambier Bay. 改めてよろしくお願いします」
「…君、艦娘?」
返事は直ぐだった。
「Yes! ジープ空母とも呼ばれた量産型護衛空母姉妹の一隻です!」
艦娘―浜岡にとって遠い存在だったはずのそれが、今目の前にいる。浜岡は恐る恐る口を開く。
「…『浜岡櫂』という人について、何かご存じですか?」
少女は突然な質問に首を傾げる。
「い、いいえ…そのような人は…どうして私に?」
「いいや、何でもない…忘れて下さい」
彼女の返答に、どこか安堵したような表情を浮かべる。
しばらくして、柵越しに遠くから婦人がスクーターに乗ってやって来るのが見えた。
(白く塗って上下逆にしたようなサンバイザーと、どこかの執事を彷彿とさせるフィンチメガネ、乗ってるのはVespaか―ってあれ完璧に『ローマの休日』じゃあないか⁉)
「なんと、まぁ…」
それに気付いていないガンビアが、不思議そうに浜岡の顔を見つめる。
目の前に近づいて見ると、彼女も外国の人らしい。それが更に某女優を連想させる。しかし、婦人はなぜか不機嫌そうにで浜岡と車を見つめる。
「あなた、誰?」
「は、浜岡と申します。見ての通り、ガンビア様を送迎しています、はい」
ガンビアはまた浜岡を見つめる。
「ふーん、今日は良しとするわ。通ってどうぞ。」
リモコンを操作して、門がゆっくりと開く。婦人は尚も浜岡に視線を送っていた。
「それで?村まではまだだいぶあるけれど。ガンビアさんはどうなさるの?」
「ええと。浜岡さんに乗せて行ってもらいます」
「そう、じゃあついてきて」
そう言って婦人はスクーターで走り始めてしまった。二人も慌てて車に乗り込み、ついていく。
路面の悪いコースをじりじりと進み、ようやく村の入り口らしきところへ辿り着いた。やはりイベントがあるようで、大きく『ようこそ美舩村へ‼』と書かれたアーチが立っている。先程の重厚なバリケードとは打って変わって、いかにも歓迎的だ。
「どこまで行きましょうか?」
「この辺でOKですよ、ありがとうございます!」
「ご乗車ありがとうございました。」
「Tank you Mr. Hamaoka!! Have a nice day!!」
護衛空母ガンビア・ベイは、再び大きなバックパックを担いで、村の奥へと消えていった。
(―美舩村、これは散策してみる価値アリと見たッ!)
スーパーサインを『回送』にして発進させる。すると、村にはスーパーマーケットやマンションが所狭しと並んでおり、村である事を疑うような光景が広がっていた。しかし、どの店もシャッターが下りており、人気も全く見当たらない。辺りは閑散としている。
(海の方へ行けば何かあるかもしれない)
浜岡は南へとハンドルをきる。
『ギュググゥゥウウ~』
時計は既に十五時を回っていた。先に御食事処を探ってみることにする。だがどこも開いてなさそうだ。左右を見渡しながら海岸の方へと進んで行く。
真っ赤な車が目に留まった。近寄ってみると、ガレージに留めてあるのはイタリアの高級車だった。そこはどうやらリストランテの駐車場らしい。
「おっ、開いてるね~♪」
この店の名前は『Libeccio Family』―イタリアンレストランのようだ。早速、車を赤いスポーツカーに横付けする。
店内は白い石壁と煉瓦の古風で趣のある内装だった。壁には油彩の風景画がいくつか飾られており、天井から吊り下げたランプがぼんやりと照らしている。
「いらっしゃいませ…って、あら、まだいたのね」
「あ、さっきの」
『ローマの休日』の婦人が少々呆れた顔をしている。
「今日はイベントがあってね、他の店はどこも閉まってたでしょう」
「ああ、終戦記念日、だろ?」
「あら、タメ口なのね」
「仕事中じゃあないんでね」
婦人は不機嫌な顔を見せるも、席へ案内した。しばらくして、水とメニューを持ってきた。
「ガレージに留めてあったのは?」
浜岡がふいに外を指さす。それはあの真っ赤な高級車だった。
「素晴らしいRosso Corsaじゃあないか。あれ、君の?」
不機嫌だった婦人が急に明るくなる。
「ええ、そうよ。私の故郷の色よ。ええ、好きなものこそが美しいの」
彼女は誇らしそうに語る。ここぞとばかりに質問をする。
「イタリア出身なのか?」
「トリエステ出身よ。アドリア海に面している、と言えば想像がつくかしら…そうそう、私の名前はローマ、よろしく。」
(名前もローマだった…)
驚く浜岡を無視して、彼女はボブヘアをかき上げる。その姿は花瓶に咲くサンダーソニアに似合っていた。
「それで、あなたは…浜岡…で合っていたかしら?」
「ああ、そうだ。改めてよろしく」
渡されたメニューに目を通す。定食とか、コースといったものはないようだ。聞いたことのない名前がずらりと並んでいる。オマケに写真が一切ないので、どんな料理なのかさっぱり分からない。
「オススメはプロシュートとルッコラのピッツァよ。プロシュートっていうのは…生ハムみたいなものよ」
注文を待ちかねたローマが口をはさむ。
「じゃあそれで……ん?この『プッタネスカ』は?」
「味の濃いパスタよ、アンチョビ、オリーブ、ケッパー、トウガラシの入った味の濃いパスタよ。時間かかるけれど、いい?」
「いいや、やっぱりプロシュートとルッコラのピザで」
「ピザじゃなくてピッツァよ、間違えないで」
また不機嫌そうになって、厨房へ消えていった。
十分くらい経って、ローマが焼き立てのピッツァを持ってきた。なぜかパスタも持ってきている。オリーブオイルの豊かな香りが鼻をくすぐる。
「さあ、熱いうちに、おあがり」
そう言って料理を出すと、ローマも相席する。
「本当なら今は昼休憩の時間なの。気にしないで頂戴ね」
そう言ってと料理をつつき始める。皿に載っているのは鶏のパスタだろうか―ニンニクとタマネギの香りが伝わってくる。
「では、いただきます」
ピッツァは綺麗に切り分けられていた。それをクルクルっと巻いて、ほおばる。オリーブオイルの香りとプロシュートの塩味が口いっぱいに広がる。シャキっとしたルッコラとモチモチで香ばしい生地がたまらない。
「いかがかしら?」
「美味しい。こんなピッツァ初めてだ。ハムの塩加減が丁度いい」
「Bene. そう言ってもらえて嬉しいわ」
ローマは頬杖をついて満足そうにしていた。
「でも、おかっぱにイタリアン…」
何かを思い出すように微笑む。
「何だね?」
「…いいえ、なんでもないわ」
※
「ご馳走様、実に美味しかった」
浜岡は丁寧にフォークを置いて、ナフキンで口元を拭う。
「そう、良かったわ」
そう言ってローマがフィンチメガネをクイっとさせた。
『カランカラーン』
ドアの方から誰かが入って来た。セーラー服の少女―首からはカメラをぶら下げている。
(どこかで見たことのあるような―)
「いらっしゃいませ…あら、青葉さん」
「ども、お一人様です」
「―青葉⁉」
思わず声が出た。重巡青葉―第二次世界大戦中、トラック諸島方面で中部太平洋作戦を支え、深海棲艦との戦いでは従軍記者としても活躍した『艦娘』だ。浜岡の艦隊にもいた―この青葉ではないが…。
大声に驚いて、青葉とローマが吹き飛びそうな姿勢になる。
「な、何よ、貴方たち知り合いなの?」
少したじろぎながら、言う。
「い…いや、さっきのガンビア・ベイといい、一日に艦娘を二人も…」
それを聞いた二人は唖然として顔を見合わせる。
「え?…ここがどういうところか知らないで来たの?」
突然の質問に浜岡は鼻白ぐ。
「ここは艦娘の村。日本の艦娘の八割くらいが、この村に住んでいると言われているわ。まあ、村長さんは元元帥で人間だけれども…。いつもは一般人の立ち入りを禁止しているの。でも終戦記念日とその前の日だけは、鎮守府の元関係者だけ立ち入りを許可しているの」
浜岡は山道の途中にあったバリケードを思い出し、納得していた。
「じゃあ君は…」
「イタリア生まれの最新鋭艦よ。ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦四番艦、ローマ…この台詞言うの何年ぶりかしら」
左手を顎に当てて、右手を腰に当てる―お馴染みのポーズである。
「―ようこそ、艦娘の楽園、美舩村へ」
唖然としている浜岡に、青葉は明るく微笑んだ。
しかし、浜岡の心は、その笑顔とは逆にどんどん暗くなっていくようだった。窓から見える彼岸花が風に揺れていた。