Admiral's Report   作:田村天山

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 横須賀―そこはかつて大日本帝国海軍の拠点として、戦後に横須賀基地・横須賀海軍施設として利用された。そして深海棲艦との戦争により、再び日本海軍横須賀鎮守府が設立され、数多の艦娘が配備された。十数年の後、深海棲艦との戦争が終結し、彼女たちの一部が自衛隊員として残留、自衛隊横須賀ベースと改名し現在に至る。

     ※

 時は深夜、横須賀は突如サイレンに包まれた。執務室では男が電話に叫んでいた。
「こちら山本だ!何が起きている!」
“司令!緊急事態です!只今、国籍不明の艦隊を発見、こちらに向かってきています!”
「艦隊だ⁉一体どういう―」
『ッズボォオン!』
執務室が大きく揺れ、男は手をついた。
(砲撃―⁉)
落とした受話器から、震えるような声が続いた。
“敵艦は…敵艦は艦むs―”
直後、通信が切れた。

     ※

 これは、時代の分水嶺に巻き込まれた者たちの物語である。
 行先も無く、明けない夜の荒波に抗うことさえできず、ただ流されて行った難破船たち―彼等の為の鎮魂歌(レクイエム)である。辿り着く先は、朝焼けか、それとも水底か―彼等には勿論、ラプラスの魔女ですら何も知らない。
 漂流を経て、彼等は何を見て、どこへ漂着するのか―それを一人の目撃者を通して見ていくことにしよう。彼の名前は浜岡櫂。元海軍中将、現タクシー運転手である。


1.美舩村

“―十回目の終戦の日を翌日に控えた今日、武道館では政府主催の終戦記念式典が行われ、全国から元鎮守府関係者やその遺族など―”

 

「十回目、か…」

ラジオのから流れる正午のニュースを聴きながら、田舎の人気のない道を一直線に進んでいる。窓からは日差しが痛いほど刺さっていて、白手袋にはめた白銀の指輪がそれを反射している。景色も田畑ばかりで、さっさと市街地へと抜けたいと思っていた。舌打ちしてラジオを切り、アクセルを蹴飛ばした。加速が背中を押す。

 

「―おっと、こんな所にお客だ」

 爆発した巨大な金髪ツインテールに、米空母のような迷彩柄の短パンの少女が手を挙げていた。大きなバックパックを背負っていようだが、そのツインテールのせいでをナップザックにも見える。いかにもこの風景に遭わない格好だ。日本の田園風景に憧れてやって来た外国人観光客―と言ったところだろうか。英語には少々自信があるので、乗せてあげることする。

「どうぞー」

少女はどこかおどけた様子で乗車した。

(無理に日本語で話そうとしt―)

「す、すみません、美舩村までお願いします」

「え⁉…あ、はい!日本語、お上手ですね」

「はわわ⁉…あ、ありがとうございます」

流暢な日本語に驚くも、聞いたことのない目的地に首を傾げる。

「申し訳ございませんが、美舩村、とは…」

少女は胸ポケットから湿った地図を取り出し、広げる。横須賀港とその近くの『美舩村』と書かれた箇所に、赤くバツ印が打ってあった。どうやらここから山一つ越えた海岸沿いに位置しており、村へと通じる道路は山道一本のみらしい。

「美舩村ですね、かしこまりました。」

笑顔で彼女を安心させると、アクセルを踏んだ。

 

「あの」

「ふぇ⁉」

「車内の温度は如何ですか?」

「へ、ああ、はい。あの、大丈夫です」

気が小さいのか、バックミラーにはピーナツのような口が見える。

「―それにしても、今日は特に暑いですなぁ」

「ええ。ニッポンの夏は蒸し暑いです。」

窓から見えるムシトリナデシコが、茹だるような暑さに頭を垂れている。

「そういえばお客さん、どちらからいらっしゃったんですか?」

「あ、はい、Langley, Virginiaです」

「ほう、ワイン巡りの名所ですね?」

「はい!昔は友人たちと、地元のワインを使ったバーを開いてました!」

少女の顔がやっとほころんだ。

「美舩村には観光で?」

「ええ…まあ、そんな感じです」

 

 

 車は脇道へ入り、そのまま山道へと進む。

 山は鬱蒼としていて、道は非常に荒れている。道の両側には鳳仙花の花が広々と咲き誇っているが、それはどこか侵入者を拒むかのようでもある。しばらくすると、突然に視界が開け、左手には村にしてはやけにアーバンな光景が遠方に広がった。

「あれが美舩村…ん?…これは―」

前方に大きな門がそびえたっている。両側もバリケードが延々と続いており、回り込めるような場所はない。

「A dead end?…」

「困りましたね…見る限りじゃあ村まではまだかなりありそうですし…」

「―少し見てきても、OKですか?」

「ええ、私も行きます」

車から降りて門の周辺を探してみる。門は頑丈にできており、柵の上には高圧電流が通っているであろう電線が伸びている。

(少しセキュリティが硬すぎないか?村人しか出入りができないのだろうか?)

「こっちにintercomがありますよー‼」

彼女の声に気付いて、浜岡が顔を上げる。

「よかった、押してみてくださーい!」

 

『ピンポーン…』

 

“はい…どちら様かしら”

面倒くさそうな返事が聞こえる。

「え、ええと、ガンビア・ベイです。観光で来ました。あの、門が閉まってて、入れないのですが…開けて戴いてもよろしいですか?」

“ガンビア……ああ、はい。今伺います。少々お待ちくださいね”

「ピッ」という音で通信が切れる。一方の浜岡は首を傾げていた。

「ガンビア…?」

「え、あ、あの…ああ、自己紹介がまだでしたね」

その名前になぜか聞き覚えがあった。それと同時に、妙な胸騒ぎを覚える。更に少女の着ている青と白と黒の迷彩服で確信する。

「I am CVE-73 Gambier Bay. 改めてよろしくお願いします」

「…君、艦娘?」

返事は直ぐだった。

「Yes! ジープ空母とも呼ばれた量産型護衛空母姉妹の一隻です!」

艦娘―浜岡にとって遠い存在だったはずのそれが、今目の前にいる。浜岡は恐る恐る口を開く。

「…『浜岡櫂』という人について、何かご存じですか?」

少女は突然な質問に首を傾げる。

「い、いいえ…そのような人は…どうして私に?」

「いいや、何でもない…忘れて下さい」

彼女の返答に、どこか安堵したような表情を浮かべる。

 

 しばらくして、柵越しに遠くから婦人がスクーターに乗ってやって来るのが見えた。

(白く塗って上下逆にしたようなサンバイザーと、どこかの執事を彷彿とさせるフィンチメガネ、乗ってるのはVespaか―ってあれ完璧に『ローマの休日』じゃあないか⁉)

「なんと、まぁ…」

それに気付いていないガンビアが、不思議そうに浜岡の顔を見つめる。

 目の前に近づいて見ると、彼女も外国の人らしい。それが更に某女優を連想させる。しかし、婦人はなぜか不機嫌そうにで浜岡と車を見つめる。

「あなた、誰?」

「は、浜岡と申します。見ての通り、ガンビア様を送迎しています、はい」

ガンビアはまた浜岡を見つめる。

「ふーん、今日は良しとするわ。通ってどうぞ。」

リモコンを操作して、門がゆっくりと開く。婦人は尚も浜岡に視線を送っていた。

「それで?村まではまだだいぶあるけれど。ガンビアさんはどうなさるの?」

「ええと。浜岡さんに乗せて行ってもらいます」

「そう、じゃあついてきて」

そう言って婦人はスクーターで走り始めてしまった。二人も慌てて車に乗り込み、ついていく。

 

 路面の悪いコースをじりじりと進み、ようやく村の入り口らしきところへ辿り着いた。やはりイベントがあるようで、大きく『ようこそ美舩村へ‼』と書かれたアーチが立っている。先程の重厚なバリケードとは打って変わって、いかにも歓迎的だ。

「どこまで行きましょうか?」

「この辺でOKですよ、ありがとうございます!」

 

「ご乗車ありがとうございました。」

「Tank you Mr. Hamaoka!! Have a nice day!!」 

護衛空母ガンビア・ベイは、再び大きなバックパックを担いで、村の奥へと消えていった。

 

(―美舩村、これは散策してみる価値アリと見たッ!)

スーパーサインを『回送』にして発進させる。すると、村にはスーパーマーケットやマンションが所狭しと並んでおり、村である事を疑うような光景が広がっていた。しかし、どの店もシャッターが下りており、人気も全く見当たらない。辺りは閑散としている。

(海の方へ行けば何かあるかもしれない)

浜岡は南へとハンドルをきる。

『ギュググゥゥウウ~』

時計は既に十五時を回っていた。先に御食事処を探ってみることにする。だがどこも開いてなさそうだ。左右を見渡しながら海岸の方へと進んで行く。

 

 真っ赤な車が目に留まった。近寄ってみると、ガレージに留めてあるのはイタリアの高級車だった。そこはどうやらリストランテの駐車場らしい。

「おっ、開いてるね~♪」

この店の名前は『Libeccio Family』―イタリアンレストランのようだ。早速、車を赤いスポーツカーに横付けする。

 店内は白い石壁と煉瓦の古風で趣のある内装だった。壁には油彩の風景画がいくつか飾られており、天井から吊り下げたランプがぼんやりと照らしている。

「いらっしゃいませ…って、あら、まだいたのね」

「あ、さっきの」

『ローマの休日』の婦人が少々呆れた顔をしている。

「今日はイベントがあってね、他の店はどこも閉まってたでしょう」

「ああ、終戦記念日、だろ?」

「あら、タメ口なのね」

「仕事中じゃあないんでね」

婦人は不機嫌な顔を見せるも、席へ案内した。しばらくして、水とメニューを持ってきた。

「ガレージに留めてあったのは?」

浜岡がふいに外を指さす。それはあの真っ赤な高級車だった。

「素晴らしいRosso Corsaじゃあないか。あれ、君の?」

不機嫌だった婦人が急に明るくなる。

「ええ、そうよ。私の故郷の色よ。ええ、好きなものこそが美しいの」

彼女は誇らしそうに語る。ここぞとばかりに質問をする。

「イタリア出身なのか?」

「トリエステ出身よ。アドリア海に面している、と言えば想像がつくかしら…そうそう、私の名前はローマ、よろしく。」

(名前もローマだった…)

驚く浜岡を無視して、彼女はボブヘアをかき上げる。その姿は花瓶に咲くサンダーソニアに似合っていた。

「それで、あなたは…浜岡…で合っていたかしら?」

「ああ、そうだ。改めてよろしく」

 渡されたメニューに目を通す。定食とか、コースといったものはないようだ。聞いたことのない名前がずらりと並んでいる。オマケに写真が一切ないので、どんな料理なのかさっぱり分からない。

「オススメはプロシュートとルッコラのピッツァよ。プロシュートっていうのは…生ハムみたいなものよ」

注文を待ちかねたローマが口をはさむ。

「じゃあそれで……ん?この『プッタネスカ』は?」

「味の濃いパスタよ、アンチョビ、オリーブ、ケッパー、トウガラシの入った味の濃いパスタよ。時間かかるけれど、いい?」

「いいや、やっぱりプロシュートとルッコラのピザで」

「ピザじゃなくてピッツァよ、間違えないで」

また不機嫌そうになって、厨房へ消えていった。

 

 十分くらい経って、ローマが焼き立てのピッツァを持ってきた。なぜかパスタも持ってきている。オリーブオイルの豊かな香りが鼻をくすぐる。

「さあ、熱いうちに、おあがり」

そう言って料理を出すと、ローマも相席する。

「本当なら今は昼休憩の時間なの。気にしないで頂戴ね」

そう言ってと料理をつつき始める。皿に載っているのは鶏のパスタだろうか―ニンニクとタマネギの香りが伝わってくる。

「では、いただきます」

ピッツァは綺麗に切り分けられていた。それをクルクルっと巻いて、ほおばる。オリーブオイルの香りとプロシュートの塩味が口いっぱいに広がる。シャキっとしたルッコラとモチモチで香ばしい生地がたまらない。

「いかがかしら?」

「美味しい。こんなピッツァ初めてだ。ハムの塩加減が丁度いい」

「Bene. そう言ってもらえて嬉しいわ」

ローマは頬杖をついて満足そうにしていた。

「でも、おかっぱにイタリアン…」

何かを思い出すように微笑む。

「何だね?」

「…いいえ、なんでもないわ」

 

     ※

 

「ご馳走様、実に美味しかった」

浜岡は丁寧にフォークを置いて、ナフキンで口元を拭う。

「そう、良かったわ」

そう言ってローマがフィンチメガネをクイっとさせた。

 

『カランカラーン』

 

ドアの方から誰かが入って来た。セーラー服の少女―首からはカメラをぶら下げている。

(どこかで見たことのあるような―)

「いらっしゃいませ…あら、青葉さん」

「ども、お一人様です」

「―青葉⁉」

思わず声が出た。重巡青葉―第二次世界大戦中、トラック諸島方面で中部太平洋作戦を支え、深海棲艦との戦いでは従軍記者としても活躍した『艦娘』だ。浜岡の艦隊にもいた―この青葉ではないが…。

 大声に驚いて、青葉とローマが吹き飛びそうな姿勢になる。

「な、何よ、貴方たち知り合いなの?」

少したじろぎながら、言う。

「い…いや、さっきのガンビア・ベイといい、一日に艦娘を二人も…」

それを聞いた二人は唖然として顔を見合わせる。

「え?…ここがどういうところか知らないで来たの?」

突然の質問に浜岡は鼻白ぐ。

「ここは艦娘の村。日本の艦娘の八割くらいが、この村に住んでいると言われているわ。まあ、村長さんは元元帥で人間だけれども…。いつもは一般人の立ち入りを禁止しているの。でも終戦記念日とその前の日だけは、鎮守府の元関係者だけ立ち入りを許可しているの」

浜岡は山道の途中にあったバリケードを思い出し、納得していた。

「じゃあ君は…」

「イタリア生まれの最新鋭艦よ。ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦四番艦、ローマ…この台詞言うの何年ぶりかしら」

左手を顎に当てて、右手を腰に当てる―お馴染みのポーズである。

「―ようこそ、艦娘の楽園、美舩村へ」

唖然としている浜岡に、青葉は明るく微笑んだ。

 しかし、浜岡の心は、その笑顔とは逆にどんどん暗くなっていくようだった。窓から見える彼岸花が風に揺れていた。

 

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