Admiral's Report   作:田村天山

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10.Oasis

 横須賀鎮守府第25航空戦隊の水上機母艦秋津洲は、潜水艦たちと仲が良い事で有名であった。潜水艦は、艦隊行動では水上艦娘たちと行動を共にするが、鎮守府では交流が少なく、同じ潜水艦だけで集まることが殆どであった。それは彼女たちが皆風変わりで関わりにくい、何を考えているのかよく分からない、という理由にあった。特に駆逐艦には、前世で潜水艦に撃沈された者も多いため、近寄りがたい印象が濃かった。

 秋津洲も、初めは潜水艦たちを「変人」と称し、話し掛けることもなかった。そんな彼女が、出撃以外で初めて潜水艦と交流したのは、珍しく深夜の鎮守府バーに行った時であった。

 

 

 その日、秋津洲は離島再攻略戦のために、中部北海域ピーコック島沖へ出撃した。しかし、敵本部隊手前の砲雷撃戦で秋津洲だけが大破してしまい、作戦は失敗、挙句に編成から外されしまった。非常に重要な作戦だったのもあり、提督から大目玉を食らい、他の艦娘たちからも「足手まとい」と罵声を浴びせられたのだった。

 そんなことがあって、食堂に行くのも気まずくなり、一日中ひとり寮の自室に籠っていた。そして、不貞腐れているうちに眠ってしまい、目が覚めた頃には夜も更け切っていた。時計は2時を指していた。

「…散歩でもするかも」

消灯時間をとうに過ぎた真っ暗な廊下を通り抜け、二式大艇も連れずに鎮守府へとふらりふらりと歩いた。深夜まで執務をしている提督たちも寝静まっているのか、どの窓も真っ暗であった。季節外れのコオロギの鳴き声だけが、寂しげに木霊していた。

 そんな中、ぼんやりと淡い灯りが目に入った。それは軽空母鳳翔が開いている居酒屋だった。秋津洲はカクテルやウイスキーに興味はなかったが、気が晴れるなら、と足を踏み入れた。

「いよっ!これはこれは秋津洲じゃな~い!ほら、一緒に飲んじゃお‼」

真っ先に秋津洲を見つけて手を振っているのは、伊号潜水艦の伊14だ。そうとう飲んだのか、顔を真っ赤にさせている。他にも潜水艦たちが顔を揃えて酒盛りに賑わっていた。

「あ、あはは、お邪魔するかも…」

苦笑いを浮かべながら、言われるがままお座敷に座らされた。直後、両脇から伊19と伊58が抱き付いてきた。

(うっ、酒臭いかも!)

酒の臭いがボワッと広がって咽そうになる。

「イクの~」

「でちぃ~」

ちゃぶ台には、空になった一升瓶や熱燗が隙間なく並んでいた。その数と潜水艦の人数を見比べて真っ青になる。

「あら、いらっしゃい。珍しいわね」

「ど、どうも」

暖簾の奥から割烹着姿の鳳翔さんが顔を出した。温かい笑顔に秋津洲の顔も少しほころんだ。

「ほっしょさーん!焼酎!」

「はいはいただいま。ほんと、呑兵衛さんたちなんだから」

クスッと笑うと、また暖簾の奥へ消えていった。

「浮かない顔してどうしたでち~?…ヒック」

「イクがお酒、補給してあげるのね~…うひぃ」

訳も分からず酒を流し込まれ、鼻を貫くような香りと焼けるほど強烈な喉越しに目を白黒させた。

「お、いけるじゃん!さあもう一杯!もう一杯!」

「え、ちょ、うおっp―」

すると、そこへ鳳翔が料理を持ってやって来た。

「これ、ほんの賄いなんだけれど、湯気が上がってるうちに、召し上がれ」

そう言って出されたのは、シンプルなチャーハンだった。

「あ、ありがとうございます。でも、なんで―」

「あなた、お夕飯食べてないでしょう?」

「流石お艦‼なんでも思通しなのね~」

秋津洲は鳳翔の心遣いに胸が熱くなるのを感じた。

(鳳翔さん、もしかして―)

れんげを取って、ひとくち、口に運んだ。それは紛れもなく、『おふくろの味』だった。勿論、艦娘に親という存在は無い。それでも、心で理解した。

 

「好き嫌いを知るのは…大切」

 

向かい側から声がした。目の前で、伊13が何食わぬ顔で熱燗を煽っていた。

「さあ、まだまだ飲むの~!」

再び酒を押し込まれたので聞き返す間もなかったが、恐らく潜水艦たちは知っているのだろう、と思った。しかし、誰もそれを話題にしないところに、彼女等の優しさを感じた。

 

潜水艦たちに寄って集って酒を飲まされ、秋津洲の目は虚ろになっていった。

「もう~真っ白のお顔がぁ~真っ赤になってるじゃなぁ~い(笑)」

「んん!あたひあつれしょうりゃないらも!」

「呂律が回ってないの~カワイイですって!」

 

 

 その後の記憶は残っていない。陽炎によると重巡寮の鳥海の部屋に勝手に押し入って突っ伏してしまっていたらしい。潜水艦は艦娘の中でも大の酒豪で、酒となると理性を失う程だそうだ。

 それ以来、秋津洲は潜水艦たちと飲みに行くようになり、すっかり良き友人となった。同時に彼女等の助言から対潜水艦戦術を編み出し、後に優秀な対戦要員として提督に認められた。

 

     ※

 

「これは酷いかも…」

秋津洲は血塗られた商店街に足を踏み入れた。レールガンのアカシを倒した後、二式大艇で村の入り口まで飛んで行くこともできたが、敵艦載機の的にされるリスクがあるので、歩いて行くことにしたのだ。

 商店街は彼方此方が荒らされ、煙が上がり、辺りには艤装の破片が散らばっていた。艦娘や人間だったものも転がっていた。なぜ奴等がこのような事をしたのか、秋津洲には到底理解できない。

「近道だし、ここは我慢…するかも」

敢えて上を向いて足を速める。ビチャビチャという音が耳を抉り、硝煙と血の生臭い臭いが鼻を刺す。秋津洲は知らない間に歯軋りしていた。

“敵艦載機、一機ガ商店街に接近中”

空から見張っている大艇から無線が入った。秋津洲はまだアーケードの半分まで来ていた。運の悪いことに、左右に抜け道が無い。咄嗟に右手の花屋に飛び込んだ。数十秒の後、エンジンを響かせながら、秋津洲の目の前を左から右へすり抜けていった。昆虫のような保護色が役に立ったようだ。

 直ぐに鉢植えの陰から確認する。機体は黄色いオーラを纏った艦上偵察機―彩雲だった。それは、両足を展開させると、数メートル先の道の中央に着陸した。

「ッ⁉」

秋津洲は奇妙な光景を目にした。彩雲の止まっている所だけ、地面が波打ち始め、水面に不時着した航空機のように、機体が地中に沈んでいったのだ。秋津洲は慌ててソナーを起動させる。

「これは―」

道路の下に何かがいる。ソナーのモニターには、はっきりと点が写っていた。それも、航空機よりも大きい。深度は約3メートルだ。

「潜水艦、見つけたかもッ⁉」

だが、その考えは直ぐに否定された。彩雲は艦上偵察機、潜水艦では運用できないからだ。

 あたふたしているうちに、何かは動き出していた。モニターの点は、秋津洲が行こうとしていた方角に、ゆっくりとふら付きながら進んでいる。秋津洲は、気付かれないように、その後を追うことにした。

 妖精がそれとの距離を伝えてくれるので、秋津洲は前方に集中する事が出来た。何かがいつ地上に跳び出してきてもいいように、グラップルを構えている。同時に、秋津洲はそれをどのように仕留めるか、知恵を練っていた。

(瑞雲…いや、地上だから無理かも)

他の水上機母艦とは違って、秋津洲にはカタパルトがない。水上機はクレーンで海上に設置して離水させていた。こうして見ると、千歳型や瑞穂と比べると、どうしても劣等感を感じてしまう。グラップルもアスファルトは貫けない上に、爆雷を地面で炸裂させても地下数メートルの敵に効果はない。自ら囮になって、足元が波打った時に爆雷を投げ込み、クレーンで離脱という方法もあるが、敵の正体が不明なまま実行するのはリスクが大きい。結局、様々な策を考えても、全て砂絵の如く一瞬でゴミ箱へ流されていった。

 突然、それの速度が速くなった。ふら付いていたのが、ある一点を目指して直進する。その先を見て、秋津洲の目が見開かれる。何故、という顔になる。

「ポーラさん⁉」

イタリアの重巡洋艦、無類の酒好きで名高いポーラだ。地面に突っ伏しているので、生きているのか死んでいるのか分からない。片手には、まだ中身がたっぷり残ったワインボトルが握られている。秋津洲は必至にグラップルを射出した。

『ゴボボボ―』

ポーラが沈んでいく。一瞬だった。彼女を飲み込んだ地面は直ぐに硬化し、グラップルが激突して金属音を響かせた。

(遅かったかもッ‼)

悔しさに歯を食いしばっていると、また地面が波打った。すると、引きずり込まれたポーラが、ぽいと放り出された。秋津洲は口をぽかんと開ける。モニターの点は、先程のようにのらりくらりと進み始めた。

 空かさずクレーンを伸ばして、その身体を持って来た。地中のそれは未だに気付いていないようだ。幸いなことに、ポーラはまだ息をしていた。傷一つ付いていない。泥酔したまま、その手はしっかりとボトルを握っている。安堵の溜め息をつくも、ここで違和感を覚えた。

「中身が無くなってるかも?」

ワインが、飲み干されていた。しかも、栓がきっちりと閉められている。

「敵の目的は、ワイン?」

そこで疑問が浮かんだ。なぜ、地中のそれはポーラを殺さなかったのか、彼女が中身の入ったワインボトルを所持していると分かったのか。空になったボトルを睨んでいると、ふいに横須賀鎮守府の潜水艦たちを思い出した。

 

 潜水艦たちは皆、酒が大好きである。毎晩のように焼酎や日本酒、ビールを食らい、秋津洲も例の件以来、頻繁に飲み会に誘われた。そんな潜水艦たちが、毎月心待ちにしている日がある。これは秋津洲が伊168から聞いた話だが、対潜水艦レーダーの酒石酸はワインから抽出されており、その残りが破格で出回る時があるのだ。勿論、鳳翔の居酒屋にも抽出済みワインが卸され、潜水艦たちが総員突撃するのである。

 

「やっぱり、地中にいるのは潜水艦かも。だったら―」

秋津洲はポーラをそっと地面に下ろすと。ありったけのパワーでグラップルを発射する。それはソナーが指し示す地点をも飛び越え、ある店の前の柱に噛みついた。高速でリールを巻きとり、今度は秋津洲が宙を舞う。凄いスピードなので、着地はアクション映画のように地を滑った。そして店の看板を見上げる。

「ワイン専門店、サルーテッ!」

強引に戸を開け、無人の店に入る。取り敢えず手前にあるボトルが数本入った箱をグラップルに咥えさせた。それから、クレーンで箱を敵がいるのであろう所に設置する。

 コトン、と瓶がぶつかり合う音がする。瞬間、箱の真下の地面が波打ち始めた。普通ならそのまま地中へ沈んでいくが、クレーンで持ち上げているのでそうならない。そして、少し箱の位置を上げた。

『ザバァッ‼』

碧色の何かが跳び出し、箱にしがみ付いた。

「フィッシングタイムかも‼」

グラップルをエイヤッと引き上げる。釣り上げられたのは、白いウエットスーツに碧色の瞳とロングヘア、同じ色の『角』―

「ッ‼」

放物線を描く少女の腹に、12.7サンチ連装高角砲を叩きこんだ。爆風でボトルが炸裂し、全身真っ赤に染められて落下した。

 急いで駆け付けると、大破し角が砕け折れた少女が倒れていた。ワイン塗れの少女は、視界に秋津洲を捉えて、虚ろな目で満足げな表情を浮かべた。

「私は…止まらない…あんたが止まらなくても…あたしはあんたの先にいるんだから…」

譫言のように呟くと、スース―と寝息を立て始めた。

「これ、どうするかも?」

このままゼロ距離砲撃で葬ってやるのは容易い。しかし、何故か『無防備の敵にトドメを刺すのは卑怯だ』という感情が湧いて、後ろ髪を引っ張る。高角砲を向けたまま、暫く考え込む。

「深海棲艦だったら、簡単に殺れたのに…」

そう言って、秋津洲はしゃがむと、少女の両角を引っ張ってみた。『ズシュ…』と水っぽい音を立てて、それは簡単に抜けた。見ると、角はアイスピックのようなもので頭に刺さっていたようだ。一方で、少女はみるみる体が変化していった。秋津洲は眼前で起きていることが信じられず、あっと声を上げてしまう。

 黒いショートボブ、ウエットスーツ、潜水艦、その少女はまるで―

「そんな所で、何してるんだ?」

驚いて振り返ると、三人の人影があった。一人は駆逐艦響、もう一人は空色の艦娘、そして青い迷彩服を纏った外国人だった。

「え、えっと、その」

おどおどしながら、秋津洲は幅の広い艤装で背後を隠した。

「ああ、知ってるさ、全て見ていたからな」

「その角で、艦娘たちが変貌しているみたいだね」

空色の艦娘が納得した顔で頷くと、秋津洲に手を差し伸べた。

「さあ、行こうか。その角、良かったら頂こう」

「は、はい…かも」

砕けた碧い角を渡すと、響と男は既に歩き始めていた。秋津洲は立ち上がって、空色の艦娘と共に商店街を歩いて行く。




 小さくなっていく四人の陰を、薄く開かれた赤と青のオッドアイが、じっと見つめていた。
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