“浜風も私も、高角砲は撃ち尽くしてしまった…すまない、雷撃に専念する”
“対空はうちに任しとき!飛んでくる艦載機、全部撃ち落したるけん!”
“私達もまだ水戦があります!強風改、発k―⁉(ドゴォ!ズゴンドゴンゴバァッ‼”
“ちくま⁉ちくまー‼”
「利根!駆け寄ったら危ないd―」
『ゴォオオオオ‼』
“なんじゃt―”
『ゴババババ!』
「利根ー‼」
“………クソッ、破片すら残ってないとは―!”
「…敵の遠距離砲火、精度が高すぎるネー!」
“新しい装備かもしれませんね…しかし負けるわけにはいきません!”
“雪風、最後まで、絶対、お守りいたします!”
“ああ、そうだ、守らねばな!戦艦長門、主砲一斉s”
“危ないっ―”
『パァンッ‼』
“““浦風‼”””
“……グッ…ガハッ…こりゃ、もうどうにもならんのぉ…みんな、早く…務めを…”
“ダメです!浦風は逃げてください!先に逝ったら…また先に逝ったら許しませんから!”
“…分かった、うちは引き返して、増援を見つけたら呼んでくるけぇ…後は頼んだで”
“ああ、浦風こそ、頼んだぞ”
“フ…対空無しの砲撃戦(殴り合い)…最高に燃えるじゃあないか、なあ!金剛!”
「Yes!! 二発被雷したくらいじゃNo problemネー!Fire~!」
“雪風!まだまだいけます!魚雷一斉s”
『ピキンッ』
「ッー⁉」
““金剛⁉〟〟
『ドゴォォオオォォ!』
「………HAHAHA…三度目の正直ネー…長門、雪風、どうか武運長久を―』
“金剛‼金剛ォォオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼‼‼…………」
「……提督…皆…どうか人々を守りきって…私…ヴァルハラから見ているネ………」
浜岡の視界には、白い天井が広がっていた。ほのかに甘い香りがする。
(ここは、どこだ?)
何か夢を見ていた気がする。壁に掛けられた時計は、既に深夜一時を回っていた。これまでに起きた出来事を思い出そうとすると、頭に痛みが走った。
「Привет! 目が覚めたようだね」
「ッ⁉(ガコッ」
驚いて振り向いた勢いで転げ落ちる。そこで、自分がソファに寝かされていたことが分かった。
「あはっ、ごめんごめん。驚かせちゃった?」
「え?ああ、大丈夫だ」
声の主を見ると、冬でもないのに空色のマントに身を包んだ少女が見降ろしていた。
「あ!目が覚めたかも⁉良かった!ホントに良かった!」
今度は白と青磁色の服が特徴的な艦娘―秋津洲が駆け寄ってきた。
「おじさん、道路で刺されて、血塗れで倒れてたかも‼」
それを聞いてハッとする。
(錨のようなもので刺されて、そのまま―誰に刺されたんだ?……クソ、思い出せないッ)
しかし、刺された所を触っても痛みを感じない。下を見ると、腹に包帯が巻いてあり、今更ながら、なぜか自分の軍服が掛けられているのに気付いた。
「傷はもう大丈夫?…良かったかも‼」
泣いて喜ぶ秋津洲に苦笑いすると、彼女の肩を持って尋ねる。
「ところで、ここはどこだ?」
「美舩村のホテルだ」
ハスキーボイスの男声に振り返ると、筋肉隆々で青い迷彩服を着た白人が手を差し伸べていた。銀髪のオールバックが渋い伊達男を演出している。
「オレはロシア海軍レニングラード艦娘部隊総司令、НиколайВиктор(ニコライ・ヴィクトール)だ。貴様の服が赤く染まっていたのでな…お前の車のトランクからそれを見つけ出した」
「ああ、すまない。そういえば、俺の車は―」
「大丈夫だ、此処の脇道に止めてあるよ。浜岡櫂中将」
「?…ああ、ありがとう」
そう言って、彼の手を取り立ち上がった。
「あぁもう!早く起きてくれないから、せっかくのブリヌイが冷めちゃったじゃないかぁ」
向こうから、空色の少女の不満げな声が聞こえてくる。
「アイツは嚮導駆逐艦Ташкент(タシュケント)だ。『空色の駆逐艦』の異名を持っている武勲艦だ。ロシア人なら知らない奴はいない」
「隣にいるのは、駆逐艦響だな」
「確かに響だが、今はВерный(ヴェールヌイ)として活躍している。いわゆる『改二』ってヤツだ」
すると名前を呼ばれたと思って、白い少女が彼の傍にやってきた。見た目は響と同じだが、帽子にはクレムリンの赤い星が輝いていた。
「司令官、私の名前は『Декабрист(デカブリスト)』だと何度言えば分かってくれるのさ…あ、浜岡さんだっけ、お茶が入ったよ。不死鳥の秘密は、適度な休憩にもあるんだよ」
テーブルに案内されると、ブリヌイと、ロシアンティーが用意されていた。甘い香りに浜岡の食欲がそそられる。それを皆で囲むと、束の間のティータイムが始まった。
「甘くていいにおーい!紅茶、どんな感じかな?」
そう言って秋津洲がジャムを紅茶に流し込もうとした。
「ちょっと待つネー!」
視線が一斉に浜岡に向けられる。一拍置いて、浜岡は自分の口から発せられたのだと自覚した。
「ロシアンティーはジャムを舐めながら頂きマース。混ぜちゃNoooooなんだからネー?」
慌てて口を抑えるが、完全に遅かった。
「そ、その通りだ。詳しいね。もしかしてロシアに行った事とかあるのかい?」
「というよりも、口調が変だぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「……きっと出血が酷すぎて、頭おかしくなっちゃったんだ……ひ、ひっぐ…」
秋津洲がわんわん泣き始めたので必至に宥める。それと同時に困惑していた。
(なぜ俺がロシアンティーの飲み方を知っているのだろうか…心当たりが、微塵もない…)
なんとか彼女を落ち着かせて、ロシアンティーを飲んでみる。
(あ、おいしい…)
何か洋酒が入っている気もしたが、ジャムとの相性も抜群だった。ブリヌイも小腹を満たしてくれた。
ヴェールヌイは一足先にティータイムを終えると、部屋の奥へと消えていった。
「あ、そういえば浜岡さん、あの刀は伊勢型のものかい?」
タシュケントの指さす方を見ると、ベッドの上に日向の太刀が置かれていた。
「そうだ。本人から、借りたんだ」
その刀を見て、あの時の日向を思い出す。大破しようとも、人々を避難させるために盾となった姿を―。
「ところで浜岡さん、さっき応急処置した時に君のパソコンを見つけたけど…残念ながら叩き割られてね。Декабристがさっきデータを復元しに行ったよ」
「そうだったのか。あれ、実は村長のものなんだが…色々ありがとう」
「そうだったんだ。まあ、どうってことないよ」
手をひらひらと振って、タシュケントは笑ってみせた。
「それと、面白い物を見つけたんだけど、これは何かな?」
「それは―」
ニヤリとしたタシュケントの右手には、鹿の角と紅白の菊の髪飾りが握られていた。
「おっと、動くなよ」
ニコライが銃を突き付ける。タシュケントが秋津洲の口を塞いだ。
「君が眠っている間に色々調べさせてもらったよ。佐世保で精強な艦隊を率いる提督だったそうだな。自分の艦隊が全滅するのと引き換えに深海棲艦の襲撃を止めたが、鎮守府を追い出されたとか…。携帯からなはぜか『Schwarzeseisen』のBismarckとアドレス交換した記録がある。これはさっき登録したものらしいから関連性は薄いが―」
「…疑っているのか?」
「そうだ。これは白い翼の生えた艦娘―空母ショウカクのものだろう。何故貴様が持っている?」
「何故知っているんだ?それがショウカクの角だと」
「オレたちで一戦交えたからさ。全く歯が立たなかったからよく覚えている」
銃口が深く押し当てられる。引き金を握る手から、強い殺気を感じた。
(此奴、マジに殺る気だッ。そのトリガーを躊躇なく引ける覚悟を感じるッ‼)
部屋に時計の針が刻む音だけが木霊する。ティータイムは尋問に変わっていた。
「さあ、答えろ。君はこの件の首謀者なのか?」
「いいや、偶然巻き込まれただけだ」
「ほう?…ならあの角はどう説明するんだ?まさか貴様が素手で奴らを倒したのか?たった一人で」
「いいや、瑞鶴と共闘した」
「その瑞鶴はどこだ?」
「角を抜かれて気絶した翔鶴と、そのBismarckとで村から脱出した」
「証拠がないな。しかもあの天使のような翼で戦う翔鶴を倒しただって?信用できんな」
タシュケントが秋津洲の眼を伏せた。
(マズイ、殺られるッー!)
浜岡が体術で払いのけようとする―が、その必要はなかった。タシュケントの無線機から通知音が鳴ったからだ。ニコライがハンドサインを出したので、通信に出る。
「何かな、ペッペ。今お取込み中なんだけど」
“司令が全然電話に出てくれねェじゃんか!どういうことだよォ!”
「…同志、また電源切ったでしょ」
無言で、彼はアイテムポーチからスマートフォンを取り出す。
「…悪い」
「はぁ…それで、どうしたんだい?」
“よく分かんねェけど、CIAが司令官に大至急話したいって言ってたぜ”
「CIA!?……分かった。伝えておく。以上」
その名称に銃口を向けたまま眉を顰める。無線を切って少しすると着信音が鳴った。浜岡に付きつけた得物を微塵も動かさずに電話に出た。
「もしもし、レニングラード艦隊司令だ…ああ、そうだ。CIAがオレに何の用だ?……なぜお前らがそれを知っている⁉……そうか………ああ…チッ、分かった」
怪訝そうに通話を切ると、タシュケントが透かさず尋ねる。
「同志、今の電話は?」
「忌々しいCIAが『浜岡は無関係。手を出すな』だとよ。フン、アンクルサムが偉そうに…」
「この人、白だよ」
ヴェールヌイが唐突に口を挟む。
「なぜ分かるんだい?」
空色の駆逐艦にそう訊かれると、パソコン画面を指さした。
「パソコンのデータを解析をしたけれど、浜岡さんが言っていた通り、村長のパソコンだった。メールを確認したけれど………聞いて驚くなかれ」
ニコライたちが息を飲む。浜岡は黙っていた。
「黒幕は、美舩村村長と、レッドアジュアという組織のレイモンド上須賀という男だけみたいだ。ちなみに、彼等の予定では、今頃は横須賀にいると考えられるよ」
浜岡はその名前を聞いてハッとする。
「そいつだ!そいつが俺を刺したんだ」
「これのことかい?」
タシュケントが懐から小さな『錨』を出して見せたので、頷いた。
「そうか…」
やっとニコライがやっと銃口を下した。鼻を鳴らして得物をしまう。
「助かったな、японец(日本人)」
「全く、額で煙草を吸うところだったじゃあないか…」
「ハッ、しかし、髪飾りは没収だからな。Верный、今度はそれを調べろ」
「了解、同志」
命令された少女は、手慣れた様子でそれを解体し始めた。
鹿の角の装飾と脳に刺す針は直結しており、角を開くとデータキーが出てきた。秋津洲が覗き込む。
「これ、何かも?」
「USBのようだね。美舩村の艦娘を乗っ取っていたみたいだ。同志Гангут(ガングート)がいれば、これくらいの仕事、秒殺なんだけれど…」
「ガングート?」
「うん、戦艦だよ。一緒に来る予定だったんだけど、任務が入っちゃってね」
「全く、とんだ観艦式だぜ」
ニコライは徐にスキットルを取り出すと一気に飲み干した。浜岡が声を掛ける。
「あの―」
「なんだ?」
「君は、此処に観光で来たのか?」
「ああ、Верныйが、久しぶりに戦友に会いたいと言ってな。まさかこんなことになるとは」
彼女はタシュケントと髪飾りの解析を進めていた。
角の分析が終わったのか、ロシア艦娘たちは再び組み立てたそれをニコライに手渡した。二人の顔は険しい。
「何か分かったか?」
「同志、ちょっとヤバいよ、これ」
「深海棲艦の姫級のデータが入っていた」
「やはりか…Schwarzeseisenと同じじゃあないか」
「かもしれない」
部屋の空気が重くなった。ビスマルクたちと同じように、深海棲艦化することで妖精によるリミッターを解いていたのだ。
浜岡は時計を一瞥して、落ち着きなさそうに立った。
「俺は横須賀に向かおうと思う。君たちは、これからどうするんだ?」
彼等は驚いた顔で静止した。
「オイオイ、正気か?相手は艦娘だぜ?いくら命があっても足りやしねェよ」
「それでも、だ」
何か言おうとする彼をタシュケントが右手で制した。
「君、何か理由があるようだね」
「俺はただ、人を護る存在だった艦娘が、人を殺める存在になろうとしているのを黙って見ていられない。それに―」
「それに?」
「『佐世保事件』の犯人は、上須賀だった。彼奴が、深海棲艦を操っていたらしい」
全員が目を丸くする。
「本当なのか⁉」
「本当だ、直接、聞いた。戦争特需の為に、戦争を長引かせようとしていたんだ。それで、精強な俺の艦隊が目障りだったらしい」
「上須賀は海軍の人間だったのか⁉」
「らしいね」
すると、背後からヴェールヌイが顔を出した。
「その時、出撃命令を出したのは君なのかい?」
「いいや、それどころか、俺は一時撤退を命令した。応援を呼んで、体勢を立て直してから、確実に深海棲艦たちを殲滅するつもりだったんだ。けれども、皆反対した。深海棲艦に勝つためではなく、民衆を護るために戦うと言って、命令を押し切ってまで、全員出撃して行った。そして、誰も還ってこなかった…」
少女は暗い顔になるも、深く頷いた。そして司令官に向き直る。
「行かせてあげよう?」
「………………ったく、仕方ねえなァ。おい、Ташкент。あれを」
「分かったよ、同志」
タシュケントはタブレット端末を取って来て見せた。画面には横須賀の地図が表示され、丁度ヴェルニー公園の位置に赤いマーカーが点滅していた。隣でヴェールヌイがサムズアップしている。
「Молодец! 流石同志だ」
「この角は艦娘の意志を乗っ取る他に、アンテナの代わりにもなっていたみたいだ。こいつの発信源を辿って―ビンゴしたよ。やったね!」
横でニコライが誇らしげに腕を組んでいた。
「別に、オレたちは安全に此処から脱出できれば、どうだっていいんだぜ。でも、念の為に調べたんだよ。念の為に、な」
もっともらしく言うと、微笑んでタシュケントの頭を撫でた。空色の駆逐艦が赤くなる。
ヴェールヌイは上目遣いに、浜岡にハンドガンを手渡した。
「では、行こうか。『同志』」
「そうだな、響。あ、すまない」
「構わないよ。それじゃあ私も片づけを―」
「大変かも‼」
急に秋津洲が叫んだ。
「大艇ちゃんから連絡!敵艦隊、19隻!11時の方向約三キロより接近中!」
「クソ、居場所がバレたかッ‼」
「さっきの逆探知されたんじゃあないのか?」
「大いにあり得る」
「総員、撤退準備にかかれ。この村ともおさらばだ」
『『да(了解)!』』
空気が慌しくなる。艤装を背負う彼女達を見ていた彼は、ふいに浜岡に銃を差し出した。
「…何のつもりだ?」
「コイツは『対艦娘用(Anti-Ship-girl Weapon)』に改造された、M49(ASW)だ。そのハンドガンより、気休めにはなるだろう」
「対艦娘用⁉」
「ああ、ロシア海軍で全員に支給される代物だ。反逆やスパイ行為を働く艦娘を『狩る』ためのな」
「彼奴等は意志を乗っ取られているだけだろッ。撃ち殺すなんてとんでも―」
「勘違いするな、これは命令だ。自分の身くらい自分で守れ」
灰色の眼光が冷酷に光った。浜岡は仕方なく得物と弾のポーチを受け取った。後からヴェールヌイが付け加える。
「японец、ここは治安のいい日本の村じゃない、戦場さ。引き金を一瞬でも早く引けた者だけが生き残る世界だ。相手が艦娘だろうと、構わず撃て…でなきゃ、死ぬのは君だ」
その声はシベリアの風よりも冷たく、帽子の陰から見える水色の瞳は、浜岡を通してどこか彼方を見ているように感じられた。
「それに、オレはコイツの方が慣れている」
肩からスペツナズナイフを出すと、不敵な笑みを浮かべてスピンさせた。タシュケントは呆れ顔で溜め息をついていた。
「では行くとするか。日本の艦娘どもに、ロシアの力を見せてやれッ‼」
『『Урааа!』』
「秋津洲だって負けないかもッ!」
三人の艦娘が得物を高らかに掲げる。
「………………」
超特急で支度を済ませると、五人はそそくさと部屋を後にした。