Admiral's Report   作:田村天山

15 / 20
 浜岡たちが去った美舩村は、死の気配だけが取り残されていた。砲撃、爆撃で倒壊した建物、煌々と灯りが点いたままの無人商店街、折れた電柱、放置された車、艦娘や人だったものの破片―どこにも生命は無く、村は蛻の殻となっていた。
 静かな十字路の一角、駆逐艦島風はあるものを見下ろしていた。冷ややかな視線の先には、土に還る寸前の朽木のような何かが時折、ピクリと動いていた。島風はそれに向かって、話す。
「だから言ったじゃない、あなたは私にはなれないって」
黒く汚れたそれは、片目だけで憎らしく睨む。
「なんでそこまで私にこだわるの?」
それは暫く押し黙って、口を開けた。酷い火傷のせいで、思うように口が開かない。
「吾輩…には…夕雲型のよ…うな火力も…無ければ、白露…型の…ような強力な雷撃も…できない……。朝…潮型のよ…うな対地…攻撃もで…きな…い」
喉を絞って声を出した。息切れを整えて、再び口を開く。
「だか…ら、吾…輩はオンリー…ワンに…なると決め…た。速…さで…誰にも負けないよ…うになろう…とした…じゃ」
島風は呆れ顔で溜め息をつく。
「あなたがどれだけ艤装を弄ったって、私を越えることなんてできないのに…」
「だった…ら…」
ここで、島風は違和感を覚えた。
(連装砲ちゃんは、何処?)

『ガブチッ‼』

視界が闇に包まれた。巨大化した連装砲が、島風を飲み込んだのだ。すると、シマカゼの肌がみるみるうちに艶めいていく。融解していた顔があっという間に元に戻った。だが、それはシマカゼではなかった。
「駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!―初めからこうしておけば良かったのよ」
亜麻色のロングヘアにウサ耳の少女―駆逐艦島風は、巨大化した連装砲ちゃんを連れて、海岸の方へと歩み始めた。


15.最終海域

 浜岡と秋津洲を乗せた車が、横須賀に突入する。ハンドル越しに見える時計は、深夜の3時を指していた。

 街はいつもと変わらず、多くの車が往来している。警察車両や自衛隊の車両なども無く、道路の封鎖や、避難指示が出ている様子すらない。

(自衛隊はまだ気付いていないのだろうか…)

とても穏やかな空が、かえって不気味に感じられた。迷彩柄の艤装では、妖精たちが装備の最終チェックを行っている。

「あ…」

秋津洲の表情が曇った。

「大艇ちゃんとの通信が妨害されはじめたかも」

「何だって⁉」

通信妨害、つまり、上須賀に操られた艦娘たちに近づいている、という証拠だ。それにしても、あまりにも静かすぎる。二人の額から汗が滲んだ。

 ハンドルを切り、横須賀街道へと入る。

『ガタン』

曲がりきったところで、車体が大きく揺れた。秋津洲が顔から助手席に激突する。

「ンゴッ⁉…いっててて……何か踏んだかも?」

額を擦りながら浜岡を見る。彼の顔は、凍り付いていた。進行方向ではなく、真左を向いて、口を開けたまま、固まっている。

『グォオオオオオオオオ………‼』

咆哮が秋津洲の視線を左へ動かした。

「何………あれ………」

―スカイラインが、轟々と燃えている。腹の底の響くような砲声が、窓越しにからでも伝わってくる。

(さっきまで普通の景色だったかも‼なんで⁉)

突然の事態に困惑する。数秒前まで前後左右を走っていた車たちが、消えていた。

「…星なんて、出てたっけ?」

夜空に瞬く満天の星空―それ全て、空母の艦載機と自衛隊の航空機の光だった。

「ッ⁉」

浜岡が急ブレーキを踏む。直後、前方数メートルにヘリコプターが叩きつけられ、爆発四散した。咄嗟に伏せる―爆風が車を揺さぶった。

「……秋津洲、大丈夫か?」

「問題ないかも」

「ヘリの方は…」

顔を上げると、滅茶苦茶になった鉄板の塊が燃えていた。浜岡は唖然とし、直後に怒りをダッシュボードにぶつけた。

 車を降りて、墜落したそれを確認する。

「ダメか………」

生存者がいないことは、火を見るより明らかだった。

「ここからは歩いて行くしかないかも」

破片と炎で車道が分断されている。浜岡たちは破片を飛び越えて進んで行った。

 

 

 街道には、破壊された戦車や軍用トラックが模造差に並んでいた。搭乗員だった物も、砲弾の爆風で散らばっていた。秋津洲は目を見開いて、拳を強く握りしめる。黒幕―上須賀がいるヴェルニー公園は、すぐそこまで来ている。

 

ひた走る二人の前に、人影がひとつ、ふわり、と現われた。

「………」

黒のストレートヘアーに真っ白なカッターシャツ、濃紺のスカート。その姿は、どこにでもいるような女子高生―だが、二人は只ならぬ殺気を感じた。

(こいつ…奴等だ)

砲どころか艤装すら装備していなかったが、その額からは、二本のクリムゾンレッドの角が生えていた。彼女は少し驚いた顔をして、顎に手を添えた。

「まさか、祥鳳の張った結界を破って来るとは…貴方たち、何者ですか?」

「上須賀に用があって来た。悪いがそこを開けてもらいたい。いや、力づくでも通させてもらう」

「なるほど、『意志』の力ですか。ですが、ここから先には行かせる訳にはいきません」

ポケットからM49(ASW)を出そうとして、止める。彼女は、あの『角』によって彼に操られているだけで、艦娘である。それを殺してしまえば、自らも奴と同じ位置に落ちてしまう、と感じたからだった。

(接近戦に持ち込んで、角を引き抜いてやればいい)

ポケットに入れた右手を、日向の太刀の柄に移す。

「あれをやったのは、あなたなの?」

秋津洲が前に出て、燃え盛る車両を指さす。グラップルは唸り声をあげていた。

「そうよ、ダーリンの邪魔をするものは、誰だろうと許さないんだから…うふふ♥」

頬を赤らめて、妖艶なオーラが滲み出す。

「君の言うダーリン…それは上須賀のことか」

「ピンポーン。私のイチバン大切な人。私は他の娘たちよりも、ダーリンからイチバン愛されている艦娘、スズヤよ」

確かに、顔立ちが航巡鈴谷によく似ていた。

「浜岡さん…ここは秋津洲に任せるかも…此奴、許せないかもッ‼」

「待て、早まるなッ。主砲がないからって慢心するんじゃあないッ!相手は上須賀が認める奴だ、絶対に何かあるッ‼」

浜岡の絶叫を背に浴びながら、それでも秋津洲は突撃する。しかし、スズヤは平然と立っているだけだった。異様なものを感じたが、もう止まる事は出来ない。グラップルを斜めに射出する―空を切り裂き、触手のようなリールで蛇行しながら、そのど真ん中を狙ってアギトを展開する。

(勝った‼)

そう思った瞬間、彼女が薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「三千世界ィ‼」

 

抜刀するように左手を振り上げる―スズヤから、旋風が白い濁流となってグラップルを飲み込む。留まることなく、あっと言う間もなく秋津洲を飲み込んだ。

 

『サァァ………』

 

それは浜岡の目前で霧散した。

「…ッ⁉」

秋津洲が、消えていた。アスファルトを抉るように削った跡だけが、真っすぐに彼女の足元まで続いていた。

「さて、まずは一人。うふふ♥」

その手には太刀が握られていた。

「や、野郎……」

「さあ、諦めて帰った方が身のためですよ、人間さん?」

そう言って、色っぽく舌を出す。だが、浜岡には分かっていた。彼女は自分を逃しはしない、必ずトドメを刺す、と。柄を握る手がギシギシと音を立てる。

(今の攻撃は、真っ直ぐにしか放てないようだ。しかも、予備動作も大きい。あれを避けつつ、零距離まで行けば―角を引き抜くだけでいいッ‼)

そう考えて、抜刀する。日向の太刀の刀身が、街灯に照らされて煌めいた。いつでも横跳びできる速さで、駆け出した。

 彼女は口の端をニヤリと上げた。そして構える―抜刀する。

「ッ⁉」

直ぐに横へステップする。しかし、風は起きなかった。その代わり、浜岡は奇妙な現象を見た。彼女の刀の刀身が、三つに裂けて竜の如くうねった。

(刀ではないッ、これは―⁉)

ここで、スズヤは宣言する。

「三千ッ‼」

三本のワイヤーがグンと伸びる。それは金属の鞭となって襲い掛かる。

「うおおおおおおお⁉」

間一髪で滑り込む。スズヤは舌打ちして、刀身を縮めた。その間に、浜岡は零距離まで接近していた。

 

『ガキンッガリガリガリ!』

 

激突した刃が金切り声を上げる。刀越しに、二人の視線も火花を散らす。

(あとはバランスを崩させて、その隙にッ―)

力のベクトルを逸らせようとする。

「三千世界に、予備動作なんていらないわよ?」

「ッ⁉」

咄嗟に体を捻る―白い烈風が浜岡のスレスレを掻き消していった。安堵する間もなく、立ち上がって構える。

「三千世界―それは『消す』、というより、『消し飛ばす』という能力…………」

日向の太刀―その刀身が、折れていた―いや、消されていた。浜岡に一瞬の隙が生まれる。彼女はそれを逃さなかった。

 

『ザシュッ』

 

伸びた刃に貫かれる。激痛に腕の力が削除される。太刀が落ちて、空しい音が響いた。そのまま、倒れることも許されず、浜岡は呻く。

「うふふ、残念でしたね♥貴方がこうしてダーリンに抗わなければ、新世界の住人となれたかもしれないのに…」

「新…世界…それは、艦娘が…戦争…という生き甲…斐…を手に…入れた…世界…か…?」

「あら、誰かから聞いたのですか?」

「ショウ…カク…」

「なるほどなるほど。でも、それがゴールではありません。真のゴールはその先にあるもの。それは―」

そこまで言ったところで、刀を引き抜いた。

「―艦娘による世界統一。そして―新しい戦争の秩序の創造」

「ッ⁉」

何かが、浜岡の中で発動した。全身を突き刺していた痛みが、消える。異変に感付いたスズヤは、違和感として捉えていたが、寸刻で理解し、絶叫する。

「血が、出ていない―⁉」

既に遅かった。浜岡はマンデンも驚く早業で得物を引き抜く。

 

『ドンッ…カチ……』

 

弾丸は左の角を打ち砕いた。衝撃が彼女を無理矢理に仰け反らせる。ドスン、という重い音と共に、倒れた。

 銃口からは、まだ煙が上がっていた。獲物を無言でしまうと、肘から指先にかけて、血で紅に染められているのに気付いた。ワイヤーを避けたときに擦れたようだ。その犯人に視線を移し、一歩ずつ、近寄る。破壊された方の角は、電子デバイスが剥き出しになり、基盤は焦げ付き、回路は滅茶苦茶に千切れていた。だが、弾丸は頭に到達する事はなかったらしく、顔には傷一つなかった。

(すまない、今、解放してやるからな)

しゃがみ込んで、まだ刺さっている右角を、掴んだ。

「―抜けない?」

「うふふ♥」

「ッ⁉」

白い腕が襲い掛かる―喉を凄い力で掴まれる。締め上げられる。

「あ、がっ…‼(ギリギリギリ」

スズヤはそのまま立ち上がる。足が浮いて、浜岡は懸命にもがく。しかし、ビクともしない。

「慢心は、いけマセンネェ―」

彼女の眼の色が、金から碧に代わる。機械的な角は、太く鉱物的なものになり、右目を覆った。

(コイツ、まさか―)

変化は止まらない。黒く猶予う髪は真っ白に、肌もみるみる青白くなっていく。豊満な胸も一気にしぼみ、その脂肪を栄養に変換して、腰からピンク色の肉柱が二本、勢いよく飛び出す。それは瞬く間に、人間の手と腕を模った。浜岡の予感は、当たってしまった。

「………」

重巡ネ級改―主に南方海域で発生し、高い耐久性と命中率の高さで歴戦の艦娘たちを葬ってきた深海棲艦の一種である。そいつに、今、掴まれている。

(轟沈していないのに、何故だ―⁉)

先程から、締められているせいで、首から下が痺れていた。なので、自分の手がどこにあるのかも分からなくなり、その獲物で反撃する事も出来ない。それどころか、思考まで鈍り始めた。早まる心臓の拍動だけが、妙に生々しく頭に響いている。ネ級改は感触を味わうように、新たに生えた巨大な腕を動かしてみたり、手を結んだり開いたりしている。

「馴染ム、馴染ムワ。コノ体、ウフフ、懐カシイ…」

言いながら、片方の巨大な腕を、弓のように引く。同時に拳が握られる。その後に起きることは、浜岡には容易に想像できた。

(くッ…せめて、コイツだけでも―)

無念に表情を歪ませながら、バケモノを睨む。

「アノ時モソウデシタ…」

前置きもなく、ネ級改は言った。瞳を細めて、浜岡を見つめる。喉を掴む手が、少し緩んだ。

「ブチノメス前ニ、ヒトツ、訊キタイ事ガアリマス」

「………」

「何故、秋津洲ガ消エテモ、逃ゲズニ立チ向カッタノデスカ?人間ガ艦娘ナンゾニ勝テルワケガ無イノニ…シカモ、タッタ一人デ」

「それは…勿論―」

言いかけて止まる。此処に辿り着くまで、当たり前のように何度も言っていた台詞―『人命を護りたい』という艦娘の熱い意思を守る為―それに違和感を覚えた。

(その為に、俺は十死零生の戦をしていたのか?…意志を護る為だけに?)

言葉ではそう言っていた。しかし、やはり何か納得いかない。

(彼女たちの意思を破らせない為に、艦娘が殺人するのを止める。だったら何故、俺が―)

鈍る頭をフル回転させて答えを探す。そして、横須賀基地に電話を掛けた時のことを思い出す。

(あの時、自衛隊があてにならなかったから?だからって、一人で突っ込んだ理由になるのか…?)

ますます混乱する。本当はもっとシンプルなもの―そんな気がしてきた。

「―彼方ノ目ハ、彼奴ニ似テイル。レイテノ後、私達ノ超巨大艦隊ニ、タッタ六隻デ突ッ込ンデキタ艦隊ニ―」

彼女の言葉に、浜岡の目が見開かれる。記憶がフラッシュバックする。

(本当は、心のどこかで彼奴等を『正しい』と肯定したからなのか。あの日、俺は引き留められなかったんじゃあなくて、引き留めなかったのか。深海棲艦をいち早く殲滅する―それが俺の本心を塗りつぶしていただけなのかッ⁉)

岩石から化石を掘り出すように、覆っていたものがバラバラと剥がれていく。痺れていた全身に力が漲ってくる。その口元は、笑っていた。

「俺は―‼」

 

『バキンッ‼』

 

二人の間を閃光が切り裂いた。

「ヴェアアアアアアアアア⁉」

首を掴んでいた腕が、切断された。後ろへ倒れる浜岡から、幽体離脱のように金色の分身が浮き上がる。ネ級改はそれを見て悲鳴を上げた。

「オマエハ、アノ時ノ―⁉」

彼女がその名前を口にすることは、できなかった。

 

『Burning Loooooooooooooooooooooooooooooooooooooove!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(ドッゴスッ! ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!! ドゴォォォォオオオオオオオオッ!!!!)』

 

黄金の拳が、姫級に等しい装甲を完膚なきまでに砕け散らす。それは徹甲弾が機銃に思えるくらいの威力だった。バケモノの剛腕も、筋線維レベルで粉砕された。

 ハイスピード&ハイパワー。英国ヴィッカース社生まれ、日本育ちの高速戦艦。

金剛―そいつの拳に、砕けぬものなど、ない。

 

「待たせて悪かったな。金剛」

彼女はただ微笑んで、手を差し伸べてきた。その手を取って、浜岡は立ち上がる。

「行こう、俺たちの最終海域へ―」

目的地に足を向ける。二人の影が重なり、やがて一つになった。深夜の街道に、漣の音だけが延々と木霊していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。