Admiral's Report   作:田村天山

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 フランソワ・レオンス・ヴェルニーというのが、その男の名前である。
 1800年代後期、近代化を狙う江戸幕府が近代的造兵廠建設の協力をフランスに求め、提督の要請により派遣されたのが彼だった。海軍技術者であったヴェルニーは、海軍施設の建設に当たって、泊地として良好な条件が揃っていた横須賀の地を選択し、製鉄所やドックなどの施設の建設を指導した。彼は約10年間に渡って、日本の近代化に大きく貢献したのである。
 それら功績を称えて、臨海公園がフランス庭園様式に改装され、ヴェルニー公園となった。園内には彼の胸像と記念艦があり、薔薇の咲くフランス式花壇や噴水、洋風の東屋が存在している。


16.Flagship その①

 横須賀の海に、戦火の不知火が灯る。

ヴェルニー公園の海岸沿い―広く真っ直ぐに伸びるボードウォークを、ガス灯を模した電灯が照らしている。その中央に、三つの人影が海を眺めるように立っていた。一人は黒づくめの男―上須賀である。彼の両脇にいるのは、側近の艦娘たちである。流れるような黒髪に白の軍服。頭には黒曜石のような短い角が生えている。機動性を上げる為か、ズボンではなくスカートを穿いている。

端末を見ながら、上須賀は満足げな表情を浮かべている。

「ふむ、流石、美舩村の艦娘だ。約十年というブランクがありながら、自衛隊の艦娘を完全制圧してしまうとは―」

「美舩村の艦娘の力だけではない。そなたの発明した『角』が付与する力と、三笠殿による的確な指揮があってこその戦果だ」

「ハッ、そうだな。それにしても、智天使ショウカク、堕天使ズイカクは惜しかった。細かく分析し、今後の改良に役立てるとしよう」

「そうね。私たち『レッドアジュア』が、七つの海を手に入れるのも、そう遠くはないわ」

「そうだな。だが、世界征服はあくまでも通過t―」

ふいに上須賀の言葉が途切れた。耳を澄ませ、確信し、口角を上げる。

「フッ、来たか…」

不敵な笑みを浮かべて、上須賀は視線を移す。数十メートル離れた所に、その人影は立っていた。隼のような鋭い眼光で、三人を捉えていた。

「アタゴ、やれ」

静かに命令する。『ダンッ!』と地を蹴り、アタゴが突入する。相手は人間、素手でも十分に打ち飛ばせる。そこで、敢えて抜刀する―確実に葬る為に。刃渡りを悟られないよう、刀身に地面を映す。だが、人間は攻撃する気がないかのように、立っているだけだった。その顔は、笑っていた。

「?」

理解できず、無意識に減速してしまう。ここで、彼の輪郭がブレた。

 

『ドゴッ‼』

 

アタゴは砲弾の如く吹っ飛ばされた。意識は既に無く、街灯の柱に叩き付けられ、落下した。

「ほう、面白い」

まるで化学反応を見るように、上須賀は声を漏らした。一方で、隣にいた艦娘は、初め驚きの表情をしていたが、直ぐに激しい憎悪に染まった。

「タカオ、やれ」

「御意」

短く返事すると、落ちていた相棒の刀を拾い上げ、突撃した。両者の距離が一気に縮まる―二刀をメの字に交差させる。それは攻撃と防御を兼ね備えた型―。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―ッ‼」

復讐の雄叫びと共に、突っ込む。あと数センチ―

(ッ⁉)

眼前に夜空が広がっていた。何故そんな景色が見えるのか、分からなかった。

『何処を狙っているネー』

そう聞こえた気がして、ハッとする。直後、腹部に剛拳が叩き込まれる。くの字に折れて、吹き飛んだ。それは上須賀の真横を通過し、彼方へ消えた。

「―浜岡櫂」

その名を呟いて、歩み始めた。

 

  浜岡も、上須賀に向かって歩き出していた。

(どういうカラクリかは分からない。ただ、此奴が艦娘たちを狂わせ、操っているのは確かだ。

 つまり、此奴さえ倒せば、この戦火は収束するッ)

あの時、上須賀には手も足も出なかった。だが、今の浜岡には、金剛がいる。

(奴が瞬間移動で接近した瞬間、拳を叩き込む。金剛のスピードとパワーなら、勝てるッ)

ふいに、上須賀の口が開く。

「平和とは―全てが一つになる事だ」

「……どういう事だ?」

「それは世界の力を管理する、ということ。その為には、絶対的な力が必要なのだ」

「…その為に、艦娘に人々を殺戮させるというのか」

「オレは最強の艦隊を以て、世界を支配する。そして、新しい世界秩序を創造するのだ。そうすれば、誰しも好き勝手に戦争ができなくなる…」

いつの間にか、浜岡は立ち止まっていた。

「貴様も、オレと共に、艦娘による平和を築き上げようではないか」

青白い顔で、微笑みかける。浜岡の目は、更に鋭さを増した。

「いいや、できないねェ。そんな世界が完成するのに、一体何人の命が犠牲になればいいんだ。結局、武力で作り上げた世界に、平和など存在しない。そこにあるものは、大切な人を失った人々の哀しみと、艦娘への果てしない憎悪と復讐だけだッ」

一瞬驚いた顔をしたが、上須賀は直ぐに嗤った。

「ほう。実に残念だ。かつての貴様の艦隊指揮能力を、是非発揮してもらいたかったのだが…。どうやら、貴様は此方の世界の住人にはなれないらしい。ならば、此処で始末するまでッ‼己の選択に、後悔する隙も与えんッ‼」

宣言して、十数メートルの間合いを瞬時に駆け抜ける。10メートル。5メートル。3.5メートル―金剛が飛び出す。鉄拳が―

「ッ⁉」

影が霞のように溶けた。黄金の拳が空を貫く。

「甘いッ‼」

音速を超えた腕が叩き込まれていた。血の軌跡を引いて、街灯の柱に『ガオン』と音を立てて激突する。それに埋まって、首が項垂れてしまった。もう、動くことはない。

「フン、所詮この程度か…」

興味を失い、踵を返した。数秒経って、背後から突然に呻き声が聞こえた。

「何⁉」

慌てて振り返る。よろめきながらも、確実に立っている浜岡の姿があった。その腹部を見て、ゾッとする。

『―これがワタシの能力ネ』

スピードとパワー。それは基本的な力に過ぎなかった。

『守護』―それこそが、彼女の真の力。自らを盾にしてでも、人命を護ろうとする意志の結晶。口から血を流しているものの、攻撃された彼の腹部は無傷であった。

「んぐっ⁉」

眼を見開き、上須賀はグローブをはめた拳を見た。指が数本、折れている。

「き、貴様―ッ‼」

残像を残して、再び拳を叩き込む。それを金剛がガードする。

「ウオァアアアアアアアアアアアアア‼‼」

目にも留まらぬ速さで、何千発ものラッシュをブチ込む。だが、その1パーセントすら、浜岡には届かなかった。

『Shit!!』

拳を弾き、剛拳を放つ。だが、上須賀も咄嗟に仰け反ったので、空虚を貫いた。そのまま、彼はバク転を繰り返して間合いを取った。浜岡は睨み舌打ちする。

(金剛でも、スピードでは負けるのかッ)

一方の上須賀は、滅茶苦茶になった両手を無理矢理に握りしめ、元通りにしてしまっていた。治癒を確かめるように指を動かし、後ろ手にして改まった。

「なるほど、貴様の射程距離は精々四メートルか。ならば、あとはその防御力―」

歌うように言うと、紫だった眼光が紅く光り、引き攣った笑みを浮かべた。

 空気の色が、変わる。

「オレのも見せてやろう。出でよ、赤城―」

彼の輪郭がドス黒い赤に染まる。そして、ぞわり、と憑依している者が現れた。

『フフフ…』

空母赤城―血のような赤と、墨染の黒―金剛の守護とは反対に、逆らうものを容赦なく破壊するオーラを放っている。琥珀色の瞳を細め、浜岡たちを捉えた。

『上須賀様を邪魔するものは、燃やし尽くしてあ・げ・る』

そう言って、両腕を広げた。その手から勢いよく炎が噴き出すと、宙で火の粉が航空機に変わり、二人に襲い掛かった。

「九九艦爆ッ⁉」

素早くM49(ASW)を取り出し、構えて、撃つ。確実に、一機、また一機と落としていく。だが、あっと言う間に弾切れしてしまう。

「一体、何機あるんだ⁉」

『アハハ、無限に決まってるじゃな~い♪』

四方八方から、爆弾の嵐が迫りくる。すると、金剛が飛翔した。一呼吸おいて、全方位にめったやたらと叩き込み始めた。

『FIREEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!!!!』

弾かれた爆弾が、足元の木版、海沿いの手すり、周囲のベンチ、街灯を粉砕していく。

 だが、数が多過ぎて防ぎきれない。次第に動きが鈍り、とうとう霞んで消えてしまう。なす術なく、浜岡は爆弾のリンチに晒された。あまりに激しい猛攻に、その姿も硝煙に塗り潰されてしまう。

 

 

「この程度で良い、下がれ」

命令されて、赤城は両手の炎を握り潰した。煙は風に流され、中から血濡れのボロ雑巾と化したものが顕わになる。浜岡は、最早、原形さえ留めていなかった。ピクリともしない彼に、上須賀は近寄って、コートの懐から『錨』を取り出した。

「いいデータがとれたよ、金剛。だが、目障りだ。よって、コイツで再封印するッ!」

腕を振り上げたその時―

 

『ッゴゴゴゴオオオオオォォォ‼』

 

地響きと共に、東の空に烈火が立ち昇った。流石の上須賀も、予想外の表情で振り向く。

『ドクン』

原因不明の痙攣に襲われ、『錨』を落とした。赤城も絶叫しながら掻き消されてしまう。

数分間のたうち回っていたが、だんだんと弱っていき、遂には動かなくなった。そして―

「……………」

前触れもなく、瞳が鬼灯色に光り、むくりと起き上がった。

「……………」

東の方へ向き直ると、浜岡には目もくれず、物凄い速度で駆け出して行った。




「こちらボーナス・ベイビー、現在、美舩村漁港です」
「了解、こちらイービル・アイ。状況を報告して」
「はい。サンプルの『角』は一九本入手。ターゲットと数回戦闘しましたが、こちらに負傷はありません。ですが、艦載機を多数消耗。これ以上の戦闘は困難です」
「了解、現在の美舩村の様子はどうなのかしら」
「村は非常に静かです。皆、横須賀に移動したものと見られます」
「ということは、横須賀ベースは」
「はい。偵察機の情報によると、奴等は横須賀ベースを含む海軍関連施設を襲撃しています。残念ながら、自衛隊の艦娘の大部分が撃破されました。隊員も大勢巻き込まれています。IFPOの連中も多数送り込まれていますが、焼け石に水かと…。それと、とても奇妙な事なのですが、襲撃が周囲に察知されない為に、戦闘区域一帯を結界で囲まれているようです」
「―結界?」
「ええ。説明しにくいのですが、自衛隊関係者や艦娘以外は、同じ空間に入る事ができないものと思われます。外からはいつもの風景にしか見えないのですが、艦娘や艦載機だけが、戦闘地域に飛ばされるというか、何というか、その…」
「なるほど、対象だけを確実に叩き潰すのね、それにしても、『角』にそのような力があったなんて―」
「確かな事は分かりませんが、一部の艦娘には特殊能力が発生するようです。飛翔できるようになったり、分身できるようになったり…」
「それはマズいことになったわね」
「はい、何としてでも、事態を終息させなければなりません。最悪でも、日本からは―」
「そうね。それで、件の首謀者について、何か掴めたのかしら?」
「いいえ、全く。手掛かり一つ掴めませんでした」
「そう。仕方ないわね」
「イービル・アイ。一つ、質問が…」
「何かしら?」
「どうして、日本にだけ『艦娘だけが住む村』が存在するのでしょうか?この国は、艦娘と人類が共存していないように見えます…」
「実際そうよ。日本では、艦娘に対する人権がまだ確立されていなくて、差別問題が起きているのよ」
「そうなんですか⁉」
「ええ。だからこそ、私たちの精神を日本の艦娘にも浸透させるべきだわ」
「『我ら自由を尊び、権利を守る』ですね」
「そうy―」
「あ、たった今情報が入りました!」
「何ですって⁉」
「ターゲットは三笠公園です‼」
「Great job!! 直ぐにトーピード・ジャンクションを向かわせるわ。貴女は羽田でジャガーノートと合流して指示を待って頂戴」
「了解、over」
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