Admiral's Report   作:田村天山

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 三笠公園。横須賀新港に面したこの都市公園には、一隻の戦艦が鎮座している。
 戦艦三笠―敷島方戦艦の四番艦で、『六六艦隊計画』により建造された。戦艦金剛と同じく、英国ヴィッカース社生まれである。日露戦争では、東郷平八郎大将による指揮の元、ロシア帝国の艦隊を幾度も撃破した。特に、日本海海戦では丁字戦法を活用し、連合艦隊旗艦として活躍。当時世界最強の艦隊と恐れられていた『バルト艦隊』に見事完勝した。これにより、日本という小さな島国が列強に勝利した、という事実は世界を震撼させ、三笠の名も東郷大将と共に瞬く間に広がった。その後、老朽化により海防艦三笠に艦種変更され、更にワシントン軍縮条約で廃艦が決定。解体される予定だったが、国民の熱い要望によって、三笠は記念艦として横須賀の三笠公園に展示され、現在に至る。その船首は皇居を指しており、その先にはロシアが位置している。あれから100年以上経った今でも、戦争の語り部として、人々の訪れを静かに待っているのである。


17.Flagship その②

 その船体を、しみじみと見つめる者がいた。

「………………」

漆黒の軍服に乾いた血のような暗い赤のマント。その頭には、ミノタウロスを彷彿とさせる角が、一対突き出ている。左手に握られた鞘の無い刀が、怪しく紅色に光っていた。公園の流水の潺に耳を傾けながら、在りし日を偲ぶように、戦艦三笠の主砲や煙突を、鬼灯色の瞳に焼き付けていた。

「やはり、此処にいたんだね」

声がして、振り返る。二つの人影が、横並びに近づいて来ていた。その間隔は異様に開いている。

「君がこの事件の『真犯人』…違うかい?」

「……………」

「―戦艦三笠、いや、『深海三笠姫』さん?」

ロシア海軍レニングラード艦隊―タシュケントとヴェールヌイだった。三笠姫は、黙っている。

「私たちロシア海軍は、君たちとの戦争が終わった後も、艦娘保有国の監視を続けていた。艦娘を軍事利用―対人類に使用しようとする動きが無いか、見張るために」

「ニコライ司令官率いる私たちの艦隊の担当は、日本だった。海軍は解散され、艦隊の規模を大幅縮小したけれども、艦娘は武装解除のみで解体しなかったからね。特に睨みを効かせていた」

「勿論、美舩村もその範疇になった。そして三年前、妙な動きを察知した…」

「重油、弾薬、鋼材、ボーキサイトが裏ルートで、つまり艦娘の手で村に大量に輸入され始めた」

「艤装と装備を密かに大量生産していたんだね。それで、村長を調べたら、ある男に辿り着いた」

「レイモンド・上須賀―元日本海軍の研究者。鹵獲した深海棲艦を使って研究していたらしいね」

その名前を聞いて、三笠姫の眉が少し動いた。

「私たちは彼の研究内容について、スパイを派遣して調査した。そして、『深海棲艦を操る装置』の開発を知った。そんな彼が、なぜ終戦から十年も経った今、現われたのか。それを想像するのは簡単だったよ―美舩村の艦娘の軍事利用、つまり、艦娘の対人類兵器化さ」

「何としてでも阻止しなければならない。上須賀の足取りをインターポールに探らせる一方で、私たちはヒントを求めて、彼の研究について更に調べた。その結果、行き着いた真実―」

「―深海棲艦を操る装置なんて、初めから存在していなかったんだ。深海三笠姫、君が深海棲艦を操っていただけなんだね。しかし、美舩村の艦娘をどう操るのか、最後まで分からなかった。結局、こうして事件を阻止することができなかった…」

帽子の中から、タシュケントは髪飾りを取り出す。ショウカクが着けていたものだ。

「そのカラクリが、これなんだろう?これで艦娘を疑似的な深海棲艦にし、操る」

それを見て、三笠姫は薄っすらと笑い、ぱちぱちぱちぱち、と乾いた拍手を送る。

「ソノ通リダ。ロシアノ艦娘ヨ。上須賀ハ只ノ僕―『レッドアジュア』ノ真ノ長ハ、コノ我ダ」

勇ましい声で、更に説明する。

「上須賀ハ深海棲艦ノ研究ヲ経テ、何時カラカ、ソノ力ヲ欲スルヨウニナッタ。ソシテ、『錨』ヲ発明シ、己ノ身体ノ内ニ空母赤城ノ魂ヲ取リ込ンデ、我ガ傀儡トナッタノダ。全ク、人間トハ愚昧無知ナ生物ダ。ダガ―」

紅い瞳がギロリと光る。歴戦の気迫に、二人は思わず後ずさりしてしまう。

「貴様ラハ一ツ、勘違イヲシテイル。我ノ目的ハ艦娘ニヨル戦デハナイ。寧ロ、ソノ逆ダ」

「え……?」

「艦娘ノ殲滅―是コソガ我ガ目的ダ。人間ハ艦娘ヲ軍事利用シ、利益ヲ貪ル事シカ眼中ニ無イ。マルデ、新シイ玩具ヲ手ニ入レタ子供ノヨウニッ。碧キ海ヲ再ビ血ニ染メル事ハ、コノ三笠ガ許サンッ‼奮闘努力ヲ以テ、全テノ艦娘ヲ葬ルト誓ッタノダッ‼」

咆哮が轟き渡る。マントが大きくはためいた。ヴェールヌイたちは獲物を構える。

(なんだ?これは…)

視界が少し暗くなった。周囲が黒い霧で覆われたのだ。しかし、考えている暇はない。三笠姫が既に主砲を構えていたのだ。

(戦艦三笠―射程距離も短く、装甲はペラペラのはずだ。私たちなら、勝てる)

確信する。距離にして、約一五メートル。ヴェールヌイはミサイルを―

「撃つなッ‼これh―」

同志の絶叫が聞こえた―だが、手遅れだった。

『ボンッ‼』

瞬く間に爆炎に包まれる。タシュケントは寸前で身を退いて、何とか回避した。

「フハハッ。粉塵爆破ダ!」

バリアを展開し、不敵に笑っている。ヴェールヌイは―炭になっていた。

「ぐぐ、ぐ…」

全身から冷や汗が噴出し、噛み締めた下唇からは、血が流れていた。霧が解除されたので、直ぐに砲弾を注ぐ。

「フン」

深紅のハニカムが展開される。朱色の光線は全て砕かれた。

(あのバリアさえ何とかできればッ‼)

ダンッと地を蹴り、突進する。バリアが一瞬解除される。

「ッ‼」

直後、轟音が全身を叩く。焔弾が斉射されたのだ。だが、弾は空を切っただけだった。

「素早さでは、誰にも負けないッ!」

嚮導駆逐艦タシュケント―13万馬力のパワーから、42ノット以上の高速力を生み出す。これは駆逐艦島風をも凌ぐ速さである。既に、三笠姫の背後にいた。砲撃する。

「フン、電光石火デ我ニ勝ロウトモ、掉棒打星ッ‼」

銀朱の弾は、再度バリアに弾かれた。

「クソッ‼」

直後、あの黒霧に包まれる。三笠姫は霧から抜け出すように移動する。

(しまった⁉)

慌てて跳躍する。寸刻も置かず、タシュケントのいた場所は爆炎に包まれた。三笠姫が地面に砲弾を叩き込んだのだ。

(これが―下瀬火薬ッ‼)

純ピクリン酸を用いた火薬、その焼夷力は日露戦争時では世界最強であった。皮膚を焦がすような熱風と閃光に、タシュケントの顔がより険しくなる。これで、三笠姫には迂闊に近づけないことが分かった。装甲の脆さを360度展開可能のシールドでカバーし、機動性の悪さを粉塵爆発で補う。それは、旧式の前弩級戦艦というイメージを吹き飛ばした。

「ッ⁉」

一瞬で視界が開けた―ド真ん中に、三笠姫がいる。眼が合う。砲門がこちらを向いている。

「硝煙が、無い―⁉」

身体を捻り、無理矢理かわそうとする。

(そのまま相手の砲撃と同時に、弾幕を浴びせれば、勝てるッ)

そこまで考えて踏み出した時―奇妙な感覚に囚われた。

(素早く、動けない⁉)

ふと視線を落とす。艤装が、身体が、錆びていた。

(この霧、まさか―⁉)

 

『ドンッ‼』

 

30.5サンチ連装砲が火を噴く。凶弾が迫りくる―時間がスローモーションになる。顔の横、股の下、肩の上、腕の下…通過していく弾が、ハッキリと分かる。最後の弾が、白いマフラーを擦った。

(問題ない―)

そう思った時だった。

 タシュケントの体が、炎に飲まれた。絶叫する隙をも与えられなかった。焔に包まれたまま、大の字に倒れた。

「腐食性ノ強イ鱗粉、ソシテ糸ニ触レタダケデモ作動スル鋭敏ナ伊集院信管―コノ三笠、若輩相手ニモマダマダ負ケヌワ…」

そう言って、三笠姫は二つのそれを眺めた。その眼差しは、孫を見るように穏やかであった。

 

『我が名はWarspite―戦火を軽蔑する者…』

 

何処からか声が聞こえた。三笠姫は手にした双眼鏡で辺りを見回した。公園の木陰、遊具の影、記念艦三笠の甲板、東郷平八郎像の影、建物の屋上―何処にもそれらしき者は見当たらない。双眼鏡を下ろすと、ニヤリと口端を上げ、広範囲に黒霧を拡散した。

(コノ鱗粉ハ水上電探ノ役割モ果タス。隠レテ居ヨウト無駄ダ)

しかし、何も感じない。誰も居ない。少し考えて、悟り、焦って空を見上げた。

「ナッ―⁉」

気付いたが後の祭りだった。赤銅色の球体が、その額を一直線にかち割った。それが何なのか、確かめる余裕もなかった。落下の威力で、首が変な方向へねじ曲がる。直後、青白い閃光と共に、空間が裂けるような大爆発を起こした。

暫くの後、三笠姫の刀が降ってきて、アスファルトに突き刺さった。それは見る見るうちに輝きを失い、錆びついて、最後はとうとう朽ち果て砕けてしまった。




 三笠公園にキノコ雲が立ち昇る。大空には一機のヘリコプターが飛んでいた。開かれたドアからは、一人の男が悲しげに下界を見下ろしている。その隣には、幽霊のように、ぼんやりとラベンダー色のウォースパイトの姿が浮かんでいた。
「………」
やがて、ヘリコプターは記念艦三笠が指し示す方角へと向きを変え、水平線の彼方へと消えていった。
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