しかしながら、上須賀率いる『レッドアジュア』の崩壊は、かえって艦娘の軍事利用化を推し進めてしまった。彼の技術が何者かの手によって漏洩、世界全体で共有されてしまったのである。
ドイツでは、『黒鉄協会』による艦娘の対人兵器化が飛躍的に進んだ。「事件解決の為に」と浜岡がビスマルクへ託した『髪飾り』が、皮肉にも大きく貢献してしまったのだ。深海棲艦の遺伝子を持つ艦娘はイタリアやフランスなどのヨーロッパ諸国へと広がった。
それ等に対抗すべく、アメリカ、イギリス、ロシア、中国でも、上須賀の技術を利用した研究開発が進んだ。『妖精によるリミッターを解除し、敵国の艦娘を早急に撃沈し、国民を護る』という大義名分だが、対人兵器になった事に変わりはなく、国民からの批判も少なくない。
また、日本では上須賀の技術がそのまま流用された。事件を受けて、政府が艦娘による命令違反や暴動を問題視し、対策として『角』が採用されたのだ。艦娘たちは『角』を介して、司令官に管理されている。しかし、不明な点が多く、諸外国からは大きな疑念を抱かれている。
事件から程なくして、浜岡はIFPOに提督としての才能を買われ、再び艦隊の指揮を執る事となった。深海棲艦の無き今、彼の艦隊は艦娘による暴動の取り締まりや、艦娘保有国の監視を行っている。また、深海棲艦が復活した時の為に、浜岡は彼女たちに日々演習をさせ、戦力を上げている。
※
ハワイ州オワフ島、真珠湾―。
浜岡櫂は港と海が一望できる、執務室の椅子に座っていた。大きな窓からは暖かい日差しが差し込み、のんびりとした空気が漂っていた。彼の軍服が、日の光に照らされて白磁に輝いている。
「…………」
机には一枚の写真が立てられている。そこには戦艦三笠と朝日をバックに、暁と浜岡が並んで写っている。あの事件に終止符を打った時、重巡青葉に撮られたものだった。
「艦娘とは、『矛』ではなく『盾』である―」
執務室の壁に飾られた青銅の『錨』を見て、浜岡は呟いた。それを見る度に、佐世保鎮守府時代の艦娘たちの顔を思い出していた。彼女たちの遺志を守り、そして美舩村と横須賀の悲劇を忘れない為に、軍服の袖には『錨』を掴み飛翔するハクトウワシの紋章が施されている。
「失礼します…」
「入れ」
ドアをノックして入ってきたのは、婦警の恰好をした戦艦姉妹―アリゾナとペンシルベニアだ。彼女たちから報告書を貰い、内容を確認する。
「よし、いいだろう。上々だ」
サインを書き込み、本部へ送る封筒にしまった。
「…先程、ロイヤルネイビーからの連絡がありました。正午までには、全艦がパールハーバーに到着予定とのことです…」
「分かった、此方もそろそろ合同演習の準備を進めないといかんな。向こうには『歓迎する』と伝えておいてくれ」
「承知しました…」
その間に、ペンシルベニアは窓から港の様子を眺めていた。
「カイ、貴方が着任して3年―此処もようやく活気づいてきたわね。結構よ」
「そうだな。全体的な練度も、かなり上がってきている。それに、近頃は艦娘保有国の雲行きが怪しい他に、アメリカでは艦娘による薬物犯罪が増えてきている―俺たちの艦隊が、今後ますます重要となるだろう。いつか来たるその日の為に、人命を護れるように、これからも努力を惜しまないでもらいたいッ」
「「イエッサー」」
二人が向き直って敬礼した。浜岡が深く頷くと、無線が入ったので、応答する。
「此方HQ」
“カイ、此方はエンタープライズ。演習中に偵察機が、オアフ島北200海里にて日本の艦娘部隊を確認した。奴等はそちらへ向かっている模様だ”
「何ッ?」
異様な空気を感じ取る。姉妹も無線に耳を傾け始めた。
「艦隊の詳細を報告しろ」
“編成は、正規空母6、戦艦2、重巡2、軽巡1、駆逐9、その他5だ”
「『角』は?」
“―装備している”
一切の連絡も無く、日本の艦娘が艦隊を組んで接近している―あの事件の記憶が、湧き上がった。
「サイレント・ネイビーが何の用かしらね?」
「……さあ」
二人は軽く首を傾げただけだが、彼は額から汗を滲ませていた。そして、震えた声で、言う。
「演習は中止、奴等を追え、攻撃意志を見せたら、即時撃破しろ」
執務室の空気が凍り付いた。
“今、何t―”
「Air raid! Pearl Harbor-This is no drill!!」
悲鳴のような声をあげたので、ペンシルベニアとアリゾナは身を竦めてしまう。
「何故攻撃命令を出したの⁉」
「それは―」
ここで、無線から激しいノイズが響き始めた。それは暫くして収まった。そして―
“浜岡さぁ~ん、探したわよ~?…うふふ…”
穏やかな声に、浜岡の瞳孔が開く。
「君、まさか―」
“赤城よぉ?お久しぶりぃ~”
どうして、という顔になる。漆黒と血濡れの赤城―その姿が、脳裏に鮮明に映し出される。
「何故だ。レッドアジュアは、もう―」
“そうよ?上須賀様は死んだわぁ。だから……私が遺志を引き継いだの”
「そんな…」
“ネオ・レッドアジュア―それが私たちの新しい組織よぉ~”
「何だと…」
その時、アリゾナと目が合ったので、『出撃せよ』とハンドサインを出す。二人は無言で頷いて、執務室を飛び出していった。
“先ずは、私の大事な上須賀様を葬った貴方から潰させてもらうわ?”
「まだ他にもあるのかッ?」
“ええ、取り敢えず、IFPOを殲滅するわぁ。だって邪魔だもの~”
「貴様、分かって言ってるのか?日本政府にばれたらどうするつもりなんだッ‼」
すると、無線の奥から高笑いが聞こえてきた。浜岡の表情が険しくなる。
“何も分かっていないようねぇ~”
「……………」
“私たち日本、そして黒鉄協会のドイツ、フランス、イタリア―それらを合わせた連合こそが、ネオ・レッドアジュアなのぉ。政府は既に、私たちの指揮下にあるの~”
「な、何⁉で、では日本支部は―」
“そんなの、大分前に捻り潰したわよ?赤子を殺すより簡単だったけれど………あらあら~”
突然、赤城の意識が別の方へ向けられた。
“勘のいい子が追いかけてきたわぁ。そろそろ行かなくっちゃあねぇ。ということで、じゃあねぇ?浜岡元中将さ~ん”
『パンッ』と無線機が爆ぜ、煙を吹いた。慌てて受話器を取り、本部に連絡を取ろうとする。ふと、ある怪物の言葉が、ぞわりと浮かび上がった。
『蒼キ海ガ、紅ニ染メラレ、歴史ハ再ビ、繰リ返サレル』
―To Be Continued.