美舩村の海岸付近―。
この村で唯一の商店街は、これまでにない活気に包まれていた。終戦記念日を前日に控え、村の艦娘たちによるバザーが開かれたのだ。皆それぞれ手作り品を出し、展覧会を催している。
商店街に来ているのも殆どが艦娘だが、親子連れなど一般の人々も多く訪れている。商品を手に取る者、露店の店主と思い出話を交わす者、久方ぶりの再開に涙を浮かべる者―戦争とはかけ離れたぬくもりが広がっていた。
とある露店では、翔鶴型装甲空母の翔鶴と瑞鶴が骨董品を並べていた。立て看板には、大きく『鑑定も受け付けます!』と書いてある。姉妹は戦後から骨董屋を営んでおり、屋台は壺や掛け軸、銘器と言われる茶碗や花瓶など、美術作品で鮮やかに彩られていた。また、骨董市にしては異色の油彩、兎のブロンズ像も飾られている。特に、重厚なガラスケースの中には畳一畳分はあろうかという日本画が飾られており、そこには彼女たちを象徴する二羽の鶴が、その美しい羽を純白に輝かせていた。
「ねぇ瑞鶴、やっぱり高すぎじゃないかしら?」
翔鶴が不安そうに商品の値札を見る。
「記念日だろうが何だろうが、値下げとかは絶対にしないんだから!」
「でも…」
瑞鶴はいかにもという風に胸を張っていた。値段を安くするのは、どうしても鑑定士のプライドが許さないらしい。しかし、朝から壺も茶碗もまだ一つも売れていなかった。
「価値がしっかりわかってもらう人にしか買ってもらいたくn―」
「誰かと思えば、瑞鶴じゃない」
落ち着いた、けれども威圧感を感じさせる声に姉妹が強張る。振り向き見るとやはり一航戦の怖い方だった。その手にはどこかの屋台で買ったらしい焼き鳥が握られている。
「「加賀さん」」
「何よ…化物でも見るような顔をするのは、やっぱりどの翔鶴型姉妹も同じようね」
呆れた、というよりも面倒くさそうに溜め息をつく。作り笑いする姉妹を他所に、続ける。
「それで、ここの貴方たちは骨董市をやっているのね。全然減ってなさそうだけど」
その言葉に瑞鶴がムッとする。ツインテールも逆立っている。翔鶴が宥める隙もなく噛みつく。
「フン、加賀さんの春画展とかあればもっと売れたかもしれないなぁ」
「⁉」
翔鶴が青ざめた。一方の瑞鶴は「どうだ」という顔をしている。
「―まあいいわ。二人ともせいぜい頑張りなさい」
と言い残して、加賀は顔色一つ変えずに歩き去ってしまった。肩透かしを食らった瑞鶴がぽかんと口を開けている。
(加賀先輩、丸くなったのかしら?)
翔鶴は、妹が何もされなかったことに唯々安堵していた。
「―春画なら比叡にでも頼めば?」
一航戦の一言に、商店街のどこかからズッコケる音が聞こえた。
昼を過ぎても、骨董品は全く売れていなかった。「綺麗な掛け軸ね」とか「風情のある茶碗ですね」とか言ってくれる人もいるが、皆何も買わずに行ってしまう。
「…売れないね」
「…売れないわね……ねぇ瑞鶴?やっぱりn―」
「値下げはだめよ!絶対ダメ!」
瑞鶴が即答する。
座っているのも疲れたのか、瑞鶴が立って背伸びする。
「翔鶴姉、何か飲み物とか買ってこようか?」
「じゃあココア買ってきて」
「はーい。じゃあ店番よろしく!」
「ええ、行ってらっしゃい」
それを聞いて、瑞鶴は欠伸しながら商店街の通りへと出て行った。
「―翔鶴さん!」
瑞鶴が行ったのとは反対側から、甲高いかわいらしい声が聞こえる。
「あら…島風さん?髪、切ったのね?」
「そうじゃ…そう!大型改造(イメチェン)したの、カワイイでしょー!」
白いウサ耳少女が、短いツインテールをバサバサしてみせる。視線を落とすと、ヘソ出し袖なしセーラー服ではなくなっていることに気付く。鎮守府内であれほど『あざとすぎる』『変態萌えウサギ』と言われていた少女が普通の格好をしていた。―だが短すぎるスカートはそのままである。
(時が経てば、艦娘だって変わるものなのね…)
翔鶴がしみじみと島風を眺める。
『ガルルルルゥ…』
「まあ!連装砲ちゃんも一緒ね」
「おうッ!」
連装砲ちゃんはいつにも増して元気そうだ。リードが付けられているのは、元気すぎてどこかへ飛んで行ってしまうからだろうか。
島風はその頭を撫でてやると、大きな籠のようなものから何かを取り出す。
「それは何かしら…?」
少女はぴょんと跳ねる。
「これ、カチューシャ!村長が付けてくれって言ってた!翔鶴さんにもあげる!」
「あらやだ!ありがとう」
手渡されたカチューシャを眺める。それには鹿の角と紅白の菊の飾りがついていた。鶴を表現した色合いだろうか。早速、着けてみる。
「どうかしら」
「うん!綺麗‼」
純粋な彼女の言葉に、翔鶴は頬を赤らめる。
「あれ?翔鶴姉、何してるの?…って、その子、誰?」
瑞鶴がココアを両手に、少女をまじまじと見ていた。
「やだなぁもう…島風なのjyゲフンゲフン…島風ちゃんだよ?」
「……ええ⁉島風なの?全然露出してないじゃん⁉」
跳び出した言葉に周りが大笑いする。島風は顔を真っ赤にしていた。
「と、とりあえず、瑞鶴さんにもこれあげる!」
島風がカチューシャを渡す。それは翔鶴とお揃いの飾りがついていた。違いと言えば、角が朱色というところだろうか。
「村長さんからのプレゼントらしいわ?」
「へぇ、わびさびを感じるわ。島風、さーんきゅっ!」
お礼を聞いた少女は、またぴょんと跳ねた。連装砲ちゃんも踊っている。
「じゃあね!まだまだいっぱい配らないと‼」
ウサ耳少女は、連装砲ちゃんとスキップしながら隣の屋台へ行ってしまった。
飲み終えたココアの缶を屑籠に捨てる瑞鶴を、翔鶴が呼び止める。
「ねぇ瑞鶴?」
「なぁに翔鶴姉?」
「カチューシャ着けないの?」
翔鶴が目をキラつかせて見つめる。瑞鶴はやれやれとそれを着けて見せた。
「あらまあ!かわいい!」
「そう…かな…。でもやっぱり恥ずかしい‼」
そう言ってカチューシャを外すと、それを近くの花瓶に引っ掛ける。
「うん、いい感じじゃない♪」
「あら、ほんと」
その花瓶には、黄色いキンセンカの花が描かれていた。
※
一年前―上海のとある廃洋館の一室にて、事件は起きた。その日は酷い豪雨で、風が乱暴に窓を叩き、時折、閃光と共に雷鳴が館の壁を震わせていた。
ドンッと扉を蹴飛ばし、燕尾服姿の男たちが数人、部屋に入ってきた。そして、横一列に並ぶと、大きな窓に向かって立つ人影に銃口を向けた。男たちの中の一人、ボスらしき人物が声を上げる。
「インターポールだ。両手を上げて、ゆっくりこちらに顔を見せろ!」
人影はそれに応じて男たちの方へ向く。それは、全身黒ずくめの男で、青白い顔とは相対的な漆黒のロングコートを身に纏っていた。燕尾服の男は、顔を確認して、続けた。
「レイモンド上須賀、貴様には、『レッドアジュア』という組織を立ち上げバイオテロを企てている、という疑いが掛けられている。大人しく同行してもらおうか!」
その声はオペラ歌手のようによく通り、ボロボロの館に響いて木霊した。レイモンドと呼ばれた男は表情ひとつ変えなかった。しかし、何故か深海のような底なしの冷たいオーラを放っており、男たちは気圧され、銃を持つ手が震えていた。
雷光が部屋を包んだ。次の瞬間、彼はそこにいなかった。
「う、うう…」
呻き声とともに、背後で人が倒れる音が聞こえた。男は驚いて振り返り、その光景に目を疑う。仲間が全員、血塗れで転がっていた。胸を一突きされ、即死だった。
『ドズッ…』
男の身体が、衝撃で仰け反った。身に起こったことが理解できず、自然と視線を下した。自身の胸から、漆黒の腕が生えている。数秒後、脳がやっと理解できたと同時に、鋭い痛みが駆け抜け男は絶叫した。呼応するように、血が間欠泉のように噴き出す。ここで初めて、レイモンドという男は微笑んだ。
「私の計画は誰にも止められない。ましてや、人間のお前たちには、な」
「なん…だ…と…ッ⁉」
貫いた腕が引き抜かれ、男は再び絶叫し、仰向けに倒れた。彼は男を見下ろす。
「―終ワッタカ?」
男たちが来た方から、一人の女が歩いてきた。漆黒の軍服に乾いた血のようなドス黒い赤のマントを纏っている。その頭には、ミノタウロスを彷彿とさせる角が、一対突き出ていた。
「ああ、始末した。しかし、拠点を変えた方が良さそうだな」
「ソウダナ。全テハ計画ノ為。嘔心瀝血ヲ以テ、コノ戦ヒ必ズヤ勝利ヲ手ニ掴モウ」
「『レッドアジュア』に勝利あれ」
「我ガ『レッドアジュア』ニ勝利アレ…」
そう言って、彼等は扉の奥へと消えていった。鉄黒のブーツの音だけが、古い洋館に響き渡った。
静まり返った部屋、死体たちの中の一つが、ぴくりと痙攣した。男は、まだ死んでいなかった。しかし、自力で立つこともできず、ただ死を待つのみ、という状態であった。男は、血を失って痙攣する手で、スーツの懐から二本の小さな『錨』を取り出した。
(俺は、まだ諦めない。佐世保で起きたあの事件以来、ずっと奴を追い続けてきた。これ以上、戦火の日で苦しむ人を生み出してはいけない。これは奴の証拠品だが、止むを得んッ)
そのうちの一本を天に掲げると、力を振り絞って、己の鳩尾に刺した。出血量が多いからか、痛みは感じられなくなっていた。
『ドクンッ』
男の身体が激しく痙攣した。すると、幽体離脱のように、人型が「ぼわり」と浮き上がる。それは徐々に女性の形をとり、男を見下ろした。彼は既に息絶えていた。
『貴方の遺志、確かに、預かりました』
幽霊は、傍に落ちていたもう一本の『錨』を拾い上げ、胸元に当てて、遺体に一礼する。そして、未だ雨の降りしきる窓を見つめ、口を開いた。
『Her Majesty's Ship Ark Royal. これより、任務を遂行する―』