Admiral's Report   作:田村天山

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4. SHIRATSUYU RIDERS

「―またのご来店をお待ちしておりま~す」

浜岡は勘定を済ませ、ローマと青葉に見送られながら戸に手を掛けた。

 

『ズゴォォォォオオ……』

 

 三人がほぼ同時に振り向く。音は海岸の方からだった。青葉は録音機を慌てて片付ける。

「ずいぶん派手な観艦式だな」

「それにしては音が近すぎるわ」

青葉が咄嗟に立ち上がる。

「青葉!取材行ってきます‼」

「ちょっと待ちなさいよ!」

ローマが後を追う。ドアまで来たところで振り返った。

「浜岡さんは直ぐ村を出なさい。なんだか嫌な予感がするわ」

二人は返事を待たずに行ってしまった。一人リストランテに取り残される。

 遅れて外へ出てみると、建物の隙間から、遠くで黒煙が勢いよく吹き上がっている。それだけではない。明らかに地上が砲撃されている。次第に額から汗が流れる。あの日の記憶が脳裏をかすめた。

 そんなものお構いなしに、景色の彼方此方から、轟音と共に煙が吹き上がる。

(おかしい、あれは海岸からじゃあない!地上で砲撃している⁉)

あり得ない―足がすくんでいた。

 

『……ロロロブロロブロロロォォオオ‼キュワァァア‼』

音に我に返るも束の間、浜岡の近くから黒い塊が飛び出してきた。「何か」は勢い余って建物の壁を蹴り飛ばし、あろうことか迫ってくる。

「なッ、何ィィイ⁉」

こちらに気付いたのか、「何か」は目の前で急停止した。見ると真っ黒のオートバイに全身黒のライダーだった。

「伏せろッ!」

いきなり怒鳴られて伏せる。頭上を光が切り裂く。背後で炸裂する。

「クソッ!お前も来いッ!」

刹那、目の前はヘルメットだった。

「しっかり掴まれッ!」

間髪入れずすっ飛んだ。ライダーはどんどん加速する。

「おい!一体どうなってんだ!というか誰だッ!」

「巻き込んでしまってごめんなさい。でも説明はあと。今は逃げ切るわ!」

振り返ると何台もオートバイが追っている。乗っているのは少女で、頭に鬼のような角が生えている。更に、彼等には『艤装』が着いていた。小口径主砲と魚雷も装備しているのでおそらく駆逐艦である。

(新手の艦娘、俺がいない間に建造されたものか?)

少女たちは明らかに敵意を持った目で浜岡を睨みつけている―ロックオンしている。訳が分からないので、また目の前に叫ぶ。

「この後どうするつもりなんだ?」

「まずはこの村を出るわ。市街地に出てなんとか撒く」

「門はボタン式だぞ。どうやって?」

「そこは通らないわ。兎に角、私に任せて」

オートバイは脇道のトンネルに突入した。後ろの連中も同じく追いかけてくる。

「さてと…」

目の前の女は後ろにかけたウエストポーチから何かを取り出した。すると「シュバッ」という音と共に煙が噴き出た。背後が煙で満たされていく。

「これは、発煙筒?」

「そうよ…来るわ!気を付けて!」

「ッ⁉」

考えるよりも早く、頬を弾幕がかすめていった。彼方で酒烈する。

「上手くいったわね!」

トンネルを飛び出す。視界を遮る事で滅茶苦茶に発砲させ、出口を塞いでいた何かを破壊したのである。しかし、あんまりな賭けである。

(コイツ…俺に当たったらどうするんだ)

後ろを確認すると、追跡者はまだいるようだ。浜岡が顔をしかめる。

(市街地はマズイッ)

明らかにスピード違反な上に、ヘルメットもない。それだけではない、追跡者は煙の中でも無茶苦茶に発砲するような連中―無関係の人が巻き込まれるのは明らかだ。

「なあ、ライダー」

「何よ、説明は後って言ったでしょ?」

「そうじゃあない、このままじゃあ遅かれ早かれ周りを巻き込む。どうやら後ろの奴らは艦娘じゃあないか。艦娘が人を殺すなんてこと、赦しちゃあいけない」

ライダーは暫く黙る。そして溜め息をついた。

「…貴方って人は―分かったわ、じゃあ振り落とされないようにしなさい!」

急に景色が傾く。浜岡は必至にしがみつく。通りを曲がると、そのまま真っ直ぐ突き進む。

「これから高速に突っ込むわ!上手くいくか分からないけれど、そこで奴らを打ち倒す!」

彼女がポケットから取り出したボタンを押す。

『バリバリッ!』

と音を立てて、ウエストポーチが脱皮した。中からは銃らしき物が顔を出す。浜岡は背後ばかり気にしていて気付かなかったが、ポーチの左側には大きな板が生えていた。それが電気的な駆動音と共に飛行甲板へと展開される。はっ、と目を上げると、手には鋼色のクロスボウが握られていた。彼女は前を向いたまま、言う。

「私は最新鋭正規空母『大鳳』です。どうぞよろしく。お人好しなお兄さん」

 

 二人は疾風の如くハイウェイを翔ける。追跡者も置いて行かれまいとアクセル全開である。一行は、一台また一台と合間をすり抜けていった。

「ッ⁉」

黒のオートバイは突然にしゃくる。残像を弾幕が貫く。それは徐々に重力に負けると、アスファルトを弾き飛ばした。

「―やはり撃ってきやがったかッ‼」

「こっちに来た方が大惨事ってことね…」 

無慈悲な弾幕が矢継ぎ早に襲い掛かる。それは『数撃ちゃ当たる』と言わんばかりだ。

『ドンッ!』

光線の一つが車に命中した。ランドセルに満たない単装砲ですらも、車一つ吹き飛ばすには十分だった―それが艦娘である。浜岡がギリリと噛みしめる。

(艦娘が、とうとう、殺りやがったッ‼)

それは燃えて破片を撒き散らしながらやってくる。

「行くわよッ」

バイクをスライドさせて避けた。転がっていった車は、他の車を巻き込みながら跳ね返って、壁に当たって爆発した。

「何百人、死んだって、構わないという事ね」

大鳳はクロスボウを前に突き出した。

「彗星601空!発艦はじめ!奴らを月までぶっ飛ばしなさい‼」

 

『バシュンッ!…ブォォオオン!』

 

飛び出した矢が花火を散らし、十数機の彗星へ展開する。勇ましい大鳳とは裏腹に、浜岡はそれを望んでいなかった風な顔をした。

“こちら601空から大鳳へ、敵は10隻。これより爆撃いたします!”

「こちら大鳳!了解、くれぐれも人を巻き込まないように!」

“了解!この601空にお任せあれ!”

指揮官機らしい機体が翼を振るわせると、彗星の群れは一気に舞い上がり、重低音と共に視界から消えた。直後、いくつもの爆撃音が響き、金属の削れる音とクラクションが聞こえた。バックミラーを見ると、さっきまでいた彼女たちがいない。

 黒のオートバイはトレーラーの間に滑り込む。

“6隻転倒確認!2隻が加速!奴さん、挟撃を仕掛けてきます!”

「…了解」

更に加速する。トレーラーを抜けると、視界の両端に奴等が映り込む。向けられた砲に戦慄が走る。途端に大鳳は急ブレーキをかけた。

「ングッ⁉」

浜岡が眼前の背中に圧されるのも束の間、弾幕が大鳳の顔面を掠るように交差―光と爆音が鼓膜を貫く。

「「ぎゃああぁぁぁ‼―――」」

既に左右の敵は消えていた。

「危ないだろッ!」

「フフフ、同士討ちよ♪姉妹艦は息が合いすぎるのが弱点ね」

浜岡が首を傾げる。

「大鳳、なぜ姉妹艦だってs―」

“ロケット来ます‼”

二人の背筋が凍る。しかしロケットは明後日の方へ進んで行った。安心するも直ぐに青ざめる。それは最初から大鳳を狙ったものではなかったのだ。前方―大型トラックだ。

『ッドォン‼』

トラックが積み荷を拡散させた。咄嗟に道路脇へ回避する―

“危ないッ‼”

浜岡がミラーに凶悪なモノを確認する。

(ハメられた⁉)

そいつはミラー越しにドス黒い眼差しを刺す―ロケットが、放たれた。

「ッ‼」

浜岡は無意識に―大鳳の腰のベルトからハンドガンを引き抜き、撃った。ロケットが一歩手前で爆発する。少女は顔色一つ変えず、再びそれを構える―

 

『ガリガリガリ!』

 

驚いて見るとクロスボウが刃を防いでいる。並走する白銀の少女が、大太刀を握っていた。互いの狼のように鋭い視線が火花を散らす。

「…貴様……生きては…返さんぞ…」

「あら…それは…私…の…セリフよ?」

 

『パパパパパパン!』

 

背後で彗星の機銃が降る。ロケット少女は慌てて避けようとするも、間に合わなかった。弾はタイヤを撃ち抜き、パンクさせる。彼女は猟犬のような眼で睨んだまま、バランスを崩して散っていった。白銀は後ろを一瞥して舌打ちする。

「チッ、アイツもやられたか…負け犬めッ‼」

白銀は一度離れると、今度はと言わんばかり大太刀を振り上げる。だが大鳳は嗤っていた。

「立派な砲弾(おもちゃ)をお持ちなのに―」

『ダンッ!』

クロスボウがバイクを撃ち抜く。前輪が砕け、少女諸共アスファルトへ吸い込まれる。しばらくして、遠くで爆発音が聞こえた。

「あら、あの駆逐艦、自爆したようね」

バックミラーを見る様子も無く、涼しい顔をしている。

“敵、殲滅確認!やりました!”

「ええ、全機戻ってらっしゃい」

大鳳は減速し、彗星たちが浜岡の甲板に滑り込む。浜岡は何食わぬ顔で拳銃を元に戻した。

「…知ってるわよ?」

ズバリ言い当てられて鼻白ぐ。

「…申し訳ない」

「構わないわ、ありがとう」

その声はどこか悲しみを帯びていた。

“いやぁ間一髪でしたな。我が彗星の体当たりでも、間に合わんかったでしょうな(笑)”

「ダメよ!私が許さないわ」

“へへっ、冗談ですって”

 

 

 二人は高速道路を降りて、人通りの少ない路地裏に止まった。大鳳がヘルメットを脱ぐと、亜麻色の髪が風になびく。

「で、説明がまだだったわね」

「ああ、そうだったな」

さっきまでの緊張ですっかり忘れていた。大鳳はオートバイを壁にもたれかけさせる。

「今日、美舩村で観艦式をやっていたわね?」

「らしいな。見る暇もなかったが」

「そこでね、よく分からないけれど、村の艦娘たちが突然暴れ出したのよ、獣のようにね」

「何だって?」

「まともな艦娘もいたのだけれど、瞬く間にその娘たちに撃沈されていったわ」

撃沈という言葉に、耳を疑った。そして、防衛大で学んだことを思い出す。

 

『艦娘が艦娘を轟沈させることはできない』―という法則がある。そもそも、艦娘が艤装を扱えるのは『妖精』が装備をコントロールしているからだ。それによって、艦娘は戦闘行動にリミッターが掛けられている。例えば、艦娘を撃沈することや、人間を艤装で殺すことができない。本人がやろうとしても、妖精が引き金を引かせないのだ。逆に言えば、その両方ができる深海棲艦は、リミッターが掛かっていない状態といえる。ある研究では、深海棲艦には妖精がおらず、本体が直接艤装を操っていると考えられているが、真相は定かではない。

 

「艦娘が、深海棲艦になった、ということか?」

「さあ、どうなのかしら」

彼女はまるで他人事のようにあしらう。

「けれど、普通の深海棲艦とは違って、自我は残ってたみたいよ?さっき追いかけてきた奴等だって、自分たちのことを『白露ライダーズ』だってカッコつけてたもの」

「さっきのが、白露型だって?」

自分の知っている白露型の艦娘の面影など、どこにも残っていなかった。服装はともかく、眼の色も顔立ちもまるで違っていた。

「見た目まで変わるのか⁉」

「ええ、二重人格みたいだったわよ?」

深海棲艦の無き今、突然の艦娘の凶暴化―いったい誰の仕業なのか。彼は佐世保事件のとき感じたのと同じ違和感を覚えた。

「ところで、貴方、お名前を聞いていなかったわね」

いきなりの質問に、肩が電気に触れたように震える。

「あ、ああ。俺は…浜岡だ」

「やっぱり!あの伝説の艦隊よね」

拍子を打って感心する大鳳を片手で制す。

「その話はよせ。俺は艦娘たちが十死零生の戦に出るのを止められなかったんだ」

「いいえ、そんなことないわ。人命を護るために散る事こそ、艦娘の使命ですもの!」

思わず黙ってしまった。それは驚きと諦めの沈黙である。

(艦娘とは―そういう生き物なのか)

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。おそらく高速道路だろう。アスファルトに破片が散らばり、ロケットを受けた車の運転手も無事ではないのは目に見えている。あの艦娘のような連中が逮捕されれば、この先、艦娘が世間で非難の的になるのは避けられないだろう。最悪、美舩村で生き残った艦娘たちも、そして目の前に立っている彼女も解体されるかもしれないのだ。浜岡の表情は曇った。

「君は、怖くないのか?」

その問いかけに、大鳳は向き直る。

「この件で、世間は必ず、艦娘を非難するだろう?」

「そう言う人たちを護るのが艦娘なのよ」

あまりにもサラリと流れた言葉が、浜岡の心に刺さった。あのとき加賀が言ったことを思い出す。終戦が終わって十年経った今も、艦娘には『盾』の精神が生きていることを知った。大鳳はオートバイを起こすと、再びまたがる。

「じゃあ、悪いけど私はそろそろ戻るわね。奴等が村から溢れる前に何とかしなくちゃ」

「待て、俺も行こう」

「…は?」

彼女の顔が強張る。

「何を言ってるの?せっかく逃げ切れたのに、戻るの?死にたいの?」

「いいや…この事件、俺のカンだが、あの日―俺の艦隊が全滅させた奴等と何か関係がある気がする…。似ているんだ、違和感というか、臭いというか。だから俺は真実を確かめたい。もっと言うなら、俺は彼奴等を助けに行きたい」

その瞬間、大鳳の目つきが変わった。温厚な面影はどこにもない。その目はまるで小さな蟻を見るようだった。

「あなた、人間でしょ?艦娘には到底、敵いません。人間風情が、艦娘を守る?…はっ、お笑い話じゃあありませんか。私たちから見たあなたは、血を吸おうと噛みついて指で潰されるノミに等しい」

そう言って、大鳳は嗤う―侮辱されている。浜岡は苛立ちではなく、虚しさを覚えた。艦娘の力は、提督であるから嫌でもわかっている。同時に己の無力さを知る。「正しさ」を前に、何も言い返すことができない。続けてダメ押しする。

「あなたがた人間は黙って私達に守護(まも)られていればいいのです。あなたは引っ込んでいて下さい」

見下しながら、大鳳はベルトに挟んでいたハンドガンを、放り投げる。足元で軽く金属の音がした。

「それ、気休めのハンドガンです。勿論、人間用のですけど。もし、あなたが村に戻ってきて奴等に襲われても、私は助けませんよ………向こうで遭わないことを祈ります。さようなら」

そう言い残すと、明らかに砂を浴びせるように、バーンアウトをして飛んでいった。

「ガホゲホッ…何なんだ、アイツ…」

砂を払いながら、どうやって村に戻ろうかと考える。しかし、足元に銃があることに気付いたので、そそくさと拾ってポケットに隠した。

 

「ま~たどえらいお土産もろてもうたなぁ!」

「⁉」

声の方にサッと振り向く。そこには、ふわりとした茶髪のツインテールにジャージ姿の少女がいた。しかし、その幼さにはあまりに不釣り合いな大人びた目と、鼻を突き刺すような香水の臭いを振り撒いている。浜岡は怪しんで身構えた。

「なんやなんや⁉あんた、うちのこと覚えてないんか?龍驤や、忘れてもうたんか?」

「………………………………あ、本当だ」

軽空母龍驤―独特なサンバイザーが無かったのもあって全く気付かなかったが、よく見ると目付き以外は正に彼女だった。彼女は大阪生まれでもないのになぜか関西弁の軽空母だ。浜岡の艦隊にも龍驤はいたので、性格などはよく知っている。

(それにしても、今日は何故こんなにも頻繁に艦娘に出くわすのだろうか)

溜息まじりに、龍驤に言う。

「それで?なんでこんなところに艦娘がいるんだ?というか話はどの辺りから聞いた?」

「うん?うちの家、まぁそこやしな。で、話は初めっから聞いてたで、なんやエライことになっとるそうやん」

しゃべりながら、煙草に火を点ける。

「おん?キミもヤニ、『キメる』?」

(え?―)

確かに、同一の艦娘はいくらでもいるし、性格も基本的に同じだがブレは存在する。しかし、目の前の龍驤は全くの別人―そんな感覚をいつもより強く感じた。

「俺、吸わないから」

「ほーん、そうか」

「で、家は直ぐ近く、と言ったが、このへんに鎮守府なんてあったか?」

彼女の顔がピタリと止まる。暫く沈黙したと思うと、ドハッと笑いだした。

「あっははははは!なんやの?あんた、冗談はよしてーなwwwwwwww」

「は?」

「鎮守府なんてもん、とっくの昔に解体されとるわ!www全員退役したわww」

物凄い勢いで笑い転げる。一方の浜岡は、美舩村に艦娘しか住んでいないことに納得した。退役した艦娘の溜まり場―それこそが美舩村の正体なのである。しかし、直に疑問が引っ掛かる。

(なぜ、頑なに人の侵入を拒んでいるんだ?)

一通り笑い終えたのか、深呼吸する。

「まあしゃあないか。キミはずいぶん前に追い出されたんやもんな。可哀想なもんやで」

「別に同情して欲しいとかじゃあないんだが…それより早くあの村へ―」

「ああ、それならうちらが送ってったるわ」

「うち『ら』?」

咥えていた煙草を捨てると、クイッと路地裏を指さして歩き出す。何だろう、と思いながら付いて行った。すると、一軒の店に辿り着いた。

 表を見て、龍驤の香水の香りに納得し、逡巡する。それに気が付いて、振り向く。

「別に入れとは言わんで、ちょっちそこで待っててぇな」

そう言って入って行った。そして、今度は三人で出てきた。

「龍驤、その人は―」

「おう、『潮』ちゃんや」

駆逐艦潮―彼女もこの店で働いているらしい。浜岡はその異様に大きな腹に目をやる。龍驤は身重の潮を気遣うように階段を降りる。

「この娘、病院に送るついでに、あんたも美舩村まで連れてったるわ」

潮は浜岡と目が合うも、直ぐに逸らした。その瞳の深さに、言い知れぬ昏さを覚える。

「ほな行ってくるわ」

「はい、気を付けてー」

店の中から声がした。ちらりと鼠色の乱れ髪が見える―それは戦艦榛名にも見えたが、別人だ、と思い込むことにした。

 駐車場は店の裏にあり、椿の花のような色の車が止められていた。龍驤はさっさと後部座席に入った。

「龍驤が運転するんじゃあ―」

運転席の方を見ると、潮がドアを開けて乗り込もうとしていた。

「ちょっと待った」

慌てて呼び止める。手が肩に触れた途端、ギロッと睨まれた。

「潮ちゃん、この人は大丈夫や。席変わったりぃ」

龍驤に言われると、何故か素直に後部座席へ移った。困った顔をして、浜岡は運転席に座る。香水の臭いが沸き上がって咽そうになった。ドアを閉めると、直ぐにエンジンを回して窓を下した。

「すまんなぁ、うち免許持ってないねん」

背後から陽気な声が聞こえた。

「そうなのか。俺は提督を辞めてから、タクシードライバーを始めたんだ、個人だがな。安全運転は保証するさ」

「そうなんか⁉こりゃ安心やわ、ほな、先に美舩村に行ってや~」

バックミラーを確認すると、ニコニコしている龍驤が見えた。だが、潮は少しお怯えているようにも見える。

「それでは発進します」

浜岡は優しくアクセルを踏んだ。

 

 

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