「―またのご来店をお待ちしておりま~す」
浜岡は勘定を済ませ、ローマと青葉に見送られながら戸に手を掛けた。
『ズゴォォォォオオ……』
三人がほぼ同時に振り向く。音は海岸の方からだった。青葉は録音機を慌てて片付ける。
「ずいぶん派手な観艦式だな」
「それにしては音が近すぎるわ」
青葉が咄嗟に立ち上がる。
「青葉!取材行ってきます‼」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ローマが後を追う。ドアまで来たところで振り返った。
「浜岡さんは直ぐ村を出なさい。なんだか嫌な予感がするわ」
二人は返事を待たずに行ってしまった。一人リストランテに取り残される。
遅れて外へ出てみると、建物の隙間から、遠くで黒煙が勢いよく吹き上がっている。それだけではない。明らかに地上が砲撃されている。次第に額から汗が流れる。あの日の記憶が脳裏をかすめた。
そんなものお構いなしに、景色の彼方此方から、轟音と共に煙が吹き上がる。
(おかしい、あれは海岸からじゃあない!地上で砲撃している⁉)
あり得ない―足がすくんでいた。
『……ロロロブロロブロロロォォオオ‼キュワァァア‼』
音に我に返るも束の間、浜岡の近くから黒い塊が飛び出してきた。「何か」は勢い余って建物の壁を蹴り飛ばし、あろうことか迫ってくる。
「なッ、何ィィイ⁉」
こちらに気付いたのか、「何か」は目の前で急停止した。見ると真っ黒のオートバイに全身黒のライダーだった。
「伏せろッ!」
いきなり怒鳴られて伏せる。頭上を光が切り裂く。背後で炸裂する。
「クソッ!お前も来いッ!」
刹那、目の前はヘルメットだった。
「しっかり掴まれッ!」
間髪入れずすっ飛んだ。ライダーはどんどん加速する。
「おい!一体どうなってんだ!というか誰だッ!」
「巻き込んでしまってごめんなさい。でも説明はあと。今は逃げ切るわ!」
振り返ると何台もオートバイが追っている。乗っているのは少女で、頭に鬼のような角が生えている。更に、彼等には『艤装』が着いていた。小口径主砲と魚雷も装備しているのでおそらく駆逐艦である。
(新手の艦娘、俺がいない間に建造されたものか?)
少女たちは明らかに敵意を持った目で浜岡を睨みつけている―ロックオンしている。訳が分からないので、また目の前に叫ぶ。
「この後どうするつもりなんだ?」
「まずはこの村を出るわ。市街地に出てなんとか撒く」
「門はボタン式だぞ。どうやって?」
「そこは通らないわ。兎に角、私に任せて」
オートバイは脇道のトンネルに突入した。後ろの連中も同じく追いかけてくる。
「さてと…」
目の前の女は後ろにかけたウエストポーチから何かを取り出した。すると「シュバッ」という音と共に煙が噴き出た。背後が煙で満たされていく。
「これは、発煙筒?」
「そうよ…来るわ!気を付けて!」
「ッ⁉」
考えるよりも早く、頬を弾幕がかすめていった。彼方で酒烈する。
「上手くいったわね!」
トンネルを飛び出す。視界を遮る事で滅茶苦茶に発砲させ、出口を塞いでいた何かを破壊したのである。しかし、あんまりな賭けである。
(コイツ…俺に当たったらどうするんだ)
後ろを確認すると、追跡者はまだいるようだ。浜岡が顔をしかめる。
(市街地はマズイッ)
明らかにスピード違反な上に、ヘルメットもない。それだけではない、追跡者は煙の中でも無茶苦茶に発砲するような連中―無関係の人が巻き込まれるのは明らかだ。
「なあ、ライダー」
「何よ、説明は後って言ったでしょ?」
「そうじゃあない、このままじゃあ遅かれ早かれ周りを巻き込む。どうやら後ろの奴らは艦娘じゃあないか。艦娘が人を殺すなんてこと、赦しちゃあいけない」
ライダーは暫く黙る。そして溜め息をついた。
「…貴方って人は―分かったわ、じゃあ振り落とされないようにしなさい!」
急に景色が傾く。浜岡は必至にしがみつく。通りを曲がると、そのまま真っ直ぐ突き進む。
「これから高速に突っ込むわ!上手くいくか分からないけれど、そこで奴らを打ち倒す!」
彼女がポケットから取り出したボタンを押す。
『バリバリッ!』
と音を立てて、ウエストポーチが脱皮した。中からは銃らしき物が顔を出す。浜岡は背後ばかり気にしていて気付かなかったが、ポーチの左側には大きな板が生えていた。それが電気的な駆動音と共に飛行甲板へと展開される。はっ、と目を上げると、手には鋼色のクロスボウが握られていた。彼女は前を向いたまま、言う。
「私は最新鋭正規空母『大鳳』です。どうぞよろしく。お人好しなお兄さん」
二人は疾風の如くハイウェイを翔ける。追跡者も置いて行かれまいとアクセル全開である。一行は、一台また一台と合間をすり抜けていった。
「ッ⁉」
黒のオートバイは突然にしゃくる。残像を弾幕が貫く。それは徐々に重力に負けると、アスファルトを弾き飛ばした。
「―やはり撃ってきやがったかッ‼」
「こっちに来た方が大惨事ってことね…」
無慈悲な弾幕が矢継ぎ早に襲い掛かる。それは『数撃ちゃ当たる』と言わんばかりだ。
『ドンッ!』
光線の一つが車に命中した。ランドセルに満たない単装砲ですらも、車一つ吹き飛ばすには十分だった―それが艦娘である。浜岡がギリリと噛みしめる。
(艦娘が、とうとう、殺りやがったッ‼)
それは燃えて破片を撒き散らしながらやってくる。
「行くわよッ」
バイクをスライドさせて避けた。転がっていった車は、他の車を巻き込みながら跳ね返って、壁に当たって爆発した。
「何百人、死んだって、構わないという事ね」
大鳳はクロスボウを前に突き出した。
「彗星601空!発艦はじめ!奴らを月までぶっ飛ばしなさい‼」
『バシュンッ!…ブォォオオン!』
飛び出した矢が花火を散らし、十数機の彗星へ展開する。勇ましい大鳳とは裏腹に、浜岡はそれを望んでいなかった風な顔をした。
“こちら601空から大鳳へ、敵は10隻。これより爆撃いたします!”
「こちら大鳳!了解、くれぐれも人を巻き込まないように!」
“了解!この601空にお任せあれ!”
指揮官機らしい機体が翼を振るわせると、彗星の群れは一気に舞い上がり、重低音と共に視界から消えた。直後、いくつもの爆撃音が響き、金属の削れる音とクラクションが聞こえた。バックミラーを見ると、さっきまでいた彼女たちがいない。
黒のオートバイはトレーラーの間に滑り込む。
“6隻転倒確認!2隻が加速!奴さん、挟撃を仕掛けてきます!”
「…了解」
更に加速する。トレーラーを抜けると、視界の両端に奴等が映り込む。向けられた砲に戦慄が走る。途端に大鳳は急ブレーキをかけた。
「ングッ⁉」
浜岡が眼前の背中に圧されるのも束の間、弾幕が大鳳の顔面を掠るように交差―光と爆音が鼓膜を貫く。
「「ぎゃああぁぁぁ‼―――」」
既に左右の敵は消えていた。
「危ないだろッ!」
「フフフ、同士討ちよ♪姉妹艦は息が合いすぎるのが弱点ね」
浜岡が首を傾げる。
「大鳳、なぜ姉妹艦だってs―」
“ロケット来ます‼”
二人の背筋が凍る。しかしロケットは明後日の方へ進んで行った。安心するも直ぐに青ざめる。それは最初から大鳳を狙ったものではなかったのだ。前方―大型トラックだ。
『ッドォン‼』
トラックが積み荷を拡散させた。咄嗟に道路脇へ回避する―
“危ないッ‼”
浜岡がミラーに凶悪なモノを確認する。
(ハメられた⁉)
そいつはミラー越しにドス黒い眼差しを刺す―ロケットが、放たれた。
「ッ‼」
浜岡は無意識に―大鳳の腰のベルトからハンドガンを引き抜き、撃った。ロケットが一歩手前で爆発する。少女は顔色一つ変えず、再びそれを構える―
『ガリガリガリ!』
驚いて見るとクロスボウが刃を防いでいる。並走する白銀の少女が、大太刀を握っていた。互いの狼のように鋭い視線が火花を散らす。
「…貴様……生きては…返さんぞ…」
「あら…それは…私…の…セリフよ?」
『パパパパパパン!』
背後で彗星の機銃が降る。ロケット少女は慌てて避けようとするも、間に合わなかった。弾はタイヤを撃ち抜き、パンクさせる。彼女は猟犬のような眼で睨んだまま、バランスを崩して散っていった。白銀は後ろを一瞥して舌打ちする。
「チッ、アイツもやられたか…負け犬めッ‼」
白銀は一度離れると、今度はと言わんばかり大太刀を振り上げる。だが大鳳は嗤っていた。
「立派な砲弾(おもちゃ)をお持ちなのに―」
『ダンッ!』
クロスボウがバイクを撃ち抜く。前輪が砕け、少女諸共アスファルトへ吸い込まれる。しばらくして、遠くで爆発音が聞こえた。
「あら、あの駆逐艦、自爆したようね」
バックミラーを見る様子も無く、涼しい顔をしている。
“敵、殲滅確認!やりました!”
「ええ、全機戻ってらっしゃい」
大鳳は減速し、彗星たちが浜岡の甲板に滑り込む。浜岡は何食わぬ顔で拳銃を元に戻した。
「…知ってるわよ?」
ズバリ言い当てられて鼻白ぐ。
「…申し訳ない」
「構わないわ、ありがとう」
その声はどこか悲しみを帯びていた。
“いやぁ間一髪でしたな。我が彗星の体当たりでも、間に合わんかったでしょうな(笑)”
「ダメよ!私が許さないわ」
“へへっ、冗談ですって”
二人は高速道路を降りて、人通りの少ない路地裏に止まった。大鳳がヘルメットを脱ぐと、亜麻色の髪が風になびく。
「で、説明がまだだったわね」
「ああ、そうだったな」
さっきまでの緊張ですっかり忘れていた。大鳳はオートバイを壁にもたれかけさせる。
「今日、美舩村で観艦式をやっていたわね?」
「らしいな。見る暇もなかったが」
「そこでね、よく分からないけれど、村の艦娘たちが突然暴れ出したのよ、獣のようにね」
「何だって?」
「まともな艦娘もいたのだけれど、瞬く間にその娘たちに撃沈されていったわ」
撃沈という言葉に、耳を疑った。そして、防衛大で学んだことを思い出す。
『艦娘が艦娘を轟沈させることはできない』―という法則がある。そもそも、艦娘が艤装を扱えるのは『妖精』が装備をコントロールしているからだ。それによって、艦娘は戦闘行動にリミッターが掛けられている。例えば、艦娘を撃沈することや、人間を艤装で殺すことができない。本人がやろうとしても、妖精が引き金を引かせないのだ。逆に言えば、その両方ができる深海棲艦は、リミッターが掛かっていない状態といえる。ある研究では、深海棲艦には妖精がおらず、本体が直接艤装を操っていると考えられているが、真相は定かではない。
「艦娘が、深海棲艦になった、ということか?」
「さあ、どうなのかしら」
彼女はまるで他人事のようにあしらう。
「けれど、普通の深海棲艦とは違って、自我は残ってたみたいよ?さっき追いかけてきた奴等だって、自分たちのことを『白露ライダーズ』だってカッコつけてたもの」
「さっきのが、白露型だって?」
自分の知っている白露型の艦娘の面影など、どこにも残っていなかった。服装はともかく、眼の色も顔立ちもまるで違っていた。
「見た目まで変わるのか⁉」
「ええ、二重人格みたいだったわよ?」
深海棲艦の無き今、突然の艦娘の凶暴化―いったい誰の仕業なのか。彼は佐世保事件のとき感じたのと同じ違和感を覚えた。
「ところで、貴方、お名前を聞いていなかったわね」
いきなりの質問に、肩が電気に触れたように震える。
「あ、ああ。俺は…浜岡だ」
「やっぱり!あの伝説の艦隊よね」
拍子を打って感心する大鳳を片手で制す。
「その話はよせ。俺は艦娘たちが十死零生の戦に出るのを止められなかったんだ」
「いいえ、そんなことないわ。人命を護るために散る事こそ、艦娘の使命ですもの!」
思わず黙ってしまった。それは驚きと諦めの沈黙である。
(艦娘とは―そういう生き物なのか)
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。おそらく高速道路だろう。アスファルトに破片が散らばり、ロケットを受けた車の運転手も無事ではないのは目に見えている。あの艦娘のような連中が逮捕されれば、この先、艦娘が世間で非難の的になるのは避けられないだろう。最悪、美舩村で生き残った艦娘たちも、そして目の前に立っている彼女も解体されるかもしれないのだ。浜岡の表情は曇った。
「君は、怖くないのか?」
その問いかけに、大鳳は向き直る。
「この件で、世間は必ず、艦娘を非難するだろう?」
「そう言う人たちを護るのが艦娘なのよ」
あまりにもサラリと流れた言葉が、浜岡の心に刺さった。あのとき加賀が言ったことを思い出す。終戦が終わって十年経った今も、艦娘には『盾』の精神が生きていることを知った。大鳳はオートバイを起こすと、再びまたがる。
「じゃあ、悪いけど私はそろそろ戻るわね。奴等が村から溢れる前に何とかしなくちゃ」
「待て、俺も行こう」
「…は?」
彼女の顔が強張る。
「何を言ってるの?せっかく逃げ切れたのに、戻るの?死にたいの?」
「いいや…この事件、俺のカンだが、あの日―俺の艦隊が全滅させた奴等と何か関係がある気がする…。似ているんだ、違和感というか、臭いというか。だから俺は真実を確かめたい。もっと言うなら、俺は彼奴等を助けに行きたい」
その瞬間、大鳳の目つきが変わった。温厚な面影はどこにもない。その目はまるで小さな蟻を見るようだった。
「あなた、人間でしょ?艦娘には到底、敵いません。人間風情が、艦娘を守る?…はっ、お笑い話じゃあありませんか。私たちから見たあなたは、血を吸おうと噛みついて指で潰されるノミに等しい」
そう言って、大鳳は嗤う―侮辱されている。浜岡は苛立ちではなく、虚しさを覚えた。艦娘の力は、提督であるから嫌でもわかっている。同時に己の無力さを知る。「正しさ」を前に、何も言い返すことができない。続けてダメ押しする。
「あなたがた人間は黙って私達に守護(まも)られていればいいのです。あなたは引っ込んでいて下さい」
見下しながら、大鳳はベルトに挟んでいたハンドガンを、放り投げる。足元で軽く金属の音がした。
「それ、気休めのハンドガンです。勿論、人間用のですけど。もし、あなたが村に戻ってきて奴等に襲われても、私は助けませんよ………向こうで遭わないことを祈ります。さようなら」
そう言い残すと、明らかに砂を浴びせるように、バーンアウトをして飛んでいった。
「ガホゲホッ…何なんだ、アイツ…」
砂を払いながら、どうやって村に戻ろうかと考える。しかし、足元に銃があることに気付いたので、そそくさと拾ってポケットに隠した。
「ま~たどえらいお土産もろてもうたなぁ!」
「⁉」
声の方にサッと振り向く。そこには、ふわりとした茶髪のツインテールにジャージ姿の少女がいた。しかし、その幼さにはあまりに不釣り合いな大人びた目と、鼻を突き刺すような香水の臭いを振り撒いている。浜岡は怪しんで身構えた。
「なんやなんや⁉あんた、うちのこと覚えてないんか?龍驤や、忘れてもうたんか?」
「………………………………あ、本当だ」
軽空母龍驤―独特なサンバイザーが無かったのもあって全く気付かなかったが、よく見ると目付き以外は正に彼女だった。彼女は大阪生まれでもないのになぜか関西弁の軽空母だ。浜岡の艦隊にも龍驤はいたので、性格などはよく知っている。
(それにしても、今日は何故こんなにも頻繁に艦娘に出くわすのだろうか)
溜息まじりに、龍驤に言う。
「それで?なんでこんなところに艦娘がいるんだ?というか話はどの辺りから聞いた?」
「うん?うちの家、まぁそこやしな。で、話は初めっから聞いてたで、なんやエライことになっとるそうやん」
しゃべりながら、煙草に火を点ける。
「おん?キミもヤニ、『キメる』?」
(え?―)
確かに、同一の艦娘はいくらでもいるし、性格も基本的に同じだがブレは存在する。しかし、目の前の龍驤は全くの別人―そんな感覚をいつもより強く感じた。
「俺、吸わないから」
「ほーん、そうか」
「で、家は直ぐ近く、と言ったが、このへんに鎮守府なんてあったか?」
彼女の顔がピタリと止まる。暫く沈黙したと思うと、ドハッと笑いだした。
「あっははははは!なんやの?あんた、冗談はよしてーなwwwwwwww」
「は?」
「鎮守府なんてもん、とっくの昔に解体されとるわ!www全員退役したわww」
物凄い勢いで笑い転げる。一方の浜岡は、美舩村に艦娘しか住んでいないことに納得した。退役した艦娘の溜まり場―それこそが美舩村の正体なのである。しかし、直に疑問が引っ掛かる。
(なぜ、頑なに人の侵入を拒んでいるんだ?)
一通り笑い終えたのか、深呼吸する。
「まあしゃあないか。キミはずいぶん前に追い出されたんやもんな。可哀想なもんやで」
「別に同情して欲しいとかじゃあないんだが…それより早くあの村へ―」
「ああ、それならうちらが送ってったるわ」
「うち『ら』?」
咥えていた煙草を捨てると、クイッと路地裏を指さして歩き出す。何だろう、と思いながら付いて行った。すると、一軒の店に辿り着いた。
表を見て、龍驤の香水の香りに納得し、逡巡する。それに気が付いて、振り向く。
「別に入れとは言わんで、ちょっちそこで待っててぇな」
そう言って入って行った。そして、今度は三人で出てきた。
「龍驤、その人は―」
「おう、『潮』ちゃんや」
駆逐艦潮―彼女もこの店で働いているらしい。浜岡はその異様に大きな腹に目をやる。龍驤は身重の潮を気遣うように階段を降りる。
「この娘、病院に送るついでに、あんたも美舩村まで連れてったるわ」
潮は浜岡と目が合うも、直ぐに逸らした。その瞳の深さに、言い知れぬ昏さを覚える。
「ほな行ってくるわ」
「はい、気を付けてー」
店の中から声がした。ちらりと鼠色の乱れ髪が見える―それは戦艦榛名にも見えたが、別人だ、と思い込むことにした。
駐車場は店の裏にあり、椿の花のような色の車が止められていた。龍驤はさっさと後部座席に入った。
「龍驤が運転するんじゃあ―」
運転席の方を見ると、潮がドアを開けて乗り込もうとしていた。
「ちょっと待った」
慌てて呼び止める。手が肩に触れた途端、ギロッと睨まれた。
「潮ちゃん、この人は大丈夫や。席変わったりぃ」
龍驤に言われると、何故か素直に後部座席へ移った。困った顔をして、浜岡は運転席に座る。香水の臭いが沸き上がって咽そうになった。ドアを閉めると、直ぐにエンジンを回して窓を下した。
「すまんなぁ、うち免許持ってないねん」
背後から陽気な声が聞こえた。
「そうなのか。俺は提督を辞めてから、タクシードライバーを始めたんだ、個人だがな。安全運転は保証するさ」
「そうなんか⁉こりゃ安心やわ、ほな、先に美舩村に行ってや~」
バックミラーを確認すると、ニコニコしている龍驤が見えた。だが、潮は少しお怯えているようにも見える。
「それでは発進します」
浜岡は優しくアクセルを踏んだ。