第三次ソロモン海戦―たった1隻で、戦艦2隻・駆逐艦4隻を相手に大戦果を挙げた駆逐艦がいた。最後は自身も沈没、帰還する事はなかったが、その戦いぶりから『ソロモンの鬼神』『黒豹』と言われるようになった。
美舩村では艦娘たちが突如暴れ出した。しかし、全員がそうなったわけではなかった。
黄昏時―駆逐艦綾波改二、敷波改二は、凶暴化した艦娘たちが街の方へ出ないように、村の入り口近くへと向かっていた。茶色と白のセーラー服は、既に油と血で染められていた。
「今夜は楽しいね、敷波」
「そうだね、綾波。もっと楽しまなくっちゃ」
人気のない大通りを真っ直ぐ突っ切っていく。綾波の手には艦娘用に改造された一〇〇式短機関銃、敷波の手にはフランキスカが握られている。これは以前に瑞鶴のお店で買ったもので、後から明石に頼んで鎖と鉄の腕輪を増設していた。
何か気配を感じて足を止める。二人はすんすんと空気の臭いを嗅いだ。
「ねぇ、敷波」
「なんだい?綾波」
「懐かしい香りがしない?敷波」
「そうだね、綾波。本当にいい香りだ。昔を思い出すよ」
そう言って敷波が斧の刃先を舐める。
「先手は綾波がやってよ。トドメはアタシがやるからさ」
「ええ、楽しみね、敷波…じゃあ」
足元まで伸びたサイドテールをなびかせて、綾波は銃を掲げる。
「妖精を呼んであげましょう♪」
『ズダダダダダダダダダダダダダダダ‼』
綾波は迷いもなく路肩の自動販売機に銃弾を注ぐ。直ぐに黒いのが飛び出す。敷波は「待っていました」と斧を投げ飛ばした―だが弾かれた。
「チッ、コイツ強いよ、綾波」
「任せて」
再度綾波が得物を薙ぎ払う―黒いのは光線を叩き弾くと、自動販売機と反対側の建物の上へひとっ飛びした。
黒いのが夕日に照らされる。
白黒のセーラー服に赤いリボン、スマルトブルーのロングヘアー、錨マークのはいった黒のキャップ斜めに被っている。
「今まで遭った子達とはちょっと違うね、綾波」
「そうね、敷波。暁ちゃんに見えるのだけど、気のせいかしら…」
駆逐艦暁、その改二。しかし、顔の左半分は皮膚が石膏像のように白くなっており、ブラックホールのような空洞から、天色の眼光が炎の如く揺らいでいた。特に、左腕がブレード状に変形しており、それはゾンビと云うより深海棲艦だ。
「どうも、皆さん、暁鬼(あかつき)です」
白黒の暁鬼は静かに見降ろす。綾波、敷波も武器を下した。
「アンタ、普通の暁じゃないね。水底の臭いがするよ?」
好奇心を蓄えた瞳で敷波は尋ねる。
「半分だけ深海棲艦化したのよ、佐世保事件でね」
そう言って、天色の眼光で左腕を見つめる。
「兎に角、今起きている騒動に暁鬼は関係ないわ。安心して頂戴?」
すると、二人は顔を見合わせてクスッっと笑った。
「まさかこんな所で、あれの生き残りに遭えるなんてね、敷波」
「そうだね、綾波。アタシも興味が湧いてきたよ」
二人は暁鬼を見上げる。再び得物を掲げた。暁鬼も察して身構える。
「何よ?関係ないって言ったでしょ?」
敷波がニヤリと笑む。斧の刃先が不気味に輝いた。
「アンタが黒か白かなんて関係ないさ……………。ねぇ、お手合わせしてよ」
「ッ!」
殺気を感じ、暁鬼は左肩の探照灯に手を添える。二人は察して目を覆う。次の瞬間、辺りが閃光に包まれた。直ぐに建物の上を確認するも、彼女は何処にもいなかった。
「逃げられちゃったわね、敷波」
短機関銃を下すも、悔しそうな顔はしていない。寧ろ笑顔だ。
「そうだね、綾波。でもさ、楽しみは最後まで取っておくものだよ♪」
「そうね、奴等はメインディッシュ、暁鬼はあま~いデザートね、敷波♪」
二人は向かい合うと、両腕を滑り込ませて抱擁し、熱く唇を交わした。
「行きましょう、敷波」
「そうだね、綾波」
綾波と敷波は手を取ると、夕日の中をゆっくりと歩き始めた。
※
箱根の山に日が落ちる―。
ラジオからは既に高速道路の事故について流れていた。後部座席に龍驤と身重の潮を乗せて、浜岡はハンドルを握っている。
「それにしても珍しいわ、潮が他人の運転で寝るなんて」
客が途中で寝てしまう事はよくあるので、別段気にしていなかった。龍驤はバックミラー越しにじっと見つめてくる。
「そういえば、あんた、提督辞めてからの海軍の事情とか、どんくらい知ってるん?」
何のことかと、浜岡は眉をひそめた。路地裏での会話を思い出す。
「全然知らないな。なんせ、艦娘や当時の同僚を避けてきたから」
「ふーん…それやったら。暇やし、うちの話、聞いてぇな」
窓の外を見ている彼女の顔が、夕日に照らされているのに暗くなる。浜岡は気を遣ってラジオをきった。
少しして、車はトンネルに入った。虚ろな目で窓の外を眺めながら、龍驤の口が動く。
「なあ、浜ちゃん。ひとつ、訊いてエエか?」
そう言われて、浜岡は後ろを一瞥する。潮はまだすやすやと眠っていた。
「美舩村の皆を助けに行くって、あんた言うてたけど。それって、ホンマに救いになるんやろか」
「………」
対向車のライトが、龍驤の顔を照らしながら流れていく。
「あの戦争が終わった後、御国は日本軍を大縮小したんや。艦娘は深海棲艦にしか攻撃できひんから、このまま置いといたかてぇ、税金の無駄遣いやしな。選りすぐりの強い艦娘だけ、自衛隊の予備―つまり、万が一に深海棲艦が復活した時の為に残って、あとはみんな追い出されたんや…。ちゅうても、誰も嫌やとは思わんかったで。寧ろ、せっかく人の形に生まれ変わったんやから、社会でやりたいことやって、ごっつ楽しんだろうって思てた。仲ぁ良かった隼鷹なんて、『貿易しながら世界を飛び回るんや』って言ってたし、夕張は昔からの夢やった造船業に就いたしな。で、うちはと言うと、提督とケッコンしてたさかいに、一緒に街に移ったんや。勿論、うちは専業主婦や」
『ケッコン』―その言葉に、浜岡は眼下を見下ろす。今でも白手袋に着けているそれを見て、なんとなく理解した。あの時はまだ、艦娘のポテンシャルを向上させる『装備』だったので、艦娘との絆の象徴という概念は全くなかったのだ。龍驤はチラリとそれを見たが、視線を窓へと戻した。
「幸せな家庭を築けると思ったよ…。でも待ってたんは地獄やった」
「………」
その声は、怒りではなく、悲しみに満ちていた。潮はまだ寝ている。
「あんたは悪いと思うけど、うちに言わせりゃ、人間てもんは皆薄情もんや。艦娘が世間に解き放たれた途端、戦時中の恩も忘れて『バケモノ』やと差別しよった。世間じゃ『艦娘狩り』なんか言うて、艦娘を捕まえては、鈍器で殴ったりナイフで刺したりする集団もおったんや。まあ、知ってるやろけど、うちらはチェーンソーとかロケランくらいやないと怪我せえへん。けど、心にゃ相当ダメージ食らったで」
そう言って鼻で哂う。目には異様な光が見えた。ハンドルを握る手が強張る。
「旦那もイジメられた。せっかく入った会社もクビになった。家に落書きされたし窓かって何回も割られたわ。火炎瓶飛んで来たときは必至でバケツに水汲んだわ。それでも、うちらはまだ平気やったんや…でもな…でもな…」
「………」
「―殺されてもうた。外は危ないからって、家に置いて一人でコンビニ行ったのがアカンかった…。窓が破られとって、中入ったら、串刺しになっとった」
「………」
「ははっ、しかも警察は自殺で処理しよったんや…。信じられへんやろ?…あん時、うちん中で、何かがぶっ壊れた―それ以来、自暴自棄になって、挙句の果てにゃ艦娘だけのおにゃんこバーや…こんな傑作どこにあるん?」
へらへらと嗤いだす。そして、黒洞穴々たる目は浜岡に向けられた。
「ここの潮ちゃんも、ほんでさっきの店におる娘たちも、み~んなそう。明日を生きる意味もないし、希望もない―行先もなければ帰港もでけへん『難破船』や。美舩村の娘たちかって、社会から弾き出されたモンたちや…。しかも、艦娘には寿命がないねん、知ってるやろ?」
「………」
底なし沼のような瞳で、龍驤は顔を覗き込む。浜岡は押し黙って前だけを見ていた。
「うちらはな、終戦日にとうに死んだんや。この世から、お役御免になったんや―なんで美舩村の艦娘を助けるんや?いっその事、暴れまくって、捕まって挙句にに解体された方が、『幸せ』なんとちゃうか?」
ハンドルを握ったまま、目だけを龍驤に向けた。
「あの日、艦娘たちは、十死零生の戦に身を投げようとした。俺は反対した。精強な艦隊を失えば、戦争は長引くと思ったからだ。その時、彼奴等に教えられた―深海棲艦を沈める『矛』ではなく、奴等から命を護る『盾』である―と。深海棲艦を倒すことよりも、目の前の人命を護る事を一番に重んじていた。そして、俺の反対を押し切って、命と引き換えに人々を守った。俺は今でも、あの時、彼奴等を引き留められなかった事を後悔している。しかし、一つだけ言えることがある―」
「………」
「命に代えてでも人々を護る事が、艦娘たちが頑なに守り続けてきた信念だということだ―君は微塵もそうだと思ってないかもしれないけれど…。今、その信念が、艦娘自身の手によって踏み躙られようとしている。元提督として、そいつを許すことはできない。自己満足だと嗤われても結構だ」
「………」
「それに、誰かが死ねば、それを悲しむ人がいる―主人が殺されて、君が悲しんだように…。何としてでも、それを止めなければならない。あと―」
「………」
「美舩村の艦娘たちは、幸せそうだったよ。確かに、艦娘としては死んだ、一所懸命に守ってきた人間に迫害された。それでも、平凡な日常を楽しんでいた。案外、生き甲斐なんてどうでもいいのかもしれない…。生きているだけで丸儲け―そんな雰囲気を感じた」
龍驤は暫く浜岡を睨み続けていたが、何かがふっと抜けたように、華奢な身体を後部座席に放り投げた。
「はぁ~あ、こりゃ何言うてもアカンわ。アンタが何を見てきたんか知らんけど、美舩村っちゅーのは、艦娘の楽園―静かでええ港なんやろうなぁ…。うちらにとっちゃあ、地球の裏側より遠い場所や。そこへ行くには…もう汚れすぎてしもうた…」
その眼は何故か潮に向けられた。彼女はまだ眠っている。
やがて細い脇道に逸れて、美舩村に繋がるトンネルが見えてきた。さっき大鳳と飛び出したトンネルだ。
「なんやあれ…」
逃げるのに一所懸命で気付いていなかったが、入り口にあったであろう鉄柵が滅茶苦茶に融け曲がって、粉々になって散らばっていた。浜岡は車を止める。潮が丁度目を覚ましたところだった。
「さて、ここから先は、ナイトメアだな」
車から降りると、潮もドアを開けた。その瞳は、やはり希望を失った色をしている。しかし、店の階段を下りてきた時よりも明るく見えた気がした。
「………」
「では、行ってくるよ」
こくりと頷いて、潮は運転席に乗り込む。浜岡は二人を背に、トンネルへと歩み始めた。
「ほなな、提督さん!帰ったら武勇伝聞かせてな!」
龍驤が窓から身を乗り出す。振り返らず、微笑んで手だけを挙げた。
「―無事に、帰ってきて」
ふとそう聞こえた気がして振り返る。潮は俯いたままだった。気のせいだと思って、再び進み始める。
日が沈んだ―街頭の明かりが、明けない夜の始まりを告げる。深海のような暗黒のトンネルを、靴音だけを響かせながら、歩いて行った。
「はい、こちら平賀造船所でございます」
「夕張はんか?」
「…もしかして龍驤さん⁉」
「せやせや!お久しぶりやで」
「お久しぶり!って何年ぶり?」
「5年や。ホンマ声だけでよぉ分かったな。顔見ても分からんかった誰かさんと大違いや」
「誰よそれぇ(笑)。いや~本当、元気にしてた?」
「まぁお陰さんでな。それでや、さっきメッチャ懐かしい人に会うてな?」
「なになに?どんな人?」
「誰やと思う?」
「もぉ、じらさないでよぉ~(汗)」
「へへッ、それも聞いてビックリ、『浜岡中将』や!あの伝説の艦隊の」
「マジ⁉佐世保最強の艦隊の?ていうか生きてたの⁉な~んでその時に電話してくれなかったんですか!!」
「いやぁメンゴメンゴ(笑)。それでなぁ、ちょっち夕張はんに頼みがあんねん」
「なになに?どんどん言って?」
「夕張はん、あんたIFPO(International Fleet-girl Police Organization)の電話番号、知ってるやろ」
「………ちょっと話が分からないのだけど。なんで国際艦娘警察機構なの?」
「美舩村ってあるやろ」
「ええっと、確か艦娘の為に作られた村だっけ。私は行ったことはないわ」
「浜岡はんがたまたま行ったらしいねんけど、どうやらそこで艦娘たちの暴動っちゅうか、急に暴れ出したっちゅうか…」
「穏やかじゃないわね…」
「それもおかしいんや、暴れとる艦娘がそうやない艦娘を沈めよったらしい」
「…何よそれ、どういうこと」
「うちにも浜岡はんにもよう分からん。深海棲艦が艦娘に化けてたんかも知れへん」
「そんな…」
「しかも浜岡はん、艦娘が人を傷つけるようなことがあったら許せへん、って言うて、一人でまた村ぁ戻ってしもうたんや。ホンマ命知らずなやっちゃで」
「………分かった、すぐに電話する」
「大至急頼んだで…あ、せや!夕張はん」
「何?」
「今度、美味い天ぷら蕎麦でも食べに行こうや」
「そうね、楽しみにしておくわ」
「ほな、よろしゅう頼んだで!」
「は~い!」
「もしもし、平賀造船所の夕張です。大至急、美舩村に出動をお願いします―」