終戦記念日を前日に控え、漁港は大改装し、その幅の広さを活かしてイルカショーのステージのような観客席を展開していた。まず、吹奏楽に合わせて沖へと出港、次にダーツの的が付けられた浮を撃ち落とし、最後にグループに分かれて演習―といった流れで観艦式が催される予定だった。
これは、浜岡と大鳳と『白露ライダーズ』が高速道路でチェイスしていた時の事である。
美船村沖での公開演習中―艦娘たちが激しい頭痛を訴えのたうち回り、ピタリと止んだと思いきや、突如人が変わったように暴れ始めた。華やかな観艦式は、今や硝煙とオイルの香りで満たされた戦場と変わり果てていた。既に何人もの艦娘が、弾雨の中で大破炎上、轟沈していた。
水上機母艦秋津洲も同じく、彼等に襲われていた。訳も分からず、ドッジボールでボールをキャッチできない子供のように跳ね回っていた。
「クソがッ!一体全体どォなってンだ‼(パパパパパン!パパパン!」
近くでは、防空巡洋艦摩耶が、鬼のような形相で高角砲や機銃で牽制している。秋津洲の脳裏に激しい戦いの記憶が甦る。
岸の方から轟音が響いた。さっきまで観客席だった所が焼き尽くされている。見たくなかったものまで目に飛び込んでくる。それを見てしまった者たちの悲痛な叫び声も聞こえてきた。
「ど…どうしよう、大艇ちゃん!」
“現時点デ為セル術無シ。三十六計逃ゲルニ如カズ”
「確かに、遠距離戦では全くの無力かも…」
そう言って矢継ぎ早に砲弾をかわすと、視線を敵に向けながら、申し訳なさそうに叫ぶ。
「ごめんね摩耶さん!秋津洲、お役に立てないかも!」
「大丈夫だ!ここはあたしらでなんとかしてやる!おめェは観客等の退路を確保、ついでにIFPOに応援を要請してくれ!」
「了解かも!」
秋津洲は12.7サンチ連装高角砲を一斉射する。水柱で奴等の目を欺いて、一気に港へ加速した。まだ周りには狂暴化してない艦娘たちが奮闘している。秋津洲は再び申し訳ない気持ちになるも、砲声や爆音がそれを掻き消した。横から魚雷が数発か流れてきたのでジグザグに避ける。
(普通は、妖精さんのお陰で、艦娘は艦娘を轟沈できないし人間に攻撃もできないのに―しかも村の艦娘が―ああもう全然ワケ分かんないし怖いかもッ‼)
考えるのを辞めて波止場に飛び移る。視界の端で天龍と龍田が刀で応戦しているのが見えた。それも束の間、視線は破壊された観客席に吸い込まれる。人だったものが重なり、飛散していた。そこには嗅いだことのない死の臭いが漂っていた。
(やっぱり、深海棲艦になっちゃったんじゃあ…だとしたら摩耶さんたちの攻撃で―)
秋津洲は目に焼き付いたものを振り払うように、村の奥へ奥へと走った。途中でオートバイが走るような音がした。
「ちょっと!そこの水上機母艦!」
声に気付いて見ると、青ざめた顔のローマがいる。
「姉さんは?リットリオ姉さんは?」
「見かけてないかも…ってローマさん、艤装は?」
戦艦は言い終わる前に波止場へ跳んで行った。すると大艇から通信が入る。
“IFPOトノ通信、不可能。通信妨害ノ可能性大。ヨッテ秋津洲ハ上陸シタ敵ヲ殲滅シツツ、通信室ニ向カフ事ヲ具申スル。我ハ先行シテ索敵ヲ行ウ”
通信妨害―秋津洲の表情が強張る。どれくらいの範囲か分からないが、通信できる場所まで走り続けるよりも、通信室から電話したほうが早いし確実だ。
美舩村の山側にある役所、その通信室には地下ケーブルによる回線があり、非常用の通信機器が設置されていた。というのも、艦娘は自身で無線通信できるので、誰も携帯電話も持っていない上に、役所以外に固定電話すらなかった。もちろん、携帯電話を持っていたとしても、ここは『圏外』である。
秋津洲は、空を見上げてサムアップして見せた。
「了解したかも!大艇ちゃんも頑張って!」
大艇は旋回すると、空の向こうへと小さくなっていく。
(ヨシ!私も頑張るかも!)
まだ奴らの目的は分からないが、用心にするに越したことはない。
(大丈夫、隠密戦は得意分野、きっと一人でも戦えるかも)
秋津洲は建物の陰に隠れつつ、警戒を厳として足を進める。こういう時こそ迷彩の出番だ。仮に敵に見つかったとしても、これで速度を欺瞞できるので攻撃が当てられない。
「厚化粧ってバカにする子もいるけど、スッゴク役に立つかも‼」
ふと顔を上げると、遠くで煙柱がいくつも上がっていた。方角からして商店街のあるところだ。バザーが開かれているのを思い出し、そこでも大勢の人が犠牲になっていると思うと、心が曇った。秋津洲は商店街に背を向けて走り出した。
暫くして、背の低いアパートが並ぶ団地に入った。役場はもうすぐだ。秋津洲の足が速くなる。
『ブォォォオオ‼―』
「ッ⁉」
航空機の音で咄嗟に庭の茂みに飛び込んだ。航空機の群れは彼女に気付かないまま真っすぐ飛んで行った。隙間から覗くと、それは天山の小隊だった。だが深海棲艦を思わせる青白いオーラを纏っている。味方ではないのは一目瞭然だ。
(アイツら、徹底的に艦娘たちを追い詰めるつもりかも‼)
直後、今度は黄色のオーラを纏った彩雲が、一機で村の入り口方面へ横切って行った。
(あまり時間がないかも…)
レシプロ機の音も止んだので早速に茂みから顔を出す。
「ッ⁉」
目の前を誰かが通り過ぎる。
「誰…?よく分からないから尾行するかも」
それが離れていくのを待って、骨董屋の陰に滑り込む。そして、そっと通りを覗いた。すると小さい艦娘が鼻歌交じりに歩いていた。地面に触りそうなほどのロングヘアーを腰あたりで裏三つ編みにしている―駆逐艦夕雲だろう。どうやら彼女も役場へ向かっているらしい。しかし、彼女が鼻歌を歌っていることに違和感を覚える。
(もしかして事件に気付いていないかも?…だったら早く教えないと!)
秋津洲は大声で彼女を呼び止める。少女はピタリと立ち止まった。そして振り返る―
「⁉」
咄嗟に身を横へ投げる。刹那、秋津洲のいた場所を雷光が「ズガァアン!」と貫いた。信じられない様子で、恐る恐る電撃の主に目を向ける。
「むすぅ、外したァ」
後姿は夕雲にそっくりだったが、頭には角のような、USBのようなものが左右に一対刺さっている。それは深海棲艦の鬼級の角より、機械的で天龍や叢雲のものに近い。右手には彼女の背丈位もある鉄のヘアアイロンのようなものが握られていた。
「あなたは何者なの⁉教えろかも!」
少女はサラリと髪を撫でおろした。
「ったく、うるさい子だなあ。私は『工作艦アカシ』。これ?さっきの見て分からない?レールガンよレールガン」
甘ったるい声で吐き捨てると、レールガンを役場の二階―通信室に真っ直ぐ向ける。
『ズガァァアン‼』
「ちょ、ちょっと何するかも⁉通信室が…」
通信室がある場所が無惨に抉り消された。アカシと名乗る少女は秋津洲を見て、ニヤリと嗤う。
「だってIFPOとかに通報されたら困るじゃァん?」
(此奴、味方じゃあないッ‼)
先手を打たれた―秋津洲の顔が歪む。
「それで?二式大艇しか飛ばす能力がない雑魚母艦がなんの用かにゃあ?www」
侮辱されている―だが秋津洲はキレなかった。煽られた怒りよりも、目の前に立っているのが工作艦明石だという事に対する絶望が大きかった。秋津洲の知っている明石―明るくて、優しくて、戦力外の秋津洲を気遣って装備を改造したりしてくれた工作艦。恩人ともいえる存在を塗り替えられたことに、彼女の絶望は怒りへと変わり、それは今にも頂点に達そうとしている。
(こんな奴、明石じゃないかも!秋津洲は、絶対に認めないかもッ‼)
それを意にも介さず、アカシは溜め息を吐く。
「ああ、もう…メンドイなぁ。アカシたちは深海棲艦じゃあないの、艦娘よ。あんな奴らと一緒にするな。ああ、と言ってもアンタらみたいな艦娘よりは強いよ?当り前じゃない。んで、艦娘の解放…うんや、上須賀様の忠実な僕になったの」
秋津洲にはその言葉の意味が全くつかめなかった。しかし、ハッキリしたことがある。
(コイツ、艦娘じゃあないッ)
秋津洲は姿勢を低くする。彼女もそれに気付いた。
「アァン?兎に角アカシは今しゅっごく忙しいのォ。分かったらとっとと消し炭になれッ!」
「ッ!」
『ズシャァア‼』
アスファルトが蒸発する。しかし間一髪で避けていた。いや、避けたというより『弾いた』。艤装のクレーンが触手のように伸び、先端のグラップルが得物を握る手を叩いて、軌道をずらしていた。電撃は空へ消えていった。電撃少女は、元の長さに収縮したクレーを見て眼をまん丸にする。
「―何その『キモイ』の…」
とうとう怒りが天辺を突き抜けた。激昂して叫ぶ。
「これは明石さんが、戦力外ってからかわれてた秋津洲のために作ってくれたんだッ!それを『キモイ』呼ばわりするのは許せねえッ‼」
その眼は戦艦棲姫より鋭い。一方のアカシは、新しい玩具を見つけた子供のような表情だった。
「なるほどなるほど…アカシもそれに興味がわいた。ンッフフ♪だったらアンタを解体(スクラップ)にして研究しないとねェエ‼」
「それはテメェのほうだぜッ‼」
またアレが来る―直ぐに回避の準備をとる。少女はレールガンとは逆の手をこちらに伸ばした。同時に秋津洲が建物の陰へ駆け出す。直後―
『ドルルルルルルルルルルル!』
少女の袖口はガトリング砲になっていた。山吹色の弾幕が容赦なく襲いかかる。秋津洲はその回避力を活かして、踊るように避けていく。
「アッハハハァ‼もっと踊れ踊れ!アンタは私のモルモットだァ!」
(このままじゃ本当に解体されちゃうかも!距離をとらなきゃ!)
咄嗟にグラップルをアパートの屋上へ飛ばし掴む。一気にリールを巻いて宙へ―屋上へ着地した。
「おお!そんなにパワーあンの?でも逃げちゃダメよ~ん♪」
少女はすかさず雷光を放つ。寸手で隣へ跳ねる。振り返ると、立っていた場所が見事に抉れていた。凄まじい破壊力に心臓が縮み上がる―間髪入れず弾雨が襲い掛かる。
アカシの攻撃は隙が全く無い。レールガンとガトリング砲を上手く使い分けている。対する秋津洲は、クレーンで忍者の如く建物から建物へ飛び移っているだけだ。だんだん息が荒くなる。
(全弾撃ち尽くすまで、秋津洲、持たないかも…)
特にレールガンから放出される雷光が手強い。今わかっているのは、それが連発式ではないということのみ―電撃を撃った直後にクレーンで攻撃してみては、と考えるも、ガトリング砲でグラップルを壊されれば、今度こそ翼を失った虫である。だが、やらなければ、やられる。ダメ元で12.7サンチ連装高角砲を一斉射する。
『バスッ……』
―全弾が不自然に蛇行して逸れた。その光景に、口があんぐりと開く。それを見てアカシが不敵に笑む。
「砲撃なんて、アカシの電磁波の前では無力だよ~?www」
少女の猛攻撃は止まらない。秋津洲は疲れ切って倒れそうなところまで追い詰められている。
(…どうする…考えろ秋津洲…連発できないレールガンとその隙を埋めるガトリングガン……連発できないッ⁉だとしたら、一か八か…)
「いい加減降りて来い!アカシも暇じゃないの!」
シビレを切らしたアカシが駆けながらレールガンを構える、電気を帯びる―
「今かも!」
グラップルを飛ばして電柱の根元を掴み引っ張る、猛スピードで地上へ突っ込みながら電撃を土壇場で回避する。そして―
「ギェエエ⁉」
グラップルが噛みついた。透かさずクレーンをムチのようにして振り上げる。
「秋津洲のロデオタイムかもッ‼」
クレーンをフルパワーで稼働させて振り回す。アカシの華奢な体は宙を舞い、周囲の電柱や建物に激突する。
「グヘァ⁉アカシはタフ・ヒドマンかよチクs―(ドゴォ!ガキィン!」
金属音と共に艤装の破片が飛び散る。次第に重油の香りが漂ってきた。これだけ叩けば大破しただろう―秋津洲は仕上げと言わんばかりに空高く投げ飛ばした。その小さな体は宙を舞って、近くの倉庫へ逆さまに落ちていった。
倉庫に入ってみると、高い天井に小さく穴が開き、床にはアカシが転がっている。服が破れ重油に染まり、身体も同様にボロボロで艤装やレールガンは原形を留めていなかった。しかし、ここは陸上、轟沈はできない。つまりHPが1のまま、スクラップ寸前のまま生き長らえているという事だ。気配に気づいたのか、少女はよろめき立ち上がる。秋津洲は彼女の無惨な表情を見てやろうとした。
「え…?」
笑っている―顔は血と油に塗れて変形さえしているが、確かに笑っている。少女は悪魔のような目で秋津洲を捉えつつ、かすれた声で、言う。
「勝ッタト…ニヒヒッ…思ッたナら…大間違い…よ…にゅぉぉおおおおォォオオ‼‼」
怒号と共に、身体全体がエメラルドの輝きに包まれる。あまりに眩しいので、目を覆ってしまう。
すぅっと発光が止み、秋津洲は眼前を確認した。アカシは―出会った時の姿に戻っていた。
秋津洲は目を擦り、直後、大蛇に睨まれた蛙の如く震え始めた。
「あらら~?どうしちゃったかにゃ~?www。これでもアカシは世界一の工作艦、自分の体ぐらい一瞬で何度でも甦っちゃいますよォ~?www」
(嘘…そんな…ズルいかも)
勝てない―絶望が彼女を支配していく。アカシは、何かに気付いたように辺りを見回すと、勝ち誇った顔で更に続けた。
「そぉれぇにぃ、ここ、艤装のパーツや戦艦の主砲がいっぱいあるじゃなぁい?」
倉庫―万が一、深海棲艦が復活して襲撃しに来たときに備えて、主砲や魚雷発射管などの装備、艤装のスペアパーツなどが保管されている。砲弾や魚雷は、爆発の危険性があるため、別の頑丈な倉庫に保管されていた。中身が入っていない武器をどうするのか、秋津洲は疑問に感じる。
「弾薬やら魚雷が置いてないのは残念だけれど…テメェをたこ殴りにするには充分だ…………ハァアァァァァアアアアアッ‼」
アカシが勢いよくレールガンを振り上げると、眩い電光を帯び始めた。
(これ、ヤバいかも⁉)
見た目や音ではなく、本能で感じた。秋津洲は足を縺れさせながら倉庫の出口へ―
「バタンッ…ガチャリ」
「ふぇ⁉」
背中に冷たい殺気を感じる。
「残念でしたァ。ここからは一歩も出さないよ?ここはもう、私のパンデミックなんだからァ‼」
なぜ扉が閉まったのか―秋津洲は最悪の事態を想像して、ゆっくりと、振り返る。
「びっくりしたァ?これがエレキテルの力よォ?」
現実は非常である。ギシギシと音を立てながら、倉庫に無造作に置かれた主砲や魚雷発射管、艤装のパーツが空中に浮いていた。
「ねぇねぇ、テスラコイルって知ってるかなァ?」
冷たく甘ったるい声が響く。
「電磁力で金属とか浮いたりするんだけどさァ、これでオマエをサンドイッチにしてやるッ!」
「ひえぇぇええええ⁉」
エレキテルの独特な音が強くなっていく。秋津洲は全身から重力が抜けていく感覚を覚えた。アカシは靴の裏が吸盤になっているのか、どっしりと立っていた。
「アハハハ!逃げようたってもう遅いィ。沈めッ、秋津洲ァア!」
魔法の杖のようにレールガンを振り下ろし、浮遊した鉄の塊の群れが砲弾となって襲い掛かる―
(体が軽い、動きやすい!)
秋津洲が感じたものは、絶望ではなく、希望だった。不敵にそれらを睨む、口元は笑っていた。
「ソイヤッ!」
グラップルを天井へ射出する。天井、そのぽっかりと開いた穴に―
「させるかッ(ガキン!」
艤装の群れの一つがそれを弾く、更に勢い余って柱に刺さる。慌ててリールを巻く―
『ギィーピシッ…』
抜けなくなっていた。深く刺さりすぎたのだ。希望は打ち砕かれた。鋼鉄の嵐は目と鼻の先―
「全部回避するかもッ」
右へ、左へ、前へ、後へ―ルアーのかかった魚のように体を捻ってかわす。右、左、前、後―リールを容赦なく鉄の塊が打つ。だが、明石による改修のお陰で千切れなかった。同じように、倉庫の壁も滅茶苦茶に凹んでいるが、ぎりぎり耐えていた。
「チッ、ちょろちょろ動きやがって!」
今度はしつこく右へ左へと艤装たちを振り回す。秋津洲も倉庫の中を駆けまわる。アカシは攻撃を恐れているのか、距離を置くように立ちまわっている。
「さっさとサンドイッチになれよッ!」
「だが断るかも‼」
「―ガチン」
「ッ⁉」
秋津洲がピタリと静止した。あちらこちらへ動き回っている間に、リールを出し切ってしまったのだ。顔面が蒼白する。倉庫の柱、壁に突き刺さった主砲などを介して、ハロウィンのトイレットペーパーの如く至る所にリールが広がっていた。アカシがそれを見て嘲笑う。
「アッハハ!無様ねェ!」
「………………へっ、確かにアカシは世界一の工作艦かも、それは認めるかも。」
「ンン?あたしをアゲて命乞いかァ?」
―違う、そうではない。
「だったらあたしは!世界最強の水上機母艦かも!」
水上機母艦秋津洲―大型飛行艇の運用支援や、洋上補給のために建造された、飛行艇母艦。同じ水上機母艦の千歳や瑞穂と違い、重い二式大艇を運用する彼女のクレーンの吊り上げ能力は、三五トンにも及ぶ。工作艦明石ですら、二三トンが限界だった。
結論―これ以上、逃げる必要は、ない。
「あたしはァ!秋津洲だァァアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
地面に錨をぶち込み、踏ん張ってリールを無理矢理に巻き上げる。グラップルは支柱をも引き抜き更には周りの艤装まで叩き、絡みつけ、倉庫の壁をぶち壊しながら暴れ狂う。
「ク、クソッ!レールg―⁉」
グラップルに弾き飛ばされた46サンチ砲がアカシの頭に直撃―これが勝敗を分けた。彼女が立ち上がるよりも早く、倉庫が悲鳴をあげて崩れ始めたのだ。
「お、お前の目的はッ!」
「貴様を倉庫の下敷きにする事かも!」
「正気かテメェ!!お前も下敷きになるぞ!」
それを聞いて、「フン」と鼻を鳴らす。
「言ったかも。あたしは水上機母艦『秋津洲』だ、と」
抜錨しつつ、戻ったグラップルを低くなった天井、その穴に向かって飛ばす。ハッとしたアカシが急いでレールガンを構えるも、『時すでに遅し』であった。
『ブゥウウウン―』
「ご存じ!二式大艇ちゃん、だッ‼」
グラップルで大艇を掴み、倉庫が崩れ落ちる瓦礫をすり抜ける。秋津洲は大空の下へと飛び出して行った。
「オノレェ‼秋津洲アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ………」
深海棲艦のような怒声も轟音に掻き消され、アカシは瓦礫と粉塵の底に消えていった。
“オカヘリナサイ、秋津洲殿”
「へへっ、大艇ちゃん、ただいま!」
自信の篭った笑顔で、水上機母艦秋津洲は、二式大艇に跨った。
「あ!大艇ちゃん見て見て。あのお花、とってもかわいいかも!」
眼下に咲くクロユリたちが、秋津洲たちを見送るように、風に揺れていた。