ショウカクから距離をとるため、浜岡たちは車を急がせていた。
戦闘地域に入ってしまわないように気を付けつつ、追跡されにくいようテキトーな角を曲がる。その度に、瑞鶴はバランスを崩して右へ左へと転がって頭を打った。
「いってて、もうちょっと優しく運転できないの⁉」
「すまない…しかし、困ったな。村から出てしまえばショウカクを撒けるかもしれないが、あんなのを市街地に連れ出せばとんでもないことに…」
『ガオンッ』
車が大きく揺れた。瑞鶴が肩をすぼめる。
「もう追いつかれt―(バシィイッ!バシィイッ!」
「きゃあ⁉」
天井から鋭利な刃物が差し込む。それは凶悪な白だった。
「大事なことを言い忘れていました」
冷たい声が流れてきた。
「『一般人を殺す趣味はない』と言いましたが。私の邪魔をする人には―瑞鶴を私から奪う奴には容赦しませんよ?」
「もうやめて!」
「大丈夫よ瑞鶴、すぐに助け出してあげるから」
今天井に刺さっている翼は二枚。つまり、ショウカクが次にとり得る行動とは―
(ダメだ、このままでは俺がアジの開きにされてしまうッ⁉)
必至になってショウカク弱点を考える。艦隊運営していた頃の記憶、空母翔鶴のデータベース―脳内の引き出しを掘り起こす。ふいにミラーに写る瑞鶴が見えた。窓の上の手すりにしがみついて、いつハンドルをきるのやら、と浜岡の手の方を凝視していた。それを見て閃き、確信する。
「ありがとう瑞鶴。君が頭を打ちまくっていたので、思い出したよ」
「はぁ?」
ハンドルを握っていた左手で、車の屋根を強く叩く。
「なぁショウカクさん。君、本当に翔鶴型航空母艦一番艦の翔鶴だよなァ?」
「…何が言いたいんです?」
「だったら、弱点も史実通りってわけだよなァ」
ショウカクは沈黙した、瑞鶴も首を傾げている。反応を見て、浜岡は溜め息を吐いた。
「ハァ…ダメなようだな。赤城や加賀なら、あっという間に気付いていたのだが?」
殺気が一気に強まる。そしてギシギシと音が聞こえてきた。浜岡は、ショウカクが残りの翼で運転席に狙いを定めているのを感じる。
「案の定キレたぜ、これだから一航戦に勝てねェンだ」
「ッ!」
翼は最大に振り上げられた。後は突き刺すのみ―まるで知っていたかのように、浜岡はハンドルを滅茶苦茶に振った。ショウカクが姿勢を崩す。
「翔鶴型航空母艦の弱点ッ、それは船体の細長さとトップヘヴィー故の横揺れだッ‼」
風に煽られる蝶の如くに、白い天使は乱暴に揺さぶられる。
浜岡はハンドルを振りながら、『あるもの』を見つけた。不敵に笑むと、助手席に置いてあった日向の太刀を掴んで背後に投げる。
「瑞鶴!俺が合図したら、今刺さってる翼を斬ってくれ」
「え、なんで?」
「やってみれば分かるさ」
ある一点を目指して、ジグザグに進む。ショウカクは、車に突き刺した二枚の翼のお陰で、尚も引っ付いていた。
「3…2…」
秒読みが始まったので、ワケが分からないまま抜刀して構える。
「…1…斬れ!」
「えいやッ‼」
日向の太刀は、見事に刃を砕いた。
ショウカクは今になって浜岡の策を見抜く。慌てて飛翔しようとしたが、バランスが取れないので、できなかった。咄嗟に車にしがみ付こうとしたが、瑞鶴が翼端を斬ったので、できなかった。そのまま意志とは反対の方へ、身体が中途半端に舞い上がる。
「クギュッ⁉」
絶叫をも許されず、マンションの外壁に激突した。車だけが、その地下駐車場へと滑り込む。
乱暴に車を止めると、瑞鶴が跳び出す。だが浜岡がそれを止める。
「まだだ、瑞鶴。彼奴はあの程度で再起不能になる奴じゃあない」
浜岡の言う通り、外のショウカクが今まさに起き上がろうとしていた。街灯に照らされた翼がギラリと光る。浜岡は強引に瑞鶴の手を引くと、エレベーターまで走った。
「頼む、来てくれッ」
ボタンを叩くと、運良くエレベーターが開いた。直ぐに入って、最上階のボタンを叩く。
「瑞鶴ゥ‼」
怒号が聞こえてきたので慌ててドアを閉める。隙間から純白の刃が数枚飛び込み壁に突き立った。
「おいおい、あの翼、ミサイルみてェに射出できるのかッ⁉」
「翔鶴姉…」
エレベーターはゆっくりと上昇し始める。
難を逃れたことに、二人は安堵の溜め息をついた。瑞鶴が顔を上げる。
「ねぇ、浜岡さん。これからどうするの?」
「そのまえに、一つ確認しておきたいことがある」
「なあに?」
「艦娘は同じ奴でもいっぱいいるが、あのショウカクは『君の知ってる』翔鶴で間違いないな?」
「うん、間違いない。頭につけて髪飾りが同じだったもん」
『髪飾り』と聞いて、浜岡は眉をひそめた。
「それなんだが、何か詳しい事は知らないか?」
「うん?あれは朝方に島風がみんなに配って回ってたの。私の分もあったんだけど、なぁんか恥ずかしくて、着けずに置いて来ちゃった」
「島風が?…そいつも頭に何か着けてなかったか?」
「いつものウサ耳だったわ」
シラツユライダーズ然り、戦艦キヨシモ然り、皆頭にカチューシャや角などが『刺さって』いた。それが、艦娘が艦娘を撃沈したりできるようになるキーになっていることが分かった。更にもう一つ、ショウカクから分かったことがある。
(艦娘はカチューシャによって『洗脳』されている?)
浜岡は顎に手を当てて唸った。
「やはり、あの髪飾りが原因か」
「どういうこと?」
「騒ぎの後、俺は二回、人を攻撃できる艦娘に遭った。それは皆、頭に何か着けていた」
「ということは、翔鶴姉から髪飾りを取れば、元に戻せるってこと?」
「ああ、しかし刺さっているから、抜くときに多少の出血があるが」
そう言ってズボンに付いた染みを指さす。気が付いていなかったのか、瑞鶴はギョっとしてツインテールを逆立てた。
「それと、ショウカクは『迎えに来た』と言っていた。多分、君にも髪飾りを着けて洗脳するつもりなんだろう」
それを聞いて、瑞鶴の顔から色が引いた。
「私…どうなっちゃうんだろう。深海鶴棲艦みたいになっちゃうのかなぁ」
「とりあえず、あの髪飾りを引っこ抜かない限り、どうにもならない」
「それなら、私の爆撃機で大破させt―」
「おそらく不可能だ。橘花の爆撃を受けても、傷ひとつついていなかったろう?」
「確かに…そういえば、橘花と景雲の小隊からの無線が通じないわ!もしかして」
「全滅した可能性がある」
「そんな…」
落胆する瑞鶴を尻目に、付け加える。
「それと、マジに命中しても、マズイ」
常に最悪のケースを考える―それが彼のやり方だ。瑞鶴は首を捻っていた
「艦娘同士で攻撃し合うのなら、大破で再起不能にさせて角を引き抜くだけでいい。しかし、あれが艦娘を深海棲艦に『疑似させる』ものだとしら…大破では済まないだろう」
表情が凍り付いた。下手に爆撃すれば、自らの手で姉妹艦を殺めかねないのだ。
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「創意工夫で乗り越える」
そう言って指を鳴らした。
「問題は『どのようにして接近するか』だ。そこで頑丈すぎる翼を利用する。まあ、内容はシンプルなものだが。まず、ショウカクが艦載機を放っていれば、それを撃滅する。次に、四方から集中的に爆撃して、翼でガードさせる。その間に俺が背後から近づいて、爆撃を止めた一瞬の隙に突撃、髪飾りを引っこ抜く。足音が爆撃の音でかき消されてしまうし、視界も翼と煙で遮られているから、無難だろう。要するに『硬い翼を破壊すれば、本体に攻撃ができると勘違いしている』フリをするってことさ。そこで―」
聞きながら頷く瑞鶴の肩に手を置く。
「君の艦爆隊が攻撃を止めるタイミングが鍵となる。頼めるか?」
「分かった、七面鳥じゃないってところ、見せてあげるんだから!でも…」
瑞鶴は視線を浜岡の手にある太刀に向ける。
「もし作戦が失敗して、私があんな風になっちゃったら…姉妹共々、お願いできるかな…」
しかし、浜岡は首を横に振った。
「瑞鶴、そいつは無駄な覚悟だ。君の艦爆隊なら、必ず成功する」
如何にもという風に肩を叩くと、徐に携帯電話を取り出して操作する。
「何してるの?」
「いいや、何でも」
エレベーターは最上階に到着した。二人は降りて屋上へと続く階段へと向かう。
浜岡はふと立ち止まって、言う。
「懐中電灯を取ってくるよ」
「いいけれど…懐中電灯?」
「目を眩ませたほうが、確実だろ?」
そう言って、目の前にあるお手洗いに足を向ける。
「あ、そうだ瑞鶴。暇な妖精はいないか?」
「え。まあ、応急修理要員とかなら…」
「それ、何人か貸してくれないか?」
「なんで?」
「お守りだよ」
「別にいいけれど…」
怪訝そうに応急修理要員たちを出現させて、手渡した。浜岡は礼を言うと、戸を開けて入って行った。
マンションの屋上―。
そこからは美舩村が一望でき、未だ消えぬ戦火も見渡す事ができる。赤く照らされた航空機たちも激戦を繰り広げていた。
偵察機代わりに烈風隊を放った瑞鶴は、無線を通じて艦載機と交信している。
「瑞鶴より戦闘機隊へ、翔鶴姉の居場所を報告して」
“了解。こちら一番機、パッケージ・シエラは加賀や飛龍と交戦中”
「分かったわ、マンション屋上まで誘導して」
“こちら二番機。浜岡殿の言う通り、艦載機を有している模様。赤や黄色、水色のオーラを放っております。機体の見た目は深海棲艦のではなく我々と同じなので注意して下さい!(紛らわしいぜ全く…”
「了解、じゃあよろしくね」
無線を切って、得物を空へと向ける。
「艦種風上、全機爆装‼天使の翼(アギト)を喰いちぎれッ、発艦は始めッ‼」
次々に矢が放たれ、火花を散らして航空機へと展開される。
「あれはッ⁉」
別の方角から、烈風の小隊が飛来する。
“こちら烈風601空から瑞鶴へ、貴殿に助太刀いたす”
「え?あんたたち、誰の艦載機よ⁉」
“大鳳です”
それを聞いて、浜岡の表情が強張る。
(今度はショウカクの髪飾りが狙いか?)
だからと言って断るわけにもいかない。頼れるものなら、藁にでも縋る―艦爆隊に合流する烈風たちを黙って見送ることにした。
“12時の方向、下から来ますッ‼”
水平線から純白の彗星が舞い上がり、闇夜に咲く。碧く冷たい眼差しが二人に降り注いだ。
「あら、瑞鶴ったらこんな所にいたの?逃げてばっかりじゃダメでしょう?」
「翔鶴姉、今助けるからね!」
ショウカクの翼の先端が、紅く染まっていた。異変を感じた浜岡が目を凝らす。
「ああ、これ?加賀と飛龍が生意気に攻撃してきたから真っ二つにしてやったの、うふふ♪」
「何…だとッ⁉」
「ん?…あら一般人、まだいたのですか?」
呆れたように首を傾げると、重力を無視するようにふわりと着地する。浜岡は抜刀して、構えた。
刀身に翠色冷光な瞳が写り込む。
「そうかそうか…私をナメてるってわけだ…うふふ…面白い彫刻にしてあ・げ・る♪」
口調が変わった―嫌な冷や汗が滲む。純白の翼が、前に倣えするように固定される。
「ここでもう一度絶望しなs―⁉」
『ドン!パンッ!ボゴン!』
彗星の爆撃が始まった。奴はすぐさま翼を展開して盾にする。
「艦爆隊!どんどん爆撃して!」
「翼を攻撃しろ!必ず破壊できる!」
「うっふふ♪やれるものならやってみなさい?」
空では流星の尾を引く艦載機の群れが、高度で理の有る烈風601空に続々と墜とされていた。制空権は確保されたも同然、ショウカクには爆撃の嵐が降り注ぐ―猛烈な轟音が連鎖する。純白の翼を爆弾の煙が覆いつくしていく。
「ッ⁉」
白刃の弾幕がバラ撒かれた―瑞鶴を庇うようにして太刀で叩き落とす。
「やるじゃない!」
瑞鶴は帰還した艦載機を素早く補給させながら、浜岡にサムアップしてみせた。
翔鶴は純白に身を包んだまま右へ左へと跳ねるも、瑞鶴の艦爆隊が確実に翼を叩いていた。体制を整える為に飛び降りたりしないので、ショウカクもここで決着をつける気なのだろう。瑞鶴は爆撃を終えた彗星や天山を格納しつつ、矢継早に爆撃機を射出していく。浜岡には、彼女の手が素早すぎて阿修羅に見えていた。
空を見ていた瑞鶴が突然叫ぶ。
「浜岡さん!上!」
見上げると、視界に赤紫のオーラを纏った航空機が飛び込んだ。
(九九艦爆―急降下爆撃かッ)
浜岡は慌てて航空機の視界から消えようと動く。すなわち、パイロットから見て下方に避ける。
『ショタタタタタタタタタタタタタタタタタ!』
爆撃ではなく機銃掃射―生存本能が、彼に太刀を構えさせた。銃弾は吸い込まれるように刀身に当たって反射される。それは見事に敵艦載機を貫いた。
『ブボボォォオオオォォォォォ…』
一瞬にして炎に包まれ、晩秋の蚊のように力なく落ちていった。
光を纏った艦載機は、もういなかった。浜岡が落としたものが最後の一機だったらしい。瑞鶴に合図を送って、駆け出す。ショウカクに近づくにつれて爆音も大きくなる。耳を潰されそうになりながらも、煙に向かって走った。ふと爆撃が止まる、翼が解ける―
「キィィィイイイイイイイイイイイイ‼‼‼‼‼‼‼‼」
鶴の鳴き声を十万倍したくらいの轟音が貫く。ショウカクの咆哮―浜岡は衝撃で倒れてしまう。直後、視界の真ん中に蒼ざめた瑞鶴が立ち尽くしていた。浜岡は混乱する。
「ッガァアア⁉」
背筋を激痛が走り、やっと状況を把握する。
「浜岡さん‼」
大理石のような袖が、彼を羽交い絞めにしていた。
「クッ離せッ!」
闇雲に後ろを蹴るも、ビクともしない。それは正に彫刻―髪飾りを取ろうにも手が上がらない。
「うふふ♪つ・か・ま・え・た♪」
その声にうなじが凍り付く。視界の端から絹のような髪が靡き、甘くも危険すぎる香りに包まれた。瑞鶴が弓を落とす。
「あなたがこうする事くらい、予測はしていたわ。そうよね、この翼は『超高速再生できるクラッシャブルゾーン』、破壊できるわけがないもの。近接戦闘に持ち込んで私の角を引っこ抜くしかないわ…ってあら?シャンプーのいい香り」
「…………」
手も足も出せないのを嘲笑うように嗅いでいる。
「味も見ておこうかしら」
「ッ⁉……」
「それにしても、こんな小癪な作戦、頭が七面鳥の瑞鶴には考えられないわ…あなたが入れ知恵したのでしょ?(ギギギィイイ」
内臓ごと雑巾のように絞られる。首を絞められているわけでもないのに、頭に血が上る。スッと奴が頬を摺り寄せてきた。そして、わざと瑞鶴に聞こえるような声で、言う。
「そうでしょう?佐世保第203部隊の浜岡さん?」
「え…浜岡さんって…佐世保の…ウソ…なんでここに…」
彼女の反応を見た翔鶴がクスクスと嗤い始めた。
「面白いわ、実に面白いわ…このクソ提督‼そうやって艦娘を助けようと戦っていれば、あの日の罪滅ぼしができるとでも思って?」
そう言いながら、袖の下からもう一つの髪飾りを出す。朱色の鹿の角と紅白の菊の飾り―ショウカクと色違いのそれを、茫然とする瑞鶴に放り投げる。
「瑞鶴、あなたがこれを頭に刺せば、コイツの命は助けてやるわ。ほら、早く」
角の根元から長い針が生えていない。装着したと同時に、『挿入』されるのだろうか。
「やめろ瑞鶴!刺しちゃあいけない!」
うふふ♪あなたは何も守れやしないわ。しっかりその目に焼き付けなさい、瑞鶴の頭がウイルスに『犯されて』いくのを…うふふふふふふふ♪」
「ウイルス⁉」
首筋に刀が添えられる―日向の太刀だ。ショウカクの咆哮で倒れたときに、ついでに取り上げていたのだ。
「ダメだ!瑞鶴!まだ艦爆が残っているだろ!俺を構わずコイツごと吹き飛ばせ!中破させれば、まだ見込みはある!助けられる!」
「でも、貴方が…」
「俺の事はいいから早く攻撃するのだッ!」
「何を言っても無駄よ?」
冷たい声が制する。
「瑞鶴…いや、艦娘なら攻撃できない、提督だったあなたには分かるでしょう?」
その言葉で、大鳳との会話を思い出す。一方で、ショウカクの視線は、再び瑞鶴に向けられた。
「これを着ければ…浜岡さん、助かるの?」
「ええ、そうよ。私のかわいい瑞鶴。早く私の元へおいで?」
「……瑞鶴、待て。そして翔鶴、一つだけ、質問させてくれ」
翔鶴の髪が揺れる。少し黙ってから、また頬に顔を寄せてきた。
「なぁに?浜岡提督。未練がましいオトコは嫌われるわよ?」
「なあ、あの角…妖精の力を使わずに艤装が操作できるようにする物じゃあないのか?」
「ご名答♪この角で私は艤装を手足のように操れるの。だから私は艦娘を殺せるし、勿論、人間も殺せるわ。折角あなたが仕込んだ妖精さんも、角の力で消滅したわ、ふふふ♪」
「何ッ⁉」
「なんでそんな事するの!翔鶴姉!」
瑞鶴が叫ぶ。
「誰がそんなものを―」
「ふふ♪誰が作ったかなんて教えるワケないでしょう?でも、この角は艦娘に生きる意味を与えてくれるわ…」
「「生きる…意味?」」
「そう、この角は、私たち艦娘に『戦争ができる力』を与えて下さったの。この戦いが終われば、世界中戦争ができる艦娘たちが拡がって、七つの海が再び赤に染まる…そう!艦娘たちは本来の使命を取り戻すの!これは艦娘の解放なのよ‼」
「そいつは違うッ!」
絶叫していた。瑞鶴は髪飾りを持ったまま固まっていた。
「深海棲艦が世界を蹂躙していた時、艦娘は戦争がしたくて戦っていたのか?いいや、俺の部隊の奴等は、そうは言わなかった。あいつらは『命を護るために生まれ変わった』と言っていた。かの大戦で、罪なき数多の人命が戦果に焼かれた、その無念を抱いて―深海棲艦に勝つよりも、民衆を護る事を一番に考えていた。そうやって、彼奴等は背水の陣でも出撃していった。躊躇なく、だ。人々に降り注ぐ火の粉を一つでも減らすために、自らの生命を投げ打ったのだ。あれは…あの志は嘘だったというのかッ‼」
刹那、空気が凍り付いた。ショウカクの声が、零れる。
「だったら、今の艦娘たちは何のために生きているの?目標もなく、深海棲艦から人間たちを守る使命も無き今、艦娘はどうして生きているの?……教えてよ、浜岡提督」
「………」
ショウカクの青白い顔が覗き込む、それはどこか、あの時の軽空母龍驤に似た瞳をしていた。浜岡は答えられずに眼を逸らすと、今度は瑞鶴の視線を感じた。同じ目の色をしている。そして、零した。
「そうだよね、翔鶴姉。私も生きている理由が分からないよ。やっぱり艦娘は、戦場でしか生きられないのかもね。結局、戦争が終わったらお払い箱。挙句の果てに、人々にバケモノ扱いされて、何のために守った命だったんだろうって思う事もあった」
しかし、瑞鶴は少し顔を上げて、微笑んだ。
「でもね、翔鶴姉。この村で暮らしていて、一つ分かったことがあったの。それは、三度の飯が食べられて、眠れるベッドがあって、友達がいれば、それでいいじゃん、ってね。もう、艦娘としての私たちは、終戦の日に死んだんだよ。艦娘としての生き甲斐とか、もう要らないんだよ。だから―」
「お、おい⁉」
その髪飾りを、頭に―着けた。
「よくできました♪」
ねっとりと、冷たく聞こえる。
「ウゴォォオオオ⁉イグゥゥウウ!アダマオガジグナッデ⁉アギャァアアアアアア⁉⁉」
奇声を発して頭を掻きむしり、のたうち回る。見る見るうちに、髪が灰色から褐色に変わる。
「瑞鶴ッ‼」
「うふふふ♪よく見ておくのよ?」
目を逸らさないように顎を掴んで固定される。
「ウギィ⁉(ブシャァアアアアアア‼」
漆黒の翼が、瑞鶴の背中を突き破る。白の着物は血で紅に染まる。
ズイカクは四つん這いになり、むくりと立ち上がって、浜岡を睨む。
「ッ⁉」
その瞳は金色だった。ショウカクの純白の輝きを目に集約したような眩しさだった。歯が軋むほどに喰いしばり、睨んでいる。
「そ…そんな……」
「うっふふふふふふ♪」
ショウカクは手にしていた太刀を捨て、両腕で身体をしっかりと固定した。そして、顔だけを浜岡の肩に載せて、命令する。
「私の可愛いズイカク。先ずはこのクソ提督の首を跳ねて頂戴?」
「ッ⁉」
浜岡は必至にもがこうとするも、大理石のように硬く抱かれて逃げられない。その間に、ズイカクの片翼が狙いを定める。
「うふふ♪」
天使の微笑みを合図に、翼が射出される―。
(最早ここまでか―)
諦めて目を閉じる。
『…ダカラ…セメテ…平和ナ…日々ヲ…守ルンダ―ッ‼』
―翼は、浜岡を貫かなかった。
「…なん…で…わ……t」
機械のような声で呟きながら、拘束していた腕が抜けて、雪女が融けるかの如く崩れていく。
「え?」
浜岡が振り返ると、眉間に黒刃の刺さったショウカクが倒れていた。白目をむいて痙攣している。困惑のあまり思考停止するも、直ぐにうめき声が聞こえて我に返る。
「瑞鶴ッ!」
彼女はフラつきながら一所懸命に抗っていた。浜岡は駆け寄る。
「は…まお…か…ざ…ん…はや…ぐ…ッ‼」
ゾンビのようにしがみ付かれたので、そのまま髪飾りに手を掛ける。頭を抱えて、一思いに引き抜いた。
「アギャアアア⁉」
キヨシモの時と同じく、霧のように血を噴き出す。黒い翼は抜け落ちると、地面で硝子のように割れた。だが、二本の脚で踏ん張って、浜岡を払いのけ、ショウカクの元に歩み寄る。
「翔鶴姉…今…助けるからね」
ガクンと膝から崩れ落ちると、惰性でショウカクの髪飾りを掴み、抜いた。眉間に刺さっていたそれは、ズイカクの翼が取れたと同時に効果を失い、霞となって消えていた。
浜岡はもう一つ髪飾りを拾い上げると、懐にしまった。
「ぬんっ!」
二羽の鶴の腕を両肩に回して、立ち上がる。翔鶴も瑞鶴も気を失っているようだ。二人を抱えたまま、階段を下りて行った。
「もしもし?ダ~リン?」
「スズヤか、遅いぞ。任務に何時間かかったと思っている」
「そんなに怒らないで下さいよ、得物で遊んでいただけじゃないですか」
「はぁ、全く……では状況を報告してくれ」
「はぁ~い♥」
「本当に始末したのだろうな?」
「もちろん。ちゃ~んと、この三天三刀で殺りましたよ。わざと村長の車に跳ねられて、か弱きJKのフリをして、誘惑したらイチコロ―だと思ったんですけどね…」
「問題でも発生したのか?」
「ええ、用心棒に神州丸を連れていて、それがかなり手強かったのです。村長の落とすまであと一歩というところでその小娘に見抜かれまして、そのまま砲撃戦に―」
「スズヤよ…ああ、スズヤよ」
「はい…」
「この任務は隠密にやれと言ったはずだ。だからお前に託したのだ」
「申し訳…ございません、でも―」
「まあいい。公衆にバレたとして、オレが何とかする。その力が、オレにはある」
「流石、私のダ~リン♥」
「それで、神州丸と古山村長はどうした?」
「村長は串刺し、神州丸は『秘奥・三千世界』で消しました。今頃、銀河の彼方に―」
「それでいい」
「ねぇダ~リン、なんで村長を消さなければいけなかったのですか?」
「古山…いや、村長は自国の利益しか考えていない。視野が狭すぎるのだよ。今や全世界が艦娘の軍事利用化に尽力している中で、その考えはいつか通用しなくなる。だから―」
「だから?」
「オレが世界最強の艦隊を作る。そして世界を掌握し、この世の全ての戦争を我がものとする。ビジネスや宗教の戦争を超越し、艦娘によって新たな秩序を創る。そしてオレは―」
『新世界の管理者(ゴッド)になる』
「そこにシビれる!あこがれるゥ!その世界で、私はダ~リンと―」
「浮かれるな、スズヤよ。今が正念場なのだ」
「はい!」
「今から横須賀へ向かい、邪魔者を排除してくれ。他の最上型にも、そう伝えてある。首尾よく頼んだぞ」
「承知しました、ダ~リン。スズヤ、永久にお慕いしています。ふふふふ♥」