なにやらチートのような体を手に入れたので楽しく生きたいと思います(願望) 作:nonose
ここは禁書庫。ロズワール邸のどこかに存在していているようで存在していない異界の場所。
そんな中で女が2人。片方は禁書庫の小さな番人であるベアトリス、もう片方は禁書庫に入り浸り挙句の果てには禁書庫で日を跨ぐ程のランサー。
お互いに会話は無く、ひたすらに本をめくる紙の音だけが禁書庫内に響いていた。
ナツキスバルに呼ばれ昼頃。エミリア達と多少話をしたあと、暇になったランサーはこうして禁書庫で本を読んでいるのだが、それもここに来て既に3時間程経過している。互いに会話が全く発生せず、喋ったとしても本の位置を聞いたりする程度。
そんな絶妙な空気がぬるく流れ、少しムズムズとし始めるベアトリス。ベアトリスからすればもっと、ランサーと話がしてみたいのだ。
何が好きで何が嫌いか、どんな本を読んでみたいのか、どんな本が気に入ったのか。些細なことでも何でもいい、話のタネになるのならそれでいい……けれど、いざ口を開こうとしては閉じ、結局いまでは本に目を落とすことしか出来なくなっていた。
そんな中、良くも悪くもそんな空気感の風通しを良くするように1人の男が禁書庫へ入ってくる。ナツキスバルだ。
「よーっす、今日の仕事も終わったから来てやったぜぇ……って、おいおい。何だ何だ随分と湿気た空気してんじゃん、どしたの?」
「いや別にそんなんじゃないと思いますけど。というか貴方、本当にいつも来るの唐突ですね。もう少し礼節とか無いんですか?」
蹴破るように禁書庫に入ってきたナツキスバルに対して、そう憤るランサー。静かな読書の時間を邪魔されたことで多少機嫌が悪くなっているようだった。
そんな怒りも程々に呆れたようにノックをしろと、ポーズを取ってみるランサーに苦虫を噛み潰したような顔をするナツキスバル。
「そんなこと言ったってなぁ、禁書庫への扉って意外とすぐ開けないと次の扉に行っちまって面倒なんだよ。ノックとかやってる暇ないわけ」
ランサーへの発言に、仕方なかったんだと弁明する。
「誰もお前のことを入れようと思ってないからかしら。何しに来たのか知らんけど、さっさと帰ってくれなのよ」
「俺いま来たばっかなのに酷くね? 男は除け者的なやつ? やだ俺寂しい、もっと輪に入れてくれよー」
「誰がお前なんかベティー達の輪に入れてやるかしら!? 気色悪いったらないのよ! 目障りかしら、さっさとどっか行って「あぁ、すいません彼呼んだの私です」…………まあ少しくらいなら許してやらんこともないかしら」
「ラムもそうだけど、なんでこんなに扱いに差があんの俺たち?」
「人望?」
「俺にはないって言いたいわけ!?」
「……どちらかと言えば無い側では?」
「ドストレートに人が傷つくこと言うのやめない!? 俺心はガラスだから! 繊細だから! 優しくして!?」
「無理して今朝、自室で吐いてましたしね。精神面が弱いのは知ってます」
「…………見てたのかよお前」
「まあ風が噂を運んで来てくれたんですよ。無理しないようにしてくださいね、心配とかではなく普通に私に迷惑掛かるので」
「いや分かってるわかってる。ちょっとは気ぃ抜くから……まあその点で言えばベア子図書館は息抜きになるんだよな。まあ本しかないのは、落ち着かねぇけどな」
「人の禁書庫を休憩所扱いするんじゃないかしら。そもそも本を保管する場所で他のものがある方がおかしいのよ」
「そりゃそうか。んで、あんまりこっちの幼女には歓迎されてないスバル君ですが、何用で? 」
「先日話したことについてです。呪いの件について」
「あの衰弱死させるヤツな。アレに関しちゃもう検討はついてるから、あとは解除方法だけって話だったよな?」
「それについては彼女が出来るそうなのでお願いしようかと」
「んな!? 聞いてないのよ!?」
「ダメですか?」
「……ん、んぐぅ。ま、まぁ構わんかしら」
普段は態度の大きい禁書庫の守り人も、ランサーの前では型なしであった。
「でまあ、話を続けますが呪いの解除自体は簡単に出来るという話でしたよね」
「まあ、1個2個程度の呪いなら簡単に解いてやれるかしら。気を付けるべきことが強いてあるとするなら、複数からの同時に呪いを付けられた場合の話かしら」
「ていうと?」
「…………んん、呪いというのは対象を縛るような紐みたいなものかしら。効果を発動させる時は、こうギュッと絞めて対象を死に至らしめる。簡単な話なのよ、紐だって幾重にも巻かれていたらどこから解けばいいのか分からなくなる。それでもまあ時間があればどうにか出来ないこともないけれど、それを待つほど相手も考え無しじゃないのよ」
「呪いをかけてくる呪術師が1人じゃなかった場合が最悪ってことか……」
「そういうことなのよ」
「少し質問良いですか?」
「どうしたのよ? 何でも言ってみるといいかしら」
「あぁ、はい。もし、呪いの発動前に呪いを掛けた術者を殺害した場合呪いはどうなるんですか?」
「その場合は呪いだけが身体に残るかしら。発動し損ねた術式だけが身体に染み込んでいく、まあ発動させる術者がいないから実質解けてるようなモンなのよ」
「最終的には殲滅が早い可能性がありますね。呪いを掛けられた対象が分かった時点で急いだ方が良さそうです。これに関しては検討が着いているんでしたっけ?」
「ああ、そこらへんはバッチリだ。夕方頃にまた帰ってくるからそんときは、よろしく頼むぜベア子」
「その呼び方で呼ぶんじゃないかしら。まったく、ベティーのいも……うんん、こいつからの頼みじゃなかったらやってやらないとこだったのよ」
「芋?」
「うるさいかしらっ! 用が済んだのならさっさと出ていくのよ!!」
「おわぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれって! 言われなくても出るから。たく、当たりが強い幼女だぜ。じゃあランサー、結果はあとでまたぁ……て言ってもお前ずっとここに居るか」
「そうですね。屋敷を回っても面白いことは無いですし」
「おーけーおーけー。じゃあ帰ってきたらよろしく頼むわ」
「考えときましょう」
「そこは、了承してくれ?!」
1人騒がしい男が禁書庫から姿を消していき。またここでは2人だけの空間へとなってしまった。
ナツキスバルからの対応に対して怒っているのか、プンプンと擬音でも宙に浮かんで見えそうな様子のベアトリス。それを見て少し嗜虐心が湧くランサーは──
「…………ベア子」
「………………っ!?」
──ちょっとナツキスバルと同じ呼び方をしてみた。
面白いくらいにビックリして目を見開いて固まるベアトリス。手に持っていた本でさえ落として拾う姿勢を見せないほど、どうやらショックを受けているようだった。
「失礼。ちょっと呼んでみたかっただけです」
「……い、いいのよ別に。も、もう少しベティーに敬いを持って欲しいところだけど」
「呼び方……ふむ」
ランサーはいままで人の名をまともに呼んだ記憶が摩耗して抜け落ちている故に、この場合何と呼べばいいのか最適解が分からない。
敬うべきなら、ベアトリスと呼び捨てにするのはまずダメだろう。かといってベティーの愛称は、流石に距離感が近すぎるように思えてしまう。ベア子は論外だろう。
そこまで考えた結果ランサーが1つの回答に辿り着く。
「ベアトリス様?」
「……………………ベティーでいいのよ」
「無難に様付けしてみましたけどダメでしたか。それにその呼び方ちょっと距離感近くありません? そんなに心を許してもらえてたとは思わなかったんですけど」
「いいのよ別に。お前には許してやるかしら、代わりにお前の名前を教えるのよ。あの半魔の娘にも、さっきのプンプンうるさい虫にも教えてないみたいだけど、今回の手を貸す代償くらいにはなるかしら?」
「名前……名前ですか。あー、困りましたね」
「……? まさか、自分の名前が無いだなんて言わないかしら?」
「いや、あった気がするんですが……。ここ最近記憶がどんどん薄れていっているというか、なんというか。よく思い出せないんですよね」
「記憶が、薄れていってる……? まさかっ……!」
「いや多分貴方が思い浮かべてる理由じゃないと思いますよ。多分代償みたいなものだと思うんで、とりあえずはランサーで通しといてください。思い出したらまた伝えます」
「……記憶がないっていうのは、どこまでの話なのかしら」
「んー、王都でエミリアに会ったこと……とかまでは覚えてるんですが。それ以前はさっぱりですね、まああってもなくても困らないでしょうし良いです。こっちに来てからの目的だとか思想だとか意思だとかは、まあ残ってるので」
「さっき言ったかしら」
「なんです?」
「無理は……しないで欲しいのよ。辛かったら言うかしら、手を貸してやらんこともないのよ」
「…………私が思ってたより気に入られていたみたいですね。感無量です有り難いことこの上ない。ははは、まるで妹が出来たみたいです」
「ベティーが妹!?」
「まあほら、小さいですし」
「ベティーの方が歳上なのよ、だから言うならベティーがお姉ちゃんかしら」
「そんなのわかんないじゃないですか。前の記憶がないんですから、もしかしたら私の方が歳上かもしれませんよ?」
「いーや! それだけは絶対にないかしら!」
「いや、めちゃめちゃ言い切るじゃないですか。別にどっちでも構いませんけど、貴方……あー、ベティーを姉と慕うのはちょっと絵面的にチグハグさがあり過ぎるんじゃないんですかね?」
「うぐぐぐぐぐ……」
「うわー、スッゴイ不服そう。なんでですか」
ランサーの意見が気に食わなかったベアトリスは、自分の意見は絶対に曲げないという強い意志が読み取れるほどの表情をしており、これにはランサーも白旗を上げざるを得なかった。
◆
「よーっと、ナツキスバル帰還! ベア子〜見てくれ〜……って何してんの?」
「わかりません」
外から帰ってきたナツキスバルの目の前に、ランサーを膝枕し頭を撫でるベアトリスの姿が映る。
まあ、女性同士そういうシチュエーションもあるだろう、ただ……幼女が俺よりも歳が上であろうランサーを膝枕している光景は何とも言い難い不格好さがある。とナツキスバルは思っていた。
「なるほど、ここにキマシタワーを建設するべきか。おねロリかァ……悪くない……」
「言ってる意味がほとんど理解できませんが、ちょっと不愉快ですね」
「すまんすまん。んで、本当に一体全体どういう状況よコレ? 俺どうしたらいい?」
「……気にしないでください。ほら、ベティー帰ってきましたよ」
「分かってるかしら。ほら、こっちにさっさと来るのよ」
「えぇ……なんで急にそんな距離感近くなってんだよ……俺にも好感度アップイベントくれよ。まあ、いまはそれどころじゃねぇな。見てくれベア子」
「たく、昨日の今日で本当に呪われとは到底思えないけれど……仕方なく、仕方なーく!! 見てあげるかしら」
「おう、よろしく頼むぜベア子様」
「調子狂うったらないかしら……」
ランサーを膝枕しながらの、そのベアトリスの発言に、調子を狂わされるのはこっとの方だよ……という言葉は口から出さず心の内に秘めておくことにするナツキスバルだった。
「……本当にあるかしら、まさかただの与太話か何かだと思っていたけれど……まあこれくらいなら簡単に解いてやらんこともないのよ」
「お、おぉ……本当になんでここまで待遇が違うのか……流石にあんまりだぜ。そんなことより、だ。ベア子、呪いの出処はどこだ」
「そう急かすんじゃないのよ……そら、そこにもう出てるのよ」
ベアトリスが指差す。その先には、ナツキスバルの左手だ。そこからは黒いモヤのようなものが漏れ出ていた。
「これが呪い、ですか。よいしょっと、失礼しますよベティー」
「あっ、ちょっ……もう」
ベアトリスからの膝枕から離れたランサー、それに対し名残惜しそうな表情と顔を見せるものの、無為に止めようとはしないところに、自身の妹を可愛がりたいけれどまだ無理強いをして嫌われたくない幼さが垣間見える。
「私にもよく見せてください」
「おっ、おぉ……ちょっと近いな、おい」
「何か問題でも?」
「いや、俺はエミリアたん一筋だからな大丈夫。いくら顔が良くても中身は、あの腹狩り女に渡り合えるゴリラだって知ってるからな……」
「私じゃなかったら世の女性に貴方殺されてますよその発言」
「口が滑っちまった、今後は気をつけるようにします。んで、どうよ見た感想は?」
「個人的な感想でもいいですか?」
「まあ発動するまでにゃ時間あるだろうしな。俺は構わねぇぜ」
「まあ、正直私ならこの程度の呪いなら効かないか、付与されたとしても自力で解除出来そうだなとは思いますね」
「マジ? じゃあベア子いらねぇじゃん」
「人にわざわざ頼っておいてその言い草はなんなのよ!? 不遜にも程があるかしら!!」
「私に関しては何となくそうだろうな……という直感だけです。それに自身のものは解けても他人のは解けません。そのうち出来ないこともないでしょうが」
「ふふん、ベティーがそれに関しては太鼓判を押すかしら! 呪いに関してはまず間違いなくランサーには効かないのよ……効かないというには少し語弊があるけれど、まあ似たようなもんかしら。お前のその身体から漏れ出る臭気、それすらもこの子がいれば多少はマシになってもいるし。基本的に、呪い全般。それに加えて魔法も効きづらいみたいなのよ……加護の影響か何なのか、詳しくは分からないけど」
「すげぇすげぇとは思ってたけど、いくらなんでもチート過ぎません……? 俺との格差よ。てか臭気? 急いで帰ってきたからか……!? 臭うのか俺!?」
「多少汗臭いですけどそういう意味ではないでしょ」
「そうなのよ。もっと気を使うかしら臭いったらないのよ」
「え? どっちの意味? それはどっちの意味なんだ!? 汗臭い方じゃねぇよな!?」
「またはその両方」
「やめてー!! 思春期な男の子の心が女の子二人に臭いとか言われんのすげぇ傷つくからぁー!!」
「むぅ、ランサーは早くそいつから離れてベティーのところに戻ってくるのよ」
「あっ、はい。よいしょ」
「いや、いまのいままで流してたけどさ。マジで何があったらそんな急に仲良くなんの? 怖ぇよ……てか呪い解いてくんね?」
「まあ成り行き……?」
「呪いは解いてやるからさっさとどっか行くかしら」
そう言うやいなや、ナツキスバルの右手から漏れ出る黒いモヤを払うように握りつぶす。体感ではよく分からないがこれで呪いが解けたのだろう。
そう思いながら、自身の手を見る……呪いの発生源。それはまさに────
「……しっ、ありがとなベア子。ランサーも」
「まあ私は何もしてないですよ」
「盛大に感し……わぷっ!?」
「おぉおぉ、本当にありがとなー! ベア子〜!」
「あ、頭を撫でるのはやめるかしらァ!?」
「おっとと、このまま幼女の頭部を手慰みにワシャワシャしててもそれはそれでいいが、先に俺はやらなきゃならんことが出来た。てことで、行ってくるわ」
「はい、お気を付けて。死なない程度に死ぬ気で頑張ってください」
「…………いや、何となく分かってたけど手伝ってくれたりはしな「しないですね」……ですよねぇ」
「なんの事だか知らんけど、ランサーはいま私の膝かけかしら。勝手に連れていくのは許さんのよ」
「あー、はいはい。分かってるわかってる。たく、何でこんな百合が突然発生しちまってんだか」
「あぁ、代わりにラムかその妹を連れて行っては?」
「まあそれは本人たち次第だわ。じゃあ行ってくるぜ」
「健闘を祈る」
「なんか急に膝震えてきたけど、ま、任せとけぇい!!」
そう言いながらドタドタと禁書庫から出ていくナツキスバルであった。
「大丈夫ですかねぇ」
「さぁ、知らんのよ」