「よーしお前ら! 試合じゃねえのが残念だが、のび太の奴がホームラン級の当たりを3回も出した事は素直に称賛するべきだろう。それでだ、今日は奮発して俺が祝ってやるぞ!」
「「「え!?」」」
「お祝い……? 何をするのかしら?」
「うーん……何だろう? 分からないや。でも、お兄様が褒められるなら何でも良いかな!」
「まあ、そうね」
そうして、かなりの上機嫌でジャイアンが野球場に残っていた全員に言った事とは、のび太が練習であるとは言えホームラン級の当たりを3回も出した事に対する称賛と、お祝いをしてくれると言うものであった。
ホームラン級の当たりを出した本人だけならまだしも、この場に残っている全員をまとめて祝うと言う事は今まで一度たりともなかったため、のび太とドラえもんとスネ夫の3人はほぼ同時に驚きを表した。レミリアとフランはお祝いとは何をするのだろうと不思議に思いつつ、何であろうとのび太が褒められる事自体は大歓迎であるようだ。
「それで、ジャイアン? 僕にお祝いって……何するの?」
「ほら、野球を長時間やって疲れて腹減っただろう?」
「言われてみれば……ん?」
「だからな、俺が腕によりをかけて
「「「あっ……」」」
その時、驚きから復帰したのび太が自分へのお祝いに一体何をやってくれるのかとジャイアンに聞くと、長時間の野球遊びでお腹も空いただろうからシチューを振る舞ってやるとの答えを聞き、思わずあっと言ってしまう。側でそれを聞いていたドラえもんとスネ夫も同じ反応をほぼ同時に示した。
レミリアとフランは一時的に他の3人の反応の意味が分からなかったものの、少し経ってからジャイアンの作るシチューの味がもはや食べ物とは言い難い食べ物であると、しずかちゃんの家でそう聞いた事を思い出して顔が強張った。
「ねえ、お兄様。ジャイアンのシチューって、あれだよね? 物凄い臭いに、猛烈に不味くてとても食べられたものじゃないって」
「そうだよ、フラン」
「どうするの? 何とか逃げられない?」
「ごめん。ジャイアンがああなったら止められないんだ……まあ、隙を見てドラえもんのひみつ道具で何とかこの事態を切り抜けられるはずだから、我慢して欲しいんだ」
「そっか……分かった。お兄様が覚悟を決めたのなら、私も頑張る」
ジャイアンが何かしら話をしている間にフランがのび太の耳元まで近づき、改めてシチューの事について聞いてから、それを食べずに何とか逃げられないかと相談を持ちかける。しかし、こうなったジャイアンを止める術はないとのび太が答えた事で、フランも腹をくくってシチューに立ち向かう事を決めた。いざとなればドラえもんのひみつ道具があるため、何とかなるだろうと言うのも大きかった。
「と言う訳だってさ、お姉様。お兄様も頑張るって言うから私たちも頑張ろう。ドラえもんも居るし」
「分かったわ。それにしても、のび太たちがあれほどまでに嫌がるジャイアンシチューって、一体どれだけ猛烈なのか正直気になるわね。まあ、食べたくはないけど」
のび太とのひそひそ話を終えた後、次にフランはレミリアの耳元まで近づき、この状況からは逃げられないからジャイアンの家までついていき、何とか頑張ろうと言う話を始めた。そうしてフランから話を聞いたレミリアは、みんなと一緒にジャイアンの家まで向かう事に同意した。
スネ夫は最後まで渋ってはいたものの、ジャイアンの無言の説得により心を折られ、今にも死にそうな顔をしながら話に渋々同意し、これで全員がシチューを食べに向かう事に決まったため、家へと歩みを進め始めた。
道中、ジャイアンが1人上機嫌のまま他5人の少し先を歩いていくのを確認したレミリアが、周りに気付かれないように遮音結界を自身を含めて5人を覆うと言う行為をした後、口を開いた。
「さてと、これで普通の話声程度の音なら遮断出来るから、ジャイアンにこちらの話は聞こえないわ。だから、これから如何にして地獄のシチューを穏便に乗り切るか話し合いましょうか」
「……レミリア、その魔法って仮に僕がこの場で本気で叫んだとしても、周りには聞こえないのかな?」
「ええ、そうよ。だから、仮に本人が聞いたら激怒するような聞くに堪えない事を叫んだとしても、その程度なら一切この結界外に漏れる事はないわ。リサイタルレベルでなければね。だから、もし不平不満を大声で叫びたいと思っているのであれば、叫んでもらっても大丈夫」
どうやら、ジャイアンに気付かれずに襲い来るシチュー地獄をどうやって穏やかに乗り切ろうかと言う話し合いをするため、この遮音結界を張ったとの事らしい。レミリアの話を聞いたスネ夫が、その魔法は内部でどれだけ大声で叫んでも周りには聞こえないのかと質問する。
それに対してレミリアは肯定の意を示した後、もしも不満を大声で叫びたいと言う欲求があるのであれば、ジャイアンの家につくまでに言っておけと勧めた。すると、堰を切ったかのようにスネ夫の口から、今まで溜め込んだ不平不満が出て来て、全員が思わず引いてしまう。しかし、スネ夫がその不平不満を言い終えるまで誰も止めなかった。
「ふぅ……スッキリしたよ。それと、皆ごめん。せっかくの話し合いよ時間を無駄にして」
「……僕は気にしてないから大丈夫だよ、スネ夫君」
「まあ……本人に言えないからこの場で不満を言う。僕もスネ夫の気持ちは分かるよ」
「そんなに不満があるのに、お友達やってるのも凄いなぁ……きっとジャイアンには、そう言う欠点を凌駕する良い所があるんだね!」
「まあ、そうでしょうね。それと、もう不平不満は言わなくても大丈夫かしら?」
「勿論、スッキリさせてもらったから大丈夫だよ」
「分かったわ。じゃあ、改めて話し合いを始めましょう」
不平不満などをスネ夫が言い始めて十数秒経った頃、心に秘めていた事を全て言い終えてスッキリしたらしく、全員に向けて時間を無駄にしてごめんと謝罪の言葉を口にした。しかし、謝られた全員は引いてはいたものの怒ってはいないようで、各々同情したり気を遣ったりする言葉をかけてあげていた。
そうして、スネ夫が落ち着いたところでレミリアが全員に声をかけて、改めて話し合いを始めた。最初に出たのは、ジャイアンの作るシチューを食べずに気分を損なわせない方法はないのかというものであったが、それは無理難題過ぎるため却下となる。
次に出たのは、レミリアやフランの魔法でシチューの味が何とかならないかと言う話であるが、そんな都合の良い魔法はないと2人が言い、この話も流れていった。レミリアがフランとある事をするために必要に迫られて必死に会得した遮音結界が、リサイタルを都合良く防いでくれると言う、似たような事態はそうそう起こらないと理解しているためだ。
魔法でどうにかする案が流れた後も話し合いは続くものの、これと言った対策が出て来ない。そう言っている間にもどんどん目的地へと近づいていく上に、上機嫌で何か考え事をしているジャイアンが自分たちの話し声などが全く聞こえない事に気付き、遮音結界の範囲内に入ってくる可能性もある。
今のところは大丈夫だが、仮にそうなってしまえば話し合いは強制中断と言う事になってしまい、対策が全くないままシチューを食べる羽目になってしまう。それだけは避けたい。
「ジャイアンシチューを食べずに乗り切るのは不可能、魔法にも食べ物の味を変える都合の良いものはない。そうなると、僕のひみつ道具で何とかするしかないけど……あっ!」
そんな感じでどうするかと全員が悩んでいると、突然ドラえもんが大声をあげたため、周りで聞いていた4人が反射的に驚いてしまうと言う事が起きた。
「ドラえもん……どうしたの? 急に大声なんか出して」
「のび太君、ジャイアンシチューをこの世の物とは思えない程美味しくするひみつ道具があったのを思い出したんだ! 『味のもとのもと』って覚えてる?」
「味のもとのもと……そう言えば前に1度使った事があったっけ。確かにあれを使えば、どんなに不味い料理でもとても美味しく食べれるようになるね」
驚いた4人の中でいち早く驚きから復帰したのび太が、突然大声をあげたドラえもんに対してどうしたのかと問いかけると、ジャイアンシチューを美味しくするひみつ道具の存在を思い出したと言った。そのすぐ後本当にそんな道具があるのかと、レミリアとフランがドラえもんに問いかけたため、実物を見せつつ詳しく説明をし始めた。
どんな料理であろうと適量をかけるだけで食欲をそそる匂いが漂い、なおかつ味も非常に美味しくなる『味のもとのもと』と言うひみつ道具である。流石、未来と感心する程効果は絶大で、普通に食べれば不味いでは済まされないレベルのジャイアンシチューでさえ、おかわりを求めたくなる位に美味しくなる。
しかし、中身を全てふりかけてしまえばそのかけた物が
「そんなものがあるなんて凄いわね。と言うか、これを人に丸ごとかけると人にすら同じような効力を発揮するって……未来の世界の人間は、何でこんな危険物を販売……まあ、きっと対策はしている事でしょうけど」
「と言う事はさ、お姉様。もしも、私たちの目の前でそう言う事故が起こったら――」
「フラン。現実になったら洒落にならないし、そう言う話に耐性がないのび太たちが居るのよ。だから、止めておきなさい」
「あ、確かに!」
ドラえもんからの説明を全て聞き終えた後、2人はこのひみつ道具に対する認識を180度転換し、まかり間違っても適当に扱う代物ではないとの見解を示した。ただ、実際に使用したのび太たちがこの場に居るため、極度に恐れてはいないが。
ジャイアンシチューを乗り切る案が出た後は、フランが味のもとのもとを人にかけてしまった場合に起こりうる出来事を話そうとして止められたり、そう言った対策をせずに食べてしまった際の経験談などを聞きながら、レミリアとフランがドン引きするなどしながら歩みを進めた。
「お姉様。あれがジャイアンの家だよ」
「あら、そうなの? じゃあそろそろ、結界解かないとね」
そうして歩いていた時、5人の目の前に目的地が見えてきたため、レミリアが遮音結界を解いて先を行くジャイアンの近くまで駆け寄り、うっかり本音が出ないように笑顔を作った。
「今日は母ちゃんも父ちゃんも久しぶりに出掛けてて夕方まで居ないから、存分に楽しめるぞ!」
「ええ、楽しみにしてるわ。色んな意味でね」
「お兄様、頑張ろうね……」
「そうだね、フラン」
「ああ、シチュー楽しみだなぁ……」
「ふぅ」
しかし、隠しきれない本音が滲み出てしまったが故に全員の笑顔が若干ひきつっている上、良く聞けばとても楽しみにしているとは思えない言葉を、家に入ってキッチンの隣にあるリビングに案内されている時に出してしまった。ただ、ジャイアンはそんな5人の様子を怪訝に思いながらも気にしない事にしたらしく、そのままキッチンへと向かい、シチュー作りを始めた。
「ただ、これをジャイアンに気付かれず、シチューに振りかけるのがなかなか難しいんだよね……」
「なるほどね。彼とて自分が腕によりをかけて作った料理に何か入れられたら不快でしょうし。ただ、申し訳ないけど紫色に変色した謎の物体を食べさせられたくはないから、遠慮無くひみつ道具は使わせてもらうけれど」
「……そうだね、お姉様」
戸を気づかれない程度にそっと開け、ジャイアンの様子を覗きながらひそひそ話を5人でしていると、そこから見える鍋から禍々しい紫色の湯気が立ち上ぼり始めるのを確認した。同時に居間まで何とも言えない匂いが漂ってきて、もろにその匂いを嗅いだ5人は戸をすぐに閉め、雰囲気が沈んだ。
「彼のリサイタルも相当だけど、料理までこの領域に達しているなんて……」
「お兄様たちがここまで嫌がる理由が私、良く分かったよ。確かにこれは、本当にもう……」
特に、話し自体は聞いていたものの、この身で体験するのが初めてであるレミリアとフランの受けた衝撃は凄まじかったようで、のび太とドラえもんとスネ夫を超えるくらいの反応を見せていた。
そんな雰囲気のまましばらく居間で待っていると、食欲をあっという間に消し去る匂いのする紫色の湯気を放つシチューが入った皿を持って、ジャイアンが入ってきた。距離が離れていても相当キツかった匂いが更にキツくなったが故にレミリアとフランから感情が消え去って無になり、何度か経験しているのび太たち3人ですら顔を青くした。
「出来たぞ。こいつが俺様特製の――」
そうして、ジャイアンがレミリアとフランの前にシチューの入った皿を持っていこうとした時、何もないところで足を取られてしまったのか、豪快に転んでしまった。当然、手に持っていたシチューは2人に向けて飛んでいき……
「「え?」」
2人は反射的に腕で防御したものの、防ぎきれなかった分は顔へとかかってしまった。シチューの熱さは吸血鬼特有の高い耐久力であっさり耐え抜くものの、流石に匂いと猛烈な味には耐えきる事は不可能であったようで、声にならない声をあげて悶絶してしまった。
その様子を見て、のび太は咄嗟に2人の顔にかかったシチューをハンカチで優しく拭い、大丈夫かと呼び掛ける。その問いに対してレミリアは顔を青ざめさせながらも頷き、フランはシチューの味や匂いによるダメージが大きかったものの、のび太がほぼ付きっきりで心配してくれている事が嬉しかったらしい。レミリアよりも早く悶絶から復帰し、元通りの笑顔を見せるまでになった。
「……2人とも、俺の不注意のせいで本当にすまなかった!! この通りだ、許してくれ!! 何なら1発……」
「良いわよ、そこまでしなくても。貴方が心の底から反省してるってのは分かってるから」
「私も、良い思い出来たから許す!」
汚れた服や床、部屋の中に漂う匂いはドラえもんの出したひみつ道具によって完全に解決された後、ジャイアンは改めてシチューを持ってきた。今度は慎重になったらしく鍋ごと机の上にゆっくりと置き、それから全員分の皿を持ちに再びゆっくりとキッチンへと向かっていった。
それを好機と見たドラえもんは味のもとのもとを鍋の中のシチューにかけ、急いでポケットにしまう。すると、その瞬間から先程までとは比べるのもおこがましいくらいの、とても美味しそうな匂いが漂い始め、期せずして元の味のシチューを食べる事となってしまったレミリアとフランは衝撃を受けた。相変わらず紫色の湯気は立ち上っていて、シチューの色も同じく紫色ではあるが。
「うん! すごく美味しいね、これ!」
「本当、これ程までとは……流石ね」
「そうか……喜んでもらえて、本当に良かったぜ」
ゴタゴタが解決した後は、味のもとのもとによって絶品料理と化したジャイアンシチューを食べながら全員で楽しく他愛もない話をしたり、余興でリサイタルを開こうとしたジャイアンを必死にドラえもんとスネ夫が上手く止め、代わりにレミリアとフランが魔法を使った余興を披露するなどして盛り上がった。
「おっと、夕方か……」
「本当だ。じゃあ、そろそろ僕たち帰らなきゃ」
「そうだね! 今日はありがとう!」
「おう! また気が向いたら来てくれよな!」
そうしてジャイアンの家で夕方まで遊び尽くし、何だかんだあったものの最終的には皆笑顔で家へと帰り、1日を終えた。
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