「――ア、アーチャー? セイバーじゃなくて?」
アーチャーは遠距離攻撃を得意とするサーヴァントのクラスだ。しかし、今目の前に立っている織田信長(?)は腰に帯刀こそしているものの、弓や銃などの遠距離武器は一切持っていない。
「そうじゃ、ほれ」
アーチャーが指をパチンと鳴らすと、一丁の火縄銃がポンと空中に現れる。
「ほら、わしの有名な逸話と言えば長篠とか桶狭間じゃろ? じゃからアーチャーやライダークラスの適性が高いのじゃ。後は比叡山とか第六天魔王的な意味でバーサーカーもかの。ま、だいたいどのクラスにもなれるんだけどネ!」
アーチャーは織田信長とは思えないかわいげのある声でガハハハハと高笑いを上げる。
「……アーチャー、一つ質問いい?」
「ん、なんじゃ?」
「……無礼を承知で質問するのだけど、アーチャーって本物の織田信長なの?」
「……」
アーチャーの高笑いが静かに止まる。そして表情が一気に、重苦しいものへと変化する。
「……そなた、わしは織田信長ではない、と言いたいのか?」
アーチャーの声に先ほどまでの愛くるしさはなく、冷たい視線がジッと私を見つめている。
「い、いや、そういう意味じゃなくて、織田信長って後世では男ってことになってるから……」
「……」
「……ごくり」
アーチャーと私の間に、まるで時が止まったかのような静寂が流れる。
「……ま、あの織田信長が女だった、となれば無理もないかの」
さっきのシリアスはどこへやら、アーチャーは再びガハハハハと高笑いしながら、私の肩をポンポン叩く。
「いいかマスター。英霊界ではこういう事は日常茶飯事じゃ。わしの場合はモノホンの男信長もいたりいなかったりするのじゃが……ん、モノホン信長? 何を言っとるんじゃ、信長はわし一人に決まっとるじゃろ? ……だめじゃ、召喚されたばかりのせいか記憶が安定せん。ただこれ以上思い出さぬほうが身のためな気がするのじゃ……」
――英霊界って、難しいのね。
「ま、わしがそなたのサーヴァントであることに変わりわない。よろしくの、マスター!」
アーチャーは右手を出しながら、少女のように愛くるしい満面の笑みを浮かべた。
「――で、今後の方針はどうするのじゃ?」
「方針?」
あらかじめ用意しておいた夕食を食べていると、ソファーに腰かけたアーチャーがテレビのバラエティー番組を見ながら言った。
「戦を行うにおいて、重要なのは長期的な戦略じゃ。例えば、遊撃するのか籠城するのか、どちらの策を取るかで明日からの行動は大きく変わる」
「……うーん。取り敢えず、日常生活を続けながら後は流れでってことぐらいしか考えてなかったわ」
「……つまり、計画なしってことじゃな」
「……すみません」
アーチャーは大きなため息をつくと、いつの間にか冷蔵庫から取り出していたペットボトルのコーラと同じく棚に閉まってあったポテチを食べ始める。
「……ま、最初のうちはそれでも何とかなるじゃろ。……どの道他のマスターとサーヴァントの偵察もせねばならんしの」
「……そういえば、もし私が学校に行ったとしたら、その間アーチャーはどうするの? その格好で街中をうろつくってわけにもいかないし……」
「そこのところは安心せい。マスターに何かない限り、基本的に日中は霊体化しておくつもりじゃ。その方が、魔力の消費も抑えられるしの」
アーチャーの肉体が粒子となり、姿が完全に消える。しばらくすると粒子が集まりアーチャーの肉体が再構成される。
「こんな感じにの。わしは明日街を偵察するつもりじゃ、学校のような人目の多い場所で白昼堂々騒ぎを起こそうとするバカもおらんじゃろうしの。いざという時は令呪でわしを呼べ」
「わかった。じゃあ、明日からよろしくね。アーチャー!」
――翌朝、いつも通り時間ぎりぎりに登校し、いつも通りクラスメイトと他愛のない会話をしながら、いつも通りの学校生活を過ごした。そして午前の授業を終え、昼休みに人気のない体育館裏でアーチャーと合流する。
「どうだった、アーチャー?」
アーチャーは霊体化しているため、傍から見れば独り言を話している奇妙な人間にしか見えないのだが、それはそれでありがたい。
「そうじゃな、他のサーヴァントは見当たらんかったが、この街の地形は大方理解できた。戦を行うなら、土地の特徴を把握しておくのも重要なことじゃしの」
「……つまり、具体的な成果はなしってことね」
「まあそう言うな。昨夜も言ったが、白昼堂々行動しようとする魔術師など余程のバカ以外はおらんじゃろ。……逆に、そんなこと気にせぬ余程の大物かもしれんがの。……そうじゃ、この街にはマスター以外に魔術師はおらんのか?」
「……昔は何人かいたらしいけど、今は殆どが没落して魔術師と呼べるレベルではないわ。でも、どうしてそんなことを?」
「簡単な話じゃ。地元に魔術師がおらんのなら、マスターとなる魔術師は対外、特に異国人の可能性が高い。そうなれば、ある程度の目星が付けやすいじゃろ? ま、もう一つ理由もあるのじゃが、魔術師がおらんのなら今は気にする必要はないの」
「なるほど、そういう考え方もあるのか。じゃ、後は任せるわ。そろそろ昼休みもおしまいだから、私は教室に――」
教室に戻る、そう告げようとしたとき、おぞましい寒気と共に強烈な頭痛が私に襲い掛かる。
「……アーチャー、今の、感じた?」
「……結界じゃな。どうやら、バカは現れたようじゃ」
「結界の存在を他者に認知させるなんて、三流もいいところ。アーチャー、結界を張った魔力の逆探知とかってできない?」
「生憎、わしはそのようなスキルは持ち合わせておらぬ。キャスターならできるかもしれぬが、そもそもわしはサーヴァントになるまで魔術に縁などなかったから、その手には疎いのじゃ。ただ、一つだけ言えることはある」
「……たぶん、私と同じ考え」
――マスターは、この学校にいる
いくら手練れの魔術師といえど、人の目が集中する学校に紛れ込むのは至難の業。となれば、結界を仕掛けた術者は学校にいても怪しまれない人物、ということになる。つまり、生徒か教職員かはわからないが、少なくとも一人、この学校に私以外のマスターがいるということだ。
「……そうとなれば、わしもマスターを置いて離れるわけにはいかぬな。どれ、近くでジャ〇プでも読みながら待機してるかの」
「気を抜いている暇もなくなったわね。でも、同じ学校にまさかマスターがいるなんて」
「マスターは普段通りに過ごすといい。自分がマスターである、ということを悟られぬようにな。ま、マスターの場合は無駄かもしれぬが」
「わかってる。アーチャー、いざという時は頼むわよ。後、放課後に結界の調査をしましょ。わざわざここを敵のテリトリーにしておくわけにもいかないしね」
その後午後の授業に戻ったが、結界を張った術者が行動を起こすことはなかった。ただ、いつもより居眠りをしている生徒が多い気がした。何より驚いたのは、あの雅が机に倒れ込むように眠っていたことだ。後で聞いたところ、突然肩に幽霊が乗っかったような異常な疲れを感じたらしい。他にも、いつもうざい程暑苦しい教師が、インフルエンザにでも罹ったようにぐったりしていたのも印象的だった。そちらも、午前中までは調子が悪いということはなかったらしい。
「……ビンゴ、まさか予想通りの場所に設置してくれているなんてね」
日が暮れ、生徒も教師も姿を消した学校に戻り屋上の扉を開けると、今回の結界の源となる刻印が刻まれていた。
「うむ、ここまで堂々と設置するとは、こやつは素人中の素人じゃな」
「結界の張り方の参考書をそのまま真似しましたって感じよね。いくら三流魔術師でも、結界の核を隠すのぐらい常識中の常識よ。それとも、隠す気がないってことなのかも」
「ま、この結界は魂食いのためのものじゃしの。学校の人間が次々倒れて事件になるころには、もう術者の目的は達成しているようなものじゃ」
「ただ、この術者の誤算は魔術師の私がいた、ということね。でも、魂食いをしなければならないってことは、何か大掛かりな儀式の準備をしている、ということなのかしら?」
「その可能性もあるが、恐らくサーヴァントへ回す魔力のリソース確保のためじゃろ。サーヴァントの魔力消費量が莫大で、自身の魔力だけでは供給が追いつかない、となればこうするのが一番手っ取り早いからの。神霊クラスやバーサーカーを召喚した時にありがちな現象じゃ。ま、そうでなくとも、魔力が多いことに越したことはないからの」
「……嫌な話ね。魔術師としては正しいのかもしれないけれど、私はこういう事は苦手」
魔術師である前に人間として、当時はよくわからなかったが、今では父の言いたかったことが理解できる。
「……アーチャー、これを消すの、手伝ってくれる? 私が見つけた以上、学校でこんなことは絶対に許されないわ」
結界を解除しようと刻印に手を伸ばしたその時――
「――ふーん、消すんだ」
突然背後から、私でもアーチャーでもない、女性の声が夜の風と共に空へ響いた。
「――ッ!?」
咄嗟に声とは反対側へ大きくジャンプする。声がした方を見上げると、屋上の出入口の上に、一人の女性が立っていた。
「そう驚かないで。別に私も、結界を解除するのは賛成よ。ただ、そうやって必死で聖杯戦争しているとこ、懐かしくてつい声を掛けちゃっただけ」
「……貴女は?」
月を覆っていた雲が晴れ、屋上に月明かりが差し込む。女性は20代半ばから後半くらいだろうか。赤いコートと長い黒髪を風になびかせながら微笑んだ。
「私? 私はただの、通りすがりの魔術師よ」
――刹那、バンという銃声がしたかと思うと、眉間を打ち抜くかのような弾丸が女性へ放たれた。だが、弾丸は女性の額に当たることはなく、寸でのところで明後日の方向へと弾かれる。
「……ちょっと! 警告射撃もなしにいきなり殺しに来るなんて、貴女のサーヴァント好戦的すぎじゃない!?」
先ほどまでの月明かりと同時に現れたクールな姿はどこへやら、殺気をバリバリに放つアーチャーに、女性魔術師は大声で怒鳴るように言った。
「……当たり前じゃろ。敵の大将がのこのこやって来てくれたんじゃ。このようなチャンス、逃すわけなかろう。ま、見事失敗じゃがな」
「……まあいいわ。そっちがその気なら、こちらも応戦するだけよ。……お願いできる? セイバー」
セイバー、そう彼女が呟いた時、魔術師の隣にボッと魔力の粒子が散り、一つの人影が現れる。姿は20代前半、美しい金髪をポニーテールで結び、白と青を基調とした鎧に身を包み月下に佇むその姿は、正に物語に出てくるような美しい騎士そのものだった。
「――お任せください。マスター」
凛々しく麗しい声で任を受けたサーヴァントは、マスターを守るようにスッとマスターの前に飛び降りる。
「……アーチャー、場所を変えましょ。ここじゃ分が悪いわ」
「わかっておる。マスター、わしがおぬしを抱えて校庭の方へ飛ぶ、しっかり掴まっておくのじゃぞ」
「……りょうか……って、ここ、実質5階よ!?」
「安心せい、わしはサーヴァントじゃ。それくらいどうってことはないに決まっとろう」
ひそひそ声で合図を送る私とアーチャー、その姿を金髪の騎士はカチャリと鎧を鳴らしながらこちらを鋭い視線で警戒する。武器は確認できないが、騎士の武器は目視することのできない武器なのだろうか。
「……いくぞ」
アーチャーの合図と共に、複数の火縄銃が空中に現れたかと思うと、騎士目掛けて弾丸が一斉射撃される。
「――ッ!?」
「うわっ!?」
騎士が弾丸を防御するとほぼ同タイミングに、私の身体がアーチャーに抱えられ空へ舞う。
「……空を飛ぶって、こんな感覚なんだ!」
「感想は後じゃ。追って来るぞ!」
私たちが地面に着地した数秒後、騎士はマスターをお姫様抱っこのような状態で抱えながら、ふわりと地面に着地する。
「ありがと、セイバー」
マスターの魔術師は騎士に礼を言うと、「よっ」と抱えられた腕から飛び下りる。
「さて、どうする? 魔術戦をしても構わないけど、初戦ってこともあるし、サーヴァント同士の腕を競ってみない?」
騎士、セイバーのマスターは微笑みながらに言った。……素直に魔術戦をしても恐らく私の勝ち目は薄い。ここは大人しく提案に乗るべきだろう。
「アーチャー、頼める?」
「もちろんじゃ。じゃが、恐らくあやつはかなりの格のサーヴァントじゃ。ちと激しい戦いになると思うぞ」
「そんなこと承知済みよ。私の魔力、ジャンジャン持って行って!」
アーチャーはコクリと頷くと、ランサーの方へ振り返る。
「……準備はできましたか。アーチャー」
「待たせて悪かったの、セイバー。では、始めるとするか」
アーチャーは銃を取り出し、ランサーは見えない武器を構える。互いに互いの様子見するように互いをじっと見つめている。聞こえるのは夜風の音だけ。風が収まるとともに、まるでこの空間だけが地球から切り離されたような静寂が世界を覆った。
――刹那、人間の目では捉えることのできない高速戦闘が幕を開けた。
「「――ッ!!」
アーチャーの火縄銃が火を噴く。同時にセイバーの身体が銃弾を避けるように舞い、そのまま一気に距離を詰める。
「まだまだ!!」
アーチャーの握る火縄銃と同じものが次々と空中に生成され、凄まじい速度で弾丸がランサー目掛けて放たれる。
「この程度!」
セイバーは銃弾を全て弾き、アーチャーの胸元を貫くべく、見えない武器を構える。
「あまい!!」
その攻撃を、アーチャーは腰の刀を引き抜き、攻撃をいなす。
「今度はこちらの番じゃ!!」
攻撃を防がれ体勢を崩したセイバーへ、アーチャーは銃を構え弾丸を放つ、が、セイバーの顔目掛けて超至近距離で放たれた弾丸は、セイバーの頬を掠めながら、夜の空へと消えた。そのお返しと言わんばかりに、武器から衝撃波を放ちアーチャーの身体を吹き飛ばす。
「……その見えぬ武器、恐らく得物は剣じゃろうが、見えぬ武器と戦うというのは思った以上に厄介じゃの」
「さあどうかな? 剣かもしれんし斧かもしれん。弓、ということもあるかもしれんぞ、アーチャー」
ふっと笑いながらセイバーが再び見えない剣を構える。
「口のうまい奴じゃ。しかし、この距離ではアーチャーとしてはかなり不利じゃな。少し本気をだ――」
本気を出そう。そうアーチャーが言いかけた時、正門の方でガチャンと、大きな物音と叫び声が響いたのだった。
「――まずい、見られた!?」
物音がしたと同時に、セイバーのマスターから余裕が崩れ、様子は明らかに動揺している。
「――マスター!!」
「セイバー、追うわよ!!」
「わかりました! ……アーチャー、決着は次の機会に」
「急いで! まさか、同じ失態を二度も繰り返しちゃうなんて……」
セイバーは走って来たマスターを抱えていると、そのまま夜空へと飛び上がっていった。
「……あのマスター、かなり動揺しておったな」
「神秘の秘匿は魔術師として絶対だけど、あそこまで焦る必要はないと思うけれど……」
「ま、仕方なかろう。目撃者は迅速に処理するのが、マスターの常識じゃ。そして、不慮の事故とはいえサーヴァントの戦闘を見てしまったのなら、そやつは運が悪かったとしか言えぬな」
「……アーチャー、一つ質問いい?」
アーチャーの“運が悪い”というワードを聞いた時、頭の中で嫌な予感がした。
「アーチャー、あのマスター、目撃者を見つけたとしたらどうすると思う?」
「……そりゃ、口封じじゃろうな。目撃者は知らなくて良いことを知ってまったのじゃ。対応を間違えれば、後々の苦労するのは魔術師じゃしの」
「それって、殺すってことでしょ! ……そんなこと、させるわけにはいかない!」
運が悪い、という簡単な言葉で済ませていいはずがない。目撃者に罪はないのに、魔術師たちの勝手な都合で命を奪うなど、私の心情が許さない。
「……アーチャー、セイバーとマスターを追える?」
「……追うのか? 追えないことはないじゃろうが、目撃者がまだ生きている、という保証はできぬぞ」
「それでも追う。関係のない人間を殺すことなんて、絶対にあってはならないもの!」
アーチャーの腕に抱えられながら、夜の春月市の民家の屋根を渡る。
「……いたぞ。……ん、この音は戦闘音か?」
「戦闘音? でもどうして……」
確かに、アーチャーが向かう方角から金属がぶつかり合う激しい音が聞こえる。
「……一体、何が起こってるの?」
現場に着くと同時に、私は目を疑った。
「――そこ!!」
「――なっ!? なんじゃ!?」
――地面に降り立つと同時に私の目に映ったのは、民家から飛び出してきた、剣を構えアーチャーに襲い掛かろうとする、セイバーではないウェーブロングの金髪の女性の姿があったからだった。