――夢を見た。月明かりの下、美しい金色の髪をなびかせ、ただじっと俺の姿を見つめる少女の姿を。夢を見た、石のように固まった俺に、そっと手を差し伸べる少女の姿を。夢を見た、呆然とする俺を、氷のような瞳で見つめる少女の姿を……
――ピピピピッピピピピッ
「……また、あの夢か……」
スマホの目覚ましを止め、ベッドからのっそりと起き上がる。時刻は午前6時少し前、外はまだ暗く、街はまだ静まり返っている時間帯だ。
「……なんでだろう、ここ最近毎日あの夢だ」
幼い頃から定期的に見る金髪の少女の夢、少し間までは年に何度かの頻度だったのだが、今年に入ってから毎晩、少女の夢を見る。
「……さむっ、今日は一段と冷えてるな」
白い息を吐きながらポストの新聞を取り、テレビの電源を入れ朝のニュースを確認する。
『次のニュースです。昨夜未明、春月市春月駅周辺で男女2名の遺体が発見されました。遺体には目立った外傷はなく、警察は死因の特定を……』
「……って、めちゃくちゃ近所じゃねーか」
電子ポットの電源を入れ、朝食を作るべく冷凍している食パンを冷蔵庫から取り出しトースターに放り込む。
「……あ、ジャム切らしてたんだ」
――こうして朝食を作ることが南雲海斗のルーティンとなり、もうじき5年が経とうとしていた。俺の両親は5年前、交通事故により命を落とした。以後、俺は祖父の下に引き取られることになったのだが、その祖父も2年前に持病の悪化により天国へと旅立ってしまった。
「……じゃあ、行ってきます!」
誰もいない我が家に挨拶をすまし、もうじき3年目となる春月北高校へと足を進める。途中のコンビニで昼食とフルーツ牛乳を買い、人っ子一人いない早朝の住宅街を歩く。普段なら通勤通学するサラリーマンや学生の姿もあるのだが、今日はとある用事のためかなり早めの通学なのでそういった人たちもまだ、自宅で準備をしている時間帯だろう。
「――オッス南雲くん! 悪いね、生徒会でもないのにこんな朝早くから呼び出しちゃって!」
学校の門をくぐり目的地である生徒会室の扉を開けると、俺を呼び出した張本人、水谷雅が朝とは思えないハイテンションで待ち構えていた。
「……会長、謝るくらいならこんな朝早くから生徒会でもない俺を呼び出さないでくださいよ」
「いいじゃない。私は生徒会のイベントの度にボランティアしてくれるキミのこと、実質生徒会委員だと思ってるから」
「……それ、俺を便利屋としか思ってないんじゃないんですか?」
「そこまで言うなら、辞退してもらって構わないわよ。ただ、かわいそうな女の子と、同じく朝から駆り出されている友人を見捨てるの?」
会長はともかく、同じく朝から生徒会に駆り出され、疲れ果ててボーっと項垂れている俺の一番の友人にして、生徒会副会長の高山悠輔を盾にされて言われれば、反論しようにもしづらいものだ。
「なぐも~~俺を見捨てるのか~~」
「あーもう、見捨てないからその気持ち悪い声はやめろ」
「お、さすが南雲くん! 私情より友情を取るとは、私の見込みは正しかったようね」
「……会長、今回だけですからね」
「ありがと、じゃ、さっそく始めましょうか」
生徒会がこうして早朝に集まったのは、ひと月後の卒業生を送る会のための出し物の制作のためである。俺たちの学校では、卒業式前の3年生の登校日に、生徒会からの出し物を行うのが伝統となっている。その時に使う小道具の準備を行うべく、朝と放課後に生徒会で活動を行うらしかったのだが、何故かここ数日の間に次々と生徒会のメンバー、正確にはうちの学生が次々と体調を崩し学校を休むようになってしまったので、ボランティア1号で帰宅部の俺に声が掛かったのだ。
「……そういえば、佐々木と奥川は?」
準備を始めてから気づいたが、同じく朝から駆り出される予定だった生徒会委員の2人の姿が見えない。
「あ、あの2人なら昨夜体調が悪いから欠席するって連絡があったから」
「……また欠席者ですか?」
「不気味よね。何でも、インフルエンザとかそう言った類のものではないみたいなのが尚更。学校の七不思議みたい」
「ま、会長はくたばることなさそうですけどね……」
「……ちょっと、どういう意味よ」
……そんなこんなで作業に取り掛かり少し時間が経ったころ、廊下の方から足音が聞こえてくる。
「……珍しい、私以外にこんな時間に登校してくる子がいるなんて」
「……会長、いつもこんな時間に来てるんですか」
「気になるから見てこよ!」
会長は意気揚々と扉を開け廊下へと飛び出していった。すると廊下から賑やかな声が聞こえてきた。会長とその生徒の会話だ。
「……南雲、悪いが会長を連れて帰って来てくれ。ちょっと聞きたいことがある」
「やだよ。自分で行けよ。会長なんか盛り上がってそうだし、水を差せば後で何言われるかわからないし」
「……今手が離せないんだ」
高山はセットのネジを組みながら俺に顔でグイグイジェスチャーの圧をかけてくる。
「……はぁ、わかったよ」
ため息をつきながら、のっそりと重い腰を上げ、廊下の扉に手をかける。
「かいちょー、ちょっといいですかー」
会長は女子生徒と楽しそうに談笑していた。腰の近くまである長い黒髪のハーフアップを優雅になびかせるあの姿は……
「あ、十六夜」
十六夜風花、学校1,2を争う美人で成績優秀、スポーツ万能のまさに絵に描いたようなクラスのマドンナ的存在だ。男女からの人気ももちろん一番、付き合いたい女子ランキング堂々の1位なのだが、彼女は男に興味がないのか、必要最低限のこと以外で彼女が男子と話している様子を見たことがない。男子の中では「十六夜と会話できた男は英雄」とまで言われている。そんな彼女と偶然とはいえバッチリ目が合ってしまったので、言葉に詰まる。
「……珍しいな。お前が朝早いなんて」
何とかひねり出した言葉がこれである。十六夜はいつもホームルームギリギリに登校してくるので、素直に珍しいと思ったのだが、さすがにこれは酷いにも程があるだろ……
「いいでしょ、偶にくらい」
十六夜はいつものように、興味のなさそうなぶっきらぼうな声で俺のくだらない質問への答えを返す。しかしこう淡泊に返されては次にどうすればいいのか、すなわち空気が重く気まずいのだ。間に淡泊とは正反対な会長を挟んでいる分尚更だ。
「……南雲くん」
そんな俺たちを見かねたのか、会長がすかさず助け舟を出してくれる。さすが、俺の知る中で最も空気の読める女性。高山が呼んでいることを伝えると、会長は「了解、先に戻ってて」とウインクする。
「わかりました」
会長の気配りに感謝しながら生徒会室へ戻ろうとする俺の姿を、十六夜はただじっと見つめていた。
「――はぁ、風花ったら、男の子にはホント愛嬌がないんだから」
生徒会室に戻ってきた会長は大きなため息をつきながら、未だにさっきのパーツの組立に苦戦している高山の所へ向かう。
「で、どうしたの?」
「ああ、会長。このパーツなんですけど……」
会長は高山が引っかかっているパーツをぐりぐりいじり、今までの高山の苦労を無駄にするようにポンと部品を完成させる。
「おお、さすが会長」
「それくらいで私を呼ぶな」
会長はまたため息をつくと、再び自分の作業へと戻る。
「……そういえば会長、一つ質問いいですか?」
「んー、なにー」
「会長ってよく十六夜ってどういう風に友達になったんですか? どう見ても性格的にそりが合わないと思うんですけど……」
この際なので陽気な会長とクールな十六夜、この正反対の2人がどういう風に友達となったのか。高校に入ってからずっと疑問の一つだったものにメスを入れる。
「あ、それ俺も気になります。十六夜って、会長と話してる時だけ別人みたいになりますよね」
便乗してくる高山。
「うーん、なんでって言われても思い出せないんだけど、何となく、かな?」
「何となく……ですか?」
「その何となくが気になるんですよ」
「何となくったら何となく! ほら、手を休めない!」
結局会長にはぐらされてしまい、会長と十六夜の関係の謎がわかることはなかった。
「――ただいまー」
朝の生徒会のボランティア、日中の授業、そして放課後の生徒会活動を終え帰宅したらのは、日もすっかり暮れた午後7時。夕食の準備をしながらテレビをつける。
「今朝のニュースの犯人、まだ捕まってないのか」
昨夜春月駅周辺で起きた殺人事件の犯人はまだ捕まっていないらしい。学校でも、安全のため部活動などがない生徒は速やかに下校するようにとホームルームで注意を受けたが、3,4時間くらいでは進歩もないか。
「さて、今日もやりますか」
夕食を取り終え、いつもの日課を始めるべく裏のガレージに向かう。家のガレージは、祖父がクラシックカー愛好家だったこともあり、アメリカとかにありがちな4台くらい収納できる巨大なガレージがある。もう1台も残っていないが、現在は俺のある修行のためのトレーニングルーム代わりとなっている。
「――魔術回路、
――魔術回路、生命力を魔力に変換する為の路であり、魔術師が体内に持つ擬似神経である。
……俺の祖父はかつて魔術師だったらしく、両親を亡くし家に転がり込んできた俺に、日課として簡単な魔術を教えてくれた。両親は魔術師としての鍛錬は一切受けていないどころか、祖父が魔術師であったことすら知らなかったようだが、幸いなことに俺にも魔術の才は残っていたらしく、いくつかの魔術を会得することができた。ただ、祖父が亡くなってしまってからは、新しい魔術を教えてもらえる機会がなくなったこと、そして古い押入から取り出した魔術書もチンプンカンプンだったので、教えられた魔術を極めることを目標に、こうして夕食後の1時間、毎日この鍛錬場のガレージにこもっている。
「――はああああ!!」
近くに置いた鉄パイプに渾身の魔力を注ぎ込む。
「はっ!!」
魔力が流された鉄パイプは輝きを放つ。魔力を流し続けると、輝きはより一層眩しくなり、鉄パイプは更なる強固な武器となる……はずだった。
「――うわっ!?」
魔力に耐えられなくなった鉄パイプは花火のようにはじけ飛ぶ。
「くそー、やっぱりダメか」
俺が今修行をしているのは強化の魔術、名の通り物質を強化する魔術で、基本中の基本の魔術だ。
「もう少しなんだけどなぁ……」
今修行をしているのは、強化の魔術をかけたものに更に強化の魔術を施すという、二重魔術にチャレンジしているのだが、トライし始めて早半年、成果は出ているとは言えなかった。
「……って、ここで諦めるわけにはいかないけどな。もう一度!!」
「……南雲くん、大丈夫?」
「あー、大丈夫っす……」
翌朝、朝と続き会長により招集された俺と高山。
「お、もしかして例の謎の体調不良か?」
「ちげーよ。ただの寝不足だって。……会長、さっさと始めましょう。今日頑張れば、今日中に終わりそうですし」
「わかってるけど、そのテンションで言われても……」
俺の寝不足の原因は、昨夜の魔術の修行の結果だ。魔術は普通の運動以上に体力、そして何より神経を使う。普段は1時間ほどの鍛錬の時間だが、昨夜は何故か無駄にやる気が出て3時間近くガレージに籠ってしまった。そしてこの始末である。
「じゃ、始めるわよ」
その後は徹夜明けにありがちな謎のテンションで作業を進め、授業中は爆睡し、放課後はやる気マックスした結果、生徒会の作業は無事に終わった。
「2人ともありがとう。これで3年生をしっかり送り出すことができるわ」
会長に感謝の言葉を頂き、クタクタで学校を出たのは昨日と同じく日の暮れた午後7時、昨日の殺人事件のこともあり、学校には俺たちと戸締りをする先生しか残っていなかった。
「あーあ、今日は疲れた。帰って寝よ」
ボーっとしながら自宅への帰路を歩いていると、あることを思い出す。
「……あ、忘れ物」
俺としたことが何たる不覚、家の鍵を学校に落としてしまうという漫画のようなミスを犯してしまうとは。
「……たぶん正門だな。……めんどくせ」
さすがに家の鍵を落としたとなれば取りに帰るしかない。折角帰路の半分くらいを歩いたのに、また折り返しだ。
「――な……」
学校に戻った俺を待ち構えていたのは、目を疑うような信じられない光景だった。
――な、なんだ!?
学校に戻ると鍵は予想通りの場所に落ちていた。鍵を拾い再び帰路に着こうとすると、校庭の方からドンパチと聞きなれない音が響いているのに気付く。何事だと様子を見に行くと、黒い甲冑を来た人影と、西洋風の白い鎧に身を包んだ人影、そしてそれぞれの背後にいる2人の人影が、文字通り争っていたのだ。
「……おいおい、マジかよ……」
……見てはいけないものを見てしまった。瞬時に思考は理解した、気づかれる前にここから離れなければ。だが、焦っている時の行動ほど、思い通りに身体は動かないものだ。
――ガン!!
「――しまった!!」
逃げようと振り返ろうとした時、近くにあった園芸用のバケツを思いっ切り蹴とばしてしまう。
「――!!」
人影の一組は、俺が振り返ったと共に音に反応していた。
――まずいまずいまずい!!
俺の姿を見られる前に逃げなければ、必死で家への道を走る。道中で俺の頭にある考えが浮ぶ。
――あいつが、例の殺人事件の犯人じゃないのか?
……いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく逃げなければ。見つかればきっと殺される。
「……はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、何とか自宅の門を開け、庭へと転がり込む。
「……取り敢えず、これで何とか……」
――何とかなった。そう自分に言い聞かせるように、安堵の息をつこうとし――
「――何とかなった。そう思ってるでしょ?」
門の扉の鍵をかけたその時、背後から俺の思考の全てを停止させるように、女性の声が響いた。
「――っ!?」
反射的に声の方へ振り返る。そこに立っていたのは、赤いコートを夜風になびかせる女性と、白い鎧を月明かりで輝かせる騎士の姿だった。
「……だ、誰なんですか!? あなた達は!!」
女性は俺の質問に答えることなく、ふっと不気味な笑みを浮かべる。
「……残念だけど、その問いを答えることはできないわ。いや、答える意味がないって言った方がいいかしら?」
「……どういう――」
どういう意味だ、そう反射的に言葉を返そうとしたが、問いは俺の喉元で止まる。何故なら、その問いを尋ねる意味がない事を、直感的に理解したからだ。
「――俺を、始末するのか……」
「……始末するっていうのは、ある意味正しいかもしれないわね」
「……くそっ!!」
……こんな訳の分からない奴らに殺されてたまるか
俺は無意識のうちにガレージの方へと走り出す。
「――セイバー!!」
女性の叫び声と共に、俺の身体は一瞬、衝撃と共に宙を舞う。
「――ぐはっ!?」
地面に打たれるように転がりながら、ガレージの修行道具の山の中へと体がぶっ飛ばされる。
「……い、いたっ……」
全身がむち打ちになったような激しい痛みで、身体を起こすことができない。
「――失礼、少し手荒になってしまった」
痛みの中何とか頭を起こすと、騎士が金髪のポニーテールを揺らしながら、カチャリカチャリ鎧を鳴らしながらとゆっくり歩いてくる。
「そのまま少しの間動かないで頂きたい。その方が貴方も楽なはずだ」
「……殺すって言われてるのに、じっとしている馬鹿がいるわけないだろ……」
騎士の歩みが止まり、眉がピクリと動く。
――今だ!!
「……
騎士の動きが止まった刹那、俺は近くに転がっていた鉄パイプを拾い、騎士へと飛びかかる。
「――うおおおお!!」
俺が振りかざした鉄パイプを、騎士は左腕の鎧で甲高い金属音を上げながら受け止める。だが、この鉄パイプは強化の魔術により強度を高めたもの。いくら騎士といえどただでは……
「――な!?」
……信じられなかった。騎士は俺が振るった鉄パイプの攻撃を顔色一つ変えず、いや、1ミリたりとも動じることもなく、無言で受け止めていたのだ。
「……どうして……」
騎士の腕を境に真っ二つに割れた鉄パイプがガランと地面に転がる。
「……驚いた。まさか、貴方が魔術師だったなんてね。……それにその強化の魔術、どこかの誰かさんを思い出しちゃうじゃない」
その様子を見ていた赤コートの女性が神妙な面持ちで騎士へと歩み寄る。
「まあいいわ。どう、抵抗する気はなくなったかしら?」
「……くっ」
「安心して、すぐに終わるから。それこそ、全身麻酔みたいに一瞬でね」
「くそっ……」
痛みと絶望で起き上がることのできない俺に、女性はスッと銃のように構えた右手を出す。
「マスター……」
「……こういう事、ホントはやりたくないんだけど、こうすることがきっと、貴方にとって一番の選択になるだろうから」
女性がボソボソと途切れ途切れの単語を呟き始めると共に、俺の意識は闇の中へ沈もうとしていた。
――死を覚悟した。
「……そうか、死ぬってこんな風なんだな」
……真っ暗な闇の中、頭上のはるか彼方に月のような光が見える。
――スター
……声がした。……聞いたことのない、……いや、何度も聞いたことのある声だ。
――マスター
「……君は」
光の中から、闇に落ちる俺を救うかのように、優しそうな手が差し伸べられる。必死でその手を掴むと、俺の意識は光の中へと引っ張り上げられていった。
「――俺は、こんなところで!!」
俺の叫びに共鳴するように、ガレージの床が円を描くように激しく光を放つ。
「ちょ!? 何よこれ!? ――まさか!?」
「まずい、マスター、下がって!!」
重い瞼の隙間から見えたのは、ガレージの外へと大きくバックジャンプする女性と、それを庇うように立つ騎士の姿。そして、光の中から現れた、とある人影だった。
「――まさか、貴方が最後のマスターか!?」
騎士の声を遮るように、大きな金属のぶつかる音、そして凄まじい衝撃がガレージの中で炸裂する。
「……うわっ!?」
地面に倒れ込んでいた俺の身体は、衝撃に吹き飛ばされるように一回転した。
「――君は……」
――身体を起こした俺が見た光景は、この世のものとは思えない、とても美しく、そして、とても儚い一人の少女の姿だった。月明かりに美しい金色のウェーブのかかった長い髪を煌めかせ、少女が身につけるには似つかわしい白銀の鎧をシャランと鳴らしながら、宝石のような青い瞳で、彼女はじっと、俺を見つめていた。
――それは、幼い頃から何度も見ていた夢の一節のようだった。
「――問いましょう。貴方が私の、マスターですか?」