本当は残酷すぎるシノアリス童話   作:司薫

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愚か者を罰せ/ターニングタイム01【裁きの日】

 シャワーの音を聴いていたのかもしれない。私の髪を濡らし、身体を滴っていく水が、私の中の何か、その代替え物として、流れ落ちていく。そういった……ある種の錯覚。正しさを見誤らない為には、常に真実を見定めていなければならない。しかし、私の頭の中ではいつも、騒音が鳴り響いていた。だからこそこういった、ホワイトノイズに安息を求めてしまうのだろう。雨でもいい。しかし雨は、心臓に突き刺さる。だからだ。温かさが欲しかった。涙を忘れた人間は、こうして涙の温度を、思い出すしかない。

「……ろしてくれ」

 ガタッ、と何か音がした。身体を隠しカーテンを開く……浴室の扉の隙間から、誰かがこちらを覗いている。頬を赤らめ、口元を歪め……こいつ!

「そこで何をしている!」

「何も、なーにもしとらんよ」

 くるみ割り人形は悪びれる風もなく、なおもこちらを覗き込んでくる。なんてやつだ!

「失せろ! この変質人形!」

「おほほ、恥ずかしがりおって。若いのぉ。見ているこっちまで恥ずかしくなるわい」

「見るなと言っている!」

 手元の桶を、くるみ割り人形に投げつけた。しかし扉が邪魔で当たらない。

「おぉ恥ずかしい恥ずかしい」

「おまえ!」

 私はカーテンを引き落とし身体に巻き付け、覗き魔に近づいた。くるみ割り人形は扉を閉め、逃げるつもりか。させるか!

「待て!」

 扉を開くと、くるみ割り人形は逆に私に跳びついてきた。

「な! 離れろ!」

「良いではないか! 減るものもまるでなし! 若者は老人に活力を与えるべき!」

「何を勝手なことを!」

 肘でくるみ割り人形の頭を払う、が、しがみ付いて離れようとしない!気持ち悪い!

「ふざけるのもいい加減に」

 ドライヤーを手に取る。そして

「しろ!」

 ドライヤーでくるみ割り人形の頭を、殴りつけた。

「あっぐぅあ!」

 くるみ割り人形が私の身体から離れ落ち、床に倒れ込む。

「自業自得だ」

 ドライヤーを見ると、首のところが折れていた。これではもう使い物にならん。

「老害も行き過ぎてボケが入ってしまったのではないか? おい。聞いているのか?」

 ……反応がない。気絶したか。

「迷惑な奴だ。介抱して貰えると思うなよ」

 ……何か、くるみ割り人形の頭の後ろ、床が濡れている……赤い。赤い液体が、広がっていく。

「おい、くるみ割り人形」

 広がっていく……足が血溜まりに覆われていく。私は、しかし、動くことが出来なかった。

.

 コンッ! コンッ! ジャッジガベルが二度叩かれる。

「静粛に! 皆さん静粛に!」

 陪審席からパンが投げつけられ、被告席のアリスは身体を少しばかり傾け、これを避けた。

「静粛にって言ってるのわかりません? 言葉通じてますー?」

 裁判官席でドロシーが更に二度三度、ジャッジガベルを打ち鳴らす。

「助けてくれー! お茶の時間に遅れるー!」

 陪審席で叫ぶ、帽子屋。帽子屋の他、三月ウサギにヤマネ、ドードー鳥、チェシャ猫、公爵夫人、ハートの王、ハートの女王、他多数、皆座席にベルトで縛り止められ、退席を許されずにいた。

「首を撥ねておしまい!」

 ハートの女王が叫ぶ。ドロシーがジャッジガベルをハートの女王に投げつける、が、当たらなかった。

「まぁまぁ、首を跳ねるのは最後ですよ。首を撥ねる前に口頭弁論と証拠調べです。まぁその前に、判決ですけどね。アリスさんは有罪」

「ねぇ、なんなのこれ。こんなことしてる場合?」

「もちろんですアリスさん。私が無駄なことをしたことなんてありました?」

「けっこうあ」

「ないですよ。全て結果を導き出す為に必要なことです。さて、で、ですね。これ何の裁判か分かってます?」

「分かるわけない。いばら姫をなんとか起こすんでしょ?」

「それはスノウさんの仕事です。この裁判はアリスさんの殺人罪に関しての裁判です」

「この世界で殺人罪を問うわけ?」

「アリスさん、作者を蘇らせて、何がしたいんですか?」

「どうして急にそんなこと」

「答えてください」

「……わたしは、作者に会いたい」

「それで?」

「……会えればいいの」

「ただ会う為だけに数多のイノチを奪っているわけですか。サイコパスですね」

「あなたに言われたくない。それに、わたしはわたしの罪の重さを理解してる」

「酔っ払いが酔ってないって言ってるようなもんですよそれ」

「……なんなの」

 無感情なアリスの眉間に、苛立ちが浮かぶ。

「作者はあなたを歓迎しません。会ったとして、あなたを歓迎することはないんですよ。それはアリスさん本人が一番理解していらっしゃる、にも関わらず、そのことから目を背けている」

「分からないでしょ」

「痛いほど分かっているのでは? いっそ作者を殺す為に会いたい、その方が余程筋が通っていますよ。あなたは作者に散々な目に合わされたのですから」

「何も知らないでしょ」

「全て知っていますよ。あなたが最初に殺したイノチのことも。あなたが最初に宿したイノチのことも」

「……」

「これはその殺人罪を裁く裁判です」

 ドロシーの頭の横を、青いナイフがかすめ飛ぶ。それは被告席から放たれたものだった。

「ドロシー、あなたの冗談はつまらない。正直不快。たまにあの人形達より悪趣味なの、自覚ある?」

「凡人には理解できない話をしてしまう、という点に関しましては自覚ありますよ。ですが今はアリスさんに理解できる話しかしていません。誰からも愛されなかったアリスさんを騙し、犯し、孕ませ、そうと分かったらポイと捨てた、そんな」

「うるさい!!」

 アリスの青い髪飾りが燃え上がる。その時、法廷の壁が派手に打ち破られ、何者かが銀のバイクに乗って飛び出した。宙を舞う銀のバイクはそのままドロシーのもとへ。そして。

「ちょあっ」

 グシャリ。潰れたドロシーの上で銀のバイクは停止し、エンジン音を静まらせた。

「……」

 アリスの髪飾りの炎が、鎮まっていく。バイクの主は鉄の仮面を被り、素顔を完全に隠していた。今、銀のバイクから降り、アリスの方へ近づいてくる。

「首を撥ねておしまい!」

 ハートの女王が叫んだ。

「電気処刑の方が好きです」

 バイクの主が小さなスイッチを取り出し、ボタンを押す。

「あああががががが」

 電気を流され、痙攣するハートの女王。バイクの主はボタンを再度押し、電流を止めると、重そうに仮面を脱いだ。

「え……」

 アリスは言葉を失う。仮面を脱ぎ正体を現したのは、紛れもなく、ドロシーだった。

「……さっきのは偽物?」

「いいえ、正真正銘私本人です。私が轢いた私は、この後もっとアリスさんを精神的に追い詰めて、ハーフナイトメア化させる予定でした。その力が遥かな過去へのタイムスリップの鍵になるので。ただですね、結論から言いますと、ダメです。ダメでした、人類の科学を進める作戦は。支配種が人間からお猿さんに変わっただけでした。なので作戦変更です。あまり古い過去へは飛べませんが、キャラクターズの痕跡を辿り、キャラクターズの存在する時間に飛ぶことができるタイムマシーンは開発できましたので。それとあと今回の異常のターニングポイントを発見するダウジング装置と。これでアリスさん、一緒に異変を解決しましょう」

「……今さっき、散々あなたに傷付けられたんだけど」

「それは謝ります。ですが悪気はありません。私は必要だと結論付けた行動を実行に移しただけですので」

「あなたとは友達にはなれない」

「それはとても効率的ですね。私達キャラクターズはいずれ殺し合う運命にありますから。さあ、バイクに。バイク型タイムマシーンです。カッコ良くありません?」

 アリスはマイペースなドロシーに、深く、それはそれは深く、溜息をついた。

「……なんでもいい」

「効率的思考放棄ですね」

 ドロシーについてアリスは銀のバイクに歩み寄り、二人、その上に跨った。タイムバイクマシーンがエンジンを蒸し、進行方向に青い光の進路を築く。

「さあ! 世界を救いましょう!」

 走り出すタイムバイクマシーン。二人とマシーンは電流を帯び、時空の彼方へ消え去った。




 七人の小人:バッシュフル(照れ屋)。老害くるみ割り人形は存在自体がもう恥ずかしい。それなのに人の行動を見て、見ていて恥ずかしい、などとのたまう。恥ずべき行動は禁じられるべきだ。禁じるために罰は必要なものだ。そうだろう?
 というわけで、物語は後編へと突入です。ドロシーによる、アリスの堕胎の罪を裁く裁判。それはアリスの精神を追い込み、アリスをハーフナイトメア化させるためのものでした。そうしてタイムトンネルを開くためのエネルギーを得ること、それが目的だったわけですが、その後に控える科学大躍進計画は類人猿への支配種シフトという形で失敗に終わるわけでして、その失敗を経験したドロシーが未来であり過去である場所からやってきて、過ちを犯そうとするかつての自身を殺したわけです。親殺しのパラドックスもなんのその。平行時空とお考え下さい。いやそれも違うかも。
 そうして今度は竜巻ではなく銀の靴、もとい銀のタイムバイクマシーンで過去へと飛びます。もうシャークネードもハーフナイトメアの力も必要ありません。ドロシーは途方もなく長い時をかけ、それを完成させたのです。どうやってそれほど長くの時間を生きたのか。簡単ですね。つまり探求のドロシーですから、当然不死薬は入手していたわけです。そうして正に、無限の猿の定理のように、タイムバイクマシーンを完成させたわけですね。結局猿じゃないか、ってやつです。違う?まぁまぁ。
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