「っは!」
目覚め。また、ふとした拍子、眠りの中にあったらしい。いつものことだ。そう、いつものように私は正義をなし、にも関わらず、罪悪感に苛まれる、そんな夢……しかし、なんだ。あのドライヤーでくるみ割り人形を殴った感覚が、どうしてこんなにも生々しい……ん? 窓の外の景色が、高速で過ぎていく。ここは……車の中?
「ブウウウウウン!!」
車が大きく揺れ、私は後部座席で窓に打ち付けられた。車がギュルギュルと回転し、急停止し、また狂ったように走り出す。
「あははははは!」
ミラー越しに見ると、運転席に赤ずきんの姿があった。運転できるのか。いや、だとしても、一番運転させてはならない奴だ。
「赤ずきん、車を止めろ。運転なら私がする」
「嫌です! あはは!」
赤ずきんがアクセルを更に深く踏む。加速の弾みで私は天井に頭をぶつけ、そのせいで、反応が遅れてしまった。すぐ前方に人影がある。間に合わない!
「赤ずきん避けろ!」
「轢きます!」
どんっ、と、鈍い音がした。ひび割れたフロントガラスに血が付着している。
「何をしてるんだ!」
「事故ごっこです! 車って初めて乗りました! 体当たりするだけで凄い威力なんですよ!」
ダメだ。この状態の赤ずきんにはもう、話は通じない。
「商店街に入ります!」
「やめろ!」
「嫌です!!」
赤ずきんが目を爛々と輝かせ、ハンドルを切る。
「馬鹿者!」
私は後部座席から身を乗り出し、横からハンドルに手を伸ばした。
「ああ!」
車が右へ左へ、人を、人々を、轢き飛ばしていく。
「あ、あは……あはは! 楽しいです!」
「楽しいことあるか!」
赤ずきんに頭突きを食らわす。
「うぐぅあっ」
車が回転する。地獄のメリーゴーランドだ。人は!? 近くにいないか!? 車が何かに乗り上げ大きく跳ねた。窓の外に空が見える。横転。そして。
大きな音がした気がする。気が付くと逆さになった車の中、私は首を曲げて倒れていた。火の燃える音がする。早く抜け出さねば。サイドドアを蹴り飛ばし、外へ出る。
「赤ずきん、無事か?」
立ち上がり見ると、車は半ば炎上していた。運転席のドアから赤ずきんが上半身を出しているが、運転席自体がもうほとんど潰れ、赤ずきんの身体はもう、残りの半分はどうなっているのかわからない。これは、もうダメかもな。
「赤ずきん」
私は手を差し伸ばした。差し伸ばしたが、それだけだ。それ以上身体が動こうとはしなかった。たぶん、私には赤ずきんを救うつもりがないのだろう。当たり前だ。こんな殺人鬼、生かしておいて良いわけがない。しかしそれであるのに、私は差し伸ばした手を、引くことすらしていない……中途半端だな。
「……酷いです」
呟くような、擦れた声が聞こえた。赤ずきんが指で地を掻き、苦悶に顔を歪めている。
「今引っ張ろうと」
屈み込み、赤ずきんの肩を
「せっかく楽しく遊んでたのに、酷いです。人が次々に吹っ飛んで、あんなに楽しかったのに!」
肩を掴みかけたその手を、止めた。
「……人を傷つけて、本当に楽しいなどと思っているのか?」
「当たり前です! 人を叩くと触れ合ってる感じがするし、みんなも表情が変わって、表情が変わるってことは、楽しいってことなんです!」
「痛がってるんだ。苦しんでるんだ。今のおまえのように」
「少なくともボクは楽しいです!」
「人の命を何だと思ってるんだ!」
「ゴミですよ! 命はゴミです! ボクは掃除屋! ゴミを片付けるとお金がもらえます! ボクもずっと、ゴミと呼ばれてきました! 死ねばいいと、道行く他人に吐き捨てられて! みんなみんな、親切な人達に教えてもらったんです! ゴミを片すと、とっても気持ちいいんです!」
「……」
立ち上がる。私は、燃える車に背を向け、歩き出した。
「もっともっと、遊びたかったです……」
赤ずきんの寂しげな声が聞こえ、その後すぐに、大きな爆発音が聞こえた。
七人の小人:ハッピー(ご機嫌)。赤ずきんはただ楽しいからと生物を殺傷する。善悪の意識がないとしても、それは明らかな犯罪だ。きちんと説明をしたところで、彼女は善悪を理解することはできないだろう。しかし罰を与えることで、異常な行動を抑制させることはできるはずだ。そうだろう?
不眠症のはずのスノウホワイトはまたいつの間にか眠っていて、目を覚まします。くるみ割り人形を殺してしまったのは夢だったのかと安心するのも束の間、今度は赤ずきんが大暴走中。加えて赤ずきんの言動は、精神的連続性を持つ現実側の殺し屋の少女のものと思われる部分が混じっていて、すでに精神の境界も崩れ始めていることが伺えるのでした。