本当は残酷すぎるシノアリス童話   作:司薫

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ターニングタイム02【訣別の日】

 光の渦の中、タイムバイクマシーンが走っている。バイクに跨るドロシーとアリスは、退屈しきって渦の流れをぼんやりと眺めていた。

「アリスさん、何か面白い話してくれません?」

「無理。私は聞くの専門だから」

「あ、それ面白いですね」

 やがて光の渦の先に出口が見えてきた。緑溢れる庭と、こじんまりとしたお屋敷がある。

「まもなく目的地へ到着でーす。出口低くなってますのでー頭上にご注意を。時代のうねりに取り残された頭なんて惨めなだけです」

「グレーテルみたいにね」

「ザッツラーイ!」

 バイクが光の渦を飛び出し、青空の元へ。二人を乗せたバイクは整った生垣に新品の出入り口を作り、柔らかな芝生を抉り穿った。

「ドロシー、最初に聞くべきだったけど、バイクの免許持ってる?」

「自分で造ったものに免許なんていります?」

「そう言うと思った」

 バイクから降りる、ドロシーとアリス。二人はお屋敷の玄関扉までやってくると、無作法に扉を叩いた。叩いたのはもちろんドロシーだ。

「ごめんくださーい! ごめんくださーい! 世紀の天才発明家の者ですけどもー!」

「自分で言うんだ」

「万人が認めるべきことですので」

 扉が開く。お屋敷の中から現れたのは、一人の埃と煤に塗れた女性だった。

「セールスならお断りだよ」

「それは良かった! セールではありませんので。失礼しまーす!」

「ちょっ」

 ドロシーが家の中へ押し入る。アリスも女性の隙を突き、何食わぬ顔で不法侵入を果たした。

「何なのさあんたら!」

 女性は眉間に皺を寄せ、目を見開き困惑している。

「いやいや素敵なご自宅ですね。台風が来ても飛ばされなさそうです」

 ドロシーは言いつつ、勝手にソファに腰を落ち着かせた。アリスはまるで美術館にでもやってきたかのように、のんびりと家具を見て回る。退屈そうに。

「あんたら何なんだ! おいおまえ! 人んちの家具勝手に触んな!」

「実はお願いがありましてねぇ~、シンデレラさん」

「あたしをその名で呼ぶんじゃねぇ!」

「舞踏会に行かないで欲しいんですよ。因果はわかりませんけどねぇ」

 ドロシーが懐中時計を取り出す。複数の文字盤と針が重なり合い、その上で無数の針はしかし、時を刻むわけでなく、何かを訴えかけるように狂い踊っていた。

「この子達はその事象が引き起こす最悪を指し示しています。舞踏会、諦めていただけませんか?」

「んだよ意味わかんねぇ電波女が。舞踏会だ? このあたしが? 着ていくドレスも靴もありゃしない。行けるわけねぇだろ」

「しかしこの後あなたはそのドレスと靴を未知の手段により獲得します。私達はそれを何としてでも妨害するものです」

「そうなんだ」

 初めて目的を聞いたアリスは特に興味を持つ様子もなく、壁にかけられていたハンドベルを指でつつき鳴らした。シンデレラが素早く動きベルを掴み止め、アリスをキッと睨みつける。

「触んなって言ったろ?」

 アリスは両手の平を見せ、背を向け歩き去る。シンデレラの大きな舌打ちが部屋に響いた。

「あのぉ、何かお茶でも出してくれません?」

 ドロシーがソファー横の小さなテーブルをトントン叩く。

「出すか!」

「客人はきちんともてなしませんといけませんよ?」

「誰が招いた!? 帰れ!」

 シンデレラの視線が部屋の時計へと向く。時刻はまもなく正午。シンデレラは何かに焦り始めていた。

「あぁクソ、マジで帰れおまえら。御母様達が香水屋から帰ってきちまう。勝手に人を屋敷に入れたなんてバレたら、いや、そもそもあたしは屋敷に招いたりしちゃいないが。ともかく帰れ」

「嫌です」

「ああ!?」

「わたし外出てようかな。人の迷惑になることは趣味じゃないし」

「帰らないってんならこっちにも考えがあんぞ!」

「ほう、それは興味深いですね。なんでしょう、是非教えていただきたいです」

「教えてやるよ」

 シンデレラが人差し指と親指を咥え、ピーッ! と音を鳴らす。

「あ、やな予感」

 アリスがそう口ずさむより早く、ドロシーはソファーの背もたれの上に飛び乗っていた。部屋のあちらこちらからネズミの群れが溢れ出す。ネズミ達は二手に分かれ、一方はアリスを、一方はドロシーを襲い、アリスはあっという間にネズミの山に埋れてしまった。

「ははっ! アリスさんウケます!」

 ドロシーは愉快そうに笑い、ライブラリより鋼鉄のバットを取り出し振るう。打たれ飛んだネズミ達で壁には新しい模様がついていった。

「笑えない」

 ネズミの山が弾け飛び、槍を手にしたアリスがため息をつく。

「武器持ち込んで不法侵入とか完全犯罪者だろ」

「持ち込んではいませんよ。入ってきた時は持っていまぐあっ!」

 何か黒いものがドロシーの顔を打った。ネズミ達がここぞと飛び掛かり、しかしドロシーも飛び避けつつバットを振り抵抗する。窓より次々と舞い入る黒い羽ばたき。ネズミだけでなく、カラスまでもがドロシーとアリスの二人を襲う。

「ほらささっさと出ていきな! みんな腹を空かせてるんだ! 逃げなきゃ餌になっちまうよ!」

「私は美味しいのでしょうか、気になります」

「きっと不味いから安心して」

 アリスが槍を水平に降り、すると小さな横向きの竜巻が巻き起こった。竜巻はカラス達を取り込み、窓の外へと追い出していく。

「呼んでもいないお客には帰ってもらわないとね」

「あんたらだよ!?」

「では私は皆さんに静粛願いましょう。あれ? これ前も言いました? なら静粛でなく、粛清です!」

 ドロシーが鋼鉄のバットの先を床にたたきつけ、すると電流が床に広がった。ネズミ達は感電し、次々とひっくり返っていく。

「ああ! あたしの使い魔達が!」

「なるほど」

 その時、窓の外に青い輝きがほとばしった。

「まさかそんな! 違うんだよ!」

 シンデレラが慌てて玄関から飛び出していく。同時に、何かモーター音のようなものが響き渡った。ドロシーが懐中時計を手に、口を尖らせる。文字盤の上では無数の針が猛回転をし、何かを知らせていた。

「ターニングタイムです」

「ターニングタイム?」

「私達が変えるべき瞬間ですよ。行きましょう!」

 ドロシーが玄関を出ていく。アリスも後を追った。

 いつの間にやら空は黒雲に覆われている。二人が庭へやってくると、巨大且つ禍々しさを放つ黒い鳥が墓の上に鎮座していた。翼から蒼い炎を轟々と噴き立たせ、その体内中にも同じ炎が渦を巻いているのが伺える。シンデレラはその怪鳥の足元に、顔を伏せ、片膝を付いていた。

「マルファス、違うんだ。使い魔を殺ったのはあたしじゃない」

 蒼い炎の怪鳥が肉のない頭部をカタカタと揺らし、口から炎を漏らす。

「え? そんなことはどうでもいい? なら何さ。え? あたしにドレスと靴を? それで舞踏会に? あぁ、嬉しい。最高だ。けどマルファス、何とかしてくれ。変な電波女とメンヘラ女が邪魔に来てる。追い払ってくれよ」

 怪鳥が細い炎を口先から燻らす。そして、ドロシーとアリスを、底の無い瞳で捉えた。

「どうも! 電波女どぅえす!」

「わたしはメンヘラ女じゃない」

 怪鳥が虚無なる口を開け、背筋の凍るような鳴き声で威嚇をする。普通ならそのまま魂を抜かれてしまいそうな叫びに、しかし、ドロシーは満面の笑みでランチャー砲を向けていた。

「アリスさん何か気の利いたセリフください!」

「わたしはメンヘラ女じゃない」

「ダウトー!」

 ドロシーの砲弾が射出される。砲弾は怪鳥に命中し、爆発と共に緑色の煙幕を撒き散らした。

「マルファス!」

 煙から空へ、怪鳥、いや、悪魔マルファスが飛翔する。地が隆起し、幾本もの柱となってドロシーとアリスを押し上げた。

「なるほど、シンデレラさんの実の両親の死因、鼠や鳥を使役することができた理由、そしてドレスや靴の入手に至った経緯、全ての謎は今、解き明かされました! それは悪魔マルファスとの契約。一族代々契約してちゃそりゃ代償に若くして死ぬはずです。かくして探求は実を結び、真実の門へと至れり! この真実を因果の魔弾として今この銃へ装填し」

「長い」

 竜巻の翼を纏ったアリスが上昇の勢いを足場に一気に跳び上がる。そしてマルファスの前方へ舞い上がると、繰り抜くような突きを一閃し、マルファスの呪いの渦が襲ったが、アリスの幻影は時の遅れた陽炎のように流れ、次の瞬間にはマルファスの背を無数の風刃が襲い乱れた。

「セリフ中に攻撃叩き込むのやめません?」

 ドロシーが不満を漏らしながら、ライフル銃を三弾放つ。三発の銃弾はマルファスの片翼を撃ち抉り、バランスを崩したところへすかさずアリスの横蹴り、そして槍の強烈な斬撃が叩き込まれる。マルファスは一気に落下し、シンデレラのお屋敷の屋根に大穴を開けた。

「あーあ、シンデレラさん怒りますよ」

 ドロシーの手から小さなカプセルがパラパラパラと撒かれていく。そして数秒後、シンデレラのお屋敷は幾重もの爆発と炎に包まれた。

「ドロシーには心がない」

「違いますよ。心がないのはブリキのきこり。心がなければシンデレラさんが怒るだろうことも理解できませんからね」

 ドロシーは屁理屈を並べて懐中時計に目を向ける。懐中時計の無数の針からは先程までの異常な狂い様はなくなり、しかし、未だ定まらず、グラグラと揺れていた。

「やはりまだ他にもターニングタイムが存在しているみたいです」

 足場が崩れていく。二人は残った足場から足場へ飛び移り、お屋敷の庭に舞い戻った。シンデレラが燃えるお屋敷を呆然と眺めている。

「シンデレラさん、危ないところでしたね。悪魔との契約というのは代償に命を支払うものです。舞踏会に行けたとしても、王子様と結婚できたとしても、あっという間に死んでしまうところでした。いやぁ~、良かったですねぇ~」

「良かった?」

 シンデレラが小刻みに震えながら、首だけ傾け、ドロシーを睨みつける。アリスはそろそろと後退し、しかしドロシーは笑顔のまま、突っ立っていた。

「てめぇなあ!」

 シンデレラがドロシーの襟首に掴みかかる。その時、遠くから悲鳴と馬車の音が聞こえてきた。

 お屋敷の入り口、庭の入り口に馬車が止まる。止まると同時に二人の女性が転がり飛び出し、炎上するお屋敷を声なく見上げた。火の粉が風に乗り、二人のドレスに点をつけていく。更にもう一人、歳を重ねた女性が馬車から降り……その顔には極限まで沸き上がった怒りが現れていた。

「シンデレラあああああああ!!!」

 シンデレラの姉の一人、アナスタシアがシンデレラに踏みより、バシンッ! と平手打ちを頬に放った。

「あんたねえ! 自分が何やったか分かって」

 バッシンッ! 凄まじい音と共に、アナスタシアが頭から吹き飛んでいく。それはシンデレラが返した強烈な平手打ち返しだった。

「シンデレラおまええええ!」

 もう一人の姉のドリゼラが助走をつけ、シンデレラに平手打ちを、しかし、その平手打ちはシンデレラの顔に押しつけられる形で止まり、シンデレラの半面を潰しただけだった。そして残りの半面に、圧のこもったシンデレラの眼光が、光る。シンデレラの左手が自身の顔に押し付けられたドリゼラの手を握り掴み、右手は捕らえられたドリゼラの両頬に、バシンバシンバシンバシンッ! 右へ左へ繰り返し執拗なまでに打ち付けられた。腫れた顔のドリゼラは意識をはたき飛ばされ、バタリと倒れ込む。

「シンデレラ……」

 シンデレラの継母が、一歩一歩、シンデレラへ歩み寄る。シンデレラの前に立ち止まり……その顔目掛け、渾身の一撃、拳を打ち込んだ。シンデレラの鼻からは血が吹き出し、一本の歯が飛び、しかし、倒れない。シンデレラは継母を睨み付け、右腕を大きく、振り上げた。

「虫がぁ!!」

 シンデレラの手が振り下ろされ、継母の胸ぐらを掴み降ろす。その勢いに継母のドレスは破け引き裂かれ、継母は姿勢を倒し、更に顔面に、シンデレラの膝蹴りが打ち上げられた。跳ね上がる頭を、髪を、握り掴まれ、継母は歪み崩れた顔を燃え盛るお屋敷へ向けられる。

「見ろよ。どうなってんのか分かれクソが……燃えてんだよ! あたしん屋敷がよお! 父さんが建てた屋敷が! 母さんが愛した庭が! 轟々音ぉ立ててよぉ! バカか!? あたしがなんだってテメェ等バカ親子のお守りしてやってたと思うんだ!? 屋敷守んのに必要だったからだ! それが見ろ! 燃えてやがる! ハッ! バカか。どーすんだこれ。どーすんだよ!!」

「ど……あ、なたが、燃やしたんでしょ」

「ほざけ!」

 再度継母の頭がシンデレラの膝蹴りに打ち付けられ、継母は地の上へ、ポイと捨てやられた。

「あーあ……」

 シンデレラは途方に暮れたように、燃え盛るお屋敷と庭を眺める。ドロシーはこそこそとバイクの回収に向かった。業火に包まれたお屋敷の内側から、何か爆発音が聞こえる。何が爆発したのか、わからない。お屋敷の屋根が焼け崩れ、シンデレラの母の墓石の上に、覆い被さる。墓の隣のハシバミの木が、塵となって消えていく。

「……はっ……ははは」

 乾いた笑いがシンデレラの口から漏れ出した。

「は……なんだこれ。なんだこの、自由な気分は。意味わかんないよ。あたしは……」

 全ての過去が塵となって消えていく。ただ灰となって降り注ぐ。そして彼女を覆い隠す。

「シンデレラ、か……悪くない。悪く……」

 青空へと吸い込まれていく炎を、煙を、塵を、シンデレラは歪んだ笑みで見つめ、遠く、見送った。




 童話シンデレラ。エラは幼い頃に母を亡くし、継母と二人の姉から虐待を受けて育った。部屋は奪われ、寝床も与えられず、消えた暖炉のそばで僅かに残った灰の温もりの中で夜を凌ぐ。いつしか灰にまみれたエラはシンデレラと呼ばれ、継母と二人の姉の散財により家政婦も雇えなくなった屋敷で、召使として家の仕事の全てを一人で行うことを強制される。
 父親が遠く仕事に出かけることになったある日、姉達は高価な宝石をねだり、対してシンデレラは出先で帽子に枝が刺さることがあったらそれを、と願う。それは皮肉で言ったのかもしれない。しかし父親は確かに枝の一本、ハシバミの枝を土産として持ち帰り、シンデレラにそれを渡した。
 ハシバミの枝は母の墓のそばへ植えられ、シンデレラは毎日墓と枝の様子を見に行った。枝は見る見るうちに木となり、大きく育ち、やがて鳥達を引き寄せるようになった。鳥達はシンデレラに親切で、必要なものを何でも持ってきてくれる。舞踏会の日、シンデレラを助け、ドレスと靴をくれたのも鳥達だった。
 さてシンデレラの話というと、主に取り上げられるのはこの後からの展開となりますが、あるいはここまでの展開こそが要の部分であるのかもしれません。シンデレラの実の母は何が原因で死に、継母と二人の姉は何故に、シンデレラのことをそれほどまでに嫌悪したのか。
 ハシバミの木、一説によればそれは魔法の木であり、また一説によれば相続の象徴であるとされています。そしてその木を植えることは、実の母が死の間際にシンデレラに言い渡したことでした。合わせて考えると、シンデレラの実の母はシンデレラに何かしらの力を譲り渡したと考えることができます。また鳥や鼠を使役する力というのはメルヘン世界でこそ優しさの象徴のように描かれますが、実のところ魔の力に他なりません。継母や二人の姉がシンデレラを嫌っていたのは、魔の力を有していた者の娘であり、シンデレラ自身にも魔の力があるのではないかと、そう考えていたからなのかもしれません。
 といったところで、ここからが今回の創作です。ゲーム内討伐クエストでも登場をする怪鳥マルファス。ソロモン七十二柱の内序列三十九番目に位置する悪魔ですが、シンデレラの実の母はこの悪魔と契約を交わしていて、それ故に短命で亡くなったという設定です。悪魔マルファスとの契約はハシバミの木によりシンデレラに引き継がれ、シンデレラもまたマルファスとの契約により、その権能にあやかっていました。
 マルファスの権能は第一には城や塔を建造する能力ですが、他に敵の願望や思惑についての情報を教えもたらす能力や、優れた使い魔を与える能力といったものもあります。シンデレラが使役する鼠や烏はまさにそれで、王子の心を掴むことができたのもその権能によるところであるかもしれません。まぁ完全なるこじ付けなのですが、その方が面白いですよね。シンデレラ悪魔崇拝者説論者はそのように語ります。
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