「んくぁっ!」
荒い呼吸と共に、冷えた空気が流れ込んでくる。まるで幾らかの距離を全力疾走してきたかのような、感覚。私は……アイスを手に、ベンチに腰掛けていた。さっき……背後で車が爆発したのを聞いた……赤ずきんが、爆発したのを……夢か。
「あー」
ふと気がつくと、小さな少女が私の正面に立ち、口を開けてじっとこちらを見つめていた。
「なんだ。迷子か?」
「あいごじゃないよ」
なら、なんなんだ、と言い掛けて、彼女の視線に気付いた。私のアイスを見つめている。
「これが欲しいのか?」
「欲しいなぁ」
「ほら」
アイスを差し出すと、彼女はアイスを掴み取り、ニタッと笑った。
「あんがと」
そして走り去っていく。私は何をすれば良いか分からなかった。こんな場所、初めてきたものだから……遊園地なんてな。
「……とりあえず」
ベンチを立ち、あたりを見渡す。メリーゴーランドや、お化け屋敷、小さな象の乗り物が見える。
「探すか」
自分でそう呟いて、それから、誰を探すのか考えていた。頭がぼんやりとする。誰を……あぁ、そうだ。いばら姫だ。何処か……きっと何処かで、ふっ、眠っているな。探しに行こう。
宇宙船の形をした揺れる小屋の前を通り、パークの端を進んでいく。背の高い生垣が壁を作っていて、少し行くと、何重にも続くハート型のアーチがあった。
「こういった場所は、やはり一人で来るものではないな」
ハートのアーチを抜け出すと、そこには高くそびえる塔があった。看板が出ている。『愛のバンジージャンプ』という、アトラクションらしい。
「ぎゃーーっ!」
悲鳴。それは空から聞こえ、あっという間に近づき、私の隣にベシャリと広がった。赤い、人間だったもの。
「やめてくれー!」
何が起こってるんだ。私は思うよりも先に、塔の中へ、その階段を駆け上がっていた。息が上がりそうになる。階段を上がり切り、私はそれを目撃した。
「やめてくれー!」
「大丈夫ですよ。安心して」
遊園地スタッフの格好をしたラプンツェルが、騒ぐ男を抱きしめなだめつつ、安全ベルトを装着させている。
「しっかりと付けておきますからね。大丈夫ですよ」
きちんと仕事を、している……と、アラームが鳴り出した。
「さぁみなさん、足場が傾きますよ。いってらっしゃーい♪」
「ちょっと待って! こっちベルトまだ!」
女の声が聞こえた。ラプンツェルがレバーを引く。アトラクション参加者達の足場が大きく傾く。安全ロープベルトをつけた男達が、安全ロープベルトをつけていない女達が、落下していく。
「ぎゃーー!!」
絶叫。女達の最後の叫びが小玉する。悲鳴。あまりにも無関心な虐殺。
「さあ、次の皆さんどうぞこちらへ」
足場が戻り、次の客達がジャンプ位置に向かう。
「ラプンツェル! 止めろ! 中止だ! 何をしてるんだ!」
「あら、スノウさん。スノウさんも遊んでいきます?」
「遊んでいきますじゃない! ロープ付けずに落ちていったぞ!」
「え!?」
ラプンツェルは驚いたような顔でしゃがみ、塔の下を覗き込むと、青ざめて私を見上げた。
「どうしましょう!」
手を口に当て、まさか、わざとじゃないのか。
「落ちた人間はもう助からない。即死だろう。ともかく、このアトラクションは中止にするんだ」
「そうですねっ。まずは中止に」
「おーい! お姉さん次はまだかい!?」
「あっ、はーい」
ラプンツェルが笑顔で次の男性客達の方へ駆けていく。
「おい!」
「行ってらっしゃーい!」
足場がガタッと、消え去る。
「おまっ」
私は間一髪、柵の足につかまり、落下を免れた。
「ラプンツェル!」
「さあ次の方、しっかりベルトをつけましょうね」
「おい!」
「大丈夫ですよ。怖くない怖くない」
聞いていない。
「さぁ、これで大丈夫。行ってらっしゃーい」
「ちょっとわた、わっ、ぎゃーーっ!」
また女が、命綱一本なく、落下していく。
「ラプンツェル!!」
私は腕に力を入れ、足場に跳び戻り、ライブラリの弓を出した。弓を引き、構え、ラプンツェルに狙いを定める。
「今すぐ中止するんだ!」
「きゃあっ!」
ラプンツェルが走り出す。そして、男達を避け、女達にはぶつかり、女達が弾かれ、落下していく。くそっ!
「止まれ!」
「助けて!」
ラプンツェルが小さな少女のいる方へ向かっていく。手にはアイスが。あの子は。
「止まれと言っている!」
弓を放つ。弓は迷いなく、ラプンツェルの胸元へ。そしてその心臓を貫き、跳ねる身体を足場の外へ、押し出した。
「あっ」
さえずる小鳥が私を見つめる。その目には純粋な恐怖が、浮かんでいたように思う。もしかすると飛んで逃げて行ってはくれないだろうか。しかし、次の瞬間にはもう、ラプンツェルの姿は消えていた。
「くっ……」
気が付けば、客達が私を見ている。あの、少女も……違う。これで良かった。飛んで逃げてはくれないだろうか、など、私は。足が、あの少女の元へ向かっている。私はアイスを持つ少女の前で屈み、何か、声を掛けた。
七人の小人:ドーピー(おとぼけ)。ラプンツェルには悪意がない。他者を傷つける気もない。そして相手が女性となると、命ある者だという認識すらなくなってしまうようだ。最低限の安全への注意を掛けることすらなくなってしまう。罰だ。罰を与え、注意をするべきことだと意識をしてもらわなければならない。そうだろう?
スノウホワイトはまたも、眠ってしまっていたようです。赤ずきんを見殺しにしたのは夢の中での出来事だったと分かって、安心をします。くるみ割り人形を殺してしまう夢を見て、起きたと思ったらそれも夢の中で、ようやく悪夢から抜け出せた、と。しかし楽し気な遊園地で、スノウホワイトが安らぎを得ることはありませんでした。