本当は残酷すぎるシノアリス童話   作:司薫

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ターニングタイム03【欺瞞の日】

 タイムホールの渦中を、タイムバイクマシーンは走り巡っていく。その上でアリスはターニングタイムを知らせる懐中時計をぼんやりと見つめ、ドロシーはシンデレラの屋敷からいつの間にかくすねてきた瓶入りジャムを指で掬い舐めていた。

「あと何ヶ所のターニングタイムを変えるの?」

「さぁー。未来のわたしに聞いてみなければわかりませんね。ですが今その確認に必要な未来は存在をしない状態ですので、それは不可能です」

「ターニングタイムを全て変えると、世界を正常な状態に戻せるってことでいいの? 確認だけど」

「少し違います。新たな非存在を生み出すいばら姫さんの夢を停止させなければ、やはり世界を正常な状態に戻すことはできません。そして現状いばら姫さんに干渉することが出来る可能性のある人はスノウさんただ一人。ターニングタイムの改変は世界の非存在の存在を棄却しひいてはいばら姫さんを非存在側から存在側へ引っ張り上げるものです。それによりスノウさんがいばら姫さんへと到達する確率が上昇し、作戦の成功へと近づくのです」

「あと3回言ってもらえたら理解出来そう」

「いいですよ、何回でも解説しましょう。ですが今はもう時間がないみたいです。次の目的地が見えてきました」

 タイムホールの先に空間が開き、夜空の星を映す鏡にも似た長方形の池が見えてくる。池の先には巨大な黄金の象の像が座禅を組み、鼻から水を噴き出していた。

「滑走路に最適ですね!」

「絶対ぶつかるやつだ」

 タイムホールから銀のバイクが飛び出す。銀のバイクは浅い池の水を弾き飛ばしながら車輪を緩め、ちょうど黄金象の像の鼻の下で停止した。

「どうですかアリスさん! この完璧な計算!」

 ドロシーがドヤ顔で振り返る。するとそこには、象の鼻の噴水からの水をもろに被るアリスの姿があった。

「ドロシーの計算にはいつもドロシーしか入ってないことは良く分かった」

「あはは。そこら辺ぐるぐる回って乾かせばいいと思いますよ」

 アリスは深く溜め息をつく。そしてバイクから降り、池の外へ出て服を絞りだした。辺りはペルシャ式庭園。暖かな炎の光にほんのりと照らされ、長方形の池を中心に石畳の間を水路が伸び、左右対称に設置された緑に命を伝えている。壁の向こうには黄金色に輝くドーム状の屋根が見え、どうやらここは宮殿内にある中庭のようだった。

「さーて今回の推理はぁ」

 ドロシーが呟きながら銀のバイクから降り、方向を変え、池の外へと押し上げていく。

「私達はキャラクターズの痕跡を追ってターニングタイムを探していますからね。ここが誰に関わるターニングタイムかはすでに明確。そして皆さんの基本的なストーリーは研究済みです。場所はここ宮殿内。時刻は二十時辺りといったところでしょうか。とすると、なるほど、わかりました。私の趣味ではありませんが仕方ありません」

「何を言ってるのかまるで分らないんだけど」

「そこで何をしている!」

 庭園の入り口に衛兵が現れ、サーベルを振りかざした。更に数人の衛兵が現れ、庭園へ入ってくる。ドロシーは両手を上げ、アリスは相変わらず服の水を絞り、二人は衛兵達に囲まれた。

「おまえ達何者だ! その乗り物はなんだ!」

「私達はですね」

 ドロシーの袖から金色のボールペンが飛び出す。そしてドロシーがボールペンのボタンを押すと、一瞬、辺りに眩い光が発せられた。

「私達は王子の客人です。ちょっと夜の散歩をしていただけですので、お気になさらないでください。ついでにバイク見張っててくれると助かります」

 衛兵達は口をぽかんと開けたまま、こくこくと頷く。そして二人に道を開けた。

「さぁアリスさん、行きましょう。手遅れになる前に」

「……なんでわたし濡れてるの?」

「さっき池で転んだんですよ」

「そっか」

「そうですそうです」

 二人は宮殿内へと進み、ドームの部屋を目指した。

.

「元々私は大臣の御子息と結婚をするはずだったのです」

 目尻の美しい満月のような美女はそう呟いて、小さく溜め息を漏らした。彼女はこの国の王女である、バドル・アル・ブドゥル姫だ。姫は自室で二人の客人に話しかけていた。二人の客人とは誰か。言うまでもない。二人はテーブルを挟んで姫の向かいに座り、ジャスミンティーを啜っていた。

「はずだった。順調に進んでいた人生設計が破綻してしまったようなおっしゃい方ですね?」

 ドロシーは一国の姫を前にしても臆することなく、いつもの調子で切り返す。いつもの、人をイラつかせる調子で。

「そんなことは……」

「ないですか?」

「……ですが、彼のことは幼い頃より知っておりましたし、特別親しかったわけではありませんが、大臣の側で礼儀正しく澄ましているのをよく見ました。本を手に勉学に励む姿もしばしば。ですから彼との結婚の話が上がった時、不満はなかったのです」

「そこへ突然何処の国の王子かもわからぬアラジンさんが現れ、途方もない財宝と引き換えにあなたとの結婚を取り付けたわけですね」

「……富は、身分と精神における高潔さの証明です。私達の国家は必ず民の為に良きことを行うのですから、その為に富は潤沢なほど好ましいのです。そこには何の疑問もありません」

「そこには、ですね。ではどこに疑問が?」

「ドロシー、ちょっと失礼過ぎない?」

 アリスがドロシーを小突くが、ドロシーはむしろそのことの方に疑問を浮かべる。

「いえ、いいのです。ドクターが言う通りです。さすが父上の信頼するドクター……ドクター、何様でしたでしょうか?」

「ドクターだけで結構です。さぁそれで、アラジンさんとの結婚で疑問に感じる部分をお話しください。全て話すことが精神の安定に繋がりますよ」

「はい……大臣の御子息と結婚することになった日の夜の事です。私は彼のベッドで二人と国の今後について話していました。そこへ突然、燃え上がるような赤い皮膚をした巨大な魔人が現れたのです。魔人は私と彼をベッドごと連れ去り、朝になるまで暗く寒い壁の中に閉じ込めました。そして言うのです。この結婚は国家の破滅をもたらすと。彼とは別に王になるに相応しい人間がいると。そのようなことが数日間続きました。可哀想な彼はすっかり怯えてしまい、魔人の言う通りこの結婚は間違いだと。私も彼が恐怖で死んでしまったらと思い、結婚の話はなかったこととなりました。そこへ現れたのがアラジン様です。アラジン様はこの国の全財産をも上回る、いえ、周辺諸国の全ての富を上回るほどの富を手にしていました。父上は当然、大変喜びまして。アラジン様との結婚はすぐに決まったのです。彼は私の欲するもの、国の欲するもの、民の欲するもの、その全てを何でも快くもたらしてくれました。宮殿の召使の者が粗相を起こしても怒ること一つせず、盗人にさえもう盗みをする必要がないよう十分な賃金の仕事を与え、国の外の野獣も一晩で根絶やしに。アラジン様は正しく、これ以上なく王となるに相応しい人物でした」

「なるほど。魔人の言っていた通りの人が現れた、そういうことですね」

「……いえ、私は何を。アラジン様が初めから仕組んでいたなんて、そんなことあるはずがないのです。あんなに優しい人が。今だって私と国の為に自らルフ鳥の卵を取りに行ってくれているというのに。忘れてください。今のは流石に、私の勝手な妄想を話し過ぎてしまいました。ルフ鳥の卵さえこの部屋に飾れば、全て上手くいくのです」

 ドロシーの服の内側から機械的な回転作動音が響き出す。ドロシーが懐中時計を取り出すと、文字盤の上で十数の針が狂ったように回転し、その時の到来を知らせていた。

「忘れてくださいますね?」

「忘れるのは姫様の方みたいですね」

 ドロシーが金のボールペンを取り出す。アリスはとっさに顔を背け、瞼を固く閉じた。ボールペンのボタンが押され、辺りが光に包まれる。

「ドロシー、そのピカッてやつ、やる時ちゃんと言ってくれない?」

「さっきこの部屋に入るとき説明したではありませんか。だから今瞼を閉じたんじゃありません?」

「そうだけど」

「あの、あなた方は……」

 バドル姫がドロシーとアリスを訝しげに見つめる。バドル姫の記憶から、二人のことはすっかりと消え去っていた。

「私はドクターです。こちらはコンパニオンのアリスさん。今ちょうどあなたの診療が」

「ピカッと光るものというのはいったい」

「……あー」

 ドロシーが再び金のボールペンを取り出し、慌て瞼を閉じるアリス。辺りに白い光が広がる。

「ドロシー!」

 光が収まったところでアリスが抗議の声を上げた。ドロシーが手で謝るジェスチャーを形だけ送り、バドル姫に微笑みを向ける。

「はい、それでは今日のマッサージはこれで終わりです。私と助手のアリスさんは部屋の窓から出ていきますが、私達は入退室を窓から行うのが通常ですので、気になさらないでください。それではまた来週お伺いいたします」

 ドロシーが椅子を立ち、アリスも何か言いたさを残しながら、しかし余計なことは言わないよう口を固くつぐんで立ち上がる。バドル姫は口をぽかんと開けたまま、窓から部屋を去る二人を目だけで追った。

「バドル姫!」

 部屋の扉が勢い良く開き、まるで宝石のような着物を土埃塗れに汚したアラジンが現れた。両手には何か大きなものを、真紅の布に包み持っている。

「アラジン様! よくぞご無事で、あぁ、何というお姿、お怪我はありませんか?」

「ノープロブレムさ。それよりこれだよ。見て欲しい」

 アラジンは絨毯が汚れるのも気にせず、バドル姫の隣までやってくると手に持っていた物の包みを取り払った。現れたのは、この世の何よりも純白に輝く、巨大な卵。ルフ鳥の卵だった。

「まぁなんと美しい」

 バドル姫は思わず手を伸ばし、卵に触れる。それはダイヤのような硬さで、それでいて産まれたばかりの赤子の肌のような、傷というものを知らない触り心地がした。

「姫、ロープは用意しておいてくれたかい?」

「ええ。ご自身で括り上げるのですか?」

「もちろんさ。最終フェーズまで僕一人の手でね」

 アラジンは微笑み、バドル姫から縄を受け取るとそれを卵に巻き始めた。

「聖女ファーティマがアドバイスしてくれたのはこういうことさ。わかったんだ。僕は僕一人の力で君に何かしてあげたかった。従者を使うのではなくね。チームでのプロジェクトでもなくさ。それなのに、そのことに気付かずにいたんだ。それが欠けていたんだよ。僕に、そして僕ときみの間に、ひいてはこの国に。こいつを飾れば、全てパーフェクトさ。きっと、うまくいく」

「アラジン様……」

 アラジンがニコッと微笑み、縄を括り付けたルフ鳥の卵をドームの天井へ吊り上げていく。そして高く高く釣り上げたところで、縄を柱へ固く結び、上着を降ろしてバドル姫を抱き寄せた。

「さあ、聖女ファーティマのアドバイス通りにしたさ。もう何も不足を感じない。満ち足りたフィーリングだ。きみの名のように」

 アラジンの懐から魔法のランプが取り出され、テーブルの上に置かれる。

「はい、アラジン様」

 ゆったりと踊るように、二人はベッドへと歩み寄り、その上へ倒れ込んだ。

「バドル。船の上で考えたのはきみと見る夕陽さ。太陽が水面へと沈むその瞬間、世界の全てが赤く暖かな光に包まれるんだ。いつかきみとその光の中で寄り添いたい」

「是非。あなたの見たもの全て、私もこの目で見てみたいです」

「あぁ、その美しい瞳で」

 アラジンがバドル姫に覆い被さる。その時だった。ビギィ! 大地が数キロに渡って一気に地割れを起こすような音が響き渡る。しかしそれは地からの音ではない。

「なんだ!?」

体を起こし、ドームの天井を仰いだアラジンはそれを目にして固まった。ドームの天井で卵からルフ鳥の雛が孵っている。雛とはいえ卵から孵ったルフ鳥は瞬く間に巨大化し、翼を広げたその姿はすでに人の三倍ほどもあった。

「アラジン様!」

 ゴォギィィィィィ!! 雷のような鳴き声が部屋中を震わせる。アラジンはルフ鳥を見たまま辺りを手探りしていた。

「ランプ、ランプはどこだ!?」

 ランプはルフ鳥の真下、テーブルの上にある。

「アラジン様あの鳥を退治してください!」

 ゴィギィィィ!! ルフ鳥が口を大きく開ける。そして翼を羽ばたかせ、天井すれすれまで舞い上がった。

「きゃあああああああ!」

 バンッ! 部屋の窓が勢いよく開く。そこには謎の装置を背負う、ドロシーとアリスの姿があった。

「アリスさん今です!」

「あの、何も見てないから」

 二人、装置から伸びるホース、その先の銃器を天井のルフ鳥に向ける。そしてその引き金を引くと、赤いレーザー光線が伸びルフ鳥に命中した。ルフ鳥は痺れながらも鳴き叫び、その叫びが部屋中のものを震い揺らす。

「アリスさん! このまま下へ下へ、降ろします! 交差しないように気を付けてください!」

「了解」

 二本のレザー光線で捕らえられたルフ鳥が天井から床へ、降下していく。

「アラジンさんトドメをお願いできます!?」

「あ、ああ!」

「アラジン様、私の飾り刀をお使いください」

「使わせてもらうよ」

 バドル姫からシャムシールを受け取り、アラジンはシャムシールを逆手に、柄の底に手を添え押し込むようにしてルフ鳥の首を刺し貫いた。

 ッググィギィアァッ! 産まれたばかりのルフ鳥が断末魔を上げる。同時に、アラジンは後方へと吹き飛んだ。

「アラジン様!」

「ちょっと痺れると思うので気を付けてくださいねぇ」

「忠告が遅過ぎる」

 ルフ鳥が痙攣を繰り返し、やがてその瞳から生命の輝きは消え去った。

「アリスさんもういいですよ」

「うん」

 謎の攻撃捕獲装置からレーザー光線が止む。ドロシーとアリスは銃器を背中の装置に固定し、ふぅ、と一息ついた。

「キミ達はいったい……」

 吹き飛ばされていたアラジンが起き上がる。

「アラジン様、お怪我はありませんか?」

 バドル姫がアラジンに歩み寄り、アラジンはバドル姫の手を取ると、優しく微笑んだ。

「ちょっと痺れただけさ。心配ありがとう」

「あぁ、良かったです」

 心底ほっとした表情を浮かべるバドル姫とアラジン。二人はお互いの気持ちを確かめ合うように、その瞳を見つめ合った。

「ん?」

 ドロシーが懐から懐中時計を取り出す。文字盤の上で無数の針が、先ほどにも増して荒ぶり狂い回っている。

「キミ達、感謝するよ」

 アラジンがバドル姫から離れ、先ほどテーブルの上に置いたランプを左手に取る。

「何者かは全くわからないが、そんなことはノープロブレムさ。インセンティブを用意するよ。何か欲しいものはあるかい? 黄金でも宝石でも、何でも好きなものを言ってくれ」

 アラジンの指が袖下でランプを擦る。

「お礼は要らない。わたし達は先を急いでるから」

「なんて謙虚なんだ。しかしせめて何か」

 アラジンが右手を差し出す。その袖から蒼い煙が揺らぎ漏れ、かと思うと煙は人の頭の形となり、そこに髭を生やした男の顔が浮かび上がった。

「んん!?」

 男の顔が口を曲げ、眉を吊り上げ、喉の奥から声を漏らした。

「おっおい、姫の前で姿を見せるな」

 アラジンが小声で手の平の頭に言う。しかし男の顔は口を開けたまま、首をぐるりと回し、アラジンを見上げた。

「なんだぁこれは?」

 アラジンの袖から爆風のように青い煙が噴き出す。気が付くと煙は巨大な蒼い男の姿となり、ルフ鳥の死体を抱え上げていた。

「おい魔人!」

「なんてことをしてくれた!!!」

 アラジンの叫びをかき消すような咆哮とも呼べる大声で、蒼い魔人は宮殿中を震わせた。

「アラジン様!」

 バドル姫がアラジンの背後に隠れる。

「だ、大丈夫。ノープロブレムさ。彼は僕のエージェントで」

「わかっているのか!!! ルフ鳥様は私の至上の御主人様だぞ!!! それを、ああ!!! 殺したのか!!! どうなるかわかってるのか!!? アラジンよ!!!」

 宮殿中が揺れる中、アラジンは口をへの字に曲げ、少しばかり縮こまってしまっていた。

「ど、どうなるんだい?」

「私が……俺様が、解放される」

 アラジンの左手のランプが破裂する。破片がアラジンの手に突き刺さり、アラジンは痛みに顔をしかめた。

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

 宮殿中がひと際大きく震え揺れ、魔人の蒼い身体が一瞬にして赤く燃え上がる。額からは二本の巨大な角が生え、十本の爪は一本一本が野獣の牙のように伸び上がった。

「王の娘よ、その男には何もない。全ては俺様の力。全ては俺様の財。今教えてやる」

 紅い魔人が大きく息を吸い込みだす。すると枕元の財宝から、天井のシャンデリアから、壁の絵画から、部屋中のものが魔人の口に吸い込まれだした。

「やめろ! やめるんだ魔人!」

 ベッドが浮き上がり、屈んだアラジンとバドル姫の頭上を飛び過ぎていく。壁紙がはがれ、アリスとドロシーの足元の床石さえも崩れ浮き上がり、魔人の口へ吸い込まれていく。部屋中のもの、宮殿中のありとあらゆるものが魔人の口に吸い込まれていく。

「何が起こっているのか、解説が必要ですか!?」

 荒れ狂う家具と財宝と石材の間でドロシーが声を上げた。

「いらない!」

「いいでしょう! アラジンさんの力、その正体は魔法のランプに閉じ込められた魔人の力に他なりません! 閉じ込められるのにはそれなりの理由があるんですよ! 即ち罪人! どうにもルフ鳥が封印者として位置づけられていたようですね! それ故にルフ鳥及びランプの持ち主には逆らえなかった! ですが! ルフ鳥殺しを現主人が行ったとなれば契約は強制解除状態に! かくして魔人イフリートは魔法のランプの封印から解き放たれたのです!」

「解説いらないって言ったけど!?」

 あらゆるものが吹き荒び、まるで竜巻の中。かと思うと次の瞬間には静まり返り。魔人イフリートの姿は消え去っていた。あるのはただ、四人の前にぽつりと立つ小さな仕立屋。アラジンの服装もいつの間にやら、薄布を纏った貧民の様相へと変わり果てていた。

「これは、どうなっているのですか。アラジン様、あの魔人はいったい」

「これがこの男の本来の家、そして本来の身分さ」

 魔人の声。しかしその声は、アラジンの口から発せられたものだった。アラジンの瞳が、紅く揺らいでいる。

「あぁ、叶えた願いの分だけ、この身体は良く馴染む。いつかこの男の心が壊れたならば、少しずつ精神を乗っ取れば良いと考えていた。しかし時を待たず、このような幸運が訪れようとは。正に良いことはするものだ、だな」

 アラジンが豪快な笑い声を上げる。ドロシーはバドル姫の服を摘み、自分達の側へ引き寄せた。

「イフリートさん、ご機嫌のところ申し訳ないのですが、もう一度封印されてはくれないでしょうか」

「お安い御用さ、とはとても言えないな。何、案ずるな。今すぐお前達を取って食おうなどとは考えていない。まずはじっくりと人間達に、その無能さを気付かせてやるつもりだ。無能で低脳な人間共に身の程というものをアガガガガガガッ」

 突如としてイフリートが電流に包まれる。ドロシーが冷めた表情で銃器から赤いレーザー光線を放っていた。

「あーあ、ドロシーの地雷踏むから」

「アリスさん、捕獲装置を」

「了解」

 アリスが長方体の物体をアラジンの足元まで蹴り滑らせる。その箱にはコードが付いていて、コードの先には踏み込みスイッチが付いていた。

「人類の英知をお見せしましょう」

 ドロシーが踏み込みスイッチを踏み、すると箱の上部が開き、空間を吸い込み始めた。

「アリスさん、お片付けの時間です」

「おもちゃはおもちゃ箱に、ね」

 アリスも銃器よりレーザー光線を発し、アラジンに命中させた。

「アヌグアガガガガガガ!」

「引っ張って〜、引っ張って〜」

 二本のレーザー光線がアラジンの身体からイフリートを引っ張り出す。

「なアガ! なングアだこゲグあ!?」

 イフリートの全身が引っ張りだされ、そしてそのまま箱の中へ、スポッ、と吸い込まれた。ドロシーがスイッチから足を離し、箱の蓋が閉じる。箱は少しの間ガタガタと揺れ、やがて静かに動きを止めた。

「人間を馬鹿にするのは構いません。ですが人間を馬鹿にする時は、きちんとドロシーさんを除いて、と補足するべきです」

「意外とプライドが高い」

 アラジンがばたりと倒れる。

「アラジン様!」

 アラジンへ駆け寄るバドル姫に、ドロシーとアリスは顔を見合わせた。

「アラジン様、あぁ、生きていらっしゃいますか? 生きていてください」

 アリスが箱を回収し、少し揺する。中から小さくイフリートの声が聞こえた。

「安心してください。死んではいませんよ」

 ドロシーはバドル姫の背後で立ち止まると、金のボールペンを取り出した。

「ですがあんなに電流を受けて」

 振り返るバドル姫の視界が白い光に包まれる。やがてドロシーの姿が視界に戻り、しかしバドル姫はぽかんと口を開け、固まったままだった。

「姫様、あなたはアラジンさんの優しさに惹かれ、アラジンさんと結婚をしたのです。今もアラジンさんが命がけで姫様のことを助けてくれました。王の宮殿へ連れ帰って介抱してあげてください。きっと良い夫婦になります」

「はい……」

 ドロシーは口だけ笑みを浮かべ、懐中時計を取り出した。文字盤の無数の針からは、先ほどまでの乱れ様はなくなっている。

「ドロシー、ここでのミッションは完了?」

「そうですね。そのようです」

 その時、世界が揺れ始めた。アリスはとっさに手にした箱を見る。が、変化はない。ドロシーは懐中時計を、しかしそちらも、急変はしていない。

「アリスさん、とりあえず逃げましょうか」

 ドロシーは落ち着いた様子でつぶやくと、アリスの腕を掴んで猛ダッシュし始めた。

「ちょっ、ドロシー!?」

「想定以上にのんびりしていられない状況の様です!」

 揺れる世界、二人の背後から一際大きな振動が近づいてくる。アリスは走りながら後方を見るが、何もいない。しかし、地面に巨大な足跡が、その足跡だけが、近づいてくる。

「何かいる!」

「だから逃げてるんですよ!」

 魔人の力でほとんど何もなくなった荒野の先に、銀色のバイクが止まっている。

「やはり魔人が吸い込んだのは自分の力で造り出したものだけです! おまけに倒れてない! ツいてますね私達!」

「踏み潰されなければね!」

 二人は全力で走り、バイクタイムマシーンに飛び乗った。ドロシーがエンジンを噴かす。巨大な足跡が近づいてくる。

「ドロシー早く!」

「機械は女性を扱うようにって言いますでしょう?」

「ドロシーが女性を扱うように?」

「え? あぁ、まぁ」

「ならこう!」

 アリスがバイクのエンジンを箱で殴り叩く!

「ああ!」

 エンジンから煙が噴き出す。そして急発進。直後バイクのあった場所に巨大な足跡が付いた。

「なんて乱暴な!」

「同感!」

 ドロシーがマシーンを操作し、前方にタイムホールの入り口が開く。足跡が速度を増し追ってくる。二人を乗せたバイクはタイムホールへ飛び込み、足跡は空を踏んだ。




 アラジンと魔法のランプ。後略。仕立屋の息子、アラジンは大変な怠け者だった。父が死ぬも仕事を継ぐことなく、怠けて暮らす毎日。仕立屋も売り払ったある日、魔法使いの男が現れアラジンを秘密の宝物庫の入口へと連れていく。その宝物庫はアラジンの祖先が隠したもので、子孫であるアラジンにしか開くことのできないものだった。魔法使いから魔法の指輪を渡されたアラジンは魔法のランプを手に入れ、しかし堪え性のない魔法使いはアラジンを宝物庫に閉じ込めてしまう。が、アラジンは指輪の魔人の力で宝物庫から脱出し、難なく帰宅した。アラジンの母が汚れたランプを擦ると、ランプの魔人が現れる。母は驚きで気絶し、代わりにアラジンがランプの魔人の主人となった。アラジンは姫の水浴びを覗き見て、一目惚れし、姫と結婚をしようとしていた大臣の息子を魔人の力で脅す。そうして姫との結婚を取り付けた。
 アラジンと姫の結婚を知った魔法使いは怒り、ランプ交換人の振りをして魔法のランプを奪い取った。魔法使いはランプの魔人の力で姫も宮殿ごと奪い取ってしまう。アラジンは姫と魔法のランプを取り戻すため、指輪の魔人の力で奪われた宮殿に侵入し、姫を助け、指輪の魔人が作った毒薬で魔法使いを殺した。再び魔法のランプを手中に収め、アラジンは姫と幸せに暮らした。
 前回シンデレラを死の運命から救ったアリスとドロシーが、今度はバドル姫を死の運命から救いました。代わりに魔人が解き放たれてしまったのですが、まぁそれもゴーストバスター装備で何とかなったわけで。
 ランプの魔人は原作の描写で言うと、大鍋のような恐ろしい顔をした黒い大男で、赤い大きな目をした鬼神(イフリート)とあります。またイフリート自体は最初の人間アダムに跪くことを拒絶し天界から追放された堕天使や、ソロモン王との契約違反により封印された魔神とも。どうしてルフ鳥がご主人なのかわかりませんけど。ソロモン王の生まれ変わりがルフ鳥だったりしたんでしょうかね。
 ともかくランプの魔人は基本的に、ルフ鳥に歯向かうことはできません。それが何故、地上に突き刺さった月人の船内でアラジンはルフ鳥と戦えたのか。あの時既に、姫を失った悲しみでアラジンは正気を失い、半ばランプの魔人に身体を奪われていました。つまりランプの魔人はランプの魔人でなくなることによって、ルフ鳥に攻撃の手を向けることができたのです。あれはアラジンによる仇討ちであり、同時にランプの魔人による報復であったということです。あの時のアラジンがしばしば「お安い御用さ」と口にしたのはそういうことだったのですね。アラジンでも魔人でもない、何かになっていたのでした。
 プロトンパックを背負いニューラライザーで記憶を消して回るタイムロードロシーの旅は続きます。可哀想なアリスを連れて。バックトゥザフューチャー、メンインブラック、ゴーストバスターズ、ドクターフーに敬意を表して。
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