逆さになった車が燃えている。潰れた運転席には微かに、人の形が黒く、残っていた。私は……いつからこうして、この燃える車を見ていただろう。夢を見ていた気がする……確か、そうだ。ラプンツェルが……あれは夢だったのか。良かった……いや、なら、こっちが現実か……最悪だ。
爆発音が聞こえる。そういえば、辺りがやけに、赤い。見渡してみると、燃えているのは車だけではなかった。町全体が燃えている。家々の窓からは火の手が上がり、店の看板は崩れ落ちていた。
「なんなんだこれは……」
「助けてくれー!」
何処からか声が。行かねば。最後にもう一度、横目に赤ずきんの姿を捕らえ、私は声の方へと向かった。
煮詰めた罪が沸き立つような風を感じる。誰がいったい町をこんな風に? しかし、一人でここまでに、出来ようはずもない。とすれば、いったい何が起こっている。
「ひょっほー!」
路地裏から車が飛び出し、ハンドルを私のいる方へと切った。
「どけぇええ!!」
突進してくる車を、転がり避ける。
「車道歩いてんじゃねぇよバーカ!」
車に乗る男達が、何か、私に侮蔑を意味するハンドサインを向けるのが見えた。そのまま車は銀行へ突っ込み、閉じたシャッターを突き破る。あいつら!
駆け出そうとしたその時だった。ゴゴオオオオォギギィギギギギィギィギギ……天から何か、凄まじい音が響き渡った。何か、巨大な門が開くような音。音の方、上空を見上げ…………あれは、なんだ。巨大な顔が、空から見下ろしている……いばら姫?
「うああああああああ!」
視線を移すと、町の中心の方から一人の男が何かから逃げるように駆けてきた。その後からも家族連れやカップル達がこちらへ走り向かってくる。
「どうした! 何があった!」
「邪魔だ!」
家族連れの男に伸ばした手を払い飛ばされる。
「おいっ、いったい何が!」
「うるさい!」
カップルの女が私に肩をぶつけ、走り抜けていく。
「まさかいばら姫が……」
私は気が付けば、町の中心へ走り向かっていた。火の粉と共に雑誌の切れ端が舞っていく。その文字が、脳裏に浮かび上がる。『世にも奇妙な喋る人形』『人真似人形』『偽りに満ちた生活』『人形を愛した異常な老人』『人形は見世物小屋へ』『人形好きは病院へ』『人間と一緒に働かせるな』『人形詐欺師』。
道を抜け広場に出ると、そこでは人々が逃げまどい、その中心には憤怒の衝動そのものの姿があった。歪で醜悪な、長い鼻の木面を被った少年が、杖と、その杖に鎖で括り付けられた鉄球を振り回し、周囲のありとあらゆるものを破壊し、広場から逃げ出そうとする者を叩き潰している。
「ピノキオ……」
あんなピノキオは見たことがない。しかしすぐに、彼だと分かった。ライブラリより剣を取り出す。なんとか、あの杖と鉄球を繋ぐ鎖さえ断ち切ることができれば。ピノキオは正気を失っているだけだ。
「踊れ! 生きたければ踊れ! 死にたければ逃げろ! 踊り疲れたら用済みだぜ! てめぇらが言ったことだ! 人形ほどの血と涙さえないクソ共が! 今日この裁きの時、オレがてめぇらを罰してやる! 差別主義者共を平等に、ブッ殺してやる!」
「ピノキオやめるんだ!」
剣を構えピノキオに駆け寄ると、ピノキオは首を傾けこちらを見、私に向け一直線に鉄球を飛ばしてきた。鉄球を避け、鎖を断ち切るため剣を振る、が、ダメだっ! この鎖、硬いっ! 鉄球が戻ってくる。しゃがみ、剣だけを鎖に絡ませる。ライブラリから新たな剣を出し、ピノキオの元へ戻る鉄球を追うように駆け攻める。そして絡めとられた剣を避けたピノキオの隙を突き、私は剣を切り上げた。
「ぐっ」
木面が割れ、ピノキオの素顔が現れる。かと思うと、ピノキオはへたりと膝から崩れ落ち、私はそれを支えた。
「大丈夫かピノキオ」
「スノウ、さん……僕はいったい」
「覚えていないのか?」
「はい……木のお面を被ったところまでは覚えているんです。でも、そこから後が……」
「そうか。おそらく、さっき割った仮面に操られて」
「なわけねぇだろ」
鋭い痛みが胸を貫く。見れば、先程鎖に絡め取られた剣が、私の胸に深く突き刺さっていた。
「な……」
「オレの裁きを邪魔するな」
ピノキオが杖を振り、鉄球が飛ぶ。鉄球は人混み目掛け進み、スマホでこちらを撮影していた女を叩き飛ばした。
「どうしてこんなことを」
「あぁ? そりゃ悪人に罰を与えるためさ。この町にいるのは全員悪人だ。長い間オレやゼペット爺さんを馬鹿にし、迫害し、権利を蔑ろにしてきた。誰もオレ達を救おうとなどせず、面白がって、ゼペット爺さんのことだって見殺しにしたんだ。だから罰を与えなくちゃいけねぇ。至極真っ当な理由さ」
「しかしだからと言って、命を奪うのは間違っている。法律を破ったわけでもないのに」
「おいおいおい! てめぇがそれ言うのか? あ? 正義さんよ。てめぇとオレは似た者同士だぜ。自分の基準でクズ共を裁く。法律なんざ糞食らえでよ。いつもそれやってんのはスノウ、てめぇの方じゃねぇか」
「違う。私は無闇に命を殺めたりなど」
「本当にそうか? 本当に、殺した奴全員、殺すだけの理由があったのか? 殺すまではしなくてもいい奴もいたんじゃないか?」
「違う。私は毎回仕方なく」
「仕方なくはいつものオレだぜ。攻撃されるから仕方なく。違う。てめぇはいつも自ら進んで正義を振りかざしてんだろ。それは仕方なくとは言わねぇよ。バカか。スノウ、素直になれよ。オレに嘘を付く必要はねぇ。オレはおまえの唯一の理解者だぜ、スノウホワイト。おまえはいつも正しいことをやってきた。オレを否定するな。それはおまえ自身の否定になる」
何を……私を刺しておきながら……私の理解者だと……私が正しいと。
「……はっ。流石だ。流石、依存の名を持つだけのことはある」
「そうだぜ。オレは嘘つきだけどな。人を素直にさせてやるのは好きなんだ。オレには何も偽ったりしなくていい。てめぇはあるがままでいいのさ」
「思わず心を許してしまいそうになるな」
「それでいい! 安心しろ、急所は外したさ。オレもおまえも、何も間違っちゃいない。オレ達は何も悪くなんて」
「悪いが私は、私自身も許すつもりはない」
ピノキオの首を掻っ切る。ピノキオが目を見開き、ゆっくりと、天を仰ぐ。口が笑っている。そう見えた。私の視界が揺れ、世界が白く消えていく。ピノキオが地に倒れるその一瞬前、私の意識が消えるその一瞬前、巨大な足が町を踏み潰す、そんなありもしないものを見た気がする。
七人の小人:グランピー(おこりんぼ)。ピノキオは時々急にキレる。その怒りは割と正当なものだ。しかしだからといって、相手に危害を加えていいことにはならない。正義は冷静さの中で行われるべきだ。感情的に行われたそれは、裁きとは言わない。そうだろう?
スノウホワイトは目を覚まします。また、眠っていました。また、夢の中での出来事でした。悪意のないラプンツェルを殺してはいなかったと、安堵します。ですが、目の前には赤ずきんの焼死体が。くるみ割り人形の夢から覚め、赤ずきんの夢から覚め、ラプンツェルの夢から覚め、しかし赤ずきんの夢は、夢ではなく現実?スノウホワイトの心は再び、締め紐を巻きつけられたように苦しめられます。しかしそんなことを気にしていられる状態ではありませんでした。町は燃え、人々の助けが響き渡っていました。スノウホワイトは正義を胸に、正義をこそ心そのものとし、その先へと進んだのです。